Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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皆様、お久しぶりです。

現在、やることが佳境に入っておりました中々書けずにここまで来てしまいました。
夏の長期休みに入れば少しは書ける時間が取れるとは思いますが、暫くはこのペースが変わらず続きます。


二十五話 所信表明

ここまでのやり取りで、国の頂点であるはずだが蔑ろにされていた賢人会が動き出す。ふいに、その存在感を増してみせるマイクロトフに、自然と王座の間の全員の注視が集まった。

 

それを受け、マイクロトフは動じることなくヒゲを撫でながら、

 

「賢人会の開催の提言にあたり、まず他の方々の賛同をいただきたいと思いますがよろしいか?」

 

壇上に並ぶ九つの席、その中央で周囲の老人たちを見渡すマイクロトフ。彼の言葉に、これまで言葉もなく存在感がほぼ消えていた老人たちも首肯する。

 

「マイクロトフ殿の提言に、賛同です」

 

「同じく」

 

「同じく賛成いたします」

 

老人たちの同意にマイクロトフが顎を引き、それから眼下の候補者を見下ろす。

依然、やや対立するような立ち位置を保っていた五人も、マイクロトフの無言の前にささっと移動する。

 

「俺、ここにいないとダメかな?」

 

アルとラインハルトに挟まれ、居心地が悪いスバルはそっとアルに話しかける。

 

「オレとしちゃそこにいてくれた方が緩衝材的な意味合いで嬉しいけどよ。正直、剣聖や最強の魔術師と事構えるとかありえねぇって、マジ」

 

アルは戦々恐々とばかりに額を拭う動きを見せる。兜被ってる上に声の調子が変わっているわけでもないので軽口の類だが、ラインハルトの実力を以前王都で見せつけられたスバルは否定できない。

アル自身も傭兵を名乗り、隻腕でプリシラの護衛を務めていることから腕に覚えがある方だが、ラインハルトやストレンジのように、人外の領域に踏み込んでいるものとは考え難い。

 

「そう考えると案外、エルザって本気でスゴ腕だったのかもな……」

 

ラインハルト相手に、曲がりなりにも剣戟と呼ぶに相応しい結果を示してみせた女性を思い出す。同時に裂かれた腹の痛みが蘇るようで、スバルは顔を思わず顔を顰めた。

 

「彼女の実力は本物さ。ファリックス領襲撃の後の足取りは未だに掴めていない。君に重傷を負わせたことの裁きを、まだ彼女に受けさせることはできなそうだ」

 

「俺がせっかく回想シーンやめたんだから掘り起こすなよ。あ、なんか横一線にやられた目までしくしく痛い気がしてきた……ん?ファリックス?」

 

エルザには色々と因縁があるスバルが、過去のトラウマに身を震わせながら言っているとき、ふと気になる単語が飛び出してきた。先程まで、一人の文官に突っかかっていた軍服を着た青年貴族の一人がそのような名前であることを思い出したのだ。

 

「あそこにおられるフォリア・ファリックス子爵殿が収められている領地でも、同様にエルサの襲撃を受けたんだ。しかも魔獣の大群とともに」

 

「マジかよ!しかもクソキチガイ女単体だけじゃなくて、魔獣のセット付き!?なんか俺のいた村でもおんなじ事が起きていたような気がするし……まさか、あの時の魔獣がそのまま移動したってこと?」

 

「それは考えすぎだと思うよ。まあ、とにかく領地を襲撃した彼らは見事に撃退された。そちらのドクター・ストレンジ殿の力でね」

 

ラインハルトが目線を向けるその先には、スバルと絶賛敵対中のあの男がいた。

エルザの時はラインハルト、ウルガルム襲撃時にはレムやラムの参戦でも押され、ロズワールの助太刀でどうにか勝てたスバルであったが、そのセットを目の前の男は一人で相手取って、しかも勝利したという。スバル自身が他人の助けを得てようやく勝った相手を、一人で。その事実はスバルの目を見開かせるのには十分だった。

 

「ほう。かの「剣聖」まで話は行っているのか。有名人になることはとても誇らしい事だな。が、私はあくまでやるべきことをやったに過ぎないものだ」

 

「しかしあなたの尽力がなければ、ファリックス領は多大なる被害を受け、更にカルステン家までその被害は拡大したでしょう。それだけあなたの成した功績は大きい」 

 

「褒め言葉はありがたく受け取っておこう。もっとも、それを良しとしない少年が一人いるがな」

 

そう言って首を動かすストレンジの先には、双眸を充血させる勢いで睨みつけるスバルがいた。そんな彼にラインハルトが気遣わしげな視線を向けてきて、

 

「おやスバル、大丈夫かい? なんならいい水の魔法の使い手に心当たりがある。すぐ側にいるんだけど……」

 

「んー、今から大事な話に入るから静かにしてにゃよ。あとで治してあげるから」

 

「私が言うのもおかしな話だけど、君たち少しマイペース過ぎやしないかい?ドクター殿も」

 

「何か悪いか?ユリウス。言っておくが私の行動は私自身の決断によるものだ、文句は言わせない。そっちの筋を通すのならば、こちらも容赦はしないが」

 

「そこまで言っていませんが、もしもドクター殿がお望みでしたら、私は全力でお相手させていただきましょう」

 

「言ってくれるな、「最優の騎士」。だが、私は口先だけでは倒せないぞ」

 

「心得ております、ドクター殿」

 

ラインハルトの声にフェリスが言及し、それをユリウスが窘める。それに、ストレンジが反応し、売り言葉に買い言葉と言わんばかりにユリウスが噛み付く。

スバル自身も自分のマイペースさには自信があったが、周りの五人も相当なものだと他人事の雰囲気で考える。

緊張感みなぎる候補者に反し、その関係者たちがわりと長閑なやり取りを交わしている間に、賢人会の開催が正式に発令――マイクロトフが頷き、

 

「皆さんの賛同に感謝いたします。では議論に入るとしますかな。議題はもちろん、『どなたに王となっていただくか』ですが」

 

ヒゲを梳きながら言葉を切り、それから老体は片目をつむると、

 

「ふぅむ。問題はどうやって、それを決めるかですな。竜歴石には五人の候補者を集めろとはありましたが、その後の選出法については記述がない。極端な話をすればこの場で全陣営に武を競っていただき、残った陣営を王にするということも可能ですが」

 

「その方法だと、この王都を消し炭にしてしまう陣営が二つもあるよーな気がしますけどねぇ」

 

「消し炭になるだけならまだマシな方だ、ロズワール殿。最悪の場合、地図からこの王国が消し飛ぶような結果になるだろう」

 

冗談めかしたマイクロトフの言葉に、文官集団からロズワールとファリックスの軽口が応じる。

その軽口が示す陣営は二つ、一つはラインハルトを擁するフェルト陣営、もう一つはストレンジが身を置くクルシュ陣営。それがわかっているだろうに、マイクロトフは強かに笑い、

 

「宮廷魔術師筆頭の御身でも、相手にしたくないものがおるのですかな、それも二人も」

 

「彼らにはわーたしの唯一の取り柄が通用しませんのでね。残念ながら相対することになった時点でおしまいサヨナラ、となーるわけです」

 

肩をすくめて首を振るロズワール。その言にさすがのラインハルトも恐縮するように俯いたが、ストレンジは寧ろ胸を張って周囲に見せびらかすように振る舞う。その顔には、仮に戦いになっても絶対に負けない自信があった。恐縮するラインハルトにもそうだが、二人とも否定に入らないところを見ると自信自体はあった。

スバルにとって、ロズワールの魔法使いとしての実力の確かさも知る身として、彼とラインハルト、ストレンジの三者にそこまで隔絶した差があるのかは疑問だった。が、当人たちがそうと納得している以上、それは動かない事実となる。

 

「では、筆頭宮廷魔術師の反対もあったことですから、王国を滅ぼすような乱暴な解決策を選ぶのはやめにしましょう。ふぅむ、そうなるとどうするのがいいと思いますかな、皆様」

 

挨拶代わりの軽口を引っ込め、マイクロトフが議論へ賢人会を誘導する。

議題に参加する賢人会の面々は顔を見合わせ、マイクロトフに比べるといくらか通りの悪い声でひそやかに、しかし不思議と全員に聞こえる声で、

 

「まずは候補者の皆様のお話を聞くべきです」

 

「全員が集まり、こうして顔を合わせることができた幸運も今回が初めてだからな」

 

「左様。以前までは我々、賢人会も全員参加とはゆきませんでしたからな」

 

「故に話を。それぞれの立場、王になる覚悟、その上でなにをするつもりでおられるのか――そのあたりの話が妥当でしょう」

 

「ふぅむ、至極納得。では、騎士マーコス、お願いしてよろしいですかな」

 

賢人会の話し合いの結果、議事の進行が再び騎士団長へと委ねられた。

ただひとり、候補者の側を離れずに立つ甲冑姿が一礼し、それから候補者の方へと振り返り、巌の表情を引き締めながら、

 

「僭越ながら、改めて私が進行させていただきます。候補者の皆様には各々、主張と立場がおありのはず。賢人会の方々も、広間にいる騎士や文官も、全員がそれを知りたがっております。どうぞ、お付き合いを」

 

広間の全員の気持ちを代弁し、マーコスは候補者五人に恭しく頭を下げる。

そして顔を上げると、厳格な表情は大きく口を開き、

 

「ではまず、クルシュ様よりお願いいたします。――騎士フェリックス・アーガイル! ここに!」

 

「うむ」

 

「はーい」

 

マーコスの声にクルシュが悠然と頷き、フェリスが軽やかに手を上げる。

前に出るクルシュに並ぶように、小走りに駆け出すフェリスが広間の中央へと移動する。その途中、マーコスの顔をジッと見つめ、

 

「団長。いつも言ってますけど、フェリックスじゃなくフェリスって呼んでくださいヨー。フェリちゃん傷付いちゃうにゃ〜」

 

「私は部下の誰も特別扱いするつもりはない。当然、お前のこともだ。前に出ろ」

 

頬に指を立ててお願いするフェリスをすげなく突き放し、マーコスは顎でクルシュの隣を示して先を急がせる。フェリスは不満そうに「べー」と舌を出してマーコスに不服をぶつけたあと、腕を組んで立つクルシュの隣に並んだ。

 

「あれ?そちらの魔法師さんは出ないのか?」

 

アルがそう問いかけたのはストレンジだ。彼もクルシュ陣営に身を置く反面、騎士のフェリスのように前にいくべきではないかと疑問を抱いたのだ。それに対してストレンジは、

 

「あそこに立つことを許されるのは主人と騎士の二人だ。あの狭いスペースに三人も四人も集まっては見苦しいだろう。それに、私は彼らの約束を見ていない。あの場は互いに契りを結んだ者の聖域だ。王になる誓いを聞いていない私には、あそこに立つ資格はない」

 

「ふぅん。アンタ、傲慢だけどマナーはしっかりしてるな」

 

「失礼だな。私はしっかりと礼儀を守っているつもりだ。何処かの誰かさんとは違ってな」

 

最後のストレンジの言葉が誰を指すのか、一部の者を除いて察することはなかった。最もその張本人は今にも噛みつきそうなところをラインハルトに止められていたが。

 

 

 

 

 

「王候補者、カルステン家当主のクルシュ・カルステンだ」

 

「クルシュ様の一の騎士、アーガイル家のフェリスです」

 

「騎士フェリックス・アーガイルです、賢人会の皆様」

 

堂々と怖じることない態度で名乗るクルシュと、それに追従してあくまでも軽々しいフェリス。名乗り上げをたしなめるように訂正するマーコスに、フェリスの刺すような視線が刺さるが、マーコスは頑健な無表情でそれを無視する。

そんなやり取りに、スバルは「へぇ」と小さく呟き、

 

「あのフェリスって子、本名はフェリックスってのか。なんか、すげぇ男の名前に聞こえる名前なんだけど」

 

「スバル、聞いていないのかい?」

 

悶々と考えるスバルに、ラインハルトがふと驚きの顔で問う。質問の趣旨がわからず、スバルは「なにが?」と間抜けな声で聞き返す。

その様子に溜息を吐きながら、ストレンジが説明した。

 

「あの気色悪い奴が女の訳がないだろう。あんな気持ち悪い言動の女性がいるなんて、恐怖でしかない。あれはどう見ても男だぞ。

ーーなんだ、気づいてなかったのか?まあ、女性だと考えて身悶えるお前の姿も滑稽だったがな」

 

「――待て」

 

「何だ?」

 

「今、なんて、言ったのか」

 

ストレンジが口にした内容が受け入れられず、スバルの脳が一時的にパンクする。ゆっくり、噛み含めるように言葉を紡ぎ、スバルは再度の復唱をストレンジへ要求する。

 

「都合が悪くなると聞こえなくなる病にかかっているお前にもう一度告げよう。奴、フェリックス・アーガイルは立派な男性だ。夢が潰えたな」

 

「「ええええええええええ――!?」」

 

意識が理解に追いつき、スバルとアルの二人の絶叫が広間に響き渡る。

その驚きぶりに広間中の注目が二人に集まったが、じたばたと身振り手振りで混乱を表現する二人はそれに気付かない。

スバルは大きく身を動かしながら、部屋の中心に立つフェリスを示し、

 

「ちょっと待て、アレが男!? クソヤブ医者はジョークも下手ってか!? 笑えねぇよ!?」

 

言いながらこちらを見ているフェリスを眺めるスバル。

彼目線から見れば、確かに女性にしては長身だと思っていたが、顔の造形に体の線の細さと背丈さえ除けば女性にしか見えない。一部、女性としての起伏にはやや欠けている面は否めないが、世の中には成人しても胸が平たい女性も少なからずおり、反証にはならない。

 

「声も高えし、線も細い。肌も透き通るみてえだし、オレもあれが男だなんて信じられねぇ……いや、信じたくねぇ!」

 

「わかるかよ、兄弟!」

 

「ああ、わかるぜ、兄弟!」

 

ガシッと隻腕のアルと肩を組み、互いの認識のすり合わせを行う二人。

ストレンジの笑えない冗談に対しても、これだけ言っておけば反省の色も見えよう、と半ば勝利を確信した矢先、

 

「ああ、そこの二人は初見か。私の騎士であるフェリスは男だぞ。他の誰でもない私が断言しよう」

 

それまで沈黙を守っていたクルシュが、肩を組む二人にそう声をかけた。

凛々しい声音の信じ難い内容に、スバルとアルの首が音を立てて振り返る。肩を組んだまま互いに反対方向に回りかけ、一瞬お互いの肩関節が極まって「痛い!」と無様な声が連鎖、そのまま気を取り直すようにスバルは床を踏み、

 

「く、口だけじゃなんとでも言えるぜ! 俺たちを担ごうったってそうはいかねぇ! 証拠を見せろよ!証拠を!」

 

「証拠か。そうだな、私とフェリスは付き合いが長い。一緒に風呂にも入った仲だが、間違いなく男性器が股の間に……」

 

「スタァァァァァップ!! 俺が悪かったーっ!! 全部しっかり認めて受け止めて受け入れるから、女の子の口から男根がどうとか言わないで――!」

 

「男根とは言ってねぇよ、兄弟!?」

 

直接的な表現にスバルが訂正を入れるが、混乱の極みにさらにアルが突っ込みを入れる始末。多重に混乱材料を叩き込まれて慌てふためくスバルは、この事態のそもそもの根源であるフェリスを力強く指差し、

 

「お前もお前だ、チクショウ! お前、そのナリで付いてるとか誰得だよ! おまけにネコミミまで付いてんのに実は男とかそれも誰得!!俺は男の娘属性とかねぇんだよ!」

 

「そーんにゃこと言われても、勝手に勘違いしたのはスバルきゅんの方だしネ。フェリちゃん、自分が女の子だなんて一言も言ってにゃいもーん」

 

「その点に関しては全くの同意見だ。勝手に解釈したそこの勘違いクソ少年が悪いだろうな」

 

「ふざけんな、このアマ――訂正、この野郎共!」

 

てへり、と舌を出してウィンクしてみせるフェリスの態度に、スバルは地団太を踏んで憤慨を表明するが、ストレンジの追加攻撃もあって崩れ落ちる。

 

「ありえねぇ……こんな仕打ちは生まれて初めてだ。温厚という字が服着て歩いているのを隣で全裸で見てたと有名な俺でも怒りを感じずにはいられない……!」

 

「それはもはやただひとりの全裸――!」

 

興奮のあまり自分でもなにを口走っているのかわからなくなり始めているスバルに、アルがそれでも律儀に突っ込みを入れる。

ボケに対して突っ込みが入る、という当たり前さがありがたいやり取りを交わす二人。そんな二人の驚きがひとしきり静まるのを待ち、

 

「――落ち着きましたかな」

 

と、しわがれた声が確認の言葉を二人に投げかける。

壇上、膝の上で手を組み合わせるマイクロトフだ。国の頂点にわざわざ気遣いされてしまい、さすがのスバルも我に返って「す、すんません」と素で恐縮する。

 

「フェリスの性別を知ると決まって皆が驚きを顔に出す。これだけは何度味わってもやめられない楽しみだ。――今の二人ほど驚くものもそういないが、逆に初見からフェリスが男だと見破った者もいる」

 

「ふぅむ、そのお方はとても目利きが優れているようですな」

 

満足そうに唇をゆるめながらも、会場の一点を見つめるクルシュに、マイクロトフは静かに問いかけるが、彼女は答えず続けた。

 

「マイクロトフ卿、フェリスの装いは私が言いつけてさせているのではない。全て、本人の自由意思によるものだ」

 

「従者に相応しい格好をさせるのも、主の務めであると思いますが」

 

言い切るクルシュに反論したのは、又々リッケルトだ。先ほどの流れで文官集団の中で発言権を得たのか、彼の言葉に頷きをもって同調する者が何人か見られる。

それら呉越同舟の面々を眺めて、それからリッケルトをその鋭い双眸でクルシュが射抜いた。射抜かれたリッケルトは顔をひきつらせ、それでも真正面から向き合う。

 

「な、なにか反論でも……?」

 

「目をそらす有象無象とは違うな。少々間が悪く、信ずるものも同じにはならず、少しばかり担ぎ上げられやすい点を除けば、私はリッケルト殿を評価している」

 

クルシュの感覚としては、賛辞の言葉を送ったつもりだが、リッケルトもイマイチ腑に落ちない顔でいる。

しかし、それの追及をするより先にクルシュが、「だが」と言葉を継ぎ、

 

「相応しい格好をさせるのも主の務め、と言ったな。ならば私はやはりフェリスには今の格好でいることを望むだろう。なぜかわかるか?」

 

「理由をお聞きしても良いですかな?」

 

問いはリッケルトを見つめたまま放たれたが、眼光に気圧されたのか言葉を継げないリッケルト。彼に代わり、マイクロトフが問い返すとクルシュは頷き、

 

「簡単な話だ。――その者にはその者の魂を最も輝かせる姿が与えられるべきだからだ。騎士甲冑を着せるより、よほどフェリスには今の格好が似合う。私がドレスを着るよりも、こちらの格好を好むように」

 

言い放ち、クルシュは己の魂を張るように胸を張る。

威風堂々たる立ち姿にフェリスが並び、の雄姿の隣で微笑みながらも従った。

 

その二人の佇まいを見下ろし、マイクロトフは眩しいものを見るように目を細める。それから彼は小さく顎を引き、

 

「ふぅむ、よろしいでしょう。このお話はここで終わりにします。リッケルト殿、よろしいですかな?」

 

「い、異存ありません」

 

「こちらも異存なし。マーコス団長、進めてくれ」

 

口ごもりながらも矛を収めるリッケルトに、あくまで王者の余裕を失わないクルシュ。意見を交換した形だが、どちらの方に軍配が上がったかは二人の様子を見比べるまでもなく明らかだった。

 

「候補者の中で最初の所信表明ではありますが、最有力候補ですからな。言ってはなんですが、安心感が他の方とは違います」

 

やや大きすぎる声量でそんな言葉がそこらで聞こえてくる。

それを聞きつけ、スバルは耳を震わせながら「どゆこと?」と隣のラインハルトに問いかける。彼は素直なスバルの質問にかすかに目を伏せ、

 

「クルシュ様が当主を務められるカルステン家は、ルグニカ王国の歴史を長く支え続けてきた公爵家だ。国に対する忠節の歴史と確かな家柄、そして若くして当主として公爵家を動かすクルシュ様自身の才気――これに加え、軍才に優れたファリックス子爵の支援、そして何よりあのドクター・ストレンジを手札に揃えている。間違いなく王選の本命だよ」

 

「そりゃ……どうなんだ、実際」

 

ラインハルトがつらつらと語った内容に、思わずスバルは喉をうならせた。爵位関係の知識がそれほど深くないスバルでも、公爵という地位が上から数えた方が早い国の要職であることは理解していた。

王候補――王族が滅んでしまった状態であるとはいえ、当然次の王座に就くのはもともとの王家に近しい存在であればあるほど望ましかった。

 

「ほぼ決まりであろう」

 

「カルステン家のご当主で、なによりクルシュ様の才媛ぶりは目を惹くものがある」

 

「豪胆な判断も、器の大きさと考えれば申し分ない」

 

ひそひそと交わされる会話の内容はクルシュの有利性を語るものばかりで、始まったばかりの王選で彼女が頭ひとつ抜け出す存在であることが言外に周知されているようですらあった。

スバルが心酔するエミリアの演説が始まる前だというのに、場の雰囲気がどんどん彼女不利に傾いていくことにスバルは焦りを感じずにはいられない。

だが、そんな彼の胸を苛む焦燥感は、

 

「少し勘違いしているものが多いようだな」

 

指を立て、ひそひそ話を中断させたクルシュの言葉で一時停止とあいなった。

全員の口が閉ざされ、自分への注視が集まるのをクルシュは待つ。その意図を察して広間に静寂が落ちると、彼女はひとつ頷きを置いて切っ掛けとし、

 

「各々が王座に就く私に望んでいることが何なのか、私なりに分かっているつもりだ。カルステン家の歴史を顧みて私が玉座に就くことになれば、政や国の運営には影響が生じずに済み、波のない王位の継承が約束される事は容易に想像がつくというものだ」

 

流暢に語られるクルシュの言葉に、聞き入っていた広間の幾人もが頷く。丁寧に言葉にされ、スバルもまた彼女が王位に最も近いとされる理由をはっきりとした意味で理解する。が、

 

「――期待される卿らには悪いが、その約束はできない」

 

自身に持たされた圧倒的な優位を捨てるような発言に、王座の間に一瞬の静寂――数秒の間を置いて、激震が走る。

「どういうことだ」と口々に疑問を投げかける声。それらをざっと見渡し、クルシュはその熱が冷めやらぬ状況に堂々と踏み込み、

 

「私が王となった暁には、国の在り様は先代までのものとは違うものにならざるを得ない。それは理解してもらう」

 

「――それはどういう意味で、とお聞きしてもよろしいですかな?」

 

「当然だ、マイクロトフ卿」

 

ざわめきがマイクロトフの疑問の声に集約されて静かになり、最初の衝撃が落ち着き始めた広間でクルシュは壇上を見上げる。

深い緑の長い髪が揺れ、凛々しい面差しで彼女が見るのは賢人会――その彼らの向こう、王座の間の壁に描かれた龍の意匠だ。

 

「親竜王国ルグニカ――かつて龍と交わされた盟約に守られ、この国は繁栄を築き上げてきた。戦乱も、病魔も、飢饉さえも、あらゆる危機は龍によって回避され、長きにわたる王国の歴史から「龍」の文字が消えることはない」

 

『ドラゴンとの盟約』は古文書や学術的資料、そして子供の読む絵本にまで描かれるほど広く知られている教養だ。当然、ストレンジもそれは把握していた。

ルグニカ王国が龍と交わした盟約により守られ、繁栄と栄達を続けてきたという歴史のあらまし。

クルシュが口にした内容に全員が聞き入り、その意味を噛み含める。

 

王国の歴史を常に陰から支え続けてきた龍との盟約。それが王族の滅亡という事態にあって、継続が危ぶまれているからこその王選の前提条件。即ち、次代の王たるものは「龍の巫女」の資格あるもの、という条文が科せられている。

 

「故にこそ、我々は龍と対話ができる巫女に王位を預けなければなりません。でなければ王国に約束された繁栄が……」

 

「――その考え、気に入らんな」

 

マイクロトフが盟約を語る最中、ふいを突くようにクルシュの一言が突き刺さる。

老人がかすかな驚きに目を押し開くと、クルシュは腕を組んで吐息し、

 

「龍との盟約により積み上げられてきた繁栄、それ自体は大いに結構。戦乱においては敵国を息吹きで焼き払い、病魔があればマナの活性化により人々を癒し、飢饉が起これば龍の血が沁みた大地は豊穣の恵みを与えられる。あらゆる苦難は全て、我らが尊きドラゴンにより救われてきたーー」

 

語る内容は輝きに満ち溢れているにも関わらず、それを口にするクルシュは淡々としていて表情も晴れない。

無言の全員を視線を見渡し、彼女は小さく呟く。

 

「問おう。――恥ずかしいと思わないのかと」

 

静まり返る広間に、これまで以上の緊張感が張り詰めるのが誰にでも分かる。

しかし、この様々な激情がこもり始める広間の中で、今もっとも怒りを感じている存在が誰なのかとすれば、それは間違いなく玉座の前に立つクルシュであった。

 

「いかなる艱難辛苦であっても、龍との盟約により乗り越えることは約束されている。その盟約に甘え、堕落し、いざその存続が危ぶまれれば取り乱して代替手段に縋ろうとする。これに呆れず、なんとする」

 

「――口が過ぎますぞ、クルシュ様!」

 

苛烈なクルシュの発言に、賢人会のひとりが立ち上がって怒りを露わにする。マイクロトフに負けず劣らず高齢な人物だ。老体はしゃがれ声で席の肘かけを叩き、

 

「盟約を軽んじることは許されませぬ! かつてその龍の恩恵により、王国がどれだけの犠牲を払わずに済んだことか。救われた命もまた同様に。それらの歴史の積み重ねを、あなた様は否定為されるおつもりか」

 

「過去の繁栄に関して、私は大いに結構と述べた。私自身、その恩恵に与っていないなどとは言わない。カルステン家もまた王国と誕生を共にしてきた家だ。王国が危機に瀕すれば当家も同じこと。そして、国が龍に救われたとあらば、それもまた当家も同じことだ。だが」

 

彼女は息を継ぎ続ける。その一つ一つを自ら噛み締めるようにーー

 

「未来の話は違う。今の自分たちの醜態を、どうとも思わないのか? 龍との盟約に縋りつくあまり、思考を停止してはいないのか? 戦乱が、病魔が、飢饉が再び王国を襲ったとき、我々は龍におもねるより他にないのか?」

 

「――それは」

 

「龍の庇護の下で生きることに慣れ切って、それで滅びるのであれば王国など滅びてしまうがいい。恵まれすぎることは停滞を生み、停滞は堕落へ導き、堕落は終焉をもたらす。私はそう考える」

 

「あなたは……あなたは、国を滅ぼすと!?」

 

血管が千切れそうなほどいきり立つ老人。

その叫びにクルシュは目に覇気をみなぎらせ、「違う」と首を横に振る。

 

「龍がいなければ滅ぶのであれば、我々が龍になるべきだ。これまで王国が龍に頼り切りにしてきた全てを、王が、臣が、民が背負うべきだ」

 

故に、とクルシュは一呼吸おき、

 

「私が王になった暁には、龍にはこれまでの盟約は忘れてもらう。その結果、袂を分かつこととなっても仕方がない。親竜王国ルグニカは龍の国ではなく、我ら王国民の国であるのだからな」

 

「――――」

 

「苦難は待っていよう。あるいは過去に龍の力を借りて乗り切った数々の災厄、それすら凌駕する変事が我らを待つかもしれない。だが、我々にはそれに対抗できる切り札がある」

 

クルシュの最後の発言に場内にはどっと、どよめきが起きる。龍に対抗できるほどの切り札があるという事実は、一部の人間を除いて知るよしもない隠された真実だった。しかし今日この場で明らかとなる。

クルシュの視点は一点に終着する。彼女の見つめるその先を見つめようと彼女の見る方向を見る者も数名現れる。

 

「ふぅむ、クルシュ様の仰る“切り札”というのは、彼方にいるお方ですかな?」

 

「この場を借りて行う不躾な行いを見逃していただきたい、マイクロトフ卿。

ーー今、この場にて紹介しよう。神の領域に足を踏み入れる、傲慢な最強の存在を」

 

クルシュの言葉を受け、ストレンジは騎士団の列から外れると、クルシュのいる壇上に歩き出す。階段手前で振り返った彼は、クルシュの方へ向いていた身体を振り向かせ、恭しく頭を下げると高らかに宣言する。

 

「さて、王城に集まりし騎士団諸君に文官一同。お初にお目にかかる。

ーー私は、ドクター・スティーブン・ストレンジ。「至高の魔術師」の称号を受け継ぐ、最強の魔術師だ」

 

 

 

 

 

「ふぅむ。ドクター・スティーブン・ストレンジ……ファリックス領にて発生した「腸狩り」と魔獣の大群をたった一人で退けた、カルステン家の切り札と目される最強の魔術師。やはりあなたでしたか……」

 

ストレンジの高らかな宣言に場内はしばらく沈黙が訪れる。が、マイクロトフの言葉を皮切りにどよめきがさざなみのように広がる。

 

「ふむ、やはりドクター殿は面白い。この場を借りて己を誇示するとはあの人らしいやり方だ」

 

「しかしあの人も、かなり大胆な事をするんだね。恐れ知らずな面があることはもちろんだけど、あれだけ絶対的な自信があるのも不思議と納得できてしまう。計算高く、傲慢の裏には確かな強さがある。王選の中でも最も脅威となる相手となるだろうね」

 

「アイツ、もう色々とすげエな。まるで姫さんみてえな性格だけどよ、アイツの言っていることは間違いじゃねえことぐらい、オレでも分かるってもんだぜ」

 

(……な、何だよ、アイツ。何であんなに偉そうな態度を取るんだよ!俺だってエミリアの為だったらあのくらいできるっつーのに!)

 

ユリウスは興味深そうに微笑み、ラインハルトは笑みを浮かべつつも彼を脅威に感じ、アルは底知れぬ彼の力に身を震わせ、そしてスバルは唯我独尊、大胆不敵な彼の宣言をどこか妬ましそうに見つめる。

すっかり皆の対象が、クルシュからストレンジに移っていることは誰の目からも明らかだ。

文官側ではファリックスやロズワールなど一部の面々を除いて、最初は呆気に取られ徐々に彼の無礼な振る舞いに怒りを覚える者がチラホラと現れる。

 

「き、貴様!いくらクルシュ様の前とはいえ、ここをどこだと心得ている!無礼であるぞ!」

 

真っ先に彼に噛み付いたのは、やはりこの男であった。リッケルトは先ほどの失態から懲りていないのか、堂々と立つストレンジを指差し、何かを喚き散らしている。

 

「私の記憶が正しければここは王城の玉座の間だと心得ているが。それに私はクルシュの許可を得て、このように行動している。何か文句があれば私ではなく、クルシュに言いたまえ。頑固な文官殿は、そんなことまで頭が回らないものなのか。是非とも頭を使ったゲームで、その凝り固まった脳みそをほぐす事をオススメする」

 

「一私人の分際で、上から目線だけで話すだけでなく、何たる侮辱を!クルシュ様、この訳の分からぬ人物を野放しにしておくことの方が危険ですぞ」

 

「彼は既にフォリア・ファリックス領にて起こった魔術騒動で先陣を切って魔獣達に攻撃し、「腸狩り」と互角の戦いを繰り広げていた。人のために戦った彼を私は信用する。野放しという指摘には当たらない」

 

「ファリックス子爵、クルシュ様のご発言は確かですかな?」

 

ヒゲを触りながらマイクロトフが問いかけたのは当事者であり、事の真実を知る一人であるファリックスだ。

 

「ファリックス家の名誉にかけて誓いましょう。只今、クルシュ様が述べられた事は全て事実であり、我らファリックス領の民達は彼に助けられました。リッケルト殿、あなたが彼を侮辱するのであれば、私は全力で彼を援護する。故に、一才の手加減はできないがそれでも大丈夫か?」

 

「い、いやしかし……私はそこまでは……」

 

「ふぅむ。ファリックス子爵は自らの家名にかけて、事実に嘘偽りがない事を証明した。リッケルト、己の主張を通すためには自らも同等かそれ以上のモノを差し出す覚悟は必要となりますが、それはお持ちですかな?」

 

「……」

 

マイクロトフの追撃に遭ったリッケルトはすっかり押し黙ってしまった。これ以上の議論を行えば、数的不利もあり押し込まれてしまうと踏んだのだ。

ストレンジを睨みつけるも、彼の背後のマントから並々ならぬ殺気を浴びせられたリッケルトは萎縮しその矛を収めてしまう。

 

リッケルトの口攻撃が収まったことで、クルシュは首を再び、周囲に語りかけた。

 

「話を戻そう。私は以前から国の在り様を疑問に思っていた。此度のこの風向きは、是正する機会を天に与えられたものと思っている」

 

先王への忠義を思えば、不敬と切り捨てられてもおかしくない一言である。

現に、賢人会の老人たちも今の彼女の発言には顔を見合わせて、表情に深い影を落としている。しかし、その一方で、

 

「理想論なのは間違いねぇけど……」

 

否定できない重みがある、とスバルはクルシュの言葉に聞き入っていた。王国の積み上げてきた歴史と真っ向から打ち合い、そして歴史を作り上げてきた重鎮たちに反論すら許さぬ風格。

それはエミリアにはない、否定のしようがない王者の風格であると断言することができた。

それもまた周囲も同じように感じているらしく、声高に彼女に反論する声はもはや広間には見当たらない。

 

「――クルシュ様のお考えはよくわかりました。それらを受けた上で、御身が玉座を得るのであれば、御身の思うようにされるがよろしいでしょう。それが、国を背負う王の選択です」

 

「無論」

 

マイクロトフの言葉にたった一言で応答とし、クルシュは語るべきことは語り尽くしたとばかりに踵を返す。

堂々としたマイペースに再びざわめきが漏れかけるが、それを先んじて制したのはマイクロトフだ。彼の老人は話の矛先を今度はフェリスへ向け、

 

「では、騎士フェリックス・アーガイル。御身はなにかありますかな?」

 

フェリスは意見を求めたマイクロトフの言葉に対して静かに首を横に振り、

 

「お言葉ではありますが、私が補足するようなことはなにもありません。クルシュ様のお考えはクルシュ様が口にされた通り。そしてクルシュ様の行いの正しさは、後の歴史と従う私どもが証明していきます。――私は私の主が、王となられることをなんら疑っておりません」

 

厳かに、細身の腰を折りながら朗々とフェリスはそう謳ってみせる。

マイクロトフが了承の意を頷きで返すと、フェリスは一度敬礼してからクルシュの下へ。目配せし、彼女が顎を引くと嬉しげに頬をゆるめながら、

 

「やっぱり、クルシュ様はいつでも素敵です。フェリちゃんもうメロメロ」

 

「時おり、フェリスの言葉は意味がわからないことがあるな。――が、許そう。お前が私に不利なことをするはずがない」

 

絶対的な信頼と、心棒が二人の間に結ばれているのがそのやり取りから読み取れる。

心酔の念を捧げるフェリスに、それをものともせずに鷹揚に受け止めているクルシュに並ぶ関係性は見られない。

 

「「至高の魔術師」ドクター・ストレンジ。御身からは何かご意見はありますかな?」

 

「マイクロトフ卿!?あまつさえ何処の身か分からぬ者に、意見を求めるのは危険すぎますぞ!」

 

フェリスに続いて、マイクロトフはストレンジにも意見を求めた。突然の行動に賢人会の高官がすぐに噛み付くが、マイクロトフは聞き流してストレンジの発言を促す。

 

「私は、この王国がどのような道を辿るかには興味がない。この国が更なる繁栄を遂げようが、破滅の道を歩もうが私の知ったことではないからな。過去名を残した巨大帝国は、常に繁栄と滅亡を繰り返しながら歴史を紡いでいる。故に、過度な干渉は望まないし、ここにいる面々もそれを望んでいないだろう。ただ、もしもこの世界を滅ぼす強大な脅威が姿を現し、人々にその牙を剥くならば、私は人々と世界を守るために戦う。これだけは明言しておこう。私からは以上だ」

 

「世界を守るため、己の身を犠牲にしても戦う覚悟をお持ちのようですな……。

さて、ようやくおひとりにお話は聞けたわけですが……ふぅむ、どうやら最初からかなり波乱含みの内容になってしまいましたな」

 

混乱続きのクルシュの所信表明にひと段落がつき、今のやり取りを簡単にマイクロトフがそう言ってまとめる。

賢人会や文官の面々からすれば、王座の最有力候補であった彼女の方針は寝耳に水もいいところの上に、何処の誰かも知らぬ謎の魔術師がクルシュ陣営の人間として現れたことで混乱は極に至りつつある。

 

彼女の宣言は取り込めたはずの多くの票を失わせたが、その代わりに今のを聞いてなおも彼女を支持する存在からすれば、なにが起きても失わないだけの強固な信頼を得たと考えられる。

長い目で見てそれが王選にどれほどの影響をもたらすのか、今の段階では分からない。

 

「では、続けさせていただきます。順番は、クルシュ様のお隣から順番に」

 

「ふん、やっときたか。はいぱー妾たいむじゃな」

 

騎士団長が気を取り直したように議事を進行すると、その取り直した気を再び破壊するような発言をして、橙色の髪の少女が前に踏み出す。

 

「今、あいつハイパー妾タイムって言った?」

 

カタカナ雑じりのクソ文法にスバルが唖然とすると、アルが手柄を自慢するかのように親指で己を指した。

それからのしのしと重い足音を立て、前に出たプリシラの隣に彼も並ぶ。

 

先ほどのクルシュと違い、華やかなドレスに太陽を映したような髪。色鮮やかな装飾品の数々が金属音を立て、見た目から騒々しい彼女をさらに騒音で飾り立てる。

そんな少女の隣に立つのが、一見町民風の格好に漆黒の兜で顔を隠した隻腕の男なのだから、否応にも周囲の目が奇異の視線になるのも無理はない。

 

「ふん、さっそくごーじゃすな妾に有象無象の卑しい視線が集まっておるようじゃな」

 

「いい感じに使いこなしてんな、姫さん。だいぶアッパー入ってていい感じだぜ」

 

奇異、というよりキワモノを見る目で見られているにも関わらず、なぜか誇らしげに胸を張るプリシラに、アルが彼女の従者らしい的の外れた賞賛を送る。

若干イカれた二人のやり取り、それらを正面にマーコスは咳払いし、

 

「それではプリシラ・バーリエル様。よろしくお願いします」

 

「癪じゃが付き合ってやろう。そこな老骨どもに妾の威光を知らしめ、その上で妾に従うことを選ばせてやればよいのじゃろう。簡単な話じゃ」

 

言うと、彼女は胸の谷間から扇子を抜き出すと、音を立てて開くと口元を隠しながら小さく笑う。可憐な容姿に似合わぬ、毒婦めいた嗜虐的な微笑みが表れる。

 

クルシュの爆弾発言を経て、決して良い状態でなかった広間の空気に明らかに不穏なものが入り混じり始める。明白な緊迫感が張り詰める広間の中、ぽつりと誰かが呟いた。

 

「――血色の花嫁めが、忌々しい」

 

深く深く、憎悪を煮立てたような憎々しいその声は聞く耳を立てずとも自然と聞こえてくる程の大きさだ。

それが誰を指しているのか、思いのほか響いたその声がどんな影響をもたらすのか、決してよい方向に転ばない予感だけははっきりと感じられる。

 

候補者二人目を中心に据えて、いまだ王選の序章は始まったばかりである。




クルシュ様の所持表明、中々カットできずにここまで長くなってしまいました汗

ドクターが前に出る構成は当初からあったんですが、どのようにして登場するかは結構悩みました。
スバルとの対比を心がけるようにしたんですが、どうですかね?笑
皆様のご感想をお待ちしております。

因みにこの回は、後の展開の伏線をいくつか入れています。その他のエピソードにも伏線はありますが笑

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