Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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リアルな方がとても忙しく、ようやく一息つける状態になったので最新話の投稿です。

本国公開から2ヶ月遅れで、遂に『ヴェノム レット・ゼア・ビー・カーネイジ』が日本でも公開されました!
自分も公開された週の週末にドルビーとIMAXで見てきました!オススメできる映画です!
12月は他にも呪術廻戦、キングスマン、マトリックスが控えてます!今年の締めは是非とも映画で!


三十二話 決闘とその末路

マイクロトフの宣言が、まるで戦いの開始を告げるゴングのように広間に響く。

遂に、王選の火蓋が切って落とされ、これから熾烈な競争が始まるのだ。そのことを肌で感じているストレンジは、歴史が動く瞬間というものを改めて実感する。

と、物思いに耽るストレンジのもとへユリウスが歩み寄ってきた。

 

「ドクター殿」

 

「ユリウスか」

 

先程は両者とも、一人の青年を相手に激しい言葉による応酬を行った仲であり、同時にこれより敵陣営となる存在だ。しかし二人の間には、敵対的な空気は流れてこない。

変わりに二人の口から発せられる言葉はーー

 

「あの少年のところへ慰めにでも行くのか?」

 

「いえ、慰めではなく教義を。騎士というのはどういう存在かを彼に改めて知らしめます。この剣で」

 

剣の柄に片手を添え、覚悟を決めた表情のユリウス。騎士という地位に誇りを持つ彼にとって、少年の言種は我慢できるものではないが、冷静沈着な彼にとっては少しあり得ない行動だ。彼の真の狙いをどことなく察したストレンジは、どこか呆れたような顔をユリウスに向ける。

 

「「ペンは剣より強し」とも言うが、書き物を使って丁寧に騎士について語る、というわけではなさそうだな」

 

「ドクター殿の国ではペンなる書き道具が、剣よりも強い力を持つのですか?」

 

「ペンが物理的に強いわけではないぞ。私の国では、議論の時は武闘よりも言論が重視されていてな。大抵の場合はペンと口を使って、自分の主張をぶつけ合うことで、相手と分かりあうんだ」

 

「しかし議論で片付けられない時もあるでしょう?その時にはやはり、力をぶつけあうやり取りがあるのでしょう?」

 

ユリウスの言葉にストレンジは遠くを見るように目を細めた。ストレンジがヒーロー活動を始めた2016年は、アイアンマンとキャプテン・アメリカが、アベンジャーズの今後の方針を巡ってぶつかり合った時と同時期である。彼らもお互いに信念があり、議論ではお互いの主張がぶつかるのみで解決せず、結果としてシビル・ウォーを引き起こし、アベンジャーズが分断されるに至った。今回のそれは、シビル・ウォーの時のような深刻さはないものの、ユリウスとスバルというお互いに譲らない両者が武器をとる流れは、シビル・ウォーと深く重なるのだ。

最も、片方の高慢な態度に正義の鉄槌を下す構図となるだろうが、それを自らが引き受けようとするユリウスに、ストレンジは忠告する。

 

「損な役回りだぞ?私から言わせてもらえば、お前が自分から泥を被りに行くように見える。お前の騎士としての地位が落ちることも覚悟の上でか?」

 

「ええ。彼に()()()騎士の道を示せるのは、現状では私以外にはいない。騎士道を侮辱したことは許せませんが、彼の命がここで終わるのも惜しい」

 

「確かに奴のエミリアを思う気持ちだけは、正直なそれだ。バカ正直過ぎるのもあるがな。しかしだからといって、お前が直々に手を出せる必要もないはずだ」

 

彼は騎士を侮辱したスバルの態度にこそ不快感を抱いていたとはいえ、彼の心の芯には敬意を払っている。主人を一途に思い、彼女のためならばどんなことでもやってのける覚悟を持つ彼に、ユリウスは好意を抱いていた。彼が「今」を自覚し、今後に活かせることができれば、実力はなくとも騎士の任には適すると、彼は考えていたのだ。

ストレンジは、そんなユリウスの()()を見抜いていた。

 

「それは承知の上です。だからこそやらねばやらない。他の者ではあの少年を殺しかねない。私しか適任がいなのです」

 

「……私はお前の陣営の人間ではないから、ダメージを負おうが知ったことではない。しかし、友人として忠告しておこう。恨まれるぞ?ヒーローは」

 

「それはドクター殿も同じでしょう。それに私は覚悟はできています」

 

決意を固めたユリウスに、それ以上ストレンジが言うことはない。

王戦候補者は引き続き、手続や会合やらがあるため広間に残り、ストレンジもその場に残った。

一方、ユリウスは自らの信念と覚悟のもと控室にいるであろう、自称騎士の下へ向かっていった。

 

この瞬間、大いなる脅威がストレンジに向かってくる運命が決まり、彼は世界を脅かす魔獣に立ち向かうことになるのだが、それは暫く後の物語だ。

 

 

 

 

 

「――マーコス団長、ご報告が」

 

駆け込んできた衛兵が敬礼しながらそう告げたのは、王選を定める条約の細かな部分を詰め終え、その日の会談に一区切りがつこうかというときのことだった。

 

慌てた様子で肩を上下させる若い兵は、自分の踏み込んだ場所に集まる顔ぶれに気付くと顔を青ざめさせ、自分の働いた無礼に肝を冷やしている。

さっと音が聞こえそうなほど血の気が引く衛兵、その彼の無礼を室内の人々の視線から庇うようにマーコスは動き、

 

「部下が失礼をいたしました。私の指導不足です」

 

「話の区切りはよく、当人も反省が顔色に出ている。その上で上役の卿がそう言うのであれば、こちらが咎めることなどありはしない」

 

謝意を示すマーコスに対し、部屋の面子を代表して寛大を示すのはクルシュだ。彼女は束ねた自身の長い緑髪を手で撫でつけると、「それより」と息を継ぎ、

 

「この場の事情を忘れて乗り込んでくるほどだ。余程のことだろう?」

 

首を傾けて問いを投げるクルシュに、衛兵は一も二もなく頷いてみせる。それから衛兵は口を開きかけ、その内容が広まるのを恐れるような顔つきになり、

 

「団長、内密にお伝えしたいことが」

 

「……皆様の前で、あまり感心しない態度だが」

 

「それでも、です」

 

それとなくたしなめる言葉に食い下がられ、マーコスは部下の態度に直感的に「マズイ」事態が起きているものと判断する。それだけ感じ取り、室内の人々に断って外で報告を聞こうとマーコスは決断するが、

 

「部屋を出ること、まかりならんぞ、マーコス。妾が許さん」

 

言葉を作るより先に、豪奢な椅子に腰掛けるプリシラが道を塞いできた。彼女はマーコスの思惑など知らずに、ただそうするのが面白いからとでも言いたげな嗜虐的な表情を浮かべたまま、

 

「場を乱した無礼は許そう。が、その原因を聞かんことには溜飲が下がらぬ。よって報告を聞かせよ。この場にいる全員に、聞こえる声でじゃ」

 

「お言葉ですが、プリシラ様。皆様のお耳に入れる必要のない内容も多々ございます。このこともその手合いで……」

 

「たかだか城に忍び込んだだけの老骨が、それまで腑抜けていただけの小娘に見栄を張る気概を与えた。――なれば、それも些細とは言えんかもしれんじゃろ?」

 

扇子で口元を覆い、プリシラはちらりと部屋の対面に位置するフェルトへと流し目を送る。揶揄された形になったフェルトは唇をへの字に曲げ、

 

「変な言いがかりはよしてくれよ、おめでた女。ロム爺はもともと連れてくるつもりだったのが城の中ではぐれたんだ。で、それをわざわざ見っけた兵士が広間まで連れてきてくれた。そーだろうが」

 

腕を組み、プリシラから顔を背けながらフェルトは傍らに立つ禿頭の巨漢――ロム爺を見上げて「なあ」と同意を求める。

瞑目し、痛みを堪えるような表情を続けている老人はその彼女の求めに、「……そうじゃな」と力ない声で応じ、フェルトはわずかに憂いを赤い双眸に宿しながらも、それ以上の言及を拒み、プリシラの皮肉の追及をそれで断ち切った。

 

「姫さん、姫さん。まだまだ始まったばっかなんだから、あんまし敵とか作んのやめてくんねぇ? オレってばただでさえ腕が一本足りねぇんだから、人の倍働かねぇと帳尻合わない困ったさんなんだから」

 

「ふん、まあよい」

 

なおもフェルト苛めを続ける姿勢でいたプリシラであったが、従者であるアルの進言によってその意思を渋々と収める。それから彼女は改めてマーコスに向き直り、

 

「が、そちらへの追及は終わらぬ。報告は妾たちにも聞こえるよう、大声で述べるがよい。妾が許す。否、それ以外を妾は許さぬ」

 

「……団長」

 

「やむを得ん。指示に従え」

 

プリシラの傲岸不遜な命に対し、衛兵はマーコスの判断を求めたが、それに対するマーコスの答えは不本意のにじんだ声音で要求を受け入れるものだった。

上司と、さらに国の今後を担うやもしれぬ人材からの命令――二つの指示を下された衛兵に、それを断るような胆力の持ち合わせはなかった。

 

彼はその表情を強張らせ、瞳を戸惑いと焦りに揺らめかせたまま姿勢を正し、

 

「報告いたします。広間での会談の終了後、騎士ユリウスが練兵場の使用を申請。受諾した現在、練兵場にて騎士ユリウスと……」

 

ちらと、報告の最中に衛兵の視線が部屋の隅――そこに所在なさげに立つ、エミリアの方へと向けられた。

その視線を受け、エミリアはふいに話を振られたような唐突感に目を瞬かせる。

そんな彼女の驚きが疑問に変わり、それが明確な言葉となって意味を結ぶ前に、正しい情報が衛兵によってもたらされる。

 

「――エミリア様の従者である、ナツキ・スバル殿が木剣にて模擬戦を行っております」

 

「……へぇ」

 

背筋を伸ばし切り、衛兵は今まさに見てきたばかりの内容をここにぶちまける。

それを聞き、顎に手を当てて感嘆の吐息を漏らすのはアルだった。他のものも多かれ少なかれ、困惑以外の感情を瞳に、あるいは表情に浮かべている。

そんな中で、はっきりと当惑以外の感情を出しようがないのがエミリアだった。

 

「……え?」

 

告げられた言葉の意味がわからず、エミリアは息の抜けるような声を漏らし、大きな紫紺の瞳をぱちくりさせて思考を停止させてしまう。

 

冷静に、落ち着いて、報告された内容を順次整理する。

つまり、こういうことだ。練兵場という場所で、木剣を使って、なぜかユリウスとスバルが決闘を行っている――整理したはずなのに、意味がわからない。

 

「ど、どうしてそんなことに……!?」

 

理解の感情が浮かばず、エミリアは浮上してきた疑念をそのまま言葉にする。

前に出て、机の向こう側に立つ衛兵に歩み寄りながら、

 

「練兵場って、お城の隣にある騎士団の建物の中でしょう? そこでスバルとユリウスが……ケンカ、なの?」

 

「失礼いたしますが、模擬戦であります。ケンカなどと、私怨が理由で始まったものと思われては騎士ユリウスの名誉に関わります」

 

声を震わせるエミリアに、衛兵はそこだけは譲るまいとはっきり訂正する。

そんな彼の言葉を耳に入れながら、エミリアはそんな些細な情報に頓着していられない。スバルとユリウスの激突は、それほど彼女に衝撃を与えていた。

 

ストレンジの魔術によって追い出された形になったスバルがどうなっていたのか、エミリアは自分のことで手いっぱいでしっかり見ていられなかったことを悔いる。

全員の前で、勢いで恥を掻いた形になってしまったスバル。うなだれる彼が広間の外に追い出され、わずかに安堵した自分がいたことも否定できない。

そんな身勝手な考えのツケが、こうして今になって回ってきているのではないか。

 

そもそも、スバルはユリウスに対してあまりいい印象を抱いていないはずだ。

広間でのスバルの独壇場――そこに水を差すような形で現実をぶつけたのは彼とストレンジであったし、昨日の王都での衛兵詰所でも一件でも、スバルは貴族らしいほど貴族として振舞う彼の態度に反感を抱いていた節があった。

 

いまだ素姓をはっきりと教えてくれないスバルではあったが、そんなユリウスへの接し方などから、いわゆる上流階級の人間に敵愾心を抱く理由があるのではないかとエミリアはぼんやり思っている。

ロズワールに対してその影響が見られないのは、ロズワール自身が貴族としては非常に変わり種に位置するからという理由もあるのだろう。

これまで表面化してこなかった問題、それ故に後回しにしてきた事情が、今の事態の火種となったことも否定の材料がなかった。

 

一度、思考が悪い方向へ転がり始めると、あとは底辺まで一気に転がるだけだ。

エミリアもその傾向に従って想像は悪い方へ進み、彼女はその整った面持ちにはっきりとした憂いを浮かべ、

 

「とにかく、すぐに止めにいかなきゃ。その練兵場に案内して……」

 

「あー、それはどうかとウチは思うんやけど」

 

急ぎ、現場に向かって二人の仲裁を。

そう考えるエミリアの言葉を、今度は特徴的な口調の少女が遮った。

 

出鼻をくじかれて顔をしかめるエミリアを無視し、長い青髪を揺らすアナスタシアはいまだ背筋を正したままの衛兵に指を向け、「ちょっと確認したいんやけど」と前置きして、

 

「その「模擬戦」やけど、持ちかけたんがどっちなんかわかるかな?」

 

「騎士ユリウスであると、聞いております。ナツキ・スバル殿がそれを受け入れた結果、練兵場での現在の状況が……」

 

「ああ、ええよええよ、言い訳せんでも。持ちかけたのがユリウスの方やって言うんなら、それで十分やから」

 

どう言い繕っても私闘――そう判断されかねない状況だ。衛兵は少しでもユリウスが不利にならないよう努めようとしたが、手振りでその努力を打ち捨てるアナスタシア。が、彼女は衛兵の意図したところを無視するわけではなく、

 

「――模擬戦がユリウスからの提案なら、ウチは止めるの反対やな」

 

と、アナスタシアは自身の従者の判断を肯定する構えを見せ、止めるために動こうとしているエミリアと真っ向から対峙したのだった。

息を呑むエミリアは、小さく肩をすくめるアナスタシアに「どうして」と声を紡ぎ、

 

「スバルとユリウスが……その、あなたの騎士と私の知人がぶつかってるのよ? 心配にならないの?」

 

「心配? なんの? ユリウスがやりすぎて、そちらさんのとこの子の治療費を払わなならんこと?」

 

不思議そうに首を傾げるアナスタシアの答えに、エミリアは言葉を失う。

しかし、彼女のその驚愕を嘲笑うように、事実嘲笑を口元に浮かべるプリシラが、

 

「確かに。あれは妾の見たところ、引き際を弁えない類の面構えをしておる愚物じゃ。今頃はそれこそ意地を張りすぎて、ただでさえ見目の悪い顔つきが二目と見れんものになっておるやもしれんな」

 

「せやね。広間で口上切ったあの度胸は見上げたもんやけど、見上げたそのまま軽すぎて飛んでってしまいそうな子ぉやったから」

 

プリシラの皮肉にアナスタシアが追従し、二人して意地悪い笑みを交換する。

その二人の姿勢にエミリアは額に手を当て、紫紺の瞳に動揺をたたえながら、

 

「あ、あなたたちは……他に、もっと言うことがあるんじゃないの?」

 

「話し合うこと……あ、賭けでもしよか? あの、ナツキ・スバルくんやったっけ? あの子がユリウスとどれぐらい打ち合ってられるか、賭けよ」

 

「普通は勝ち負けで賭けるものじゃと思うが」

 

「それじゃ賭けにならんもん。胴元のウチの総取りでええならそれでもええよ」

 

アナスタシアが指で輪っかを作っていやらしい笑みを浮かべると、プリシラは「お話にならん」と退屈そうな顔で言い捨てて前言を切り捨てる。

その二人の一貫して「傍観」に徹する態度にエミリアは絶句。彼女の考え方からすれば、彼女らの思考は発想からして受け入れ難い。

だが、息を呑んで言葉を見失う彼女に対し、さらに畳みかけるように、

 

「模擬戦の是非を問うのであれば、私も途中で止めるのは感心しないな」

 

腕を組み、それまで静観していたクルシュまでもが仲裁に向かおうとするエミリアを相反する意見で引き止めた。

「どうして」と、これまでの二人に比べれば比較的常識に則った判断をしてくれそうだと思っていたクルシュがそう述べたことに、エミリアは瞳を曇らせる。その無言の問いかけにクルシュは瞑目し、

 

「これで決闘を申し入れたのがエミリア殿の従者であれば、エミリア殿が仲裁を申し出るのは正しいだろう。だが、申し入れたのが騎士ユリウスであり、受けたのが卿の従者であるのなら、卿が止めに入るのは筋違いだ」

 

「どうして? だって、スバルは私の……」

 

「それがわからないようなら、いくら説明したとてわかりはしない。――それに性急ではあるが、必要なことだ」

 

強い口調で言い切られ、エミリアはそれ以上の追及をクルシュに行えない。クルシュもまた、エミリアに語るべきことはないとばかりに唇を固く結んでしまった。

ふと、彼女の瞳はクルシュの背後に立つ一人の人物に向けられる。青道着に赤いマント、口元の整えられた髭に、深いアイスグレーの瞳。クルシュ陣営に身を置きながらもその素性が、一切分からないというスバルと同じ境遇の魔術師。

ハーフエルフの自分にも対等に接し、豊富な知識と経験から、この場で最も有効な手立てを作り出せるであろう人物、ドクター・ストレンジへ、エミリアは彼の手でこの状況をどうにかできないか、縋るように彼を見つめた。

しかし、彼の返答は無情であった。

 

「ユリウスは信念を持って決闘を彼に申し込み、彼はそれを受け入れた。無意味な決闘であれば、私は止めに入るが、意味がある決闘ならば、介入は行うべきではないはずだ。そして、ユリウスは自らの経歴に泥を塗るのを覚悟で、行っている。そこまでの覚悟があるのなら、私も止めるには反対だ。彼が再起不能にならないことを願うばかりだ」

 

彼の発言をエミリアは目を見開いて見つめていた。良識あると考えていたストレンジでさえ、スバルとユリウスの決闘を止めるべきではないというのだ。ストレンジならば、止めてくれるだろうという安易な考えを抱いていたエミリアは、その返答を受け入れられずにいた。

 

言い包められたわけではないが、自分を除く四者が「傍観」で意思を統一している現状、エミリアは彼女らの判断がどういう理由で行われたものなのかを考えざるを得ない。考えなしに口を開けば、それは彼女らに同じ舞台に立っていないと見切られることに他ならないのだから。

 

唇を震わせ、いくらか血の気の失せた顔色で思案に沈むエミリア。そんな彼女を含めた今のやり取りを傍目に見届け、フェルトは小声で隣に立つロム爺に、

 

「全然わかんねーんだけど、つまりロム爺はどういう意味かわかるか?」

 

「あの小僧が儂が広間にくる前になにをやらかしたのかわからん。だから儂も今のやり取りを聞いた限りでの想像しかできんわい」

 

「あの兄ちゃんがなにしたか……なにしたと思う?」

 

フェルトの問いかけにロム爺は顎に手を当て、「そうじゃの」としばし黙考し、

 

「向こう見ずに全員の前でおどけてはしゃいで啖呵を切って、売り言葉に買い言葉で方々に顰蹙を買い、しまいには言い返す言葉も出ずにとぼとぼ退室命令――と、そんな感じの雰囲気が感じ取れたが」

 

「すげーな、ロム爺。ひょっとして見てたんじゃねーの?」

 

ほぼ正解そのままのロム爺の想像をフェルトが賞賛。それを受けてロム爺は「最悪の予想のも少し悪い可能性を挙げたんじゃが……」と禿頭に触れながら眉根を寄せる。それから老人は合点がいったとばかりに頷き、

 

「儂の想像通りなら、なるほど……話に上がった騎士とやらは、よほど貴族主義に凝り固まった嫌味な人間か。あるいは……」

 

もう片方の可能性を提示しかけるロム爺。が、その言葉の先を心待ちにするフェルトの心を裏切り、場の空気を一新するような音を立てたものがいる。

 

固く、鋭い踏み込みの音が会議室の床に渇いた破裂音を立て、静謐さが立ち込めていた室内の人々の心に揺さぶりをかける。

驚き、あるいはかすかな不快感などの込められた視線、それらを浴びるのは音を立てた主犯の人物――向けられた視線に対して肩を揺らし、金属製の兜の縁を隻腕で弾いて鳴らすアルだ。

 

「悪い悪い。ほら、オレってば片腕ないもんだからよ、周りの注意引こうにも手拍子ができねぇ体質なんだわ。それで代わりに足拍子ってわけ」

 

メンゴメンゴ、と悪びれない態度でアルは手刀で謝意を表明し、それからその場でくるりとターンしながら前に進み、ビシッと正面を指差すと、

 

「ま、ま、ま、お話が中心からちょいちょいずれてんぜ、気付いてる? 別に男が二人、気に食わない同士が揃えば殴り合いになることもあるだろうよ。立場やらなんやらややこしいけど、騎士だの自称騎士だの以前に男なんだから。な?そこの魔術師さんもそんな経験がなかったのかい?」

 

「……」

 

「そんな簡単な話じゃないと思うけど……」

 

シビル・ウォーのことをまるで知っているかのように話すアルに、ストレンジは無言で返した。その様子を満足げに頷いたアルは続ける。

 

「簡単な話を難しくしすぎなんだよ、嬢ちゃん。そんでもって問題なのは殴り合いやってることより、そんな秘密話をここに持ち込んだ理由の方だよ」

 

ちっちっちと指を振り、アルはエミリアに応じてから指差した相手――即ち、この場に報告を持ち込んだ若い衛兵を再度指名し、

 

「別にやり合ってるだけなら報告は事後報告でいいわな。なんでまた、団長呼びにくるぐらい焦りっぱな感じになってるわけよ?」

 

アルが差し出した疑問を受けて、傍目にもはっきりわかるほど衛兵の顔色が悪くなる。彼は問いにどう応じるべきか、戸惑うように視線をさまよわせ、アルの隣で嫣然と微笑んでいるプリシラと目が合ってしまった。

唇を横に裂き、愛らしい天使の笑顔に残虐性を入り混じらせる狂悦の表情。

 

衛兵は最後にマーコスに救いを求める目を向けたが、その救いに対するマーコスの答えは無慈悲な首振りだけであった。

 

「自分が団長をお呼びに上がったのはその……」

 

「はっきり、大きな声で、滑舌よく頼むぜ」

 

「騎士ユリウスとナツキ・スバル殿の模擬戦が……あまりに一方的過ぎるため、指示を仰ぎに参りました!」

 

アルの意地悪な要求に、衛兵は半ば自棄になったような声で背筋を正して言う。その内容を耳に入れて、珍しくマーコスは表情を怪訝そうなものに変え、

 

「……一方的、というのは?」

 

「騎士ユリウスも加減されているとは思うのですが、その……とても、見ていられなくなるほどで」

 

言いづらそうに衛兵はエミリアに視線を送り、自分が見てきたばかりの凄惨な現場の情景を、図らずもその場にいる全員に想起させる。

その態度の苦々しさに、エミリアは事態が自分の想像を越えて悪くなっているのだと遅まきに失して気付き、それまでの躊躇などの一切を放り捨てる。

 

「止めなきゃ……っ!」

 

焦燥感に彩られた呟きを漏らし、エミリアは扉の脇に立つ衛兵の横に飛びつくと、そのまま部屋を出て騎士団詰所――件の練兵場へ続く通路へと駆け出していく。

 

「お待ちください、エミリア様! おい、エミリア様を追え!」

 

「――は、はい!」

 

飛び出してしまったエミリアを部下に追わせ、衛兵が通路を駆け抜けるエミリアを追って同じように外へ。

結果、取り残された形になった室内の人々にマーコスは振り返り、

 

「お騒がせして申し訳ありません。ただいま、事態の収拾に努めます故……」

 

「いや、いいよ。それよか、嬢ちゃん追っかけてオレらも模擬戦見にいこうぜ?」

 

頭を下げようとするマーコスを制止し、アルはあっけらかんとそう言い放つと、すぐ傍らのプリシラに同意を求めるように「なあ」と肩をすくめた。

 

「姫さんも好きだろ? 弱い生き物が猛獣にいたぶられてるショーとか見るの」

 

「勝手な想像で妾を見誤るでないぞ、アル。……まあ、大好きじゃが」

 

従者の言葉を条件付きで肯定し、プリシラはそれまで体重を預けていた椅子から立ち上がると、軽く背をそらして豊かな胸を揺らし、

 

「いいじゃろう。少しばかり、退屈な話が長引いて窮屈しておったところじゃ。雑多な愚物の無様でも見下して、嘲笑するのも悪くはない」

 

音を立てて扇子を閉じ、プリシラは扉の側に立つマーコスへ先端を向ける。

そして、変わらない傲岸不遜さを保ったままで、

 

「その練兵場とやらへ案内するがいい。――そこの魔術師も妾と参れ」

 

考え込む仕草を見せていたストレンジを横目で見たプリシラは、悪戯そうな笑みを浮かべ、閉じた扇子を勢いよくストレンジに向ける。

 

「貴様、先程あの騎士と話しておったな。興味があるじゃろう?愚物の無様さがどんな結末を迎えるかを。妾は慈悲深い。その様を貴様にも見せてやろう」

 

ストレンジもある程度、時間が経てば闘技場に突入しようと考えていたため、物言いが気に入らないもののプリシラの提案を蹴るつもりはない。

ちらりとクルシュの方を覗けば、行きたければ行くといいと言わんばかりに頷く。

ストレンジは、そのままプリシラとアルを誘導する形で練兵場に急行した。

 

 

 

 

 

「スバル、とにかくこの場は僕に任せて……」

 

「ラインハルト」

 

自分の正面に立つ青年の名を呼び、スバルはその蒼穹を映した瞳を片目だけの視界ではっきりと見据える。

こうして彼に庇われ、前に立たれる経験はこれで三度目だ。確かに彼に全てを委ねれば、それで解決するのは目に見えている。しかし、だからこそ彼は譲るわけにはいかない。

 

「――そこ、どけ」

 

「……え?」

 

「……お前が、超絶いい奴で、この行動になんの悪意も……悪気もなくて、全部全てなにもかも純粋培養雑じりっ気なしの善意から飛び出たアクションだってのはわかってる。……それは、わかってる」

 

だけど、

 

「……それだけは、ダメだ。この場だけは、譲れ……ねぇ」

 

スバルが始めたこと、スバルが受けて立った戦いだ。彼にしか通せない意地があり、彼でしか届いてはいけない結末がある。この終わりを見届けるのは、彼である義務があるのだ。

その義務を放棄して他人に下駄を預けて、終わりに沈むなどあってはならない。

 

もっと単純に、シンプルに、たった一言で告げるのなら、

 

「意地があんだよ、男の子には――」

 

血走る瞳で、血の滴る唇で、流血に赤く染まる顔のまま、血を吐く思いでスバルはただひたすらに救いようがないだけの意地を張った。

その予想だにしなかった答えにラインハルトは絶句し、心中の衝撃を隠し切れないまま何度も瞬きして、

 

「意地、だって? そんな、そんなもののために……」

 

震える全否定は紡がれるよりも、ラインハルトを取り囲むように展開される鏡の空間が、彼を遮った。

 

 

 

「――――!」

 

突如ラインハルトの周囲に、鏡のような空間が出現し、彼を飲み込もうと迫ってくる。万華鏡のような空間は正面からラインハルトに迫り――、

 

「――はっ!」

 

周囲のあらゆる物全てを飲み込まんとする空間に対し、ラインハルトは「剣聖の加護」で木剣にマナを集結させると、飲み込まれる直前に力一杯空間に向けて剣を振るう。炸裂――空間が割れる衝撃が波紋となって大気を震わせ、近くに立っていたスバルの全身にも突風を浴びたような錯覚をもたらす。

驚愕に目を見開くスバルの眼前で、鏡の空間は叩き斬られるとまるでガラス細工のように割れ、その目的をついぞ果たすこと叶わず空気中に散り散りとなる。

 

そうして力技で魔術という技術に対抗したラインハルトは、空間を切断した際の衝撃を和らげるため軽やかに後ろへと飛んでおり、着地と同時に裾を払うと、今の出来事がなにもなかったかのように平素の状態へ立ち帰る。

と、それから彼は真剣味を増した視線を斜め上――そこから跳躍して飛来する存在に向け、険しい表情を作った。

 

「なんのつもりですか、ドクター殿」

 

「なんのつもり、か。第三者が要らぬ介入を招いて事態をややこしくしていないか、見に来ただけだ。まさか、木剣にマナを集結させてミラー・ディメンションを叩き割るとは思わなかったがな」

 

言いながら、マントを靡かせ砂埃を立てぬように、ゆっくりと着地したのはストレンジだった。

地面に降り立った彼は、顔をボコボコにされ、あざまみれになった無様な姿を見せるスバルと、彼とは正反対にその美形な顔を崩すことなく、木剣を握りしめるユリウス、そしてスバルを庇うようにユリウスを相対するラインハルトの三人を順に見て、ふむと一言呟くとラインハルトに身体を向ける。

 

「決闘に横槍とは関心しないな、ラインハルト。 彼らには彼らなりの信念がある。お前が出る幕ではない」

 

あくまで敵対意志がないことを示すため魔術は展開せず、説くイメージでストレンジはラインハルトに語りかけた。あくまで、彼はラインハルトの横槍を止めたいのみであるので、態々魔術を展開して彼を脅すつもりなどはない。

しかし、いくらストレンジであろうともラインハルトといい勝負はできるが、彼を戦闘不能に追い込むことはできない。

事実、ストレンジ自身もそれを自覚しており、万が一彼が戦闘を行うようなものなら、さっさと身を引く気でいた。

 

「それはドクター殿も同じだと思いますよ。いきなり、魔術で生み出した正体不明の空間を展開するのですから。本来であれば、ドクター殿と敵対するようなことは避けたいのですが、万が一の時はたとえ貴方が相手だろうと容赦はしません」

 

「私だって、お前のような規格外の強さを持つ相手には、なりたくないものだ。本来であれば、騎士でない私がこの決闘に介入することは憚れるべきことも承知だ。しかし、どうもお前は思い違いをしている」

 

ストレンジはゆっくりと腕を上げ、スバルとユリウスの二人をそれぞれ示しながら、

 

「少なくとも、彼方で偉そうに踏ん反りかえってる騎士たちは、君の介入を望んでいるようには見えないな」

 

「……」

 

言われ、ラインハルトは訝しむ顔つきのまま周囲を見回す。そして、遅まきに失してようやく気付く。

こちらを見ている騎士や衛兵――数十名からなる観衆のその瞳に、熱狂とそれが覚めた故の理性的な感情、それとは別に浮かぶ掠れた感情の波が浮かぶのを。

 

「なるほど、超人といえども状況察知能力は人並みか。それにしてもーー」

 

言いかけ、ストレンジはそこで一度言葉を切った。

彼は周囲を見回し、ユリウスやフェリス、その他の状況を見守る騎士たちの姿を目に入れてから首を振り、

 

「いや、お前の場合は、騎士というより英雄ラインハルトとして話したほうが良いか」

 

「……ドクター殿の仰る意味が分かりません」

 

「英雄であるならば、困っている人がいれば全て助けるのが当たり前と心で思ってる。お前がそう思うのは大いに結構だ。しかし、時にその手助けが要らぬ厄介事を招く事があることも事実。残念だが、今がその時だ。お前は、あの少年を助けた後始末をどうするのか、あまり考えてはいないらしい」

 

ふう、とため息を吐いたストレンジはラインハルトに、話は終わりだと言わんばかりにフィールドから下がり始める。しかし、あくまで戦闘態勢を崩さないまま、万が一暴発しようものなら力ずくで止められるよう、緊張は絶やさない。

彼は訝しむラインハルトに取り合わずにさっさと移動したことで再び対峙する形になったユリウスとスバルの方を見ると、

 

「悪いな、ユリウス。お前の決闘に邪魔するような形で乱入して。一先ず、君の友人が介入して事態をややこしくするのは避けられたようだ」

 

「いいえ、お気になさらず。ですがある意味で、ドクター殿の介入も事態をややこしくしそうでしたが」

 

帰り際に、突然妨害してしまったことを謝罪するストレンジに対し、ユリウスは苦笑しつつも警戒の目は絶やさない。かすかに眉を上げたユリウスはスバルに目を向けた。満身創痍の状態から、ストレンジ登場の時点から碌なリアクションを起こせていない彼は騎士としてもあり得ないほどの弱さだ。

 

「彼を殺す気で叩きのめすのは結構だが、決して殺すな。親しい間柄の人物が殺人鬼になるのはごめんだからな。それに、元医師としても非常に見逃せない」

 

「それは心得ています」

 

ストレンジの応答に、ユリウスは納得とばかりに顎を引き、

 

「感謝します、ドクター殿」

 

と一言。ラインハルトを牽制しつつ、ストレンジはユリウスにそっけなく答えた。

それを受け、すでにユリウスの意識は当事者外である彼らにはなく、

 

「待たせたね」

 

「今の、油断の間に……ホントなら、十回殺せたぜ……」

 

短い謝意に、減らず口で傷だらけのスバルが応じる。

改めて木剣を構え直すユリウスに、スバルは折れ砕けた右手を放棄して左手一本に木剣を持ち替えると、その柄をしっかりと絞るように握り直した。

 

それを見て、ユリウスは静かに確信する。

――次の交錯が、この無益な争いの最後の打ち合いとなるだろうと。

 

 

 

 

 ――次の一撃で全てが決まると、とスバルは内心で結論付けていた。

 

肉体の限界を感じている。もとより、立っているのが不思議な重傷状態。小汚い根性だけを支えに膝を屈さずにいるが、それもいつまでもつものか。

 

打たれれば、根性だけが支えの堤防はあっけなく崩壊して意識も矜持もなにもかもを押し流すだろう。

逆に打ち込めたとしても、そこからの先に繋げるだけのものが内側になにも残っていない。やはり苦痛と疲労の濁流がスバルを沈没させることは違いがない。

 

挑み続ける答えは見えない。今もなお、スバルを突き動かすのは八つ当たりにも似た怒りの感情それだけだった。

目の前で、澄まし面のままこちらを見ている男が気に入らない。その鼻っ柱をへし折ってやろうと幾度も挑んだが、結果はこっちの鼻っ柱以外の色んな部分がへし折られて砕かれる有様だ。

 

だから決めた。今、決めた。

どうして挑むのかは、あの鼻っ柱をへし折ってやりたいからだ。

一発ブチ込む、一発必ずブチ込んでやる。それさえ叶うのならば、なにをしてやろうと構いはしない。

 

息を吸うだけで肺が痛む。息を吐くときに口の中が盛大に痛む。

痛みで意識を晴らしながら、スバルは全身に残された力をかき集めて機を待つ。

ユリウスの意識がそれる瞬間を、彼の鼻っ柱をへし折る、そんな天機の訪れる刹那の可能性を、そのひと欠片の瞬間を逃さないために。

 

ユリウスの視線が一瞬、泳ぐ。

それを見た瞬間、スバルの体が前に飛び出していた。

 

音は聞こえない。なにもかも置き去りだ。

雄叫びを上げる余裕すらなく、スバルは握りしめた木剣を振り上げてユリウスへ迫る。わずかにスバルから視線を外した騎士は、まだこちらに反応していない。

 

なにがその気を引いたのか、それを考える脳細胞すらこの一撃に込めた。

 

「――――!!」

 

声が聞こえた気がする。

音も聞こえない世界で、景色もなにもかも置き去りにしたはずの世界で、自分と殴るべき相手以外、なにも存在しないはずの世界で。

 

声が聞こえた。

誰かの声が聞こえた。スバルの耳を、誰かの声が聞こえた。

 

「――――ル!」

 

音になった。確かな音になった。

意識が引きずられそうになる。今は一点、目の前の存在へと向かうことだけがスバルの存在意義なのに。

 

「――――バル!」

 

鮮明になり始める。意味を持ち始める。

それがはっきりと聞こえてしまったら、もはや取り返しがつかない。

だからスバルは全てを振り切るように、すぐ側にまで迫ってきている圧倒的な恐怖から逃れるために、全身全霊を振り絞り――叫ぶ。

 

「――――スバル!!」

「――シャマク!!」

 

はっきりと、聞こえた銀鈴の声を裏切って、声高にそれを詠唱した。

黒雲が、赤茶けた練兵場の大地を塗り潰す――。

 

無理解の世界が展開された。その中を駆け抜け、スバルは理解の及ばない世界の中でただひたすらに脳が命じるままの行動を行う。

 

視界は確保されていない。

目的はもはや脳が認識してない。

心はすでになにも見えていない。

 

――ただ左手を、振り上げた左腕を、目の前に向かって振り下ろす。

 

理解の及ばない行為だったが、左腕は黒雲に呑まれる前にその挙動に入っていた。故に、意識のあるなしに関わらずその行動は果たされる。

 

全てを見失ったスバルの判断が、行動が、どんな結果に結びつくのか、もはや自ら世界を閉ざしたスバルにはわからない。わからないはずだった。

だが、

 

「これが、君の切り札というわけか――」

 

聞こえないはずの世界で、はっきりとその声が鼓膜を震わせて、

 

次の瞬間、晴れた黒雲の向こうから迫る刃をその身に受けて、スバルの体は激しく容赦なく、大地の上に叩き落とされていた。

 

痛みではなく驚きがあった。

膨大な量が噴出した黒雲が完全に霧散し、空に広がるのは先ほどからなにひとつ変わらない憎たらしいほどの晴天の空。

仰向けに大の字になっているのだと、スバルはそれでようやく気付く。

 

「『陰』の系統魔法を使うというのは予想外だった。意表を突かれたのは認めよう」

 

声が上から投げかけられる。

いまだ、視界を空に占有されるスバルはそれを呆然と聞きながら、流れ落ちてくる現実を受け止めるのに手いっぱいになっている。

 

「だが、錬度が低すぎる。なにより、低級の『陰』魔法など自分より格下の相手か、あるいは知能のない獣でもない限りは通用しない。私にはもちろん、近衛騎士の誰ひとりにすら、この策は通じなかったことだろう」

 

否定の言葉が降り注ぐ。 

動けない。動かない。

意識ははっきりとしているのに、体がもう言うことを聞かない。

 

「切り札を切ってすら、これだ。もうわかっただろう」

 

憐れむような声が投げられている。

全てを諦めろと、スバルの心を殴りつける声が降り注いでいる。

 

状況を変えられると思った。

縋れるものに縋り、吐き出せるものを吐き出し、やれると思っていた。

なのに――、

 

「君は無力で、救い難い。――あの方の側にいるべきではない」

 

その言葉だけは否定したくて、スバルは軋む首だけを動かして視界を空から移動させる。どうにかこうにか、その果てに立つ男を睨みつけようとして、

 

「――――」

 

――銀色の髪の少女の、紫紺の瞳と視線が絡んだ。

 

詰所に隣接する棟と王城を繋ぐ、細い通路の上に彼女は身を乗り出していた。彼女の隣にはあの魔術師が、彼女を抑えるように手で制し、背後には他にも見覚えのある女性陣が並んでいる。それぞれがそれぞれの感情を瞳に宿して練兵場の様相を見下ろしていた。

 

だが、そんなことはもうどうでもよかった。

他の誰にどう思われたとしても、スバルにはなにもかもがどうでもいい。

 

ただひとり、たったひとり、この世で、この世界で、もっともこんな場面を見られたくないと思っていた人が、そこに立っていなければ。

 

ぷつんと、自分の中でなにかの糸が切れるような音がしたのをスバルは聞いた。

 

それを最後に、意識が一気に遠ざかり始める。

それまで鮮明だった意識が切り離され、世界が急速に霞み始め、今度こそ本当の意味でなにもかもを置き去りに、スバルの意識は奈落の底へ落ちていき、

 

「――スバル」

 

聞こえるはずのない呟きで呼ばれた気がして、なにもかもが消えた。




前書きでも書いたヴェノムの感想ですが、エディとヴェノムの関係性がとても良かった!「もうお前ら、夫婦かよ〜笑」と思いながら、見てました笑
エディとヴェノムの出会いが、本物の「運命」であったことがよく伝わった映画です。

そしてポストクレジット!これは、是非とも劇場でみてほしいです!


さて、本編はスバルとユリウスの決闘が終わったところまで進みました。これからスバルとエミリアは喧嘩して、スバルとレムを王都に残して、エミリアは領地へ帰還することになるわけで、その後の物語の展開を踏まえると、ここが時間の絶対点ってことになるんですかね。
因みにストレンジは、何処かの世話焼きな隣人とは違って、他人の喧嘩にまで口を突っ込む気はないのでスバルとエミリアにはノータッチです。

???「あら〜?私をご所望?任せて、そんな仲裁なんて私の得意分野だわ〜!」
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