Re:上から目線の魔術師の異世界生活 作:npd writer
実は最近寝込んでいた作者です。どうもコロナではない普通の冬風邪にやられてしまったようで……少し休んでいました。
それと艦隊決戦のゲームにハマってしまって戦艦を乗り回していたことも投稿が遅れてしまった原因でして……。
失礼、無駄話が過ぎました笑
本編どうぞ!
「ーーお前の惚れた男が、最高にかっこいいヒーローになるんだってところを!」
スバルとレムが王都の高台で、レムがスバルを奮い立たせ、スバルが覚悟を決める。
彼の胸の内は熱く、抱きしめるレムが彼の胸に顔を押し付け表情を隠す。
自分が好きになれないスバルに、好きだと言ってくれる子がいるのだ。
ーー
「ーーーー」
借り物の勇気だけど、この胸に抱く想いは本物だと信じられるから。
ここから、ゼロから始めよう。
ナツキ・スバルの物語を。
ーーゼロから始める、異世界生活を。
スバルとレム、二人で抱きしめ合っていたところへ見覚えのあるポータルが出現する。
「……あ」
「……//」
「…………」
火花を散らす例のポータルから現れたのは、スバルが覚悟を決めるのを向こう側でずっと待っていたストレンジだった。出てきて開口一番何かを言おうとしていたが、二人で抱きしめ合うというなんとも絶妙なタイミングで現れてしまった彼は、言いかけようとしていた言葉を引っ込め、青春全開なスバルとレムに半ば呆れたような顔をする。
「……Oh……邪魔したな。そのまま遠慮なく人目を気にせず抱き合っていていいぞ」
「ちょーっとストーップ!待て待て!何も言わずに去ろうとするのはやめてよ!?」
「スバル君スバル君。ドクター様からお許しも出たことですし、レムは全然構いません。……寧ろしていたいというか……」
「レムさんレムさん!?」
空気を読んでスタコラさっさとその場から退場しようとするストレンジを、顔を真っ赤に染め上げ恥ずかしさ全開のスバルが掴み必死にその場に止めようとする。何やら支離滅裂なことを言うレムは置いておいて、振り返るストレンジを見据えてスバルは切り出す。
「……どの辺から見てた?」
「見ていたのは二人で抱き合っているところからだが、
「ほとんどじゃねえかよ!?恥ずかしい……」
恥ずかしさのあまり、スバルは震えさえも出てくる始末だった。まさかあの光景を見られているとは。プライバシーのへったくれもない。
「数時間前の殺意まみれの目を見ている身からすれば、たった一人の女性でこれほどマシに変わることにシンプルに驚くよ。余程彼女への愛が深いんだな」
「レムは俺の大事な守るべき存在だからな。常に俺のことを見ていて気にかけてくれる。でも、俺が間違った道に行こうとした時、全力で正しい道に戻してくれるなんて思わなかった。それほどに俺のことを考えてくれているなんて……」
「まともじゃなかったお前をまともに戻してくれるありがたい存在に出会えるとは、ラッキーだな。だが気をつけろ、直向きさと妄想は紙一重だ。愛というものは、時に心ではなく精神を蝕む時がある」
「??よく分からないけど、了解だぜ」
ストレンジの忠告を理解できずとも、胸に留めておくことにするスバル。
ーー後にそれが自身の身に降りかかってくるとも知らず。
「さて、照れるのは程々にしてもらおうか。そして示してもらおう、お前が次に何をするのかを。惚れられている女性にあんな大見えを切ったんだ。まさか何も頭にないわけではないだろう?」
「ああ、といっても詳しい情報が無い。……ドクター、知恵を貸してほしい」
恥ずかしさからようやく解放されたスバルは次の行動に向けての情報提供をストレンジに依頼した。スバルがストレンジに欲しがる情報は二つ。白鯨の出現場所とその位置だ。以前、スバルがロズワール邸に戻る際に日数を要した原因であり、魔女教との対決に必ずぶち当たる障害であると共に、彼らとの決戦にクルシュ陣営を引っ張り出すのに絶好の口実となる存在。
本来であれば白鯨の出現場所と時間を把握した上でカルステン邸に乗り込みたいところだが、生憎それを知らないスバル。本史の世界では、スバルがもう一度死に戻る際にそれらを知り、その上で交渉に臨んだものの、今回はそのアドバンテージがない。
「白鯨の出現場所と時間。それを口実にクルシュ陣営を白鯨戦に引き摺り出し、白鯨討伐の名誉を与える代わりに、魔女教討伐への助力を要請する……大胆な計画だな。だが、可能性が無いわけでもない」
「お!やったぜ、初めてドクターから高評価をもらえた気がする。んで、ドクターに手伝ってもらいたいのは白鯨の現れる場所と日時を調べてほしい。今はそれだけでいい、後は俺がやるから」
「確かに「アガモットの目」の中にあるタイム・ストーンを使用すれば、白鯨の出現場所と時間は教えられるだろう。だが、クルシュ陣営だけでの白鯨攻略は困難だ」
ストレンジの鳩尾にかけれている目の形を模したネックレス。独特のデザインのそれの中には、タイム・ストーンと呼ばれる特殊アイテムが眠っているらしく、それを使用すれば日時や場所が特定できるらしい。
「至高の魔術師」と呼ばれる人物に相応しいアイテムだが、それでもストレンジもいるクルシュ陣営が白鯨に勝つのは難しいと言う。
「え?ドクターぐらい強い奴がいればクルシュ陣営だけでも倒せるんじゃ?」
「……私なら白鯨にダメージを与えられるだろうが、その全てを私に押し付けられても困るな。私はあくまで魔術師だ。シロアリバスターのような害虫駆除業者じゃない」
「そうなのか……」
「いいか、白鯨というのは空飛ぶ魔獣だ。地上戦を得意とするこの世界の兵士の何人が、食らいついていけると思う?「剣鬼」ヴィルヘルムや「百人一太刀」のクルシュだけではどうにもならない問題だ」
「ーーとなるとクルシュさんのところ以外に、白鯨攻略によって利益を得られる組織にも協力してもらう必要があるのか。そんなところあったっけ……ん?ちょっと待てよ」
一回目の死に戻りの時、レムと共に王都を出立したスバルは王都の玄関口である正門前を通過しようとした際、傭兵団に護衛されながら移動する王選候補者の一人であるアナスタシアを目撃していた。
白を基調に、黄色のラインが入った目立つ服装に身を包み、獣人が多かった特徴からスバルの脳裏にも鮮明に残っていた。
「アナスタシアっていう王選候補者が兵団みたいなのを引き連れていた気がする。彼らに応援を頼むってのは?」
「根拠を聞こう」
「アナスタシアさんは商人だ。つまり、利益を最大限追求する。白鯨は、神出鬼没に現れる存在だから当然商人たちにも脅威になるし、襲われれば当然損失が出る。となれば、彼女にも白鯨攻略のメリットはあるってことにならないか」
「鋭いな。彼女は王選候補者の顔と共に商人の顔を持っている。王城でお前と同じく欲を曝け出す彼女だ。白鯨討伐に旨味を感じないはずはない。彼らの戦力を借り受けるのも戦力の一つとして十分に考慮すべきだろうね。だがそのメリットは確固たるものではない。物的証拠が必要だ。白鯨が現れることを示す物的証拠があれば彼女も参戦するだろう」
「物的証拠?そんなものあるわけ?」
スバルは思わず疑問の声を上げずにいられない。これまで話してきた内容は、全てスバルが自分の脳に記憶してきたこれまでの世界線が元となっている話だ。
つまりこの世界線では現実となっておらず、故にそれを示す物的証拠もあるはずがない。
そんな状態のスバルにストレンジは右手を翳し、スバルのジャージに入っていたガラケーを念力で抜き取った。
「おおっとこれは何だ?ナツキ・スバル」
「何って……ガラケーだろ?」
「紛れもないガラケーだ。携帯全般に当てはまることだが、これにはアラームと時計機能が付いている。その二つを利用して、白鯨が現れる時刻にアラームなり通知なりを設定しておくことで、さも予測通りに白鯨が出現したという設定なら、一定程度の説得力はある」
「おお!なるほど!」
「レムには何か分かりませんが、スバル君はこれを予測してその珍奇な機械を持っていたのですね!レムは感服しました!」
ガラケーの機能を利用した作戦に思わず脱帽するスバルと、何やら勝手に想像して勝手にスバルに対して敬服するレム。偶々重なりあった事とはいえ、スバルに絶賛感服中のレムにとっては、スバルがここまで策を練り上げていたことに敬意を表しているようだ。
と、そんな和気藹々の彼らの横でストレンジは胸の前で親指、人差し指、中指を左右で合わせた後に交差してアガモットの目を開眼させた。中から緑色に鮮やかに光るタイム・ストーンが現れると、気配の流れに敏感なレムは本能でタイム・ストーンが世界を揺るがす危険な力を孕んだ物であることを本能で察する。
地面に胡座をかいたストレンジの身体は浮かび上がり、周囲には緑の独特なオーラが時間の流れを表すかのように彼の身体を囲み、手首には幾つもの独特なデザインの魔法陣が現れる。
「……スバルくん、ドクター殿は大丈夫なんでしょうか?」
「ん?どうしたの、レム。そんな心配をして」
「いえ、大したことではないといいのですが……。あの緑色に光る石のようなもの、レムには危険な物に見えてならないので。ドクター殿はあれを日時使っているのでしょうか?」
「うーん。俺にはちょっと分からないけど、レムが言うからには危険なんだろうな。だけど、ドクターなら大丈夫なんじゃないか?その手の専門家だろうし」
まるで地蔵のように、地面から浮き上がったストレンジは目を閉じたまま微動だにしない。彼の手首の魔法陣はゆっくりと時計方向に回っているが、スバルとレムにはストレンジが今何をしているのかは分からない。
だが、すぐにストレンジは目を開けると胡座の姿勢から立ち上がると共に、地面にゆっくりと降り立つ。アガモットの目はその瞳を閉じ、手首の魔法陣も消えている。
「白鯨の出現場所と日時が分かった。出現場所はリーファウス街道、フリューゲルの大樹の周辺。日時は明日の夜だ。あまり時間はないぞ」
「ああ、分かってる。サンキュー、ドクター。それだけ分かれば後は大丈夫だ。こっちで何とかする」
「できるのか?」
「元々の言い出しっぺは俺だ。それにエミリアを助ける為の道がこれしかないのなら、足掻いてみるしかない。ドクターには、クルシュさんたちを屋敷に留めておくことを最後にお願いしたい」
スバルの提案にストレンジはいいだろう、と一言応じる。後は、商売人であるアナスタシアを巻き込みさえすれば、白鯨攻略戦、そして魔女教攻略へクルシュ陣営を引き込むための下準備が整う。
後は全てスバルの交渉次第だ。ここから先は、ストレンジは協力しないだろうしレムの助力もスバルのためにはならない。後は自力で道を切り開くのみだ。
先にストレンジはポータルで何処かに移動していき、レムだけが再び残る。スバルは今後、我が身やレム、そしてエミリアに降りかかるであろう魔女教について話した。
無論、レムの死やパックによる無差別殺戮など防がねばならない運命は数多いが、その全てをレムに打ち明けるわけにはいかない。レムもスバルの唐突な魔女教襲来の予告に疑念を抱き、何かスバルが重大な隠し事をしていることを見抜いていた。しかし、それを無闇矢鱈に指摘はしなかった。彼が口にしないということは、それだけ重大であり、話すことよりも話さない方が良いから話さなかったことを彼女なりに理解していたのだ。
何よりスバルに対してレムは誠実にあり続けたいと願う。それが彼に勇気を与えると共に、彼女の届かない愛へのせめてもの手向けとして。
広間には沈黙が、そして張り詰めた緊張感が満たされていた。
その緊張感を肌で味わいながら、スバルは渇いた唇を舌で湿らせ、まずは状況の第一段階を整えられた行動の結実に、無意識に拳を握る。
前提条件として、今この場に参ずる面子が揃うことが今のスバルには肝要だった。
力もない。知恵も足りない。能力も人脈も欠けている自分にできることがあるとすれば、それはこれまでの死を無駄にしないことだけなのだから。
「ようやく、夕餉を遅らせて集められた趣旨が理解できそうだな」
座椅子に腰掛け、膝の上で手を組んだ男装の麗人――クルシュ・カルステンがその沈黙を破り、凛々しい面持ちに理解の色を浮かべてそう呟いた。
その彼女の隣に立つ一の騎士は主の言葉にわずかに目を細め、その愛らしい頬を軽く膨らませると、
「そうですかぁ? フェリちゃんは正直まだ眉唾にゃんですけどネ。あれだけへたれてた男の子が、急にどうしたらあんな目をするようににゃるのかなって。それに、あのドクターがスバルきゅんに対してズキズキした態度から急に中立的になるのもちょっとおかしいよネ」
口調と顔つきこそ冗談まじりを装っているが、言いながらスバルとストレンジを見る彼――フェリスの視線には油断がない。実力足りずとも、主を危機から遠ざけようという彼の気概だけは十分にそこから伝わってくる。
「――――」
依然、主従の会話に混ざらずに沈黙を守るのはフェリスの反対、クルシュの左隣で背筋を伸ばすヴィルヘルムである。
腰に帯剣し、瞑目する姿からは研ぎ澄まされた剣気だけが漂ってきており、戻ったスバルとレムを出迎えてくれた際の好々爺めいた雰囲気は微塵も残っていない。今は公人として、主であるクルシュが持つ一振りの剣の役割に没頭しているのだ。
「彼は我々に面白い提案をしてくれるそうだ。私はその案を一足先に聞いたのだが、実に興味深かった。今はそれだけで十分だろう」
スバルが来るまでクルシュたちを屋敷から出ないよう、遠回しにとはいえスバルに協力したストレンジは、スバルが異世界から来た人物であり「死に戻り」によって世界線を変えることのできる存在であることを、伏せて彼らを説得していた。それ故、急な態度の変化にフェリスは怪訝そうに見ていたのだ。
場所は王都貴族街の中でも上層、そこに構えるカルステン家の王都滞在時に利用される別邸。主の意向に沿って極力、華美な装飾が控えられた邸内にあって、来客を出迎えるために相応の飾り立てが為された応接用の広間だ。
その場に前述の四人、屋敷の関係者が並び合っているのは当然の流れ。そして、彼女らを除いた広間の中にいる顔ぶれといえば、
「出戻りとはいささか居心地が悪いものです。スバル殿にはこの居心地の悪さを払拭するような、そんなお話を期待させていただきますよ」
それとなく全員の顔に目を走らせていることに気付いたのだろう。スバルの横目を受けてそう笑うのは、くすんだ金髪にお洒落顎ヒゲが特徴的な優男。――王都の商業の算盤を弾く辣腕家、ラッセル・フェローだ。
そんなラッセルの牽制ともいえる話の振り方にスバルは肩をすくめ、
「今、レムがもうひとりを呼びにいってるんで、もうちょっと待っててくれ。きてくれるか確実じゃないが……勝算は、ある」
「お早い到着をお待ちしておりますよ。ちなみに、勝算の根拠をお伺いしても?」
おおよそ、スバルの待ち人の素姓に目星が付いているらしいラッセル。彼の問いかけにスバルは「簡単な話さ」と首を横に振ってから、
「金の臭いには敏感だ、って自分で発言してたからな。それが本当なら必ず顔を出してくる。ラッセルさんもその口だろ?」
「これはこれは……痛いところを突かれました」
額に手を当てて、丸め込まれたとでも言いたげに振舞うラッセル。もちろん、お互いの手札がある程度透けているのを見越してのやり取りだ。
額面通りの安心感など虚実に過ぎないだろうし、そもそもスバルの方にはそんな腹芸ができるほどの技術も余裕もありはしない。スバルを支えるのは今はただ、借り物の勇気それだけなのだから。
「皆様、大変お待たせしました」
それからほんの数分後、広間の扉を開いて姿を見せたのは青い髪の給仕服の少女――レムだ。彼女は室内にいる全員に見えるよう頭を下げ、それからスバルの方へ視線を送ると、
「おーけーです」
右手の指で小さく丸を作ってそう言って、レムはスバルの隣へ歩み寄るとわずかに背伸びしてこちらの耳へ、
「少し到着は遅れるそうですが、必ずきていただけると」
「そうか。よし、よくやってくれたぜ、レム」
その報告に指を鳴らし、スバルは次善の状況を最善に変える手立てを得たと頷く。それから待ちわびる面々を見渡し、
「最後の参加者は少し到着が遅れるって話だけど、とりあえず役者は揃ってる。これ以上待たせるのもなんだ。――始めようか」
スバルのその宣言に、各々が状況が変わるのを察してそれぞれの反応を見せる。
クルシュがかすかに笑い、フェリスは固く唇を引き結ぶ。ヴィルヘルムはひたすらに沈黙に徹して表情を変えず、ラッセルはゆったりと椅子に腰を沈めた。そしてストレンジは、まるで試験監督のようにスバルの一挙手一投足をじっと見つめている。
彼らの視線を一身に浴びながら、スバルはひとつ高く足を踏み鳴らし、己の気を高く引き締める。
心臓が高く、強く鳴るのを感じる。
血が全身にめぐり、同時に大きな不安が首をもたげては目の前が暗くなりそうな感覚を味わう。
だが、
「スバルくん」
そっと、隣に立つレムが不安でいるスバルを安心させるように袖に触れる。
直接肌に触れず、衣服を介しての接触――なのにスバルはまるで、万の助勢を受けたかのような安心感をそれに抱いた。
レムが見ている。格好の悪い真似など、それこそできるはずがない。
不敵に笑い、恐怖をその笑みの裏に隠して、スバルは最初の壁に挑む。
針の穴を通すような条件を掻い潜り、ハッピーエンドを紡ぐために。
自分を好きだと言ってくれた女の子が信じる、英雄に一歩でも近づくために。
「ひとつ、確認したいところがある、ナツキ・スバル」
気合いを入れて前を向くスバルに、指をひとつ立てたクルシュの声がかかった。彼女はその立てた指を左右に振り、スバルの視線を受け止めると、
「この集りの趣旨を。――卿の口から、な」
肘掛けに腕を立て、その手の上に頬を預けてスバルを見やる怜悧な眼差し。
すでに理解しているだろうに、スバルの口からそれを語らせる彼女の姿勢には一貫して甘さがない。
話の始め方ひとつにとっても、すでに勝負は始まっているのだ。これが辣腕の交渉人であり、ストレンジも一目置いているクルシュ・カルステンの交渉術か。
「そら、もちろん――」
だからスバルは大きく腕を振り、クルシュの突き刺すような視線に呑まれないように己を維持する。
「エミリア陣営とクルシュ陣営の、対等な条件での同盟――そのための、交渉の場面だ」
立ちはだかるいくつもの壁――それらの障害を乗り越えるための最初の挑戦が、始まろうとしていた。
「同盟……か」
全員の視線を一身に受け、会談の目的を告げたスバルにクルシュがそう呟く。
彼女は考え込むようにわずかに顎を引き、それからちらと最初にレムの方へ、続けてストレンジへ視線を送る。
その探るような眼差しの意味を静かに察し、レムはゆるゆると首を横に振ると、
「ロズワール様の言いつけ通り、レムはなにも申し上げていません。――全てはスバルくんが、自分で辿り着いたことです」
「私も助言はしていないぞ。これは彼の交渉だからな、彼自身で進めなければ意味はない」
「卿らの忠義を疑うわけではない。だが、そうか……」
ストレンジの否定の言葉に納得、というより合点がいったというべき形で理解を示すクルシュ。彼女はその理解を浮かべた瞳を今度はスバルに向け、
「ならば、此度の交渉役はレムから卿――ナツキ・スバルに権限を委譲されたということだな?」
「ああ、そうなる。ロズワール……うちの主人も、底意地の悪い真似してくれたもんだと思うけどな」
大仰に吐息を漏らすアクションを入れて、スバルは脳裏に浮かぶ藍色の髪の人物の嫌らしい笑みに舌を鳴らしてやる。
スバルには話さず、内々にレムにだけ下されていた王都での行動方針。そして、それはスバルが自ら気付かない限り、決してレムの口からはスバルに漏れ伝わらないように厳命されていたのだ。
「最初から引っかかるところがなかったわけじゃないんだよ。そもそも、うちの陣営が慢性的な人手不足なのは自明の理なわけだしな」
スバルの知る限り、エミリアを擁するロズワール陣営の人手不足は致命的だ。
なにせ本邸の時点でラムとレムの姉妹、ロズワール、あとは数に入れていいかも悩まされるベアトリスしか人員がいないのだ。時折、名前を耳にする別の関係者がいるようではあるが、見知っていないそれらをかき集めてもどれほどになるか。
そんな状況下で、限定的な条件であるとはいえ、王都に残るスバルの下にレムを一緒に残したことは常に頭のどこかで違和感となって引っかかっていた。
もちろん建前としては、自領の危機を救ったスバルに対し、治療とその他の形の賠償で報いるためにも、王都にひとり残すような無礼はできなかったと考えられるが。
「あの変態がそんな慈悲心満載な理由だけで、レムを手放しておくとも思えない。なにかしら裏があるに違いない、と考えを詰めてけば……」
「自然、もっとも会見の機会があった当家に白羽の矢が立つ、か」
足を組み替えて、クルシュはスバルの言葉を引き継いで結論を述べる。その言葉を肯定するように頷き、スバルは「それに」と前置きして、
「夜な夜な、レムとクルシュさんが密会してるらしいのは聞いてたからな。なんの話をしてるのかまで、頭が回ってなかった自分がアホ過ぎて嫌になるけど」
どれだけ自分のことしか見えていなかったのだろうか、と自嘲しか浮かばない。レムが本当にそれとなく、スバルが隠された意図に気付くようにヒントをばらまいていたことが、世界を三度まで見直してようやく気付ける鈍感さなのだから。
「毎夜の会談の内容は同盟締結について。こっちから差し出してる条件に関しては……一通り、レムから聞いてる」
「エリオール大森林の魔鉱石、その採掘権の分譲が主な取引き材料だな」
隠すことでもないとばかりに、うっすら匂わすだけで済まそうとしていたスバルの言葉にクルシュが被せる。
途端、それを耳にして目を輝かせたのは他でもない。
「それはそれは、聞き逃せないお話ですね」
クルシュ同様に座椅子――客人用の皮張りの椅子に腰を沈めていたラッセルが、その瞳を輝かせながらわずかに前のめりになり、
「魔鉱石の採掘権はまさに、鉱石の需要が高まりつつある現状ではこれまで以上の価値がある。ましてやそれが、いまだ手つかずの地のものであるならば当然です」
予想以上の商人の食いつきに、スバルは内心で驚きを隠せない。
「鉱石の需要が高まりつつある、ってのは?」
「季節がこれから赤日を終えて黄日、そして青日に入ります。今年は特に水のマナの影響が強く見込まれていますから、暖房設備への利用目的で需要が多いはず」
指を立てて、スバルの質問に朗々と応じるラッセル。
彼の口にした青日や赤日というのは、この世界での春夏秋冬を差す言葉だ。聞いた通りに赤日が「夏」で青日が「冬」。黄日が「秋」で緑日は「春」といったところだ。
「魔鉱石自体はマナを含有した純粋な魔力の結晶体。その後の加工次第で属性の指向性を付加し、用途に応じて使い分けることが可能となる。強度に優れ、使い方を誤らなければ耐用年数にも信頼が置ける。これほど扱いやすい商品もないでしょう」
「その代わりに絶対量が少ない。一度、指向性を付加したあとでのやり直しも利かない。採掘場の多くは土地自体を王国に管理されていて、鉱石はかなりの部分が公共事業の方へと流されている。市井に振舞われるのは極々微量、もっとわかりやすい言葉を使えば、国と富裕層にしか出回っていない」
魔鉱石の価値の良い点を列挙したラッセルに対し、クルシュがその価値の使われ方の悪い点を列挙して潰しにかかる。
が、ラッセルはそれにもめげずに「だからこそ」と首を振り、
「手つかずの採掘場の発見には飛びつかずにはおれませんよ。それが魔鉱石の出土と取引きで財を為したメイザース卿の使い――付け加えれば王選の候補者であるエミリア様の騎士の言葉です。信憑性、並びに信用は非常に高い」
熱のこもった口調で言いながら、ラッセルはスバルを横目にそう語る。
その態度には採掘権に飛びつく浅ましさを装った上で、スバルに対しての牽制が強い意味で含まれているのは明白だった。
つまり彼は、自分がいる場でその材料を持ち出したからには、もはやあとに引くことはできないとこちらの退路を断っているのだ。
もっとも、
「ああ、そこは信用してもらって構わない。これから長いことかかる王選の中で、最初に手を組もうって相手にブラフかますほど外れちゃいないはずだ」
条件としてロズワールが提示した以上、そこにスバルの意思が介在する部分はない。それは不安が介入する余地がないという意味でもあり、有体に言ってしまえば領主としてのロズワールへの信用があった。とても本人には言えないが。
ともあれ、そのスバルの返答にラッセルは「なるほど」と納得を宿した瞳で頷きを入れて、
「どうやら、交渉役としての気構えについては心配は不要のようですね。試すような物言い、非礼をお詫びいたします」
「いや、いいよ。こっちもこれからの話し合いで、ラッセルさんの口出しにはガンガン力貸してもらうつもりだから」
元より、ラッセルのスバルへの印象が高いことへの期待は欠片もない。
今回の初遭遇の時点ですでに、彼はスバルが王選の場で披露したその醜態を知っていた人物だ。当然、会談の場でのスバルの能力に関しても疑問を抱き、その点を確かめにくる機会があるだろうとは踏んでいた。
突っ込みやすい話題を用意し、本題の場面での突っ込みを回避しようと画策してはいたものの、回避し易い場面で食いついてくれたことには安堵を隠せない。
もっとも、その安堵があっさりと顔に出てしまうようではお眼鏡に適うまいと、彼の謝罪を受けた上でも大物ぶった返答をせざるを得ないのだが。
「とはいえ、こうやって謝ってもらえたからには、一回や二回の失言は見逃してもらいたいとこですけどね?」
「それを期待してのラッセル・フェローの参加、というわけか。存外、卿も食えない判断をするものだな」
スバルの愛想笑いにそうこぼし、クルシュなりに今のスバルと商人のやり取りを採点したらしい。会談が打ち切られていない以上、赤点ギリギリといったところか。
そんな判断を下しながら、スバルは愛想笑いを継続したまま頭に手をやり、
「儲け話ちらつかせた上でアドバイザー確保、ってのももちろん目的ではあるんだが……ラッセルさん呼んだのは、本題の方に関係があるからさ」
「ほう、本題か――」
その頭を掻きながらのスバルの言葉に、室内の空気が一変する。
それまであくまで会談の場を見定める体でいたクルシュが姿勢を正し、一度だけ静かに目を閉じると、ゆっくりとその鋭い眼光をスバルに浴びせたのだ。
風が吹いた、と錯覚するほどの威圧を前に、しかしスバルは怯まず抗う。
暴力的な威圧感にならば、嫌になるほど触れさせられた。それに比べればクルシュの眼光には、こちらを怯え竦ませるような負の感情の一切がない。あるのは背筋を正させ、弛んだ思考を引き締めさせるような威光だけだ。
「認めよう、ナツキ・スバル。卿がメイザース卿の名代、並びにエミリアからの正式な使者であると。この交渉の場において、卿と私の間で交わした内容は、そのままエミリアと私の間で交わされたものであると」
正面に立って臨むだけで、これほど人間は圧迫されるものなのだ。
クルシュは今、狙ってスバルを威圧しているわけではない。彼女は純粋に、それまでの私人としてのクルシュから、公人としてのクルシュ・カルステンへと意識を切り替えただけのこと。つまり、カルステン公爵家の当主が放つ威圧そのものが、これほどの力を持っていることの証左である。
これが、このルグニカ王国で今もっとも、王座に近い女傑の姿――。
鳥肌が浮かぶような感嘆の中、佇むスバルの方へと手を差し伸べ、クルシュは始まりを告げた交渉の火蓋を自ら切ってみせる。
「すでに聞いているはずだが、改めて問うておこう。私とそちらの従者……レムとの間での交渉は、採掘権の分譲などを含めた上で合意には至っていない。その点は重々、承知しているはずだな?」
「……ああ」
交渉が難航し、任されている権限だけでは合意に至っていないのはレムの口から聞いている。自分の力のなさを嘆くレムの姿が浮かぶ反面、そんな彼女の苦悩にまるで気付かずにいた自分の見る目のなさにも嘆きが半分。
嘆き二つ合わせて後悔とし、スバルは未来の後悔を先に得たという幸いを存分に利用させてもらう。
「こっちも確かめておきたいが、実際、これまでの条件じゃ足りないわけだよな? 互いの陣営への過干渉なしに、エリオール大森林の採掘権の分譲。付け加えて採掘された魔鉱石自体の取り扱いの協定とかのまとめに関しても」
「草案はレムの方から提示されている。さすがはメイザース辺境伯、というべきだろうな。自陣の十分な利益を確保した上で、こちらに十二分の恩恵が流れる。常ならば飛びつき、すぐにでも同意の書状を用意するところだが……」
そのあたりの数字のやり取りに関して、スバルから口出しできることはない。
「今回の場合は取引き相手の側への懸念が大きい。わかるな?」
言葉を切ったクルシュが口にしたのはその不安とは別の内容であった。
とはいえ、歓迎すべき内容でないことは確かであり、
「ロズワールが信用できない……って、話じゃないんだろうな」
それは希望的な見方でしかない。仮にロズワールの素行が問題であるならば、今後は清く正しい生活を送るよう強制していく次第だが、クルシュが問題点として挙げているのはそちらではない。
それは避けることができず、エミリアに延々と付きまとう問題であり、
「王選の対立候補。ましてやハーフエルフ……半魔の誹りを受けるエミリアとの取引きだ。後々のことを考えても、慎重にならざるを得ない」
低い声でそう述べる彼女に、スバルは意外なものを感じて落胆する。
スバルがクルシュに対して抱いていた印象は、言葉にすれば「威風堂々」と「誠実」といったあたりが相応しい。
王選の場面ではまさしくその単語を体現するような姿勢と、発言を貫き通しただけに、今の彼女の風評を気にするような姿には違和感が――。
「まさか、断りを入れる建前、か……?」
「スバルきゅーん? 大事な交渉の場面で、ポロっとそゆことこぼすのフェリちゃん良くにゃいにゃーなんて思ったり? 思ったり?」
笑顔ながらも額に青筋を浮かべるフェリス。笑顔がおっかない部分に変な男性らしさを感じつつ、スバルが慌てて口を塞いで頭を下げる。
と、そのやり取りを見ていたクルシュがかすかに口の端をゆるめて、
「あまりはっきり返されると、建前で応じた私の方が恥ずべき側に思えるな。これは勉強させてもらった。普段から接しているものばかりだと、こうした機会に恵まれることも稀だ」
「彼は思ったことをすぐ口にする悪い癖がある。彼は交渉慣れしてないのだろう。対人コミニュケーションをサボってきたツケが回ってきたようなものだ」
スバルにはわかり辛い論法でもって無礼は見逃された。とはいえ、温情に縋ってばかりいるのは貸しを作るばかりになって、結果的にこちらの不利を招きかねない。
スバルは小さく頷き、
「つまり建前は建前で……本音の部分では、クルシュさんはエミリアと同盟を結ぶこと自体への忌避感はないって考えても?」
「ナツキ・スバル、ひとつ考えを正そう」
指を立てて、クルシュはその立てた指をこちらに突きつけると、
「そのものの価値は、魂の在り様と輝かせ方で決まるのだ。出自と環境がそのものの本質を定める決定的な要因にはならない」
もちろん、それが間接的な要因になることを認めないほど、彼女も世間がわかっていないわけではないだろう。
エミリアの環境が、ハーフエルフである現実が彼女にどれだけ理不尽な過酷さを強いてきたのか、思いを巡らせる想像力がないわけでも当然ない。
故にクルシュはひとつ頷き、
「あの王選の場で、エミリアが語った言葉に虚実はなかった。そこに確かな覚悟と誇りがあったればこそ、私はエミリアを対立候補の一角であると認めている」
「ややこしいな、つまり?」
「芝居がかっているのは私の好みの問題だ、許せ」
自分の大仰な物言いに自覚があったらしく、クルシュは小さく唇を綻ばせると、それから一度の瞬きのあとに表情を引き締め、
「エミリアがハーフエルフである、という点を私が同盟締結を断る根拠とすることはない。むしろ政策的に敵対しているわけでもないエミリアの存在は、私にとっては積極的に相対する必要のない相手であるともいえる。同盟も、吝かではない」
「それなら……」
「答えを焦るなよ、ナツキ・スバル。卿の申し出を受けるかどうかは、このあとの卿の答えに左右されるといっても過言ではないのだからな」
好感触の返答に前のめりになるスバルを制し、クルシュは改めてこちらへ問う。
つまりは、交渉権を譲られたスバルがなにを持ち出すのかを、だ。
「エリオール大森林の採掘権、大いにこちらに実りがある。だがその反面、私は王選の事態を急ぎ進める必要もないのでは、と感じている。期限は三年だ。あまり状況を動かすのを早めすぎるのも、後々に禍根を残すこととなろう」
「エミリアと同盟を結ぶことのメリットが、そのデメリットに届かないと?」
「少し違うな。現状、メリットとデメリットは打ち消し合っている。当家の考えとしては、あと一歩、押し出す口実が欲しいといったところだ」
クルシュ自身の意思としては、同盟の締結には乗り気でいるように見える。
一方、彼女の意向で全てが思うままに動かせるほど単純でないのが、公爵家という大きくなりすぎた立場のしがらみでもあるのだろう。
だから彼女は求めているのだ。
状況を動かし、周囲の声を黙らせるほどの「なにか」が、もたらされることを。
「――――」
言葉を吐き出そうとして、スバルは己の喉が詰まるような感覚にわずかに驚く。緊張と不安が胸中で膨らみ、踏み出そうとするスバルの喉を塞いだのだ。
一度、息を吸い、改めてこれから口にしようとしている内容を反芻する。
確実性を確かめられるのはストレンジのみ。その彼も今は動かない。
だが、彼女は乗ってくる、とスバルは己の考えを信じる。
「同盟締結に向けて、うちから差し出すのは採掘権と……情報だ」
「――情報」
それを耳にして、クルシュは自身の長い髪に触れながら言葉の先を促す。
まだ、判断はされていない。ここからが、正念場。
「ああ、そうだ。俺が差し出せるのは、とある情報ってことになる」
「聞かせてもらおう。卿の口にするそれが、はたしてこちらを動かせるものか」
髪に触れていた手をこちらへ差し出し、クルシュはスバルの言葉を待つ。
自然、足と指にかすかな震えが生じた。だが、それはかすかに肘あたりに感じる温もりが打ち消してくれる。
レムがスバルの腕に指を添えて、借り物の勇気に火をつけてくれたから、
息を吸い、一息にスバルはそれを口にする。
「――白鯨の出現場所と時間、それが俺が切れるカードだ」
NWHのコンセプトアートが現在公開されていますが、その中にミステリオvsドクター・ストレンジとアートがあってびっくりしました!
もしかしたらMCU・異世界のミステリオとストレンジの対決シーンがNWHで描かれていた可能性があると思うと、それはそれで見たかったですね〜笑
それと、ムーンナイトの最新予告編も配信されましたね!
多重人格を持つヒーローなだけに、ダークな物語になる予感。楽しみですねえ
早くドクター・ストレンジMoMが公開される5月にならないかな〜