Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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これを書いている2021/12/14は、スパイダーマン最新作公開の3日前、早いところでは明日公開
日本は来年の1月7日まで我慢!


それでは本編どうぞ!


三十三話 動き出す事態

決闘の後、ストレンジは気絶したスバルを来賓室の一角に連れて行き、その後の処置をエミリアに任せた。そしてユリウスとフェリス、そしてマーコスによるユリウスの簡易裁判を傍聴した後に、カルステン邸に戻っていた。

 

最早の争点であるユリウスの処遇については、謹慎程度で済むことは明らかだった。明らかに騎士団を挑発するような物言いを行ったのはスバルであったし、逆にあの場で彼を殺さない程度に痛めつける事ができたのは、ユリウス以外にはいなかった。スバルに甘すぎるラインハルトや魔術師である自らでもない、ユリウスにしかできない事であり、マーコスもそれには薄々気付いていたらしい。傍聴席から立会人として見学したストレンジは、ユリウスとフェリスの軽い面持ちを見て、そのことを確信した。

 

一方で、ストレンジには懸念する点があった。それはスバルとの接触である。以前のメイザース邸での会見で、スバルの治療に関してエミリアとフェリス、ストレンジ、ロズワールの四者で話し合った際、彼を治療する事はほぼ決まっていたのだが、今日の一件で完全にストレンジとスバルは仲違いを起こしたことで、その方針に大きな違いが生ずることになった。

 

スバルもストレンジもお互いの印象は最悪で、どちらも顔を合わせる気が皆無であり、そもそもストレンジが乗り気になったとしても彼が治療を受けようとは思うまい。よって治療はフェリスのみで行われることになった。

 

彼の身を案じていたエミリアは、あの模擬戦の後で喧嘩でもしたのか、王都を出立する際の挨拶廻りに来た時、以前とは打って変わって彼に関する言付けは少なかった。それでも彼女なりに気にかけているのか、酷く悲しい色を瞳に浮かべ、「スバルを、お願いします」とだけ伝えてきた。目線を落とし、哀愁を漂わせる彼女の悲しい表情は、これから王選を戦う候補者とは程遠い。

 

何はともあれ、一つ屋根の下、ストレンジとスバルはしばらくの期間、過ごすことになったのである。

 

 

 

 

 

王選が始まってもなお、ストレンジのやることに変わりはない。スバルが起床する前に早めの朝食を摂ると、その足で王立図書館に赴き、古今東西の文献を読み漁り、この世界についての知識や伝承、そして元の世界への帰還方法を探る。

元の世界への帰還はストレンジにとって、変わらぬ第一目標である。彼方でどれくらいの時間が経っているかは分からないが、マルチバースや宇宙からの脅威に晒され続けている地球に一刻も早く戻り、決戦に備えなければならない。

それにタイム・ストーンがこちら側にあるのも非常にまずく、カーマー・タージ最強の武器が地球に無ければ、ドルマムゥといったストレンジと因縁のある敵が地球に襲来することも十分にあった。

だからこそ、ストレンジは図書館に篭って文献を読み漁り、この世界の構造をいち早く理解する必要があったのだ。

そして図書館の閉館時間である夕方にカルステン邸に戻り、屋敷の住人と夕食を摂り、その後は瞑想や魔術の修練を行なって屋敷の住人が皆寝静まった夜遅くに就寝する。

 

なるべくスバルに接触しないよう、彼の出没する時間は避けてーー

 

 

 

 

 

 

スバルがカルステン邸に治療を受けてから、4日目が経過した。

スバルはフェリスによる治癒を受けている間、ヴィルヘルムに剣の稽古をつけてもらったり、クルシュとの晩酌で覚悟のようなものを説いてもらったりと、様々なフォローをもらっていた。しかし、ストレンジ本人が接触を拒んでいることもあり、彼から何かを教えてもらうことや何かを説いてもらう事はなかった。

スバル自身も、ストレンジに何か話す事はない上、クルシュやヴィルヘルムも彼の内心に薄々気付いており、彼らから接触させるような働きかけもなかった。しかし、その均衡は崩れることになる。

 

朝、いつも通りの時間に起床し、いつも通り朝食を摂って図書館に行こうと部屋を出たストレンジにクルシュが声をかけてきたのだ。

 

「ドクター、少しいいか?」

 

「何か困りごとか?断っておくが、あの少年と関わるのはゴメンだ。何をされるか分かったもんじゃない。それで?」

 

「……残念だが、卿が懸念しているナツキ・スバルの件だ。卿の知見を借りなければならない事態に陥ったそうだ」

 

ストレンジの言葉を受け、クルシュはストレンジの知恵を借りなければならないような事態が起こったことを伝えた。即座に彼の脳裏を掠めたのはマルチバースからの脅威、つまり次元を超えた脅威がこの世界に侵食し始めていることか。

 

「卿が心配しているようなことではないことは保障する。だが、詳細は分からない。我々もついさっき、事の情報を聞いたばかりだ。正確な事は彼女に聞くといい」

 

と、クルシュの背後から姿を見せたのは青い短髪が特徴でメイド服が似合うその見た目と、献身的な性格が特徴の鬼メイド、レムの姿があった。

レムはストレンジに向かって深々と頭を下げた。

 

「お忙しいところ申し訳ありません、ドクター様。実はスバルくん……エミリア様のことで気になる事がありまして」

 

「……あの二人の関係性を修復するとか、あの少年への想いをどうやって伝えるか、という質問はセラピーにしてくれ。私の専門外だ」

 

「い、いえ!そのようなものではなく……いえ、意中の相手は確かに聞いてみたい気もしますが……」

 

ゴニョゴニョと口籠るレムは、後半聞き取れないような小さい声で何かを呟いた。ストレンジはその言葉を訝しげに聞いていたが、その様子を見たレムは、はっとすると表情を引き締めた。

 

「実はクルシュ様とフェリス様にはお伝えしたのですが、私の鬼の機能といいますか、共感覚というものがあります。、それが……」

 

どう表現するべきか困っているレムは、事情を知らないストレンジに対してどのようにして伝えるべきか困っている様子。マルチバースからの脅威という、最悪の事態ではないことを察したストレンジは、レムの言葉を受ける前に彼女が望んだ答えを口にする。

 

「……何やら、不穏な事態が発生しているようだな。話を聞く分には構わない。聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

ストレンジが応接室に通され、クルシュやフェリス、遅れて部屋に入ってきたヴィルヘルムが待機していると、息を切らして肩で息をするスバルが駆け込んできた。クルシュはそんなスバルの姿を見ると凛々しい眼差しの中で瞳を細めると、

 

「その様子を見ると、すでに話は聞いているようだな」

 

不要な前置きの手間が省けたとでも言いたげに、クルシュは怜悧な面に感情をうかがわせない輝きを宿してそう告げる。

先手をとられた感が否めない中、スバルは応接用の椅子に座るストレンジを見つけると、途端に顔を厳しくする。

 

「なんで……あいつがそこにいるんだ?」

 

先の王城の一件で、スバルがストレンジに対して嫌悪感を抱いていたことは室内の全員が把握している。にも関わらず、この場に彼を居合わせるように仕向けたのは誰なのか、無意識に彼は周囲を探る仕草を見せる。ストレンジに助力を頼んだレムは視線を向ける。無表情の中にもわずかに緊張感の見える表情を浮かべ、

 

「スバルくん、ここにドクター様をお呼びしたのは広く意見を集めようと思ったからです。レムは姉様と違って千里眼は使えません。今朝の一件も、あくまで姉様の感覚を通じたもので、具体的に見えたわけではありませんから」

 

「だけどよ、レム。よりにもよってあいつに貸しを作るのは……」

 

悔しげに、眉をひそめるレムは自身の力足らずを唇を噛んで惜しむレムに対して、スバルはどうも自身の厭悪を払拭できずに、無意識に拳を握りしめた。一方、レムの言葉を聞いたクルシュは得心したとばかりに感嘆を漏らし、

 

「ロズワール辺境伯に仕える双子の給仕の話は聞いたことがある。なるほど、王都と領地ほど離れていてもある程度の情報交換が可能なのか」

 

「申し上げました通り、漠然としたものです。非才の身ではそれが精いっぱいでしたので」

 

腰を折り、クルシュの賞賛に対して謙遜してみせるレム。そんな彼女らのやり取りを横目に、スバルは一歩前に出ると「待った待った」と手を振り、

 

「今はそのあたりの話はどうでもいいよ。肝心な部分についてが聞きたい。さっきの感じからすると、もうちょい詳しい内容がわかってんだろ?」

 

「こっちのも情報の確度って意味じゃ、やや信頼に欠けるんだよネ。かにゃーり色んな人間の隙間を縫って通り抜けてきた情報だし?」

 

逸る気持ちが隠し切れないスバルに、フェリスはいつもの悪戯な眼差しを向けてくる。その視線に対して睨みつけるアクションを返すスバルに、彼は「たーだーし」と唇に指を当てながら愛らしく小首を傾げ、

 

「そのへんのぼんやりした感じが、さっきのレムちゃんの第六感と組み合わさるといーい感じにまとまりを見せ始めてくれたり?」

 

「先延ばしすんな、結論」

 

あくまでスバルをからかう態度を崩さないフェリスに、スバルは応接用の机に手をつき、顔を突きつけるようにして恫喝する。

しかし、そんな彼の要求に対し、手を叩いて意識を引いたのはフェリスではなく、

 

「逸る気持ちは理解できるがな、ナツキ・スバル」

 

フルネームでスバルを呼び、緑色の髪を揺らしてこちらを見るのはクルシュだ。

その視線の鋭さを浴び、ふいにスバルは水を浴びせられたような錯覚に陥り、思わず息を呑んで身を引いてしまう。

長身のクルシュと、スバルの上背の差はせいぜい五センチといったところで、それでもスバルの方が高いことには違いない。にも関わらず、スバルはまるで平行に立っているはずの彼女に見下ろされているような圧迫感を覚えていた。

 

持ち得る器の違いこそが、そうした互いの感じ方の違いを生んでいるのだろう。生物としての格の違いを不必要な場面で思い知らされるスバルに、クルシュはこちらの内心など知らぬ存ぜぬといった態度で、

 

「我々が卿に情報を開示する理由がそもそもない、と突っぱねたらどうする?」

 

「な……?」

 

「予想して然るべき返答だろう? 卿は今、当家が預かっている客人だ。その立場はそれ以上を保障するものではない。当家を含めた王選の進退に、ただの客人を関わらせることなどあるはずがない」

 

正論すぎる正論に真っ向から叩き潰され、スバルはぐうの音も出ずに唇を曲げる。

同時に思ったのは、自身のあまりに短慮で浅はかな甘さへの怒りだった。ストレンジの事で頭が一杯になっていたが、つい先日にも自覚したばかりだった。ここはあくまで「敵」の懐であり、なにかあればこちらに否応なしに牙を剥かれる場所なのだと。

当然、クルシュやフェリスもそれに準じた姿勢をこちらに向けるに決まっている。

のこのこと顔を出し、情報をくださいなどと甘えた論理が通るはずがない。

 

「クルシュ様、フェリス――お戯れはそこまでに」

 

内心に敵意の炎と、どうやって情報を聞き出すか思考を巡らせていたスバル。その回転に待ったをかけたのは、この場でそれまで沈黙を守っていたヴィルヘルムだ。

彼は咎めるような目を主とその従者に向けると、

 

「平時なればその余裕もありましょうが、今は互いに火急とわかっている次第。無用な言い合いは後々に禍根を残すこととなりましょう」

 

「後々があればー、だけどネ」

 

「フェリス」

 

「わかったヨ、ヴィル爺。静かにしてますー。むぅ、恐いんだからー」

 

唇を尖らせてソファに弾むように座り、フェリスはそのまま耳と目を塞いで黙り込む。その子どもじみた態度に吐息を漏らすヴィルヘルムと、含み笑いのクルシュ。ストレンジは彼ら三人のやり取りには参加せず、傍目から見るのみだ。

そんな彼らの態度についていけないスバルは目を瞬かせるが、

 

「非礼を詫びよう、ナツキ・スバル」

 

「へぁ?」

 

「今のは少し、卿を試させてもらった。大した意味はない。だが、ここが卿にとってはそう意識せざるを得ない場であるという点は留意してほしい」

 

抜けた声で応じるスバルに謝意を示し、しかし警告を欠かさないクルシュ。その言葉にスバルは改めて己の立ち位置を自覚し、目の覚めるような意識の覚醒を得る。

つまるところ、スバルは望むと望まざるとに関わらず、与えられた環境に甘んじるだけでは許されない位置に今やいるのであると。

 

気を引き締め直す、というには些か心が落ち着いていないが、それでも意識を切り替えるスバルを見てクルシュは我が意を得たりといった様子で顎を引き、

 

「ロズワール辺境伯の領地、その付近で少々厄介な動きが見られる。領内は辺境伯の命令で警戒態勢に入ったとのことだが……」

 

「厄介な動き? 警戒態勢?」

 

物騒な単語が飛び出したことに、スバルは眉を立てて疑問を口にする。

するとクルシュよりも先にストレンジが口を開いた。

 

「予測できる出来事だな。世間から忌み嫌われるハーフエルフを王選の候補者として担ぎ上げる。常人からすればイカれてるとしか思えない大博打な賭けを行なっていれば、それだけ反発も起きるだろう。奴が彼女を支援すると確定した時点でな」

 

「……領民勢から不満の声でも爆発するってのか?」

 

「当然、それもあるだろうな。『嫉妬の魔女』と瓜二つの姿を持つ少女が王選に出馬する。悪名が広がっている以上、ハーフエルフであることはそれらの偏見と戦っていくことは定められた運命だ」

 

とっさに浮かんだ懸念はストレンジによってそれをあっさりと肯定されてしまう。

またエミリアの出自が彼女の枷となることがスバルには許せなかった。彼女自身が悪いわけではないというのに、世界はどれほど彼女の足を引くのか。そして、当の彼女本人の人柄も知らず、偏見だけで物を語る「領民」という顔も見えない連中が憎たらしくてしょうがない。

 

「私が思うに、彼女は覚悟の上でこの険しい道を歩んでいる。覚悟を決めた者に口を挟むなど烏滸がましく、お前が憤るのは筋違いだということを理解したほうがいいだろう」

 

「違ってるわけねぇだろ。本人が悪口言われるのを覚悟してるとか言われ慣れてるとかそんな話じゃねぇよ。そもそも、悪口言われなきゃならねぇ理由がないっつってんだ」

 

ストレンジの言葉に険しい顔つきで言い返し、スバルは「とにかく」と話を元の方向へと引き戻すと、

 

「そのくだらないことが理由で、ロズワールの領地でいざこざが起きてるってのか。下手したらボヤ騒ぎじゃ済まない、大火事になるって?」

 

「面白い表現だが、的を射ている。事の仔細は別として、大筋はそれで正しい。卿の従者の感覚にも、それで説明がつくのではないか?」

 

問いを投げかけられ、室内の視線がレムに集まる。

表情をうかがわせないポーカーフェイスのまま、レムはもっとも身近な視線――スバルのものに目を合わせると、その視線の意図に応じるように頷き、

 

「姉様から伝わってきた感覚は、いくらかの焦りとたくさんの怒り……でした。伝えようとしたものではなく、堪え切れずに漏れ伝わってしまったのだと思います」

 

「その共感覚ってのは、そんな頻繁にお互い感じ合ってるもんなのか?」

 

「いいえ。ある程度、意識して制御しています。それでもあまりに強い感情の場合、それを乗り越えてお互いに伝わってしまうこともあります」

 

後半にいくに従い、レムの言葉からは力が失われていく。

彼女の言を整理するならば、ラムからレムに伝わった今回の感情の波はイレギュラーなもので、もしもラムがレムに救援を求めるのが理由で共感覚を用いたのであれば、もっとわかりやすい形で、それも断続的に届くのが自然だ。

にも関わらず、今回の共感覚は漏れ伝わったものが一度だけでその後が続いていない。これはつまり、

 

「関わらせないようにでもしてる……ってのか」

 

口の中だけで呟き、スバルは自分の想像に身を焼かれそうな感情を覚える。

もしもラムの意図がこちらの想像通りであるとするならば、ラムにそう命じた人物が誰であるのか、あるいは誰の思惑によるものかは想像に難くなかった。

 

スバルは今、カルステン家で治療を受けている身だ。レムはそれに付き添う形でいる。レムに伝わるということは、スバルに伝わるということと同義。

 ――それほどまでに、彼女はスバルを己の道に関わらせたくないというのか。

 

「でも、困ってるんだろ……?」

 

事が王都に居を構えているクルシュたちにまで伝わってくるほどだ。そして、自制心という意味ではレムより勝るラムが、その感情を堪え切ることができずに零してしまうほどの状況。

頼れるものは相変わらず少なく、敵は彼女にとって理不尽なほどに多い。そんな状況下で、なんの裏表もなく味方になれる存在がどれほどいようか。

 

「助けにいかなきゃいけないよな」

 

顔を上げて、ぽつりとそう呟いたスバルに今度は視線が集まる。

クルシュは片目をつむり、フェリスはその悪戯な眼差しをわずかに細め、ヴィルヘルムは変わらず皺の深い顔立ちに感情の波を浮かべず、ストレンジは瞳の奥に呆れの色を浮かべ、そしてレムは、

 

「い、いけません、スバルくん……!」

 

袖を引き、レムは小さく唇を震わせながら大きな瞳を押し開く。

瞳に浮かぶのは焦りと戸惑い、そして決死なまでの懇願の色だった。

 

「エミリア様の、ロズワール様のお言いつけは守らなくては。スバルくんはクルシュ様の邸宅で治療に専念するようにと。レムも、レムも同意見です。傷付いた体を癒すことこそ、今のスバルくんにとって最優先で……」

 

「そうこうしてる間に取り返しのつかないことになったらどうするよ。そうなったら目も鼻も耳も当てられねぇ。どっちを取るかってことさ」

 

縋りつくようなレムの態度を押しのけて、スバルは前に出るとクルシュの顔を見る。静かに見つめ返してくる琥珀色の双眸を受け、居住まいを正すと、

 

「聞いての通りだ、クルシュさん。俺とレムはロズワールの屋敷に……エミリア様のところに戻らせてもらう。事が片付くまでは治療はお預け……」

 

「ナツキ・スバル。――ここを出るのであれば、卿は私にとって敵ということになる」

 

後々の話をしようとするスバルを遮り、クルシュはあくまで冷然とそう告げた。その言葉の切れ味のあまりの鋭さに、スバルは事実身を斬られたような錯覚を覚える。そして、切り傷から痛みが伝わるように意味が広がり始めると、

 

「ど、どういう……」

 

「ひとつ、卿の考えを正しておこう。私が卿を客人として扱い、フェリスの治療を受けさせているのはひとえに契約があってのことだ」

 

「契約……?」

 

聞き返すスバルに「そう」とクルシュは頷き、彼女は組んだ腕の先で指をひとつ立てて、

 

「結ばれた契約はエミリアと私……フェリスを介してのものだが、内容は卿の治療を行うこととその見返り。互いの同意をもってそれを成立とし、私は卿を客人として迎え入れている。だが、私がこの契約を守るのには理由がある」

 

「――――」

 

「私がエミリアとの契約を守るのは、これが王選以前に結ばれたものだからだ。王選以降の私とエミリア、互いの関係は政治的な敵同士。故に、エミリアの陣営のものに手心を加えてやる温情など本来はない。だが、契約は契約だ」

 

たびたび繰り返し、クルシュは「契約」という言葉を用いて事を強調する。

聞きながら、スバルはその単語が「約束」の二文字に聞こえ、そしてその単語がエミリアと交わした最後の会話に繋がってしまう居心地の悪さを覚えていた。

 

「約束」を守らなかったスバルに、「契約」の履行を優先するクルシュ。

彼女は内心の罰の悪さを表情に出すまいとするスバルに、殊更その視線を鋭くし、

 

「卿が当家を離れるというのなら、その契約も中途で手放されたものとする。互いに遺恨なく、あとは私とエミリアは完全な敵同士だ。そしてそのエミリアの陣営として動く卿も当然、私にとっては敵となる」

 

「だから出ていくなら、それで治療は打ち切りってわけか……ずいぶんと、せこい真似するじゃねぇか。ようはピンチになってるエミリアを助けられたら困るから、俺たちを行かせたくないってわけだろ?」

 

「この場に及んでまだ状況を理解できていないとは。流石、献身的な自称騎士様だ。勘違い甚だしいにも程がある」

 

と、スバルが挑発めいた軽口で己の内心の誤魔化しを行ったときだ。

それまで事の成り行きを見守っていストレンジが顔をスバルの方へ向け、王城での一件のようにスバルに対して強い口調で言う。

 

「未だにクルシュの真意を掴めないとは。お前の頭は小学生か?言っておくがこれは意地悪ではなく、彼女からの温情だ。分からないのか?例え、お前たちがエミリアを助けに戻ったとしてクルシュたちには損にならない。それでも彼女が引き止めているのはーー」

 

「ドクター、よせ」

 

「いや、彼の勘違いは酷すぎるものだ。だからこそ指摘する必要がある」

 

短い言葉で引き止めようとするクルシュに首を振り、ストレンジは改めてスバルを見据える。

 

「断言しよう。お前たちが行ったところで、状況が変わるわけではない。スーパーヒーローであるならば話は別だが、超人の力を持たないお前たちは行くだけ無駄だ。最悪、死体が二つ増えることになる。それにお前たちはまだ若い。態々、危険な場所へ行って死ぬにはまだ早すぎる。それに少年は、エミリアが対価を支払ってまで結んだ治療の約束も反故にし、また彼女を裏切ることになる。そんなことするぐらいだったら、大人しく成り行きを見守りながら、体を治してた方が身のためだ」

 

プツンと、音がした。

 

頭の中ではち切れるような音がしたのをスバルは聞き、そしてそれが癇癪を押さえ込んでいた袋の口だったのだと気付いたとき、スバルは想像を絶する屈辱に唇を噛み切りかけるほどだった。

 

「決めたぜ」

 

それらの感情の全てを面に出さず、スバルは静かにそう言葉を紡ぐ。

激情はいまだ胸中で炎を上げているが、その熱は外に噴き出すことを選ばずにスバルの内面を焼き焦がし、ひとつの結論を導き出すに至った。

 

「俺は屋敷に……エミリアのところに戻る。短い間だけど、世話になった」

 

「スバルくん!」

 

はっきりと決別を口にするスバルに、取り縋るような声音でレムが叫ぶ。が、スバルはその彼女に掌を向けて黙らせると、正面にいるクルシュ陣営を見下ろす。

スバルの言を聞き、しかし瞑目するクルシュの内心はようと知れない。ストレンジは忠告を聞かない者の運命など知ったことではない、と言わんばかりにスバルから目線を逸らしている。しかし、彼女の隣で深く長いため息を漏らすフェリスはわかりやすく渋い顔だ。

彼は首を振り、呆れた様子を隠す素振りもなくスバルを見ると、

 

「スバルきゅん。忠告を素直に受け入れるのも、その人の器を測る要素だと思うけど?」

 

「お前たちの忠告のおかげで決断できたよ。ありがとよ」

 

はっきりと皮肉でもって返すスバルに、肩をすくめるフェリスはそれ以上の言葉を作るのを諦めた様子だ。代わりに会話を引き継いだのは、

 

「ナツキ・スバル」

 

名を呼び、見開いた双眸でスバルを見上げるクルシュだ。その凛とした眼差しに見据えられ、スバルはその眼光に屈すまいと意識を引き締める。たとえなにを言われたとしても、一度吐いた言葉を曲げるつもりはない。無力で愚かと誹られたとしても、それが何ほどのことがあろうか。

だが――、

 

「悪いが、当家の長距離移動用の竜車は全て出払っている。貸し出せるのは運搬用の足の遅いものと、中距離間で地竜を取り替えながら走ることを前提としているものしかない」

 

そうして内心で息巻くスバルを余所に、クルシュが口にしたのはまったく別の話題――否、スバルの決断をある意味では肯定するような言葉だった。

 

一瞬、なにを言われたのかわからずに目を白黒させるスバル。そんな彼をクルシュはわずかに怪訝そうに見て、傍らのフェリスを振り返ると、

 

「フェリス、私はなにかおかしなことを言ったか?」

 

「クルシュ様の切り替えの凄まじさにはフェリちゃんいつもクラクラにゃんですけどぅ……今回はほら、スバルきゅんも竜車を貸し出すお話までしてくれるとは思ってなかったんじゃにゃいですか?」

 

頬に手を当てて身悶えするフェリスの答えに、クルシュは「ああ」と納得したように顎を引く仕草。それから彼女は改めてスバルを見ると、

 

「卿の決断を尊重する。いかな判断であろうと、己で決めたことを通すことは重大な責任を伴う。そしてどうせ責を負うのであれば、己の為したいことを為すべきだ。自身の魂に恥じぬように。――そうだろう?」

 

「……ああ、そうだ。その通りだよ。魂が恥知らずになりたくないって騒いでんだ。あの子がピンチだってのに、のほほんと療養生活なんてしてんじゃねぇってな」

 

 スバルの意を肯定するクルシュにそう応じ、スバルは己の内心の変化を享受する。思わぬ援軍を得て、スバルの判断はもはや翻ることはない。

そのことがレムにも伝わったのだろう。彼女は一度だけ己を責めるように、瞳を閉じて沈黙を選び、そして目を開けたときにはいつもの無表情を取り戻していた。

 

「主に代わり、今日までのご厚意に感謝を申し上げます」

 

「構わない。こちらにも利があってのことだ。領地までの足の話をしたいが」

 

「厚顔ながら、お力添えをいただければと。今は一刻も早く、領地に戻って主のお力になりたいのです」

 

頭を下げ、クルシュが差し出す厚意に与ろうとするレム。

先の会話内容から、どうやらそれが行き来に利用する竜車の話なのだろうと思い当たり、スバルは手を上げて思わず口出しする。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、王都からだとロズワールの屋敷までどれぐらいだ?」

 

スバルは屋敷から王都までの道行にかかった時間はおおよそ七、八時間前後であったように記憶していた。早朝に出発し、昼過ぎよりさらに遅いぐらいの時間に辿り着いたのだからそのはずだ。

ともなれば、移動にかかる時間は長く見ても半日のはずだが、

 

「竜車を乗り継ぐことも考えると……二日、ないしは三日かかるはずだ」

 

「三日!? でも、くるときは半日かからなかったぞ!?」

 

長距離移動用の竜車がない、という話はあったが、それが理由にしてもかかる時間の差が大きすぎる。昼夜問わず走り続ければ、そこまでの差がつくことなど考え難い。

しかし、スバルの当然の疑問はレムの首振りに否定される。彼女は端正な顔立ちの中で、ほんのささやかに眉を寄せて難しい顔を作り、

 

「来る時に使えたリーファウス街道が今は使えません。時期悪く「霧」が発生する期に入ってしまって……ですから、街道を迂回しないと」

 

「霧がなんだってんだよ。そんなもん突っ切っちまえば……」

 

「霧を生むのは白鯨にゃんだよ? 万一、遭遇したら命がにゃい。そんなこと、言われるまでもない常識じゃないの。ドクターならそれを回避する手段は持っているんだけどネ?」

 

口を挟んだフェリスは、横目でストレンジを見つめるが、先程の態度から彼を助ける気が完全に無いことを察し、当然のような口ぶりでそれを却下する。

 

「ウン。当の本人も手助けをするつもりは無いみたいだし、長い時間をかけて戻るしかなさそうだヨ」

 

「白鯨」と知らない単語、そして長い道のりや「霧」を回避する術をストレンジが持っているものの、それをスバルのために使うつもりがないことにスバルは顔をしかめるが、理解の及ばないスバルを置き去りに彼女らの話し合いは順当に進む。

 

結果、クルシュとレムの交渉は「カルステン家から竜車を借り受け、移動途中の村々で竜車を乗り換えて帰路を行く」ということで落ち着いた。

 

休まず走り続ければ、とスバルは歯がゆくも思ったのだが、車体を引くのが生き物である以上、それが疲労するという現実からは逃れられない。

 

いずれにせよ、事態は動き出した。まごついて時間を浪費してしまう余裕など、スバルにはもうありはしなかった。

 




さて、スバルがいよいよエミリアのところへ戻っていきます。
本編においてスバルとレムのやり取りはかなり省いているので、物語が以前と比べて早いかもしれません。
スバルとレムのやり取りが気になる方は、是非とも正史のリゼロを読んでみてください!

因みに今後も、基本的にはスバル関係の話はかなり省いていくことになります。
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