Re:上から目線の魔術師の異世界生活 作:npd writer
世間は地震に、雪に、紛争と、まるで世紀末の世界とでも言わんばかりの状況ですが、皆様は如何お過ごしでしょうか?
どうか、お身体だけにはお気をつけください。
それはそれとして、本編ではいよいよ白鯨攻略戦開始です!
「――ぶちかませぇッ!!」
「――アルヒューマ!!」
スバルの叫びに呼応するように、レムがすでに練り始めていたマナに詠唱による指向性が与えられた四本の長大な氷槍は、大木を束ねたような凶悪さを誇り、それが風を穿つ勢いで巨体の胴体へと突き込まれる。
氷柱の先端が固いものに押し潰される音が響き、しかし砕き切られる直前に先端が魔獣の腹にわずかに埋まり、傷口を押し広げて内部へ穿孔――血をぶちまける。
白鯨の絶叫が平原に轟き渡り、鼓膜を痺れさせるような大気の震えが周辺を覆う中、スバルとレムは地竜と共に一気に駆け出していた。
刹那の間こそ分水嶺。瞬間に動けていなければ、コンマでも動きが遅れていたのであれば、先制攻撃は白鯨に悟られたかもしれない。
そのほんのわずかな躊躇いが生死を分けると分かっていながら、クルシュほどの傑物でも白鯨の威容の前には息を呑んだのだ。
来るものと半ば確信的に考えていたとしても、実際に起きれば人の心には波が生まれる。波はささやかでも思考に歪みを生み、歪みは停滞を、そして停滞は敗北を招き寄せる――戦端は危うく、クルシュたちの不利で始まる寸前だった。
クルシュたちの判断がコンマ遅れた点には、ストレンジの予言があるとはいえ、魔法器への確実とまではいえない不信感があった。姿を見せない魔獣に対する焦れもあり、その判断にささやかな陰りを差し込んだのも無理はない。
だが、レムだけはスバルの言葉を、白鯨がこの瞬間に現れるという発言を、一点の曇りもなく、欠片も疑っていなかった。だからこそ彼女はスバルが提示した時間に合わせ、白鯨へのピンポイント攻撃を実行できたのであった。
「スバルくん、もっとしっかりしがみついてください。振り落とされます!」
頭で戦端の切り方を自分なりに分析するスバルに対し、地竜の手綱を握るレムがそう叫ぶ。彼女の言葉は作戦の一部――先制攻撃炸裂後の、第二段階を示していた。
「総員――あの馬鹿共に続け!!」
背後、駆け出すスバルたちに遅れること半歩、号令をかけるクルシュに応じて討伐隊が次々と砲筒に着火――込められた魔鉱石が射出され、中空で弾けるとそれが色に呼応した破壊の力へと変換され、白鯨の胴体へ立て続けに着弾する。
同時にストレンジの両手に展開されたエルドリッチ・ライトが合体される。合わせた両手を勢いよく前に突き出すと共に、背後に出現した巨大な魔術が現れる。そしてそこから巨大な一本の光線が放たれ、高速で白鯨に衝突する。
炎が、氷が、土塊が、そして魔術が刃に、槍に、槌になって叩きつけられ、レムが作った傷口を押し広げ、悶える巨躯から血霧が噴出し、街道にどす黒い雨を降らせる。
霧雨のように視界を覆う鮮血を避けながら、地竜が機敏な動きで白鯨を大きく迂回するように背後を目指す。
「俺の存在を意識させて、討伐隊に基本背中を取らせるように立ち回る――!」
「夜払いの結晶が砕けます、目をつむってください!!」
すでに戦闘状態に入っていることを示す、鬼の角がレムの額に輝いている。
上を見上げ、歯を剥き出すレムの指示に慌てて従い、スバルは下を向いて目をつむり――次の瞬間、世界が瞬く。
白光は空で爆発し、一瞬で世界を白い輝きで焼き尽くす。
閉じた瞼をなお貫き、視神経を犯すほどの光の強さにスバルの喉が驚きに詰まる。そして数秒後、恐る恐る開いた眼を周りに向ければ、
「うおお!聞いてた通りだすげえ!」
夜の闇が切り払われて、まるで真昼のように視界を確保された世界が展開されていた。
彼らの頭上、沈んだ太陽の代わりに輝くのは、白鯨への先制攻撃と同時に射出された「夜払いの結晶石」。砕かれることで疑似的な光源を生み出し、闇を照らす効果を持つ結晶であり、本来ならば極々わずかな輝きで薄闇を照らす程だがーー、
「金とコネで山ほど買い込んだやつを一斉に粉砕、疑似太陽の出来上がりってわけか」
「夜にもぐられては、白鯨の巨体であっても簡単には見つけ出せませんから。――ここからですよ!」
王都に存在する大商人の二人が手を組み、更にストレンジの錬金術魔術で精製された結晶石の効果。
夜に沈んでいたリーファウス街道には日中の輝きが満たされており、それまで月明かりだけが頼りだった世界を鮮明に浮かび上がらせている。
つまり、それは同時に――、
「あれが……白鯨ッ!」
――これまではっきりと日差しの下で目にすることのなかった、「白鯨」と呼ばれる魔獣の全容を世界に知らしめたのだ。
「――――ッッッッ!!!」
白日の下に晒し出されたことに怒りを覚えているのか、その巨大な口を開いて咆哮を上げる白鯨。発される轟音はすでに音の次元に留まらず、一種の破壊行為に近い。大気が鳴動し、訓練された地竜の野生にすら恐怖の感情を生む暴力的な雄叫び。ヴィルヘルム以下、討伐隊の地竜もその動きを思わず止める程だ。
その異貌は巨躯のあちこちから血をこぼし、しかしその動きに一切の精彩さを欠かず、自分に挑みかかる人間たちを見下ろしていた。
「なんて、でかさだ……」
震わせるつもりのない喉が震えて、初めてその全貌をその目に焼き付けたスバルは手足が痺れたように動かなくなる感覚を止められない。
白鯨――その異名で呼ばれるだけあって、その魔獣の姿は白に覆われていた。
岩盤のようにささくれ立った肌には白い体毛が無数に生え揃い、その強靭さは生半可な攻撃では内側にダメージを通さない。遠視で見た全容はなるほど鯨に酷似しているが、その大きさが予想を二周りは追い越している。
全長三十メートル前後はある世界最大の哺乳類、シロナガスクジラよりも遥かに大きい、五十メートルに迫ろうかという規模の大きさだ。ここまでくると、それは生き物であるというよりはひとつの山に近い。
ひとつの白い岩山が、なんの冗談か空を悠々と泳いでいるのだ。
(奴の体はデカいが、だからこそ的も大きい。厄介な相手になるが、良い鯨狩りができそうだ)
マントを靡かせ、討伐隊の上空にただ一人浮かぶストレンジは、警戒を緩めることなく、白鯨の巨大な体を睨む。
彼の足元にはクルシュが移動してきており、上空に浮かぶストレンジへ顔を上げた。
「ドクター!奴の力をどう判断する?」
「良い鯨狩りができそうだ。奴の力は手に負えないほどではないにせよ、常人では苦戦は免れない。だが手が全く出せない敵ではない!」
「そうか!感謝する!」
クルシュとの会話の間にも、計画通りに白鯨の鼻先に回ったスバルとレムに、白鯨の巨大な瞳が向けられ、完全に討伐隊の方へは見向きもしていない。これだけ人がいるというのに、それでも一人の異形の気配を漂わせる一人の人間に白鯨の注意がいくあたり、余程彼の気配は禍々しいものだと言える。
一軒家でも丸ごと呑み込みそうな顎が開かれ、石臼のような歯の並ぶ口腔が大気を吸い上げ、咆哮を彼らへと放とうとしている。
先ほどの、出鼻をくじいた咆哮が再びくると、身構えるスバルたち――その頭上に向けてクルシュの剣が振るわれた。
「はああぁぁぁっっっ!!!」
目には見えない刃が横薙ぎに一閃し、口を開いていた白鯨の頭部を真一文字に浅く切り裂いた。
刃と岩の触れ合う擦過音すらせず、強固な岩肌を撫で切る斬撃に白鯨の巨体から再び血が噴出する。
「余所見とはずいぶんと、安く見られたものだ!!」
討伐隊の先頭に陣取るクルシュの手には一本の剣のみが握られている。先程の白鯨への攻撃が誰によるものなのか、検討もつかないスバルに対し、手綱を握るレムが彼の心中を察し、低い答える。
「射程を無視した無形の剣――百人一太刀で有名な、クルシュ様の剣技です」
彼女の口にした逸話に関しては寡聞にして知らないが、その字面だけでスバルはおおよそ事態を理解した。クルシュの戦闘力の、その納得の高さも。
目に見えない斬撃に初動を潰され、動きの停滞した白鯨へ追撃が入る。
討伐隊の面々の魔鉱石による大火力砲撃だけでなく、人差し指と中指のみを立た左右の手を縦直線に置き、続けてクロスさせた際に赤い縦状の光線を創るストレンジの魔術がそれに続く。地面に勢いよくぶつけたことで発生した二筋の赤いエネルギー波は地面を跳躍しながら勢いよく移動する。続けて白鯨の斜め下の地面に展開された大きな盾に到達したエネルギー波は、反射で空中に向かい、魔鉱石による攻撃に続けて傷口を抉るように攻撃の傷跡に直撃する。
白鯨の巨体に次々と集中的にダメージが通り、悶える巨体が高度を下げていく。
「散開!」
高度を下げた白鯨が次に狙うは、囮役のスバルたちよりも、直接ダメージを与えた魔鉱石の砲台と、同じように空中に浮かぶストレンジだ。特に、未知の攻撃を仕掛けてきたストレンジに対して白鯨はより警戒を強めたのか、彼が浮かぶ高度に到達した白鯨はそのまま直進してくる。
クルシュの合図により、彼女とストレンジを除いた他の面々は白鯨の突撃を避けるため、左右に散開し、白鯨から距離をとり始める。
その中央、開けた一本道を貫くように進み、クルシュの横を稲妻のように過ぎ去る存在が一人。
それまで雲と同じ高さにあった白鯨の巨躯が沈み、その高度が首を真上に傾けるほどでなくなればそこは――、
「――っ!」
地竜が跳ねるように跳躍し、その巨体に見合わぬ軽やかさで空へと駆け上がる。それでもなお、強大さを誇る白鯨と比較すれば質量差は明白だ。鼻先に浮かぶ地竜の姿はまるで、白鯨からすればまさしく虫けらのようなものであった。
やがて地竜から一人の存在が飛び降りる。空中で剣を抜きながら迫る白鯨の前に立ち塞がるように立つ一人の男は、愛する妻を奪った巨大な怪物を鋭い眼光で見つめる。
長きにわたる人生の、その大半を費やした人間の境地が、霧を生み世界を白く染め上げる魔獣の鼻先に今まさに届くというその瞬間、戦場は一瞬静寂に包まれた。
「――十四年、ただひたすらにこの日を夢見てきた」
迫り来る白鯨の鼻先。地面を抉りながら迫るその姿はまさに伝説に描かれる
「ここで落ち、屍を晒せ」
その刹那、彼の脳裏に浮かぶのは若かりし頃の自分と少女だった妻の姿。妻が好きな花畑の前で、花など嫌いだと言わんばかりに剣を振るう自らの姿。剣一筋で人生を生きてきた彼には、それしか生きる意義を見出せなかったから。
しかし、そんな自分を常に彼女は笑ってくれた。そう、眼前に広がる花畑の満開の花のように。不器用な自分を常に笑いながら、見ていてくれていた。
彼が生涯をかけて愛すると誓った女性の命を奪った存在が、もう目と鼻の先の距離まで迫ってきていた。――剣鬼がにやりと、その皺の浮かぶ頬を酷薄に歪める。
「――化物風情がああ!!!」
勢いよく飛び上がったヴィルヘルムは、その剣の一突きを白鯨の頭上に浴びせた。振り切った剣を突き立てて姿勢を維持し、斬撃を与えて刀身を濡らす血を払う鍛えられた背中――そこに、大気が歪むほど迸る剣気をまとい、背を伸ばす影に白鯨が身をよじる。自身の鼻の先端に乗るそれを振り落とそうとするように、中空で身をひねる白鯨の巨体が大気を薙ぐ。
豪風が街道の空を吹き荒び、巨躯の遊泳の結果に誰もが息を呑んで目を見開いた。
だが、ひねった身を先の位置に戻した白鯨が痛みに喉を震わせ、尾を振り乱しながら鮮血をこぼす。先ほど縦に割られた傷には追加で横に一文字の傷が加えられ、十字の傷口を額に生んだ白鯨の背を、軽い足音を立てて影が踏む。
剣を片手に構えるヴィルヘルムの体が風を切り、
頭部側から尾の方へ背中を駆け抜け、その途上の白鯨の岩肌を振り回される刃が滅多切りにしていく。固く、強靭なはずの岩肌をなんなく切り裂き、どす黒い血霧を空にばら撒きながら疾走するその姿、まさに「剣鬼」。
体に取りつかれ、巨体を揺する白鯨はそのヴィルヘルムに有効打を持たない。軽やかに走る老剣士を振り落とさんと、再び颶風をまとう旋回で空を泳ぐも、
「わざわざ斬られにくるとは!協力的で結構っ!!」
宙で白鯨の身が回転する寸前、短く跳躍するヴィルヘルムが剣を突き立てて身を浮かせる。と、その場で一回転する白鯨の身を突き立つ刃が綺麗に走り、白鯨は自ら自分の体を刃に対して献上した形になる。
噴き出す血霧を半身に浴び、その体を斑の赤に染める剣鬼が笑う。老躯が剣を上に振り被って巨体の側部へ。振り下ろす刃が側面の岩肌を縦に削り、振り切られると肉を削ぎ落す。
空をつんざく絶叫が走り、落下するヴィルヘルムを白鯨の尾が横殴りに襲う。が、その直撃の寸前、駆け込んできた彼の地竜が老剣士を拾い上げ、その攻撃の範囲から滑るようにして逃れる。そして白鯨が怒りに任せてヴィルヘルムを追おうとすれば、
「余所見すんなや、ボケ!自分の相手にはワイらもおんねや!!」
空中に出現したポータルから現れたライガーに乗ったリカードの大ナタの一発が口腔内に侵入、抱え込むような大きさのある白鯨の歯を根本から抉り、鈍い音を立てて黄色がかった奥歯が吹っ飛ぶ。
地竜に比べて身軽と称された大犬は、白鯨の顔面を斜めに移動しながらその俊敏さを遺憾なく発揮し、背に主を乗せたまま上空を行く白鯨の体を駆け回る。
「そらそらあ!まだまだ終わらんでぇッ!!!」
走るライガーの背の上で、唾と罵声を飛ばすリカードの大ナタが、更に振り下ろされる。岩盤を砕き、その下の肉を抉って血をまき散らす獣人。付き従うライガーもその牙を爪をふんだんに使い、生じた傷口を深く鋭く広げていく。
そしてリカードの奮迅に続くように、
「そりゃー、いっくぞー!!」
「お姉ちゃんは前に出過ぎないで! みんな、今だよ!」
白鯨のガラ空きの側面に、幾つも開けられたポータルから出現した双子の副団長が散開しながら指示を出すと、彼らを筆頭に獣人傭兵団のライガーが次々とポータルから白鯨の体に取りつき、その広大な肉体を駆け回り、蹂躙し始める。
槍や剣が打ち振るわれ、大半が岩肌に弾かれながらも、砕ける外皮を通って確実にダメージが通っていく。その姿はまるで、毒虫に群がられる獣だ。
体のあちこちにしがみつき、微小ながらも傷口を増やしていく敵に身を振り回し、白鯨がその巨体の小回りの利かない弱点を露呈する最中、
「――総員、離れろ!!」
戦場を貫くクルシュの怒号がかかり、取りついていた傭兵団が一斉に白鯨の体から飛び退く。宙を行くライガーは軽やかに地に降り立ち、それを見た白鯨はそこから反撃に出ようと大きく旋回したが――その判断は誤りだ。
「横腹を、さらしたな――!」
大上段からのクルシュの二撃目――袈裟切りに襲いかかる斬撃が白鯨の側面を斜めに切り裂き、その一太刀に遅れて追撃が再び加わる。
「放て!横腹だ!」
続けてここまで攻撃に参加せず、ひたすらに魔法の詠唱に集中していた部隊の攻撃が、白鯨をたたみかける。
「アル・ゴーアッ!!」
詠唱が重なり、生み出されるのは練り上げられたマナによる破壊の具現。空に太陽と月が同時に存在する矛盾の景色の中、低い空に第二の太陽が出現する。
それが火の魔法の火力を束ねたものだと理解してなお、高熱によって即座に炙られる世界の壮絶さから目を離すことができない。
大火球から逃れようとする白鯨だが、その体をいくつもの橙色の縄が縛り付ける。上空にいるストレンジがその掌を白鯨に向けると同時に、白鯨の体を拘束するかのように、縄状の魔術が次々に縛り付いたのだ。白鯨はその拘束から逃れようとするも、逃れれば逃れるほど体にきつく縛り付いていく魔術を解くのは至難の業だ。
ストレンジの魔術によって拘束された白鯨に向けて、直径十メートル以上に及ぶ大火球は瞼の内にある眼球の水分を奪い尽くそうと燃え盛りながら、その火球がゆらりと揺らめく初速を得ると、
「――うおおおおお!!」
即座に初速は加速へ変わり、大火球が横腹を向ける白鯨の胴体へ直撃――生まれた傷口から肉を焼き、熱を通して内臓を沸騰させ、白鯨の絶叫と爆音が明るい夜空へと轟き渡る。
砕け散った火球が燃える破片を平原に散らし、下を走る傭兵たちが慌てて避難。スバルとレムもそれに混じって遠ざかりながら、白い体毛を燃え上がらせる白鯨の姿を目で追い続ける。
その圧倒的な戦果――これ以上ない奇襲の成功に、白鯨は反撃すらままならない。このまま、なにも手出しさせずに被害ゼロで切り抜けられるのではあるまいか。
「かなり効いた感じがするぜ! このままいけるんじゃねぇか!?」
炎の余波が届かないところまで距離を開け、土煙を上げて停止する地竜の背中でスバルが快哉に拳を握る。
実際、ここまで白鯨を完全に押さえ込み、少なくないダメージを与えている。以前に編成された討伐隊の実力が足りなかったか、純粋にこちらの準備が万端でこのときを迎えられたからかは不明だが、早くも勝利を目前にしているような高揚感があった。
が、そんなスバルの言葉に対して、
「いいえ。――本当なら、今の奇襲で地に落としてしまいたかったです」
首を振るレムが悔しげに、空に浮かぶ燃えるケダモノを睨みつける。
彼女の言葉につられて顔を上げ、スバルは訝しげに目を細めながら白鯨を観察。白い体毛に燃え移った炎で全身を炙られ、身をよじっているが鎮火の気配はない。全身の至るところに斬撃や魔鉱石による負傷が広がっており、血を滴らせる姿は目に見えて痛々しいものがあった。しかし、
「高度が……下がってねぇ」
依然、白鯨の肉体は見上げた空の中にある。
ライガーの跳躍で届かない距離ではないが、それでも単身人が挑むにははるか高み。なにより、地に引き落とさなくては次の作戦に移ることができない。
「初っ端に切れる手札はぜぇんぶ切ったった。それでも落ちんゆうことなら、こら向こうのタフさが一枚上手やっちゅう話やな」
大ナタを肩に担ぎ、返り血に体毛を濡らすリカードが隣にくる。彼は犬面の鼻を鳴らし、ヒゲを震わせて白鯨を見上げながら、
「ひと当たりしてみた感じやと、分厚い肌の下に攻撃通すんは楽やないな。ワイの獲物みたいに力ずくか、ストレンジはんのごっつい高火力魔術か、ヴィルはんぐらいの技量がないとじり貧や」
「物理攻撃はそうかもだけど、ドクター以外の魔法攻撃も効いてる感じに見えるぜ?」
「それも微妙なところです。一見、派手に攻撃が当たっているように見えますけど、肌に生えている白い毛がマナを散らして威力を減衰させています。見た目ほど、レムの魔法も効いていません」
レムは口惜しげに、自分の最大火力の魔法が通じていないことを口にする。確かに白鯨の肉体には浅い傷が多数あっても、即戦闘に支障をきたす類のものがあまり生じていないのが見て取れた。だが少なくとも、
「さっきの火の魔法とドクターの魔術なら、白い毛を焼いて通ってるように見えるな。特にドクターの魔術、あれはマナのデバフを受けてないのか、かなり効いてる感じがする」
「魔力散らす毛ぇ焼いて、その下の炙った肌なら刃物で削れる――単純やな」
スバルの洞察にリカードが獰猛に牙を剥いて同意。既に上空の白鯨には真鉱石による第三波の砲撃が繰り出されている。
彼はそのまま大ナタを手に下げるとライガーの背を叩き、首をぐるりと巡らせて再び加速を得ながら最前線へ向かう。そのまま、
「第二陣や!とにかく、さっきとおんなじ感じで余力削るわ!クルシュはんにも、要所であのでっかい一発ぶち込むよう頼んどいてなぁ!!」
勝手な注文をつけてリカードは白鯨の下へ潜り込み、ストレンジが開けるポータルを潜って、白鯨の横腹にへばりつく。
見れば、一度は距離を開けたはずのヴィルヘルムも尾の方から白鯨の上を目指しており、スバルたちと同じ結論に達した討伐隊も速やかに行動に移っている。
即ち、総攻撃の継続だ。
「現状だと火力が集中してっから、近づいてくと逆に俺らが邪魔になるな。レム、魔法はぶち込めねぇのか?」
「さっきと同規模だと詠唱に時間がかかるのと……やっぱり、マナが散らされてレムの魔法ではダメージが通りません。あれ以下の威力ではそもそも火力不足ですから」
先ほどのリカードにならえば、レムもまたモーニングスター片手に最前線へ飛び込み、力ずくで岩盤じみた肉体に物理攻撃を加える方が可能性があるだろう。
しかし、それをさせるにはスバルが枷となり、そしてこのあとのスバルの立案した作戦行動に沿うのであれば、ここでレムとスバルが分断されるわけにはいかない。
「悔しいけど、動きがあるまで見てるしかねぇのか……!」
「歯がゆいのはこっちもおんにゃじにゃんだけどネ」
言いながら、スローペースで走るスバルたちの地竜の隣に別の地竜が並ぶ。地竜用の装甲を装着し、重装備の地竜にまたがるのはフェリスだ。
彼は悪戯に目を細めてスバルを見つめながら、
「攻撃手段に乏しいフェリちゃんは基本見てるだけだし? 慣れてるって言えば慣れてるんだけどー、歯がゆい気持ちはいつもあるよネ」
「その分、お前は回復特化の討伐隊の生命線だ。前に出てもらっちゃ困る。その役割だけびしっとこなしてくれ!頼むからよ」
この期に及んで普段の態度を崩さないフェリスにスバルはそう応じる。そのスバルの答えにフェリスは「およ?」と少し驚いたように首を傾け、
「心境に変化とかあった感じがするネ、スバルきゅんてばなにがあったの?」
「しいて言えば、傲慢な誰かさんのおかげでちょっとマシな男になったんだよ」
動く戦況に目を走らせながら、スバルは苦い思いを噛んで仏頂面で答える。フェリスはその答えに「ふーん」と唇に指を当てて頷き、
「ドクターとレムちゃんがひょっとして、スバルきゅんをまともにしたのかにゃ?」
フェリスが親指を立てて下品に笑う姿にスバルはムッとする。そんな場合か、と騎士を怒鳴りつけようかとスバルは口を開きかけたが、
「ヴィルヘルム様が――!!」
レムの叫びに視線が慌てて前へ戻り、白鯨の背を走る老剣士の姿を捉える。
剣を下に向けて縦に構えたヴィルヘルムが、その刃で白鯨の背を縦に裂いていく。尾から背にかけてを駆けるヴィルヘルムの影を、遅れて噴き出す鮮血がまるで噴水のように追いかけていくのが見えた。
獅子奮迅の活躍とはまさにこれであり、ヴィルヘルムの単身とは思えない斬撃の冴えに討伐隊の士気が高まり、連続する魔鉱石の投擲と傭兵団のライガーによる集団戦術が勢いを増す。
加えて、白鯨の進行する先にはいくつかの魔法円を展開するストレンジがいる。彼が両腕をクロスさせた後、左手を引くと同時に突き出す同時に突き出した右手の動きに合わせて長剣が魔法円から大量に出現し、高速で白鯨の鼻先に向かう。
避けることができない剣は、白鯨の毛を貫きその下の皮膚に突き刺さった。マルチバースからエネルギーを得ることで形成される魔術は白鯨のマナを散らす効果をものともせず、確実に白鯨に出血を与えたのだ。
加えて突き刺さった剣は、すぐに魔術が解けるようになっていたため、剣が消えることで開いた傷口から更に出血をもたらす。
中空で痛みに悶えて、途切れ途切れの鳴き声を上げる白鯨はまったくそれらに対応できていない。
霧の魔獣――長きにわたって世界を苦しめ続けてきた異形のその哀れな姿に、スバルは風向きがこちらへの追い風となっているのを確信した。
「ちぇぇぇぇぇぃぃぃっ!!」
気合い一閃、ヴィルヘルムの剣撃が白鯨の頭部までを縦に割り、駆け抜ける老躯が白鯨の先端から軽やかに飛び立つ。そして白鯨の巨大な左目に深々と剣を突き刺したことで、眼球の奥からは水晶体が流れ出した。
眼球が潰されたことによる激痛に悶える白鯨に対し、ヴィルヘルムはそのまま中空で身を回すと、剣を地面に向けて頭から突っ込む。
スバルが思わず地面にぶつかると、目を逸らす直前、地面にポータルが開くとと共に、白鯨の潰された左眼球と同じ高さの空中にも、同じようにポータルが現れる。
「はぁぁぁぁっっっっっっ!!!」
地面に開かれたポータルを通過したと思えば、その直後、空中に開かれたポータルからヴィルヘルムの体が射出される。落下時に加速された速度に乗ったヴィルヘルムはそのままなんの抵抗もないまま、再び白鯨に襲い掛かった。左目が潰されている白鯨からすれば、突如あり得ない側面からの攻撃に遭うのだから溜まったものではない。
右手に構えた剣が白鯨の眼球を抉るべく荒れ狂う。
「――――ッ!!」
高速で白鯨の眼の淵に剣を突き刺したヴィルヘルムは、瞬時に眼の淵を回るように斬り裂いた。即翻る刃がその傷口を深く削り、
「左目が落ちる――!」
四隅を深々と抉られ、遂に白鯨の左の目が切り落とされた。
誰かが口にしたそれが現実になり、落下する目は赤い血と白い体液をぶちまけながら、すさまじい轟音を立てて地面を砕いて着弾する。
半瞬遅れて、その地に落ちた眼球の真横にヴィルヘルムが着地。彼はそのまま転がる眼球に剣を突き立て、それを真上にいる白鯨に見えるよう持ち上げると、
「――無様!」
と、口の端を持ち上げて凄惨な笑みで一言を告げた。
剣鬼の壮絶な戦いぶりに、翻弄される白鯨には為す術もない。見事に眼球ひとつ抉られ、その戦闘力の差は肉体の大きさに左右されていないのが歴然だ。
だが、その挑発行為は、
「白鯨の目の色が……!」
「くるよ!!」
「スバルくん、頭を下げていてください――!!」
その変化に気付いた瞬間、フェリスが叫び、レムが地竜を加速させる。
風を浴び、急加速に振られる体を慌てて固定し、スバルは激しい揺れの上で白鯨の姿を目に焼き付ける。――その変化、その変貌、それは。
「――――!!」
咆哮を上げ、片目を抉られた怒りに残る隻眼が真っ赤に染まる。その咆哮は討伐隊の耳を貫く轟音となって周囲に響き渡り、スバルやレム、ヴィルヘルムは勿論、後方にいるクルシュや防御用の盾を展開しながら空中に待機するストレンジにも、鼓膜を破るように耳に届いた。
血色に染まった目で眼下を睥睨し、轟音に耳を塞ぐ討伐隊の方へと体を傾ける白鯨。そして、白鯨の肉体に変化が生まれる。
――最初にそれが生じた瞬間、スバルは言葉にし難い嫌悪感を堪え切れなかった。
白鯨の口が開いたのだ。
否、その言葉は正しいようで正しくない。事実を正確に告げるなら、こうだ。
――白鯨の全身から無数の口が生じ、それが一斉に歯を剥き出して開いたのだ。
「――――ッ!!」
金切り声のような咆哮が平原の大気を高く震動させ、その声の届くものの精神を直接爪で掻き毟るような不快感を与える。
その咆哮に人間はもちろん、地竜やライガーといった動物たちまでも背筋を震わせる。本能に呼びかけるそれは足をすくませ、自然、無防備をさらす獲物へと変える。
そして、
「――――ぁ」
白鯨の全身の口という口から、世界を白に染め上げる「霧」が放出される。
それは瞬く間に見渡す限りの平原に降り注ぎ、確保したはずの光を世界から奪い、真っ白に塗り潰していくーー、
はずであった。
「な!?」
「ドクター!何する気!?」
スバルやフェリスが驚くその先。危機的な事態に陥ると察知し、空中から地上に降り立ったストレンジがいる。
討伐隊と白鯨の中間地点に降り立った彼は迫り来る霧に向かうと、クロスさせた両腕を勢いよく展開し、その掌を霧に向けた。両手首に回転する3つの魔法陣を出現させたストレンジは、展開した右手を霧に向けたまま、左手を掬い上げるようにゆっくりと持ち上げ始める。
掌から強力な風を送る彼の魔術は、迫り来る霧を捉えると、巨大な竜巻の中に霧を取り込み始めた。
魔術と同じオレンジ色の光が迸る竜巻に吸い込まれた白鯨の霧は、ゆっくりと白鯨に向けて接近する。それは討伐隊の面々は勿論、霧を生み出す白鯨さえも驚かした。
それまで誰も制御できなかった白鯨の霧を、簡単に出現させた竜巻に巻き込むという前代未聞の方法で操ったのだ。驚かないという方が無理な話である。
「なるほど……卿の力は知っているつもりでいたが、まさかここまでとは……!」
クルシュは自身の体が震えていることに気づく。それは恐怖や驚きからではなく、最大の脅威である白鯨の霧を操るという前人未到なことをやってのけてしまったストレンジへの興奮からだ。
「最大の脅威である白鯨の霧を抑え込めることができるということは、奴は霧に紛れることはできず、その体を空間にさらけ出し続けることになる。ならば、我々はドクターが霧を抑え込んでいる間に攻撃を続けるまでだ。総員、攻撃を続行しろ!我々はまだ絶望の淵に立たされたわけではない!」
――「霧」の魔獣の咆哮と、討伐隊の鬨の声が戦場にこだまし、より討伐戦は苛烈化する。
白鯨討伐戦、その優勢はいまだに消えず――。
さて、白鯨攻略戦第一弾でしたがどうでしたか?
皆様のご期待に添えたものを作れたか不安ですが、もしも喜んでいただけたのならこれ以上名誉なことはありません。
もしも白鯨攻略戦や、その後の展開、ストレンジの魔術について何かアイデアがありましたら、遠慮なくご寄せください。参考になる意見がありましたら、それらを採用していこうとも考えています!
特にストレンジの魔術に関しては、一人で考えているといずれかはネタ切れを起こしそうなので(てか、ストレンジの魔術を、モーションを含めた上で考えている脚本家さんって、やはり偉大なんですね)
次回も続きます、それでは!