喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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この作品の平均文字数からすれば少し短めです


第三十話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を開けて女の子を先に店の中に入れ、その後に俺、四季さんの順に店に入る。扉が開いた事で鈴の音が鳴り、フロアにいる明月さん、墨染さん、火打谷さん、ミカドの四人がこちらに振り向く。

 

「いらっしゃいま…千尋先輩?ナツメ先輩も」

 

 一番近くにいた火打谷さんが俺達に気付く。表から入ってきた事を不思議に思ったのだろう、目を丸くしながら俺と四季さんの顔を見て、それから視線を下に、ユイナちゃんの事を見る。

 

「…か、か、かかかかかか」

 

「か?」

 

「隠し子だぁ!?」

 

 唇を震わせて何を言うかと思えば。火打谷さんが突然ヤバイ単語を口走り始めた。

 

「何故その結論に至った」

 

「だ、だってその子…」

 

「俺か四季さんの親戚の子とか、可能性は色々あるだろ」

 

「親戚なんですか?」

 

「違うけど」

 

「やっぱり隠し子!?」

 

 だからどうしてそんなぶっ飛んだ結論に至れるんだ。火打谷さんの思考がまるで分からない。

 実はこの子、ムッツリスケベなんだな。初めて会ってから約一ヶ月、火打谷さんの新たな一面を知った瞬間だった。

 

「か、隠し子なんて、そんな訳ないでしょう!?」

 

「じ、じゃあ…」

 

「外で店の中をずっと覗いてたから、気になって声を掛けたの」

 

「探してるケーキがあるらしくてな。外で話すのもあれだから、中に連れてきた」

 

 話を聞いた身として、放っておく訳にもいかなかったしな。こんな子供を一人にさせる訳にもいかないし。

 

「なんだ。二人の隠し子じゃないんですね」

 

「当たり前だ」

 

 火打谷さんが大きく息を吐き、心の底から安心した素振りを見せる。 

 待て、そこまで本気でこの子が俺と四季さんの隠し子だって思ってたのか。ちょっと火打谷さんの将来が心配になってくるぞ。

 

「それで、えっと…。お名前は何ていうのかな?」

 

「深山結菜です。四さいです」

 

「そっか。それで、ユイナちゃんはどんなケーキを探してるのかな?この中にあるかな?」

 

 火打谷さんがショーケースを指差しながらユイナちゃんに問い掛ける。

 ユイナちゃんはとてとてと足音を立てながらショーケースの前まで行き、真剣な顔で中のケースを見つめる。

 

 左端から右端へ、順番にショーケースの中のケーキを見ていくユイナちゃんの表情が次第に曇っていく。やがて、全てのケーキを見終えたユイナちゃんが振り返り、俺を見上げてから頭を振った。

 

「ない…」

 

「…そうか」

 

 ショーケースの中に並んでいるのはこの店で作っているケーキの全種類だ。勿論、この店で召し上がる客に出すケーキとはサイズは変わってくるが。

 この中にないのなら、自動的にユイナちゃんが求めるケーキはこの店では手に入らない事になるのだが。

 

「私、涼音さんを呼んでくる」

 

「頼む」

 

 さすがにここでユイナちゃんを突き放してしまうのは忍びない。心が痛む。

 とりあえず涼音さんを呼んで判断を仰ごうと思ったのだが、俺が行動に出る前に四季さんがキッチンの方へと足を向けた。

 

 ユイナちゃんがこの場を去っていく四季さんの背中を目で追うと、すぐに俺を見上げて口を開いた。

 

「誘拐犯のおねえちゃんはどこに行ったの?」

 

「このお店のシェフ…、ケーキを作ってる人を呼びに行ったんだ」

 

「…誘拐犯のおねえちゃん?」

 

 俺とユイナちゃんの会話を聞いて、火打谷さんが首を傾げる。

 

「それって、ナツメ先輩の事ですか?」

 

「なつめ…?」

 

「誘拐犯のおねえちゃんの事だよ」

 

「えっと…、何があったんですか…?」

 

 質問してきた火打谷さんに事の次第を説明してやる。すると、話が進む毎に火打谷さんの表情が膨らんでいく。どうやら必死に笑うのを堪えているらしい。

 

「ぷふ」

 

 訂正。堪えきれてなかった。火打谷さんは吹き出してからすぐに表情を引き締めるが、唇の端がひくついている。未だ、込み上げる笑いと戦っているようだ。

 

「お待たせ」

 

「四季さん」

 

「誘拐犯のおねえちゃん!」

 

「ぶふぉっ」

 

 四季さんが涼音さんと高峰も一緒に引き連れて戻ってきた。俺とユイナちゃんが戻ってきた四季さんを呼ぶと、火打谷さんが勢い良く吹き出した。ユイナちゃんの四季さんの呼び方が完全な止めになった。

 四季さんは火打谷さんを睨み、涼音さんと高峰はユイナちゃんの台詞に疑問符を浮かべている。

 

「えっとですね、実はさっき…」

 

「柳君?」

 

「…すいません。背後が怖いのでやっぱ止めときます」

 

「えぇ…」

 

「そこで止められると余計気になるんだけど…」

 

 火打谷さんの時と同じ様に、涼音さんと高峰にも事の次第を話そうとすると、背後から殺気が伝わってきた。殺気の主は言うまでもない。

 四季さんに釘を刺された俺はただ言葉をつぐむ事しか出来なかった。

 

「…まあ、いいや。それで?話って、この子の事?」

 

「そうです。この子があるケーキを探してるみたいなんですけど…」

 

「ふむ。そのケーキの事、お姉さんに教えてくれるかな?」

 

 涼音さんに問われたユイナちゃんがポツリポツリと語り始める。

 

 ふわふわしていて、白っぽくて、でもショートケーキよりは白くない。

 

「生クリームは使ってない、と…。フルーツは使ってた?」

 

「うぅん、つかってませんでした」

 

「形は?丸かった?四角かった?」

 

「まるかったです」

 

 涼音さんの質問に答えていくユイナちゃん。

 しかし、生クリームを使っていない白いケーキか。

 

「チーズケーキとかですかね?あぁ、でもそれならこの店にあるか…」

 

 高嶺がそう言うと、ユイナちゃんが高嶺の方に振り向き、笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「ママが言ってた!チーズが入ってるって!」

 

「え?」

 

 チーズが入っているという事はチーズケーキなのだろうが、ユイナちゃんはショーウインドウの中を見ても反応しなかった。

 つまり、普通のチーズケーキとは違う特別な代物なんだろうが─────

 

「あ」

 

 その時、涼音さんが声をあげた。目を丸くして、何か思い付いた様子。

 涼音さんはスマホをとってくる、と言い残して急いでバックルームへ。戻ってきたのはすぐの事だった。スマホを操作しながらこちらに戻ってきた涼音さんは、ユイナちゃんの前で立ち止まると手に握ったスマホの画面を向けた。

 

「ユイナちゃんが欲しいケーキって、これの事かな?」

 

 スマホの画面は今俺が立ってる場所からはよく見えないが、恐らく何かしらのケーキが写っているのだろう。ユイナちゃんはその画面を見て、するとみるみる内に明るい笑顔を浮かべた。

 

「うん!これ!これがほしいです!」

 

 体を傾けて見る角度を変えて涼音さんのスマホを覗き込む。そこにはユイナちゃんが言った通り白くて丸い、でもショートケーキよりは白くないケーキが写っていた。

 これがユイナちゃんが欲しがっているケーキか。

 

「あ、これ知ってます。中のチーズが二層になってるんですよね」

 

「有名なのか?」

 

「甘党の間では結構有名ですよ?」

 

「へぇ」

 

 人気のあるケーキらしい。しかし、このケーキは確かにこの店には置いていない。

 その事をこれから、ユイナちゃんに教えなければならないのだが…、告げる前から心が痛んでしまう。多分、凄くガッカリするんだろうな。

 

「ごめんね?これ、このお店には置いてないの」

 

「え…」

 

 ユイナちゃんの表情が一気に曇る。さっきまでの輝かんばかりの笑顔は消え、悲しげに、その目が潤み始める。

 

「今日じゃないとダメかな?他の日なら用意できるかもしれないけど」

 

 この店には当然予約制は存在しているが、ユイナちゃんが欲しがっているケーキはこの店のメニューにはないものである。

 しかし涼音さんはユイナちゃんが欲しがっているケーキを用意する気でいるらしい。

 

「パパのたんじょうびにプレゼントしたいです!」

 

「その誕生日はいつなの?」

 

「次の月曜日です」

 

「ふむ…。時間的にはギリギリか」

 

 涼音さんはその気でいる。だが、まずそのケーキを涼音さんは作れるのだろうか。勿論その気でいる以上、算段は着いているのだろうが、メニューにないのだから少なくともこの店に来てから今まで、そのケーキを一度も作っていないのは言うまでもない。

 

「作れるんですか?」

 

「舐めるな小僧、作れるわ。…まあ、練習は必要だけど」

 

 この様子なら、来週までにユイナちゃんにケーキを用意できる自信はあるらしい。

 だがここで問題が出てくる。店のメニューにない物を果たしてお客さんに提供して良いのかだ。

 

「四季さん。どうする?」

 

「んー…。涼音さんがいたお店では、どうしてたんですか?」

 

「前日までの申し込みって条件付きで、予約は受け付けてた。クリスマスとかになると、もう少し早く締め切ってたけど」

 

 四季さんの問い掛けに答えてから、涼音さんがユイナちゃんの方へと向く。

 

「ユイナちゃん。ケーキは大きくなっても大丈夫かな?」

 

「はいっ。大きいケーキ、だいすきです!」

 

 話は纏まりつつある。しかし、その話は店の責任者の判断如何でいくらでも引っくり返る。

 つまり、全ては四季さんの判断に委ねられるという事になるのだが─────

 

「こんな小さい子がお父さんのために頑張ってるんだもの。力になってあげたい」

 

 その心配は杞憂に終わる。いや、そんな心配なんて微塵もしていなかったのだが。

 

 責任者の許可が出たという事で、火打谷さんがユイナちゃんに連絡先を聞く。ユイナちゃんから教えてもらった母親の携帯番号をメモし、まずはこちらから連絡。事情を説明し、とりあえずまずは話をするという事で店に来てもらう事となった。

 

 その間、ユイナちゃんはこの店で母親が来るのを待つ事になったのだが。

 

「おにいちゃん」

 

「ん?」

 

「おなかすいた」

 

 不意に服の袖をくいくい、と引かれて振り向くと、こちらを見上げたユイナちゃんがそう口にした。

 

「でもユイナちゃん。今、何か食べたら夜ご飯食べられなくなっちゃうぞ?」

 

「…うぅ」

 

 何か食べさせてあげたいのはやまやまだが、時間も時間。主婦の方々が夕飯の準備を始める時間帯なのもあって、この店のメニューを何か作ってユイナちゃんにあげる、という事はしづらい。

 

 しかし、本当にちょっとしたお菓子なら、今俺の手元にある。俺はそれを鞄の中から出し、しょんぼりするユイナちゃんに差し出す。

 

「ワイチュウ、食べる?」

 

「たべる!」

 

 さっきは警戒されて受け取ってもらえなかったワイチュウはすぐに俺の手からユイナちゃんの手へ渡り、ユイナちゃんは包装を開けるとそれはご満悦そうに中身を口に入れ咀嚼する。

 

「…ふーん?」

 

「…何か?」

 

 むぐむぐと口を動かすユイナちゃんを見ていると、涼音さんが何やら意味ありげな視線をこちらに向けている事に気付く。

 何故そんな目で見られるのか理由が分からないまま、涼音さんの方へ振り向いて問い掛ける。

 

「いやー?随分と懐かれてるなー、と思ってねぇ?」

 

「そりゃあ、誘拐犯のおねえちゃんよりは懐かれてますよ」

 

「柳君っ」

 

 誘拐犯のおねえちゃんに怒られてしまった。

 

「おにいちゃん、ごちそうさまでした」

 

「まだあるけど、食べる?」

 

「たべる!」

 

 ワイチュウの本体を見せてやると、ユイナちゃんは目を輝かせながら俺からワイチュウ受け取った。

 何か、あれだな。多分このやり取りを外でやっていたら、勘違いされて通報されてるんだろうな。幼女に餌付けしてるとしか思えないんだろうな、今のやり取りは。

 

「事案ですね」

 

「涼音さん」

 

「はいはーい。110番すりゃいいのね」

 

「貴様ら、覚えてろ」

 

 訂正。中でも通報されそうになりました。

 ユイナちゃんがワイチュウを食べながら不思議そうに首を傾げてこちらを見ている中、俺は四季さんの反撃を受け続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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