喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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お気に入りがいきなりたくさん増えました。ランキングを覗いたら、日間に載ってました。
ありがとうございます。これからもお付き合いの程、よろしくお願いします。


第十三話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルの音を響かせる目覚まし時計を掌で叩く。音の停止ボタンが押されて音が止むと、のっそりと布団を持ち上げながら体を起こす。

 

 体が重い。こんなに早い時間に起きたのは久し振りだ。目覚まし時計を使うのだって、大学に入ってから使った記憶がない。いや、過去に思いを馳せている場合じゃない。とにかく起きなければ。

 

 しかし眠い。早起きは得意な方だと自負していたが、さすがに六時前の起床はきついか。顔を洗ってから、紅茶を淹れるべくお湯を沸かす。その合間の時間を使って食パンを二枚、トースターに入れる。

 皿と容器を用意し、冷蔵庫からスーパーで買った生野菜とドレッシング、バターを出す。

 

 紅茶をポットに淹れ終えてから、その間に焼き上がったパンを皿に、生野菜を容器に入れてテーブルに置く。最後にカップに紅茶を注ぎ、朝食の準備を完了。食事の挨拶を小さく口にしてから、急ぎ目でパンを口に込める。

 

 今日の出勤は七時前。涼音さんが来たという事で、メニューのバリエーションが広がり、その結果、メニューに数種類のケーキが加わった。

 しかし、ケーキを準備するには朝早くから出勤しなければならない。そして、涼音さん一人ではきつい。なので、俺と高嶺の、元からキッチンに入る予定だった俺達が涼音さんと一緒に出勤して準備を手伝う事となったのだ。

 

「それにしたって七時前とは…。パティシエって…作る側って大変だな…」

 

 まだオープンしていないのだから、正直今からこんなに早く出勤する必要はない。だが、涼音さんの「今の内に早起きに慣れとけ」という有り難くないお言葉によって、俺達の運命は決まってしまった。

 

「ご馳走さまでした」

 

 空になった皿、容器、カップを台所まで持っていき、すぐにスポンジと洗剤で洗う。洗い終わった食器を水切り籠に置き、休む暇もなく今度は身支度に移る。

 

 歯を磨き、寝癖を直し、着替えて一度鏡の前に立つ。不自然な所がない事を確かめてから、鍵と鞄を持って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「という訳で、君達には色々と覚えて貰う必要があるのだが…」

 

「俺らでできますかね?」

 

「気の抜いた返事をするなぁっ!」

 

 て事で現在、早朝の店のキッチンにて、高嶺と共に涼音さんに怒鳴られているのだった。

 

「いいか。貴様らは人間ではない。蛆虫…いや、蛆虫以下だ!パティシエになるその日まで、地球上で最も劣った生き物だ!」

 

「何かパティシエになる事になってる」

 

「だまれぇっ!」

 

 というか何、このノリは。何故に海兵隊式?朝から元気が良いな、この人は。

 

「良いか、返事はイエスしか認めん。そして頭と語尾にサーを付けろ!」

 

「「サーイエッサー」」

 

「腹から声を出せぇっ!!」

 

「「サーイエッサー!!」」

 

 キッチンに響き渡る俺達の大声。

 いや、本当に何このノリ。マジで意味が分からん。もしかして、これから毎日このノリで仕事しなきゃならんの?

 もしそうなら、割と本気で辞職案件なのだが。

 

「うむ。素直なのは良い事だ。家に来て弟をファックしていいぞ」

 

「サー。言いたい事がありますサー」

 

「ん、何だね千尋」

 

「キモいです。トリプルアクセルしながら吐きそうですサー」

 

「吐いたら私が殺す。絶対に殺す」

 

「てかトリプルアクセルしながら吐くってどうなんの…?」

 

 高嶺は変なところに食いつくな。そんなに興味あるんなら自分でやってみろ。まあその前に俺と涼音さんが殴ってでも止めるだろうが。

 

「ではこれより訓練を始める!みっちり仕込んで、泣いたり笑ったりできなくしてやる!覚悟しなさい!」

 

「泣きたいです」

 

「笑いたいです」

 

「返事はイエスと言っただろう!!」

 

「「サーイエッサー!!」」

 

 そうして始まった訓練(笑)は、まず卵の泡立てから始まったのだが─────

 

「何だその泡立てはぁ!じじいのファックの方がまだ気合いが入ってるぞ!」

 

 いや、比較対象がおかしい。じじいのファックって。女性がそんな汚い言葉を吐くんじゃありません。

 

「「イエッサー」」

 

 なんて台詞を吐いたら色々とややこしくなるのが目に見えているので言葉には出さない。ただ涼音さんのノリに付き合い、素直に返事を返す。

 

「もっと力を入れろ!玉落としたか!」

 

「イエッサー!」

 

「え?お前玉落としたの?マジ?」

 

「そこにイエスって言った訳じゃない!」

 

「無駄口を叩くんじゃあない!」

 

 なんてやり取りもありながら、訓練は続く。

 今日だけではない。明日も、明後日も。訓練と平行して、涼音さん監修の新メニューも取り入れていき、最終的には涼音さんの加入前と比べて倍の種類となった。

 

 店内の雰囲気、制服、メニュー、そして必要なスタッフ。もう、少し前までの不安だらけの状態じゃない。いつにでもオープン出来る準備を整え、大屋が来る日を迎える。

 

 すでに店内にはスタッフ全員が集まっていた。フロア担当は制服に、キッチン担当は作業服に着替えて、大屋が来るのを待っていた。

 

「…」

 

「ナツメさん。そんな強張った顔をしていては駄目ですよ?ちゃんと笑顔で出迎えないと」

 

「…うん、分かってる。分かってるんだけど…」

 

 仕方ないといえばそうなのだが、四季さんはガチガチに緊張してしまっている。思い付く限りの出来る事をやり切った。それでも、これが本当のラストチャンスだという現実が四季さんの胸にのし掛かっているのだろう。

 

 明月さんが励ますが、まだ表情が固い。

 

「へーきです。たくさん練習してきたんですから。自信を持って、笑顔で頑張りましょう!」

 

「笑顔で…笑顔で…。はいよろこんでー!」

 

「ナツメさん、それは居酒屋のノリです」

 

 続いて火打谷さんに励まされるも効果は薄く、挙げ句に墨染さんにツッコまれる始末。

 本当に大丈夫だろうか。多少接客面で失敗しても、この店を開きたいという覚悟を見せられれば大丈夫とは思うが…。あまりやらかし過ぎるのは悪い印象を与えかねない。

 

「千尋先輩。私達では駄目です。なので、後はお任せします」

 

「…何故俺に押し付ける」

 

 どうしたもんかと考えていた矢先、すすす、と四季さんの傍から俺の所に寄ってきた火打谷さんがこそこそと話し掛けてくる。

 四季さんの励ましを俺に一任する腹積もりらしい。

 

 いや、何故だ。普通に同性の気の置けない同僚の方が良いに決まってるだろ。

 

「ナツメ先輩を本気にさせた千尋先輩が言った方が響くと思うんです」

 

「いや、あれは普通にただ言いたい事を言っただ…おいまて。何で知ってる」

 

 火打谷さんがきょとん、と首を傾げる。直後、俺は明月さんに視線を向ける。

 

 明月さんがぺろっ、と舌を出した。

 喋りやがったな、この女。

 

「明月さん」

 

「ま、待ってください。今は私の事よりもナツメさんです。さあ、柳さんの言葉でナツメさんを励ましてください」

 

「いや、その前に明月さんにお灸を据えたいんだ。今後のために」

 

「早くしないと大屋さんが来ちゃいます!あんな状態のナツメさんに接客させる訳にはいきませんから!」

 

 明月さん、矛先を逸らそうと超必死。しかし、一理ある。あの状態で接客をして、接客が駄目だから許可できないなんて言われたら、四季さんは二度と立ち直れなくなるだろう。

 責任を全部背負い込んで、きっと俺達に謝って、そして─────

 

「…」

 

 何か明月さんに乗せられたみたいで癪ではあるが、結局この二人が励ましても効果が薄かったのは事実。それなら、次は俺の番という事にしておこう。

 

 俺が駄目だったら、次は高嶺に行かせようと固く心に決めながら、四季さんに歩み寄る。

 

「今さらジタバタすんな」

 

「柳君…」

 

 それはとても不安そうに、声を掛けた俺を見上げてくる四季さん。

 

「やれる事は全部やっただろ。それとも、何か心残りでもあるのか?」

 

「…そうじゃない。やれる事は、全部やった」

 

「なら落ち着け。そんなんじゃ、今までやって来た事を発揮できずに終わるぞ」

 

「…うん。分かってる。分かってるけど…」

 

 気持ちは分かる。俺でも、もし駄目だったら、という気持ちが僅かながら過るのだ。

 俺達を巻き込み、準備を進めてきた四季さんはもっと、不安を抱えてるに違いない。

 

 これは、励ます方法を変えるべきか。

 

「まあ、あれだ。もし駄目だったら、皆で頼み込もう」

 

「…え?」

 

「それでも駄目なら土下座する。高嶺が」

 

「俺だけ!?」

 

「何だよ、女に土下座させる気か?」

 

「お前は男じゃないのかよ!」

 

 耳が良い奴め、まさか聞こえているとは。高嶺のツッコミを聞き流してから、再び四季さんと向かい合う。

 

「冗談は置いといてさ、許可が出ない筈ないだろ。自信を持て」

 

「…どうして、柳君はそんなに自信を持てるの?」

 

「ずっとこの店の準備を見てきた人が、四季さんの本気に気付かない筈がない」

 

 四季さんがこの店を開きたいと口にしてからずっと、変わらない現状を見続けてきた人が、今を見て四季さんの変化に気付かない筈がない。

 そして、その四季さんの思いはきっと届く。そう確信しているから、俺は自信が持てる。

 

 絶対に大丈夫だ、と。

 

 目を見開く四季さん。言い切った俺を見上げ、何か言おうとしたのか、口を開く。

 

 だが、その言葉は来客を告げるベルの音で遮られた。

 

 四季さんは扉の方を向き、開いた扉から姿を現した妙齢の女性に向けて笑顔を浮かべる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 担当の四人だけじゃない。フロアでその人を待っていた俺達キッチンスタッフも含めて、挨拶をする。

 

「…」

 

 現れた女性、大屋さんは驚きに目を丸くしながらスタッフ全員を見回した後、変わった店内も見渡す。

 

「随分と、お店の雰囲気が変わったのね…」

 

 始めに口にしたのは、そんな言葉だった。決して悪印象を与えた訳ではない。驚きながらも、微かに口角が上がっているのが見てとれた。

 

「お待ちしてました」

 

「ナツメちゃんも、随分と変わったわね」

 

「あ、これは、その…」

 

 歩み寄って来た四季さんの服装を見て、微笑みながら言う大屋さん。そして大屋さんの視線を感じ、恥ずかしげに頬を染める四季さんの姿を見て、笑顔を深くした大屋さんが更に一言。

 

「似合ってるわよ。とても」

 

「…ありがとうございます」

 

 それは、きっとお店に関して言及した、初めての誉め言葉。四季さんの顔が柔らかくなる。

 その様子から、もう大丈夫だろうと確信する。

 

 そっと、足音を立てないように離れ、キッチンの方へ足を向ける。

 

「四季さん、大丈夫そうだな」

 

「あぁ。普段通りにやれば大丈夫なんだから、緊張する必要ない…てのは無理があったんだろうな」

 

 大屋さんを席に案内し、メニュー表を持ってきた火打谷さんと交代する四季さんを見る。

 俺達を集め、巻き込んだ張本人。責任感が強くて、一人で背負い込みがちな彼女には、きっと相当重くプレッシャーが掛かっていたに違いない。

 

「…」

 

「…何ですか?」

 

「ん?べっつにー?青春だなーって思って」

 

「は?何言ってるんです?」

 

 にまにまと厭らしい笑みを浮かべて俺を見ていた涼音さんに尋ねるも、適当に誤魔化されてしまう。

 問い詰めるも、大屋さんからの注文が来て有耶無耶にされてしまう。

 

 まあ、そう大した事ではないだろう。と、自分を納得させる。とにかく今は、もっと重要な事があるのだから。

 

 大屋さんの注文、チーズケーキとコーヒーは好評だった。特にチーズケーキを食べた時の笑顔は、その姿を見ていた涼音さんにとっても嬉しいものだったと思う。

 

 そうして大屋さんの前に並んだ皿とカップが空になり、店内に僅かな緊張が流れる。いよいよ、決着の時だ。

 

「…お店の模様替え。制服の一新。スタッフもたくさん増えて、今すぐにでもオープンさせられそうね」

 

「はい。そのつもりで、準備をしてきましたから」

 

 大屋さんの台詞は、間違いなく本心からだ。今のこのお店に対する印象は間違いなく良いもの。

 それなら後は、四季さん次第となる。

 

「ずっと、お父さんとお母さんの真似をする事だけを考えてきました。でも、それだけじゃ駄目なんだって教わったんです」

 

「…」

 

「お恥ずかしい事ですけど、最近までその事に気付く事が出来ませんでした。でも、ある人に言われたんです。『店のための最善を尽くさない責任者の下で、働きたくない』。そう言われて初めて、両親の真似をするだけじゃ駄目なんだって気付いたんです」

 

 高嶺と涼音さんの視線が突き刺さる。その台詞、お前のだろうと、声に出していないのに視線が語っている。

 やめて、恥ずかしい。四季さんもそんな話しないで。俺の黒歴史をそんな誇らしげに語らないで。

 

「どうすればお客さんに来て貰えるか。私一人じゃなく、皆と一緒に考えて、こういうお店にしました」

 

 四季さんの言葉を黙って聞いていた大屋さんは、穏やかな笑みを浮かべながら頷き、ゆっくりと口を開いた。

 

「ケーキは美味しい。コーヒーにも文句はない。それでも、お客さんが絶対に来るとは言えない。それが、水商売というものなのよ?」

 

「はい。でも…、それでも、私はこのお店を開きたいんだって、教えて貰いましたから」

 

 大屋さんの問い掛けに答える四季さん。その時一瞬、彼女と視線が合ったのは気のせいだろうか。

 

「仕入れの方はどうなってるの?一日の客数と、客単価の設定。売上目標は?」

 

「そっちも計算してます。何とか無理のない範囲に出来たと…思います」

 

「…」

 

 四季さんと言葉を交わし、大屋さんは目を閉じる。小さく息を吐くその姿は、まるで何かを諦めた様で、それでいてどこか嬉しそうでもあった。

 

「本当は、駄目って言うつもりだったのに…。ここでそんな事を言ったら、まるで意地悪をしてるみたいじゃない」

 

「っ、それじゃあっ」

 

「はい。このお店は、ナツメちゃんに任せます」

 

 四季さんの顔が、今まで見た事がない程に朗らかになる。まるで満開の花が咲いたような、そんな笑顔の四季さんが、勢いよく頭を下げた。

 

「ありがとうございますっ」

 

「もう…、ナツメちゃんに絆されちゃった」

 

 そう言いながら笑っていた大屋さんは、不意に表情を引き締めて真剣に、それでいて優しげな声音で四季さんに語り掛けた。

 

「良いお友達を持ったわね、ナツメちゃん。…でもね、その人だけじゃない。貴女のワガママを理解してくれる人は、一人だけじゃ駄目。このお店で働いてくれる皆にそれを伝えて、理解して貰わなくちゃ」

 

 言いながら、大屋さんがフロアにいるスタッフとキッチンの陰から覗いていた俺達の顔を見渡す。

 すると、引き締まった表情はたちまち柔らかくなり、笑顔になった。

 

「でも、心配はいらなそうね。本当に、良い人に恵まれたわね、ナツメちゃん」

 

「はいっ。本当に…、皆には、してもし切れないくらい、感謝しています」

 

 今度は四季さんが先程の大屋さんと同じく、俺達の顔を見渡す。

 その姿を微笑ましそうに見つめていた大屋さん、だったのだが、不意にその視線は俺へと移る。

 

「そこのお兄さん?ちょっとこっちに来てくれるかしら」

 

「…?」

 

「そう。貴方よ」

 

 お兄さん、とはつまり、俺か高嶺のどちらかだ。一応傍に高嶺も居たのだが、大屋さんは明らかに俺を見ていた。

 念のために確認を兼ねて指で俺を指すと、大屋さんが頷く。

 

 呼ばれたのは間違いなく俺だったらしい。

 何事かと戸惑いながら、大屋さんへと歩み寄る。

 

「あの…。俺に何か?」

 

「貴方でしょ」

 

「はい?」

 

「ナツメちゃんにこのお店を開く覚悟を固めさせたのは、貴方でしょ?」

 

「…」

 

 なん、だと…。

 と、実際に声には出さなかった俺を自分で誉めてやりたい。

 動揺を抑え込み、努めて平静を装い大屋さんと向かい合う。

 

「俺は何もしていませんよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。だって、お店を開きたいって決めたのは、四季さん自身なんですから」

 

 俺がしたのは後押しくらいだ。…いや、あれは後押しなんて言葉じゃ収まらないな。もっとこう、崖から突き落とす、的な?

 実際、四季さんが諦めてしまった可能性もあった訳で。

 

「本当は、大学に専念しなさいって言うつもりだったのに。貴方のお陰で台無し」

 

「いや、ですから…」

 

「それに、私がお店に入る前、ナツメちゃんに何て言って励ましたの?貴方に何か言われた途端、落ち着いた顔になっちゃって」

 

「…」

 

「み、見てたんですか!?」

 

 四季さんと全く同じ台詞を内心で叫んでしまった。

 いや、見てたのかよ。この人、とても優しそうに見えて内心かなり腹黒いぞ。今も無言の俺と慌てる四季さんを見て面白そうに笑ってるし。

 

「でも、貴方のお陰でまたこのお店が開く所を見れる。しかも、今度は開く所じゃなく、先の未来も見られそう」

 

「大屋さん…」

 

「だから、ありがとう」

 

 先程まで笑っていた大屋さんは、今度は嬉しそうに微笑んでそう言った。

 

 そういえば、と思い出す。このお店は元々は大屋さんが夫と一緒に経営していた。しかし夫に先立たれ、それからは色んな人の手に渡ったと。

 そのいずれも経営は軌道に乗らず、そう時は経たず経営を諦め、店を手放す人が続出した。

 

 この人の本音は、見たかったのだ。自分と夫の店が、たとえ自分達以外の人のものだったとしても、当時と雰囲気がまるで変わっていたとしても、お客さんの笑顔で溢れている光景を。

 

「大丈夫です。四季さんが何とかします。四季さんに任せてください」

 

「ちょっと。貴方も従業員なんだけど?」

 

「キッチン担当として力は尽くさせて頂きます」

 

「…経営の方にも関わらせてあげましょうか?」

 

「丁重にお断りさせてもらいます」

 

「…ふふふ」

 

 俺と四季さんのやり取りを聞いていた大屋さんが笑みを溢す。

 やり取りを止めて視線を向けると、大屋さんは笑顔のまま言う。

 

「本当に、これからが楽しみだわ」

 

 大屋さんが問い掛け、四季さんが肯定した。

 このお店は、お店を開きたいというワガママは、四季さんだけのものじゃない。

 

 俺も、高嶺も、明月さんも、墨染さんも、火打谷さんも、涼音さんも、ミカドも。そしてもう一人、この大屋さんのものでもあるのだ。

 

 大屋さんの笑顔を見てそう実感しながら、四季さんと一緒に笑い合うのだった。

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