喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第二十四話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神々の衝突は何の合図も予告もなく始まった。

 

 朔夜が降り立った場所は某森の中。人の手がほとんど入らず、自然のままに生い茂る植物の楽園。

 両足が地面に着いた感覚を味わったと同時、朔夜は体を捻ってその場から跳び退る。

 

 直後、炸裂音が鳴り響く。視線の先には、自身が先程まで立っていた地面に拳を突き立てる男神。

 

「不意打ちとは、風情がないね」

 

「不意打チデコノ地ニ飛バシタ貴様ガ言エタ事カ」

 

 交わす言葉はその一言のみ。男神は再び朔夜に迫る。

 

 朔夜は体を男神に向けながらバックステップ。男神との距離を測りながら自身の両手を合わせ、ゆっくりと離していく。

 両掌の間に現れたのは一本の刀。朔夜は刀の柄を掴み、鞘を投げ捨て刀身を男神に向ける。

 

 朔夜の刃と男神の拳がぶつかり合う。朔夜は刀の腹ではなく刃で拳を受けるが、男神の拳に傷が入った様子は見られない。どころか、男神の力に朔夜が押し込まれていく。

 

「このっ」

 

 朔夜は両手に力を込めながら左足で一歩前の地面を擦る。直後、左足で擦った箇所から光の柱が撃ち上がる。

 しかしその直前、突如その場から後退した男神に攻撃は命中せず、光の柱はすぐに消滅する。

 

「馬鹿力め…」

 

「貴様ガ軟弱スギルダケダ」

 

 力比べは分が悪すぎる。とはいえ、そんな事は初めから分かりきっていた事だ。何しろ目の前の男は鬼神と呼ばれる程の力の持ち主。正面からのぶつかり合いで朔夜が勝てる見込みはゼロに等しい。

 

 正面からのぶつかり合い、ならば。

 

「ム」

 

 朔夜を中心にして、風が巻き起こる。

 そう、正面からのぶつかり合いで勝てないのなら、正面からぶつかり合わなければ良い。わざわざ相手の有利な土俵に上がる必要等ないのだから。

 

 朔夜が得意とするは現代風に言えば魔法、昔風に言えば呪術。男神をここに転移させたのも、先程の光の柱もそれらの一種だ。そして、朔夜を中心に渦巻くこの風も。

 

「チィッ─────」

 

 朔夜が男神に向けて手を翳した瞬間、即座に男神が防御体制をとる。身を屈め、両腕を交差。

 朔夜の意に従い、男神に向かって放たれた風の刃はその身を僅かながら切り裂く。ほんの僅かではあるが、先程刃とぶつかったにも関わらず男神の拳が傷一つ着かなかった事を鑑みれば、その風がどれ程の威力を持っているか窺えるだろう。

 

 朔夜が腕を振るう。更なる風の追撃が男神を襲う。それに対し─────

 

「小賢シイッ!」

 

 男神がとった行動は、尚の攻勢だった。防御を捨て、風の刃に身を晒しながら男神は朔夜に向けて突進。

 

「っ─────」

 

 朔夜は小さく何かを呟いてから、右の掌を男神に向けて翳す。風は動かず、朔夜の周りを渦巻くのみ。

 傍目からは何か起きたようには見えない。しかし男神の目には見えていた。朔夜の眼前に薄く透明な壁が現れたのを。

 

 結界。神だけが使える魔法という訳ではない。それこそ、死神ですら使える初歩的な術。

 しかし、術に秀でた神が使う結界は、たとえ即席のものだとしても、強固な城壁にも匹敵する。

 

「ヌォォォォオオオオオオオオオオ!!!」

 

「!」

 

 その強固な結界を、男神の拳はまるで紙を貫くかの様にあっさりと破壊する。

 両者の耳を劈く破砕音。思わず顔をしかめたくなる強烈な音の中、朔夜は咄嗟に刀を自身と迫る拳の間に割り込ませる。

 

 不充分な体勢では僅かな拮抗すら許されず、拳によって朔夜の身が吹き飛ぶ。

 地面で何度もバウンドしながら転がり、木の幹に衝突したところでようやく止まる。

 

「ゴホッ!ゴホッ!っ─────」

 

 息をつく暇はない。咳き込みながらも朔夜は斜め前方目掛けて体を投げ出す。身を屈めて前転。

 背後から聞こえてくる木の破砕音。そんなものは気にも留めず、追撃を仕掛けてきた男神に風の刃をお見舞いする。

 

「シィッ」

 

 しかし放たれた風は、男神の息遣いと共に振るわれた拳によって払われる。

 

「っ!」

 

 それでもなお、朔夜は風の刃を撃ち続ける。その全てが男神に打ち払われながら、構わず朔夜は男神の周囲を走り回りながら風の刃を撃つ。

 

 男神が視線で駆け回る朔夜を追いかける。朔夜が放つ風の刃を両拳で払いながら、朔夜から視線を離さない。

 男神が足を踏み出したのは、朔夜が何度目かの風の刃を放とうと手を翳す直前だった。行動の起こりを全く見せぬまま動き出す男神に、朔夜は即座に反応する。

 

 左足を引いて半身に、そして右手に握る刀を男神が振り下ろす拳と合わせながら相手の力を受け流しつつ回避。そして、目の前にある男神の体に向けて己の左手を差し向ける。

 

「この距離ならば、少しは効くんじゃないかい?」

 

「ッ!?」

 

 男神の目が見開かれると同時、朔夜の左手から風の刃が放たれる。瞬間、舞い散る鮮血。男神は切られた箇所から血を撒き散らしながら朔夜から距離をとる。

 

 攻守が逆転する。先程の攻撃により男神は無闇に接近する事が出来なくなった。よって、朔夜は自由を取り戻す。

 再び男神に降り注ぐ風の刃。そして朔夜は男神の周囲を走り回り続ける。

 

「─────」

 

 絶え間なく口を動かしながら左手を振るい続ける。

 相変わらず遠距離からの攻撃は通用しないが、朔夜は男神に接近しようとする気配すら見せない。

 そしてそれは、男神の勘に触れ、警戒を抱かせる。

 

(何故、近付イテコナイ)

 

 相手は決して馬鹿ではない。この攻防をどれだけ続けても意味はないと分かっている筈だ。

 それでもなお、朔夜は風の刃を撃ち続ける。自身の周りを走り回りながら。

 

(私ノ、周リヲ─────ッ)

 

 直後、男神の全身に悪寒が奔る。何かを考える前に、足が朔夜とは反対の方向へと向いていた。

 

「気付かれたか─────」

 

 その時、朔夜の足は止まっていた。先程まで走り続けていたというのに。しかし今はもう、()()()()()()()

 

「だが、少し遅かったね」

 

 朔夜の左手が持ち上がる。

 その直後、男神の周囲、六つの地点から雷が迸る。雷はまるで示し合わせたかの様に中心へと─────男神の方へと吸い込まれていく。

 

「グッ…、ウォッ!」

 

 ずっと走り回っていたのはこの状況を作り出すため。絶え間なく詠唱を繰り返し、地面を駆ける足に魔力を込め、六つの基点を刻む。風の刃を連発し、男神をその場に釘付けにさせて中心から逃さないようにする。

 朔夜の行動は苦し紛れのものではなく、全てが計算されたものだった。

 

 雷から逃れようと体を翻そうとする男神。が、光速の魔の手からは如何に神といえど逃れられない。男神は六筋の雷に囚われる。

 

「グォォォォォオオオオオオオオオオ──────────!!!」

 

 空気を振るわす暴声。それは男神の口から初めて漏れた苦悶の声だった。

 

 その叫びを、朔夜は顔色一つ変えず受け止めていた。ゆっくりと男神に歩み寄り、そしてその傍で立ち止まると、左腕を持ち上げ、手を翳す。

 

「終わりだよ」

 

「ガッ…グッ…!」

 

 雷に身を打たれながらも男神の目に陰りは見えない。今にもその体を喰い千切ると言わんばかりの殺気に満ちた両目が朔夜を射抜く。

 

「…」

 

 それに対し、朔夜は一つ大きく息を吐いて─────

 

「ッガアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 風の刃を撃ち放った。至近距離から放たれた刃は男神の右肩を切り裂く。傷口から散った血の雫が朔夜の顔に付着する。

 

「痛いだろう。ただでさえ六つの雷に打たれてるんだ。これから君の体を少しずつ裂いていく。…さて、どれくらの痛みで君は諦めてくれるかな?」

 

「…」

 

 朔夜の問いかけに男神は何も答えない。

 直後、放たれる風。

 

「グアアアアアア!!!」

 

「無視しないでほしいなー」

 

 風の刃によって跳び散る鮮血。傷口からは雷が全身に染み渡る。

 それでもなお折れない精神力は感嘆に値する。あの激痛に耐えられる者は、神でさえそうはいないだろう。

 

「サスガ、トイウベキカ…」

 

「ん?」

 

「ヤハリ、正解ダッタヨウダ…。本当ハ、一人デ片付ケルツモリダッタンダガナ…」

 

「…」

 

 朔夜の表情が僅かに動く。

 

「仲間…或いは部下かな?協力者がいるって事か」

 

「…」

 

「それで?その協力者はどこかな?君が危機的状況にあるにも関わらず出てこない所を見ると…、もしかしたら、見捨てられたのかもしれないよ?」

 

 この時、朔夜は男神の台詞をブラフだと予想していた。どうにか自身を少しでも動揺させ、術の揺らぎを生み出させてその場から脱出する。思惑としてはそんなところか。

 だがこの状況でもなおその協力者とやらが姿を現さない、行動を起こさない以上、ブラフの可能性が高い。それにたとえ協力者がいたとしても、この状況ならばどうとでもなる。

 

 そう、朔夜は考えていた。

 

「…クク」

 

「何が可笑しいのかな?」

 

「可笑シイサ。貴様ガ、コウモ見事ニ勘違イシテクレテルンダカラナ…」

 

 この瞬間までは。

 この状況の中で笑みを見せる男神に朔夜は警戒レベルを一つ上げる。

 

 本当に協力者がいる事を視野に入れ、様々な可能性を思い浮かべる。遠距離からの狙撃、どこからか気配を隠して不意打ち、それか転移魔法による乱入か。

 

 だが、朔夜の思い浮かべた可能性は全てが的外れだった。

 

「何故、私ガ言ウ協力者ガ、コノ場ニイル前提ニナッテイル?」

 

「─────」

 

 血の気が引く。前提から全て間違えていた。この男は自分を殺して千尋の目を奪うために戦いを挑んできた訳ではなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()戦いを挑んだのだ。

 

「ウォオオ─────」

 

「しまっ…!」

 

 動揺が生まれれば集中が乱れる。集中が乱れれば、術の威力は弱まる。男神が雄叫びと共に雷の拘束から抜け出す。

 自由となった巨体がゆっくりと朔夜に迫る。

 

「モウ少シ、私ト遊ンデイテモラウゾ」

 

 全身隈無く火傷の痕が刻まれ、それでもなお男神は朔夜に挑む。

 

 この決闘で、朔夜が負ける事はほぼない。時間は掛かるだろうが、男神を殺せると朔夜自身確信している。

 しかし、時間を掛けてはならない。朔夜が選べる選択肢は二つ。時間を掛けずに男神を殺すか、隙をついて千尋のもとに転移するか。

 前者はまず無理。後者も、転移魔法を行使するにはそれなりに詠唱に集中を割かねばならない。つまり、男神との戦闘を片手間で済ませなくてはならなくなる。ならば先程のように男神の動きを止めてから転移魔法を使えば良い─────と言うだけならば簡単だが、恐らく同じ手には掛かってくれない。それにあの状況だって実現させるまでそれなりの時間を要した。

 

(これは、駄目だね。私じゃあどうしようもない)

 

 朔夜は自身の敗北を認めた。この男神の思惑にまんまと嵌まり、敗北したと認めざるを得なかった。

 

(私が他力本願する羽目になるとはね。…頼んだよ、ミカド)

 

 だから、朔夜はこの場で願う事しか出来ない。今、千尋の傍に、或いは千尋のもとへ向かっているであろう誇り高き公爵に、全てを託すしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朔夜さんと奴がいなくなった部屋で、俺は何もせずただ呆然としていた。

 まるで悪夢、しかし何度も頬をつねる度に否応なしに先程の出来事は現実だと思い知らされる。

 

 以前から俺の目を狙ってる輩がいると朔夜さんから聞いてはいたが、まさかあんな、それも神の一柱だとはこれっぽっちも想像していなかった。というより、想像できる筈がなかった。

 大体少し前まではただちょっと他人が見えないものが見えるだけで、生活自体は何ら一般人と変わらない生活を送っていたというのに。それが、今ではどうだ。まるで現代ファンタジーの世界に入り込んでしまった気分だ。

 実は超高性能のVR機器でも使って遊んでるんじゃないかという現実逃避すら浮かんできてしまう。

 

 それ程に、先程の光景はあまりに現実離れしていた。突然現れた明らかに人間とはかけ離れた巨体の持ち主。その男を何らかの魔法でどこかに消し、その後一部壊れた床を元通りにした女もまたどこかへ消えた。こんなの、普通の一般人が見ても信じられないぞ。俺だって信じたくない。今まで生きてきた世界がこんな、裏では殺伐としていただなんて。俺達が知らないところで、こういった事が何度も起きてたりしていたんだろうか…?

 

「─────」

 

 そんな現実逃避をしている最中、第六感が働いたというべきか、自分の中で曖昧なのだが、突然何かの気配を感じる。

 あまりに唐突に勘に触れる気配に、勢いよく扉の方へと振り返る。

 

 俺が住んでいるアパートは部屋の入り口が建物の中にあり、耳を澄ませば他の住人が階段を上ってくる音が聞こえてきたりする。しかし、何かが近付いてきているのは確かなのに、足音は聞こえてこない。

 

 嫌な予感がして、眼鏡を外した。枷が外され、視界が解放される。

 

「っ─────」

 

 直後、俺は踵を返してベランダの方へと駆け出した。下の住人への思い遣りとか、そんな事に思考を割く余裕はない。窓を開けてベランダに出る。無造作に置かれたサンダルを履いてから、俺はベランダから身を乗り出す。

 両手で手すりを掴み、勢いをつけて下の階のベランダに飛び移る。下の階の住人は留守だったか否か、分からないが幸運にもカーテンが閉まっており、ベランダに侵入した俺の姿を見られる事はなかった。

 

 安堵は束の間、すぐにその場から地面へと飛び降りる。これまた幸い、周囲に人はおらず、明らかに怪しすぎる俺の行動を見られる事もなかった。

 

 いや、違う。人がいないどころか、人の気配すら感じない。人の話し声も、車の走行音も、何もかも。人が生活を営む音がまるで聞こえない。世界に俺一人、取り残されたかの様に。

 

「─────」

 

 上を見上げる。つい先程まで俺がいた、俺の部屋。勢いよく飛び出したベランダに、ナニかがいる。

 

 ゆらゆらと揺れる三本の尾。細長の顔面に、頭には二つの獣耳。

 狐、だろうか。体躯は男の平均身長くらいはあるだろうか。普通の狐とは掛け離れているそいつが、ベランダから俺を見下ろしていた。

 

 視線が絡み合い、にらみ合う。

 何者かは知らないが、俺に対しての敵意はハッキリと伝わってくる。それに、あの狐の周囲に集まる大量の()。果たしてこいつは神なのか、それともミカドの様な伝説上の生き物なのか。

 

「何をしている!」

 

「っ!」

 

 思考にのめり込んでいた意識が突然響いた声に引き戻される。直後、視界でぶれる獣の尾を見て、悪寒が奔る前に横に飛び込む。

 俺が先程まで立っていた場所に尾が突き刺さる。

 

 そこで獣の行動は終わらない。残った二本の尾が別々の方向から俺に迫る。未だ立ち上がれていない俺に容赦なく襲い掛かる二本の尾は、右肩に軽い感触が乗ったと同時、耳を劈く音が鳴り響くと共に俺の目の前で停止した。

 

「…ミカド?」

 

「やれやれ…、何とか間に合ったか」

 

 今も重みを感じさせる右肩に視線を向けると、俺にではなく前方、目の前で停止している二本の尾に目を向けるミカドの姿があった。

 ミカドと同じように目を前に向ける。そこには変わらず何かに阻まれているかの様に停止している二本の尾。

 そして、その手前に聳える薄い壁があった。色は言葉で形容しがたい、しかし確かにそこには俺を守る盾のように二本の尾を阻む何かがあった。

 

「逃げるぞ」

 

「は?」

 

「早くしろ!」

 

「っ…!」

 

 空気に緊張が奔る前に、ミカドに急かされるままに踵を返して走り出す。

 

 直後、何かが、獣が歩道に着地する軽い足音が耳孕を打つ。そして、俺達を追うべく走り出す獣の足音が迫り近付いてきた。

 

 短くも長い逃走は、こうして始まりを告げたのだった。

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