Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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皆様、お久しぶりです〜。

忙しい日々の中で、どうにか書き上げられました!久しぶりの投稿です!

現在、様々な方の意見を受け、第二章を修正・加筆しています。良ければ、ご覧ください。


四十話 同盟交渉

「――白鯨」

 

スバルが持ち合わせたカードの中で最大の効果を発揮するだろう手札。その単語を耳にして、室内にいるストレンジ以外の面々の顔色が各々変わる。

 

クルシュが興味深げに目を細めて呟き、フェリスはちらと横目に憂いを込めてその主を見つめる。商人肌のラッセルは忌々しい名前に嫌悪感を眉根の皺で表し、そしてなにより――。

 

「――――ッ!」

 

刹那、暗く濃厚な剣気が室内を席巻したのを誰もが肌に感じ取った。武芸に秀でたクルシュ、鬼という種族に属するレム、近衛騎士団に所属するフェリス。武に携わる彼女らはもちろん、魔術師であるストレンジや、スバルやラッセルといった武に縁の少ない二人であっても、その肌を通して内腑に直接触れるような圧迫感を如実に感じた。

そして、その発生源は――、

 

「失礼しました。私もまだまだ、未熟ですな」

 

それまで瞑目していた目を片方開け、表情を変えずに謝罪を口にするヴィルヘルム。部屋の隅々まで研ぎ澄まされた剣気で撫でた老剣士は、全員からの注視に恥を感じたように腰の剣の柄に触れた。

 

ヴィルヘルムが一歩引いた態度を見せたのを確認したクルシュは肘掛けに腕を立て、掌に頬を預けて「それで?」と前置きし、

 

「白鯨とは、またいささか唐突な単語が飛び出したな。卿の語る白鯨というのは、「霧の魔獣」のことで合っているか?」

 

「ああ、合ってるはずだ。霧をばら撒いて、空を泳ぐ巨大な鯨。――その白鯨だ。俺はそいつの次の出現場所と時間、それを知ってる。その情報を、同盟の取引き材料として判断してもらいたい」

 

どうだ? とクルシュに対して首を傾け、スバルは彼女に判断を委ねる。

クルシュは顎に手をやり、しばし熟考の構えを見せーー、

 

「それはドクターを介して得た情報か?」

 

熟考の構えを見せたのも束の間、クルシュはすぐに核心に近い質問をスバルに問うた。

スバルはこの場面で嘘をつくメリットがないことから、首を縦に振り肯定する。

 

「なるほど。それなら情報の信憑性は確かに得ている。だが、そうなると疑問が浮かぶ。

ーードクター、卿に一つ問いたい。何故、その情報を我々ではなくナツキ・スバルに渡した?」

 

クルシュの鋭い目線はスバルから一人用の椅子に腰掛けるストレンジに移った。

彼女の問いは、至ってシンプルだ。何故、白鯨の有力な出現場所と時間に関する情報を彼女らではなく、あくまで客人として扱っているナツキ・スバルに与えたのか。ストレンジほどの人物であれば、お門違いな相手に情報を渡すようなミスはしないと考えていた以上、何故情報を第三者に渡したのか、その理解ができずにいた。

 

「いいだろう。私が彼に情報を渡したのは、この事態を打開する鍵となる存在だからだ」

 

「鍵となる存在?」

 

「ああ。恐らく、そっちの鼻が効く鬼メイドは気付いていると思うが、奴の体臭は獣を寄せ集める性質を持っている。しかも、魔獣を集めやすいという分かりやすい特性付きでな。これを白鯨戦での囮として使えると私は考えた。戦場を駆け巡って白鯨の注意を引ければ、我々も行動しやすくなるからな」

 

「ふむ。ナツキ・スバルの体臭が臭いというのは本当なのか?」

 

クルシュの問いは次にスバルの背後に控えるレムに向けられた。元々、アーラム村にて大量のウルガルムと戦闘した経験を持ち、その時にスバルの匂いに魔獣が引き寄せられていたことを覚えていたレムは当然のように頷く。それを見たスバルが少しショックを受けてはいたが。

 

「ナツキ・スバルという存在が白鯨戦において役に立つことは分かった。だが、彼に白鯨の情報を渡したことに対する理由にはなっていないぞ。私はドクター・ストレンジという戦力があれば我々単独でも討伐は可能と考えていたのだが。その場合、ナツキ・スバルが持ってきた情報は価値を成さないことになる」

 

「ーーそれは、そのプランでは後々面倒なことになるからだ」

 

妙に歯切れの悪いストレンジの言葉に、彼らしくない印象を抱いたクルシュやフェリスは怪訝そうな表情を彼に向けた。スバルやレムも彼の発言の続きに注意を寄せる。

 

「……本来なら、こんな事を言いたいくはなかったんだが……この際断言しよう。ナツキ・スバル無くして()()には勝てない。私はその事を未来を()()()()知ったのだ」

 

胸元に下げられているアガモットの目に手を添えながらストレンジはそう断言した。彼の予言とも言える発言にクルシュやフェリスは驚き、それまで瞑目していたヴィルヘルムも目を開け、スバルやレムもその発言に驚きを隠せない。

 

「未来を体験した、つまり卿はこの先の戦いの結果を知っているということか?」

 

「その通りだ。来たるべき戦いがもたらす全ての可能性を含んだ変化した未来を見てきたからな」

 

彼らしい傲慢な振る舞いの裏に隠された彼しか知らない苦悩の数々。ひた隠そうにも漏れる感情に室内にいる僅かなメンバーはそれに気づいていた。それに気付いている一人であるフェリスは思わず聞かずにはいられなかった。

 

「ーー幾つ見たの?」

 

「654万2106個だ」

 

フェリスの問いに対し、ストレンジが答えた膨大な数。数多と表現するには足りないぐらいの膨大な未来をストレンジは実際に体感したというのだ。スバルの死に戻りの回数が可愛く見えるほどの死をストレンジは経験したことになる。それでも全くメンタルがやられていないことに、スバルは衝撃を受けていた。そして、その言葉に衝撃を受けたのは彼だけではなく、室内全員がその数に驚いていた。

続けてクルシュが核心を問う質問を投げかける。

 

「ーーこちらが勝つのは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………1つだ」

 

沈黙の後に重々しく言ったストレンジ。真っ直ぐクルシュの目を見据えて言う彼の発言は室内に重い空気を漂わせると共に、ストレンジがいたとしても白鯨討伐の可能性がとても低い事を示していた。

 

「……そうか。多くの犠牲の上に得られた勝利を得るために、卿はナツキ・スバルが必要だと」

 

「ああ。つい数日前まで王城で恥を晒していた少年がまさかキーマンとはな。全く面白い展開だ、仕組まれているようにも思える」

 

「ーーお聞きしてよろしいですか?」

 

ストレンジの言葉の後の沈黙を挟んで、手を挙げて質問の権利を求めてきたのはラッセルだった。

 

「ストレンジ殿は白鯨の出現場所と日時を未来を見て知ったと申しておられましたが、その万金の価値も、あくまでその情報の確度が信頼できて初めて意味を持ちます。が、それを証明する手段をお持ちでないのなら、気を持たせるだけの言葉遊びになるだけでは」

 

「ラッセル・フェロー、その根拠はドクターのその首飾りが示してくれる。それは時間を操る事を可能にするミーティアらしく、それを応用すれば未来を見ることも可能だろう」

 

嫌味のない笑みで肩をすくめるラッセルに対し、クルシュはストレンジの提示した情報の真偽には明確な信頼性がある事を裏付ける。

それを聞いたラッセルはアガモットの目に強い関心を抱いたのか、品定めするように凝視し始める。

 

そしてスバルも乗ってきた彼女らに対し、伏せていたカードを切る。

 

「俺が白鯨の出現を知ることができるってのは、ドクターの情報の他にもう一つある。それがこいつだ」

 

言い、懐から抜き出したそれを叩きつけるようにテーブルに置く。

広間の中央、全員が取り囲むテーブルの中央に滑らされたそれを見て、全員の表情がかすかに強張った。――直後、ストレンジの時とは一点変わってその瞳に一様に困惑が浮かぶ。

 

「ナツキ・スバル」

 

「ああ」

 

静かにスバルの名を呼ぶクルシュに応じ、スバルは怖じることなく胸を張る。そんなふてぶてしいまでのスバルの態度に言及せず、クルシュはテーブルの真ん中に鎮座するそれを指差し、

 

「これはいったい、なんだ?」

 

と、万を辞して突き出された白い光沢が鮮やかな異世界アイテム。

――ケータイ電話を指差し、スバルに首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 

スバルの持っていたケータイは、異世界召喚の時点で昼夜が一転したことで、通話やメール機能は勿論、時計機能なども機能しなくなっていた。だが、別の場面を区切りとして考えるのであれば、それは大きな意味を持っているのだ。

 

「知らなくても無理ないさ。これは俺の地元で出土した、いわゆる魔法器ってやつでな。こいつが、俺の発言の根拠になる」

 

ストレンジ以外、その出所を知らない携帯電話そのものが、交渉に有用な武器になり得る。更にドクターは、何やらケータイに細工を施してスバルに返していた。

 

スバルの発言に目を見開き、最初に携帯に手を伸ばしたのはやはりラッセルだ。彼はその指が携帯に触れる寸前、気が逸りすぎていることに気付いたように「触っても?」とスバルに許可を求める。頷き、彼が手に取るのを見届けると、

 

「ずいぶんと、不思議な感触の物質ですね。金属のようでありながらそうではない。表面は滑らかで……ここは、開く?」

 

折り畳み式のスバルのケータイを開き、そこから光が漏れ出すのにラッセルは小さく驚きの声を漏らす。画面に表示される待受けは普段ならばアニメキャラの絵だったが、この会談が始まる前にオーソドックスな時計盤のものに切り替えていた。適当に操作しても、出てくるのは登録数の少ないメモリ画面だけだろう。

 

「光って、絵が切り替わる……いえ、しかし、内容は判別できませんね。見たこともない文字が、いや、絵……でしょうか?」

 

ちかちかと、秒針が動くアニメーションを表示する画面だが、時計の姿形が概念から違うこの世界の人間には、表示される時計盤の意味が理解できない。画面下部に出ている時間を示す数字も同様で、幾何学的な紋様がのたくっているように見えるのが関の山である。

 

「特別な文字だし、誰にも読めないと思うぜ?」

 

「だが、卿には使いこなせる……というわけか?」

 

「全部の機能が使いこなせてる、ってわけじゃねぇけどな」

 

クルシュの問いかけに、細心の注意を払いながらスバルは言葉を選ぶ。彼女との相対において――否、クルシュが同席している場面において、絶対に避けなければならない条件がひとつだけある。

その踏んではならない地雷を避けるために、スバルの脳は全霊を傾けながら言葉を選び出していた。

 

「つまり、卿はこう言うわけだ。――この魔法器とやらが、白鯨の接近を報せる「警報石」のような役割を果たすのだと」

 

「その警報石ってのが聞き覚えないけど、そうだと思う」

 

「白鯨の接近に際し、その存在を報せる魔法器か。卿の目利きはどうだ、ラッセル・フェロー」

 

「正直なところ、お手上げですね。魔法器に関しては個体差が大きく、同一のものが出土することも稀です。複製法まで確立されている対話鏡などは、あくまで例外の中の例外ですから。……したがって、この魔法器の使い道の真偽については難しい。

ーーストレンジ殿、この魔法器について何かご存じではないですかな?」

 

自分の知識にない道具への判断を聞かれ、ラッセルは根拠のない推測を口にすること避ける。現状、ラッセルの立場はいまだスバル側にもクルシュ側にもよって立っているわけではなく、あくまで善意の第三者の立場にある。

交渉の推移は彼自身の立ち位置にも大きく影響するのだ。自然、スバルとクルシュのどちらに与するのが自分の利になるのか、見極めの最中である彼の目は厳しい。

そのラッセルもストレンジであれば、何か分かるのではないかという期待を寄せ、彼に問うた。

 

「それはケータイと呼ばれる人の手で作られた魔法通信機だ。電波と呼ばれる特殊な波を用いて人の声を万里離れた相手に届けるという画期的な道具で、世界的な発明であったと記憶している。加えてこいつには色々な機能を搭載することが可能で、獰猛な魔獣の存在を知らせるセンサーのようなものを搭載しておけば、危険な魔獣からも身を守ることが可能となるだろう」

 

クルシュの風を読む加護に引っ掛からないよう、注意を払いながら慎重にケータイについてストレンジは述べた。ケータイについての信憑性を高めつつ、嘘をつかぬように。

結果、ラッセルには回答を拒まれるものの、クルシュはストレンジからそれなりの回答を得ることができていた。

 

「ーーあの」

 

と、小さく納得に似た感慨を込めた声を漏らしたものがいた。誰であろう、それはいまだスバルの袖に指を触れたままのレムである。

 

彼女は会話の中に自分の意思が介在したのを恥じるように口元に手を当てたが、その彼女の謝罪を耳にするより先に、

 

「気になる反応をしたな、レム。心当たりでもあるのか?」

 

クルシュの追及するような声に、レムは一瞬だけスバルの横顔に目を走らせる。そこに謝意と懸念が浮かぶのを見取り、スバルは彼女を安心させるように頷くと、

 

「なにかあるなら話してくれていいぜ?」

 

「――はい。スバルくんがそう仰るなら」

 

許可を受け、一歩を前に出たレムがクルシュに向き直り、テーブルの上の携帯電話を手で示しながら、

 

「領内でのことですので、あまり細かなお話はできませんが……先日、魔獣に絡んでの騒ぎがありました。その中で、いち早く事態の収拾に動いたのがスバルくんだったことは、主であるロズワール様もお認めになられるところです」

 

「魔獣に絡んでの一件――その前触れに、この魔法器で気付いたと?」

 

「なんの理由もなしに気付くには、勘が良すぎる類の問題でしたので」

 

恐々と、レムはかすかに首を傾けてスバルの方をうかがう。

内々で彼女なりに、スバルがアーラム村での一件をどう察知していたのかに関して思いを巡らせていた部分はあった。

その彼女の疑念、というよりは純粋な疑問点が、スバルの提出した『魔法器』によって解消されつつあったのだ。

 

「――――」

 

静かに、レムの答えを聞いたクルシュの視線が彼女に突き刺さる。鋭い眼差しはレムの双眸に意識を注ぎ込み、その内部までつぶさに見透かそうとしているかのような錯覚を味わわせる。

時間にしてみればほんの数秒、しかしドッと体力を奪われるような威圧感を浴びせかける時間が過ぎ去り、

 

「――嘘は、言っていないな」

 

と、クルシュはレムの答えに対し、スバルの発言にも理解と信用を示した。その彼女の言葉を聞き、スバルは露骨な安堵が表情に出ないよう苦慮しつつ、心の内では拳を固く握りしめてガッツポーズを取るのを堪えられない。

 

ケータイのその機能に関して、スバルが口にしたのは出鱈目の大法螺に過ぎなかった。ストレンジのフォローがあったとはいえ、ハッタリを重ねまくった茶番であり、虚偽塗れである事実を知られれば対等の交渉と語った場面での無礼、叩き切られておかしくない蛮行であったといえる。

 

しかしスバルはこの悪状況を、懸命な言葉選びと話題の誘導で乗り切った。

それは無自覚にスバルの味方となる発言をしたレムとドクターが、クルシュの興味を誘導することでどうにか成し遂げた。

ドクターであれば、地球の知識があるため自然と話題は合わせられるし、「魔法器」が魔獣の脅威に反応すると話題にすれば、レムならばアーラム村の一件と結び付けてくれるものとスバルは予測していた。事実、彼らの反応はクルシュの興味を見事に引いた。

 

「まるで相手が嘘言ったかどうかわかるみたいな言い方だな」

 

「自慢させてもらうと、その通りだ。観察眼――といえば聞こえはいいが、実際には我が身に与えられた『風見の加護』の恩恵だな」

 

かまをかけるつもりでのスバルの物言いに、想像外の返答で応じてくるクルシュ。

 

「風を見るということは、目には見えないものを判断材料とするということだ。自然、私の目には相手の取り巻く『風』が見える。嘘偽りを口にするものの下には、当然ながらそういう風が吹くものだ。――ドクターやレムにはそれが一切なかった」

 

「へ、へえ。それは知らなかったなー」

 

「動揺の風が吹いているぞ、ナツキ・スバル。まあ、交渉の場で私の風見の加護を知らないのは不公平も甚だしいからな。今の卿の態度はどうであれ、レムの口にした内容に虚偽はない。少なくとも、卿が魔獣の脅威を事前に察する手段を持ち合わせている、という根拠にはなるだろう」

 

レムの言葉の是非を問い、自らの「風見の加護」に信頼を置くクルシュは、スバルの用意した姑息な抜け道を見過ごした。

高潔な相手に騙しを仕掛ける点にスバルは罪悪感を抱くが、表面上にその内心の痛みは微塵も出さない。根本的な部分で偽りをぶつけるつもりではない、というのが言い訳にもならないことを理解しているからだ。

 

互いに立場を明確にし、交渉の場面で相対すると割り切ったのだ。

ならば切れる手札を、相手に良く見えるよう切る方法を選ぶことに、罪悪感など持ってはならない。ましてや、「嘘」をつき切る覚悟もないなど無礼千万。

 

「魔法器の効果に関して、信じてもらえるか?」

 

「本来であれば、卿の意見だけで判断することは早計に他ならない。が、幸か不幸かドクターの未来を見る魔術が卿の意見の信憑性を大きく高めている。そのケータイなるものの効果は分からないが、ドクターの力はこの部屋の半数はそれを認めているからな。卿もその一人であるはずだが」

 

白鯨の出現情報という信頼度が低く、下手すれば笑い話になるような根拠の薄い話が一人の魔術師のお墨付きを得ることで急速にその信頼度を増している。

スバルの次の一手としては、情報の信頼度を持ち上げ、スバルの望む答えを引き出す必要があったのだがそれすら必要もないように思えた。

 

 

 

 

 

 

「――なんや。その魔法器の商談、ウチも混ぜてもらおうと思うとったのに、もう交渉がまとまりそうやがな」

 

ふいに室内に響いたのは、それまでこの場にいた誰のものとも違う声音だった。

驚き、慌てて振り返るスバルの眼前、開かれた広間の扉に背を預けて、持ち上げた手の甲で戸を叩く素振りを見せる人物がいる。

 

「呼んだ張本人が一番驚いてるって、おかしいなぁ、自分」

 

彼女は唖然とした顔のスバルを見ると、その柔らかな面立ちを意地悪げにゆるめて笑い、己のウェーブがかった薄紫色の髪にそっと指を通した。

腰まで届く柔らかな髪は綿毛のようで、おっとりとした顔立ちは自然と他者へ安らぎの感慨を与える。しかし、笑みを形作る瞳の奥は油断ない輝きでこちらを睥睨し、その頭の内には数字が競い合うように並び立つ経済の世界の魔物。

 

「――アナスタシア・ホーシン」

 

静かに低い声で、その来訪者の名前をクルシュが呟く。それを受け、名を呼ばれたアナスタシアは「おおきに」と微笑み、

 

「なんや呼び出されたから慌てて出てきたのに、ウチ抜きで商談始めてるやなんてずるいやないの。しかも見たところ、もう大詰めやないの。そんな面白そうな儲け話……ウチにも聞かせてや」

 

内容とは裏腹に愉しげに言い、広間を横切ってズカズカと中央へ進むアナスタシア。

その歩く彼女に息を呑み、スバルは一瞬だけ弱気の浮かんだ瞳を彼女の背後へと送る。開かれた扉はゆっくりと閉じ、彼女以外の来訪者は――、

 

「ユリウスならきーへんから、安心してな?」

 

「――っ」

 

そのスバルの内心の焦りを見抜き、スバルの横を抜ける際にそっとアナスタシアがこぼす。彼女はスバルの驚きの眼差しを横顔に受けると、「いやいやぁ」と困ったような態度で肩をすくめ、

 

「ユリウスは団長命令で謹慎期間中。主君の命令もなしに、余所の子ぉにおいたした罰の真っ最中やね。困った騎士様や」

 

「謹慎……」

 

知らなかった事実を知らされて、鸚鵡返しのスバルは驚きを隠せない。あの練兵場での一件は近衛騎士団の総意であり、てっきりスバルは表沙汰にならずに葬られるものと思い込んでいたのだから。

 

ちらと横目でフェリスをうかがえば、彼は素知らぬ顔でスバルに笑い返す。知っていて、それらの話をスバルに伝えていなかったとすれば――ずいぶん手厳しい。

あるいはつい半日前までのスバルであったなら、その話を聞いたところでユリウスの境遇をいい気味だと笑い、己への戒めになど一切考えなかっただろう。

 

「呼び出された……ということは、卿を呼んだのはナツキ・スバルか?」

 

「そのお付きの可愛い女の子やけどね。ホントなら門前払いやけど……王選の関係者で、おまけにあのドクター・ストレンジお墨付きの「白鯨」の情報を売るなんて話聞かされたら、こないわけにはいかないですもん」

 

クルシュの問いかけに応じるアナスタシアがスバルとストレンジを見る。

その彼女の視線に顎を引いて頷きかけ、スバルは状況が大きく動くのを感じた。

 

異なるユニバースとはいえ、同じ地球の出身者で転移者であり、事態打開のキーとなり得るストレンジ。対等な同盟の相手としてクルシュ。そのクルシュと渡り合うため、付け加えて王都の商人を代表してラッセル。さらにはクルシュの対立候補であり、ラッセルとも張り合う立場であるアナスタシア。

 

――これで、この交渉の場に招きたかった全員が一堂に会したことになる。

 

 

 

 

 

「失礼して、お聞きしたいことがあります、スバル殿」

 

「ああ、なんだ、ラッセルさん」

 

手を掲げ、アナスタシアを視界に入れながらラッセルが問いを発する。スバルの頷きに彼は己の顎ヒゲに触れ、「まさかとは思いますが」と前置きし、

 

「この場にアナスタシア様をお呼びした真意をお聞きしたい。王選の候補者、そしてホーシン商会は王都の商家の集まりにも、新興ながら発言力がある。私としてはこの会での立ち位置が不鮮明になる以上、尋ねないわけにはいきません」

 

「天秤にかけるため、とか言ったら怒るか?」

 

片目を閉じ、そう応じるスバルに部屋の中の空気が一気に変わる。ラッセルは懸念が的中したことに不快感を顔に浮かべ、クルシュも瞑目する表情に険しいものを感じさせる。アナスタシアだけはそれまでと雰囲気を変えないが、彼女が最初から持つ獲物を狙う肉食獣のような眼光は欠片も揺るがない。

 

「ナツキ・スバル、卿の主張の意図が分からない。――アナスタシア・ホーシンと当家と、どちらが「白鯨」の情報を高く買うか競わせ、その上で同盟相手を選びたいとでも言う気か。ドクターから勝利を得るための存在と言われ、上がっているのかもしれないがそれは、あまりにも浅虜な選択だと言わざるを得ない」

 

スバルに覇気を叩きつけ、クルシュは椅子から立ち上がってアナスタシアの前に立つ。至高の魔術師を有しているからこそ、正史よりも更に強気に出るクルシュとアナスタシアの立ち会いは身長差のあるアナスタシアが見上げる形になるが、

 

「ああ、ええなぁ、クルシュさん。上に立ってる人間が、下から追い落とされることに怯える……その顔、見ててゾクゾクするわ」

 

「いい趣味とは言えないな。もっとも、己の欲の欲するところを正道とする卿ならばあるいは当然の判断か。……だが、私のありようは変わらない」

 

アナスタシアの挑発めいた言動を真顔で受け流し、クルシュは彼女から視線を外すと鋭い眼光でスバルを射抜き、

 

「聞いての通りだ、ナツキ・スバル。もしも当家とホーシン商会の間で競りが始まることを期待しているのであるとすれば見当違いだと言わせてもらう。当家は商人勢ほど白鯨の情報に固執する理由がない。それに我々は戦力を整えつつある。勝利のためとはいえ、卿の思惑に乗る理由は……」

 

「ああ、早とちり早とちり、二人とも落ち着いてくれって」

 

ばっさりと、そのまま白鯨云々以前に同盟交渉すらも打ち切りそうな勢いのクルシュに掌を向けて、スバルは内心でかなり慌てながらそう告げる。そのスバルの言葉に鼻白んで、思わず口をつぐむクルシュ。その彼女の後ろで、

 

「早とちり、ということは候補者同士に値段を釣り上げさせる目的ではないと?」

 

場を俯瞰し、あわよくば漁夫の利を得ようと目を光らせていたラッセルが首をひねる。その彼の疑問に「ああ」とスバルは頷きで応じて、

 

「誰かをそんな簡単に掌で泳がせるとかできると思ってねぇよ。俺の手が小さいことは俺がよくわかってらぁ。……誰かの手ひとつ、握るだけで精いっぱいだよ」

 

手持無沙汰に空っぽの手を揺らすと、その手がそっと横から温かな掌に包まれる。レムだ。彼女は震えが始まりそうなスバルの指を柔らかに包み、振り向くスバルの横顔にかすかに赤らめた頬をしたまま頷きかける。

 

「と、まぁこんな感じで誰かの手を握るのが精いっぱい……」

 

「お前のイチャイチャを見るためにここに集まっているわけではないぞ少年。話をさっさと始めろ」

 

「はいはい。えっと、つまりだな……」

 

思いを打ち明けてから積極的に肉体的接触が増え始めたレムにドギマギしながら、スバルは掌の温もりに勇気をもらって話題を再開。

 

「白鯨ってカードを切って、王都を代表する商人を二人招いて、こうしてこんな大仰な状況を作り上げたわけだが……その上で、提案したい話があるのさ」

 

指を鳴らし、全員の意識を引きつけながらスバルは歯を剥いて獰猛に笑う。

強気に、勝気に、弱々しいところや及び腰の姿なぞ一切見せずに、スバルはゆっくりと鳴らした指をクルシュへと突きつけ、

 

「聞いて、もらえるか?」

 

「――卿の話を遮り、間違った結論を述べたのは私だ。ならば私には、卿の提案を考慮する義務があろう。述べよ」

 

立ったままの姿勢でクルシュは腕を組み、堂々たる姿でスバルに向き合う。

吹きつける威圧の風は強さを増しており、肌に粟立つように鳥肌が浮かぶのを禁じ得ない。アナスタシアまでも同じようにスバルを見ており、襲いかかるプレッシャーは単純に二倍――ひとりなら、茶化して笑い飛ばして逃げていたはずだ。

 

「――――」

 

きゅっと、握られた掌へ感触が蘇る。

名前を呼ばれたわけでも、ましてやなにか符号を互いに通じ合わせていたわけでもない。ただ純粋に、レムの気持ちがスバルは嬉しかった。

 

考えに、考えて、考え抜いた。数度の世界を幾度も頭に回想し、得てきた情報を寄り集めて、形作った予想絵図がある。

それが自分の都合のいい幻想なのか、それとも二度死んだことを無為にせずに済むような奇跡なのか。

 

「クルシュさん、あんたが」

 

「――――」

 

「あんたが目論んでる「白鯨」の討伐に、俺の、いや()()()の情報は絶対に有用なはずだ」

 

――スバルの持つ未来の情報と、クルシュが抱いていた目的。

 

互いに「白鯨」を狙うもの同士の符号、それこそがスバルが彼女を――クルシュ・カルステンを同盟相手に相応しいと、そう判断した根拠であった。

 

 




ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネスの最新予告編、見ました!

もう、唖然、驚愕、興奮の連続ですよ!
ストレンジ、お前どうしたん!?ウォン、かっけえな!ワンダ、お前まさか……。

予告編を見た脳内はまさにこんな感じでした笑

そして…………

「真実を教えてやろう」、どこか聞き覚えのある声に見覚えのある姿。
あ、あなたは!?
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