Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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『ホワットイフ』最終回見ましたよ!

ドクター・ストレンジ・スプリームこと、闇堕ちストレンジの力!
凄すぎてあのストーンを揃えたウルトロンとタイマン張っていたし、(ウルトロンもストレンジさえいなければ、チームを倒せるって言ってました)最後は次元を歪めて監視役になるし……MCU本軸のストレンジもあれをやろうと思えばできるってなると、ますます期待が高まります!笑



二十八話 銀髪のハーフエルフ

名前を呼ばれ、緊張の色が濃い表情でエミリアが返事をした。中央へ向かって歩き出す彼女の右手と右足が、同じタイミングで前に出たのを見たストレンジは、緊張でカチコチになっているのが彼女の後ろ姿から、相当の強張りが見え隠れしていることに気づいた。

どうにか中央へ辿り着く寸前で歩き方の齟齬に気付き、エミリアの手足が常人同様の形態に収まりつつ前へ――賢人会の視線を受ける、広間中央へ進み出た。

エミリアのことが心配なのか落ち着きを見せないスバルを、ストレンジが冷めた目で見る中、

 

「心配はいらないよ、スバル」

 

「人の心を読むなよ。掌の上か俺は」

 

ちらりと横目を向けたラインハルトが声をかけていた。ひそやかな声でスバルの不安に言及する彼は、前に出るエミリアの背を顎で示し、

 

「スバルは王城でエミリア様がどんな評価を受けているか知らないようだからね。――少なくとも、君が心配しているような侮られ方はしていない」

 

「そうは言っても……」

 

右手と右足が同時に出ていたのがどうも気になるのか、口上を噛み舌も噛む、赤面してしゃがみ込むという連鎖を想像しているようで、スバルはラインハルトの声にも少しの安心を見せていない。

一方のストレンジは、思い上がるスバルが国の重鎮の集まるこの場で、全員からの軽蔑と蔑視を浴びて醜態をさらす可能性が少しでもある以上、いつでも彼を止めることができるようにスリング・リングを密かに指に通す。

 

が、スバルの不安は斜め方向解釈によって杞憂となった。

 

「見たか、今の手足が同時に出る歩法を……」

 

「エルフ族に伝わる特別な呪法かなにかの先触れじゃないのか」

 

「魔貌だな。なぜか目を離すことができない……」

 

並ぶ近衛騎士たちから聞こえる恐れ入るような声に乗せられたその内容は、げんなりとするものでエミリアのことをよく知らないストレンジから見ても誇大妄想も甚だしい内容だった。特に三番目のアホな発言には、思わず彼も溜息を漏らしたほどだ。

何はともあれ、カチコチに固くなった動作ひとつとっても、変な解釈をされているような立場――馬鹿にしているのでなく大真面目に吹聴されているのだとすれば、この国において彼女が決して友好的に迎え入れられていない状況であるのは確かだった。

 

エミリアが中央に到達すると、自然とそんなざわめきの数々も静まり返る。残ったのは進み出たエミリアの他、靴音を高く鳴らしながら隣へと向かうひとりの長身――ロズワールの足音のみ。その藍色の髪の長身がエミリアの隣に立つと、場の準備は整えられた。

立ち並ぶ二人を見やり、議事進行役のマーコスが重い顔つきのまま顎を引く。それから彼は視線でスバルやストレンジたちの方――特に先ほど頭の悪い風説を口にしていた輩の方を睨みつけ、背筋を正させてから、

 

「では、エミリア様。そしてロズワール・L・メイザース卿。お願いいたします」

 

「はーぁいはい。いーやぁ、こーぅして騎士勢が介添え人として続いたあとだと、私の場違い感がすごくて困りものだーぁよね?」

 

普段通りの道化師じみた軽々しい調子のロズワールが応じ、エミリアに「ねぇ?」と振り返る。それに対して彼女は一切の反応を返さない。道化を演じているとはいえ、国政を司る重要な場所での彼の空気の読めなさは相変わらずであったが、そのことに関しての負感情は即座に置き去りにされた。

それはーー

 

「お初にお目にかかります、賢人会の皆様。私の名前はエミリア。家名はありません。ただのエミリアとお呼びください」

 

凛とした銀鈴のごとき声音が広間中の鼓膜を揺らし、その名を全員の胸に刻み込む。声に震えはなく、前を見る眼差しにも揺らぎがない。

先ほどまでの緊張した様子は消え、賢人会を目前に己の名を紡いだエミリアの姿は、これまでの候補者と比較しても劣るところがない。

 

何より口上を述べるエミリアの姿には、人間である他の候補者には決して持つことが叶わない、現実離れした魔貌ともいうべき魅力が備わっていた。その魔貌はストレンジのいた世界にも敵う女性はいないだろう。ただ一人、ストレンジが心から愛した女性を除いては。

 

「そして、エミリア様の推薦人は不肖の身ながらロズワール・L・メイザース辺境伯が務めさせていただいております。賢人会の皆様方にはお時間を頂き、ありがたく」

 

「ふぅむ。近衛騎士でなく、推薦者は宮廷魔術師のあなたになりますか。そのあたりの経緯をお聞かせ願えますかな」

 

ヒゲに触れながらおっとりと話の流れを提示し、それからマイクロトフの瞳が剣の鋭さを帯びて細まる。彼はその眼差しで静かにエミリアを射抜き、

 

「候補者であるエミリア様。彼女の素姓も含めて、お願いします」

 

「承りました」

 

腰を折るロズワールは伸ばした手でエミリアを示し、彼女の首肯を受けると朗々とした声で彼女との出会いを語り始める。

純粋すぎるエミリアが、何の根拠もなしにロズワールに付いていくとは思えない。加えて引っ込み思案な彼女が王選に出る意思を持ったということは、何かが彼女に強い衝撃をもたらしたからこそだ。

そしてロズワールから彼女に関する内容が語られていく。

 

「まずは皆様もご周知のことと思いますが、エミリア様の出自の方からご説明させていただくとしましょーぉか。見目麗しい銀色の髪、透き通るような白い肌、見るものの心を捉える紫紺の瞳に、一度聞けば夢にまで忘れることのできない銀鈴の声音。魔貌の数々はご存知の通り、エミリア様がエルフの血を引くことの証明です」

 

ロズワールの言葉を受けて、広間の幾人もが息を呑んだのが伝わってくる。エルフ――エミリアの扱いからして周知されていただろう事実であり、こと王選において隠し通すことなど不可能なレベルの他者との差異だ。

アナスタシアの場合は、ルグニカ国籍でない人物が選挙に立候補しているというある種単純な問題だが、エルフ族と人間族の間に横たわる溝は果たしてそれと比較できない深いものであるのだろう。

 

「エルフ族の血を引く娘……」

 

「人知を越えた魔貌、そして常世離れした雰囲気、間違いないでしょうな」

 

「エルフ族を王座になど言語道断だ。それこそ、アナスタシア様の例とは比較にもならん。おまけにただエルフであるというだけならともかく」

 

賢人会の老人たちが顔を見合わせ、声をひそめながらも批判的な内容を口にする。特に禿頭に大きな傷を持つ老人――彼の人物の態度は強固なものだ。

 

「半分は人間の血――つまり、ハーフエルフということであろう?」

 

額に青筋を浮かべてそう吐き捨て、老人は乱暴に手を振ってみせる。ぞんざいにエミリアを遠ざける仕草であり事実彼は、

 

「見ているだけでも胸が悪い。銀色の髪の半魔など、玉座の間に迎え入れることすら恐れ多いと何故気付かない」

 

「ボルドー殿、口が過ぎますな」

 

「マイクロトフ殿こそおわかりか? 銀色の半魔はかの『嫉妬の魔女』の語り継がれる容姿そのものではないか!」

 

たしなめるマイクロトフにすら声を荒げ、ボルドーと呼ばれた老人は立ち上がる。それから彼はつかつか階段を下ると中央、エミリアの前へと歩み寄り、

 

「かつて世界の半分を飲み干し、全ての生き物を絶望の混沌へ追いやった破滅。それを知らぬとは言わせぬぞ」

 

「――――」

 

「そなたの見た目と素姓だけで、震え上がるものがどれほどいると思う。そんな存在をあろうことか王座にだと? 他国にも国民にも、乱心したと言われるのが関の山だ。ましてやここは親竜王国ルグニカ――魔女の眠る国であるぞ!」

 

両手を広げて足を踏み鳴らし、荒々しい口調と態度でがなるボルドー。その態度にエミリアはいまだ無反応。だが、代わりにスバルの方が限界を迎えそうだ。

 

「おい。まさかとは思うが、この大衆の面前でバカな真似を晒すつもりじゃないだろうな。ああは言っているが、彼らは賢人会のお偉い方だぞ。変な真似をして迷惑をかける気か?」

 

「うるせぇんだよ、クソ医者が。あれが難癖以外のなんだっつーんだ。昔に本人が直接なんかやらかしたってんならまだしも、見た目が似てるだけであの扱いだぞ? ならハゲ頭のジジイは全員あんなんか? 俺の知ってるハゲジジイはもうちょいマシだ」

 

「本筋を見失うな、ナツキ・スバル。それは正統化されない考えだ。冷静に物事を見ろ、今お前が置かれている状況を」

 

単純な考えで激情のままに怒鳴り込んでしまいそうなスバルを、ストレンジが押し止める。だが、スバルの方の怒りはそれで収まるはずもない。

鼻息も荒く、視線で射殺せればとばかりにボルドーとストレンジの横顔を睨みつける。と、その敵意満々の視線に件の老人が気付き、もめる二人を見やると、

 

「介添え人の列が騒がしいと思えば、魔術師ドクター・ストレンジはクルシュ様の付き人。となれば、あの黒髪の少年は……」

 

「ボルドー様、もうよーぉろしいですか?」

 

ボルドーの目が剣呑な光を帯び、こちらに対してなにかを働きかけようとする寸前、その判断に水を差したのはロズワールだ。

彼は普段通りのとぼけた態度のままで進み出て、ボルドーの視線を正面に受ける。高齢のわりには頑健な体つきの老人は、背丈が長身のロズワールとほとんど変わらない。互いに至近で視線を交換し合いながら、老人はロズワールのオッドアイを見据え、

 

「言葉を尽くしたか、という意味ならばまだまだ言い足りんほどだ。卿の行いはそれほどのものだぞ。わかっているのか、筆頭宮廷魔術師よ」

 

「わーぁかっていますとも。私のしている暴挙の意味も、賢人会の皆様の意見を代表してくださったボルドー様の計らいも、そしてエミリア様を見ることとなるであろう国民たちの感情の問題もねーぇ」

 

威圧するようなボルドーの物言いをさらりと受け止めたロズワールは指を立てると、

 

「しーかーぁしーぃ、お忘れではないですか。ボルドー様が問題にしている部分はこと王選に関してはなんの意味も持たないことを」

 

「……どういう意味だ?」

 

「奇しくも、最初にプリシラ様が仰っていたじゃーぁないですか。形だけでも五人の候補者が揃えば王選が始まる、と。王選が始まりさえすれば、あとは竜歴石の条文に従って粛々と進めるのみ。そーじゃあーぁりませんか」

 

ロズワールは身を乗り出してボルドーの視線から逃れると、その話の水を壇上の賢人会へ向ける。それを受け、マイクロトフは細めた片目をつむり、

 

「ふぅむ、つまり御身はこう言うわけですかな。エミリア様は竜殊に選ばれた存在であるという一点が重要であり、実際に王位に就く資格があるかは問題ではない、と」

 

「そーぉのとおりです。私は一刻も早く、王選を始めて終わらせて、国を元の正常な状態に戻したい。そうでなきゃ、私が道楽を楽しむ余裕も持てませんからね」

 

後見人であろうに、あっさりとエミリアの王位に就く可能性を切り捨ててみせるロズワール。その発言には先ほどの暴言を越えた衝撃があり、スバルは怒りを覚えるよりもまず先に呆然とするしかない。

あれほどまでにエミリアが王を目指して努力しているのを知っていながら、その後援者たる男がなにを口にするのかと。

 

唖然と言葉を作ることもできないスバルを置き去りに、ロズワールは立てた指を楽しげに振りながらさらに続ける。

 

「当て馬、というのも言い方が悪いですが、ひとつそーぉんな感じで考えてみてはいかがでしょう。エミリア様の容姿は、えーぇそれはそれは特徴的ですとも。彼女を見て『嫉妬の魔女』を連想しない人間はそうそういないでしょう。そーぉれはつまり、我々からすればわかりやすいことこの上ない盤上の駒となり得る」

 

「五人の候補者からなる王選を、実質的に四人の争いにしようということか」

 

「選択肢が少なくなる方が分裂する可能性は減ると思いませんか? ましてや王不在によって揺れる国政、他国からの内政干渉の可能性すら危ぶまれる。それなーぁらば、危険を減らす方策をこちらで練るべきでは?」

 

ロズワールの提案に思案顔のボルドー。他の賢人会の老人たちも、「それならば」と口にする姿はその提案に少なからず乗り気になっている。

エミリアを他の候補者の当て馬として抜擢し、王選を実質的な出来レースにしてまとめてしまおうという魂胆。

 

メリットとデメリットを比較して、どちらに天秤が傾くと判断したのか。

もっとも強固に反対の姿勢を貫いていたボルドーが、その強面に理解の色を浮かべながら頷くと、

 

「わかった、いいだろう。先の反対は取り下げる。卿の推薦通りにことを――」

 

 

 

 

 

「ふざけてんじゃねぇ――!!」

 

怒声が広間に響き渡り、反響するそれを皮切りにしんと室内が静まり返る。

静寂が落ちた室内にゆいいつ残った音は、怒声を放った少年の荒い息遣いのみ。

 

全員からの注視を受けながら、少年――スバルは怒りに顔を赤くして、悪巧みの同意に達しようとしたロズワールとボルドーの二人を睨みつける。

 

荒く息を吐きながら壇上を睨みつけるスバルだが、ふと彼の背中を何者かが思いっきり叩いた。

 

「痛っ!何だよ!」

 

スバルが振り返った先には、彼を真っ直ぐ見据えたストレンジの姿があった。彼のマントは僅かに靡いており、スバルの背中を叩いた張本人は彼なのは間違いないと、彼はストレンジを睨んだ。

 

「ああ。どうやら私の相棒がお前の醜い醜態に堪えかねて思わず叩いてしまったようだな」

 

「何しやがんだよ!お前はアイツらの意見と同じだって言いてえのか!?」

 

「相変わらずお前の脳は、直列回路のように単純だな。短絡的で退廃的なハリウッド映画を観ているようだ。見ていて笑えてくるよ」

 

何処かスバルを小馬鹿にしたように小さく笑みを浮かべたストレンジは、一転して険しい表情でスバルを睨み返した。

 

「私は、お前のその振る舞いこそ問題だと思うがな。自分の立場を分かっていないのか?騎士でも正規の介添え人でもないお前が、単なる気分屋の気紛れでここに立っていられることを。

お前は、お前自身の馬鹿げた言動によって、あそこに立つ衛兵に追い払われていてもおかしくはないんだぞ」

 

ストレンジが指さした方向に顔を向けたスバルの目には、矛を構えて扉の前に立つ衛兵の姿が映った。確かに現在のスバルの地位は、プリシラに気紛れによってたまたま会場に入れた実に危うい立場だ。その気になれば、簡単に追い払われてしまうだろう。

何より、壇上に立つロズワールの目がそれを象徴している。

 

「スバルくん、場が見えていないのかな? 今は君のような立場の人間が口を挟んでいい場面じゃーぁない。謝罪して、退室したまえ」

 

「俺の意見は伝えたぞ、ふざけんな!そんで続く言葉はこうだ。謝るのはお前らの方だってな」

 

「まだ続ける気なのか?自分の立場を更に危うくして何が楽しいのか、さっぱり理解ができないな。一体、何がしたいんだ?」

 

「うるせえ。部外者は黙ってろよ。ーー俺の立場は今、言った通りだ!曲げるつもりなんてない!」

 

「ますます驚きだ。――命がいらないだなんて」

 

黄色の瞳を閉じて、代わりに青だけの瞳でロズワールがスバルを射抜く。

普段の飄々とした雰囲気がその佇まいから抜け、代わりに彼を取り巻くのは見るものに戦慄を抱かせる圧倒的なまでの鬼気。ロズワールの周囲の大気が歪んでいるように錯覚するそれは、おそらくは彼の持つマナの膨大さが原因だった。

 

「まとまりかけたところにこの無礼だ。もう一度だけ、這いつくばって許しを乞うならば機会を与えよう。どーかな、ナツキ・スバル」

 

膨れ上がる剣呑な敵意の奔流を受け、スバルの膝が盛大に笑い、指先に震えが伝染し、歯の根がカチカチと音を立てて震えている。

彼は心胆から震え上がるような感覚を覚え、この場で卒倒しそうにすらなる。

――だが、

 

「い、言ったぜ、俺は。謝るのは俺じゃなくて、お前らの方だってな!」

 

声が震えていたし、上擦ってもいた。

だがしかし、それでもスバルは下を向くことだけはしなかった。

 

(あれだけ強大な力を目の前にして、身体が震えあがろうとも、精神だけは頑強に屈せず対峙している。ナツキ・スバル、お前はーー)

 

ストレンジは感じていた。ロズワールの強大な魔力を浴びようとも、決してへたり込む事なく立ち続ける彼の奥深くには、折れない芯が存在していることを。

頑固で頭が硬くバカであってもこれだけはあった。愛する人(エミリア)がこの場にいる。そして今、彼女の願いは虐げられようとしていた。それを目前にしていて、折れることなどできようはずがない。

 

力がない。意思も弱い。だが、意地だけがあった。出どころの知れないわけのわからない力だけがスバルを突き動かし、踏みしめる二本の足の膝を屈するような真似だけはさせない。

そんなスバルの力のない、ただひたすらに我を通すだけの意地を前にロズワールはそのオッドアイをかすかに細めて、

 

「いーぃだろう。力なくばなにも通すことができない。その意味を、身を持って知ってみるといい。来世ではそれを活かせることを願うとも」

 

最後通牒が告げられた瞬間、溢れ出ていた力の奔流が形となって具現化する。

生まれたのは広間全体を煌々と照らす極光をまとう火球だ。掲げたロズワールの掌の上に生まれた炎の塊は人の頭ほどの大きさだが、小規模の太陽を生じさせたようなその高熱は離れた位置に立つスバルの肌すらも軽く炙る。

その火球を目の前にして身体が動かないスバルを無視して、ストレンジはロズワールに問いかけた。

 

「メイザース辺境伯。この場でその魔力の使えばここにいるバカな少年が炭になるが、それを分かって火遊びする気か?」

 

「そうですとーぉも。彼は自らその運命を選びましたからねぇ、力なくば何もできないことをこの私が直接、彼に叩き込んであげましょーう」

 

「……それは彼を殺すということか?」

 

「ーー彼の本望ならば」

 

明白なまでの害意の具現、臨戦態勢に入ったロズワールを前にボルドーを始め、比較的近くに立っていた候補者たちが身構える。ボルドーは厳つい顔を怒りに歪め、候補者たちはそれぞれの騎士の背中側へ。

 

「悪いが、私の目が届く範囲で危なっかしい火遊びはやめてもらいたいところだな。私の後ろで、膝を震わせているどうしようもない少年でも命は価値あるものだ。それを無下に奪うというのは、私には看過できない。これでも私はドクターだからな」

 

「ほぉ。他陣営である貴方が敵陣営、しかも歪み合う少年を助けるとはねーえ。一体、どういう風の吹き回しかぁーな」

 

「命に善も悪もない。価値をつけられるとしたら、そいつは最早次元を超越した観察者(ウォッチャー)のようなものだろうな。

私は、人生で火を灯し続けさせることを責務として来た。今日とて、それは揺るがない」

 

ロズワールを対峙した彼は両拳を強く握ると、盾状のエルドリッチ・ライトを展開させた。橙色の光を鮮やかに輝かせ、騎士や文官たちにとっては見たことのない複雑な紋様が浮かび上がった円状の盾を、ストレンジはまっすぐロズワールに向ける。

 

「おお……かのカルステン家の切り札と評される魔術師が使う魔術、初めて見るが何とも不思議なものだ」

 

「どの属性にも一致しない魔法……実に興味深い」

 

「おまけにあのマナの量、ロズワール殿と対して変わらないのではないか?」

 

文官や騎士団は数歩離れた場所から、初めて見るストレンジの魔術に興味を惹かれ、食い入るように見つめている。その視線を鬱陶しく感じつつも、ストレンジはロズワールに集中した。

 

そして、ただひとり騎士を侍らせていないエミリアは、

 

「えっと……待って、ロズワール。それじゃ話が……いえ、そうじゃなくて……」

 

困惑と焦燥の二つで紫紺の瞳を揺らめかせ、対峙するロズワールとストレンジの二人を交互に見やることしかできない。

ロズワールを見る目には困惑が、そしてストレンジを見つめる彼女の瞳には驚愕が。

 

「おいおい……まさかここで魔法戦争をおっぱじめようって気じゃねえだろうな……」

 

エミリアを守ろうとするスバルは、状況を理解できずにただ立ち尽くすことしかできない。

 

「もう一度言おうか、メイザース辺境伯。その物騒な火を収めて、冷静に物事を見よう。そして、()()()()()()()()()()()()()()。貴族のお前なら簡単なことだろ?ーーそれとも、ピエロには難しいかな?」

 

「其方がその気なら、私も容赦はしーないともぉ。火のマナ最上級の火力を見せてあげよう。――アルゴーア!」

 

酷薄に言い捨てて、ロズワールの掌がストレンジの方へと向けられる。それは掌中にあった火球を投じる動きであり、火球はゆっくりとしかし確実にストレンジの身を焼き尽くさんと迫りくる。

それを眼前に、不本意ながらストレンジに庇われるように立つスバルは、とっさに体を横に飛ばして回避行動をとろうと思考。だが、肝心の体はスバルのその思考にちっともついてこない。足が震えているからか、恐怖で体が竦んでいるからか。

 

否、どちらも否。

意思が下半身に伝わっていないのではない。意思が加速しすぎて、その伝達速度に体がついてきていない。

意識が現実を置き去りにし、眼球を動かすことすら叶わない。

 

故にスバルの視界に残っているのは、眼前に迫る火球と、それを魔術で受け止めるストレンジの他には、目の端でこちらに向かって手を伸ばしているエミリアの姿のみ。

その表情に確かな焦燥があるのを見て、スバルは場違いな安堵感を得ていた。

 

自らの命が脅かされている状況で、それを好意を寄せる少女が危ぶんで見ていてくれている。――その事実に安堵を得てしまうことがどれほど異常なのか、今のスバルには意識する時間すら与えられない。

 

 

 

 

 

 

『力がなければなにも通すことができない。なるほど、いい言葉だね。ああ、まったくもってその通りだと、ボクも肯定するところだよ』

 

スバルにとってその声は聞き慣れたものであり、ストレンジにとっては初となる妙な寒気を感じさせる声。

 

火球と魔術の盾が衝突する瞬間、目前に迫る赤熱の死を前にスバルは瞬きすら忘れた。それ故にスバルの目は目の前で起きた出来事を余すところなく見届けていた。

 

火球は衝突の瞬間、魔術で作られた盾を焼き尽くさんとその四肢をこちらの体を包み込むように伸ばした。刹那、先んじて盾と火球の間を覆うように青白い輝きが展開、それは人体を一瞬で蒸発させるような熱量に対し、真っ向から火力を競い――結果、白い蒸気だけを残して相殺せしめてみせたのだ。

 

そのあり得ない人外の技量、その行いをあっさりとやってのけた存在はスバルの正面、目線の高さの宙を漂い、

 

『ニンゲン風情がボクの娘を目の前に、言いたい放題してくれたものだ』

 

腕を組み、桃色の鼻を小さく鳴らして――灰色の体毛の小猫が、その黒目がちの瞳をかつてないほど冷たい感情で凍らせて言い放った。

 




スバルとストレンジをようやく絡ませることができました〜。

この場面でストレンジとスバルが歪み合うというのは、前から考案していたんですが、どんな風に関わらせるのかについて、かなり悩みまして。

正直に言うと、まだ絡みとしては浅いかなっと思ったりしています。でも、この回はあくまでエミリアの所信表明なので、メインはエミリアとしストレンジとスバルの絡みっていうものはこれくらいがちょうど良いかなと考えてみました。

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