Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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2021年もいよいよ、最後の1日を残すだけになりました。
皆さんにとって、2021年はどんな年でしたか?

今年は特に色んなことが起こった年だったもので、自分はとても忙しいけど楽しかったです笑

それでは本編をどうぞ


三十五話 狂気の外側

時間の逆光という、未知の現象を体感し未だ収集がつかないストレンジは、図書館の中で呆然となる。

全てが逆転する時、彼の身体を蝕むのは嫌悪感と吐き気。ただ気持ち悪いという感覚だけが今の彼にあった。

既に未知の体験は何度も味わっているし、ドルマムゥとの戦いでは時間をループさせる手法で、根負けさせたこともあり時間操作自体は彼の驚くところではない。

問題は、それがストレンジの意図しないところで行われたことだ。つまり、彼以外にもインフィニティ・ストーンか、それに準ずるものを持っている何者かがいて、それを使用したということ。

 

「まさか、な……」

 

多少の眩暈と吐き気を催しながらも、どうにか平静を保つストレンジは、机の上に突っ伏す。

若干の冷や汗もかいている彼に、マントが心配そうに頬を撫でた。

 

「ああ、お前も心配してくれるのか?お前は特に何もないようだな。少し羨ましい。あれだけ未知のことを経験しても、私は今にも吐きそうだというのにお前は平然としてられることが」

 

ストレンジの軽口にも、マントは苛立つことなく頬を撫でて彼を落ち着かせる。

普段なら、やめろ、と嫌がる素振りすら見せる彼だが、今だけはマントの気遣いですからとても暖かく感じた。

 

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

あれからしばらくたち、吐き気がひき、頭痛や身体の不調が大方消えると、ストレンジは時間の逆行について考察し始める。

魔術で召喚した紙をテーブルに置き、彼の右手には同じく魔術で召喚されたペンが握られている。

 

「時間の逆行が起こったのは、今日から数えて3日後、か。いや、逆行というのは正しくないな。正確には時間が過去に戻り、ある地点で新たな分岐点が生まれることで、それまでの時間軸とは別の新たな時間軸が誕生しているのか」

 

ストレンジが描いたのは、本来一本線であった時間軸の軸の途中から、別の時間軸が発生した図である。

 

「新たな時間軸の派生……インフィニティ・ストーンと同等の能力を持つ人物の台頭……そして、時間の逆行……」

 

ストレンジの頭の中で、次々に疑問が浮かぶ。ストレンジが懸念する別次元からの攻撃が来たことも、考慮に入れなければならない事態に彼は頭を抱えた。

 

「この世界でも、再び“時間”と向き合うことになるとはな」

 

一先ず、最大の目標は時間の逆行を起こした存在と接触し出来れば尋問を行い、その目的を問いただすこと。

場合によっては、多少の手荒い真似をしてでも拘束し、尋問することも視野に入れて。

 

本来であれば退館時刻まで図書館にいるストレンジだが、今回は珍しく早々に切り上げてカルステン邸に帰還することになった。

図書館の職員や街を歩く人々には特に混乱している様子もなく、時間の逆行という摩訶不思議な現象がストレンジのみに発動したということを示していた。

恐らく、クルシュやフェリス、ヴィルヘルムといったカルステン邸の面々も、時間の逆行は経験していないだろう。つまり、ストレンジはたった一人でこの未知な現象に対峙していかなければならないのだ。

 

「クソ野郎……今にその正体を暴いてやるぞ。首を洗って待っておけ」

 

 

 

 

 

「ドクター様!至急、お願いしたいことがあります!」

 

「申し訳ないが、今は何かの頼みを聞いている余裕はない。申し訳ないが、またの機会に……」

 

「スバルくんが……スバルくんの様子がおかしいんです!まるで、壊れたように……」

 

カルステン邸に戻ったストレンジに屋敷の玄関でソワソワしていたレムが一目散に駆け寄ってきた。

正直、今のストレンジにとって彼女の悩みを聞くだけの心の余裕はないが、彼女の様子が普段とは違って、何かに焦っているように余裕のない表情をしていたこと、そして彼女には珍しい動揺の色を目に浮かべていた。彼は即座に何か大きな問題が起こったことを察した。

 

「あの少年がどうかしたのか?一つ言っておくが、彼のバカな頭をどうにか出来ないか、という問いならば答えはNOだ。彼はある意味、壊れているだろう。頭のネジが外れた者を御するということは難しいものだ」

 

「ドクター様」

 

レムの険しい表情を見て、ストレンジもジョーク口を閉じた。

 

「既にフェリス様が治癒を試みられていますがどうも芳しくありません。どうか、ドクター様の力でスバルくんを、治してあげられませんか?」

 

ストレンジは葛藤する。つい、先日まで歪みあっていた仲の少年の治癒を、ストレンジの魔術で治してあげられないか、という願いに応えたい医者としての矜持と、孤立無縁で唯我独尊の彼の面倒をなぜ自分が見なければならないのか、という心情がぶつかりあう。

 

「……一応、症状まで見てみる。が、治癒できるかは保障できない」

 

レムはストレンジの言葉に、一筋の光を見出したように目を輝かせた。ストレンジであれば、未知の魔術を操る博識な彼ならば、現在進行形で狂ってしまった愛する人も治せるのではないかと。

 

 

 

 

ストレンジが部屋に入った時、目に飛び込んだのは、ベットで寝かされる狂ったように笑うスバルの姿だった。瞳孔は開かれ、常に乾いたような不気味な引き攣った笑みが絶えることはない。

 

レムの話では突然泣き出したりもするそうで、その症状は正午から現れたとのこと。

その時刻はストレンジが経験した時間の逆行の終着点と偶然にも同じだ。彼が時間の操作を行った張本人?いや、彼が特別な魔術を使った形跡見えない。ならば……

 

「……ター様?……クター様?ドクター・ストレンジ様!どうかしましたか?やっぱりスバルくんは……」

 

スバルが横になっているベッドの近くで立ち尽くしていたストレンジに、レムが心配そうに声をかけた。

 

「いや、なんでもない。少しばかり考え込んでいた」

 

ベッドの近くの革張り椅子に腰掛けると、ストレンジは魔術をスバルの身体にあて、スキャンする用量で、身体中を調べる。

やがて、調べ終わったストレンジは魔術を解くと、矢継ぎ早に述べた。

 

「外的障害はなし。意識はあるが受け答えは不能。精神障害の可能性がある症例がいくつか見られる。魔術的干渉はなし。察して、PTSDでも発症したというところか。

だとすれば対処療法は、時間をかけてゆっくり癒していくしかないだろう」

 

ストレンジは短めに総結論付けると、椅子から立ち上がり部屋を去ろうとする。

 

「あ、あの……ドクター様」

 

「はぁ……。やっぱり、ドクターでもお手上げにゃのね……」

 

ネコミミをぴくぴくと震わし、栗色の髪を揺らす麗人は寝台に横たわるスバルを見たあと、気の毒そうな視線をそのベッドの傍らに立つ少女へ向け、

 

「フェリちゃんがどうにかしてあげられるって、体の傷だけだからネ。体なら外だろうと内側だろうとにゃんとかしたげるけども……だけど、まさかドクターまでお手上げなんて」

 

「……いえ。御二方には、ご尽力いただいてありがとうございました」

 

力足らずを謝るフェリスに、腰を折りレムが礼を告げる。が、どこか抑揚を欠いたその声には感情が消えている。普段から意識してやっているものと違い、それは彼女の内心の動揺が大きすぎるが故に起きているからだった。

 

痛ましいものを見るようにフェリスはレムから目をそらし、ストレンジも暗い顔を隠せない。頭を下げたままのレムはそんな彼らの態度に気付かず、そっと首を傾けるとベッドに寝そべる人物に意識を向けた。

 

スバルがどうして狂ってしまったのか、その原因がレムには見当もつかない。

今朝まで、いや正午過ぎに王都の下層区を散策していた間は変わらない彼だった。その態度にいくらかの無理はあったものの、努めて普段通りを振舞おうとしていた彼に、レムもまた普段通り接することで日常は築き上げられていたはずだ。

それなのに、彼の心は砕け散った。

 

なにか、切っ掛けがあったようには思えない。スバルの様子が豹変した瞬間、遺憾にもレムは彼のすぐ隣にいたわけではない。それでも店を手伝いながら、彼と店主の会話は耳に入れていたはずだ。

彼はクルシュの屋敷にリンガを買って帰る相談を店主に持ちかけ、店主はそれがまさか大貴族の屋敷に持ち込まれるとも思わず、商談に気軽に応じようとしていた。その商談の最中、スバルの心は突然に打ち砕かれたのだ。

 

商い通りの往来に倒れ込み、自分を見ながら嬉しげに悲しげに涙を流し、肺が痙攣しているような歪な笑声を漏らし続けるスバル。

その場を辞し、迷惑を承知でクルシュの邸宅に彼を担ぎ込み、なんらかの魔法的な干渉を受けたものかもしれないとフェリスとストレンジに無理を言って診察してもらったのだが。

結果は芳しくない。フェリスはおろか、ストレンジでさえ手が及ばない次元の問題となれば、それは王都中のどんな偉大な魔法使いや治癒術師を集めても癒すことのできない難事ということだ。

 

彼の現在の状態に魔法は関係ない。ただ、突然に心が平衡を失っていた。

 

「こんにゃこと言いたくないけど、どうするの?」

 

「原因がわからないことには対処のしようが……フェリックス様とドクター様にはご迷惑を」

 

「んーん、それは別にいいんだけどネ。実際、変に騒ぎ立てなくなった分、フェリちゃんの治療には都合いい状態と言えにゃくもにゃいし?」

 

ほとんど無反応で、寝たきりのようなスバルを見下ろしながらフェリスは「でもでも」と言葉を継ぎ、

 

「治療、続けてもいいのかにゃって思って」

 

「……どういう、意味でしょうか」

 

顔を上げ、スバルの無表情から視線を外すと、レムはようやくフェリスを見る。その視線を受け止め、フェリスは「怒らにゃいでほしいんだけど」と前置きして、

 

「スバルきゅんのゲートを治療するのって、この子が今後の日常生活に支障をきたさないようにしてあげるための計らいでしょ?」

 

「はい」

 

「もう、日常生活なんてまともに送れにゃいんだから、体だけ治しても仕方にゃいんじゃないかにゃーって。ドクターもそう思うでしょ?」

 

「――! スバルくんは!」

 

「終わってにゃいって、そう言うの? この状態を見て? 本気で? ちょっと色々あったのは事実にゃんだけど、あれぐらいのことでこうまで心が壊れちゃうような人は、もう立ち直ってもどうにもにゃらにゃいと思うけどネ~」

 

激昂しかけるレムに、あくまでフェリスは疑わしげな態度を崩さない。彼のスバルを見下ろす視線には、はっきりそれとわかる侮蔑の感情があった。

それは「青」の一文字を与えられ、ルグニカを代表する水の魔法使いとして知られる人物にしては、あまりにも冷酷な態度に思えた。

 

そんなフェリスの態度に押し黙るレムに、ストレンジがフェリスに反論した。

 

「フェリス。それは彼女に対して言い過ぎだ。言葉によっては患者を見捨てる守銭奴地味たクソ医者の言い分にもとれる。確かに、この少年の現在の姿はクソッタレだが、彼女は彼の回復を信じている。そんな彼女にその言葉はよくない」

 

「ほお〜。まさかドクターがそんなこと言うなんて。別に、フェリちゃんはスバルきゅんが憎たらしかったり、殊更に嫌ったりしてるからこんな風なこと言ってるわけじゃにゃいからネ」

 

「だがな、フェリス」

 

「ドクター、フェリちゃんはスバルきゅん個人がどうこうって言うんじゃにゃいんだヨ? フェリちゃんはたーだ、純粋に「生きる意思」に欠けてる人間が嫌いにゃの」

 

反論しようとするストレンジを遮り、フェリスはスバルを指差し、

 

「フェリちゃんが魔法でできるのは、傷を癒したりするぐらいのものだから。そんなフェリちゃんだけど、それなりに忙しく色んな人にこの手を使ってあげてるわけ。みんな生きるのに必死だし、その手伝いをするのは別にいいんじゃにゃい? 感謝されるの嫌いじゃにゃいし、偉い人に貸し作ってクルシュ様のお役にも立てるし?」

 

「――」

 

「でも、生きようとしない人間の体を治すために力を使うにゃんてのは嫌。そんにゃ人間は体が治っても、どうせそのあとで無駄に命を費やすでしょ? それなら終わっちゃいにゃよ。んーん、終わってしまってるの。ドクターなら、これくらいは分かるでしょ?」

 

ぴしゃりと、そう告げてフェリスはつんと顔を背ける。キツい言い方ではあるが、彼の言い分の中にはストレンジにも共感できる部分もある。

その頑なな態度の裏側に、レムはフェリスが見てきただろう命の数に対する真摯さを確かに感じ取った。言い方こそ軽薄さを装っていたが、それは彼がそれまでに見つめてきた生と死から学んだ、彼の中で確立された死生観なのだ。

そして、そうした確固たるものがある人物に対し、門外漢である彼女が感情論だけで反論することには意味がなかった。

 

レムはただ悔しげに、フェリスの言葉に打ちのめされたようにスバルを見る。

スバルは自分が話の中心になっていることにも気付かず、今は聞く者の心に引っ掻き傷を残すような、途切れ途切れの笑声をかすかに漏らしていた。

 

心が砕け散ってしまったその姿に、レムは自分の胸の内に堪え難い感情が木霊するのを感じる。けれど、それを表に出すことはせずにどうにか抑制した。

それはスバルの名誉を、あるいはロズワールの権威に傷をつけるものであったし、なによりレム自身が抱いてきた想いを裏切るようなものでしかない。

 

「――ドクターの言う通り、少しばかりフェリスの意見は厳しすぎるところがあるな」

 

声は唐突に、気まずい沈黙が流れた室内に朗々と響いた。

意識が思考に沈み、その人物の来訪に気付かなかったレムは弾かれたように顔を上げる。対し、ノックしてからの来室に気付いていたフェリスは涼しい顔だ。否、来訪者に彼が向ける瞳は、静かに熱を帯びた心棒者のものであったが。

 

「クルシュ様」

 

「弱さが罪である、とまで私は言わない。もっとも、弱いままでいることを是として、それを正さずに現状に甘んじることが罪である、ということには同意見だが」

 

入室したクルシュは慌てて立ち上がるレムに掌を向け、長い緑髪を揺らしながら寝台の横へ。そして、今も凶笑に歪むスバルの顔を見下ろし、

 

「なるほど。これは確かに由々しき事態だな。原因はわかっているのか?」

 

クルシュの問いかけに、フェリスは「いーえ」と肩をすくめてお手上げと手を掲げ、

 

「レムちゃんの話じゃ突然倒れたってお話ですし、体の隅々まで調べてみましたけど、マナ的に変な干渉を受けたって様子もにゃいですネ」

 

「北方の……呪術といったものの影響を受けた可能性は? 考え難い話ではあるが、グステコ側から王選関係者への干渉があった可能性がある。あるいは別の陣営の示威行為というのもあるか」

 

「どっちも考え難いかにゃー。仕掛けてくるには時期が悪すぎるし、そもそもスバルきゅんを狙っても誰に得が? 関係者ならスバルきゅんの醜態っぷりは周知の事実ですし、そもそも呪術含めて魔法的干渉が見当たりません」

 

「ふむ」と一言頷いたクルシュは続けて、ベット脇に立っていたストレンジに目線を向ける。

 

「ドクターの見解も聞いておきたい。何か、魔術的な干渉を受けた可能性は?」

 

「考えられないな。調べてはみてみたが、魔術による干渉を受けた跡はなかった。外傷はなし。魔法や魔術による干渉もない。精神障害の症例がいくつかあることを考えると、これはPTSDと呼ばれる一種の精神ショックだろう」

 

「ぴーてぃーえすでぃー……初めて聞いた名の病だ。そのぴーてぃーえすでぃーなる病は治せるのか?」

 

「治せることは治せる。だか、現状での治療法は心理療法しかない。生憎、私は外科医であって精神科医ではないからな。だから、治療法の詳しい手段も分からないし、専門外の治療法を行うほど私は愚かでない。何もできることはない、というのが私の見解だ」

 

ストレンジの見解にクルシュは無言で頷く。そして、改めてレムを見やるクルシュは、無言で見ていたレムに、その鋭い眼差しに姿勢を正して向き合った。

 

「フェリスやドクターが力になれないのであれば、当家でナツキ・スバルの治療ができるものはいない。及ばず、すまない」

 

「――いいえ、こちらこそ寛大な処置に言葉もありません」

 

屋敷の主人の謝罪に対して、レムは丁寧にお辞儀して応じる。

事実、言葉を尽くしても礼を尽くしても、返し切れない温情を受けたのだ。

 

フェリスが手を抜いたなどとは思わないし、クルシュが政治的な敵対者となるエミリアの関係者に恣意的な判断をしたということもない。それに、スバルに対して良い感情を持ってないストレンジでも、医師としての誇りは一段強い人だということをフェリスより聞いていたことから、彼が嘘をつくような人物だとは到底思えなかった。彼も本心から述べているのだ。

 

水の魔法に関してはレムも多少なり関わりを持つ身だ。フェリスの技術の高さを、そしてスバルの身に起きた異変にそれが意味を為さないこともわかっている。

クルシュの人格についても、たった数日の邂逅ではあるが誠実で実直な人柄である点は疑いようもない。公爵家を若くして、それも女性の身で引き継いだだけの能力と責任感、そして大貴族としての資質が彼女にはある。何度も話し合う場を設けてもらって、言葉を交わした関係だけにそれは明白だった。

ストレンジについては、分からないことの方が多かった。彼の使う魔術は、ルグニカやその他の国でも使われない未知のものであったし、服装や顔の出立も、国内の出身者とは似ても似つかないものだ。それに、何かとストレンジとスバルは対立することが多く、レムはストレンジであれば誰にも発見されないようにして、スバルに術をかけることも可能だと考えていた。しかし、その可能性はすぐになくなった。フェリスの話では、ストレンジは医師としてのプライドが高く、「ドクター」という名前も彼の国では医師としての称号らしい。医師としてのプライドと誇りが今でもなお高い彼が、自らそんなことをする可能性はとても低い。

 

つまり、彼らに落ち度など微塵もない。

この現状はなるべくしてなったどうしようもない状況であり、

 

「――魔女」

 

よりいっそう、スバルの身を取り巻く臭気が増したそれが原因であることがレムにだけはしっかりとわかっていた。

 

 

 

 

 

魔術的な干渉は一切ないーー、そう述べていたストレンジだったが、たった一つだけ、部屋の三人にはある事実を述べていなかった。

 

彼が扱う普通の魔術では、探知にさえ引っ掛からなかったのだが、より洗練された魔術での調査を行った結果、彼は禍々しい何かを見つけた。

 

魔術的な干渉ではないーー、そんな単純な言葉では解決できないほど凶悪で、強力で、そして重い「呪い」が、スバルの心臓を中心にかけられていることを、そしてそれが唯一の存在を除いての干渉を拒んでいることも。

 

本来であれば、すぐにこれは報告すべき事案だった。しかし、彼がそれを口にすることはできなかった。彼が「呪い」を感知すると同時に、それから忌々しい気配が感じられ、まるでこちらを見ているかのような視線を感じたのだ。それはドルマムゥに匹敵するような、全世界を効果範囲とする強大な「呪い」が、ストレンジに向けられたことを示しており、強烈なプレッシャーに思わずストレンジが身を引かせた程だ。

 

他言無用ーー、他者に述べることを決して許さない「呪い」が、そう強いていることをストレンジは察知した。身の危険を本能で感じたためすぐに調査を止めた彼は、そのことをクルシュやフェリス、レムにも伝えなかった。

 

(奴は……いや、奴の心に潜むあの「呪い」はなんだ?

僅かに感知しただけで、あのプレッシャー……。まるで他言無用を強いるあれは、周りに知られることを何よりも嫌っている節だった。呪いのクセに、自我さえ持っている始末だ。しかし、私は見つけてしまった。だからこそあのような……。

だが、奴ほどの呪いであれば、私の魔術でも見つけられないほどの隠れ方でやり過ごすこともできたはずだ。それなのに容易く見つかった。まさか、私に発見して欲しかった……のか?

バカバカしい……だが、あり得なくもない。自我を持った「呪い」など認めたくもないが、カマー・タージの文献には、自我を持ち長く黒い手が特徴の、ある「呪い」について記された文献があった。まさか、あれが…‥?)

 

「呪い」の持つ強大なパワーと、それを宿した少年。加えて発生した、世界を巻き込んだ「時間の逆行」。

ストレンジの警戒心を高めるには十分すぎる材料が、一人の少年に集まった。

 

 

 

 

 

「――お世話になりました。今日までのご厚意、主に代わりお礼を申し上げます」

 

腰を折り、深々と礼をするレム。

彼女の前に立つのはクルシュとフェリス、ストレンジの三人であり、彼ら四人が会するのはクルシュの邸宅の玄関ホール――つまりは、別れの挨拶だった。

 

「力になれず、すまない。本来ならばこれで対価を得るなどおこがましい話だが」

 

「いいえ。申し出を途中で打ち切るのはこちらの都合です。クルシュ様におかれましては最大限のご配慮をいただきました。対価は確かに、支払われて当然です」

 

わずかに視線を落とすクルシュに、レムは毅然と顔を上げてそう応じる。

それを受け、クルシュは「すまないな」ともう一度だけ謝罪を口にし、それ以上に言葉を尽くすことをしなかった。これから先は形式ばったやり取りにしかならないことを彼女もわかったのだろう。

 

「にゃんか不完全燃焼にゃんだけど、仕方ないっか。レムちゃんはお達者で。スバルきゅんの方は……お大事に、って言うべきなのかにゃ?」

 

故に、主に代わって次に口を開いたのはフェリスだった。

指を立てて片目をつむり、彼はレムの後方――扉に背を預けて、だらりとだらしない姿勢で突っ立っているスバルがいる。

相変わらず反応は鈍く、レムの方を意識してくれているかも見てて怪しいが、彼女が手を引けばついて歩いてくるし、崩れ落ちずに立っているぐらいはできるようになった。時折、ふいに笑い出すのと泣き出すのばかりはどうにもなっていないのだが。

 

「当家の者の失礼に関しては、こちらもいくら謝罪の言葉を尽くしても足りません。寛大に扱っていただいたこと、心より御礼を」

 

「契約があり、少なからず言葉を交わした相手だ。無碍に扱うなどできるはずもない。卿にとってはこれからが大変だと思うが」

 

「それは……覚悟しての、ことですから」

 

変わらず上体をふらつかせ、薄笑いを浮かべるスバルを横目に、レムはぎゅっと自分のエプロンの裾を掴んで決意を表明する。

 

「卿の申し出に、どうやら応じられそうにないのが残念だ」

 

思案に沈んだレムにかけられたのは、瞑目したクルシュのそんな言葉だった。

主語のない言葉ではあったが、それがレムとクルシュの間で交わされていた密談の内容に対するものであると理解する。

レムは顎を引き、それから目を伏せるクルシュに首を振ると、

 

「全てはこちらの力不足です。――残念な結果にはなってしまいましたが、クルシュ様の今後のご活躍をお祈りいたします」

 

「そちらも、エミリアに伝えてくれ。互いに、魂に恥じぬ戦いをしようと」

 

そのやり取りだけで、レムはこの場所における自分の役割が終わったことを自覚した。スバルの治療は半ばで打ち切り、そしてロズワールに下された指示も。

どちらのことも、スバルがこの状態では続けようがない。潜在的な敵地であるこの場所で、無防備なスバルをいつまでも引き連れてはいられないのだ。

 

「屋敷に戻るのはいいけど、当てはあるの?」

 

「少なくとも、エミリア様とお会いできれば……」

 

口惜しさを堪えたまま、レムはフェリスの問いかけにそう応じる。

 

何度声をかけても、何度触れても、どれだけ甲斐甲斐しく接しても、スバルは彼らしい反応をレムに返してはくれなかった。

そんな状態のスバルでも、時折、意味のある言葉を口にすることもあった。

それが、

 

「名前……」

 

「んー?」

 

「時々ですけれど、名前を口にするんです。レムの名前や、姉様。それに……」

 

彼女は自分の名前がそこにあることを喜ばしく思う反面、その自分の働きかけには一切応じてくれない事実が哀しくもある。

ただ、その呟かれる名前の頻度で、もっとも多い名前は――、

 

「エミリア様にお会いできたら、なにか変化があるかもしれません」

 

「でも、手酷い別れ方してるんでしょ? それもまだ三日ぐらいしか経ってにゃいわけだし、時間を置いた方が……って、それが無理にゃのか」

 

「褒められた手段でないことはわかっています。でも、もうレム個人の判断でどうにかできる状態ではありません。指示を仰ぐためにも、戻らないと」

 

精いっぱいに、主を気遣う発言をすることでレムは自分の本心を偽る。

そちらを大義名分に、自分の心が本当はなにを望んでいるのか理解していた。

 

そして、そのことに自分の存在では足りないことが、彼女には悔しかった。

 

「ドクターからは何かあるか?」

 

クルシュは、珍しく二人の見送りに来たストレンジに内心驚いていたものの、それを表には出さずいつも通り鋭い目線を彼に向ける。

 

「無事、彼が回復することを祈ってる。これからは、敵同士になるだろうが、お互いにベストを出し合おう」

 

激励の言葉を送っているものの、彼の表情はどこかここにあらずだった。基本見送りに来ない彼が、今日に限って見送りに来ているうえ、先程からずっとスバルをずっと見つめている。

その目線もどこか厳しいもので、レムはスバルの言動にストレンジが苛ついて、別れの最後に文句の一つでも言うつもりか、と内心警戒しているが、今のところそのような気配すら見せない。

 

「――ヴィルヘルムがきたな」

 

ふと、顔を上げたクルシュが目を細める。

彼女の視線を追いかけ、つられて振り返る背後――邸宅の外縁、鉄の門の向こう側に一台の竜車が到着し、御者台に見慣れた老紳士が座っているのが見えた。

 

「当家にある長距離用の竜車はあれが最後だ。危うく、別の用事で外に出してしまうところだったが」

 

「運が良かったよネ。これでリーファウス街道突っ切れば、まあ日付が変わるまでにはお屋敷に辿り着けるだろうし」

 

到着した竜車を見ながら、レムは高度を上げる太陽の輝きにその目を細める。

時間は正午を目前としたところで、今から全力で竜車を走らせれば、なるほど確かに半日ほどで屋敷に着く。到着までわずかとなれば、共感能力で姉にある程度の意思を伝えることも可能となるだろう。

 

「息災で」

 

「頑張ってねー」

 

見送られ、レムは最後にもう一度だけ深々と頭を下げ、それからスバルの手を引くとカルステン邸をあとにする。

門のところでヴィルヘルムから手綱を受け取ると、一言二言会話を交わしてから御者台に乗り込み、

 

「スバルくん、こちらへ」

 

「……ぅ、あ?」

 

腕を引き、御者台の隣にスバルを座らせる。二人で腰掛けるとかなり狭く感じてしまうが、そうして密着しながら片腕を彼の腰に回し、もう片方の手でしっかりと手綱を掴んだ。

 

これから長い長い時間、この状態で走り続けなければならない。

スバルにかかる負担も心配であったし、屋敷に辿り着いてからも彼を守らなくてはならない。きっと、ロズワールたちはスバルを歓迎はしてくれないだろう。

 

味方のいなくなってしまうかもしれないスバルの、自分だけは味方でいてあげなくてはならない。

そうでなくては彼は――。

――決意を深く固めるレムが手綱を引くと、地竜が地面を蹴って走り出す。

 

ゆっくりと、次第に早まる車輪の動きは、まるで、今のレムの心のありようを暗示しているような、そんな感覚を手綱越しに彼女に与えているのだった。

 




2021年、振り返れば色んなものを見てきましたね〜

『シン・エヴァンゲリオン』、『ワンダ・ヴィジョン』、『名探偵コナン:緋色の弾丸』、『閃光のハサウェイ』、『ファルコン・アンド・ウィンター・ソルジャー』、『ロキ』、『ホワット・イフ』、『ブラック・ウィドウ』、『シャン・チー』、『エターナルズ』、『劇場版 ソードアート・オンライン-プログレッシブ-星なき夜のアリア』、『ヴェノム:レッド・ゼア・ビー・カーネイジ』、『マトリックス:レザレクションズ』、『劇場版:呪術廻戦』、『キングスマン:ファースト・エージェント』、『ホークアイ』……映画やMCUドラマだけでこんなに色んなものが見られた年は他にないので、とっても充実した一年であったことはもう、言うまでもありません!笑

アニメでは『リゼロ』はもちろん、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』、『小林さんちのメイドラゴンS』、『五等分の花嫁』、『転スラ』、『無職転生』、などなど映画に負けず劣らず、こちらも色んな作品を見させてもらいました!
あと、初めて『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を見させていただいて、とても感動したこともあります笑

2021年で好きになったキャラクターランキングベスト5位作るとしたら、

第5位 シャン・チー 『シャンチー テン・リングスの伝説』
初のアジア人ヒーローで、カンフーがめっちゃかっこ良い!
普段の優しいニコニコお兄さんからの、戦闘時のキリッとした切り替えも好きだし、ケイティの運転にビビるシーンもギャップあって好き!
何より妹思いの良いお兄ちゃんで、最後は親父を改心させて意思でもある腕輪を受け取って、ヒーローとして覚醒するのがカッコいいんじゃ〜笑
これからのヒーローとしての彼にも期待!

第4位 ヴェノム&エディー・ブロック 『ヴェノム:レッド・ゼア・ビー・カーネイジ』
二人の関係性がもうたまらん笑!途中、喧嘩別れしても結局、エディーのところへ戻ってきて、最後は二人でカーネイジに挑むところまでの流れが、とても好きです笑
夫婦みたいしだし、兄弟みたいでもある関係性は見ててニヤニヤが止まりませんでした笑。
「お互いの欠点を愛せるからこそ、愛だ」という名台詞、とてもしっくりしました!

第3位 ギギ・アンダルシア 『閃光のハサウェイ』
もう個人的な趣味なんですけど、めっちゃどストライクな女性です笑 まず、見た目がめっちゃカワイイ!白い肌に金髪の美少女で、声優が上田麗奈さんからなのか、ミステリアスな雰囲気が醸し出されていて、とてもスコです笑
もう少し年が幼かったから、間違いなく初恋はギギになっていたと思うくらい、心奪われました。
妖艶で、だけどミステリアスで、大人の女性な部分もあるけど、どこか子供っぽいところかが、好きです。あと、服装がめっちゃタイプです。

第2位 冬月コウゾウ 『シン・エヴァンゲリオン』
シンエヴァで完全に、個人的に好きなエヴァキャラランキングの一位は、葛城さんから冬月先生に変わりました笑
戦艦3隻を率いて、颯爽と現れる冬月先生。ヴィレを相手に一人で大立ち回りする冬月先生。80代でありながら意地でL結界を耐え抜いたイケオジの冬月先生。ヴィレを翻弄しつつも最後はマリのために必要なモノを揃える先生する冬月先生。もう最高です!散り際も含めて、文句なし!
推せるイケオジは、『リゼロ』のヴィルヘルムと、『オバロ』のセバスと合わせて三人目ですけど、その中ではダントツです!

第1位 ドクター・ストレンジ・スプリーム 『ホワット・イフ』
やっぱり1位はこの人!闇堕ちストレンジこと、ドクター・ストレンジ・スプリームが1番好きなキャラクターです!『ホワット・イフ』第四話では、愛する人を失ってどんどん狂っていく様子にとても心痛めたし、最後の報われない終わり方もとても衝撃だった!
第九話では、正義の道に戻ってきたストレンジが大活躍して、保護呪文や拘束呪文、魔物を召喚する魔術、増殖魔術を駆使してウルトロンと戦っていたけど、これがめっちゃ強い!ウルトロンからもその強さを認められていたし、正直、ストレンジがいなかったらガーディアンズ・オブ・マルチバースは勝てていなかったといっても過言ではない!
ウルトロンの宇宙を滅ぼす攻撃をパックンしていた時は、衝撃すぎて呆然としちゃいました笑 あれは反則!笑


他にも、『シンエヴァ』の碇夫妻、『小林さんちのメイドラゴン』のルコア、『ロキ』のロキ、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のヴァイオレット、『エターナルズ』のドルイグ、『キングスマン』のラスプーチン、などなどランキングには入らなかったものの、魅力あふれるキャラクターが多すぎる!笑
とにかく、色んなキャラクターが出てきて個人的には、とても満足な年でした!

皆様、良いお年をお過ごしください!
2022年もよろしくお願いします!
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