明らかに作品の雰囲気が原作と掛け離れてる気がしますが許してください何でもしますから
それは朝と昼に続いて三度目の起床だった。目を覚ましたばかりではあるが、意識はハッキリしていて、気を失った時の事も覚えている。
目を閉じているにも関わらず暗闇の中で小さな光が見えて、その光を手繰り寄せようとした途端、全身に痛みが奔って、あっという間に意識を失った。
ついでに、意識を失う直前、強烈な痛みを感じる中で朔夜さんが『あ、やば』と言ったのも聞こえていた。体を起こし、どうやら寝ている俺の様子をずっと見ていたらしい、ベッドに体を凭れて座っていた朔夜さんを見る。
「おはよう」
「おはようございます。お蔭でよく眠れました」
「違うんだ。私にも想定外だったんだ」
特に表情を変えているつもりはないのだが、朔夜さんはブンブンと頭を振る。そしてまるで言い訳をするかの如く必死に言い募る。
「まさか、星との意識の繋がりを拡げようとするとは思わなかったんだ。本当は星と意識が繋がっている感覚を覚えて貰うだけのつもりだったんだ。それを千尋が拡げるとは思わなかったんだ」
「言い訳は止めましょう。俺は覚えていますよ。朔夜さんが『危険はない』って言ったのを」
「違うんだ。違う、違うんだ。そんな目で私を見ないでくれ。私は悪くない」
「なら、俺が悪いと」
「…あああああああああああああ─────」
両手で頭を抱えて踞る朔夜さんを無感情に眺める。まあ、このくらいの仕返しは許されるだろう。あの瞬間、マジで死ぬかと思った。身体が爆発四散する感覚とはあの事なのか、と突拍子もない事を考えてしまう程に衝撃的な感覚だったのだ。
大体初めに危険はないと言ったのは朔夜さんなのだ。今回の件でどんな予想外の事が起きたのかは正直理解できていないが、結局は今回の被害者は俺である。朔夜さんの様子から見て彼女が加害者、とは言い切れないが、とりあえずこの程度の仕返しは許されて然るべきである。
「不幸な事故なんだ…。私は悪くねぇ…」
「はいはい。それで、結局何で俺は気絶したんです?」
「君が深く星の意識と繋がろうとしたからだよ」
これ以上項垂れられても面倒臭いのでもう触れない事にする。なので話題を移す。
俺の質問に朔夜さんは項垂れたまま、しかし即答する。
待て、何だそれは。それではまるで、
「俺のせいみたいじゃないですか」
「実際君のせいなんだよ…。まあ、責めるつもりはないけど。何も知らないでの行為だったんだろうし」
まさかの責任転嫁である。危険はない、なんて胸を張って言い切っておきながらいざトラブルが起きたら責任を俺に押し付ける。まさにゲスの極み。この人はもしかしたら人間の汚い部分を司る神だったりするのではなかろうか。
「君、何か失礼な事を考えてるんじゃなかろうね」
「いやこれっぽっちも」
まずい、話が逸れる。じと目でこちらを見る朔夜さんにこれ以上口を開かせてはならない。
ここで話が逸れては俺に責任が押し付けられる流れになってしまう。その前に話の流れを修正する。
「それで、俺が何をしたんです?特に自覚はないんですが」
「…君、星と意識が繋がった感覚を味わっただろう?」
「はい?いや、そんな感覚覚えて─────」
そこまで言ってから思い出す。瞼を閉じているにも関わらず、暗闇の中で見えた小さな光の事を。
「覚えはあるみたいだね。そして、君はそれを詳しく知ろうとしただろう」
「─────」
言われて、その光景が脳裏を過る。あぁ、確かに覚えている。暗闇の中で見た光を俺は手繰り寄せようとした。それが、俺が気絶した原因なのだろうか。
「星が持つ記憶の総量をそのまま読み取ろうとしたんだ。人間の脳が耐えきれる筈がない」
「…」
「本当にギリギリだったんだよ?私がすぐに君と星との繋がりを切断したから良かったものの、間に合わなかったら死んでたよ?」
朔夜さんの言葉を聞いて少し考えてみる。この星が持つ、数十億年という途方もない量の記憶。
うん、普通に無理じゃないか?まだまだ解明が進んでいない人間の脳とはいえ、流石にそんな量の記憶を注ぎ込まれたらパンクするんじゃないか?
パンク…。え、マジで人間爆弾になる一歩手前だったのか俺?
「本当にありがとうございました」
「何か供物をくれてもいいんだよ?」
「俺が生きてきた中で一番の感謝を捧げます」
「せめて形のある物が良かったよ」
それでいいんだ。文句を言いつつこれが欲しい、あれが欲しいとは言わない所から朔夜さんの人柄…いや、神柄が窺い知れる。本当にこの人、良い神だ。
「とにかく。予想外のアクシデントはあったけど、お蔭で予定以上に段階は進んだよ。君の目はもう、星の意識と接続した感覚を覚えた筈だ」
「そんな自覚は全くないですけどね」
「明日からは星から引き出す記憶量のコントロールを覚えて貰うから、よろしく」
「今日からじゃないんですか?」
「倒れて目を覚ましてすぐの人間に無茶をさせる程、私は鬼じゃないよ」
微笑みながらそう言った朔夜さんは立ち上がると、そのまま部屋を出ようとする。
俺は朔夜さんを見送ろうとベッドから降りようとして、そこで朔夜さんが振り返った。
「あぁ、見送りは良いよ。君はゆっくり休みなさい」
「…いや、貴女が部屋を出たら鍵を掛けなきゃいけないし」
「ふふ、安心すると良い」
そう言って、上着のポケットから朔夜さんが出したものとは、金属の工具。
それがどういった用途で使用されるものなのか、俺は一瞬で悟ってしまった。
「…誰かに見られないようにしてくださいよ」
「そこは大丈夫。周囲の人間の視界に姿が入らないよう、隠蔽魔法を使うから」
「…そんな便利な魔法があるんなら、ピッキングなんてしないでくださいよ」
「物体に直接干渉する魔法は面倒なんだよ」
何かこの神と話していると魔法って実は不便なんじゃないかと思えてしまう。
少なくとも、幼少期に抱いた魔法への憧れはこの瞬間、粉々に砕け散ったのは言うまでもない。
「あぁそうだ。言い忘れていたよ。ミカドからの伝言だ」
「はい?」
「しばらく
「…」
「確かに伝えたよ」
最後にそう言い残し、朔夜さんは玄関で靴を履き、扉を開けて外へと出ていった。
…休み、か。
「辞めるなってか」
休んで、頭を冷やして、だからどうなるのだろう。結論はきっと変わらない。
しかしまあ、満足いくまでミカドに付き合ってやろうじゃないか。ミカドが諦めるのが早いか、それとも俺の掌が先に返るのか。どうせ前者だろうが、大々的にこれから出勤せずそのまま辞められるのなら越した事はない。
とにかく今は、目の前の事に集中するべきだろう。今回はどうしようもない事故だったが、あの調子だと本気で集中しなければ身に危険が振り掛かるのは間違いない。
俺のこの目、確か星詠みの瞳といったか。…何か厨二病染みたネーミングで恥ずかしいが、この目の使い方を覚える事が今、俺がもっとも優先すべき事─────
「そういえば、何でこの目の使い方を覚えなきゃいけないんだ?それもこんな急に─────」
そこまで考えた時、ふと引っ掛かる。流されるままに朔夜さんのサポートを受けながら目の使い方を学んではいるが、何でそんな事をしなければならないのか。
何か朔夜さんはいずれはそうしなければいけない、みたいな言い方をしていたが、その理由は?予期せぬ出来事で俺の目の力が強くなり、その結果、今の眼鏡では力を抑えきれなくなった。だから、力の使い方を学ぶ。別に不自然な事は何もない。だがそれなら、朔夜さんがもっと力の強い眼鏡を作れば良い話ではないか。
「それが、出来ない?」
もし今の質問をしてその結果、そう返答されれば俺にはもう何も言える言葉はない。ただ、何故だろう。それだけではない気がする。
理由は分からない。ただこの時、何故か頭の中で蘇った言葉があった。
『千尋が選ばれた理由がある』
もし、この言葉の通り、俺にこの力が宿った事に理由があるのだとしたら。
それは一体、どんな理由なのだろう。
なんて考え事をする暇もなく、時は過ぎていく。毎日大学が終わればすぐに家に帰り、必ずいつ入ってきたか定かではない朔夜さんが部屋で待ち構えており、すぐに特訓が始まる。
別に運動をしている訳じゃない。運動どころか身動き一つしない、目を瞑って集中するだけ。
そうして一週間が過ぎた頃には、初めはただ光しか見えなかったのが、次第にその光の中に景色を見るようになっていった。初めて見えた景色は、見覚えのない森。どこの国なのかも分からない、ただ見た事のない植物が生い茂った森の中。
他にもまだ人間という生物が存在しない時代の景色や、とある謎に包まれた歴史上の人物についてなど、朔夜さんのサポートを受けながら見てきた。
いやあ、まさかノッブがあんな事になっていたとは思わなかった…。
そうやって特訓を続ける内に俺自身、この力の恐ろしさにようやく気付き出す。
何と言えば良いのだろう。この目の力を使えば使う程、この目の使い方が分かっていくというか。
朔夜さんに直接教わった訳ではない。それなのに、不思議と頭の中に入ってくる。この目で何が出来るのか。
「だいぶ感覚が掴めてきたようだね」
朔夜さんがそう言ったのは、今日も大学の講義を終えて帰ってきた時だった。いつもの様に俺の部屋に侵入して待っていた朔夜さんは、不意にそう口にしてから続ける。
「それじゃあ、私のサポート無しで力を行使してみようか」
遂にというべきか、この段階がやってきた。
これまでずっと、俺は朔夜さんのサポートを受けながら特訓を続けてきた。いずれはそのサポートはなくなるだろう事はとっくに分かっていた事だ。
しかし、改めてその段階に直面すると、どうしても落ち着かない。心臓の鼓動が強く、速くなり、指先が冷たくなっていく。
脳裏に過るのは初めてこの目の力を使おうとして失敗した時の事。全身が破裂したかのような感覚に襲われ、気を失ったあの時だ。
あの時は朔夜さんが早めの対処をしてくれたからこそ助かったが、その朔夜さんのサポートはない。俺がもしここで失敗すれば、待っているのは─────
「そう緊張しなくていい…というのは、無理な話か。身をもって体験してしまっているんだから」
朔夜さんが柔らかく微笑むと、俺の頭に掌を乗せてゆっくりと動かす。
「でもね、大丈夫だ。君に自覚がなくとも、君の身体が、感覚が、その目が覚えている。だから、失敗したりしないよ」
俺を安心させようと優しく声を掛け続ける朔夜さん。不思議とその声で落ち着きを取り戻せてしまうのは、俺がチョロいからだろうか。
しかし、朔夜さんが大丈夫だと言うと、本当に大丈夫な気がしてしまう。普段は神とは思えない
「千尋?」
「はい」
「今、何を考えたんだい?」
「そろそろ朔夜さんの言う通りにしようかと」
我ながら学習能力のなさに笑える。毎回深く突っ込んでは来ないが、まず間違いなく俺が考えている事はこの神に筒抜けになっている。
「…はぁ。千尋、本当にここにいるのが私だって事に感謝した方がいい。普通なら、その不敬だけで殺されてもおかしくない」
この台詞もこの一週間の間に何度聞いた事か。本当ならもっと敬うべきなんだろうが、この神に対しては畏敬の念よりも先に親しみを覚えてしまう。それはやはり、朔夜さんの性格のお蔭なのだろう。そして、そんな性格の神は朔夜さんの言い方からして相当少ないと思われる。
実は俺はかなり運が良いのかもしれない。
「まあ、いいか。それより、早速君一人での星との接続を─────」
ため息混じりに恐らく、俺に目の力の行使を促そうとしたのだろう。しかしその台詞は途中で途切れ、朔夜さんは勢い良く部屋の窓の方へと振り返った。
部屋の窓から見える景色はいつもと変わらない。付近の住宅街が二階からほんの少し見渡せるだけ。
しかし、朔夜さんが見ているのはそんな周囲の景色ではない気がした。鋭く、窓の外にいる
「このタイミングで、それも黒幕本人が登場か。千尋の目の力が高まるのを待っていたな?」
変わらず視線を窓の外に向けながら、
『アァ。貴様ノ言ウ通リダ。忌々シキ星ノ奴隷ヨ』
返事はすぐに返ってきた。地の底から湧いてきたと錯覚させる程の低い声は、俺の全身を包み、身震いさせる。
「奴隷、ね。私がそうだとしたら、君もその一員だと思うが?」
『我ハ貴様等トハ違ウ。星ニ良イ様ニ使ワレル今ヲ良シトシテイナイ』
朔夜さんの声は冷たく静かだった。冷たすぎて、静かすぎた。どこからか聞こえてくる声に淡々と返事を返している。
すると、朔夜さんの視線が僅かに動く。窓の外からゆっくりと、視線の先は部屋の中へと。
『我ハ御免ダ。神ニ与エラレタ悠久ノ時ヲ、奴隷トシテ費ヤシ続ケル等』
朔夜さんの視線の先に突然、一匹の黒い蝶が現れる。先程まで何もなかったその空間に突如、黒い蝶が湧いて出てきたのだ。
─────いや、一匹ではない。というより、一匹ではなくなった。その黒い蝶は次第にその数を増やしていく。
最初にいた黒い蝶が新たな蝶を生んでいるのか、それとも分裂してその数を増やしているのか、定かではないが俺の視線の先で黒い蝶が急激に数を増やし、やがて二メートルを超える巨大な黒い塊となる。
「星に逆らうために星の力を求めるか。何とも皮肉だね」
『好キニ言ウガ良イ。貰イ受ケルゾ、星詠ミノ瞳ヲ』
黒い塊が形作ったのは巨大な男。その容貌は巌のごとく、その身体から発せられる威圧感はとても同じ人間とは思えない。
すぐに悟る。この男は人間ではない。しかし、明月さんと同じ死神ではなく、ミカドのような何か伝説上の生き物という枠にも当て嵌まらない。
この男は朔夜さんと同じ、神の一柱だと。