喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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かなり長くなりました。ここまで書いたの久しぶりでちょっと疲れた…。


第十二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月末まで残り二週間を切った。オープンへの準備は着々と進み、もし今すぐに開店の許可を貰ったとしても、とまではいかないが、不安要素はもう後僅かとなった。

 

「今日の紅茶、どうでしょう…?」

 

「…」

 

 ユニフォーム姿の火打谷さんが、緊張した面持ちで紅茶を味わう俺を見つめる。

 口に含んだ紅茶を舌で撫で、じっくり味わってから喉へ通す。

 

「…うん。これなら良いだろう」

 

「本当ですか!?やったぁ~!」

 

 俺がそう言うと、火打谷さんが両手を上げて喜びを露にする。

 火打谷さんがここに勤めてからずっと、彼女は紅茶を淹れる練習を続けてきた。その度に俺や四季さん、高嶺に明月さん、墨染さんと火打谷さんが淹れた紅茶を飲んできた。

 

 先日、皆が火打谷さんの紅茶をおいしいと口にした。俺以外は。

 俺自身、厳しすぎるかとも思ったが、人によって淹れる紅茶の味が変わるというのは客にとって印象が悪い。勿論、全員が全く同じ味に淹れられる様になる、とまで求めるつもりはさらさらなかったが。

 

 それから火打谷さんは俺に紅茶を淹れ、何度も首を横に振られ、そして今日。ゴーサインが出せるまでになった。

 

「よかったね、愛衣ちゃん!」

 

「ありがとう、希ちゃん!ホント…、千尋先輩は紅茶に厳しすぎだよ…」

 

「何か言ったか?」

 

「いいいいえ!何も!」

 

 思いっきり聞こえていたが、からかう意味も込めて聞き返してやると、火打谷さんが面白いくらいに動揺する。

 更にん?ん?と追い打ちを掛けてやると火打谷さんが涙目でぷるぷると震え始める。

 

 ちょっとやり過ぎたか、と思う反面もう少し、もう少し、という悪戯心が暴れだす。

 

「柳君。やり過ぎ」

 

「…はい」

 

 直後、背後からぺしりと頭を叩かれる。それと同時に聞こえてきたのは四季さんの声。

 さすがに第三者から止められたらこれ以上は続けられない。

 

「火打谷さん、冗談だから。ごめん」

 

「い、いえ…。…あれ?結局これって、聞こえてたって事…?」

 

 火打谷さんの最後の呟きはスルーする。ここでまた突っ込んだら、多分火打谷さん泣く。

 

「それで、昂晴君。今日ってお客さんが来るんだよね」

 

「高嶺さんのお友達でしたよね?」

 

「友達とお姉さんな。知り合いだけど、ちゃんとしたお客さんだ。プレオープンというか…、実践練習として本番のつもりで接してほしい」

 

 火打谷さんとのやり取りは終わり、墨染さんが口を開く。

 墨染さんと明月さんの問い掛けに答えた高嶺の言う通り、今日は高嶺の友人とその姉がこの店に来る予定だ。

 

 そう。先日、俺が倒れた原因となった大量の蝶。その蝶を集めてしまった張本人、汐山さんとその弟である。

 

「それで、いつ頃来る予定なの?もしかして、いつ来るか分からない実践形式?」

 

「いや、そろそろ来る予定だけど…」

 

 今度は四季さんが高嶺に問いかける。時刻は昼過ぎ。そろそろ来ても良い頃だ。

 と、思ったその時だった。四季さんが何かに反応し、視線がゆっくりと何かを追いかけるように動く。

 

 その直後、ガチャリと扉が開く音と同時に、来店を知らせるベルの音が鳴り響いた。

 

「「「「いらっしゃいませ」」」」

 

 一斉に女性陣が振り向き、笑顔を浮かべて来店の挨拶を口にする。

 

 店に入ってきたのは一組の男女。その内の一人、男の方は笑顔を浮かべる女性陣を見ながらぽかん、と呆けていた。

 

「うーわぁ…。店員のレベル高ぇ…。え…、四季さんまでいるし!」

 

 女性陣を眺めていたかと思うと、四季さんを見て大声を上げた。

 

 随分騒がしい奴だな、という印象を受ける。大学で四季さんの噂を真に受けていたから、今の四季さんの姿を見て驚いているのだろう。

 

 そう、彼は俺と高嶺と同じ大学に通っている。もう分かっているだろうが、高嶺が店に呼んだ友人、汐山宏人である。

 そして、彼の隣に立つ女性が汐山涼音。彼の姉であり、今回汐山姉弟を店に呼んだ真の目的である。

 

「昂晴、お前隠してたな!前は紹介できる仲じゃないとか言ってたくせに!」

 

「私の名前を知ってるっていう事は…、同じ大学?」

 

「名前も覚えて貰ってない…。いや、そこまで親しくないし、喋った事も殆どないから当然だけどさ」

 

 自身の名前を知られていた事に驚く四季さん。だがすぐにその理由を推測し、状況を整理する。

 しかし、聞かなくても分かりそうなものだが。高嶺が気軽に店に呼べる友人なんて、同じ大学の人くらいだろう。

 いや、一人暮らしとは聞いているが、通ってた高校が近く、そうした友人も近くにいるのかもしれないが。

 

 因みに言うが、俺は大学繋がり以外の友人は近くにいない。他人の事を言えないと思われるかもしれないが、通ってた高校は今住んでる場所から遠く、進学を期に友人とは離れてしまったからだ。

 別に友達いない訳じゃないからな。多いとは口が裂けても言えないが。

 

「もしかして、同じ大学の人を呼ぶのは嫌だったか?」

 

「正直、嫌だけど…。この状況で我が儘は言えないでしょ。でも、余り周囲に言い触らしたりとか、冷やかしに来たりとかはしないでほしい」

 

「いや、そんなガキっぽい事しないって」

 

 四季さんの要望にたいしての即答の仕方を見るに、最低限の人となりはできているらしい。なんて考えてる俺は人様に誇れる人となりをしているのかと問われれば、否だが。

 

「お客様、お席はこちらになります」

 

 会話が一区切りつくと、明月さんが二人を席に案内する。そして二人につい先日作った仮のメニュー表を渡すのを見届けてから、俺と高嶺はキッチンへと移動する。

 

「さて、と。そんじゃま、作戦の第二段階を使わない事を祈りますか」

 

「ホントだよ…。あの作戦、完全に柳が悪役になるからな」

 

「んー…。俺としてはああいう悪役は一回演じてみたいって思ってるんだけどな」

 

「お前、さっき何て言ったか覚えてるか?もう一度反芻してみろ」

 

 作戦の第二段階を使わない事を祈りますか、と言いました。それは俺の本音だけど、それとは別の欲求もあるというだけの話だ。

 

 汐山さん、姉の方をこの店に招待できた所までは予定どおり。そして、ここからでは見えないし聞こえないが、高嶺が弟の方にパンケーキを注文する様に伝えている。

 

 問題はそこからだ。パンケーキを食べ、高嶺が説得をして、そこでその気になってくれればそれで良し。だがもし、その気になってくれなければ─────

 

「俺の出番だな」

 

「柳、顔。悪い顔になってる。普通に怖いって」

 

 少し時間が経ってから、明月さんがキッチンにやって来て、二人の注文内容を俺達に伝える。

 短く互いに、俺がオムライス、高嶺がカルボナーラを作ると確認し合ってから作業に移る。

 

 まず玉葱、ソーセージ、そして四季さんが嫌いなピーマンを微塵切りにする。

 ケチャップライスにピーマンを混ぜるというのは俺の案から取り入れられたのだが、他の四人からは賛同を得られた。しかし、四季さんは頑なに固辞し続けた。何故なら、苦いもの、つまりピーマンが嫌いだからだ。

 結局多数決でピーマンが採用されたのは良いものの、俺と高嶺のオムライスの練習の際、四季さんは一切味見してくれなかった。理由は、ピーマンが嫌いだから。

 

「おい」

 

「どうした四季さん。すぐにでも鈍器を持って俺を殴りたいと言わんばかりの顔をしてるぞ」

 

「随分な説明口調ね。…今、何か失礼な事を考えたでしょ」

 

「そんな、滅相もない」

 

 ふふふ。確かに四季さんの言う通り失礼な事を考えてはいたが、そんな証拠はどこにもない。四季さんの言葉はただの戯れ言。

 

 バレなきゃ犯罪じゃあないんですよ?

 

「…」

 

 だから、四季さん。そろそろその目を止めてくれませんかね?

 

「はぁ…。それより、本当に大丈夫?」

 

「何が?」

 

「分かってるくせに…。パンケーキの事」

 

 ようやく四季さんが睨むのを止める。すると今度は心配げな表情になり、俺にそう聞いてきた。

 

 汐山姉弟が頼んだのはオムライスとカルボナーラ。そして、デザートにパンケーキ。

 つまり、予定通りという事だ。それに、まだ話している所を見てはいないが、立ち姿やちょっとした仕草を見る限り、気は強そうだ。

 

(煽り甲斐がありそうだ)

 

「柳君、悪い顔になってる。ちょっと怖い」

 

「失礼な、怖いとは何だ。…とにかく、パンケーキの事なら任せろ。何とかする。高嶺が」

 

「俺!?いや、確かにそのつもりだけど、俺が駄目だったらお前の番だろ!」

 

「…?」

 

 四季さんが首を傾げている。何が何だか分からない、といった様子だ。

 しばらくそうして疑問符を浮かべていたが、やがて何か割り切った様な表情になる。

 

「とにかく、二人に任せて大丈夫なのね?」

 

「「おう。高嶺(柳)に任せればだいじ…おい」」

 

「…不安だ」

 

 四季さんのため息はやけに大きく響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、オムライス」

 

「カルボナーラも出来たから、持っていってくれ」

 

 ほぼ同時にオムライスとカルボナーラが完成し、偶然近くにいた墨染さんに完成した旨を伝える。そして二枚の皿を回収し、そのままフロアで待つ汐山姉弟の元へと向かった。

 

「さて、と。んじゃ、パンケーキを作りますか」

 

「そだな」

 

 オムライスとカルボナーラを作り一段落、とはいかない。ここからが本番、パンケーキ作りに取り掛かる。

 このパンケーキの出来で全てが決まる…訳ではないが、とにかく今出せる全力を以て材料と向かい合う。

 

「あの~…」

 

「ん?どうしたの、火打谷さん」

 

「お二人は、いつの間にパンケーキを作れる様になってたんですか?」

 

 その時、火打谷さんがひょっこりとキッチンに顔を出し、俺達に話し掛ける。高嶺が本題を促すと、火打谷さんはそう問い掛けた。

 

「作れるなら教えてくださいよ~。私も食べてみたいです~。ねぇ~、せんぱぁ~い」

 

「いや、作れないぞ?」

 

「…へ?」

 

「おい、柳…」

 

「あー、作れないはちょっと違うか。でも少なくとも、客に出せるクオリティーじゃない」

 

 火打谷さんの目が点になる。そりゃそうだ。作れない、クオリティーが低い、なんて平気で言いながら客に出すパンケーキを作っているのだから、そりゃあ困惑する。

 

「えっと、それは大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃない、問題だ」

 

「いやいやいや、本当に大問題じゃないですか!?」

 

「だから、これから大丈夫にする。予定」

 

「…良く分からないんですが?」

 

 首を傾げる火打谷さん。彼女には悪いがこれ以上言う訳にはいかない。火打谷さんは少々純粋が過ぎ、嘘が下手な節がある。

 今回の作戦について伝え、もしバレてしまったら全てがおじゃんだ。

 

「とにかく、何とかするんだよ。高嶺が」

 

「だから何で俺だけに被せるんだよ!」

 

 何やかんやありながら、パンケーキが完成する。丁度良く汐山姉弟の二人の食事が終わり、皿に載ったパンケーキが運ばれていく。

 

 ちょっと焦げ目がついた、膨らみも感じられないパンケーキが。

 

「…さて、どんな反応をするかな」

 

「さあ」

 

「正直嫌だけど、怒られるよな」

 

「むしろ、怒ってくれなきゃ困る。あのパンケーキに怒る気も起きないようならお手上げだ。…ミカドは、そこまでは進行してないだろうって言ってたけど」

 

 今頃フロアで俺達が作ったパンケーキを食べているであろう汐山さん(姉)の姿を思い浮かべる。

 

 さて、どう反応してくれるか。

 

「先輩、なんかお客様がお呼びなんですけど…」

 

 来た。高嶺と顔を見合わせる。実際に顔を見合わせなければ分からないが、とりあえず予定通り。

 

「高嶺」

 

「二人で行くぞ」

 

「あびゃー」

 

 怒られる役を高嶺に押し付けようとするも失敗。襟を掴まれ引っ張られるが、すぐに高嶺の手を離して自分で歩く。さすがにあんな体勢でフロアには出られない。

 

 そうしてフロアに出て、姉弟が座る席に歩み寄る。高嶺と並んで席の前に立つ。

 

「お待たせ致しました」

 

「君達がオムライスとカルボナーラを作って、パンケーキを焼いてくれたの?」

 

「はい」

 

 その女性と相対し、視線から伝わってくるのは怒り。間違いなく、あのパンケーキを食べた事が原因だ。

 どうやら、本当に俺達の心配は杞憂だったらしい。この人はまだ、立ち直れる。

 

「オムライスとカルボナーラ、まあ…美味しかったよ」

 

「ありがとうございます」

 

「でも、このパンケーキは何?このクオリティーは何なの?」

 

 視線を鋭く、俺達を睨む汐山さん。当たり前だが、本気で怒っていらっしゃる。そうさせたのは俺達だが、正直に言おう。

 

 普通に怖い。

 

「そんなにか?」

 

「火が強すぎる。焼きすぎてるから気泡がなくなって、ふっくらもしてない。…まともに練習してないでしょ。どうしてこれが最後なの?台無しだよ」

 

 その怒りは真っ直ぐに俺達に向けられる。睨む汐山さんの向こう側では、四季さん達が俺達を心配げに見つめている。

 

「でもそれって、姉貴から見ればそう思えるだけで、素人には分からないんじゃないか?」

 

「…ねぇ、キッチン貸して貰える?」

 

 汐山弟が怒りに満ちた汐山さんに口を挟む。

 さすが弟といったところか。今の汐山さんに口を挟めるなんて、少し尊敬する。

 

 汐山さんの要望は通り、キッチンへと入る。そして始まったのは、パンケーキ講座だった。

 

「火は強すぎても弱すぎてもダメ。後、気泡が空くのを待ちすぎたら、火が通り過ぎて生地も乾く。だから仕上がりも固くなるし、焦げたりして味も台無しになる」

 

 手元を観察する俺達に説明しながら作業を進める汐山さん。焼き上がったパンケーキは俺達のものとは比べ物にならない綺麗な焼き色で表面を染めていた。

 パンケーキは皿に盛り付けられ、そこにパフェ用のクリーム等を添える。

 

 出来上がったのは、まさに女の子受けしそうな見た目をした美味しそうなパンケーキ。これを見ると、いくら作戦のためとはいえ、流石に適当すぎたんじゃないかという反省の念が押し寄せてくる。

 

「ほれ。食べてみろ、無知なる弟と愚かなる二人よ」

 

 演技がかった台詞に従い、俺と高嶺、汐山弟はフォークを持ち、切り分けたパンケーキを一切れずつ口に入れる。

 

「…うま」

 

 自分が作ったパンケーキを食べた事がないため比べる事は出来ないが、それでもつい口から言葉が漏れてしまうくらいには旨かった。

 

 そして美味だと感じたのは二人も同じだったらしく、目を丸くしながらパンケーキを味わっている。

 

「確かに、違うもんだな。さっき食べたパンケーキは素人臭くて、こう…焦げの苦味があったって良く分かる」

 

 弟の感想を聞いた姉が、腕組みをしながらうんうんと頷いている。

 何とも態度が偉そうだ。いや、実際今この状況で誰が偉いのかと聞かれたらこの人だと即答できるのだが。

 

「あのー…、アタシも一口食べさせて貰って良いですか?」

 

「はいよ。俺は違いが分かっただけだ十分だし、甘いのあまり好きじゃないからな」

 

「やった!」

 

 ずっと、見ているだけだった火打谷さんが我慢の限界を迎えたらしい。ひょこっと顔を出し、パンケーキを見つめながら問い掛けると、汐山弟が容認する。

 

 火打谷さんだけじゃない。続いて墨染さん、明月さん、四季さんもパンケーキを味見したいと告げ、フォークを持ってくる。

 

「っ、すごいこれ、美味しいです!」

 

「ふわふわしてて美味しい~!」

 

「自分で焼くのとは違う…。丁寧に焼くだけで、こんなに違いが出るものなんだ…」

 

 べた褒めだ。いや、これだけ褒められて当然のクオリティーなのは間違いないが。

 

「早くお二人もこれくらい上手く作れるようになってください」

 

「はっはっは、無茶を仰る。そんな簡単な事じゃないんだぞ」

 

「でも、どうせお店で食べるなら、家のと違いが分かるぐらい美味しいのが食べたいです」

 

「…」

 

 遠慮なく要求してくる火打谷さんと話していると、視界の端で目を見開いている汐山さんの姿が見えた。

 汐山さんの方を見ると、彼女はゆっくりと口を開ける。

 

「もしかして、仕組んだ?」

 

「犯人はこいつです」

 

「おいっ!」

 

 バレた。誤魔化さず、生け贄を差し出す。生け贄が抵抗するが、無理やり彼女の前まで連行する。

 

「…君が?」

 

「いや、俺というか…。そんな大層な事じゃないです。正直、あれでも真面目に作ったんですよ。それであの出来だったんです」

 

「尚更悪い。まともな練習してないでしょ、君」

 

「あ、それはこいつのせいです。中途半端に上手くなったら引き込めなくなるって」

 

「おいっ、バカッ!」

 

「あ」

 

 汐山さんに追求されていた高嶺のバカが口を滑らせた。俺に生け贄にされ、反抗心が沸いてしまったか。それで口が滑りやすくなってしまったか。

 

「引き込む?」

 

「…」

 

「なるほど。そういう事か」

 

 汐山さんの声音が冷えていく。そして、俺達の肝も冷えていく。

 

 まずいまずいまずい。これはまずい。何て事をしてくれたんだ、馬鹿嶺昂晴。これで作戦失敗とかになったら、一生恨むからな。ていうか、知り合いの住職に呪って貰うからな。

 

「…安心して。怒ってないから」

 

「え?」

 

「いや、ここまで私に都合がいいというか、そういう流れになったら、普通に察しがつくでしょ」

 

 焦りのあまり見えていなかったが、汐山さんは笑っていた。笑っているといっても苦笑いだが。少なくとも、嵌められた事に怒っている様子はない。

 

 これは、安心して良さそうか。いや、油断はならない。気は緩めず、汐山さんの機微を見逃さないよう目を光らせる。

 

「でも、どうして私な訳?…パティシエ、或いは仕入れ先に困ってた矢先、たまたま職場をクビになった丁度良い人、だから?」

 

「…はい、そうです」

 

「お、おい柳」

 

 高嶺が後ろから咎めてくるが、構わない。この人に半端な嘘は通用しない。それなら、真っ直ぐ自分の本音を伝えるべきだろう。

 

「それじゃあ、良い仕入れ先を紹介するよ。それでどう?」

 

「はい。ありがとうございます。…って、貴女が来る前の俺なら言ってたでしょうね」

 

「は?」

 

「今の俺は、貴女が欲しい」

 

「っ!?」

 

 目の前の汐山さんだけではない。高嶺が、汐山弟が、パンケーキを食べていた四季さんが目を見開いて固まり、俺の方を見る。

 

「な、な、なななななにををををいいいいって!?」

 

「さっきのパンケーキ、本当に美味しかった。何なら、毎日食べても飽きなそうなくらいに」

 

「まままま毎日!!?」

 

「紅茶のお供に良さそうで」

 

「…」

 

 あれ、さっきまで顔を真っ赤にして満更でも無さそうだったのに、いきなり冷めた顔になったんだが。

 

 俺、何かやっちゃいました?

 

「それと、どうして私、と聞きましたよね。それは、この店に来てくれるお客さんを笑顔にしたいからです」

 

 視界の奥で、四季さんの表情が動いたのが見えた。

 

「俺だけじゃなく、皆同じ気持ちです。だから、食べた人を笑顔にさせるお菓子を作れる、汐山さんが欲しい」

 

 高嶺も、汐山弟も、四季さんも明月さんも墨染さんも火打谷さんも、皆笑っていた。これだけ人を笑顔にさせるお菓子を作れる人が、どれ程いるだろう。

 

「…とりあえず、あんたそのややこしい言い方は止めた方が良いよ」

 

「?」

 

 素直な気持ちを率直に伝えた気でいたのだが。何がややこしいのか。

 疑問符を浮かべていると、何故か汐山さんは疲れたように、本当に疲労困憊といった様子でため息を吐いた。

 

「…昂晴。あいつさ、結構馬鹿?」

 

「いや、そうじゃない。そうじゃない…って、思ってたんだけどな」

 

「そこの二人。後で覚えてろ」

 

 こそこそと囁き合っている二人を睨み付ける。勿論、会話の内容はしっかり耳に入っている。俺の地獄耳を嘗めるな。

 

「…君は、笑ってなかったみたいだけど?」

 

「すいません。笑いよりも驚きの方が勝ってしまって。この褒め方じゃ駄目ですか?」

 

「駄目ね。やっぱり、パティシエとしては笑顔の方が嬉しいものよ」

 

 なお、俺が例外だった事にはしっかり気付いていたらしい。いや、美味しくなかった訳じゃない。むしろ、さっきも言ったが毎日紅茶のお供に欲しいくらいあのパンケーキは美味かった。

 

 ただ、こういうシチュエーションでは、俺は笑顔よりも驚きの方が勝ってしまう。

 

「心は笑ってました、じゃ駄目ですか?」

 

「笑顔じゃなきゃ駄目」

 

「…」

 

「きもっ。あんた、笑顔下手すぎない?」

 

「泣くぞ」

 

 笑顔じゃなきゃ駄目っていうから笑ったのに。返ってきたのは辛辣なきもっ、という一言。

 傷付いた、あー傷付いた。柳千尋君の心は傷付いてしまいました。これはいけない。

 

「俺の心に対する傷害罪の刑としてこの店に勤めてください」

 

「誘い方が雑。あんた、モテないでしょ」

 

「殺人未遂に切り替わりますよ?」

 

「心弱すぎだし…」

 

 呆れを隠そうともせず大きく溜め息を吐く汐山さん。

 

「いいよ」

 

「…はい?」

 

「だから、良いって言ってるの。このお店に、勤めさせてください」

 

 数秒の空白。呆けた時間の後、やってくるのはキッチン中を包み込む喜び。

 

「本当ですか!?本当にここで働いてくれるんですか!?」

 

「お、おぉ?そ、そのつもりだけど…」

 

「やったぁー!!」

 

 最初に喜びを爆発させたのは火打谷さん。

 

「これからよろしくお願いします!」

 

 次に墨染さん。

 

「あの、ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」

 

 四季さんが、

 

「とても心強いです。これからよろしくお願いします」

 

 明月さんが、喜びを素直に汐山さんにぶつけていく。

 

「ちょっと、大袈裟だって…。照れ臭いな、もう…」

 

「…こんな姉貴、初めて見た」

 

 あまりの持ち上げっぷりに恥ずかしそうにしつつ、満更でもなさそうな汐山さん。そしてそれを見て唖然とする汐山弟。

 

 普段の汐山さんは、一体どういう態度で弟に接していたのだろう。ここまで驚かれるって、尋常じゃない気がするが。

 

「柳」

 

「高嶺。…悪い。完全に独断専行に走った」

 

「いや。むしろ、それは俺のせいだろ。俺のせいで全部柳に任せる事になった」

 

 高嶺が俺に話し掛けてくる。それは、謝罪。高嶺が口を滑らせてしまったせいで、事前にたてていた作戦が全ておじゃんになった事。

 

 だが、それは許そう。何しろ、結果オーライ。考えていた中で、最高の結果が得られたのだから。

 

「そうだ。言っとくけど私、味に妥協はしないから。そのせいで、前の職場で上司と揉める程だし」

 

 すると、女性陣から解放された汐山さんが俺達に話し掛けてくる。挑発染みた笑みを浮かべて…、いや、これは完全に挑発だろう。

 俺達に聞いているのだ。自分についてこれるのか、と。

 

「望むところですよ」

 

「俺達に至らない所があったら、遠慮なく言ってください」

 

 キッチンスタッフとして、これから上司となる人に対して、挨拶をする。

 

「言い遅れました。柳千尋です。これからよろしくお願いします、汐山さん」

 

「高嶺昂晴です。これからよろしくお願いします」

 

「汐山涼音。あの馬鹿と区別つかなくなるから、名前で呼んで良いわ。あ、でもさんは付けろよ男共」

 

 汐山涼音。俺達の上司であり、喫茶ステラの専属パティシエとなる(予定)人。

 これで、この店が抱える不安点の殆どは解決できた。後は─────

 

 大屋さんの許可を貰えるかどうかだけだ。




涼音「ついてこれるか?」

千尋&昂晴「てめぇの方こそ、ついてきやがれぇぇぇえええええええ!!!」

流石に本文では書けなかったよ(笑)
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