Re:上から目線の魔術師の異世界生活 作:npd writer
「そ、そうだ大佐。助けて……」
「あれは嘘だ」
「アアアアアアアー!!」
最近、進撃の巨人final season2をディズニープラスで見まして。
推しキャラであるピクシス司令の結末に心が締め付けられている作者であります。
――刹那、広間に落ちた沈黙は思考の時間をそれぞれに与えた。
ストレンジに、クルシュに、アナスタシアに、フェリスに、ヴィルヘルムに、ラッセル。各々、今のスバルの発言を受け、その内容を吟味するように瞑目する。
時間にすれば数秒に過ぎなかっただろうその刹那は、すさまじいプレッシャーとなってスバルの精神を絞り上げにかかった。
胃が軋み、内臓が絶叫し、頭蓋を直接鉄の棒で叩かれるような高い音の痛みが歯の根を震わせる。
ここからは、これまでの会話の流れと違って明確にシミュレートできた部分でない。相手の反応が想像できず、場の流れに適応していくしかない流れだ。
「ひとつ、考えを問い質そう、ナツキ・スバル」
沈黙を破り、最初の一言を放ったのはやはりクルシュだ。組んだ腕を解き、その中から立てた指をひとつだけスバルの方へ向けた彼女は、
「その突飛な発想はどこから出てきた? なぜ、当家がそのようなことを目論んでいるのだと、判断する?」
抑揚のない声音には動揺も戸惑いも見受けられず、感情が伝わってこない。為政者としての貫禄が重々しい態度に溢れていて、自然とスバルも畏まる態度だ。
「そのお話、ウチも聞きたいな。お話、よろしくしてもらってええ?」
クルシュの後、スバルが話そうとする直前、側から聞くアナスタシアも王選の場でまとっていたのと同じ毛皮の肩掛けを指でいじりながら問いかけた。
「ああ……気遣わせてもらってすまない」
ぼそりと、後半は聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。アナスタシアは小さく手を振るだけで応じ、それが聞こえたかには言及しなかった。今の彼女とのやり取りが、スバルが考えをきっちりまとめるだけの時間を稼ぐための計らいであったのは明白だ。クルシュたちに関しては素の可能性が高いが、その厚意に甘えてスバルは一度考えを整理し、口を開く。
「最初に妙な感じを覚えたのは、鉄製品――つまるとこ、武具が高値で売買されてるって話を聞いたときだ」
ゆっくりと、噛み含めるように、スバルは散らばる情報を拾い集める。
それは一度目の世界と、二度目の世界、そしてストレンジからもたらされた情報の数々。
「それまで二束三文だった武具やら防具やらを大量に集めてるところがある。それがクルシュさんのとこだってのは、まぁ商い通りとかうろついてればそれなりにな」
王都の行商人が戦争の準備でもしているのか、と笑い、スバルもクルシュは戦争の準備をしていたと読んでいる事実だ。
その相手が人間ではなく、強大な魔獣である点が彼らとの考えの違いだ。
「市場に影響があるくらいだからけっこうな勢いで集めてると聞いた。そんなに急いで、おまけに自分の領地じゃなくて王都で武器をかき集めてる。なにかあるんじゃないかって、そう考えるのが普通ってもんだ」
「それで事を「白鯨」を結びつけるのは突飛すぎるな。卿の話には白鯨の「は」の字も出てきていない。当家が武器を、鉄を集めているのは事実だが、それが白鯨討伐を目的としているとは考えられまい? 純粋に戦力を集めて、王選の成り行きなど無視して武力による国家制圧を目論んでいるかもしれんぞ」
「そんな暴挙に出る理由がねぇし、そんな人間じゃないことぐらい俺だってわかる。第一、そんな暴挙はそこにいる「至高の魔術師」さんが許す訳ない」
向かい合う人が大きいのなら、それを見誤らない程度に見る目はスバルにはある。クルシュほど、遠目から見ても人物像がぶれない人間もそういるまい。誠実、高潔、それらの単語を具現化したようなありように、そんな疑問など抱けるものか。
そのスバルの返答にクルシュは「そうか」と短くこぼし、それから興味深げな視線でスバルを眺めると、
「それにしても、少しばかり驚かされる。てっきり卿が日中に下層区に降りているのは、手持無沙汰を誤魔化すための手慰みなどと思っていたのだが――見る目がないのは私の方か。侮ったことを許せ」
「ん、ああ、そうなんだよ。俺もほら、別に遊び呆けてたわけじゃねぇんだ」
感心したと吐息を漏らすクルシュの姿に罪悪感がちくちくと芽生える。実際、彼女の見立ては非常に正しかった。後出しで正当化しているスバルの人間性は、彼女がそれまで判断していた侮りで十分に肯定されるだろう。
首を振り、気を取り直し、スバルはクルシュを見つめながら続ける。
「武器を集めてるってわかったとき、考えたのはもちろん戦争準備だ。問題はなにと戦おうとしてたかって部分だが……そこは、ドクターに話してもらうことで合点がいった」
「なるほど……そこで卿の観た未来の話と繋がると」
スバルはヒントを得た部分について、先程のストレンジの情報と照らし合わせた。
彼の言葉を受けクルシュは片目をつむり、開いている方の目で意味ありげにストレンジを見やる。その視線にストレンジは一度だけ首を縦に動かす。
スバルにクルシュが「白鯨」を狙っていると示したのは、誰であろうストレンジだからだ。
「加えて、王選でほぼ単独トップをひた走るクルシュさんなわけだが、どうも商人連中からの受けはそんなによくないそうだとか。馴染みの果物屋がこぼしてたぜ」
「否定はしないな。金はあるところから引っ張るのが一番利に適っている。私の領地での商売に、税収がかかるのは認めるところだ」
もっとも、と彼女はスバルの言い分を認めた上で言葉を継ぎ、
「その分、治安の保障で還元しているつもりではあるが――傍目から見ればその恩恵が伝わり難いのは承知の上だ。が、ドクターによれば卿や彼のいる国では同じやり方で国家を運営していると聞く。故に、卿らには理解してもらえると思っているが」
「ああ。実際、クルシュさんとこの領地でその恩恵を受けてる連中や俺やドクターと違って、王都にいる商人勢は上っ面の情報でクルシュさんの人となりを判断するしかないからな」
彼女が為政者として、自分の領地をうまく切り盛りしているのは事実だ。が、その手腕を実際に目で確かめることができる立場の人間以外は、その彼女の評価を上辺だけの見聞きした情報で決めるしかない。
それは、エミリアがただ、ハーフエルフであるという事実だけで疎まれることと同じように。
彼女もまた、その苛烈な生き方の負の側面だけを見る人間には疎まれる運命にある。
「そこで俺はこう考えた。クルシュさんはそういう人を上っ面だけで判断するような連中は好かないと思うが、そんな連中でも味方につけなきゃならないこともある。そうなると、そんな連中の評価を好転させるにはどうすりゃいいか……」
「人の上っ面の悪い話で判断するんやったら……その上っ面、良い話で塗り替えたったらええってことやな」
スバルの言葉の最後を引き取り、アナスタシアが結論を述べる。それから彼女は今の話を振り返るようにわずかに上を見て、その唇を綻ばせると、
「まぁ、都合のいい話やんな。事はそんな簡単にはいかないし、そもそもの見込み違いの可能性も高い。だいぶ、都合のええ曲解とかしとるのと違う?」
「否定はできない。クルシュさんが武器集めてんのと、なにかしらでかいことやって商人味方にしようとしてるってのは間違いない。それが白鯨と結びつくかどうかってのは希望的観測だった。だけど今となってはそれが確信になっている。それはドクター・ストレンジの存在だ」
スバルが勢いよく指差す方向に一同は目を向ける。多くの視線を受けながらも青い道着の上に赤いマントを羽織った至高の魔術師はスバルを見据えたまま、指差すスバルを見つめ返す。
「クルシュさんがドクター程の力を持った魔術師をお抱えとして側に置いておく理由としては、他国との戦争か、内乱による政権奪取か、ロズワールのように後見人としてか。それとも白鯨討伐に向けての戦力か、なんてことが頭に浮かんだ。まず他国との戦争や内乱による政権奪取は真っ先に考えから消えた。ドクターは元医者で命を奪うことにはとても抵抗感があるし、何よりそんなことにドクターは興味なさそうだしな。もしも本気でそんなことを考えているのなら、多分もうこの国は既にドクターの手に落ちてるってもんだ」
「確かに、ドクターの力があればこの世界を滅ぼすことなど容易いだろう」
クルシュの言葉にストレンジは一瞬、むっとした感情を向けるもすぐにそれを隠した。本人としては口に出して否定したかったが、スバルなりの考えに今は従うことにし、反論はしない。
「ロズワールみたいな後見人説もあったが、クルシュさんは既に王選でトップをひた走ってる。人望が厚いクルシュさん程の人物が今更、後見人を立てるというのも考えづらい。となると、後は白鯨攻略に向けての重要な戦力として持ち続けているぐらいしか考えが至らなかった。もしもそれ以外の理由でドクターを置いているなら、それはクルシュさんが一枚上手だったということだ」
スバルはクルシュを真っ直ぐに見る。スバルの視線を受けるクルシュの表情には感情が浮かばず、その内心を透かし見ることはできない。しかし、否定の言葉は出てこなかった。そこをスバルは畳み掛ける。
「改めて言う。エミリアとクルシュの同盟に関して、エミリア陣営から差し出せるのはエリオール大森林の魔鉱石採掘権の分譲と、白鯨出現の時間と場所の情報。つまるところ、長いこと世界を騒がしてきた魔獣討伐――その栄誉だ!」
「――――」
「俺の言葉が的外れで、全然意に沿わないってんならばっさり切り捨ててくれ。もし違ってんなら、純粋に白鯨の出現情報だけの取引きにしてもらってもかまわない」
あるいはその情報だけでも、この場にいる商人二人ならばうまく利益に繋げ、クルシュの面目を保つことはするだろう。王都の商人たちの見る目も、クルシュに対して好意的に変わる可能性は十分にある。
だが、
「けど、もしもあんたの狙いと俺の望みがかち合うなら――」
手を広げて前に差し出し、スバルはクルシュへと求める。その手を取り、スバルが見てきた未来の価値を証明し、壁を取り払うことを。
「白鯨を、討伐しよう。――ひと狩りいこうぜ」
あの異形の存在を、悪夢めいた強大な魔獣を。
行商人たちにとっての災いの象徴を、スバルにとって忌まわしき未来を招く存在を。
霧の魔獣の討伐を、スバルはクルシュに提案する。
束の間の空白。クルシュは瞑目するその間、考えに耽っていたが長く息を吐くと、スバルに視線を向けた。
「――いくらか疑問点はあるが、こちらの思惑を見抜いたのは見事、というべきか」
クルシュが観念したように目をつむってそう答える。その答えに最初、スバルはどういった意味があるのかを掴みかねた。が、その言葉がゆっくり脳に沁み込み、形を作るにつれて輪郭が明快になり、
「それじゃ……」
「疑惑も疑念はある。が、ドクターから提示された勝利へと通ずる道には卿の存在が不可欠ということを示された。ドクターの情報には私も信頼を置いている。その彼が言うのだ、私も信じる」
クルシュは指を立てていた手を握ると、その手をそのままスバルの方へ。差し出していた手が彼女の手に上から握られ、
「この状況を作った卿の意気、この目、そして『至高の魔術師』を信じることとしよう」
交渉は成立した。
その二人の交わす握手を見て、盛大に肩の力を抜いたものがひとり――ラッセルだ。彼は大げさに息をつくと、やれやれとばかりに首を振り、
「いくらかヒヤヒヤさせられましたが、成立したようでなによりです。スバル殿も、会談の前のお約束は確かに」
「ああ、貧乏くじばっかで悪かったな、ラッセルさん。白鯨の討伐が済んだら、約束通りにケータイはあんたに譲るさ」
握手する二人に頬をゆるめるラッセルに、スバルもまた人の悪い笑みで応じる。その会話を聞いて、眼前のクルシュは露骨に顔をしかめると、
「やはり通じていたか」
「ここに呼んだの俺だぜ? 夕方にクルシュさんとラッセルさんの話し合いが決裂したあと、ラッセルさん訪ねたときにある程度の話は通してあったさ」
「悪く思わないでいただきたいところですな。実際、私共としては不自然に肩入れはしていないつもりでしたよ。あくまで、同盟成立後を見据えての関係ですので」
しれっと語るスバルとラッセルに、クルシュは瞑目して鼻を鳴らす。
ストレンジが去った後のレムとの交渉前の情報交換を終えたあと、スバルはその足でラッセルとの連絡を取った。話し合いが決裂し、彼がクルシュの邸宅を出て自宅へ戻るところを捕まえ、今回の話を持ちかけたというわけだ。
嘘を見抜かれる心配のない相手に、スバルは最初から「クルシュの白鯨討伐」を知っている体で話を進め、王都でも数少ないクルシュ陣営以外でその目論見を知る人物の消極的協力を取りつけた。
携帯を利用しての、魔物警報機トークも事前打ち合わせ通り――もっとも、携帯が事実として警報機の役割を果たさない点に関しては、ラッセルにも報せていないが。
それらの答えを受け、クルシュは今度はゆっくりとアナスタシアへ視線を向ける。彼女はクルシュの視線に対し、はんなりとした笑みを向け、
「どないしました、クルシュさん」
「ラッセル・フェローとナツキ・スバルの繋がりは理解した。だが、そうなると卿の立ち位置が不鮮明だ。何故、卿はここへ呼び出された?」
「まあ、ひとつは説得力の水増しやろね」
楽しげに部屋の中を見回し、アナスタシアは襟巻きの毛に触れながら、
「王選の候補者が二人と、王都有数の商人がひとり。同盟交渉の場にそれだけの関係者を集めて、不用意な情報やら発言ができるもんやないもん。せやから、ウチがここにおるだけで、その子の言葉に重みが出るやろ?」
違う?とアナスタシアはスバルの思惑を読み取って首を傾げる。
内心、冷や汗かきつつスバルは無言で愛想笑いして誤魔化すしかない。実際、その線を狙っての呼び出しだ。王選の候補者を集めて、まさか嘘八百をぶちまけるような真似はしまい、と少しでも思ってもらえていたのならば思惑通り。そのあたりを読み切って参加されるあたり、アナスタシアもよほど一筋縄ではいかない相手らしい。
「ならば、別の理由はなんだ?」
「そっちはもっと簡単やん。――ウチ、
口元に手を当てて嫌らしく笑い、アナスタシアは弾むように前へ出る。
それからいまだ、手を取り合っているスバルとクルシュの手の上に自分の両手の掌もそっと被せると、
「白鯨の討伐、大いに応援しますわ。ウチら商人にとって、白鯨の存在は死活問題やし、討ってくれるなら大助かりや。おまけで準備その他、ホーシン商会をご贔屓してくれるんなら言うことなしやし?」
「お待ちください。その点に関しては王都の商業組合が優先されるはずです。アナスタシア様も、割り込まれるのならば筋を弁えていただきたい」
割って入り、アナスタシアの商魂に物申すのはラッセルだ。商人同士が視線を見合わせ、そこに火花を散らせる中、彼女らの発言を耳にしたクルシュがいくらかの疑念を瞳に宿してスバルを見た。
「待て。卿らの話を聞くと、かなり時間の猶予がないようだが?」
「肝心なとこまでは聞いてないけど、話の振り方がその感じやったから。実際、ちょい焦っとるのと違う?」
細めた流し目に見られて、スバルは思わず息を詰まらせる。
事ここに至って、これ以上に情報を隠匿するのも問題が発生するため、割り切って言おうとしたところで、ストレンジが割り込んだ。
「私がアガモットの目で調べたところによると、白鯨が出るのは今から約三十一時間後だ。場所はフリューゲルの大樹、その近辺。恐らく、彼が持つ魔法器も同じ未来を示しているだろう」
「三十一時間、か」
「フリューゲルの大樹」
クルシュが残り時間の少なさにしては冷静に受け答え、アナスタシアが出現場所に首をひねる。
白鯨の出現時間と場所の情報は、その存在が出現する寸前までしか価値を持たない。
白鯨を討伐するのを目的とするならば、
「三十一時間以内にリーファウス街道に討伐隊を展開し、出現した直後の白鯨を一瞬で仕留めなければならないということか」
「ああ。そのために必要なものは……」
状況を呑み込んだクルシュにスバルが応じ、部屋の中の人員を見渡す。と、スバルの言葉を引き継ぐように前に出たのは老齢の剣士――ヴィルヘルムだ。
彼はこれまでの沈黙を破り捨てると、
「まず討伐隊の編成。これ自体はすでに数日前より、滞りなく。そもそも、白鯨の出現時期に合わせての準備です。王選の開始とほぼ同時になったのは、クルシュ様の強運の為せる業だと思いますが」
「話が早いな!白鯨の出る時期って……」
「それはヴィル爺の長年の賜物にゃの。もう十四年も、そればっかり考えて色々とやってきてたんだからネ」
言いながら、スバルの疑問の声に答えたのはフェリスだ。彼はヴィルヘルムの隣に並ぶと、その肩幅の広い老人の腕に触れて、
「錬度と士気はヴィル爺とドクターがいるから心配にゃい。でも準備不足は否めないかにゃ。クルシュ様が軍勢率いて王都にきたなんて聞いたら、色んなところが騒がしくなっちゃうからこそこそ集まってもらったしネ。白鯨討伐に前向きだったファリックス子爵も、この前の魔獣騒乱による復興で手一杯で参加は難しそうだし」
「確かに。いまだ、武器や道具の準備は万全とは言えませんが……」
フェリスの言葉にヴィルヘルムが頷く。が、老人はその鋭い瞳をスバルへ、それからアナスタシアとラッセルの二人へ向けると、
「そのための、お二人の同席というわけでしょう。スバル殿」
「いやまぁ、こういうこともあろうかとってやつ?」
頭を掻き、ヴィルヘルムの言葉に弱気ながら謙遜で答えるスバル。そのスバルの消極的な肯定の返事を受け取り、ラッセルが己の顎に触れて、
「すでに組合を動かし、準備を進めております。明日の昼過ぎまでには、王都中の商店から必要なものをかき集めてみせましょう」
「ホーシン商会も同じく、やね。組合所属以外のとこはウチらの領分やし、他にも売り物ならぎょうさん用意したってるから、期待しててえーよ」
ラッセルに続き、アナスタシアも力強い協力を宣言。彼女はそれから物言いたげなクルシュの方へ視線を送ると舌を出し、
「商機を見逃さんのが商人言うもんや。これがウチが呼び出しに応じた理由。ああ、やっぱり人に物を売り付ける瞬間はたまらんなぁ」
身震いを隠さず、恍惚とした表情でアナスタシアは頬に手を当てて笑う。紅潮した頬と可憐な容姿も相まって、それは非常に絵になる姿であるのだが、根底にあるのが守銭奴根性なのだから微笑ましいとも言っていられない。
「物もそうやけど、売るならやっぱり恩が一番。形ないし、損ないし――値札もついてないし」
「今味方だからアレだけど、改めて聞くとマジおっかねぇな、この商人!」
悲鳴を上げるスバルに、「ええやんええやん」とアナスタシアは上機嫌。そんなやり取りを見て、クルシュは毒気を抜かれたように吐息すると、
「交渉の前に道を塞いでいた、か。なるほど。この場面において、覚悟が足りていなかったのは私の方だというわけか。感服したよ、ナツキ・スバル」
「予習復習、おまけに問題予想がうまくいったってだけの話さ。ぶっちゃけ心底ホッとしてるぜ、俺」
交渉の第一段階、即ち、乗り越えなければならない壁のひとつの突破だ。事前に準備を張り巡らせた結果とはいえ、それでも紙一重の成立だとしか思えない。イレギュラーがスバルに味方したことも、反省点のひとつといえるだろう。
「なんとか王都に残った面目は保てたな、レム」
「――はい。さすが、スバルくんは素敵です」
言って、クルシュたちに差し出すのとは反対の手を、握られっ放しだった方の手をやわらかに握り返して、交渉の勝利をレムと分かち合った。
思えば、この交渉の成就を誰より喜んでいるのは彼女だろう。
王都に残った当初、スバルに打ち明けられない彼女は孤独の中、クルシュとの交渉に臨んだはずだ。許された権限いっぱいで交渉に挑み、それでもなお同盟を維持することはできずにいた。不成立となればエミリアの陣営の窮地は変わらず、スバルの治療も目処が見えれば先はどうなるかわからない。
あらゆる不安が、彼女の心身を疲弊させていったことは疑いようがなかった。
その不安と、これまでかけてしまった心配に報いるだけのものを、少しは彼女に返せただろうか。
そうだったとしたら、今はそれだけがスバルには嬉しかった。
そして――、
「――スバル殿」
レムと喜びを交換するスバルに、ふいに声がかけられた。見れば、すぐ近くまで歩み寄ったヴィルヘルムが、真剣な眼差しでスバルを見ている。自然、背筋を正される感覚にスバルが彼を見上げると、老人は一呼吸の間を置いて、
「感謝を」
と、短く告げて、その場に膝をついて礼の形を取った。
その突然の振舞いに、スバルは驚きを隠せない。が、その反応をするのはスバルだけであり、他の面々はそれぞれがヴィルヘルムの行いに一定の理解を示した顔をしていた。レムやアナスタシアですらだ。
「我が主君、クルシュ様へのものと同等の感謝を。この至らぬ我が身に、仇打ちの機会を与えてくださったことを感謝いたします」
「えっと、その……え?」
「すでに賢明なスバル殿は見抜いておいででしょうが、改めて」
ヴィルヘルムはスバルの戸惑いを無視し、腰から剣を鞘ごと外す。そして剣を床に置き、その上に手を添える最敬礼の形を取ると、
「以前に名乗ったトリアスは、昔の家名です。先代の剣聖、テレシア・ヴァン・アストレアを妻に娶り、剣聖の家系の末席を汚した身――それが私、ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアです」
息を継ぎ、ヴィルヘルムはその双眸に覇気に満ちた輝きを宿し、
「妻を奪った憎き魔獣を討つ機を、この老体に与えてくださる温情に感謝を」
深く深く、沁み入るようなヴィルヘルムの言葉。
その言葉に室内の全員が聞き入り、ただスバルの応じる答えを皆が待つ。
その期待に背中押されて、スバルは小さく息を吸うと、
「あ、ああ。も、もちろん知ってたけど。当然、それ込みでクルシュさんが白鯨討伐に乗っかってくるって思ってたわけで――」
「ナツキ・スバル」
微妙に噛みながらの答えにクルシュが割り込む。
彼女はたじろぐスバルを見据えて、いまだ手を取り合った姿勢のまま小声で、
「嘘の風が吹いているぞ、卿から」
「全くだ。嘘が下手だな、少年」
初めて繕い切れなかったスバルの嘘を見抜く『風見の加護』の効力を証明してみせたクルシュに加えて、呆れたようなしかしどこか教え子が少しはマシになったことを少しは喜ぶ先生のよろしく、表情が柔らかになったストレンジが彼を見ていた。
返し忘れていた感想へのお答え
ストレンジさんもしかしてサテラRTA討伐中?→ムフフ……。
白鯨のみの話ではなく、ペテ公、レムやクルシュの問題を含めての話?→さあ、どうでしょう。もしかしたら、それほどの犠牲を払わなければ倒せないほど白鯨が強力になっているのかもしれませんよ?
時間が空いてきたので、新たなアメコミと何かのクロスオーバーの小説と書きたい欲が高まっております。
以前書いた鬼滅の刃と東方projectの小説も書きたい……。どれを優先して書こう……?
候補としては呪術廻戦、進撃の巨人、鬼滅の刃、魔法科高校の劣等生の4つがありましてですね、呪術廻戦と進撃の巨人はアメコミとの、魔法科はエヴァとの、鬼滅の刃は東方projectとのクロスオーバーというアイデアが出来上がっています。
第二章の加筆が最後まで終わりました。良かったらご覧ください!