喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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本当は一話に纏めるつもりだったけど予想以上に長くなったので分けます


第十八話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────うん、いい紅茶を淹れるじゃないか」

 

「それはどうも」

 

 今、俺の目の前でカウンター席に座った女性、似非神様が俺の淹れた紅茶を飲んでいる。カップを持ち上げ一口、また一口と満足そうに紅茶を口に含める。

 

 現在、店の中には俺と似非神様の他に明月さんとミカド、そして四季さんと高嶺が残っている。

 四季さんは店の戸締まりを任されているため当然最後まで残らなければならない。明月さんとミカドはこの店の部屋を間借りしているから当然残る。高嶺は他の墨染さん達三人に先に着替えを譲り、今は休憩室で着替えをしているだろう。

 墨染さん達は似非神様の対応でまだ時間が掛かるだろうから、と理由をつけて先に帰している。

 

 つまり今、この店には色々と()()()()()()()()者しかいないという事だ。

 

「でも君の格好は明らかにフロア担当のものではないが…、もしや、プライベートでよく紅茶を淹れているのかな?」

 

「まあ、そんな感じです」

 

 本当にこの似非神様は紅茶が気に入ったらしい。さっきから頻りに紅茶を誉めてくる。きっと、ペットボトルの紅茶しか飲んだ事がないのだろう。また、ペットボトルの紅茶が飲めなくなる体を創ってしまった…。

 

「…来たね」

 

 そうして似非神様が紅茶を飲んでいる間に着替えを終えた高嶺がフロアに戻ってきた。

 似非神様は口につけたカップを傾け、中身を一気に飲み干してから空になったカップを置く。

 

「それじゃあ役者も揃った所で、まずは自己紹介から始めようか」

 

 似非神様は涼しげに笑いながら、掌を胸に当てる。

 

「人間界では朔夜と名乗っている。数多いる神々の一柱だ。よろしく」

 

「…ていう痛い人なんだ、二人とも」

 

「だから似非じゃないっ!」

 

 幼い頃から変わらず神と名乗る罰当たりかつその痛々しさに溜め息を吐きながら、代わりに俺が訂正してやる。

 四季さんと高嶺はやはり信じていない様子で、その顔には苦笑いを浮かべていた。

 

「信じてくれよ千尋ぉ…。似非じゃないんだよ、私は本当に神様なんだよぉ…。ほら、その眼鏡は役に立っただろう!?」

 

「─────」

 

 この人が本物の神様なんて信じちゃいない。しかし、眼鏡の事を言われると少し弱ってしまう。

 どういう仕組みかは知らないが、俺の目に映るこの世あらざる者の存在を遮断し、尚且つその者等の声すらも遮るこの眼鏡の力は本物だ。

 それを考えると、本当に神の力で俺を助けてくれたのかもしれない、と思ってしまう時もあった。

 

 しかし、だ。

 

「朔夜なんて名前の神は聞いた事がないです」

 

「それは人間界では神名を明かせないから…」

 

「ていう設定なんですよね?」

 

「うわああああああああああああああああ!!!」

 

 こんなのが神様なんて信じられない。初めて会った時もこんな感じだった。信じられるか?この人、当時五歳だった俺に泣かされてるんだぞ?今みたいな感じで。そんな人が神様なんて到底信じられん。

 

「待て、柳。お前の眼鏡は、その人がくれたものなのか?」

 

「そうだけど」

 

「なら、神っていうのも強ち出鱈目じゃないんじゃ…」

 

「これが?」

 

「これ!?今、私の事をこれ呼ばわりした!?」

 

「…」

 

 喚く神(笑)を見ながら高嶺が沈黙してしまう。ほら、やっぱり信じられない。

 

「でも、ミカドさんや明月さんみたいな、人間とは別の存在、とは考えられるんじゃない?」

 

「…あぁ。俺もその可能性は考えてた」

 

 何度も言うが、これが神とは考えられない。ミカドから聞いた神の話から伝わってくるイメージとかけ離れすぎている。

 

 しかし、四季さんが今言ったように、ミカドや明月さんみたいな人間とは違う存在である、とは考えられる。

 多分、あれだ。ハムスターの妖精とか、そんな感じだろう。

 

「舐めてる!この三人、私の事を舐め腐ってる!ミカド、君からも何か言ってやってくれ!」

 

 俺達の態度から完全に舐められている事を察した神(笑)が涙目でミカドに助けを求める。

 いや、遂に神が助けを求めちゃったよ。

 

 一方、神(笑)に助けを求められたミカドは一度大きく溜め息を吐くと─────思わぬ台詞を吐いた。

 

「そろそろ止めておけ。特に高嶺昂晴。今この場で排斥されても知らんぞ」

 

 俺達三人の表情は固まった。特に高嶺の顔は思い切り引きつっていた。

 

「いやいやミカド、私でも私情で一生命の排斥は出来ないさ」

 

「しかし、高嶺昂晴は別でしょう?」

 

「…彼の場合は許されるだろうけどね」

 

 高嶺の顔が青くなる。俺と四季さんも、こめかみの辺りから一筋の汗を流す程には焦っていた。

 

 …いや、本当に?マジで?Really?

 

「なーんでミカドの言葉は信じるのかなー?」

 

 日頃の、というか今までの行いのせいでは、とは言えなかった。さっきまでのノリで話す事はもう出来なかった。

 何故なら、ミカドは否定しなかった。それだけではない。ここまで一言も喋っていなかった明月さんは、神と名乗る女性に向けてずっと、両目を瞑って畏まった体勢をとっていた。

 

 まさか、彼女が現れてからずっと?ここまで口を開かなかったのはまさか─────神と死神とでは、神の前で口を開く事すら許されない程に、身分の差があるという事なのか。

 

「─────」

 

 言葉が出ない。背中に嫌な汗が流れる。心臓が今まで生きてきた中で一番早く、激しく鼓動を刻んでいる。

 それでも、俺はまだ良い方だ。高嶺なんか今ごろ、生きている心地すらしていないだろう。高嶺は今、神々にとって複雑な立ち位置にいる。そんな中での今回の言動。そして先程のミカドとの会話。

 

 多分今、高嶺は猛烈にこの場から逃げ出したい衝動に駆られているだろう。しかし、出来ない。その理由は、俺の勝手な予測だが、恐怖で足が竦んでしまっているから。

 

 何故だろう。ミカドと高嶺について会話をしてから、やけに目の前のこの人が大きく見える。体格の話ではない。存在感というべきか、威圧感というべきか。

 そう、言い表すならば、生き物としての格が違う、というべきか。

 

「大丈夫だよ。君達を、勿論高嶺君も、排斥なんてしないから。そんな事をするために来たんじゃないしね」

 

 目の前の神は恐怖に震える俺達に微笑みかける。どうやら、機嫌を損ねた訳ではなさそうだ。

 しかし、そう言われても胸の内に抱く畏怖は消えない。目の前にいる存在は、その気になればこの場で俺達を亡き者にできる。

 

「あー、本当に大丈夫だから。話ができないからそろそろ落ち着いてくれないかな?特に高嶺君は泣き止みなさい」

 

 微笑みが苦笑いに変わり、何とか俺達を落ち着かせようと言葉をかけてくる。

 ていうか、高嶺は泣いているのか。…当然かもしれない。本気で死んだと思ったのだろう。もうダメだと思ったのだろう。きっと、心の中で辞世の句とか詠んでたのだろう。

 

「…似非なんて呼んでしまい、申し訳ありませんでした」

 

「そんな畏まった態度はとってほしくないな。というか、畏まる千尋なんて違和感ありすぎて嫌なんだけど」

 

「…」

 

 少しカチン、と来た。人が謝ってるのに何だその言いぐさは。泣かすぞ。

 と、数分前までの何も知らない頃の態度が表に出そうになるのを抑える。

 

 いけない、もしかしたらまだ俺はこの人の事を舐めてるのかもしれない。この人は本当に神だ。ずっと偉そうだったミカドが敬い、そして条件付きらしいが生命の排斥なんてとんでも行為を許される程の力を持った神だ。

 

「…ミカドが余計な事を言うから皆怖がってるじゃないか」

 

「なっ!?吾輩の所為ではないでしょう!」

 

「ミカドが私を怒らせたら排斥されるとか言うからだろ!?責任とって三人を落ち着かせろ!」

 

「理不尽な…。だが、このままでは話が進まんか」

 

 神と向き合っていたミカドが俺達の方を向く。そして一度息を吐いてから口を開いた。

 

「三人とも、そんなに怖がるな。今までのやり取りで分かっただろう。この方は寛大だ」

 

「神々の中でも一番度量が広いと自負しているよ」

 

 ミカドに続いて胸を張りながら言う神。

 存在感溢れる胸部が揺れるが、普段ならともかく今はそれに視線を向ける余裕はない。

 

「「─────」」

 

 四季さんと目を見合わせる。続いて高嶺に視線を向けるが…、動いていない。俺と四季さんはミカドの言葉とこれまでの神の態度を思い返して、少し落ち着きを取り戻せたのだが。

 

「おい、高嶺昂晴。さっきも言ったが、この方は寛大なお方だ。だから今すぐ貴様を排斥したりはしない」

 

「…本当に?」

 

「あぁ、本当だ」

 

「がおー、くっちゃうぞー」

 

「ひぃぃぃいいいいいいいいい!!!」

 

「なっ、高嶺昂晴!落ち着け!」

 

「あ、ごめん。まさかそこまで過剰反応するとは…」

 

「「…」」

 

 確かにこの神の人となりは分かったし、そのお陰で落ち着きは取り戻せたのだが、その所為で本当にこの人は神なのだろうかという一抹の疑いが蘇るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局高嶺を落ち着かせるのに時間を要し、話の本題に入る頃には十時を過ぎていた。

 あぁ、明日も朝早いのに。話の長さによっては寝ない方が楽かもしれない。

 

「さて、と。とりあえず私が神様だって事は分かって貰えたと思うけど、何か聞きたい事とかある?」

 

 テーブルに頬杖を突きながら、神、これからはそう呼んで貰って構わないと言われたから朔夜さんと呼ばせて貰う。朔夜さんが俺達に向かって問い掛けた。

 

 いきなり聞きたい事、と言われても、俺も四季さんもすぐに質問なんて思い浮かばない。

 しかし一人だけ、そう。高嶺だけは例外だった。

 

「…それじゃあ、俺からいいですか」

 

「ん、なに?」

 

 高嶺がおずおず、と手を上げる。朔夜さんが高嶺に視線を向けて先を促す。

 

「その…、今の俺の立場って、どうなってるんですか?さっき、貴方は排斥するつもりはないって言ってましたけど、それは…」

 

「それは今この場でって意味だね。今この瞬間も、君の審判は続いているよ」

 

 高嶺の表情に緊張が奔る。高嶺だけじゃない。俺も四季さんも、朔夜さんの言葉に緊張が隠せない。

 

 今、高嶺を見る朔夜さんの目は、一人の人間を見るものではなかった。高嶺を見極め、処遇をどうするか決めようとしている。もしかしたら、今この瞬間に、高嶺がどうなるか決まるのかも─────

 

「でもまあ、今の調子なら排斥なんて事にはならないんじゃないかな?先の事なんて、私にも分からないけど」

 

 という事はないらしい。少なくとも、近い内に高嶺の存在が消えている、なんて事は起こらなそうだ。

 

 だが、どうもおかしい。高嶺の排斥について、審判を任せられているのは話を聞く限り朔夜さんだ。他の神々との兼ね合いもあるのかもしれないが、それにしてもだ。何故朔夜さんは、こんなにも曖昧な言い方をするのだろう。

 

「うん、それじゃあ、四季君」

 

 その事について聞こうとした矢先、俺よりも先に四季さんが遠慮がちに手を挙げた。

 朔夜さんが四季さんに質問を促す。

 

「…貴女は、柳君にあの眼鏡を渡した。という事は、柳君の目について知っているのではないですか?」

 

「─────」

 

 四季さんが口にした問いは、俺についての事だった。

 見れば、高嶺も何やら真剣な顔つきで朔夜さんの方を見ている。

 

 まさかとは思うがこの二人、俺の目について気にかけていたのだろうか。だとしたら、もう何度目か分からないが、お人好しが過ぎる。俺の目が何であろうと、二人には何の関係もないというのに。

 だというのに、勝手なお節介をして。

 

 呆れる、と同時に、他人に思い遣られる事に小さな嬉しさを覚える。

 俺は、いつからこんなにチョロくなってしまったんだろう。

 

 一方、質問された朔夜さんは目を丸くして四季さんを見たまま固まっていた。

 

「あぁ、失礼。予想と全く違う質問だったから、驚いてしまったよ」

 

 数秒後、我に返ったと同時に朔夜さんは言う。

 

「本当にその質問でいいのかい?悪いが、あまり何個も質問を受けるつもりはない。君は他に、聞くべき事があるんじゃないのかい?」

 

 朔夜さんは真っ直ぐ四季さんを見据える。それはまるで、他の事を聞け、聞いてみろ、と挑発しているようだった。

 しかし、四季さんはその言葉に対し頭を振る。

 

「私の事は私が一番分かってますから」

 

「…なるほど」

 

 要領を得ない四季さんの返答に、朔夜さんはただ意味深に一言を返すだけ。

 

 少しの間流れる沈黙。朔夜さんは四季さんを見つめ、四季さんも朔夜さんを見返す。

 やがて、朔夜さんが口を開いた。

 

「うん、気に入った。君の心意気に免じてひとつ、君にアドバイスだ」

 

 そんな四季さんの何かに琴線が触れたのか、朔夜さんの心の内は分からないが、朔夜さんは四季さんの問い掛けとは関係ない言葉を口走る。

 

「君は勘違いしている」

 

「勘違い…?」

 

「あぁ。今の君は、何も諦める必要なんてない。そう、何もだ」

 

「それって、一体…」

 

「さぁ?そこから先は、君自身が気付かなければ意味がないよ」

 

 思わせ振りな事を言っておきながら、それ以上話すつもりはないらしい。

 朔夜さんの言葉について詳しく聞こうとする四季さんの質問を拒否し、朔夜さんは俺の方を見た。

 

「それで、四季君のもう一つの質問だね。実を言うと、私がここに来た理由もそこにあるんだ」

 

 四季さんが朔夜さんに投げ掛けた質問。それは。

 

「君の目についてだよ。千尋」

 

 朔夜さんが、本来人と交わる筈のない存在である神がここに来た理由。

 それが俺の目にあると、目の前の神はハッキリと言い切った。

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