Re:上から目線の魔術師の異世界生活   作:npd writer

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お久しぶりです、皆様。
あまりに時間が経ってしまったので、忘れてる方もあるかもしれません。
覚えてますでしょうか?笑

ここ最近、リアルがクソみたいに忙しく中々更新できていませんでした。
久しぶりの投稿です!


四十七話 終結

「白鯨の分裂か……怠惰な生活で腐った脳にしては、随分まともな答えが出たな」

 

「悪いな、こんなに時間がかかっちまって。それで、何で見分けられたかと言うと傷の位置と、その強さだな。ぶっちゃけた話、多少なりとも直接やり合ってるそっちの方が感じてるだろ?」

 

「レムは無我夢中でしたけど……でも、確かにそうかもしれません」

 

レム、クルシュ、それにストレンジは合流すると、スバルの説明の前に首肯して納得を表明した。

 

白鯨二体との戦闘が討伐隊と獣人傭兵団に委ねられている状況だが、士気の高さと連携が主力の欠如をかろうじて補っている状態であり、この三人が長時間戦線を離れるのは許されない。

 

「奴が元の一体より弱っている、というのは同意する。だが、それを理解したところで、焼石に水だ。ドクターの魔術と我々の攻撃で弱体化しているとはいえ、その脅威は依然こちらを上回っている。いかにフェリスの治療といえど、下がったものの戦線復帰は望めないぞ」

 

「ヴィルヘルムさんの合流がないのは痛いが、無茶は言えねぇよ。それは抜きで勝ちにかかるしかない」

 

「大きく出たな。三頭の白鯨を殺す。口で言うのは易いが、高い壁だ」

 

「三匹も殺す必要はねぇよ。――一匹だけで、いいはずだ。なあ、ドクター」

 

ぴくり、とスバルの言葉にクルシュが眉を上げ、ストレンジは初めてスバルへ満足げに笑みを浮かべる。初めて見せるストレンジの嫌味のない賞賛をも含んだ笑みに、思わず気恥ずかしさを覚えたスバルは指を天に差し向け、

 

「自分の分身の二匹にバシバシ戦わせて、高みの見物決め込んでやがるあの野郎は、いったいなにをしてやがるんだと思う?」

 

「加勢もしないで、傷を癒している……?」

 

スバルの言葉に自信なさげにレムが答えるが、スバルは首を横に振る。魔獣といったところでその生体機能に関しては通常の生物から逸脱し切ってはいない。高速の自動治癒などの機能は少なくとも、存在していない様に見える。

 

「奴が本体、か」

 

「そうだと、俺は睨んでる」

 

思い当たった、とクルシュが顔を上げる答えに、スバルも同意を頷きで示す。

 

「私も同意見だ。400年も生に拘る魔獣と、たかが数十年しか生きていない我々が対等に戦えているのはおかしい。過去に行われた白鯨討伐……ヴィルヘルムの妻である「剣聖」も参加した戦いの文献から察するに、「剣聖」も敗れた相手に我々が戦えてるのも、違和感を感じる」

 

「あいつが降りてこないのは、どっちの自分にも加勢したりしてこないのは、自分がやられるわけにはいかねぇからだと俺は思う」

 

「道理には合っている。しかし、逆を言うなら……」

 

「下にいる二匹は、殺しても本体の痛手にならないかもしれない。現に、ドクターが倒してもあいつは何ともなってねえ」

 

苦労して白鯨を倒したとしても、その屍が霧となって霧散し、すぐさまに新たな個体となって複製されないとも限らない。そうなれば終わりのない無限ループ、制限のあるこちらが早々に音を上げるのは目に見えている。

 

「白鯨が降りてこない理由と、倒し方は繋がりました。でも、それでどうするんですか?あそこまで高いところに飛ばれると、レムでも攻撃できません」

 

「私の加護でも、あそこまで届かせるのは並大抵ではない。一太刀ならばあるいはと思うが……それで落とせるなどとは思えない」

 

レムやクルシュの言うとおり、上空へ逃れた白鯨の高度はおおよそ雲と同じ高さまで達している。

最初の出現時よりさらに高いその場所取りに、白鯨の性質の嫌らしさが表れているようでスバルは苦い顔を堪えられない。

あの位置では砲筒を利用した魔鉱石の砲撃も、命中率を大きく下げるだろう。

 

「空中に引きずり下ろすのは、餌が必要だろう。だが、幸いにもそれは存在する。後は、どのように奴を地上に下ろすかだ」

 

ストレンジの答えを聞いてスバルは用意していた作戦を披露する。ぶっつけ本番であり、リスクのある採用したくなかった次善策が。

 

「ならちっとばかし、賭けの要素が強すぎる作戦があるけど……乗るか?」

 

 

 

 

 

――はるか高空から、眼下の争いを白鯨は静かに見下ろしていた。

 

戦場を左右に分けて観察するのであれば、平原を二つに割る戦いはちょうど、天を突くような大木を頂点に綺麗に分断されている。

どちらの戦場でも、小さな人間たちが魔獣の巨躯に取りつき、その手に握った鋼を突き立て、炎を生み出す石を振りかざし、小賢しく抗っている。

 

炎が立ち上り、魔獣の苦鳴が下から届くたびに、空を泳ぐ白鯨は白い霧を吐く。

戦場に立ち込める霧は眼下の同位存在に味方し、争う小さな存在たちを確実に劣勢へと追いやっていた。

 

たが気掛かりもある。あのマントを靡かせる魔術師だ。見たことのない多彩な魔術で戦場を飛び回るあの男は、念には念を入れ生み出した二体を既に屠っている。加えて、犠牲者を出さないためのフォローも行っており、怪我人こそいるが、死者はかなり少ない。

だが、それもこれまで。ちょこまかと動き回る影は時間の経過につれて、ひとつ、またひとつと確実に数を減らしている。全てを呑み尽し、この無益な戦いが終わるのもそう遠いことではない。

 

白鯨が人並みの狡猾さを持っていればそう考え、自身の勝利を確信したことだろう。

だが、実際には白鯨にはそのような知能はない。ただ白鯨はその本能に従い、自身が滅ぼされずに済むための、相手を滅ぼし尽くすための行動をするだけ。

 

「――――」

 

霧を吐き、地上を白く染め上げる。。何度も邪魔が入っているが、霧を広げて眼下の世界を覆い尽くさなければならない。それもまた本能の指令であり、そうすることが生きる意味だ。

 

そうして、眼下の光景から意識を切り離していた白鯨は、ふいにその巨大な隻眼をぎょろりと動かし、下に意識を向け直す。

すさまじい勢いで収束するマナを感知し、その流れの根本を見た。

 

「アルヒューマ!」

 

膨大なマナの渦、その中心に立つのは青い髪の少女であった。

跪き、時間をかけて練り上げたマナに指向性を与える少女の傍らで、ゆっくりと構築されるのは鋭い先端を覗かせる長大な氷の槍だ。

 

十メートル級の凍てつく凶器が、その鋭い穂先を白鯨の下腹へ向けている。

その狙いは明らかで、そしてそれを目に見える形で行ったのは致命的な失敗だ。

 

「――お願い!」

 

少女の祈るような叫びを受けて、氷の槍が地上から空へ向けて打ち上げられる。

穂先が狙うのは当然、宙を行く白鯨の胴体の中心だ。

 

ぐんぐんと加速し、空を突き破る勢いで迫る氷の殺意――だが、それは加速を得るための距離と、発射の瞬間を見られていた失策により、呆気なく頓挫する。

 

いよいよ正念場だな(We're in the endgame now.)

 

白鯨が尾を振り、風を薙ぎながら空を泳ぐ。

それだけでその巨躯は氷の槍の射程から外れ、白鯨の体を外れた氷槍はすぐ横を通過し、その狙いをあっさりと取りこぼした。

 

巨体をくねらせ、その行き過ぎる氷の槍を見送る白鯨。

ついにその氷柱の尻部分までもが真横を抜け――ほんのささやかな、なにかが砕け散る音が白鯨に聞こえたのは、まさに奇跡であったといえるだろう。

 

――それが取り返しのつかない音であったと報せるための、神の悪魔めいた奇跡だ。

 

「――よぉ。間近で改めて見ると超気持ち悪ぃな、お前」

 

巨躯の岩肌に、あまりの軽い感触が圧し掛かる。

頭部の先端に着地したそれの存在を感じ取るのと同時、白鯨は通り過ぎるはずだった氷柱が跡形もなく消失、マナの拡散する波動を嗅ぎ取った。

 

――ついで、鼻先に浮かぶ、堪え難い悪臭の源にも。

 

「ついてこいや。――言っとくが、俺はシカトできねぇほどウザさに定評のある男だぜ?」

 

悪臭が、悪意に満ちた笑みを浮かべて、そうこぼすのを白鯨は聞いた。

 

 

 

 

 

 

レムが作り出した氷の槍を囮に、ストレンジのポータルで白鯨の鼻先に取り付く、というのがスバルの立てた乱暴な作戦の序章であり、レムの反対を受けたものの、ストレンジの賛意で押し切った形だ。

いきなり白鯨に接近すれば、最も簡単にバレてしまう。そこで敢えて、見え見えの必殺技ならば白鯨は軽々と避けるだろうと予測し、その隙にスバルが白鯨に接近する。万が一、白鯨が避けなかった場合、マントが落下するスバルを救出するという、乱暴かつ粗さが目立つ計画。

 

「てか、よくドクターは許したな!?こんな無茶な作戦、反対しそうなものなのに!」

 

白鯨の鼻先に必死にしがみつき、スバルはそのざらつく肌と体毛の感触を掌に味わいながら、高空の風と強大な生き物の生臭さに拒絶感を露わにしていた。

 

取りついたスバル――つまり、魔女の残り香を放つ存在に、白鯨の様子はみるみる変貌する。それまで静観を保っていたはずの魔獣は明らかに興奮状態に入り、全身の口から霧と涎、哄笑を垂れ流して荒々しくスバルを歓迎していた。

 

もちろん、このまま白鯨に身を預けたまま、スバルがこの巨体を墜落させるための必殺技を放てるわけではない。覚悟ひとつで覚醒できるほど現実は甘くないし、この場で身を削る覚悟でシャマクをぶちかましたところで、前後不覚になった間抜けが手を滑らせて墜落死するだけの話だ。

だから、スバルが白鯨に取りついてすることはーー、

 

「んじゃ、いっちょいくか!」

 

手を離し、白鯨の攻撃行動が始まるより前に、スバルの体が岩肌を滑り――自由落下の軌道に入った。前後不覚ではない間抜けが、地上へ向けて墜落を始める。

 

白鯨はその大がかりな自殺を行うスバルの姿に首を向け、それを追いかけようとわずかに身を動かしたが、なにかを躊躇うようにその尾の動きを止める。

このままスバルを見過ごしてしまえば、自分に対して先ほどまでと同じアクションしか起こせないであろうことを、おそらくは本能で察しているのだ。ならばーー、

 

 

「大サービスだ、よく聞けや! てめぇのせいでレムが死んで、俺はすげぇトラウマ背負ったぞコラァ!!」

 

言い切った瞬間、風を受けていたスバルの肉体が世界から切り離された。

全身の感覚が遠ざかり、それまで内臓が上へ持っていかれそうになる浮遊感に支配されていた意識が現実を見失い、時間の概念が存在しない場所へ誘われる。

 

『愛してる』

 

なにか、耳元で囁かれたような気がした。

次の瞬間――激痛がスバルの全身を、稲妻で焦がすように駆け抜けた。

 

見えない位置、背中側から侵入した掌がスバルの胸骨をすり抜けて心臓を掴み、荒々しく、しかし大切なものを確かめるかのように、きつくきつく締め上げる。

血のめぐりを司る命の器官が手荒に扱われる現実感のなさ。致命的な部分を他人に自由にされることの異物感――絶叫を上げることすら叶わない世界の終焉は、風の音と自分の苦鳴によって知らされる。

そして、

 

「戻って……きたぁぁぁぁぁ!!」

 

「――――ッ!!」

 

眼前、大口を開いた白鯨が猛然と、スバル目掛けて直滑降してくる。

 

増大した魔女の香りに誘われ、魔獣の本能がそれを上回る憎悪によって塗り替えられた。咆哮を上げ、もはや眼下の争いなど失念したかのように正気を逸した目で、白鯨はスバルの存在だけを消し去ろうとばかりに襲いくる。

 

風を穿ち、間にあった距離をぐんぐんと埋めてくる白鯨に恐怖するスバル。

自由落下に任せる他にない状態で、この突進をかわす術はスバルにはない。このままでは地面到達前に白鯨の顎に咀嚼される。このまま、では。

 

「ドクター!!頼む」

 

風にかき消されそうなスバルの怒号に応えるように、光る鞭状の魔術がスバルの身体に巻きつく。

 

白鯨が油断したその隙を突き、自由落下の途上にあったスバルの体を、鞭状の魔術が絡みつく。

 

腰あたりを締めつけられ、強引に軌道を変えられる感触に「ぐげ!」とスバルは苦鳴を上げたのは王都に向かう途中の竜車での悪ふざけ以来で、彼にとっては懐かしい感覚だ。

 

「助かった!……けど、おっさんにお姫様抱っこされるというのは何だか変な気分だぜ」

 

「言い出したのはお前だ、クソ野郎。ならば下で待っている愛しのメイドにでも拾ってもらえ」

 

「いや、別にドクターが嫌という訳じゃなくて……え?ちょ、ちょっとー!?」

 

ポータルを開けたストレンジによって、半ば強引にレムの身体に収められるスバル。

レムの真正面から落とされたスバルは、そのまま彼女の胸に収まる。

 

「ごちそうさまです!」

 

「レムさん、あなた何言ってるのさ!」

 

手を合わせて礼を述べるレムに端的に突っ込み、スバルは顔を上げる。

すぐ傍らを、白鯨の顔面が通り過ぎ――、

 

「――――ッ!!」

 

勢いを殺し切れず、白鯨が頭部から地面に激突。轟音と土煙が爆砕された地面から立ち上り、その威力に大地が大きく弾むように揺れる。

それを背に受けながら、スバルはパトラッシュに指示して全力前進――その背後から、土煙をぶち破って白鯨が飛び出してくる。

 

すさまじい威力に頭部をぐちゃぐちゃにして、なおも白鯨は我を忘れた絶叫を上げながらスバルに追いすがる。あまりの勢いに悠然としていた泳ぎはむちゃくちゃになり、風を追い越すようだった速度は見る影もない。だが、気迫だけは圧倒的だった。

 

地面を削り、尾で大地をはたきながら、猛然と白鯨が迫る。前傾姿勢で体重を預け、スバルはパトラッシュの底力に命をかけた。短時間ではあるが、命を乗せて走ってもらうにふさわしいだけの信頼を彼は持っていた。

 

「頼むぜ、パトラッシュ! ドラゴンなんだろ!? かっこいいとこ見せてくれ――!!」

 

「――――ッ!!」

 

パトラッシュが嘶き、速度が一段と上がったのを風に感じる。白鯨の咆哮が轟き、鼓膜が乱暴に揺すられて世界がぼやけるのがわかった。

 

真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただひたすらに走り、走り、駆け抜け。

泳ぎ、泳ぎ、猛然とスバルを食らい尽くそうと迫りくる白鯨。

そして――、

 

「食らい、やがれぇ――!!」

 

「――――ッ!!」

 

轟音が二連発で鳴り響き、直後に続くのはなにかを引き剥がすような音の連鎖。無視できない音の間隔は狭まり、近づき、やがてそれは、

 

強大な影を生み、真っ直ぐに白鯨へと――フリューゲルの大樹が倒れ込む。

 

「――――ッ!!!」

 

魔鉱石による砲撃、クルシュの見えない刃、鉄の牙団の振動破砕、ストレンジによる幹への集中攻撃――束ねた破壊の力に根本を抉られて、賢者の植えた大木が数百年の月日を経て、人に仇なす魔獣の巨躯を押し潰す。

 

樹齢千年クラスを上回る大木の重量に、真っ直ぐ突っ込んだ白鯨が真上から叩き潰された。それまで受けた破壊とは根本的に異なる次元の威力に、その巨躯を覆う強靭な外皮すらも防御の意味を持たない。

 

絶叫が上がり、すさまじい衝撃波がリーファウス街道を駆け抜け、霧を爆風が打ち払う。

大樹の下敷きになり、身動きを封じられた白鯨の苦しげな雄叫びが尾を引く。しかし、それだけの威力を身に受けて、なおも命を潰えることのない生命力。

 

もがき、超重量から逃れようとする白鯨、その鼻先に――。

 

 

「――我が妻、テレシア・ヴァン・アストレアに捧ぐ」

 

 

主より借り受けた宝剣をかざし、ひとりの剣鬼が舞い降りていた。

 

この生死を賭けた激闘と、十四年にわたる執念と、四百年にも及ぶ人と白鯨の争いの歴史に、幕を下ろす――そのために。

 

 

 

 

 

 

ヴィルヘルムの下からテレシアが姿を消して間もなくーー、剣鬼の姿が王国軍から消え人々から忘れられた代わりに、剣聖が軍内に名を広めることとなる。

 

一騎当千――その言葉を体現するかのようなテレシアの奮戦に、戦況は見る間に傾いていった。個人でありながら、その武勇はもはや個人の域になく、轟く「剣聖」の異名はかつての伝説を知る亜人たちにとっても絶望的ですらあった。

 

内戦の終わりは、彼女(剣聖)が戦場に出てから二年ほどの月日でなった。

落とし所は互いのトップによる会談に持ち越され、少なくとも剣を持つものたちの戦いは終わりを告げた。

 

戦いの終わりを祝し、王都では華やかな催しが開かれた。美しく、なにより力強い剣聖への勲章の授与などがいくつも予定されたセレモニー。

彼女の姿を一目見ようと、国中の人間が王都へ、王城へ足を運び、熱狂が戦争を終わらせた英雄であるひとりの少女を包み込む。

 

受勲式当日。式典が開かれた王城の大広間。騎士や文官、招かれた来賓客へ熱狂的な拍手が送られるその先にいるのは、王より勲章と褒美の宝剣を授与される剣聖テレシア。

そこへ、ふらりとその熱狂を断ち切るように剣鬼が舞い降りた。

 

晴れ舞台にも関わらず、剣を抜いた不逞の輩を前に、騎士や衛兵たちは色めき立つ。が、それらを制して前に出たのは誰であろう、叙勲を受けた剣聖であった。

同じく剣を抜き放ち、侵入者(剣鬼)と向かい合う少女の姿に誰もが息を呑む。

 

その立ち姿の美しさは洗練されていて、言葉にすることすら躊躇われた。

一方で、褐色の上着を羽織り、見える限りの肌は雨水や泥が渇き切って張りついている彼の姿は場にそぐわない。手にした剣も儀礼用の剣聖のものと比べれば貧相なもので、拵えこそ立派ではあるが刀身は歪み、赤茶けた錆が浮いている始末。

 

壇上の王が剣聖に助勢しようとする騎士たちを止める。顎を引き、前に出る剣聖の剣戟が閃くのを、誰もが声を殺して見守り続けた。

 

振り切られた刃と刃が重なり合い、甲高い音が観衆の間を突き抜ける。

煌めきが連鎖し、風を巻き、めまぐるしい速度で二つの影が駆け巡り始めた。

その光景を前に、声を失っていた人々の心に去来したのは、ただただ圧倒されるばかりの膨大な感動であった。

 

攻守がすさまじい勢いで入れ替わり、立ち位置を地に、宙に、壁に、空に置きながら二人の剣士が剣戟を重ねる。その姿に、気付けば涙を流すものすらいた。

 

 

剣戟が交錯し、鍔迫り合い、切っ先が閃き、幾度も打ち合う。

そしてついに、

 

「――――ッ」

 

赤茶けた刃が半ばでへし折れて、先端がくるくると宙を舞って飛んでいく。

そして、剣聖が手にしていた儀礼用の剣が、

 

「…………」

 

「俺の、勝ちだ」

 

飾り立てられた宝剣が音を立てて地に落ち、折れた剣の先端が剣聖の喉の寸前に迫る。

時が止まり、誰もがそれを知る。――剣聖の、敗北を。

 

「俺より弱いお前に、剣を持つ理由はもうない」

 

「私が、剣を持たないなら……誰が?」

 

「お前が剣を振る理由は、俺が継ぐ。お前は、俺が剣を振る理由になればいい」

 

上着のフードを跳ね上げる。赤茶けた汚れの下で、ヴィルヘルムが仏頂面でテレシアを睨んでいた。

彼女はそんなヴィルヘルムの態度に小さく首を振り、

 

「ひどい人。人の覚悟も決意も全部、無駄にして」

 

「それも全部、俺が継ぐさ。お前は剣を握っていたことなんて忘れて呑気に……そうだな。花でも育てながら、俺の後ろで安穏と暮らしていればいい」

 

「あなたの剣に、守られながら?」

 

「そうだ」

 

「守ってくれるの?」

 

「そうだ」

 

突きつけた剣の腹に手を当てて、テレシアが一歩前に出る。

息遣いさえ届き合う距離に二人、顔を見合わせる。潤んだ瞳に溜まった涙が、テレシアの微笑みを伝って落ちていき、

 

「花は、好き?」

 

「嫌いじゃなくなった」

 

「どうして、剣を振るの?」

 

「お前を、守るために」

 

 互いの顔が近づき、距離が縮まり、やがて消える。

 至近で触れた唇を離し、テレシアは頬を染めて、ヴィルヘルムを見上げ、

 

「私のこと、愛してる?」

 

「――分かれ」

 

顔を背け、ぶっきらぼうに言い放つ。観衆の時間の静止が解けて、衛兵がこちらへ大挙して押し寄せてくる。その中にいつか肩を並べていた面々がいるのが見えて、ヴィルヘルムは肩をすくめた。

そんな彼のすげない態度にテレシアは頬を膨らませる。あの場所で二人、花畑を前に笑い合っていた日々の一枚のように。

 

「言葉にしてほしいことだってあるのよ」

 

「あー」

 

頭を掻き、罰の悪さに顔をしかめながら、仕方ないとヴィルヘルムはテレシアを振り返ると、その耳元に顔を寄せて、

 

「いつか、気が向いたときにな」

 

と、恥ずかしさを言葉で誤魔化したのだった。

 

 

 

 

 

 

――煌めく宝剣が岩のような外皮を易々と切り裂き、風が走り抜ける。

 

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ――!!」

 

雄叫びを上げながら駆ける老剣士のあとを追いかけるように、生じた刃の傷から噴出する血が空を朱色に染めていく。

 

満身創痍の姿であることは誰の目にも見えていた。

左腕は肩から先が今にも落ちそうで、全身を濡らす血は返り血と自身の血が混ざり合ってどす黒く色を変えている。ほんのわずかな時間の治癒魔法の効果など、傷の止血と幾許かの体力の回復しか見込めない。依然、安静にしているべき重篤な状態であることに変わりはない。

 

だが、今のヴィルヘルムの姿を見て、誰が彼を瀕死の老人だと笑えるだろうか。

双眸の輝きを見れば、駆け抜ける足取りの力強さを見れば、握る刃の剣撃の鮮やかさを見れば、響き渡る裂帛の気合いを耳にすれば、その魂の輝きを目前にすれば、誰がその老人の人生の集約を愚かであると笑えるのだ。

 

刃が走り、絶叫を上げて、悶える白鯨の身が激痛に打ち震える。大樹の下敷きになって身動きの取れない魔獣の背を、駆け抜ける剣鬼の刃に躊躇いはない。頭部の先端から入る刃が背を抜け、尾に至り、地に降り立つと再び頭を目指して下腹を裂きながら舞い戻る。

 

一振り――長く長く、深く鋭い、斬撃が一周して白鯨を両断する。

 

跳躍し、動きの止まる白鯨の鼻先に再び剣鬼が降り立つ。その鬼気迫る姿に、初めて白鯨の目に「怯え」という感情が芽生える。今まで道中に転がる石同然に人間を消しとばしてきた己が、馬鹿にしてきた人間の手によって殺される。間近に迫った「死」への恐怖は、例え白鯨であっても拭えるものではない。

血に濡れた刃を振り払い、剣鬼は自分をジッと見つめる白鯨の右目――片方だけ残るそちらに自身の姿を映しながら、

 

「貴様を悪と罵るつもりはない。獣に善悪を説くだけ無駄。ただただ、貴様と私の間にあるのは、強者が弱者を刈り取る絶対の死生の理のみ」

 

「――――」

 

「眠れ。――永久(とこしえ)に」

 

白鯨の頭上に剣を突き刺す。最後に小さな嘶きを残し、白鯨の瞳から光が失われた。

自然、その巨体からふいに力が抜け、落ちる体と滴る鮮血が地響きと朱色の濁流を作り出す。

 

足下を伝う血の感触に、誰もが言葉を発することができない。

静寂がリーファウス街道に落ち、そして――、

 

「終わったぞ、テレシア」

 

動かなくなった白鯨の頭上で、ヴィルヘルムが空を仰ぐ。白鯨に止めを刺した剣を握りしめ、堪えても零れ落ちる雫を手で覆い隠しながら、ヴィルヘルムは声を絞り出す。

 

「テレシア、やっと……私は……」

 

掠れた声で、しかしそこには薄れることのない万感の愛が。

 

「俺は、お前を愛しているッ!!」

 

ヴィルヘルムだけが知る、告げられなかった愛の言葉。

最愛の人を失うその日まで、一度たりとも言葉にできなかった感情の昂ぶり。

 

かつて彼女に問われたとき、本来ならば告げておくべきだった言葉を、ヴィルヘルムは数十年の時間を経てやっと口にする。

 

白鯨の屍の上で、剣を取り落とした剣鬼が涙し、亡き妻への愛を叫んだ。

 

 

「――ここに、白鯨は沈んだ!」

 

ぽつりと、凛とした声音が平原の夜に静かに響く。

その声に言葉をなくしていた男たちが顔を上げ、地竜を歩かせて前へ進み出る少女を誰もが目にした。

 

長い緑髪はほつれ、戦いの最中に受けた傷で装飾の類は無残になり、その顔を自身の血で汚した、あまりにみすぼらしい格好の人物だ。

しかしその少女の姿は彼らの目に、これまでのどんな瞬間より輝いて見えた。

 

魂の輝きが人の価値を決めるのであれば、それは当然のことだ。

持っていた剣を天に差し向け全員に見えるようにし、

 

「四百年の歳月を生き、世界を脅かしてきた霧の魔獣――ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアが、討ち取ったり!!」

 

「――――おおおおお!!!!」

 

「この戦い、我々の勝利だ!!」

 

高らかに勝利の宣告が主君から上がり、生き残った騎士たちが歓声を上げる。それは、例え成り行きで運命を共にした魔術師とて変わりなく、額に傷を受け、道着やマントが汚しながら、この戦いにおいて重要な役割を果たした彼も、騎士のように歓声を上げることはせずとも、笑みを浮かべ拳を握りしめる。

 

霧の晴れた平原に、再び夜の兆しが舞い戻る。月の光があまねく地上の人々を照らす、あるべき正しい夜の姿として。

――ここに数百年の時間をまたぎ、白鯨戦が終結した。

 




前書きにもありましたが、今クソみたいにリアルが忙しく中々書ける時間がありません。
あと、個人的にブームがリゼロから、ワンピースに移ってそれを見まくっていたのも理由の一つですが(笑)。

ストレンジ先生への思いは以前強いのですが、リゼロに関しては徐々にモチベが落ちていまして……。何とか続けますが、更新ペースはかなり落ちてしまうかもしれません。一様、第5章までの構想はあるのですが……。

気長に待ってもらえるとありがたいです。
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