祝!開店!
なお、次回への繋ぎの話になってます。
遂に、その日がやって来た
もうこの一言で今日が何の日なのか分かって貰えるだろう。
そう、喫茶ステラがオープンする日である。
完成したホームページをネットに載せ、インストのアカウントにメニューの画像等を載せ、宣伝も聞く限りは好感触だったらしい。
今日を迎えるまでの間に、宣伝で配ったマドレーヌが美味しかったというコメントを貰ったり、チラシを見て店の様子を確認しに来る人がちょくちょくいたりと、宣伝に出た彼らの感触は正しいものだと俺にも感じ取れた。
それもこれも涼音さんのケーキと、そしてミカドのお陰だ。
ここで何故ミカド、と思われるかもしれないが、実はインストにあげた画像は何も涼音さんが作ったケーキだけではないのだ。
その画像の中に、灰色の毛並みの猫の画像が混じっている。
そう、ミカドの写真だ。バズりやすい猫の画像を撮ろうという事になり、ミカドに頼んだのだ。
初めは渋っていたのだが、明月さんが煽ってくれたお陰でミカドもノリノリになり、気が変わらない内に色んなポーズをとらせて写真を撮らせて貰った。
いや、あれは面白かった。笑いを堪えるのに必死だった。あれだけ貴族の格が、威厳がと言ってたミカドが寝転んで腹を見せるポーズをとっていたのだから。
そこに四季さんの「腹斜筋が威嚇してる」なんて誉め言葉を聞いたらもう、堪えられなくなってしまった。ミカドに聞こえていなかったのはかなり幸いだった。
「…」
店内の時計を見上げる。開店まで、残り十分を切った。
落ち着かなさそうにおろおろする四季さん。窓の外をこっそり覗く明月さん。落ち着いている様に見えて、実はこっそりこめかみに汗を流している高嶺。涼音さんとミカドはさすがというべきか、緊張を微塵も感じさせずに雑談している。
そして俺は、まあ特に何もしておらず、ただ壁に寄り掛かるだけ。
なんて気取った風を装っているが、緊張とは違うが、実は開店が楽しみだったりする。
だって、こんな経験は初めてなのだから。一つの店の開店に手を貸し、そしてそのスタートを、そこからの成長をこれから見届けられるのだから。
果たしてこの店はこれからどうなっていくのか。順調にお客の数を増やしていけるのか、それとも流行らず潰れていくのか。
さあ、開店時間の十時まで三分を切った。
「それじゃあ、外の看板をオープンにしてきますね」
「あ、待って。私が行く。今日は、私がしたいから」
「…分かりました。お願いします」
少し早いが、明月さんが外の看板を切り替えに行こうとする。
だが、外に出ようとする明月さんを止めて、自分がと四季さんが名乗り出た。
ずっと、この店をオープンさせるために試行錯誤を続けてきた。やはり、初日は四季さんが店を開くべきだろう。
誰も異を唱える者はいない。四季さんが外に出て行く。
「さて…。どうなるかな?」
先程、窓の外を見ていた明月さんの様子を見るに、行列なんかは出来ていないと思われる。まあ、平日のこんな時間に行列なんて出来る筈もないが。
「お客様、いらっしゃいました」
「「「いらっしゃいませ」」」
一分も経たず店内に戻ってくる四季さん。彼女の後ろには、一人の男性が。
笑顔で言う四季さんの台詞の直後、全員で挨拶を口にする。
「なるほど。随分と明るくなったな。店も、人も」
男性は店内を見渡しながらそう呟くと、高嶺の方を見て笑顔を浮かべた。
「よう、来たぞ」
「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ」
「あぁ」
男性に対して、高嶺は口調こそ畏まってはいるものの、その態度からはどこか旧知の感じが漂っていた。
男性の年齢は恐らく五十そこそこくらい。年の差からいって友人とは考えづらい。それなら親戚…、いや、親子か。
四季さんが言っていた、この店にアドバイスをくれたという高嶺の親父さん。高嶺から今日にオープンすると聞き、様子を見にやって来たといったところか。
「よし、じゃあキッチンに戻ろうか」
高嶺の親父さんが席についてメニュー表を眺めた所で、キッチンスタッフである俺達は仕事場へと戻る。
「あの人、昂晴の知り合い?」
キッチンに戻った所で、涼音さんが高嶺に質問する。
それは、高嶺の親父さんについて。どうやら涼音さんはあの人が誰なのか、分からなかったらしい。
いや俺も確信こそ持ってるが、本当にあの人が高嶺の親父さんなのか確定はしてないのだが。
「親父ですよ」
と、思っていたのだが。やはり俺の推測は正しかった。
高嶺の一言に涼音さんがやや苦笑いを浮かべる。
「過保護?」
「そうじゃなくて、この店をオープンさせるのに世話になったから。どうなったのかを確認しに来たんですよ」
そしてこの店に来た理由も大方予想通りらしい。
しかし、だ。本当に理由はそれだけだろうか?本当に、この店がどうなったのかを確かめに来ただけなのだろうか。
「いやいや。親としてお前が心配だったんだろうよ」
「なっ…!」
高嶺が目を剥く。信じられないと言わんばかりに、驚愕を露にする。
「店の様子が知りたいなら、お前から報告を聞けば済む話だ。なのに、直接来たって事は…つまり、そういう事だろ?」
「いやいや、親父なら直接店の様子を見たいって思う筈」
「ふーん?ま、俺は別にどっちでも良いけど」
高嶺の頬が僅かに赤く染まっている。内心で羞恥、そして同時に嬉しいと感じているのだ。
こうして親に心配される事は子供にとっては恥ずかしくもあり、同時に嬉しくもある。時に鬱陶しく感じる時もあるが、やはり最終的に胸に浮かぶのは親に対する感謝の念だ。
「ご注文入りました。半熟卵のオムライス、食後にチーズケーキをお願いします」
俺と高嶺の会話が途切れた直後、明月さんがお客さんの、高嶺の親父さんの注文内容を俺達に伝える。
「オムライスは高嶺が作るとして…」
「勝手に決めるな」
「は?作らねぇの?」
「…作るけど」
このツンデレめ。
なんて口には出さない。高嶺が一人で作業している姿を涼音さんと並んでニマニマ眺める。
いやー、微笑ましい。他人の親孝行を直接見るのって、こんなにも微笑ましいものだったんだな。
時折作業の合間に高嶺が憎たらしげにこちらを見てくるが、知らん。お前が微笑ましいのが悪い。
オムライスは完成し、明月さんの手からフロアへ、高嶺の親父さんの元へと運ばれた。運ばれてから十分程で今度は四季さんがキッチンに来て、食事が終わりそうだと報せを受けてチーズケーキの準備。
チーズケーキは四季さんが出しに行き、次のお客が来るまで暇が空いた。
「…」
「「…」」
「……」
「「……」」
おろおろ、おろおろ、うろうろ、うろうろ。
高嶺がキッチン内を行ったり来たり。その表情はやや浮かない。何かが気になって仕方ないといった様子。
その何かとは、言うまでもないだろう。
「ねぇ」
「はい?」
「気になるなら、フロアに行けば?」
「いや、そういう訳には…」
「同じ所を行ったり来たりされると鬱陶しいの」
そんな高嶺に、涼音さんが苛立ち気味に声を掛ける。
初めは微笑ましそうに見ていたのだが、ずっと続けば流石に我慢の限界が訪れる。
「お前って、実はファザコンか?」
「そんな訳ないだろ!」
俺が提唱した、高嶺ファザコン説は本人に否定されてしまったが、しかしあの様子を見ると、な。
隠れファザコンの気がある。
高嶺が否定してから数秒程間が空いた後、フロアの方からありがとうございました、という声が聞こえてきた。
どうやら、高嶺の親父さんはお帰りになったらしい。直後、明月さんが空になった皿を持ってキッチンに来た。
「お帰りになられましたよ」
明月さんは高嶺を見ながら言う。高嶺は空になった皿を目にして、表情に僅かな緊張を奔らせながら口を開く。
「何か言ってた?」
「明るくて料理も美味しくて、いいお店だって言ってましたよ。ほら、オムライスもちゃんと平らげてくれました」
「…そうか」
明月さんの返答を聞いて、高嶺の表情が嬉しそうに緩む。
それを見てまた微笑ましく思う気持ちが蘇るが、残念ながら俺はここで時間切れだ。
「悪い。いい話のところ悪いけど、一旦上がらせて貰う」
そろそろ出ないと講義の時間に間に合わない。高嶺と四季さんは今日の講義はないようだが、俺は別。
「あぁ、そうね。それじゃあ、とりあえずお疲れ様」
「講義が終わったら急いで来ますんで。…後、どうしても手が足りない時はメッセください。講義サボって来ます」
「そこまでしなくて良いって。それに、そんなに混む事はないだろうし」
なーんて、涼音さんは言い切った。
しかし、それはフラグである事を、この時の俺達は知らなかったのである。
「どうしてこうなった」
講義が終わり、スマホにメッセージも入っていなかったため、やはり混む事はなかったかとゆっくり店まで向かった俺。
しかし、店の前まで来た時、俺は目の前の光景に圧倒されて立ち止まってしまった。
行列。そう、行列である。店の前に、行列が出来ているのである。
大事な事だから三回言った。
この光景を見た瞬間、着替えるために休憩室に行こうとした直前に涼音さんが口にした台詞が脳裏を過る。
『そんなに混む事はないだろうし』
「フラグだったか…」
見事なフラグ回収だ。って、そんな事考えてボーッとしている場合ではない。恐らくもう、授業を終えて墨染さんと火打谷さんも来ているだろう。
俺も急がねば。
裏口から店内に入り休憩室へ。手を洗ってから作業服に着替えてもう一度手を洗う。そしていざ、
「っ、涼音さん!柳が!」
「あー!やっと来たー!」
俺が姿を現した途端、高嶺と涼音さんは希望を見つけたかの如く表情を輝かせる。
たかが一人増えたくらいで大袈裟すぎる。今までどんだけ忙しかったんだ。
「すいません。どっかの誰かさんが混む事はないなんて言うからゆっくり来ちゃいました。しかし、見事なフラグ回収でしたね。外の行列スゴかったですよ」
「あー、やっぱりまだ来るかー…。くっそぉ、完全に読み違えた!」
「?何の話?」
「ケーキの数だよ。多分足りなくなるって話。それより、柳はカルボナーラを頼む!なる早で!」
「状況は飲み込めないが、とりあえずカルボナーラは了解」
あの混み具合で、これ以上無駄話をしている余裕はない。高嶺から今やるべき仕事を聞き、すぐに取り掛かる。
そうして、
ひっきりなしに入ってくる注文。一品完成させても息つく暇なく次の品へと移る。ひいひい言いながらも一心不乱に作業を続け、どれ程時間が経っただろう。
気付いた時には、今来ている分の注文は全て捌き終わっていた。
「…おわ、った?」
「とりあえず…、お客さんは落ち着いたみたいね…」
呆然と呟く高嶺と涼音さん。俺と違って朝からずっといるのだから、その疲労は途徹もないものだろう。何しろ、途中から来た、それも夕方前に来た俺でさえもそれなりに疲労を感じているのだから。
そうして、閉店までお客のペースは落ち着いたまま、最終オーダーを終えて最後のお客が店を出る。
「「「ありがとうございました!」」」
最後は全員で、来てくれたお客へ頭を下げて見送る。その後は食器の片付け、店内の掃除を済ませる。
これにて、喫茶ステラの一日目は幕を閉じたのだった。
という事で、一日目を終えて帰路につく。従業員の皆で少しの間店の前で話をしてから、それぞれの帰路についた。
つまり、今の話で分かるとは思うが、俺は現在一人ではない。何というか、もう予定調和というか習慣というか、帰りに四季さんが隣にいるのがもう馴染んでしまった。
「はぁ~、疲れたぁ~…」
「お疲れ様。でも、良かったな。思った以上にお客さんに来て貰えて」
「…うん。それは本当に、嬉しかった。明日も、来てくれるかな…?」
「おっと?もう明日の心配か?欲張りになったもんだな」
「からかわないで」
四季さんが此方をじと目で見上げてくる。その視線を受け流しながら、俺は歩きながら大きく背中を伸ばした。
「…コンビニで酒買ってくか」
「ん?」
「いや、何でもない」
小さく呟いたつもりだったが、四季さんに聞こえてしまったらしい。その内容までは聞き取れなかった様だが。
何か、今日は気分が良い。喫茶ステラの門出に立ち会い、目出度い気分になってしまったらしい。
という事で、今日の酒はいつもより多めにしよう、そうしよう。今日みたいな目出度い日は一本なんて言わず、三本くらい飲んでしまえ。
「明日に残さないでよ?」
「聞こえてたんじゃねぇか」
此方を見上げる四季さんが言う。聞き取れなかったと思っていたのに、しっかりとさっきの呟きを聞き取っていたらしい。
それなら何故聞き返したし。一人でこっそり予定を立てているつもりになってた自分が恥ずかしい。
「柳君って、お酒強いの?」
すると、四季さんがそんな事を聞いてきた。お酒繋がりで、不意に疑問が湧いてきたか。
「友人との飲み比べで負けた事はない。酒豪って程ではないと思う」
「ふーん。そうなんだ…」
正直に答えると、会話が途切れる。沈黙が流れ、何ともいえない空気が流れる。
他の話題に、と考えなくもないのだが、四季さんが何やら思案顔で何か考えている。考え事の邪魔をするのもあれなので、黙って四季さんの隣を歩く。
ふと、住宅街の中の交差点で四季さんが立ち止まった。つられて俺も立ち止まる。
四季さんは俺を見上げている。何だろうか。その目に僅かな緊張が籠っているのは、俺の気のせいだろうか。
「ねぇ、柳君」
「ん?」
四季さんが口を開いたのは直後。
そして、こんな事を口にしたのだった。
「今から、時間ある?」
ちなみに私はお酒弱いです。
ストロン○ゼロ一缶飲んだだけで顔真っ赤になります。