喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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評価に色が付きました。ありがとうございます。
気が向いたら感想の方もお願いします。(乞食)


第十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近くにあった椅子に靴を脱いで乗り、高嶺から風景画が入った額縁を受け取って壁に刺さった釘に引っ掛ける。

 角度を整えて椅子を降り、絵がちゃんと平行になっているかどうかを確かめ、うん、と頷く。

 

「大丈夫だな」

 

「はい、大丈夫ですね。…はぁぁ~、終わったぁ~」

 

 俺の呟きに火打谷さんが続き、直後気の抜けた声が彼女の口から漏れる。

 

「シーリングファンを持ち上げ続けるのはマジで疲れた」

 

「本当に、今日は疲れたねぇ~…」

 

「でも、随分雰囲気良くなったな」

 

 この会話を聞いて分かる人には分かるだろうか。ついさっきまで、俺達は店内の模様替えを行っていた。

 高嶺の親父さんが是非店で使ってほしいと譲ってくれた絵を飾り、テーブルの間に仕切りを設置し、天井にシーリングファンを取り付けた。

 昨日までの店内とはまるで違う印象を受ける。取り上げられる変化はシーリングファンの有無、絵の有無、テーブルの配置くらいの筈なのに、目に見えて明るく感じるのが不思議だ。

 いや、模様替えとはそういうものなのだが。

 

「あぁ。私にもハッキリと違いが感じられる」

 

 ミカドもまた、俺達と同じ印象を抱いていた。こういった感性は、俺達人間よりも鈍いミカドがこう言うのだ。この模様替えは大成功といって良いのではないだろうか。

 

「そろそろ、大家を呼んでみても良いのではないか?」

 

 そして、ミカドは四季さんにこう提案した。

 確かに店内の雰囲気はガラッと変わり、従業員を増やし、ユニフォームを一新した。何より、今と以前と、四季さんの覚悟は全く違う。

 

 今ならば、と思う気持ちは俺も同じだった。

 

「そうは言っても、まだ不安はあるんだけど…」

 

 しかし四季さんは踏ん切りが着かないらしい。まあ、期限である月末まであと少し。四季さんの言う通り、この店にはまだ不安要素はあるし、解決していない事もある。

 

 そうこうしている間に期限はあっという間に来るという気持ちはあるが、完璧を求める気持ちも分からないでもない。

 

「そういえば、パンケーキの件はどうなったの?」

 

「何か考えがあるって言ったまま、放置していませんか?」

 

 今、墨染さんが言った件もこの店の不安要素、解決していない事の一つ、というよりは大部分というべきか。

 墨染さんに続いて火打谷さんも高嶺の方を見て続ける。

 

「放置している訳じゃない。準備をしなきゃ駄目なんだ。…でも、そろそろ良いかもな」

 

「具体的にはどうするんですか?」

 

「この店に、呼びたい人がいるんだ。何をするかは…、当日まで秘密という事で」

 

 高嶺の言う通り、そろそろ呼んでも良いかもしれない。それに、あれからだいぶ間が空いてしまった。時間もそう残されていないだろう。

 明月さんになら、とも思うが、高嶺は念を押して全員に言わない事にした様だ。

 

 とにかく、模様替えは終わったがまだ時間は余っている。オープンに向けてそれぞれが出来る事をする時間となり、思う場所へと足を向ける。

 

「…母さんに聞いてみるか」

 

 一度店内を見回す。やはりかなり明るい印象になったのは間違いない。しかし、もしかしたらまだ改善点があるかもしれない。が、俺にはそれが分からない。

 

 もっと良くできる何かはあるのか、それともこれで十分なのか。手っ取り早くそれが聞ける人に聞く事にする。

 今頃向こうは早朝で、もしかしたら寝ているかもしれないが遠慮はしない。いつもは向こうがこっちの事情などお構いなしに帰国してくるのだから、こっちとて向こうの事情なんて構わず行動してやろう。

 

 スマホはロッカールームの鞄の中だ。俺はスマホを取りに行くべく、休憩室へ入る。

 

「…?」

 

 前に、足が止まる。何故か、扉が開いている。それだけではなく、そこから何かが聞こえた気がした。

 嫌なデジャブを感じつつ、耳を澄ましてみる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 安堵した。人ならざる者の声ではない。間違いなく人間の声が耳朶を打った。

 

 接客の練習をしているのか。休憩室で。何故?それと扉を開けたままで。

 そっ、と中を覗いてみる。

 

 中では椅子に座り、テーブルに置いた鏡に写る自分と見つめ合いながら、何度もいらっしゃいませ、と口にする四季さんがいた。

 

「いらっしゃいませ。…いらっしゃいませ」

 

 いらっしゃいませを繰り返す四季さんだが、自分的に満足いく手応えは得られなかったらしい。表情を曇らせ、肩を落とす。

 

「駄目だ、上手く笑えてない…。何故か嘘臭く感じるのよね…」

 

「…」

 

 接客の練習、というよりは笑顔の練習をしているらしい。確かに、以前接客のシミュレーションとして四季さんの笑顔を見たが、まあ、あれだ。四季さんには悪いが酷かった。思いっきり笑顔が引きつってた。

 

 その時に比べればかなり進歩している気がするが。実際に目の当たりにした訳ではないため、断言は出来ないが。

 

「えっと…、広角が上がりやすい言葉…。ウィスキー」

 

「…」

 

「いらっしゃいませー」

 

「…」

 

 これ、見ちゃいけないものを見ている気がする。別にセクハラとかそういうのではないが、多分見られた本人は相当恥ずかしい。俺ならすぐに帰る。

 

「…写真送るのは後にしよう」

 

 という事で予定変更。四季さんが休憩室から出てくるまで料理の練習しよう。そうしよう。

 俺は踵を返してキッチンに向かおうとする。

 

 ギィィィ…

 

 その時、扉が鳴った。扉を閉めようとしたのだから、当然なのだが。

 勿論その音は四季さんの耳に届いており、視線がこちらに向く。

 

「あ」

 

「…なぁっ!?」

 

 まずい。視線が合った。俺は即座に扉を閉めて踵を返す。何も言わず、ただ急ぐ。恐ろしい事になる前に。

 

「待て」

 

 その、つもりだったのに。速い、速すぎる。休憩室の扉が開き、中から手が伸び、俺の肩を掴む。

 ギリギリと指が肩に食い込み、決して離すまいという意志が嫌という程に伝わってくる。

 

「いつから見ていた…?」

 

「…いらっしゃいませー。ウィスキー」

 

「っ~~~~!」

 

 言い逃れ、嘘は許さないと言葉に出さずとも伝わってきたため、正直に且つ簡潔に答える。見ていた、と。

 直後、声にならない叫びを上げる四季さん。その顔は羞恥で真っ赤になっている。

 

「それじゃあ、俺は料理の練習に行くから」

 

「待ちなさい。行くんなら記憶を置いてきなさい」

 

「んな無茶な」

 

 気持ちは分からないでもないが、無理なものは無理だ。

 

「無茶でも置いてって貰うわ。こっち来て」

 

「ちょっ、待って。本気?本気で俺の記憶を消すつもりか?今、刑事事件なんて起こせば何もかもパーだぞ?」

 

「バレなきゃ犯罪じゃないのよ」

 

「てか、痛い。肩痛い。とにかく離して。話し合おう。人間同士は話し合う事が出来る。きっと良い解決策が見つかる」

 

 どうしても肩を離してくれないのでとりあえず休憩室に入る。そこでようやく四季さんは肩から手を離してくれた。

 

「ぐむむむむむ…」

 

 そして、唸り声を上げながら俺を睨むのだった。

 

「そんなに見られたくなかったら、ちゃんと扉を閉めておくべきじゃないのかって正論は話がややこしくなりそうだから黙っておこう」

 

「言ってるわよ。…それより、扉が開いてたって本当?」

 

 四季さんの視線が僅かに柔らかくなり、俺の台詞について聞き返してきた。その問いかけに頷いて答えてから口を開ける。

 

「でも、覗いたのは謝る」

 

「…ううん。私が不用心なだけなんだし。はぁ~…」

 

 どうやら、記憶喪失の未来は免れたっぽい。その代わり、四季さんが自責の念で落ち込み出してしまった。

 

「それより、何でこんな所で練習してたんだ?他の人と一緒に練習すりゃ良いじゃん」

 

 四季さんの不用心が主な原因とはいえ、俺がじっくり覗いてしまったのも事実。四季さんだけが責任を感じるのは何か違う気がする。

 

 という事で、ちょっと無理矢理だが話題転換を試みる。急に全く違う話題には移れないので、先程までの話と関連する話になってしまうが。

 

「…最初は、火打谷さんに笑顔の作り方を教えて貰ってたんだけど、余りにも感覚的な説明で」

 

 四季さんが言う。火打谷さん曰く、

 

『まず、楽しい事を思い出します。次に、その時に沸き上がった気持ちを溜め込みます。気持ちを溜めて、溜めて、限界まで溜めて…。後は解放するだけ!』

 

 らしい。その直後、輝かんばかりの可愛らしい笑顔でいらっしゃいませ、と言ってのけたという。

 

 四季さんの言う通り、物凄く説明が感覚的だ。四季さんはどちらかといえば理論派だろうし、この説明じゃあさっぱりだろう。

 

「でも、楽しい事を思い出す、くらいは出来るんじゃないか?」

 

「…思い出そうとしたけど、思い出して笑顔になれそうな思い出がない」

 

「なるほど。…あれだ、あれ。俺もそうだから、安心しろ」

 

「安心できる要素がないんだけど…」

 

 さいですか。

 

 しかし、どうすれば良いのやら。俺的には練習中の笑顔は、十分明るくて接客に通用するものだと思うのだが。多分、そう伝えても四季さんは納得しないだろうし。

 

「んー…。過去が駄目なら未来…なんて、単純すぎるか」

 

「未来?」

 

「ん?んー、と…。たとえば、この店の未来を想像する、とか?」

 

「お店の、未来…」

 

 口から出てきた案は、正に絞り出したという表現がぴったりな、苦し紛れのものだった。

 だが、四季さんはその一言を反芻する。今、四季さんの頭の中では、四季さんが思う店の未来が広がっているのだろう。

 

「…ふふ」

 

 四季さんが、笑った。今まで見た事のない、優しげな笑顔で。

 

「良いじゃん」

 

「え?」

 

「今の笑顔」

 

 四季さんがきょとん、と目を丸くする。

 

「…本当?」

 

「嘘言ってどうすんだよ」

 

「そっか…。そっか」

 

 四季さんの呆けた表情がゆっくりと和らいでいく。

 

「ちなみにさ、良かったらなんだけど」

 

「ん?」

 

「どんな未来を想像した?」

 

 安堵の笑みを浮かべた四季さんにふと興味が沸き、聞いてみる。

 少しでも嫌がればすぐに引き下がるつもりでいた。しかし─────

 

「お店に来てくれた人達皆が、笑顔になるところ」

 

 四季さんは思いの外素直に即答した。

 その顔に浮かぶ柔らかい笑顔に、つい釣られてこちらの口許まで緩んでしまう。

 

「…実現できたらいいな」

 

「できたらいい、じゃなくて、するの。柳君にも手伝って貰うんだからね?」

 

「そうだった」

 

 つい他人事の様に言ってしまったが、俺もこの店の、喫茶ステラの店員である。ならば、四季さんが思い描く未来を実現できる様、協力する義務がある。

 

 いや、義務でなくとも協力したい。今の俺は、そう思う事が出来た。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

 

「あ、うん。ごめんね、私の相談に乗って貰っちゃって」

 

「気にすんな。四季さんも練習頑張れよ」

 

 そう言い合ってから、俺は休憩室を出る。扉が閉まる音を背後に、キッチンへと向かう。

 

 それじゃあ、俺も俺の練習をするとしよう。

 四季さんが願う未来の実現のために。

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