Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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皆様、お待たせしました。最新話投稿です。

マーベル最新映画『エターナルズ』見てきました。(ネタバレ注意)

マッカリ、ドルイグ……お前ら、最高かよ……
ドルイグは普通に裏切りそうなキャラだったから、途中で裏切ると思ってたけど、まさかあんなに人類のことを……。


三十話 自称騎士ナツキ・スバル

渾身の決め顔をするスバルは笑顔のまま静まり返った広間の中を見渡すと、硬直したままスバルはその蛮行を断行する。

一度やり始めたからには自分から折れることができない彼の性格が災いしたのだが、

 

「え?ち、ちょっとぉぉぉー!!」

 

「あ!スバル!?」

 

突如、橙色に光るポータルが足元に開いたかと思えば、あっという間に吸い込まれ、上下左右が曖昧になる摩訶不思議な異空間を落下し続ける。身体の自由が効かないまま宇宙空間や万華鏡のような領域を落ち続け、新たなポータルに吸い込まれると、候補者たちが控えるすぐ後ろに吐き出されるように落とされるスバル。どうにか両足で着地できたものの、叩きつけられた際のジンジンと響く鋭い痛みで、苦鳴を上げずにはいられないスバル。

今まで経験してきた中でも酷い痛みに遭ったスバルは怒りで痛みを忘れ、涙目のまま飛ぶように振り返って、

 

「なにすんだぁコラァ!俺がエミリアたんの一の騎士な上にロズワールの世話になってる身でラインハルトのマブだって知っての狼藉かぁ!」

 

憤怒の限りに唾を飛ばすスバル。その口走った内容の他力本願ぶりに呆れた者もいたが、彼にとっては決意表明に水を差されたことへの怒りを感じていたこともセットになったことで、より苛烈さを増さずにはいられなかった。

 

そして、そんなスバルの意気込みに水を差した本人は、

 

「お前を異空間に放り込んだのは私だ。騎士を名乗る人物にしては、あまりに笑えない冗談だったからな。つい手が出てしまった」

 

「またお前かよぉ……何てことすんだ、いてぇ……」

 

スバルに悪びれすることなく、ストレンジは平然と受け流す。一方で、自身を王城、ましてはエミリアという愛する人の前で落とされたスバルは恥ずかしさと引かない痛みが合わさったことでぐちゃぐちゃした感情を整理することができない。

 

「まず言っておこう。論理が滅茶苦茶な話を聞かされて、黙ってられる者がいるのか?誰もが止めに入るはずだ。現にお前の想い人は、手が出かかっていたようだがな」

 

ストレンジが指し示す先にスバルが視線を向ければ、そこには正にスバルを止めるべく握り拳を作ったエミリアの姿があった。まさか自分が指されるとは思ってなかった彼女は、思わず動揺してしまう。

 

「ちょっとドクター!?ち、違うの!今のはその、とにかく大人しくさせなきゃと思ったら思わず……」

 

「……否定になってないぞ、エミリア。正直者故に隠し事は苦手なのかもしれないが、誤魔化すならもっと上手くやらないとな」

 

「そう……分かったわ。次からもっとうまーく誤魔化してみせるから!」

 

何やら頓珍漢なことを言ってしまい、ストレンジを呆れさせてしまうエミリアだったが、すぐに視線をストレンジからスバルに戻した彼女は、物凄い剣幕でスバルの下へ駆け寄り、

 

「エミリアたん!君は俺のことを心配してくれてーー」

 

「いいから、すぐに謝って! 私も一緒に謝ってあげるから」

 

「へ?あ、ちょっとエミリアたん!君は俺のオカンなの!?」

 

母性本能をくすぐられたのか、完全に保護者目線で相対するエミリアに複雑な目線を向けつつも、キッパリとスバルはみっともない真似はできまい、と断固拒否。

 

国家の重鎮が集まる場で、相変わらずのやり取りを交わす二人。そんな二人を見て、たいていの観客はぽかんと口を開けて唖然とした様子を隠せていない。その反面、

 

「やらかした――!!」

 

「あっはっはっは! 見よ、アル! 馬鹿じゃ、馬鹿がおるぞ!」

 

最も傲岸不遜な主従がスバルを指差し、ひとりは頭を抱えて、もうひとりは腹を抱えて大爆笑し、

 

「ふむ。対象を異空間に放り込む魔術か。やはりドクターは相当にできるな」

 

「やだ、クルシュ様ってば目の付けどころがスゴイ益荒男……!」

 

片や性格で男女逆転している主従も、ひとりはストレンジの資質を賞賛し、もうひとりはそれそっちのけで主の思考に身悶えている。

 

「あー、やっぱあの兄さん、かなり頭いっちゃってんな、わかってたけど」

 

「やっぱりそうか。スバル、君がエミリア様の……」

 

いまだ主従としての形を為していない二人も、片方はかなり失礼な発言でスバルの行動を端的に表し、もう片方はなぜか理解を瞳に宿して納得した顔をする。

 

「なんや、ひとりだけ変な格好の子が紛れ込んでる思てたけど、あの魔女っ子のツレだったんやね。……って、ユリウスどしたん?」

 

「いいえ、少々――ええ、気になることがありまして」

 

特徴的な喋りの主の言葉に応じ、意味ありげに静かに瞑目するユリウス。彼はそのまま黙り込み、ただ沈黙を選びながら時を待っている。

 

候補者たちがそれぞれに、場の空気を動揺せずに受け止めており、全員がそれなりに常人とは違った神経の持ち主であることは誰の目からも窺い知ることができる。

結果的ではあるが、候補者とそれ以外の人材との間の精神性の違いを際立たせる結果を生んだ、スバルとエミリアの口論。

もちろんそれに気づかない二人はその間も口論を続け、

 

「そうやっていっつもいっつもスバルはわからない言葉で誤魔化して。私がちょっと世間知らずだからって、そんないつも騙されてあげないんだから」

 

「騙すとか超人聞き悪いよ! 俺の心はいつでもトゥルーまっしぐらで、君のルートの一直線にトゥギャザーしてるのに!」

 

「ンン!……夫婦漫才はそこまでにしてもらえるか?」

 

腕を組んでそっぽを向くエミリアに、食い下がるように地団太を踏むスバル。その二人の舌戦が一時停滞したのを見るや、ストレンジが呼びかけた。

 

「君たちがこの場でギャーギャー騒ぐのも結構だが、恥知らずな言動を繰り返す君たち、特に王候補でもあるエミリア、君は馬鹿な真似を続けると王としての器が無いと判断されてしまうぞ」

 

ストレンジは無言のままに仕草で広間全体を見渡すようなジェスチャーを行い、

 

「ぁぅ」

 

「うえあ」

 

そこまでしてようやく、二人は広間の空気がかなり混沌の状態に陥っているのに気付いた。空気が読めなかったときの空気に敏感なスバルにとって、今の状況は慣れ親しんだ苦境であるが、一方で顔を蒼白にするエミリアの動転はそれどころでは済まない。

 

色白の肌からさらに血の気を失わせた彼女はすぐ壇上を振り仰ぎ、振り向く途中でスバルの耳を引っ掴んで同じ方向を向かせながら、

 

「大変お騒がせして、申し訳ありませんでした!」

 

「いだだだっ! 痛い! 耳取れる! 取る、取るとき、取れば、取れるとき、取れよう、取れれれれ――ッ!!」

 

耳を引っ張ったままエミリアが頭を下げるものだから、その方向に引かれてスバルもまた頭を下げる形になってしまう。

短期間で二度も半泣き状態にされるスバルだが、なんとかもがいて彼女のその束縛から逃れ、痛む患部を高速でさすりながら、

 

「危ないって、耳は鍛えられない急所のひとつなんだからもっと丁寧に扱ってくんなきゃ、取れてからじゃ遅いんだぜ!?」

 

「この状況になるってことは今までのお話が聞こえてなかったってことでしょ? 役に立ってないぐらいなら、取れちゃった方がずっといいくらいじゃない」

 

「てんぱってるからって辛辣だな! 言っとくけど、目と耳と鼻と喉と、各種感覚機能に関してはダブルA判定もらえる自信あるよ!」

 

スバルの主張をいつもの戯言と判断したのか、エミリアはそれ以上の追及をせずに賢人会への謝罪を続行する。

 

彼女は一度目をつむり、それから真剣な顔を作り直して老人たちを見上げると、

 

「とにかく、さっきの発言は忘れてください。この子……彼は私の知己で、ロズワール辺境伯の従者ではありますけど、さっき言ったような……」

 

「待った待った待った! なかったことにされるのは困るって話だってば!」

 

エミリアがどうにかまとめようとした話に、再度スバルが割り込んで止める。彼女はそろそろ本気で余裕のない眼差しをスバルに向けて睨む――というにはやはり懇願の感情が強すぎて、見つめるといった方が正しい視線を向け、

 

「お願いだから静かにしてて。バツが悪くて引っ込みがつかないのはわかってるから、それならせめて今は大人しく……」

 

「思ってもねぇこと口走って自棄になってるわけじゃねぇし、そもそもこんな場面で心にもない戯言ほざけるほど度胸座ってねぇよ!」

 

先ほどの宣言の一切を信じてくれないエミリアに、スバルも声を大にして言い募る。さしものエミリアでさえ、そのスバルの態度に頑なな姿勢でい続けることはできない。

押し黙るエミリアの姿に会話の中断を見たのか、それまで沈黙を守り続けていた壇上――即ち、マイクロトフが小さく咳払いすると、

 

「そちらの御仁の意思は固いように思えますな。ふぅむ、ロズワール辺境伯の見解はどうなっておりますかな」

 

今の二人のやり取りにヒゲを整えながら、ロズワールへと矛先を向ける。向けられたロズワールは「そーぅですねえ」と胡散臭げに笑みながら、

 

「王候補の皆様にはそれぞれ、信を置く騎士がついていらっしゃる。その中、エミリア様にだーぁけそう言った立場の人間がいーぃないことは気になっていました。私がその立場にあるのは、すこーぉしばかり座りが悪い話ですからねぇ」

 

「だろだろでしょでしょ」

 

「ロズワール!」

 

もったいぶった言い回しをするロズワールの言葉に、スバルは拳を固めて「MOTTOMOTTO!」と応援、代わりにエミリアは叱責の声を飛ばす。

それを聞きながらロズワールは「たーぁだーぁし」と前置きし、

 

「それはべーぇつに誰でもかまわないってーぇお話じゃありません。騎士を、それもいずれは王になられるかもしれない方の一の騎士を名乗るのであーぁれば、相応のものを示してもらわなきゃなりません」

 

「そうそうそうでしょう」

 

「ロズワール!」

 

今度はエミリアがロズワールの意見に同意を示し、不平を名前呼びに乗せてスバルが口から吐き出す。

そんな両極端な反応を小気味いいとばかりに笑顔で見届け、ロズワールは賢人会のお歴々を振り仰ぐと、

 

「一の騎士としての資格――主への忠誠心、あるいは主君の身を守るだけの力。王となるべく邁進する主の道を切り開くなにか、そーぅいったものがなければーー」

 

「ハハハ!珍しく良い発言だな、メイザース辺境伯。だとしたら、そこの頑固で意地っ張りの少年には厳しいものがあると言わざるを得ないだろう。少なくとも、そこの少年は王候補の騎士として相応しくない」

 

朗々と語っていたロズワールの言葉に割り込むストレンジの声。最初こそ、笑い飛ばしていたものの、すぐに表情を厳しいものに変えると彼は、騎士を名乗るスバルへその目を向ける。

 

「一つ聞いておきたい。お前のそれは忠誠か?それとも我儘で傲慢な君の過信か?」

 

「……どういうことだよ?」

 

「簡単な話だ。お前のような傲慢な、否、弱者が王候補者の騎士が務まるのか、ということだ。まして、その相手は王選において最も苦しい立場にいる人物。力のない驕りだけが取り柄のお前に果たして務まるのか?」

 

「……テメェ、さっきから言わせておけば!」

 

ストレンジに対する恨みや怒りが少しずつとはいえ、溜まっていたスバル。塵も積もれば山となる、という諺があるように、感情を爆発寸前まで溜めていた彼に対して、ストレンジが発した言葉は導火線にマッチを近づけるような危険な行為に他ならない。

 

「そんな事ない、とでも言いたいか?しかし、強い力も保有せず、魔術の知識も皆無、剣の振るい方さえままならず、唯一の魔法攻撃も未だ自分のものにできていない。そんな輩に騎士が務まると考えている方が、狂っているとも」

 

「そんなことーー!」

 

「そんなことだと?ならば、お前には彼女を襲う厄災から守り切れる力があるのか?その勇ましいだけの自信だけでは、到底これから訪れる厄介毎に対処できるはずがない。その時に、いつまでもお前にご執心なメイドや、そこのピエロ野郎が助けてくれる訳ではないんだぞ。まさか、自分ではどうしようもなくなった時は他力本願に頼ろうとしているのか?例えば、そこにいるチート騎士とか」

 

ストレンジはスバルの反論を遮るように矢継ぎに説き続ける。

まるで長たらしい校長の説教のようにも聞こえるそれは、見たこともないはずのスバルの経験をなぞっているかのような内容で、盗品蔵での一件やウルガルム討伐で慢心だっていたスバルの心に刺さっていく。

 

「一般人が他力本願になるのは悪いことではない。私の国でも、宇宙人やらロボット軍団が侵攻した時に、非力な人間はアベンジャーズや政府を頼るものだ。自分たちを守ってほしいからな。しかし、騎士というのは守る側の人間、つまりは()()()()の人間だ。彼らは常に死と隣り合わせの戦場で活動している。お前に彼らに並ぶ勇気はあるのか?」

 

「勇気ならとっくにあるぜ!俺はエミリアのためだったら、なんでもやれるからな!」

 

「悪いが、お前のそれは勇気ではない。かといって、騎士が主人に対して捧げる忠誠心でもない。只々、一緒にいたいという我儘、軽い思いだ。偶そして、認めてほしいあまりに彼女に着いて回るそれは忠義でもなく、執着だ。敢えて言わせてもらえば、気持ち悪いと言える」

 

 

 

 

 

「ーー果たして、今のお前は彼女の命を預けられる存在となっているのか?」

 

いつの間にかスバルの首元に突きつけられている光り輝く剣。ストレンジの魔術によって形成された剣に対して、スバルは動くことは愚か、反応することすら出来ず、冷や汗をかくのが精一杯だ。彼の突然の行動に場内の幾らか声にならない悲鳴が上がったことを聞いたストレンジは、周囲を見渡すと、一呼吸吐いて剣の柄を離し、剣を消した。

 

「――それだけではありませんよ、ドクター殿」

 

場内が二人の緊張に震撼する中、対峙するストレンジとスバルの間に別の声が割り込んだ。二人の瞳が向かう先に立つのは紫髪の青年ーーユリウスだ。

 

先程のスバルとエミリアのやり取り、そしてストレンジとスバルのやり取りをただひとりだけ思案げに目を伏せていた彼は前に踏み出し、優雅に一礼してみせてから、

 

「話の途中で失礼します。ですが、どうしてもそちらの彼に聞かなくてはならないことができてしまいました」

 

彼、とユリウスが掌を向けるのは誰であろう、スバルだ。指名された側であるスバルはその横槍に顔をしかめる……ようなことはなく、ストレンジにこっ酷く攻撃されたため、ユリウスの優美な仕草を迎え撃つ気力は湧かなかった。それでも彼を睨み返す視線だけは、決して緩める事はない。もとより、ユリウスに対してスバルは良い印象を抱いていなかった。王選の場においてもその印象が好転する事態には巡り合っておらず、有体に言えば嫌いな相手なのである。

 

気障ったらしいありがちな嫌味な貴族――そんな印象を拭えない相手であるところのユリウスは、そんなスバルの表情の悪変化すらそよ風のように受け止め、

 

「そんなに警戒しないでもらいたいものだね。私はドクター殿とは違い、一つだけ聞きたいことがあるだけだ。それが済めば君は君の為すべきところを為すといい」

 

口にした内容はスバルの心情を慮っているかのようであったが、それを語る彼の表情は酷く真剣味を帯びており、自然とスバルの表情も引き締まる。

 

「ドクター殿に指摘される前、君は道化じみた芝居をしていたが、この場には不釣り合いだよ。君が真実、エミリア様の騎士を自称するのであればね」

 

「……そら、どういう意味で?」

 

「言葉通りの意味で、だよ」

 

片目をつむり、ユリウスはスバルの体を上から下まで眺めている。何をジロジロ見ているんだ、という思いはあるものの、それを指摘する気は今の彼にはない。

 

「悪いが察しのいい方じゃねぇんだ。故郷の方じゃエアリード検定はE判定食らってる有様なんでな。明快に、噛み砕いて、言ってくれ」

 

不貞腐れたような態度でスバルはユリウスに対して応じる。彼はスバルの不作法には触れず、ただスバルの癇に触るような優雅な仕草で己の前髪に触れ、

 

「わかっているのかい。君はたった今、自分が騎士であると表明したんだ。ーー恐れ多くも、ルグニカ王国の近衛騎士団が勢揃いしているこの場でだ」

 

手を広げて、ユリウスは己の背後に立ち並んでいる騎士団を代表してそう語る。

そのユリウスの言葉に、整列していた騎士たちが一斉に姿勢を正し、一糸乱れぬ動きで床を踏み鳴らし、剣を掲げて敬礼を捧げる。

 

思わずその迫力に気圧されて、スバルは身を後ろに傾けながら負け惜しみに、

 

「ち……さっきエミリアたんの歩き方ひとつにビビってた連中とは思えねぇな」

 

「口が過ぎるものだね。騎士が些細な事柄にも気を払うのは、全て守るべきものの尊さと意味を理解しているからだ。君に、それを為す覚悟があるのかな」

 

負け惜しみで騎士たちの尊厳を傷付けかけたスバルだが、絶妙なフォローでユリウスがそれをいい話風に上書きする。

やり込められているような感覚をスバルは覚えるが、それ以上に彼の問いかけは意味深だった。

 

本物の騎士たちの前で、騎士を名乗ったスバル。

近衛騎士たちの尊厳を背後に、ユリウスはそれを背負ってスバルにそう名乗ったことの真意を、覚悟を問うていた。

 

現状、スバルがエミリアの知己として知れ渡ってしまっている以上、彼女の価値を高めるも貶めるも、全てはこのあとの彼自身の行いにかかってくる。

既に、ストレンジとのやり取りで激情が先走って評価に減点が入っている以上、ここからの巻き返しはより慎重にならなくてはならない。

 

エミリアが力を誇示して意見を述べるだなんて似合わない真似までしてこの場を演じ切ってみせたこともある。

その足を、誰であろうスバルが引くわけにはいかない。

ただひたすらに、彼女にとっての最善であり続けたいと願うスバルだけは。

 

覚悟を固めてスバルは咳払いし、両手で頬を叩いて気合いを入れ、威力強すぎてふらつきながらユリウスに向き直る。

 

スバルの言葉を待つユリウスは泰然とした佇まいで、室内で風が吹いていないにも関わらず、乱れようのない髪を整えるように頭に手を添えている。

そんな優美な態度に対抗するように、スバルは小さく跳躍して足のスタンスを前後に開き、両手の指を鳴らして指ピストルを相手に向け、

 

「いいぜ、ピシッとパシッときっちりかっちりお答えするぜ。あ、お待たせしまして大変失礼しました」

 

勢い込んでおいてすぐ失速するスバルにユリウスは一瞬眉を寄せたが、それでスバルのペースに巻き込まれるのを恐れたのか瞑目して首を振り、

 

「いや、かまわない。では、問いと答えの再開といこうか。私が問い、君が応じる。君が騎士として相応しいか、我らの前でそう名乗るだけの資格があるのか」

 

質問は先ほどの焼き直しーー否、背後に控える騎士たちも、待たされた時間の分だけ答えを求める気持ちが高まっている。

増した威圧感に暴風のような錯覚を味わいながら、スバルは渇き始めた唇を舌で湿らせて、

 

「さっきそこに立っているクソ医者にも言われたけど、俺の実力が不足してんのは言われるまでもなく百も承知だ。俺は剣もろくに振れなきゃ、魔法だって手習い以下。財テクがすげぇわけでもねぇし、秘められた謎の力とも無縁。さっきロズワールの挙げた条件にあてはめたら、もう全然足りねぇだろうし、それは俺が一番分かってる」

 

実力不足に色々不足、それらは全て承知の上。

ダダをこねたところで現実が変わるわけではない。悲しいかな、ナツキ・スバルはスティーブン・ストレンジとは違い、凡庸な人間であり、異世界出身である以外はこれといった特徴はなにもない。

これまでの人生で培ってきたあらゆる能力は、エミリアの道筋を照らす光としては何ひとつ役に立たないことはわかり切っていた。

 

その答えを受け、ユリウスは端正な面持ちの中にわずかな当惑を覗かせ、彼が話し始めてから後ろに下がっていたストレンジは、先程とは打って変わって静かに彼の発言に聞き入る。

 

ユリウスの当惑は当然ではあった。満を持してこの場に名乗りを上げておいて、それをやらかした当人が自身の無能を高らかに謳い、明快な挑戦に対してあっさり白旗を上げたと思しき返答を返すのだから。

拍子抜け、あるいは単純な失望こそが彼の双眸に浮かび上がる。

だが、

 

「けど、忠義だの忠誠心だのって話があったな。ああ、確かに俺の実力は全然足りねぇよ、笑っちまうぐらい。でも、それでもだ」

 

振り返ったスバルは、背後に立っているエミリアの姿を見る。

彼を心配げに見つめていた彼女は、その視線を受けてどう思ったのだろうか。ただ唇を引き結び、怒っているような、あるいは泣き出しそうにも見えるような顔つきで、スバルの次なる言葉を無言で待っている。その姿に勇気をもらって、スバルはユリウス、そして彼の後ろに立つストレンジに向き直った。

 

「忠誠心って言葉とは違う気がするけど、俺はエミリアた……エミリア様を、王にしたい。いや、王にする。他の誰でもない、俺の手で」

 

「……それはあまりにも傲慢な答えだと、自分で思わないかい?」

 

スバルの言葉に、ユリウスはまるで夢物語を聞かされたように嘆息し、

 

「実力不足を嘆き、あらゆる面で能力不足である点を自覚している。そしてこの場においても、君は発言権すらそもそも与えられていなかった。その君が、よりにもよって国家の大事の中核に触れようと? ーー思い上がっているんじゃないか?」

 

「いいかい?」とユリウスは指を立て、無言のスバルに言い聞かせるように続ける。

 

「人には生まれながらに分というものがある。器といってもいいかもしれない。人は自らの器を越えて、なにかを得ることはできない。また、求めることをしてはならない。君が軽はずみに口にした、「騎士」という名誉もまたそうだ」

 

ユリウスは自らの腰に備えつけた騎士剣を外すと、鞘の先端を床に打ちつけて音を立てる。固く鋭い音が広間に響き、刹那遅れて同じ音を背後の騎士団もまた打ち鳴らす。重なる打突の音がユリウスの振舞いを援護し、彼は騎士団の協力を得て、

 

「騎士に求められるものは、主君と王国に対する忠誠。そして、自らの尊ぶべきものを守り切るための力。それらは必要不可欠なものだ。どちらも、騎士を名乗る上では決して欠かせまい。だが、私はその他にも大切なものがあると考える」

 

「ーーーー」

 

問いかけるようなユリウスの言葉に、しかしスバルは無言で応じる。

彼もまた、答えなど求めていない。ただ、己の思うところを口にしたいのみだ。事実、彼はスバルがなにを答えるよりも早く首を振り、その先を述べた。

 

「私が思う騎士に欠かせぬものーーそれは、歴史だ」

 

「歴史……?」

 

朗と言葉にされたそれを呟き返したのは、首を傾けたエミリアだ。ユリウスはそのエミリアの疑問の声に「ええ」と恭しく応じ、

 

「私はルグニカ王国に代々仕える伯爵家、ユークリウス家を背負っている身だ。爵位を持つ我らには、国を支え、守り続けてきたという自負がある」

 

腕を振り、その速度で袖の破裂音を立てる彼は背後を示す。彼の動作に後ろに並ぶ騎士たちが誇らしげに顔を上げ、賛同を示すように足を踏み鳴らす。

 

「近衛騎士団には出自の確かでないものは推薦されない。それは血筋にこだわる排他的な思考に因るものではなく、出自の確かさが王国に仕えてきた歴史の重みを語るからだ。積み重ねてきた歴史こそが、我らの騎士たる矜持を支えるからだ」

 

故に、と彼は言葉を継ぎ、

 

「このルグニカで、出自すら確かでない君やアルと名乗った人物を、私は騎士として認めてはいない。ましてや王に仕える一騎士などとはとても」

 

「そんなもん、当人にどうにかできる問題じゃねぇだろ……!」

 

「そうだとも。故に私は言ったはずだよ。人には生まれながらに分があると。それは己の生家すらもそうだ。人は生まれながらに、平等足り得ない」

 

絞り出すようなスバルの声に、いかにも貴族らしい断定でユリウスが応じる。覆せない価値観の溝が二人の間に横たわっており、それを飛び越えて声を届かせるにはあまりにも相手の拒絶が遠すぎた。

 

しかしそれでも、彼はめげない。

 

「俺は、エミリアを王にする」

 

「ーーまだ言うのか。君にその立場は遠く高い。血の重みが足りなければ、プリシラ様に並び立つ彼や、ドクター殿のような力がある訳でもないことを承知の上で言っているのかい?」

 

スバルの呟きを鼻で笑うように、ユリウスは首の動きで漆黒の兜を示す。アルはそれを受けて「オレに振るんじゃねぇよ」と我関せずの態度を貫いていた。

そしてストレンジは変わらず、ユリウスとスバルのやり取りを腕を組んで遠くから見つめている。何か介入するわけでもなく、ただその場で二人の議論の行く末を見守っているように。

関わろうとしない同郷人たちの態度を横目にしつつも、スバルの答えは変わらない。

 

「それでも、俺はエミリアを王にするよ」

 

「君はーー」

 

「騎士の資格がないってんなら、それはそうなんだろうよ。さっきも言った通り、俺は欠けてる部分が多い人間だ。騎士って名誉に値するかどうか以前に、そもそも人としてどうなのよって部分が多いのも自覚してる」

 

足りない自分でも、誰かを思う気持ちだけは本物でありたいと思うもの。騎士として足りない自分、届かなくて弱い己、それでも願いだけは本物だった。

 

「それでも、俺はエミリアの力になりたい。一番の力でありたい。この場に立つのが従者って立場じゃ足りないのはわかってる。この場に立って、顔を上げて、彼女の力になりたいと思うなら、「騎士」でなくちゃならないんだろう。なら」

 

顔を上げて、ユリウスを真っ直ぐに見つめる。

整った顔立ちに勇壮な近衛制服、拵えの立派な騎士剣に堂々たる振舞い。

 

まさしく、物語に描かれる騎士像そのもの。

対するスバルは薄汚れている感さえある使用人服、端正や精悍とは程遠い目つきの悪い人相。気を抜けば背筋は猫背になり、立派な剣どころか竹刀すらも手元にない無手勝流状態。

あまりにも、望むべきところは遠い。だが、

 

「そうでなきゃ話にならないなら、俺は「騎士」をやる」

 

やり方は分からない、なにが足りないのか足りないところが多すぎて判然としない。それでも、望むものは定まっている。

 

「騎士でなきゃ隣に立てないんなら騎士になる。俺の答えはそれで終わりだ」

 

「理解に苦しむな。何故そこまで立とうとする?自分が弱い者だと自覚している上で、それでも死地に飛びこむ、それは狂気だ。なぜ、そこまで彼女に尽くすんだ?」

 

瞑目するユリウスの代わりに、我慢の限界が来たストレンジが、スバルの行動の原点に問いかけてくる。そうまでして、なにを望んでいるのかと。

 

息を呑み、スバルは背後に強い視線の力を感じる。

エミリアが、背後に立っている銀色の髪の少女が、――あの子が見ている。

 

振り返ることはできない。その勇気がない。

ただ少なくとも存在を背中に感じられるから、スバルは躊躇いながらも、

 

「ーー彼女が、特別だからだ」

 

そう答えた。

 

その答えを受けて、ユリウスは小さく同じ言葉を口の中で呟き、ストレンジは僅かに、本当に僅かながら目を見開いた。小さく顎を引くユリウスを他所にストレンジが続きを聞く。

 

「どういう意味か聞かせてもらってもいいか?」

 

「ーーこの場では、言いたくねぇ。まして、お前には……」

 

彼の返事に、本来の相手であるユリウスはそんなスバルの明確でないが故に明確な答えに満足したように、あるいは諦めたように肩をすくめて、

 

「資格のあるなしに関わらず、君がそこに立つ理由は納得させてもらったよ。ならば、私から言うことはもうなにもあるまい。ーーただし」

 

スバルへ背を向けて、ユリウスは候補者たちの並ぶ列へとその身を戻そうとする。が、その過程で一度足を止めて、首だけでこちらに振り返り、

 

「やはり私は、君を「騎士」として認めるわけにはいかないと思うよ」

 

「なにを……」

 

「君が守りたいと、尊ぶべき相手を定めていることは理解した。しかし、君のその考えは……いや、言葉を多くすることは美しくないな」

 

首を振り、ユリウスは食い下がるスバルを憐れむような目で見る。そして、

 

「隣に立ちたいと、そう望む相手に、そんな顔をさせるようなものは「騎士」ではない」

 

言い切った言葉は柔らかだったが、そこに込められた意味はこれまでにないほど苛烈なものであった。スバルは悪寒じみたものすら感じて、背後の様子をおそるおそるうかがう。そこにはエミリアが立っていて、どんな顔をして今の話を聞いていたのかはわからない。

ただ、振り返ることは恐ろしくてできなかった。無言の彼女の態度が、今のスバルの言葉をどんな心境で聞いていたのか、悪い想像ばかりが働く。

 

「き、騎士がどうこう、最優の騎士さんは言ってくれるもんだな」

 

だから、スバルの口から次に出たのは、震えるような負け惜しみでしかない。

それがわかり切っているからだろう。こちらから遠ざかるユリウスの足は止まらない。その足を止めるほど、今のスバルの言葉には価値がない。

そう断ぜられているような気がして、スバルはなおも早口で言い募る。

 

「この場で最優の騎士だなんて持ち上げられちゃいるが、巷じゃ騎士の中の騎士って称号は別の奴のもんになってるぜ。……そんな奴の言葉に、俺がビビるとでもーー」

 

「いつまで他者を侮辱する気だ。

ーー情けない男だ。自分が守りたいはずの彼女を、あのように悲しませるとはな。騎士としては終わっていたが、ここまで性根が腐ってると、怒りを通り越して呆れたぞ。お前の浅はかな行為は、お前の周りの人間まで傷つけることに何故気づかない?」

 

スバルの安易な挑発に、遠ざかるユリウスではなくストレンジが応じる。激昂しているわけではないが、静かに、しかし明確に怒りを孕んだアイスグレーの瞳がスバルを貫いた。

すでにユリウスの姿は候補者の列に戻り、主君であるアナスタシアの隣に収まっていた。その場所に立つことに、彼も主も何ら違和を覚えていない。

その並び立つ姿を真っ向から見て、そして彼らの他にもそうしている二組の候補者たちを見て、スバルは自分の頭から血の気が引くのを痛みすら伴って感じた。

 

「ーー汚れたな、ナツキ・スバル」

 

周囲を見渡すスバルに追い討ちをかけるかの如く、それまでのスバルの言動、行動の全てを総括し、冷たくストレンジが言い放つ。

そのたった一言だけで、スバルは自分で自分の行為を最低にまで落としてしまった事実を悟る。

 

見れば、候補者の列からもスバルに向けられる白けたものを見る目。

そのさらに背後に控える近衛騎士団の列からは、自分たちの代表者たるユリウスに対して無礼な発言を受けたからか、敵意に近い感情を向けるものが多い。

対面に並ぶ文官たちの輪からも、感情論しか述べることができないスバルに対する好意的な色はうかがえず、背後の賢人会に至っては振り返る度胸が今はない。

 

世界中の全てを敵に回してでも、エミリアの味方をする。そんな覚悟が、強さが、少なくともついさっきまでの一瞬はあったはずなのに、今のスバルは体を固くして、その場から身を動かすこともできない。

世界中を敵に回すどころか、広間にいるほんの百にも届かない人数を敵に回しただけで、いとも簡単に決意の炎を揺らめかせてしまうのが今の自分。

 

それがあまりに情けなく、あまりにもみっともなく、スバルは目の奥が熱くなるのを実感する。

それでも、そんな状態でも、周りの全てが敵になってしまうような状況でも、それでもせめて、彼女だけが味方でいてくれたならば。

ーーだが、

 

「もう、いいでしょう。スバル」

 

振り返る決断をスバルが決めるより先に回り込む銀鈴の響き。

肩に触れられて、スバルは自分でも目をそらしたくなるほど震えた事実に驚く。しかし、こちらに手を伸ばすエミリアはそんな情けない醜態には欠片も触れず、

 

「不要なお時間をとらせて申し訳ありません。すぐに下がらせます」

 

スバルの袖を引きながら、そう言ってエミリアが賢人会へ頭を下げる。

不要な時間、とそう割り切られたことが、スバルの心を鋭い刃となって切り刻んだ。しかし、抗弁することなどありはしない。

覚悟も決意もなにもかも、自分自身で踏みにじったことに違いはないのだから。

 

腕を引かれ、抵抗することもできずに入り口の方へ引きずられていくスバル。こちらの腕を引いて前を行くエミリアの顔を、やはりスバルは見ることができない。

ただ、頑ななまでにこちらを見ない彼女の態度から、怒りのような激情すら感じ取ることができないことが、自分の行いの無為さを証明しているようで辛かった。

そんな背中に、

 

「有意義な時間、そう判断できる部分もありましたよ、エミリア様」

 

壇上から、マイクロトフのしわがれた、しかし不思議と通る声が届く。

足を止めない二人にマイクロトフは言葉を続ける。

 

「あなたが世に恐れられる、ハーフエルフとは違うのだと少なくとも彼は示した。ーーよい、従者をお持ちですな」

 

「ーースバルは」

 

足が止まった。エミリアが振り返る。

彼女の視線の先は壇上の賢人会であり、傍らに立つスバルは視界の端にも入っていない。けれど、スバルには振り返った彼女の顔がはっきりと見えた。

 

その顔は、感情の凍えた冷たい目をしていて、ばっさりとなにかを切り捨てるように、銀鈴の声音ではっきりと、

 

「私の、従者なんかじゃありません」

 

はっきりと、先までのスバルの言葉を拒絶してみせたのだった。

 

その直後、スバルの足元に再びあのポータルが出現する。

ほんの数十分前にスバルを異空間に落としたあのポータルだが、失意に沈むスバルはその存在にすら気付かない。

そのままポータルへ吸い込まれるように消えていったスバルは、王城の廊下に一人放り出される。

そして呆然としたまま、その場にへたり込みしばらく動くことはなかった。




スパイダーマンはやはり、来年公開になりましたね……
それまではネタバレに気をつけないと。

さて、本編ではスバルが王城の広間から追放されて、一人ポツンと放り出されたところで終わりました。
ストレンジが何故怒ったのかですが、彼なりの心配もありました。身勝手に考えるスバルの考えが傲慢な彼の癪に触ったのもありますが、自身の命を軽んじている姿勢に危機感も抱いていたからです。周りを見ていないようで、実際はしっかり周りを見ていると言うドクター・ストレンジの性格と繋げて、若い少年に命を軽んじてほしくないと思っていたことも、強く当たった原因の一つです。
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