喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第二十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単刀直入に言う。俺は今、ベッドの上で頭を抱えていた。絶賛超絶後悔真っ最中であった。

 

 やった。やってしまった。感情のままに当たり散らしてしまった。これじゃあミカドが言った八つ当たりそのものじゃないか。

 何だって俺はあんな事を言ったんだ。適当にミカドの台詞は聞き流していれば良かったものを、ムキになって言い返して、挙げ句の果てにくっさい台詞を吐いて。

 

 しかし何だろう、物凄くデジャブを感じる。前にも、しかもかなり最近にもこんな事があった様な─────

 

「─────あぁ、そうか」

 

 思い出した。まだステラがオープンする前。初めて四季さんと帰路を一緒にした時だ。

 あの時も俺は滅茶苦茶臭い台詞を吐いて、帰ってからこうやって恥ずかしさの余り悶えていた。

 

 あの時は、こんな未来が待っているなんて想像もつかなかった。あの時の俺はステラで働くつもりはさらさら無くて。だけど四季さんの誘いを受け入れてステラで働く様になって。ステラでの時間はとても忙しくて、それと同時に楽しくて、毎日が充実していた様に感じて。

 そして、俺は裏切られた。誰でもない、俺をステラに引き込んだ四季さん自身に。

 

「裏切られた、か」

 

 だが、ミカドと話してからどうももやもやしてならない。

 いや、ずっと無視していたけれど。ミカドと話す前から、昨日四季さんと話をしてからずっと、胸の内がスッキリしない。

 

 俺は俺の思う事を言った。そして、間違った事を言ったつもりはない。四季さんは今の状態を変えようとせず、運命を受け入れて、諦めて、俺達を裏切った。

 それでも、もう少し何か言い方があったかもしれない。他に選択肢があったかもしれない。そう思えてならないのだ。

 

 こんな事は初めてだ。俺は今まで、俺がとった選択に疑いを持った事はなかった。

 勿論、全て正しい選択をしてきたとは言わない。後になって自分が間違いだって気付いた事はあるし、それによって迷惑を掛けた人に謝り倒した事だってある。

 それでも、今みたいな心情になった事はなかった。

 

 ─────もし、四季さんがこのまま何も変わらなかったら、どうなるんだ?

 

 そこまで考えた時、ふとある疑問が頭の中に浮かんだ。そして、その疑問は一瞬で氷解する。

 何故ならその答えは、四季さん自身が言っていたのだから。危うい、と。もう、残された時間は少ないと。

 

 つまりそれは、四季さんが死ぬという事。

 

「っ─────」

 

 分かっていたつもりだ。その上で、俺は四季さんと決別したのだから。なのに、改めてその事実と向き合った瞬間、背筋が強烈な寒気に襲われる。

 

 死ぬ?四季さんが?もうすぐ?

 

 何を分かりきった事を。それを承知で俺は今の選択をとったのではないのか。

 

 それに、たとえ俺が選択を翻した所でどうなる。さっきミカドに言った通り、俺にはどうする事も出来ない。俺に四季さんは救えない。だから、今更掌を返した所でどうにもならない。

 

「…くそ」

 

 なのに、心のざわつきが収まらない。

 まさかとは思うが、俺は四季さんを助けたいのか?…いや、それは認めよう。四季さんがこれから先生きるために、俺に何か出来る事があるのなら、やってやろう。

 

 しかし、何もない。俺に出来る事はない。俺に人を救う力等ないと、とっくに知ってるじゃないか。

 

「…寝よう」

 

 今日が必修講義がない日で良かった。お蔭でサボる事が出来る。

 着替える気力もなく、服はそのまま、仰向けに俺は目を閉じた。何だかもう疲れた。何もしたくない。何も考えたくない。このまま、好きなだけ寝ていたい。

 

 目を閉じる前は眠気なんて全く感じていなかったのに、目を閉じた途端込み上げてきた眠気はあっという間に俺の意識を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に、穏やかに柔和な笑みを浮かべる老女の顔があった。俺は泣いている。老女は笑顔のまま俺の話に耳を傾けている。

 不思議な感覚だ。俺は間違いなくこの老女に何か話している筈なのに、何を言っているのか分からない。何も聞こえない。ただ、泣きながらもこの老女の笑顔に心が安らぐ。この感覚が、とても懐かしく思える。

 

『そうかい。それは可哀想だねぇ。千尋には本当に見えてるのにねぇ』

 

 一通り話し終えると、老女は俺の頭を撫でながら優しげに言う。

 あぁ、そうだ。この声、頭に乗せられた温かい手。忘れられる筈がない。

 

『そうだよバアちゃん。俺はホントに見たんだよ!でもあいつら、そんなのいないって、俺をバカにしたんだ!』

 

 その老女が俺の祖母だと、バアちゃんだと思い出した瞬間、それが切っ掛けだったかのように俺の声が聞こえ出した。

 そうだ。俺はこの目で普通の人には見えない存在が見えて、小さい頃はバカ正直に周囲の子供にその事を教えたりしていて。その度にバカにされ、そんなのいないと言われ、おかしい奴だと扱われるのが悔しくて、意地になっていた。

 

『でもね、千尋?千尋には見えていても、他の人にとってはそうじゃない。そして、見えないものを人というのは、どうしても信じられないんだよ』

 

『…でも、バアちゃんは信じてくれるじゃん』

 

『バアちゃんは、千尋が嘘を吐く様な子じゃないって知ってるからねぇ』

 

 そうだ。周囲の同年代の子供にバカにされる度に俺は応戦して、でも俺には誰も味方してくれなくて、結局数に負けて泣いて帰っていた。そうして泣いて帰る度にいつもバアちゃんに慰められて。

 別に両親もそういった奴らみたいに俺をバカにしていた訳じゃない。普通に優しく接してくれていたし、間違っても虐待みたいな扱いはされていなかった。ただ、この目の事だけは、バアちゃんみたいに信じてはくれなかったが。

 

 この世あらざるものが見える事を信じてくれたのはバアちゃんだけだった。そしてバアちゃんは、いつも俺にこう言っていた。

 

『千尋?千尋と同じ景色はバアちゃんには見えない。でもね、その目について一つだけ分かる事がある』

 

『その目は特別。何で千尋なのかは分からないけど、きっと千尋が選ばれた理由がある』

 

『その目を悪い事に使ってはいけないよ?バアちゃんは、その目を誰かを助けるために使ってほしい』

 

 バアちゃんの優しい声。そうだ。バアちゃんはいつも言っていた。俺の頭を撫でながら、願いを込めて、何度も俺にそう言っていた。

 

 でも─────

 

『アンタが、母さんを殺したのよ!!!』

 

 この目に人を救う力なんてないのだと、俺はもう知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────」

 

 ふと、耳に何かの音を捉えて意識が覚醒する。それと同時に開いた瞼。そして、すぐ目の前にあった顔と視線が交わる。

 

「…」

 

「…」

 

「…うおっ!?」

 

 当たり前だが、俺はこの部屋に一人暮らししている。寝る前に帰ってきた時は部屋に一人だったし、誰かが部屋の合鍵を持っている訳でもない。

 両親ですら海外暮らしという事もあり、俺の部屋の鍵を持っていないのだ。恋人がいる訳でもなく、俺の部屋の鍵は俺しか持っていない。俺以外に、この部屋に入る手段を持った者はいない。

 扉の鍵をかけ忘れていた場合は例外ではあるが、残念な事に俺は帰ってきてすぐ後ろ手に鍵をかけた記憶がハッキリある。そのパターンはあり得ない。

 

 つまりだ。

 

「何でこの部屋にいるんですか、朔夜さん」

 

「ピッキングは得意だから」

 

 目の前にいる朔夜さんは俺の部屋に無断で侵入しているという事になる。

 というか、明月さんもそうだけど、ピッキングって人外界隈で流行ってるんだろうか。

 

「おはよう、千尋」

 

「おはようございます、不法侵入者様。警察に通報してもよろしいですか?」

 

「だめ」

 

 にこやかに、それでいて有無を言わせない迫力を纏った笑顔を向けられてこの話題についてこれ以上何も言えなくなってしまう。

 まあ通報に関してはただの冗談だったのだが、しかし何だって不法侵入してまで俺の部屋に入ってきてるんだろうかこの神は。

 

「だってピンポン押しても出なかったから。ミカドに聞いたらとっくに帰ってる筈だって言ってたし」

 

「だからって不法侵入しないでくださいよ。普通に肝冷やしましたよ」

 

 ていうかピンポンて、言い方可愛いなこの野郎。あと心を読まないで。

 

「…それで、俺に何か用ですか」

 

「そんな警戒しないでいい。…ていっても、難しいか」

 

「どうせ、ミカドから聞いたんでしょう」

 

 さっき、朔夜さんはミカドから俺が帰った話を聞いたと言っていた。それなら、俺が早引きした理由だってすでに知っている筈。

 この人からも説教されるのだろうか。正直それはご遠慮願いたい。多分、ミカドと話した時と同じ気持ちになるから。どうしても心が痛んで仕方なくなるだろうから。

 

「いや?私からその事に関して特に言う事はないよ?」

 

「はい?」

 

「んー…。まあ強いて言うなら、女の子を泣かすような子に育てた覚えはありません、くらい?」

 

「俺は貴女に育てられた覚えはないです。それに四季さんは泣いてないでしょう」

 

 しかし予想に反して朔夜さんはアッサリしていた。朔夜さんは昨日の四季さんとの会話から考えるに、四季さんの魂について色々と悟っていた筈だ。だから、ミカドと同じように四季さんを助けてあげようみたいな事を言ってくると思っていたのだが。

 

「確かに、涙を流してはいなかったね。でも、あの子の心は別さ」

 

「…」

 

 何も言い返せない。朔夜さんの言葉は、これ以上なくその通りだと思ってしまったから。ただ。

 

「言う事はなかったんじゃないんですか?」

 

「あはは。年長者としてのアドバイスくらいは許してほしいなー」

 

 さっき言う事はないと言った割には随分と話を引っ張ってくれる。その事に突っ込むが、余裕を持ってそのツッコミは流されてしまう。

 

 それと、年長者どころじゃない気がするんだが。

 

「ナツメ君は君が怒った理由に気付いてる。そして君も、今回の事について自分が全面的に正しいとは思ってない。それなら後は時間の問題だと私は考えてるよ」

 

「…」

 

「ただ、その時間は長くないって事だけは、肝に命じておく事だ」

 

「─────」

 

 アドバイスというより、まるで脅迫とすら思える程に、その言葉には迫力があった。

 そして朔夜さんが言う時間が何を意味するのかは、考える迄もなく察しがついた。

 

「俺には、何も出来ません」

 

「…まあ、君が後悔しない選択をする事だね」

 

 朔夜さんはその言葉を最後に、以降この話題について口にする事はなかった。

 一度ため息を吐いた後、直前までの張り詰めた空気を弛緩させる柔らかい笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「それより、こんな話をしに私はここに侵入したんじゃないんだよ」

 

「今、侵入って言いましたよね」

 

「これから君にはその目の使い方を覚えて貰う」

 

「侵入って言いましたよね。ねぇ」

 

「大丈夫。心配に思わないでいい。私が付きっきりでサポートするから、危険はない」

 

「無視すんな」

 

 いけない、つい敬語が抜けてしまった。一度気を落ち着ける。

 とりあえず俺のツッコミには全く触れる気がない事はよく分かったので、さっきから言っている目の使い方とやらについて聞く事にする。

 

「それで、目の使い方って?まさか、ジ○ンプ漫画よろしく修行でもするんですか?」

 

「いやいや、そんな熱血系の修行はしないさ。何なら普通にこの部屋で事足りるしね」

 

 どうやらどこかの秘境で瞑想したりとか滝に打たれたりとかそういう事ではないらしい。

 

「前にも言ったね。その目は星が見てきたもの、或いは見ているものを読み取る力があるって。その力を行使するには、まず星の意識と接続しなくてはならない。つまり、君に覚えて貰うのは、星の意識と接続するやり方だよ」

 

「星の意識…?接続…?」

 

 正直まだこの目の力についてすら曖昧だというのに、いきなり星の意識やら接続やらと言われても困る。

 しかしここで質問をしたら話が長くなるだろうし、それにさっき朔夜さんがサポートすると言っていたし、とにかくやってみれば感覚を掴めてくるだろう。

 

 今は黙って話の流れに身を任せる事にする。

 

「まあ小難しい話はやめて、一度実践してみようか」

 

 朔夜さんはそう言うと、掌を俺の頭に乗せる。

 

「目を閉じて、気を落ち着けて。今は頭に乗ってる掌に集中して」

 

 言う通りに目を閉じる。気を落ち着け、頭の上に感じる温もりに意識を集中する。

 

「ゆっくり息を吸って─────吐いて」

 

 これも言われた通りに実行する。すると、頭の上に乗った掌から感じる温もりが強くなっていく。

 強くなる、とはいっても熱いとは感じない。ただ、初めはそこにあるとだけしか感じなかった温もりが、次第に頭の上から顔に、首に、身体全体に染み渡っていく。

 

「─────」

 

 そうして目を閉じ続けてどれくらい時間が経っただろう。数分か、或いは数十分か。そんな時間の感覚すら薄れている中で、俺はふと視界に小さな光が見える事に気が付いた。

 そんな事はあり得ない。だが確かに、俺の視界にその光は存在している。見えている。

 

 俺は何かを考える前に、無意識にその光を手繰り寄せようとした。

 

「あ、やば」

 

 ふと、そんな声がすぐ傍らから聞こえてきた。

 その直後、何にも形容できない、今まで経験した事がない痛みが全身を襲う。何かにぶつかった衝撃とは違う、内側から何かが破裂したような、そんな感覚。

 

 この感覚は何なのか、恐らく分かるであろう朔夜さんに質問すべく口を開く─────事は出来ず、目を閉じたまま瞼を開く事も出来ず、俺の意識は急激に落ちていった。

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