喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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最近見える人要素うすくね?と読者が思い始める時期に爆弾を投下する屑の鑑


第十七話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日土曜日。天気は快晴、気温は上々。この時期としては温かく、過ごしやすい気候だ。空から降り注ぐ日の光は心地よく、確かな温もりを感じさせる。

 

 世間では多くの人達が休日であろう土曜日、そして明日の日曜日。しかし、サービス業を携わる者には関係ない。俺もその一人であり、朝早くからステラに向かっている途中である。

 

「ふぁ…」

 

 欠伸を漏らす。いつだったかの徹夜をした時よりは断然マシだが、眠気が中々消えてくれない。

 

 それもこれも、昨日四季さんが帰り際に刺されるとか言うからだ。ただの冗談だろうと忘れようとしても、その発言をした時の四季さんの表情が離れてくれず、結局寝付けたのは二時が過ぎた頃だったと思う。

 

 うん。店に着いたらもう一回顔を洗おう。タオルは貸してくれるだろうか。それかミカドに頼んでコーヒーを淹れて貰うか…いやでもあいつ、そういうとこ厳しいからな。普通に断られそうだ。

 

 なんて店に着いてからの事を考えながら歩いていると、交差点の石垣の影から歩行者が現れぶつかりそうになる。

 すぐにお互い立ち止まったお陰でぶつからずには済んだが、驚き目を丸くした歩行者と視線が交わる。

 

「っ─────」

 

「あ」

 

 つい声を漏らしてしまう。何故なら、目の前の歩行者が知り合いだったからだ。

 

「おはよう、四季さん」

 

「…」

 

 軽く手を上げながら歩行者、四季さんに挨拶をする。そして四季さんも俺に挨拶を…しない。何故か頬を染めて俺を見上げたまま硬直している。

 

「…四季さん?」

 

「っ!…ぐむむむむ」

 

 もう一度呼び掛けると、びくりと体を震わせた四季さんは、今度は俺を睨み始める。

 

 いや、何故だ。本当に睨まれる理由が分からない。昨日の刺される発言の時は心当たりが多すぎて理由が特定できなかったのだが、今回は本当に心当たりがない。

 

「何で睨む」

 

「…睨んでない」

 

「睨んでるじゃん。ぐむむとか言って睨んでるじゃん」

 

「…」

 

 四季さんは昨日と重なるどこか不貞腐れた表情を浮かべ、何も言わず歩き出した。それに続いて俺も四季さんの隣で歩く。

 

 何も聞くな、という事だろうか?いやしかし、四季さんの機嫌を損ねた理由が俺にあるのなら、この後のバイトもあるし、今の内に解決しておきたいのだが。

 

「…ごめん。柳君は何も悪い事してないから」

 

 表情に出ていたか、それともただの推測か、どちらにしても四季さんは俺が欲しかった言葉を口にした。

 しかし、何もしてないならしてないで、気にはなる。四季さんは何故、機嫌を悪く…いや、これは。

 

「…四季さんさ。もしかして、恥ずかしがってる?」

 

「っ─────」

 

 四季さんの足が止まり、表情が固まる。図星だ。

 

 なるほど、そういう事か。自分の中で納得がいく。確かに俺は何もしていない。しかし、俺に複雑な念は拭えない。そんな理由の心当たりは、一つだけだった。

 

 要するに、四季さんは酔った自分の姿を俺に見られたのが恥ずかしいのだ。なーるほど、それは女性としては恥ずかしいのかもしれない。

 

 何か言ってたもんな。『終電、なくなっちゃったね…?』とか、『今日は…、帰りたくないな…?』とか。

 酔ったテンションでなら容易く言える言葉も、寝て覚めて、我に返った状態だと死にたくなる程恥ずかしくなる。

 

 うん、分かるぞ。俺も同じ様な経験があるからな。まあ、あの時は恥ずかしいとはまた違った後悔の仕方だったが。

 

「ぐむむむむむむむむむむむ…!」

 

 過去最長のぐむむを戴きました。いや、気持ちは分かるけれども、そんなに俺を睨まれても困るんだが。

 そんな風に睨まれると─────からかってしまいたくなる。

 

「…『終電、なくなっちゃったね…?』」

 

「っ!」

 

「『今日は…、帰りたくないな…?』」

 

「っっっ!!!」

 

 頬が染まるとかそんなレベルじゃない。四季さんの顔が真っ赤になり、頬を膨らませてこちらを睨む。

 うん、いい反応だ。こういう反応は大好きだ。どれだけ趣味が悪いとか言われようとも、そこだけは変えられない。

 勿論、やり過ぎない様に注意はするが。特に四季さんは機嫌損ねると割と面倒そうだし。

 

 しかし、今の仕草は駄目だと思う。膨らんだ頬を握りたくなる。こう、口の中の空気を吐かせたくなる。勿論やらないが。

 相手が男だったら…あ、いや、男でもやらないわ。頬を膨らませる男とかきもいだけだわ。四季さんみたいな綺麗な人がやるからこそ可愛くて、そういう欲求に襲われるんだわ。

 

「忘れて!忘れなさい!今!すぐに!」

 

「むり」

 

「手伝ってあげようか…?」

 

「おーけー、分かった。すぐに忘れるのは無理だが、もうこの話題は出さない事を約束しよう」

 

 光を失った四季さんの瞳から本気度を察知し、かといって今すぐ忘れるのは無理があるため、取り敢えずの妥協点を四季さんに提示する。

 

 四季さんは納得しきれていない、という表情ではあったが、自身が無理を言っているとは承知していたのだろう。俺の提案に頷いて答えた。

 

「じゃあ、そろそろ行こう。遅刻したら涼音さんに怒られる」

 

 俺がそう言うと、四季さんはもう一度頷いて俺と一緒に歩き出す。そして俺は言ってる途中でふと、ある事に気が付いた。

 

「そういやさ、何でこんな朝早くから四季さんは店に行くんだ?」

 

 俺は当然キッチンスタッフとして、涼音さんの手伝いという理由がある。しかし四季さんは違う。フロア担当なのだから、こんなに朝早くに店に行く理由はない。

 

 質問に続いてそう言うと、四季さんは小さく苦笑いを浮かべた。

 

「うん…。でも、柳君達は朝早くからお店で働いて、明月さんもそれを手伝ったって言うし…」

 

「…つまり、責任者として心が痛む、と?」

 

「…まあ、そんなとこ」

 

 何というか、うん。本当に四季さんは責任感が強いというか、それが過ぎるというか。

 

「ほら。やっぱり呆れてる」

 

「は?」

 

 呆れた、と口しようとした瞬間、先回りするように四季さんが横目で俺を見ながら口を開いた。思わず呆けた声を漏らしてしまう。

 

「柳君なら呆れるだろうなって思ってた。でも…、やっぱり、柳君達が頑張ってる間、責任者の私が何もしないっていうのは落ち着かなくて」

 

 何というお人好しっぷり。だからこそ、会ってすぐの墨染さんや火打谷さんといった年下二人にあんなにも懐かれているんだろうが。

 

 俺は二人にそこまで懐かれていない。同性と異性の差はあるだろうが。それに、オープン前の紅茶教習の影響か、ふとした時に畏怖の念を抱かれる節がある。こう、鬼教官を見る目というか。

 そこまで厳しくしたつもりはないんだけどな。怒鳴ったりとかもしてないし。何故だろう?

 

「…まあ、別に無理していないんならいいんじゃね」

 

「本音は?」

 

「俺ならギリギリまで惰眠を貪るね。部下を働かせてこそ責任者」

 

 墨染さんと火打谷さんの事については一旦置いといて、今は四季さんの事である。

 とはいえさっき言った通り、無理のない範囲で働くのなら反対したり止めたりする理由はない。

 

 なお、本音としてはやっぱり呆れてる。責任者としての責務は果たしているのだから、好き好んでそれ以上の労働を、それも俺達に負い目を感じて進んでしに行くなんて、俺にはちょっと考えられない。

 

「…柳君みたいに割り切った性格が羨ましい」

 

「さっきも言ったけど、無理していないのならいいんだ。その範囲でなら、四季さんのそれは美徳だよ。俺の性格なんか羨んじゃいけない」

 

 危ない。四季さんが俺みたいになったらちょっと…どころじゃない。かなり嫌だ。まあ、そんな事は万に一つもないだろうが。

 

「…まあ、そういう事にしておいてあげる」

 

「ん。そういう事にしておいてくれ」

 

 微妙に納得しきれていない四季さんだが、俺としては本心で言ってるつもりだ。

 それが過ぎれば反吐が出るが、そうでないのなら美徳と思える。四季さんはまだ後者の方だ。責任感の強さを見る限り、前者に移る可能性もあるが、そこは俺達が見ておけば大丈夫だろう。

 

 そうして話しながら歩いている間に店の前へ着く。俺が一歩前に出て入り口を開け、四季さんに入るよう促してから、彼女が店内に入ってから俺も入って扉を閉める。

 

 さて、今日も今日とて仕事の始まり。しかも今日明日は休日で、昨日よりもお客が来る可能性もある。

 今の内に繁忙を覚悟しながら、四季さんより先に着替えさせて貰うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想以上に来客が多く、忙しくなった土日を越えた月曜日。何故だろう、いつもなら憂鬱だった月曜日が、今は落ち着くというか、ホッとするというか。

 

 今日は流石に土日ほど混雑しないだろう。というか、する筈がない。してはならない。

 今日の分の講義が終わり、資料を片付ける。その様子を、隣に座っている昭久に眺められていた。

 

「お前、最近忙しそうだな」

 

「そうか?」

 

 資料を鞄にしまう俺の姿を見ながら、昭久が俺に声をかける。そんな昭久の方には振り返らないまま、簡潔に一言で返事を返す。

 

「あぁ。その癖何か楽しそうだぞ」

 

「─────そうか?」

 

 今度の台詞はつい驚いてしまう。確かに忙しくしているのは端から見ても分かるだろうが、その上楽しんでる風に見えるのか、今の俺は。

 

「そんなに今の職場はいい所なのか?」

 

「…まあ、普通に同僚はいい人ばかりだし、今のところは辞める気は全く起きないな」

 

「ほぉ~、そりゃ珍しい。一ヶ月が最高記録だったお前のものとは思えない台詞だな」

 

 そこまで意外に思えるのだろうか、今の俺は。

 しかし良く考えてみれば確かに昭久の言う通り、一定のバイトを一ヶ月以上続いた事がない俺としては考えられない台詞なのかもしれない。

 

「そういや、何回聞いてもお前、どこでバイトしてんのか答えてくれねぇよな。そろそろ教えてくれよ」

 

「…」

 

 次の昭久の台詞に黙り込んでしまう。

 そう、俺はまだ周囲の友人にどこの店でバイトしているのかを教えていない。だってこいつら、教えたら絶対に冷やかしに来るし。そういうの俺は嫌だし、何より責任者である四季さんだって嫌がるだろう。

 

 だが、四季さんや高嶺、墨染さんや火打谷さんは周囲の友人に店の事を話して然り気無く宣伝をしてもらっている。一方の俺は、そういった宣伝を頼んでいる相手は一人もいない。

 

 このまま俺だけ店の宣伝に何の力も貸さないというのはさすがにどうかと思っていたところだ。この際、丁度いいのかもしれない。

 

「喫茶ステラで調べてみろ」

 

「?おう。喫茶ステラ、と…。このホームページか?…うおっ、ここ、最近オープンした話題の喫茶店って夏希が言ってた所じゃん。え?まさかお前、ここでバイトしてんの?」

 

 店名を教え、スマホで調べるように言うと、昭久はすぐにスマホで検索し始める。

 恐らく検索ページに最初に出てきたリンクをタップし、店のホームページを見た昭久が驚きの声をあげた。どうやら店の事は知っていたらしい。

 

 ちなみに、夏希とは昭久の今の彼女の名前だ。きっと、今度のデートでここに行きたい、とか言われてるんだろう。爆発すればいい。

 

「マジかー。今度のデートでこの店に行こうって約束してたんだよなー。いやー、まさかお前がバイトしてる店がここだったとは」

 

 あぁ、言わなければよかった。言わなければ俺はキッチンスタッフなんだし、こいつが来た事を知らずに済んでいたろうに。

 多分、キッチンスタッフである俺を呼び出す事は出来ないにしろ、フロア担当の誰かに一言伝言を頼むくらいはできるだろう。そして俺はその伝言を頼まれた誰かから昭久が来た事を教えて貰い、そしてこいつが彼女と店に来た事を知るのだ。

 

 あぁ、死ねばいいのに。

 

「よっしゃ、今日は無理だけど今週中に行かせて貰うわ」

 

「来るなら一人で来い」

 

「はっはっは。夏希と一緒に行かせて貰うわ」

 

 ああああああああああああ死ねばいいのにいいいいいいいいいいいいいいいいい。

 

 その後はとっとと話を切り上げてキャンパスを出て店へと向かう。大学組での一番乗りは俺で、すぐにキッチンに入って仕事を開始。そう時間は経たずに高嶺もやって来て、恐らく四季さんもフロアで接客を始めているだろう。

 

 それなりに多く客は来ていたものの、当初の予想通り土日程には客は来ておらず、あの修羅場を経験した俺達にとってあの程度の数の注文を捌くのは容易かった。

 やがて外も暗くなって客も少なくなっていき、そしてラストオーダーの時間を迎え、最後の客が店を出ていった。

 

「ふぅ~、お疲れ様でした」

 

 扉が閉まってから、火打谷さんが一度大きく息を吐いてそう言った。

 

「今日はそこまでお客さんは来ませんでしたね。まあ、毎日あれだけ来たら大変ですけど…」

 

 次に口を開いたのは墨染さん。墨染さんも俺と同じ感想を抱いたらしい。とはいえ、平日の客数が減るのは当たり前の事だし、それに墨染さんの言う通り、毎日あれではさすがに大変だ。過労死出来る。

 

 そんな他愛ない話をしながら最後の仕事である店内の掃除をしていた時だった。

 キッチンスタッフである俺は当然、涼音さんと高嶺とキッチンの掃除。その最中の事。

 

 来店を報せる鈴の音がキッチンまで聞こえてきた。思わず、他の二人と顔を見合わせる。

 

「時間をまちがえたんですかね?」

 

「でしょうね。まあ、対応はあっちに任せて、私達は掃除を続けよっか」

 

 涼音さんがそう言い、止まっていた手を再び動かす。俺達も涼音さんに従って手を動かした、その直後。

 

「あのー、千尋先輩?」

 

 キッチンに顔を覗かせながら、火打谷さんが俺を呼んだ。

 

「先輩にお客さんです」

 

「客?…ここに?誰?」

 

「さあ…。でも、すっごく綺麗な人でしたよ?」

 

「こっちに来て異性の知り合いなんて、本当にこの店の従業員くらいなんだけど」

 

 後はまあ、昭久の歴代彼女達の名前だけは知っている。だが、顔は知らない。会った事もない。

 

 改めてこれまでの自身の交友関係の狭さについ笑いを吹き出しそうになりながら、涼音さんと高嶺に一言かけてからフロアへと出る。

 

 しかし、俺を呼ぶ女性とは一体誰なんだろうか。さっきも言ったが、大学に入ってから出来た女性の知り合いなんてこの店の従業員の五人だけだ。話すくらいなら、大学のグループ学習で一緒になった女性もいるにはいるが、名前も知らないし顔も覚えていない。そんな相手を知り合いとは呼ばないだろう。

 

「…」

 

 フロアに出て見えるのは、一人の背の高い女性の周りに集まる四季さん達の姿。

 その中で、何故かミカドだけがやけに焦っているというか、恐縮している様に見える。

 

 あの、我輩は貴族だやら公爵だやらもっと敬った態度をとれやら事情を知っている俺達には言い続けてきた、あのミカドが。

 

 何なんだ、あの人。

 

 ゆったりとしたベージュのパーカーと、黒のデニムというラフな格好をしたその女性は、俺の視線を感じ取ったのか否か、俺が声をかけるよりも先に振り返った。

 

 揺れる長い黒みがかった茶髪。スッとした鼻筋に薄い唇、目尻はつり上がり、見る人によっては威圧感を与えてしまうだろうが、何故だろう。俺はやけにこの女性に懐かしさを覚えていた。

 

 女性は俺と視線を合わせながら優しく微笑む。まるで、我が子の成長を喜ぶ母親のような、そんな表情で俺を見ている。

 何だ、この人は。初対面のはずなのに、そんな馴れ馴れしく笑ってきて─────

 

 瞬間、俺の脳裏に過ったのはまだ誰にも理解されず、見たくない世界を見続けてきた幼い頃の光景。

 一人、小さな丘となった芝生の上で座り、楽しそうに遊ぶ同年代の子供達を眺めていた時、その人は現れた。

 

 突然俺に話し掛けてきて、君は皆と遊ばないのかい、なんて聞いてきて。初めは鬱陶しいと感じていたのに、その人は。

 

『その目に見える景色を誰にも理解されず、孤独を感じているのか』

 

 何故か、俺の見えている景色について知っていて、挙げ句の果てに。

 

『実はね、私は偉い神様なんだ』

 

 なんて言い始めて。さすがに神なんて信じられなかったけど、でも初めて俺の見えている景色を共有できる人をみつけて、嬉しかった。

 短い時間だったけれど、話が出来て楽しかった。

 

 そして別れ際、()()()()をくれた。

 

 そうだ、どうして忘れていたんだろう。何故すぐに思い出せなかったんだろう。

 

「久し振りだね、千尋。随分大きくなった」

 

「…似非神様」

 

「似非じゃない」

 

 その人は、俺が初めてそう呼んだ時と同じツッコミをしながらも、変わらず微笑み続けていた。




はい、神様です
原作であまり詳細が明らかになっていない神様です
この神様については次回、色々説明される予定です

そう、次回は説明回です
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