喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第十六話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱くて重そうな、おしゃれな扉を四季さんが開けると、取り付けられたベルが鳴る。建物の中からは、「いらっしゃいませ」と、男性の穏やかな声が聞こえてきた。

 

 先程の四季さんの時間ある?という問い掛けに肯定すると、ここまで連れてこられた。駅を挟んでステラとは逆の方。四季さんに続いて建物の中に入る。

 

 そこは、バーだった。やや暗めの照明が店内を照らし、お洒落なジャズが控えめに流されている。

 他のお客は少なく、男女で来ているのは俺達だけだった。

 

 四季さんは迷わずカウンター席に腰を下ろし、俺もその隣の席に座る。バーテンダーが二人分の手拭きと共に、メニュー表を手渡してくれる。

 

 メニューに書かれた文字列を眺めるが、ハッキリ言おう。

 何のこっちゃさっぱり分からん。果物の名前だったり、有名な酒の名前が入ってたりしていたら何となく味の想像はつくが、そうじゃない方が圧倒的に多い。

 

「柳君、決まった?」

 

「いや…。んー」

 

 躊躇いなく店内に入っていった所から想像はついていたが、やはり四季さんはここに馴染みがあるらしい。メニュー表を受け取ってから一分と経たずに注文を決めてしまった様子。

 

 俺はこういった店は初めてだから、だからこそこういった店でしか飲めない酒を飲んでみたいのだが、如何せんどれが何なのか分からない。

 しかし何か注文しなければ。味が想像しやすく、かつ度数が少なそうなもの。明日も朝早いのだから、あまり強い酒は飲めない。

 

「…じゃあ、ウォッカコーラを」

 

「私はカシスオレンジで」

 

 畏まりました、とバーテンダーが注文を受けてから数分も経たず、二つの小さなグラスカップをカウンターに置く。

 

 それぞれ注文した酒を受け取り、カップを持ち上げる。

 

「それじゃ、乾杯しよっか」

 

 穏やかな笑みを浮かべて四季さんが言う。

 その姿を見て、我に返るというか何というか、どうしてこうなった、というべきか。

 

 今、大学で有名な四季ナツメと二人でバーにいるという現実が、軽く俺を混乱に陥れる。

 

「店のオープン祝いに、か?」

 

 その混乱を四季さんに悟られぬ様に装いながら、おどけた風に言葉を返す。

 

「それと、これから忙しくなるだろうし。働き詰めになるであろうブラックバイトの明るい未来に」

 

「明るくないぞ。真っ暗だぞ、真っ黒だぞ。そして責任者が言うと説得力ヤバイからマジで」

 

 にこやかに言ってのけやがった四季さんに、つい表情が引きつる。それを見た四季さんが面白そうに笑みを溢した。

 

「冗談。まあ、忙しくなりそうなのは本当だけど」

 

「…それは、順調なスタートがきれたって事だし、良いんじゃね」

 

 言い合いながら、グラスをぶつけ合う。

 

 カチン、と涼しげな音を鳴らし、同時にグラスに口をつける。

 俺は初めて飲むという事で慎重に一口、四季さんは一気に中身を飲み干した。

 

「おぉ、良い飲みっぷり。四季さんは酒に強いのか?」

 

「ううん、そんなに強くないと思う。これは度数弱いから」

 

 ふぅ、と息を吐く四季さん。何だろう、凄く絵になるというか、様になってるというか。

 

「バレンシアお願いします」

 

 四季さんはすぐに次のお酒を注文する。次もまたオレンジ系のカクテル。オレンジが好きなんだろうか。

 俺も、一気にとはいかずとも、ペースを早める。勝負、という訳でもないのだが、ゆっくり飲み過ぎて弱いと思われるのも癪というか、複雑だ。

 

 しかし四季さんは俺が一杯飲み干す間に、新たに注文したバレンシアも飲み干してしまった。

 

「ペース早くね。ホントに酒強くないのか?」

 

「ん?んー…、今日は柳君と同じで、飲みたい気分なの」

 

 やはりオープン初日が終わった事もあり、四季さんも浮かれてたりしているのだろうか。

 強くないという割にペースが早すぎるのはその為か。

 

「まあ、今日くらいはな」

 

「うん。今日くらいは」

 

「危なくなる前に止めに入るから」

 

「そこまで飲むつもりはないわよ」

 

 お互い新しい酒を注文し、もう一度グラスをぶつけて乾杯する。俺は二杯目、四季さんは三杯目。俺は今度は先程よりもややアルコールが強めの酒を、四季さんはさっきと同じく果物を使った甘いカクテルを。

 

 俺も飲むペースが早くなっていく。二杯目、三杯目と四季さんと会話しながら飲み続ける。しかし、それにしても四季さんの飲むペースが早い。甘い、度数が弱いカクテルとはいえ、心配に思えるくらいには早いペースで四季さんは飲んでいた。

 

 何度かもっとゆっくり飲んだ方がいいと忠告したのだが、やはり店をオープンできた事で上がったテンションは止められないらしい。

 ペースは変わらず、カクテルを飲み続ける。

 

 その結果、どうなるかは言うまでもないだろう。

 

「ねぇ、柳君…」

 

「なんだ」

 

「終電、なくなっちゃったね…?」

 

「俺も四季さんも、帰るのに電車は使わないだろ」

 

 頬を染める赤はどこか色っぽい。そしていつもの四季さんでは想像がつかない台詞を吐いている。

 

「四季さん」

 

「むー、なに?」

 

「酔ってるだろ」

 

 先程の台詞を適当に流された事にふて腐れているのか、僅かに唇を尖らせている。

 

 何か、酔った四季さんて可愛いな。いつもの四季さんからは考えられない。普段より幼く感じる。

 

「…柳君」

 

「ん?」

 

「今日は…、帰りたくないな…?」

 

「そうか。明月さんに連絡して店に泊めて貰える様頼めば良い」

 

「…」

 

 四季さんの目がじと目になる。きっと、つまんないとか考えてんだろ。俺の反応がつまんないとか思ってんだろ。

 知った事か。四季さんの思惑に乗ってなんかやらん。ふふふ、どっちの立場が上なのか、ここで思い知らせてやる。

 

「…っぷ」

 

「っ!?」

 

 ここまで、四季さんの言動や行動を適当に流してきた俺だったが、流石にこれには反応せざるを得なかった。

 四季さんが苦し気に両手で口を押さえる。僅かに背中を屈ませる。

 

 まずい。ペースが早いと思ってはいたが、もっと強く止めるべきだったか。しかし後悔は先に立たず。

 椅子から立ち上がり、四季さんの顔を覗き込みながら声をかける。

 

「四季さん、大丈夫か。ここじゃ駄目だ、トイレまで我慢して。一人で行けるか?」

 

「…ふふ、うっそー」

 

 メチャクチャ焦った。メチャクチャ心配した。その結果が、これだ。

 してやったりと笑顔を浮かべてこちらを見上げる四季さん。多分、この時の俺はかなり間抜けな顔をしていたと思う。

 

 思わぬ四季さんの反応に呆気にとられて数秒硬直した後、ため息を吐いてから席に戻る。席に戻ってからは何も言わず、残り少なくなったグラスの中身を一気に呷る。

 

「…怒った?」

 

「怒ってない」

 

「なら、どうしてこっち見ないの?」

 

「別に、他意はない。すいません、同じのもう一杯」

 

 本当に怒っている訳ではない。ただ、物の見事に引っ掛かった事が恥ずかしくて、顔を合わせられないだけだ。

 だがそんな事正直に言えず、ただそっぽを向いてバーテンダーから貰ったおかわりをちびちび飲むだけ。

 

「心配させてごめんね?でも、何でも見透かされて、面白くなかったんだもん…」

 

 だもんって。さっきからそうだが、本当にかなり四季さんのキャラが変わっている。

 

 いや、もしかしたらこれが素、なのか?表情豊かで、イタズラ好きで、すぐにふて腐れて。

 案外、こんな彼女の姿が四季ナツメの本当の姿なのかもしれない。

 

「本当に怒ってないから。謝らなくていいよ」

 

「…本当?」

 

「本当。それより、もうこれ以上飲まない方がいい。すいません、水ください」

 

 不安気に確認してくる四季さんに少し罪悪感を覚えながら、怒ってないと念を押す。

 その後、流石にこれ以上の飲酒は駄目だと四季さんにストップをかけながら、バーテンダーに水を持ってくるようお願いする。

 

「何よー。いらないわよ、水なんてー。柳君だってまだ飲んでるくせにー」

 

「俺もこれで最後にする。だからもう飲むな。明日に残っても知らんぞ」

 

「…」

 

 四季さんの言葉が詰まる。明日の事を考えられる理性は残っているらしい。やや悔しげにそっぽを向く四季さんに、バーテンダーから水が手渡される。

 

 少し荒々しく水を飲み干す四季さんを見ながら、俺もグラスの中身を減らす。

 

 俺が中身を飲み切ってから四季さんと一緒に席を立ち、会計を済ませて外に出た。

 

「はぁ~。風が気持ちい…」

 

 外に出ると、四季さんはため息混じりにそう口にする。

 冬間近でそれなりに寒いとはいえ、酒で火照った体にはこのくらいの風が丁度いい。風で涼みながら、四季さんが大きく伸びをする。

 

「送って行こうか?」

 

「ううん、大丈夫。一人で歩けるから」

 

「いや、そっちの方は心配してない。夜道を女一人で歩かせるのはどうなのかって思って」

 

 店を出る際の四季さんの足取りはハッキリしていた。だからこのまま一人でも帰れるのだろうが、今は時間も遅い。四季さんは一人じゃ夜道が怖い、なんてキャラではないだろうが、男として一人で帰すというのはどうも複雑だ。

 

「それに、殆ど家の方向同じだし」

 

「…親切装って女の部屋に上がり込んで何するつもりなんだか」

 

「その発想はなかった」

 

「おまわりさーん」

 

「その発想もなかった。てかやめろ」

 

 四季さんも本気ではなかったのだろう。いつもより大きめの声ではあったが、その表情は悪戯気に笑っていた。

 

 しかし近くにおまわりさんがいたら面倒臭い事になるためやや本気で止める。

 

「言い方を変えよう。送らせてくれ。四季さんを一人にした後に何かあったら、俺が困る」

 

「何で柳君が困るの?」

 

 仮に俺と四季さんが途中で別れた後、四季さんの身に何かあったとしよう。

 そしたら俺がどうなるか。そう、強烈な罪悪感に襲われる事になる。あの時強引にでも送って行ってたらこうはならなかったのではないか。四季さんがこうなったのは俺の責任ではないのか。

 という罪悪感に襲われる。

 

 この説明をそのまますると、四季さんは呆れた様にため息を吐いた。

 

「柳君って、そこまで他人に肩入れする人じゃないでしょ」

 

「あぁ。でも四季さんは別だ」

 

「─────え?」

 

 四季さんの言う通り、俺はそこまで他人に関心を持つタイプではない。たとえ知り合いだったとしても、名前を知ってる程度の相手なら正直、どうなろうとそこまで関心は持てない。

 

 だが、四季さんは別だ。

 

「同じ職場の仲間で、こうして飲みに行ける程度には親しい人に関心が持てない程、俺は人でなしじゃない」

 

「─────」

 

 何故だろう、四季さんの表情が冷めた気がする。俺は何か四季さんの機嫌を損ねる事を言ったのだろうか。

 

 …ダメだ、思い当たらない。

 

「…はぁ。呆れた」

 

「何故に」

 

「柳君、前に涼音さんも言ってたけど、そのややこしい言い方はやめた方がいいと思う。いつか刺されるから」

 

「何それ怖い」

 

 え、俺刺されるの?誰に?何を直せばその未来を避けられる?ややこしい言い方?俺は何かややこしい事を言ったのか?

 

「…分かったわよ。それじゃあ、お願いします」

 

「あ、あぁ…。送れるのはいいんだけど、さっきの刺される発言について聞きたい事が…」

 

「そんな事言ったっけ?忘れちゃったな~」

 

「絶対覚えてる。その言い方は絶対覚えてる。教えろ。俺は何で刺される。ややこしい言い方って何だ」

 

「あーあー、聞こえなーい」

 

 四季さんが俺の一歩先を、両手で耳を塞ぎながら歩く。

 俺の質問に答えない処か、俺の質問を聞くつもりすらない様子。

 

 待ってくれ、俺にとっては死活問題なんだ。今の四季さんはどことなく冗談みたいな態度で俺とやり取りしているが、さっきの刺される発言をした時は割と本気の顔をしていた。

 あんな顔をされると四季さんの冗談だと聞き流せなくなる。そういえば、涼音さんがそう言ってきた時も、あんな顔をしていたような…?

 

「待って。何か不安になってきた。頼む四季さん、教えてくれ。俺は一体何を直せばいいんだ」

 

「知ーらなーい」

 

 食い下がるも、四季さんは変わらず答える気がなさそう。だが何としても、俺の死の運命を回避すべく、四季さんには質問に答えて貰わねばなるまい。

 

 タイムリミットは四季さんの家に着くまで。それまでに何としても、この質問の答えを、聞き出さなくては─────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、できませんでした。最後は四季さんと手を振り合ってから別れました。その夜は、刺されるという言葉が気になって中々寝付けず、次の日は寝不足で迎える事となりましたとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めでたくねぇよ。

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