喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高嶺昂晴がその光景を見たのは、本当にただの偶然だった。午前の講義が終わり、友人の汐山宏人と学食に行く途中、中庭で飛び回る青い蝶を見つけた。

 宏人に断りを入れ、すぐさま外へ飛び出した昂晴は中庭へ向かう。

 

 そこで見た光景は、昂晴の想像とは掛け離れたものだった。

 

「あれ、は…」

 

 中庭に着いた昂晴はすぐに青い蝶を見つけた。しかし、そのすぐ傍らで思いも掛けないものを見る。

 

 男だ。それも、人差し指の先に蝶を止め、柔らかい微笑みを浮かべて何かを語り掛けている。

 

「まさか…」

 

 まさかも何もない。あの男は蝶が見えている。そして、蝶と話している。いや、蝶は言葉を発せないため、話しているという表現は間違いかもしれないが。

 

 しかし、あの男は一体何者だろうが。蝶は、普通の人間には見えないもの。それを目視でき、挙げ句戯れて──────

 

「──────」

 

 次の瞬間、昂晴は自身の考えが誤っていた事を悟る。

 男は蝶が止まった指先を持ち上げ、空へと向ける。直後、蝶が飛び立ち、空へと上っていったのだ。

 

 あの奇妙なケット・シーと死神の言葉を思い出す。あの蝶は現世に零れ落ちた人間の魂。つまり、今の現象は──────

 

「おくった、のか…?」

 

 人間の魂は神によって生まれ変わり、転生する。あの空に飛び上がった蝶は、あの男によって神の元に導かれたのだろうか。

 

「…」

 

 昂晴には詳しい事は分からない。それでも、あの男を店に連れていくべきだと直感した。ケット・シー、ミカドと死神、明月栞那の所へ。

 

「あ、あの!」

 

 気付けば昂晴はその男の背後に立ち、声を上げていた。ベンチに腰を下ろしていた男は少し間を空けてから昂晴を見上げる。

 

「さ、さっきの!」

 

「…なに?」

 

 いけない。男の表情が怪訝なものへと変わる。確かにいきなり話し掛けられ、それも要領の得ない言葉を掛けられれば自分でもこんな反応になる。

 

 しかし、それにしてと目付きが鋭い。やや吊り目の視線が更に警戒に染まればどうなるか、語るまでもない。糞雑魚メンタルの昂晴君は大ダメージを受けてしまう。

 

(そ、それでも、ここで引くわけには…!)

 

 自身を叱咤し、頭の中でぐるぐるとまとまってくれない台詞を絞り出す。

 

「蝶!」

 

「は?」

 

「蝶を…、送ってましたよね!?」

 

「…」

 

 警戒に染まった表情が、今度は驚愕に染まっていく。鋭く細められた目が見開き、男が抱く驚きの大きさを露にする。

 

 昂晴はやりきった。コミュ障丸出しの話し掛け方ではあったが、とにかく男に、昂晴と話をする気にはさせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ありのまま起こった事を話すぜ…。俺以外には見えていない蝶を見送っていたらその光景を他人に見られていた!何を言ってるのか分からねぇと思うが俺も何を言ってるのか分からねぇ…。黒歴史とか厨二病とかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。

 

 なんてボケを内心でかましてはいるが、ぶっちゃけ動揺しまくってます。

 

 え、うそ、マジで?見えるの?あの蝶が?でもこいつ俺みたいに眼鏡掛けてないけど…、常時あの景色を見てるのか?メンタル強いなこいつ、あんなの見続けて平気とか。あ、もしかして眼鏡じゃなくコンタクト?きーにーなーるー!

 

 …ごほん。同類を見つけたかもしれない喜びでテンションがおかしくなってるな。一旦落ち着かねば。深呼吸…、よし。

 

「お前も、見えるの?」

 

「あ、あぁ…」

 

「蝶が?」

 

「うん」

 

「じゃあ、あいつも?」

 

「…うん?普通の学生だよな?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「…見えないの?」

 

「?」

 

 話を聞く限りでは蝶は見えるらしい。しかし、おかしい。蝶は見える癖に、ついさっき俺達の前を横切っていたカップルの男の方にのしかかる人型の肉塊が見えない様子。

 

「じゃあ、あそこにいる髪の長い顔が焼き爛れた女は?」

 

「君には一体何が見えてるんだ!?」

 

 どうやら見えるのはあの蝶限定で、悪霊の類いは見えていないらしい。

 何だつまらん。折角同年代の同類に出会えたと思ったのに。

 

「あー、で、何だっけ?蝶?見えてるけど、何?」

 

「え、あ、いや、何って…」

 

「…」

 

「…」

 

 ホント、マジで要領得ない奴だな。これは、あれだな。コミュ障というやつだな。まあ俺もコミュニケーション得意ではないが。ここまで酷くはないぞ。その筈だ。

 

「話はそれで終わり?」

 

「あ、いや!終わりじゃない!あの…、今日の講義はいつ終わる?」

 

「…四講までだけど」

 

「それなら、講義が終わったら時間とれないかな?ちょっと、話したい事があるんだ」

 

 話が終わったと思ったら、更に話したい事があるとか言われた。正直、面倒臭い。面倒臭いのだが、一部とはいえ視界を共有できる人。

 

「…話す場所は?お前と一対一か?」

 

「っ!大学から少し歩いた所にある俺がバイトしてる店…ていうか、まだオープンしてないんだけど…。そこで俺と、あと三人」

 

 こいつ以外にもいんのかよ見える人。ていうか、もしかして俺以外にも結構いたりする?この眼鏡くれた人は俺みたいな奴はかなり珍しいみたいな言い方してたけど。案外そうでもない?

 

「それじゃあ、講義が終わったらC棟の出入り口で合流しよう」

 

「了解」

 

「…じゃあ、また」

 

「ん」

 

 軽く手を上げ合ってから、男が去っていく。

 

「…あ、名前聞いてない」

 

 男の姿が見えなくなってから思い出す。そういえば、男の名前を聞いてない。ついでに俺も自己紹介してない。更に言えばあの男の顔がすでに朧気になってしまった。

 

「…まあ、何とかなるだろ。えっと…、C棟の出入り口だったっけ?」

 

 確かそうだった筈、と頭に待ち合わせ場所を刻みながら立ち上がる。

 そろそろ昼食を注文しとかないと次の講義に間に合わない。いや、それとも適当にコンビニでパンでも買うか?いやしかし…。

 

 悩んだ結果、学食にて昭久と合流。昼食代をせびりラーメンを注文してさっさと昼食を済ませる。

 因みに、奢りなしの取り消しは夕飯の奢りなしを条件とした。どのみち今日は用事ができたから飯行けないし。

 

 そうして昼食を済ませた後は、言うまでもなく三講、四講と講義を連続で受ける。今日は一週間の中で一番ハードな一日で、一講から四講まで間なく講義を受け続けた。

 一、二年はとれるだけ単位をとるためにこの状態がほぼ毎日続いたが今は違う。卒業できるだけの単位の内ほとんどをとっているため、ぶっちゃけ必修科目以外は履修しなくてもいい。

 その必修科目が二講目から四講目まで続くのがこの曜日なのである。ちなみに一講目は間違えてとった。反省している。後悔もしている。

 

「千尋ー、用事って何なんだ?」

 

 四講目も終わり、本日の講義は終了。資料を鞄にしまい、昼休みに約束した待ち合わせ場所に行こうとしたところ、昭久に声をかけられた。

 

「ちょっと行くところが出来た」

 

「どこ?」

 

「俺もよく知らん」

 

「は?何だそりゃ」

 

 呆気にとられた表情になる昭久。しかし、本当によく知らないのだから仕方ない。

 

「そんじゃ」

 

「あぁ、また明日な」

 

 挨拶を交わしてから教室を出る。向かう先は待ち合わせ場所であるC棟。ここからは少し距離がある。

 今更だが、招く人を歩かせるってどうだろうか。いや、別に本気で気にしている訳ではないが。何なら、あいつの最後の講義がC棟で行われてるのかも知らないが。

 

 建物から出れば、外はすっかり夕焼け色に染まっていた。冬の兆しか、それなりに冷たい風が肌を撫でる。

 

 ポケットに両手を突っ込み歩き出す。すでに外はこれから帰る学生やサークルに向かう学生で賑わっていた。

 今日の四講は講師に熱が入ったせいで普通に時間過ぎてたからな。多分待たせている。

 

「あ、こっちだ!」

 

 小走りしてペースを速めてC棟の建物へ。やはりというべきか、その男はすでにそこで待っていた。

 

 だが──────

 

「…四季ナツメ?」

 

「?」

 

 男の他にもう一人立っていた。そう、俺が呟いた名前、四季ナツメだ。

 というか、何だろう。この組み合わせ、何故か見覚えがある気がしてならない。

 

「あ、思い出した。一講目に四季さんと二人で講義受けてた奴」

 

「ぐっ…」

 

 そうだ、ようやく思い出した。眼鏡を掛けていたから今まで思い出せなかった。そうだった。通りでこの組み合わせに見覚えがある訳だ

 

「君も、あの講義を受けてるの?」

 

「あぁ。あ…っと、今更だけど、いきなりフルネームで呼んだりして悪かった」

 

「ううん、別に気にしてないけど…。えっと…」

 

 俺が同じ講義を受けていた事に驚いたらしい。四季さんが目を丸くしながら問い掛けてくる。その問いに、さっきの失礼な態度を付け加えて答える。

 

「…?」

 

「名前、教えてくれないかな?」

 

「あー。柳千尋、よろしく」

 

「うん。私の事は知ってたみたいだけど、改めて。四季ナツメです。それと…」

 

「高嶺昂晴。ごめん、昼休みの内に自己紹介してなかった」

 

 三人で自己紹介し合ってから、誰からともなく歩き出す。といっても俺は目的の場所への道は知らないため、二人についていくしかないのだが。

 

「それで、えっと…」

 

 歩き出してから気まずい沈黙が流れる中、信号待ちをしている途中で切り出したのは四季さんだった。

 こちらを見て、何かに悩む素振りを見せてから、ゆっくりと口を開く。

 

「柳君は、蝶が見える…のよね?」

 

「うん。…ここにいる時点で察しはつくけど、四季さんも?」

 

「うん。私も、見える」

 

 世間は狭いものだ。もしかしたら自分以外いないのではとすら思っていた同類…ではなく、似た者がこんなに近く、それも二人もいるとは。いや、確か男…高嶺は自分以外に三人いると言っていた。つまり、その内の一人は四季さんとして、他に二人?

 

「それって、いつから?」

 

「んー…、さあ?物心ついた時には見えてた。てか、親が言うには赤ん坊の頃からよく何もない所に向かって手を伸ばしたりしてたらしいから、案外生まれた時から見えてたのかもな」

 

 赤ん坊の頃の記憶なんてないから言い切れないけど。

 四季さんの質問に答えると、質問をした四季さん自身と高嶺が目を見開いている。

 

「二人は違うのか?」

 

「私も高嶺君も、見え出したのは最近」

 

 やはり同類とはいえないらしい。高嶺に目を向けると、四季さんの言葉に同意するように頷く。

 

「そう、か」

 

「それと…、高嶺君から聞いたんだけど…」

 

「ん?」

 

「その…。幽霊が見えるって、本当?」

 

 どこか不安げに聞いてくる四季さん。高嶺も何だか表情が強張っている。

 

「見えるけど」

 

「…マジで?」

 

「大マジ」

 

 四季さんの表情が固まり、高嶺が呆然と聞き返してくる。どうあがこうと見えるものは見えるため、即座に頷いて返してやる。

 

「あぁ、二人はとり憑かれてたりしてないからあんし──────」

 

 朝に眼鏡を外して見た時はそういったものは見えなかったため、二人にそう言おうとしたのだが…。

 改めて確かめるべく、眼鏡を外して二人を見ると。

 

『ネェ…、キコエテル…?』

 

 憑いてました。高嶺の後ろに。それも昼休みの時に見た、あの髪の長い顔が焼き爛れた女が。

 

 あー、憑いてきちゃったのね。

 

 そっ、と眼鏡を戻し、視線を外す。

 

「え?え?何?何で俺の方を見て固まったの?」

 

「高嶺君…」

 

「四季さん、そんな哀れむ目で見ないでよ。助けてよ。ちょっ、え?マジで!?」

 

「あー、大丈夫だよ。まだ」

 

「まだ!?」

 

「ほっときゃ勝手に離れてくさ。多分」

 

「多分!?」

 

 そりゃ、見えはするが別に霊能力者という訳ではない。いや、バイトで手伝いはした事はあるが、一人で対処など出来やしない。

 

 でも多分という曖昧な表現はつくが、今の状態を見る限り放っておけば大丈夫な筈だ。これは俺の経験上の推測。根拠はないが、大体は当たる。大体は。

 

「あれだ。部屋に一人でいる時に鳴るラップ音とか自分以外の声に反応せず無視してれば大丈夫」

 

「聞かなきゃ気のせいで済ませられたのに!」

 

 余計な事を言っちゃったっぽい。顔を真っ青にする高嶺を見てちょっぴり同情。いや、俺のせいだけど。

 

 話の内容はあれだが、さっきまでの気まずい空気は払拭されていた。高嶺の犠牲は無駄ではなかったという事だ。いや、死んでないし死なないけど。多分。

 

「まあ、高嶺君の事は置いておいて…」

 

「置かないで!」

 

「あそこ」

 

 叫ぶ高嶺を無視して、四季さんが指を差す。その指の先には一軒の建物。表には【CAFFE STELLA】と書かれた看板が。

 

「喫茶店?」

 

「まだオープンしてないんだけどね…」

 

 どうやら案内されるのは喫茶店らしい。高嶺も言っていたが、確かにオープンしている様子はない。

 

 四季さんを先頭に扉を開き、店の中に招かれる。扉を潜り、店内に入ると──────

 

「待っていたぞ」

 

「?」

 

 渋いダンディの声がした。声がした方に視線を向けると、カウンターテーブルの上に乗った灰色の何か。

 

「…猫?」

 

 頭に王冠、背中に赤いマントを纏った二足で立つ猫がいらっしゃいました。

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