Re:上から目線の魔術師の異世界生活 作:npd writer
スパイダーマン・ノーウェイホームをひとまず待ちたいと思います(はぁ………)
突然のその存在の出現に、広間中の全ての人間が言葉を失っていた。
宙に浮き、周囲を睥睨するのはエミリアが連れている精霊パックである。ストレンジが初めて対面するその生物は猫のような、小動物のような見た目で普段ならばその姿は愛嬌あるものだ。しかし、今の姿はそれとは極度にかけ離れた様子で、その見た目からは想像できないほどの威圧感を漂わせている。
そんな中、火球を沈めるほどの冷気を放った精霊に興味を持ったストレンジは、パックに話しかけた。
「やあ、そこの宙を舞う生き物!お前はエミリアの忠実なペットか何かか?内気な彼女とは正反対な元気で物騒な猫だな」
『なるほど……その狂ったようなマナの量、魔法に高い適性を持ったその体。ボクをリアのペットと形容したのは君が初めてだよ、ドクター・ストレンジ。キミのような得体の知れない魔術を使う魔術師は、この国には一人もいない。面白かったから、密かに観察させてもらっていたよ』
「私の名前を知っているとはな。精霊にまで名を知らしめたこと、実に光栄なことだ。ついでに言わせてもらうが、その狂ったオーラを沈めてもらいたいもんだね」
『ボクと対峙してもその傲慢さを貫き通せる、やっぱり面白いニンゲンだよ、キミは。この場にいるニンゲン風情の中では一番特色がある』
愉快にくつくつと笑うパックと、傲慢な態度を崩さないストレンジの会話に驚くスバルとは別に、初めて彼の姿を目にする人々の間にも動揺が広がっているのがわかった。
彼らが問題としているのは、スバルの驚きとはまったく違う部分にあった。
それは――、
「ロズワール辺境伯の魔法を真っ向から相殺しただと……?」
「それもあの短時間で、無詠唱に近い状況で?」
「それ以前に、あの凝縮されたマナはいったい……可視できるものは真っ直ぐに見てはならん! 呑まれるぞ!」
近衛騎士のひとりが警戒を呼び掛け、ふらつく同僚の肩を支える。同様の反応は文官たちの中にも数名が見られ、そのいずれもが宙を浮遊するパックを恐怖するような目で見つめている。
「――は? え? なに?」
そんな彼らの反応がスバルには理解できなかった。見た目は普通な灰色の小猫であり、確かに普段の彼が知るそれとは、雰囲気こそ違う気はするが、騎士たちが揃って最大級の警戒心を燃やすようなことはない。現にストレンジは平然と話しているではないか。
ジッと見つめていたところで、彼らが口にしているような体調不良が起こる要素など欠片も見出すことができずに、困惑を隠せないスバル。そんなスバルの戸惑いを余所に、パックは彼を知るものからすれば信じられないほど尊大に「ふん」と吐き捨て、
『それにしてもわかっていないようだね、ロズワール・L・メイザース。以前にボクが君に対して譲歩してみせたのは、あくまでボクの娘がそれを望んだからだ。それさえなければこの国ごと、ボクは永久凍土の底に沈めてしまってもかまわなかったというのに』
言いながら、パックの周囲をふいに風が巻き始める。それは肌に痛みを与えるほどの冷気を伴う風であり、パックの周囲だけを取り巻いていたそれは次第に広間全体へ広がり、列席する全ての人間にその冷気を存分に浴びせかける。
と、そこにストレンジが待ったをかけるように動き出した。
手首に紋様を浮かび上がらせ、伸ばした左手の上で、まるで空気の流れを作るかのように右手を数度回すと、その両掌を前にいるパックに向けて突き出した。すると、彼の手首の紋様から橙色の波動が発せられ、空気に靡かせながら高速でパックに到達するとパックの冷気を瞬時に打ち消した。
『ほぉ……ボクの魔法を打ち消すとはね。キミは本当にニンゲンかい?』
「悪いが、私は生まれながらの地球人だ。超人血清を打った
『普通のニンゲンだったら、そいつらみたいに怖気付くか、へたり込むかのどっちかだ。こうしてボクと相対して、正気を保つどころか喧嘩腰で挑んできたのは、キミとロズワールくらいなものさ』
「歩んできた場数が違うからな。私はお前より強い敵と戦ったことがあるが、お前のそれは彼らより低い。お陰で楽に話せる。それに……
ーーおっと、どうやら私の他にも口を開きたい奴がいるらしい。賢人会の面々がご所望だ」
「――お気を鎮めてくださいませんか、大精霊様」
ストレンジが促すと同時に、壇上から事態の原因であるパックに向かって、しわがれた声が放たれる。
声の主はマイクロトフ。賢人会の面々にも少なからず動揺が広がる中、中央の席でひとりだけ姿勢を変えずに構える彼は理知的な輝きを瞳に灯し、
「これほどの力に、保有する濃密なマナ。さぞや名のある大精霊様とお見受けいたしますが」
『なんだ。少しは礼儀のわかる若造もいるじゃないか』
「ふぅむ。この歳で若造扱いされるなど、貴重な体験ですな」
片眉を持ち上げるような仕草のパックに、マイクロトフは小さく笑って応じる。そんな老人の態度に満足したのか、パックは尊大な態度を崩さぬまま頷き、
『ボクがどんな存在なのかについては、残念ながらボクより君たちの方が詳しいんじゃないかな。ボクはただ、長い時間を存在してきただけの精霊に過ぎない。そのボクをなんと呼んでいたのかは、そちらの勝手だ』
「なるほど。道理ですな」
パックの答えにマイクロトフがヒゲを撫でながら頷き、それから老人は沈黙を守っていたロズワールの方へと視線を向ける。その視線を受け、自らの魔法を無効化されて以来、口を閉ざしていたロズワールが肩をすくめて、
「先のエミリア様との出会いの話にさかのぼります。私が彼女と出会ったのは、ルグニカの王都よりはるか東――エリオール大森林。通称「氷の森」でした」
「エリオール大森林……!」
「あの氷に封じられし森の出身とは!」
「あの死の森が生き物を育んでいたとは驚きだ」
「左様。あそこに入れば死あるのみ。そこの出身など、御伽噺のようだよ」
ロズワールが口にした地名に、複数名の驚きの声が上がる。その驚きがまさに想定通りだったとばかりにロズワールは頷いてみせ、
「そーぅ、エリオール大森林。約百余年前に突如として氷に覆われ、出るものも入るものも拒んだとされる氷結の結界。そして、侵食する永久凍土」
「確か凍てつく風が周囲を時間をかけて凍らせてゆき、その凍土とした範囲を年々拡大しているという曰くつきの地のはずでしたな」
「凍りついた大地、植物、大気、生き物――それはつーぅまり、白い終焉ですよ。なにもかもが永遠に誘われ、そーぉのまま永久の眠りより戻ってはこれない」
手を叩き、ロズワールは開いた手でエミリアを、パックを示し、
「その氷の森の奥地で、ひっそりと暮らしていたのが彼の二人というわーぁけです」
「つまりエリオール大森林の永久凍土は……」
『ボクの仕業というわけだね。もっとも、ボクはただ住みよいようにしていただけなんだけど』
驚嘆を隠せないマイクロトフに対し、パックは悪びれない様子でそう答える。イマイチ件の土地に縁のないスバルはついていけていない。
完全に、スバルの暴言があった事実など、すでにどこへなりと置き去りにされている勢いだ。
そのパックの答えにマイクロトフは難しい顔で小さくうなり、
「ふぅむ。エリオール大森林をあの状態にするほどの力――その強大さは、お伽噺に残るいずれの精霊と比較しても引けをとりませんな」
『それだけ恐ろしい、でしょ?』
賞賛に近い言葉を投げかけながらも、その内心はどうあったのか。そのあたりを先読みして言葉にしてみせたパックにマイクロトフは瞑目。
それから彼は納得の感情をその細めた瞳に宿しながらロズワールを見下ろし、
「ふぅむ、なるほど。おおよそ理解が及びました。そのエリオール大森林の奥地で暮らしていたお二人と接触したのは、どういった理由ですかな?」
「調査の一環、ですねぇ。エリオール大森林は私の領地にもほど近い場所でしたから、数年以内に凍土化の影響を受けかねない。そうなる前に事前調査を」
二度ほど失敗しましたが、とロズワールは指を二本立てて己の失態に苦笑。それからきりりと表情を引き締め直し、
「三度目の挑戦で森を抜けて、そこでお二人に出会いました。最初は問答無用に攻撃されまして……いーぃやぁ、焦りました焦りました」
『森を抜けてきた人間は久々だったからね。少しばかり、歓迎が激しくなりすぎたかもしれない』
過去の戦いを、互いに気安い様子でそのときを振り返るが、広間の全員がそれを笑えない。先程の魔法戦を児戯と笑い飛ばしてしまえるような戦闘が、その際に二人の間で交わされたということに他ならないからだ。
「森の地形が変わりかける歓迎にはゾッとしましたが、私がそれ以上にゾッとしたのはそのあとのことでした。私に向かって容赦なく襲いかかってきた超越者たる精霊が、たったひとりの少女の言葉を聞き届けて矛を収めたからです」
さらりと地形が変わりかけた、などとストレンジにとっても聞き捨てならないことを言い放ち、ロズワールは神妙な顔つきでエミリアの方を手で指し示す。
依然、沈黙を守り続ける彼女はわずかに顔を俯かせ、ロズワールの言葉を聞いているのかいないのか、紫紺の瞳の輝きは茫としており掴みどころがない。
その態度にかすかな違和感を覚えるスバルだったが、それを追及する時間は当然用意されていない。ロズワールの言葉を引き継ぐようにパックが身を回し、
『契約者たる可愛い娘の嘆願だ。なにを置いても聞き届けるとも。逆を言えば、ボクはボクの意思以外にはリアにしか従わない』
言い切り、それからパックは『だから』と言葉を継いで広間を見渡す。その黒い瞳の視線を受けて射竦められたように身を縮める人々の中、パックの視線は最後にボルドーの方へ固定される。にやり、とそんな擬音が似合いそうな笑みをパックが作り、
『不愉快な君たちがこの場で氷漬けにならないことをリアに感謝するといい。さっきからこの子がボクを引き止めていなければ、ここは今頃氷像の間だ』
「そうなれば、私が止めるがな」
淡々と紡がれる言葉は底冷えするような冷気を伴い、広間の全員の心胆に冷たいものを差し込んでいく。ストレンジは余裕の表情を見せているが、それは彼も規格外の強さを持っている故。
彼の言葉が決して虚実でないことは、すでにロズワールやストレンジとの攻防で証明されている。この場の全員が一体の精霊に命を握られている事実――誰かが息を呑む音がやけに大きく聞こえる。
そんな中だったからこそ、
「――ほっほっほ」
と、小さく声を漏らして笑うマイクロトフの姿はあまりに場違いであった。
笑う彼にパックは静かな目を向け、その冷気を伴う視線を老体に集中させる。が、マイクロトフはそれを真っ向から見つめ返し、
「なるほど、心胆が縮み上がる思いですな。――あのロズワールにしては、面白い趣向を凝らしたものだと言っておきましょう」
絶対零度の視線を受けながらも、マイクロトフの余裕の態度は崩れない。その上で意味のわからない発言、だがそれを聞いたロズワールの表情がにわかに変わる。
先ほどまでの真剣な表情から一転、普段のとぼけた様子を取り戻した顔つきで、
「ありゃーぁ、ばーぁれちゃいました?」
「それなりによくできた台本だったと評しますな。大精霊様の演技には言葉もありませんが、御身が調子に乗りすぎたことと、ドクター・ストレンジ殿の介入によって台本通りに演じられていた、とは思えませんが」
困惑する周囲を置き去りに、マイクロトフの評価にロズワールが額を叩く。そんな二人のやり取りを見ながら、浮遊するパックは持ち上げた長い尾を手でいじりながら、
『ほら見なよ、ロズワール。やっぱりやりすぎは良くないって言ったろう? ボクはともかく、君の場合は普段のキャラがみんなに知れ渡ってるんだから、演技するにしてももっとうまくやらなきゃ。まあ、ドクター・ストレンジがこの場にいる時点でやめた方が良かったかもだけど』
「耳が痛いいたーぁいですよ。そーぉれなりに自信あったのに傷付いちゃうなーぁ、もう」
頬を膨らませて不満を表現するロズワール。それをパックが吐息で流し、マイクロトフも疲れたように瞑目して無言の対応。
それら三者だけが納得する姿勢に待ったをかけたのは、最後にパックにひやりとした視線を浴びせられた禿頭の老人――ボルドー。彼はその強面にわかりやすい困惑を皺で刻みながら、
「ま、待たれよ、マイクロトフ殿。いったい、なんの話をしておられる?」
「ふぅむ、一言でまとめるなら簡単な話――今こそが、エミリア様陣営の演説の形というわけですよ。それまでの候補者の方々とは趣が大きく異なりましたが」
マイクロトフが片目をつむってロズワールに同意を求めると、ロズワールも両手を降参するように掲げて「えーぇ」と語尾を伸ばして認める。
その答えにとっさにボルドーは合点に至れない様子だったが、傍で聞いていたスバルは答えに辿り着いた。
「宮廷筆頭魔術師であるメイザース辺境伯、その彼と対等以上に渡り合える力を持ち、私と肩を並べるほどの魔法を操る精霊。それを従える王候補という図式を見せつけ、エミリアにそれなり以上の力量があることを全員に見せつけた。――筋書きを整理すると、こんなところか」
一から十まで懇切丁寧に説明してみせるストレンジの言葉に、ようやくといった形で広間に納得の感情が広がる。そうして今までのやり取りがある種の演技であると全員が納得したところで、続いてわき上がるのはロズワールの姦計に対する賞賛――ではなく、その人心を弄ぶような行為に対する怒気めいた感情が多かった。
「今のが演技……演技だと!? なれば此度の一幕は全て仕組まれた茶番か! ロズワール、貴様、この場をなんだと心得ている!?」
とりわけ激情に顔を赤くするのは、この場でもっとも恥をかかされた立場に近いボルドー。老人は額に青筋を浮かべつつも顔を真っ赤にし、明らかに心臓に負荷をかけながら唾を飛ばしそうな勢いでロズワールに詰め寄る。
が、その勢いをせき止めたのは、ボルドーの顔のすぐ目の前に出現したパック。ボルドーは眼前に毛玉が現れ、それが先の冷気の根源だと気付くとすぐさま口を閉ざし、なにを言うべきか言いあぐねるように無音のまま口を開閉させる。
パックはそんなボルドーの反応を見下ろしながら、小気味よく笑って、
『うんうん、怒るのは当然だ。謝るよ、謝罪するさ。許してね、ごめんね、ボクが悪かったよ。――でも、さっき言ったことは全部本当だよ』
謝罪を口にしながらも、付け加える一言でボルドーの心臓を高鳴らせるパック。小猫は浮遊の高度を高めながらくるくると横に回り、
『あの大森林はボクの庭だし、同じ魔術師でもロズワールじゃボクの相手には荷が重いのも本当だ。ボクがこうしてなにもしないでただ存在するのはリアのお願いのおかげだし、リアの悪口を言う君たちになにもしないのもあの子の優しさのおかげだ』
ゆっくりと言い含めるように言葉を作り、それから最後にパックは愛らしく微笑み、『誤解しないでほしい』と前置きして、
『――今、君たちが凍りついていないのはエミリアの温情だ。それを忘れないでね』
言い残し、パックの姿がふいに輪郭を失い、光の粒子となって消失する。
緑の光を帯びた粒子はきらめきながら宙を漂い、それはゆっくりとエミリアの方へ。そのまま彼女の懐へと向かい、刹那のあとには視界から消え去っていた。
エミリアの懐の中にあるパックの依り代――緑色の結晶石へと戻っていったのだろう。
パックが戻った途端、かすかにエミリアの頭が揺れ、それから彼女の視界に光が戻ってくる。彼女は幾度か瞬きし、周囲を確かめるように視線だけを回遊させ、
「ロズワール、状況は?」
「概ねは良好です。本音を言えば、大精霊様で最後まで引っ張るのが理想でしたが……さーぁすがにマイクロトフ様とドクター殿を最後まで欺くのは難しかったようで」
ロズワールの答えを受けて、エミリアは「そう」と小さく応じるのみ。そのまま広間を見渡す彼女の視線が、ちょうど背後に立つ形だったスバルを捉えた。
アメジストの輝きはスバルを見つめ、そこに感情を生み出して儚げに揺れる。とっさにスバルは言葉を作りかけたが、なにを言うべきかわからないままその輝きに魅入られ、結果として会話を交わす機会を逸してしまった。
置き去りのスバル。そのままエミリアは前に出て賢人会に向き直ると、
「まずは欺くような行為をした非礼を謝罪します、賢人会の皆様」
「いえいえ、見抜けなんだはこちらの落ち度。少しばかり、老骨が蛮勇を振るって大精霊様の温情に与っただけのことです。それに事は王選に関わる……使える手立てを全て用いて、己を訴えかけねばなりませんからな」
腰を折るエミリアの謝罪に対し、マイクロトフが器の大きさを示して頷く。その答えにエミリアは幾許か安堵したように唇をゆるめたが、そこに水を刺すのは先ほどから面白くない目にばかり遭っているボルドーだ。
「使える手立て……? その果てが今の脅迫とあっては、さすがの半魔としか言いようがないがな」
「脅迫とは人聞きの悪い。持ち得る力量の程を見せただーぁけの話ですが?」
「それが示威行為以外のなんだと言える? 先の精霊の言葉を聞いたはずだ。精霊は『意に沿わないのならば氷漬けにする』、そう言ったのだ。国の重鎮が集まるこの場でその発言――国を寄越せ、とする簒奪者の脅迫とどう違うというのだ」
たしなめるロズワールの言い返し、ボルドーは息も荒く邪推を口にする。が、ボルドーの言には一理あり、それはロズワールでも否定し切ることはできない。
力を見せつける、という目的を果たすことはできたものの、それは武力をひとつのカードとして用いることができる、と他者に知らしめた結果に他ならない。
無力である、無害である、と判断されるよりもよほど、王選のスタートラインに立とうとするエミリアにとって不利な起点になりかねない情報だ。
そんな不利な状況に対し、エミリアは壇上に戻ったボルドーを見上げて口を開き、
「――そう、私はあなたたちを脅迫しています」
はっきりと、向けられた邪推を真っ向から逆に肯定してみせた。息を呑み、二の句を継げなくなるボルドー。そんな老人を見上げたまま、エミリアはその眼差しの輝きを欠片も揺らがせることなく、
「改めて、栄誉ある賢人会の皆様に名乗ります。私の名前はエミリア。エリオール大森林の永久凍土の世界で長き時を過ごし、火のマナを司る大精霊パックを従える、銀色の髪のハーフエルフ。私を見て、森近くの集落の人々はこう呼びます」
凛とした声音で歌うようにエミリアは言葉を紡ぐ。
聞き入る聴衆の前で、ひとり舞台に立つ彼女は一度言葉を切り、それから数秒だけ瞑目してなにかを断ち切るように、
「凍てつく森に生きる、「氷結の魔女」と」
魔女、その単語が出た瞬間に広間の空気がさっと変わる。誰もが彼女の風貌にそれを意識していながら、しかしあえて追及するまいとしていた世界最悪の災厄、その特徴そのままの姿。
誰も彼女に答えることができない。威勢のいいことを口にするだけのボルドーはもちろん、他の賢人会の老人も同様だ。ただひとり、その胆力の作り方からして違うと言わざるを得ないマイクロトフを除いては。
「力を示し、要求を告げる。まさしく魔女の在り様ですな。――では、その氷結の魔女殿は我々になにを脅迫なさるおつもりですかな」
「私の要求はたったひとつだけ。――ただ、公平であること」
「……公平、ですか」
質問に静かに応じるエミリアに、マイクロトフは口の中でその要求を繰り返す。エミリアは「そう」とその呟きに首肯で理解を示し、
「ハーフエルフであることも、自分の見た目が忌まわしい魔女と同じ特徴を持っていることも、全ては変えられない。それが理由で誰しもに偏見の目で見られることも同じ。でも、それで可能性の目を全て摘み取られるのは断固として拒否します」
「つまりエミリア様。御身はこの王選に対し、一候補者として対等に扱えと、そうお望みになるわけですか」
「公平であることは、私の生涯においてひどく貴重なこと。この場でそれ以上を求めることは、私が尊く思う公平さに対する侮辱に他ならない」
彼女の人生の中で、ボルドーのように謂れのない罵声を浴びせられることも、ハーフエルフであるという一点だけで迫害されたことも、彼女の過去を鑑みればあったことだろう。
故に、彼女はただひたすらに、公平な目で扱われることをこの場で望む。
振り返る。銀色の髪がその動きに伴って流れ、広間に青ざめた月の色のきらめきが走る。誰もがその輝きに魅せられる中、エミリアは声を大きくして、
「だから私があなたたちに求めることはたったひとつ、公平に扱ってもらうこと。契約した精霊を盾に、王座を奪い取ろうだなんて公平さを欠く行いは絶対にしない」
精霊という強大な力を背景に王座を奪う、そんな選択肢は端から消し、あえて己の意図したところにとっては不利になるかもしれない状況を望んでいる。
なぜなら、
「私は、他の候補者に比べても足りないところばかりの未熟な存在です。知らないことばかりだし、学ばなければいけないことは山のようにある。それでも、目指すべき頂がわかっているから、努力を欠かそうとは思わない」
果たして彼女の言質を受け、その存在を慕う一人の少年はどう思うか。
「私の努力が王座に見合うかはわかりません。でも、そうあれるようにと努力し続ける気持ちは本物です。その思いだけは、他の候補者にだって負けたりしない」
だから、と彼女は言葉を継ぎ、壇上のボルドーを真っ直ぐに見上げて、
「公平な目で、私を見てください。家名のない、ただのエミリアを。「氷結の魔女」でもなければ、銀の髪のハーフエルフでもない。私を、見てください」
最後の呟きは懇願のような響きを伴っていた。
しかし、そこに込められた意思の強さは、気持ちの強さは決して揺るがない。
他の候補者に当たり前に与えられたそれを、エミリアは自分にも求めている。
同じスタート地点に立つことを、そこから走り出す機会を与えられることを。
しばし、沈黙が広間を包み込んでいた。
言葉を生み出すことができないのではない。エミリアの問いかけに対し、答えが出るのを全員が身を固くして待っているのだ。
やがて、全員からの注視を受けていたボルドーが長い長い吐息をこぼし、
「私の意見は決して変わらん。彼の「嫉妬の魔女」を思わせる、そなたの外見が国民に悪影響を及ぼすのは間違いない。王選に関して、不利な立場にあることは依然同じだ」
低い声で、これまでのエミリアの主張に真っ向から異を唱える。その答えにエミリアの紫紺の瞳がかすかに陰りを帯びる。
「だが、人心にまで干渉することは何者にも許されない領域だ。故に、そなたがどう思われるかをどうにかしてやることはできない。それでも、先ほどの私の非礼は詫びよう。――否、非礼を謝罪いたします、エミリア様」
席を立ち、その場に膝を折って、敬意を示す最敬礼をとって見せるボルドー。
その行いに驚きが拡散する。その中で彼は顔を上げ、
「あなたは意に沿わぬ私を氷漬けにすることができた。にも関わらず、それをなさらずに公平さを求めた。――それは、尊い行いにほかならない」
穏やかな顔つきでそう語る彼の表情は理知的な姿は賢人会とされる国の重鎮そのもの。
エミリアの表情から陰りが失われ、自然と認められた喜びが表情を明るくする。唇が弧を描き、花が咲いたような微笑が生まれる。
「いずれにせよ、真の意味での公平さを求めることは難しい。苦難の道が続くことはわかりきっている。それでもなお、王位を望まれるのか」
「平坦な道のりじゃないことなんて、最初のときからわかってる。それでも、私は必ず王座に座る。そうしなきゃいけない理由が、あるから」
覚悟を問うボルドーの言葉に、エミリアはもはや迷いのない声で応じた。
その答えを聞いてボルドーは満足げに頷くと席に戻り、視線を向けてくるマイクロトフに全てを預けるとばかりに掌を差し向けた。それを受け、マイクロトフは長いヒゲを梳きながらうんうんと頷き、
「少々、波乱含みとなりましたが、もう十分といえるでしょう。エミリア様もロズワール辺境伯も、語り残したことはありませんな」
「はい」
「わーぁたしの場合は本当はまだまだ喋り足りないんだけど、この場合……」
「では、ありがとうございました。ドクター・ストレンジ殿もお戻りいただいて結構ですとも」
「そうさせてもらうとしよう」
短く答えたエミリア。一方でまだくっちゃべっていたロズワールの言葉を、絶妙なタイミングでマーコスが遮って強制終了。
不満げに唇を尖らせる長身の背をエミリアが軽く叩き、二人も候補者の列へと身を戻そうとする。ストレンジも彼らに続いて壇上に背を向ける。
だがしかし、
「して、そちらの御仁はどういった立場になるのですかな?」
列に戻ろうとエミリアたちが踏み出そうとした瞬間、その問いかけはマイクロトフの口から発せられていた。
老人は眉を片方持ち上げ、意地悪げな輝きを瞳に宿して、視線を前に出てしまった挙句に所在のないスバルに向けていた。
「うぇげっ」
彼は、マイクロトフの問いかけに思わずそんな呻き声が漏らしてしまう。
なにせ、彼は激情に駆られて前に飛び出したにも関わらず、その後のやり取りについていくこともできず、舞台上でおろおろしていただけの観客役だったのだ。
できればそのまま空気と一緒に流されて視界から消える展開が望みだったにも関わらず、まんまと老人の好奇心によって再びスポットライトを浴びた。
「このまま、ロズワール辺境伯の思惑通りに進むのも癪ですからな」
こっそりと呟いたつもりなのだろうが、なぜかスバルにははっきりマイクロトフがそうこぼすのが聞こえた。
先程の芝居の仕返しが、巡り巡ってスバルにきたのだ。
「あ、えっと、その、この子はその、私の……」
振り返り、こちらの前に回り込んだエミリアが賢人の視界からスバルを隠すように身振り手振りをしてみせる。
あたふたと、先ほどまでの凛とした態度はどこへいったやら、そこには王候補のエミリアではなく、年相応のエミリアという少女が戻っていた。
そのことになんとも言葉にし難い安堵感を得てしまい、スバルの頬が空気の読めないタイミングでゆるむ。そして、そんなときに限ってエミリアもスバルの顔を横目にしていたりなんかして、
「違うんです。ええっと、この人はですね……ちょっと、なんでにやにやしてるの。そんな場合じゃないでしょ、しゃんといい子にしてて」
「しゃんとしててって、きょうび聞かねぇな……」
スバルをたしなめるエミリアの言葉尻を拾うと、エミリアが不満そうな目をこちらに向けてくる。そんな責めるような視線すら魅力的で、スバルは小さく笑みをこぼすと彼女の肩に触れて、
「いいよ、エミリアたん。――俺も言い訳はしねぇ」
「言い訳とか、そんな場面じゃ……スバル、なにする気? ねえ、ちょっと」
呼びかける声を背後に、スバルはずんずんと前へ踏み出す。そして、これまで候補者たちが立ってきた場所に堂々と踏み込み、壇上に立つ賢人会の視線を一身に浴びながら、歯を噛んで気合いを入れて顔を上げた。
「はじめまして、賢人会の皆々様、ご機嫌麗しゅう。この度は、大変なご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳なく思い候!」
腰を落とし、右手を背中へ、左手を掌を上にして前へ出し、古式的な礼法に則る。
誰からの注意も入らないのをしばし沈黙を作って確認し、それからスバルはファーストコンタクトの成立を確信すると、そのまま流れるような動きで手足を動かす。
足のスタンスを広げ、腰の角度を傾け、左手は傾けた腰に、右手は高く天井を指差すようにして華麗にポーズを決め、
「俺の名前はナツキ・スバル! ロズワール邸の下男にして、こちらにおわす王候補――エミリア様の一の騎士!」
叫び、それから掲げていた右手を下ろして指を鳴らし、歯を光らせてウィンクを決めながら、
「どうぞ、お見知りおきを」
己の立ち位置をはっきりとさせるために、場違いなスバルの参戦が始まる。
空気は先ほどのパックの出現のときを越えて、急速に冷え込んでいくのを感じながら。それと共に、エミリアは側にいる「至高の魔術師」が冷めた目でスバルを見ているに気付く。目に怒気をも孕む彼の姿は、波乱の幕開けを予感させるものだった。
先日、東京にて行われている「庵野秀明展」に行ってきまして、庵野さんの様々な参考資料を見させていただきました。
自分は『エヴァンゲリオン』ファンなので、エヴァエリアを重点的に見ていましたが、本当によく作り込まれていて二次創作物を作るのに参考になる資料がとても多かったです。
10月後半からは埼玉でマーベル展も開かれて、ドクター・ストレンジに関する資料も登場すると予告されているので、早く行ってドクターに関する理解を更に深めたいと思います笑
本編ですが、何やら最後に不穏な空気を残してましたね。スバルの騎士宣言を怒気を孕んで見つめるドクター・ストレンジ。彼は一体、何を思うか。