喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第十話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日。それは休みが明けた次の日、一週間の仕事が始まる最初の、社会人にとっては絶望の日。

 そして社会人程ではなくとも、学生にとっても憂鬱で仕方のない曜日。一体どれ程の人が、月曜日なんてなくなってしまえと考えた事があるだろう。俺も例外ではなく、その一人である。

 しかもスケジュールの関係上、朝から講義があるため早く起きなければならない。必修単位であるため、外せなかった。

 

「ふぁ…」

 

 欠伸を漏らす。眠い。だが、それだけだ。体調は何ともない。というか、俺が倒れた日からはもう一週間経っているのだから当然といえば当然なのだが。

 四季さんの心配を他所に、俺の体調はもう次の日には回復していた。今でもあの光景を思い出すし、しばらく忘れる事なんて出来やしないだろうが、その度に気分が悪くなる、という事はなくなった。もう次の日にはバイトに行ったし。他の人達に滅茶苦茶心配されたが。まるで電車に乗った老人の如く、椅子に座らせられたが。

 

「柳」

 

 横断歩道で信号が切り替わるのを待っていると、背後から呼ばれる。振り返ると、そこに立っていたのは同じ職場の同僚。

 

「おはよう」

 

「高嶺か、おはよう。…職場以外で話すのは久し振りだな。初めて会った時以来じゃないか?」

 

「そうか?…そうだな、そういえば」

 

 高嶺と挨拶を交わし、軽く話をする。

 こうして登校中に会うのは初めてだ。学部が違うのだから、当然講義の時間もずれる。学部が違う者同士が、大学に行く時間が重なる方が珍しいのかもしれない。

 

「そうだ、柳。親父からあれが完成したって報告が来たぞ」

 

「あれ?あれ…」

 

「忘れるなよ…。いや、まあ俺達には直接関係ある訳じゃないけど…」

 

「待て、もう少し待て。思い出せそうなんだ。もうすぐそこまで来てるんだ」

 

 呆れて苦笑する高嶺の前で必死に思い出すべく記憶を呼び起こす。

 いや、本当に思い出せそうなんだ。出任せでさっきの台詞を言った訳じゃあない。もう少しで、本当にもう少しで思い出せそう…あっ。

 

「ユニフォームかっ」

 

「やっと思い出したか」

 

 そういえば高嶺が言っていた。親の伝手でオリジナルユニフォームのデザインを依頼した、と。そうか、ようやく完成したのか。

 

「で、そのユニフォームは?」

 

「今は俺の部屋にある。流石にあれ持って大学行く訳にもいかないから」

 

「それもそうだな…。でも、今日の内に四人に渡すんだろ?」

 

「あぁ。講義が終わったら一旦帰って、ユニフォーム持って店に行くつもりだ」

 

「そうか」

 

 俺の講義が終わるのは夕方前。高嶺の講義がいつ終わるのかは知らないが、もしかしたら店に行った時には新しいユニフォームを既にあの四人が試着している可能性があるという訳か。

 

 …俺とて男だ。あの容姿に優れた異性達がどの様な姿になるのか、楽しみという気持ちが全くないと言ったら嘘になってしまう。

 

「それと…、柳。一つ、柳に相談したい事があるんだが」

 

「あ?相談?俺に?」

 

 ポツリポツリ、と高嶺が話し始める。初めは普通にその内容に耳を傾けるだけだった。やがて高嶺の話の内容に驚きが隠せなくなり、そして今、俺は自分の口角が吊り上がっているのを自覚している。

 

「お前…。随分大胆な事を考えるじゃん」

 

「…どう思う。正直このままじゃ、店が上手くいくとは思えない」

 

「だから、その作戦であの人を引き込もうって魂胆か?…お前、その作戦が成功するって本気で思うか?」

 

「ぐっ…」

 

 高嶺の口から出てきたのはとんでもない話だった。余りに浅はかで、出鱈目で、それでいて面白い。

 

「や、やっぱり、今の話はn「良いじゃん。乗るぜ、それ」…は?」

 

 高嶺が勢いよくこちらに振り向く。目を丸くして、口をあんぐりと開け、信じられないといった面持ちで俺を見ている。

 

「え、いや。…良いのか?」

 

「あぁ。俺も、このままじゃ駄目だと思いつつ、どうしようか悩んでた所だ。その悩みを解決させられそうなんだ、乗らない手はない」

 

 高嶺の作戦とやらに、俺は手を貸す事にする。ただし─────

 

「でもな、それじゃあ足りない」

 

「は?」

 

「疲れきってる人間をその気にさせるなら、もっと煽ってやらなきゃな」

 

 後に、高嶺はこの時の俺の顔についてこう語った。

 

 どこから見ても一人の人間を立ち直らせようという思い遣りを持った人の顔には見えなかった。悪役にしか見えなかった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講義が終わればすぐに店へと向かう。これがほぼルーティンと化してきた。

 ほぼ毎日バイトに行く俺を見て、ブラック職場に捕まったのではないかと心配してくれる心優しき友人と別れ、店に行った俺は、四季さん達の練習に付き合いながら料理の練習。

 

 先週の間に俺と高嶺がキッチンスタッフを務める事になり、以降は毎日オムライス、カルボナーラを練習がてら食べ続けた。

 因みに、週に何度かは自分で料理を作っている経験値があるお陰か、ほぼ自炊していない高嶺よりも好評だった。

 今ではその高嶺も練習のお陰で腕がかなり上がっているが。

 

 客に出せるか、と問われれば俺のも含めて首を傾げてしまうのが現実だが。

 

 そうしてそれぞれやるべき事をしていると、大きめの紙袋を持った高嶺が店に来た。すぐにその紙袋に墨染さんが反応し、高嶺が中からユニフォームを一着取り出す。

 

「おぉ!昂晴先輩、それはもしや!」

 

「あぁ。完成したぞ…、この店のユニフォームがっ!」

 

「おぉ~!」

 

 高嶺が取り出した緑色のユニフォームを、火打谷さんが目を輝かせながら受け取る。

 

「かわいぃ~…。昂晴先輩、本当にこれを着て良いんですか!」

 

「むしろ着て貰わないと困る」

 

 高嶺が女性組達にそれぞれ一着ずつユニフォームを渡していく。ユニフォームを受け取った女性組はすぐにバックルームへと着替えに行く。

 

「しかし、大分攻めたデザインになったな」

 

「不満か?」

 

「いや。…ただ、四季さん辺りがかなり恥ずかしがりそうだと」

 

「あー…」

 

 火打谷さんが体の前でユニフォームを広げた時に、スカートがかなり短い事に気が付いたのだ。

 明月さん達もそれなりに恥ずかしがるかもしれないが、四季さんは自分は前の服が良いと言い出しかねない気がした。

 

 そして、高嶺も俺の意見を聞いて同じ様に思ったらしい。

 

「もし四季さんが抵抗したら、褒め倒すか」

 

「それ、逆効果だろ絶対」

 

 うん、俺もそう思う。でも、多分滅茶苦茶良い反応をすると思う。

 だからなー、実践してみたいなー、あー俺の悪い癖が…。抑えなければ…。

 

「…」

 

 高嶺がじと目でこちらを見ている。止めろ、男にそんな目で見られたら気分が下がる。萎える。いや、女相手だったら、という訳ではないが。男はもっと嫌だ。きもい」

 

「きもいとか言うな!」

 

「あ、声に出てた?」

 

 そうして話している内にそれ程の時間が経っていたらしい。ガチャリ、とバックルームに繋がる扉が開く音がした。

 

 そこから出てくるのは勿論、先程着替えに行った女性組。新しいユニフォームに身を包み、皆が戻ってきた。

 

「ちょっと派手というか…、普段使いするのは辛いけど…。お店のユニフォームだもんね!このくらい可愛い方が丁度良いんだよね?」

 

「う、うん…」

 

 改めて人が着ている所を見ると、やはり相当攻めたデザインをしているのが分かる。このユニフォームを作った人は、どういう考えでこれを作ったのか。かなり強いメンタルをしていなければ作れない気がするが、それともデザイナーにとってはこれくらい訳ないのだろうか。

 

「うー…。やっぱり、何か落ち着かないなー…」

 

「何か不満があるなら遠慮なく言ってほしい」

 

「い、いえ!不満なんて滅相もない!ただ…、可愛すぎて、私には不釣り合いな気が…」

 

 火打谷さんがネガティブな台詞を吐く。しかし、決してそんな事はない。火打谷さんが着た緑のユニフォームは彼女にマッチして、かなり似合っていると思う。

 

 と、俺が言うより先に墨染さんが口を開いた。

 

「そんなに不安になる必要ないよ。私が保証するからっ。むしろ、心配なのは私だよ…。採寸してから体重がちょっと…、ちょっとだけ変わっちゃって…」

 

 墨染さんが火打谷さんのユニフォーム姿を褒めた、かと思えば今度は墨染さんまでもが自虐を始める。

 

 やはり、このデザインは派手すぎたのではなかろうか。この二人がこれだけ恥ずかしがっているとなると─────

 

「…」

 

「っ─────」

 

 四季さんと目が合った。瞬間、四季さんの頬が真っ赤に染まり、短いスカートの裾を引っ張って足を隠そうとする。

 その仕草は男にとっては逆効果だぞ。良かったな、相手が俺で。もし見てたのが高嶺だったら今頃その綺麗な足をガン見されてたぞ。

 

 かくいう俺も足に視線が吸い込まれそうになっているのだが。滅茶苦茶必死になって視線を上へ上へ向けているのだが。

 

「こ…」

 

「こ?」

 

「こっち、見ないで…」

 

「─────」

 

 今、雷に撃たれました。屋内にいる筈なのに、雷に撃たれました。

 何、この可愛い生き物は。お持ち帰りされても知らんぞ。…いや、落ち着け。キャラが崩壊する。冷静になれ、冷静に。koolになるんだ。

 

「これ、短すぎない…?ガッツリ足が出ちゃってるんだけど…」

 

「いえ、むしろこれくらいで丁度良いんですよ。ナツメさんの足は綺麗ですし、バンバン出しちゃいましょう!」

 

「それはちょっと店の印象的に止めた方が良いのでは」

 

 恥ずかしがる四季さんを見て何故かテンションが上がった明月さんにストップを掛ける。すると、明月さんの視線がこちらを捉えた。

 

「えぇ~?本当に止めちゃって良いんですかぁ~?」

 

「…何が」

 

「柳さん、四季さんに釘付けになってたじゃないですか」

 

「─────」

 

「っ…」

 

 悪戯っぽい笑顔を浮かべてそんな事を言いやがった明月さんに言葉が詰まる。明月さんの隣にいる四季さんが驚きと共にこちらを見る。

 

 止めろ、こっちを見るな。どう反応すれば良いんだ。誰か、助けて…っ!

 

「明月さん、からかいの対象が欲しいんならあっちでエロい目をしてる高嶺の方が適任だぞ」

 

 その時、どういった経緯でそうなったのか、抱き締めあって百合百合している墨染さんと火打谷さんを眺める高嶺の姿を見つけた。

 この千載一遇のチャンスを逃す手はない。俺は迷う事なく高嶺を売った。このピンチから脱するためだ。許せ高嶺。

 

「売りましたね、高嶺さんを」

 

 なお、即効でバレた模様。

 

「まあ、柳さんはこのくらいにしておいてあげましょう。それよりも…、にひひ」

 

「…趣味悪ぃ~」

 

 今、どこからともなくブーメラン乙という声が聞こえてきた気がしたが気のせいにする。するったらする。

 

 しかし、明月さんの矛先を逸らしたのは良いが、実は危機的状況なのは変わってない。明月さんが残した爆弾は他の人の手に渡り、今も起爆の危機にある。

 

「…」

 

 顔が赤いままこちらを見ている四季さん。先程の明月さんの台詞のせいだ。釘付けになったのは事実だが…、本人にそれを言ってくれやがったせいで気まずくて仕方ない。

 

「…」

 

 なにも言わないまま、再び四季さんの姿を見る。

 赤いパステルカラーを基調とし、白いラインの入ったスカートが短めのワンピースに、腰にはフリルのついたエプロン。

 

 四季さんは普段、どちらかというと大人っぽい雰囲気を感じさせる私服を着ているが、こういった可愛いを全面に出したデザインの服もかなり似合う。

 こんなの、男なら釘付けにならない方がおかしい。同性愛を疑うレベルで。

 

「似合ってる」

 

「え?」

 

 四季さんの視線がこちらに向いたまま変わらない。このまま何も言わないというのもどうかと思ったため、正直な感想を伝えてみる。

 

 が、四季さんは呆気にとられたようにきょとんとする。

 …あれ、これもしかして、失敗した?

 

「…本当?」

 

「本当」

 

「…それなら、良かった」

 

 俺の心配はどうやら杞憂だったらしい。四季さんがホッとした笑みを浮かべながら胸を撫で下ろす。

 

「何。似合ってないって思ってたのか?」

 

「だって…。こんな可愛い服、初めて着たし…」

 

「さっきも言ったけど、似合ってる」

 

「そんな繰り返さなくていいからっ」

 

 再び似合ってると伝えると、四季さんの声のボリュームが上がった。その理由が怒りではなく羞恥からだというのは、四季さんの顔を見れば明らかだった。

 

 …まずい。うずっと来た。落ち着け、koolになれ。本気で心配してる人をからかうのは趣味が悪いという域も越える。

 耐えろ俺。俺は、やれば出来る子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

「「「「…」」」」

 

「…あの。あのお二人って、そういった関係なんですか?」

 

「いえ、そういう関係ではない筈です」

 

「なら、昔からの友達、とか?」

 

「いや、俺と一緒で柳と話したのは最近…二週間前の筈だ」

 

「…その二週間の間に何があったんです?」

 

「「分かりません」」

 

 二人が話している間にこの様な会話があった事なんて、知る由もなかった。

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