喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第三十五話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ千尋、またな」

 

「あぁ。そんじゃ」

 

 大学からの帰路の途中、ここまでは一緒だった昭久と別れて住宅街を歩く。その道はステラへ行く道とは違い、家への最短ルート。

 今日は店は定休日で、当然バイトも休みだ。週に一度の休み、帰ってから何をして過ごそうか考えながら…なんて

事はなく、すでに帰ってからする事は決まっている。最近ハマっているFPSゲーム、EPEXが部屋で俺を待っている。

 

 いつもよりも速いペースで、というよりここまで来たらもう軽く走ってるのに等しい。

 昭久と別れてから数分程でアパートに到着、階段を駆け上がって二階の部屋の扉のカギを開けて部屋に入る。

 

 靴を脱いで部屋の中へ。鞄を置いて上着を脱いでハンガーに掛けてから手を洗い、それからテレビ横にあるPCを立ち上げる。光る画面が起動シークエンスを映す中、デスク前の椅子を引いて腰を下ろす。

 少し待ってから、画面に表れた空欄にパスワードを入力してログイン。すぐにホーム画面が映し出され、慣れた手付きでマウスを操作、EPEXを起動する。

 

「うし、今日は絶対にプラチナいくぞ」

 

 意気込みながらキャラを選択していざ、戦場へ身を投じた。

 

「あ、ちょっ、そこ突っ込むか!?何だこいつ煽り耐性なさすぎる!」

 

「いやいやいやエイム!エイムぶれぶれ!腕というより感度調整してるのかすら怪しい!」

 

「あああああああああああ陰から別パ来たぁ!?挟まれたやべぇちょちょちょちょ──────」

 

「ちょっ、何だこいつのエイム吸い込まれてる吸い込まれてるこんなんチートやチーターや!あ」

 

 なお、現実は非情である。プラチナどころか起動時点でのレートから数字が下がる始末。

 ボロボロの結果を表すリザルト画面を見もせずスキップして天井を仰ぐ。そこでようやく気付く。部屋が暗い。視線を移して窓の方を見ると、外はすっかり暗くなっていた。

 

「よっこらせ…」

 

 おっさん臭い掛け声を出しながら席を立ってベッドの方へ、布団に無造作に置かれた白いリモコンを上へ向けてボタンを押す。直後、部屋のLEDライトが点灯する。ずっと暗い中でいたせいか、いつもより明かりが眩しく感じる。

 電気を着けてからは部屋のカーテンを閉めて再びPCの前へ。

 

「…やめよ。今日はもうダメな気しかしない」

 

 再びマッチを始めようとカーソルを動かそうとして、やめる。何か今日は勝てる気がしない。こういう時って、本当に不思議と全く勝てない。ゲームをログアウトすると、ホーム画面に戻る。

 

 さて、ゲームを止めるのは良いがどうしよう。時間は夜飯を食べるのに丁度良い時間だ。かといって、今から準備するのは面倒だし、コンビニで何か買ってくるか、それとも近くのラーメン屋でも行ってくるか…。

 

「ん?」

 

 その時、スマホの着信音が鳴り響いた。光った画面に書かれた名前は高嶺のものだった。珍しい事もあるものだ。高嶺が俺に通話を掛けてくるとは。

 

「もしもし」

 

『もしもし、柳か?』

 

「現在この電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため掛かりません」

 

『あれ…、電話通じない』

 

 不思議そうな高嶺の声が聞こえた直後、通話が切れた。ちょっとした悪戯のつもりが本気にされてしまった。ていうか、最初にもしもしって言ったの気付いてなかったのか?あいつ。

 

 と思っていたら、またすぐに通話が掛かってきた。相手は勿論高嶺だ。

 

「はい」

 

『うぉい!』

 

「俺は悪くねぇ。最初にもしもしって言ったのに本気にしたお前が悪い」

 

『悪戯仕掛けてきた奴が言う台詞か!』

 

 本気でキレてるという訳ではなさそうだが、結構大きな声でツッコミを入れられる。

 まあ、おふざけはここまでにして用件を聞く事にしよう。

 

「それで、どうした?」

 

『あ、あぁ。柳って今、暇か?』

 

 用件を聞いてみると、高嶺から返ってきたのは質問だった。質問に質問で返すのはどうかと思いつつ、ここで突っ込んでは時間が掛かり、通話料も勿体ないためスルーしておく。

 

「暇だけど」

 

『それなら、皆で焼き肉食いに行かないか?今、柳以外は集まってるんだけど』

 

「は?虐めか?仲間外れか?泣くぞ?」

 

『そうじゃなくて、偶然会っただけだって。それで、どうだ?』

 

 通話の向こう側で苦笑いしている高嶺の顔が思い浮かぶ。別に本気でハブりを心配していた訳ではないし、その話はここで終わらせる。

 そして、高嶺からの質問についてだが、用事もないし何なら外食を考えていたし、断る理由もない。

 

「行く。店どこ?」

 

『いや、それはこれから決める。今、駅前にいるからその周辺の店を探すつもりだ』

 

「それなら決まったら教えてくれ」

 

 高嶺の了解、という声がして、それじゃあと挨拶を交わしてから通話を切る。

 

 しかし駅前か。そうなると歩いて行くのは少し距離があるな。いや、歩いて行けない距離ではないのだが、夜の寒空の中でというのを考えると億劫だ。それに、俺が来るのを高嶺達に待たせる事になる。

 

「…車で行くか」

 

 ガソリン代が勿体なく感じるが、そんなに大した差にはならないし、躊躇わず車のキーをとる。服は大学に行った時の服装そのままで良いだろう。一々着替えるのも面倒だし。上着も帰ってきた時にハンガーに掛けた物を着て、財布と家の鍵を忘れず外に出る。

 

 車に乗り込み、エンジンを掛けて発進させる。高嶺から再び通話が掛かってきたのは、それから数分後の事、もうすぐ駅前に着く所まで来た時だった。

 カーナビを操作して通話を繋げ、高嶺から店の名前と場所を教えて貰う。信号待ちの時間を使ってカーナビに場所を登録、そこに案内してもらう。

 

 目的の店にはすぐに着いた。店の前には高嶺達が集まっており、俺が運転する車を高嶺と火打谷さんが指差している。多分、俺の車だって他の人に教えているんだろう。あの二人は一度俺の車に乗ってるし。

 駐車場の空きスペースにバックで車体をいれる。何か注目が集まって少し緊張するが、特にてこずる事なく駐車を終え、キーを抜いて車を降りる。

 

「おーい」

 

 車を降りた俺に向かって高嶺が手を振る。それに対して俺も軽く手を上げて返しながら高嶺達の元へ向かう。

 

「店の中で待ってて良かったのに」

 

「いや、俺達も今来た所だったんだよ」

 

「ふーん。それなら良いけど…明月さんは何で目を輝かせてんの?」

 

 高嶺達と合流したのは良いとして、さっきから明月さんがやけにキラキラした目で俺を見ている。

 

「柳さん、運転できたんですね!」

 

「え?あ、うん。できたんです」

 

「あの車はスバルのXVですね?柳さん、良い車持ってますね~。買ったんですか?」

 

「いや、親のお下がりだけど…。え、明月さん車詳しいの?」

 

「俺に聞かれても…」

 

 車体に書かれた車種名を遠目で読むのは難しいだろうし、つまり明月さんは車体を見ただけで車種を当てた事になる。いや、死神の視力ならば可能なのかもしれないが。

 

「まだお店のオープンの目処が立ってなくて暇な時、窓の外を通る車をずっと眺めてて。いつの間にか詳しくなってた」

 

「…車に詳しい死神」

 

 答えられない高嶺の代わりに四季さんが答えてくれる。しかし、車に詳しい死神か。…何か、俺の中に僅かに残った幼心が嫌だと言っている。それに反して、俺の脳裏である映像が浮かんでしまう。

 店の中で窓の外を眺めながら、道路を走る車の車種をのんびりと言い当てていく明月さんの姿が。

 

 ─────なんか、絵にはなるよな。窓際でのんびりしてる美少女。してる事はイメージ台無しだけど。

 

「ほら、いつまでも外にいないで中に入りましょう。寒い寒い」

 

 話し込む俺達に涼音さんが呼び掛ける。すでに涼音さんと墨染さん、火打谷さんは準備万端といった感じ店の前に待機している。俺達も話を止めて、店の中に入っていく涼音さん達に続く。

 

 俺が来るまでの間に席をとっていたらしく、高嶺が代表して名前を告げると、店員はすぐに個室の席に案内してくれた。

 

「ご注文が決まりましたら、このボタンを押してください」

 

 そう言って店員は二つのメニュー表を置いて去っていく。

 俺達は円形に伸びた席に腰を下ろし、着ていた上着を脱いでからメニュー表を見てどれを食べるか考える─────前に、まずはドリンクを決める。

 

「さってと…、やっぱり、まずは生かな?」

 

「お止めなさい」

 

「分かってます、冗談ですよ」

 

 メニュー表を真剣に見ていると思っていたら、火打谷さんがとんでもない事を言い出した。さすがに冗談だとは思うが、一大人として涼音さんがすぐさま一声。

 思った通り冗談だったらしく、すぐに火打谷さんは笑いながら意見を撤回する。

 

 そうしてドリンクはすぐに決まり、次に最初にどの肉を食べるかに話題が移る。

 

「それじゃ、カルビ!あとご飯も一緒に頼もっと!」

 

 火打谷さんはガッツリ食べるタイプらしい。そして、肉と白米を一緒に食べたいタイプでもあるらしい。

 

「カルビね…。あとは、タンとハラミと…」

 

 火打谷さんに続いて涼音さんも注文候補を挙げていく。いや、候補というよりはもう、それを注文する流れになるだろう。

 俺は何も言わず、黙って話に耳を傾ける。

 

「どうしたの?」

 

 すると、隣から高嶺の声が聞こえた。振り向くと、高嶺は俺の方ではなく逆、明月さんの方を見ていた。俺に言った訳ではなかったようだ。

 しかし、高嶺の視線の先にいる明月さんは、まだ肉が来ていないにも関わらず楽しそうに頬を綻ばせていた。高嶺が問い掛けたのは、その理由らしい。

 

「いえ…。こうして大勢で食事をするのは初めてなので」

 

 明月さんが高嶺の問い掛けに嬉しそうに答える。

 

 そういえば、俺達と出会う前の明月さんとミカドがどういう風に過ごしていたのか聞いた事がない。こうして特定の人間と親しくなった事はなかったのか。ただ淡々と、死神の役目を果たすだけの毎日だったのだろうか。

 

 それは、ここで考えても仕方のない事なのだが、こうして関わりを持った以上興味が湧かない訳ではない。ここで聞く、なんて事はしないが。

 

「栞那さんは何か食べたいものはないんですか?」

 

 すると、墨染さんが明月さんと自身の間にメニュー表を持ってきながらそう問い掛けた。

 明月さんは墨染さんが持つメニュー表をじっ、と見つめてから不意にとある場所を指差す。

 

「このいちぼ、っていうのは何ですか?」

 

「いちぼ?あー…、何だっけな。牛のお尻の方のお肉だった気がする」

 

「お尻のお肉はランプじゃありませんでした?」

 

「あれ、そうだっけ?じゃあいちぼってどこ?」

 

 明月さんはいちぼが気になっているらしい。また随分お高い肉に目を着けて。きょとんとしている明月さんが少し面白く見えてしまい、微笑をこぼしながら話し合う四季さんと涼音さんに補足する。

 

「ランプは腰から尻に掛けての肉で、いちぼはそのまま尻の肉ですよ」

 

 ランプの部位は知ってる人はそこそこいるらしいが、いちぼは高級なのもあってあまり知られていない。ランプ=尻の肉、と覚えている人は多いらしい。四季さんもその一人だったようだ。

 

 俺の説明を聞いて、他の皆がへぇ~、と声を漏らしながらこちらを見る。

 

「それで、いちぼ頼むの?高いけど」

 

「大丈夫でしょ。昂晴の奢りだし」

 

「え、そうなの?あざっす」

 

「待ってください柳さん。貴方だけは。貴方だけは勘弁してくれませんか」

 

「お、仲間外れか?泣くぞ?」

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおお」

 

 割り勘かと思っていたが、高嶺の奢りとの事。それは嬉しい、夕食代が浮く。その好意に遠慮なく甘えさせてもらおう。高嶺が頭を抱えているが知らん。

 

 まあ、流石に奢られっぱなしは悪いので、機会があれば今度は俺が奢ってやるつもりでいる。いつになるかは知らないが。

 

 という事で、最初に頼むメニューは決まりボタンを押す。一番出口に近い俺が、やって来た店員にメニュー表を向けて、頼みたいメニューを指差しながら注文していく。

 注文を終えるとすぐにドリンクが、そしてそう時間が経たずに肉がテーブルに並んでいく。早速、油が敷かれた網の上に肉をのせていく。

 

「んー、おいしい~」

 

「本当、言ってみて良かった…」

 

 火打谷さんと四季さんがご満悦そうに肉を飲み込んでから言う。今回の焼肉パーティーを提案したのは四季さんらしい。

 なら、四季さんに感謝だな。俺も焼肉は久しぶりだし、早く食べたいものだ。

 

 しかしそう思う反面、焼き終わった肉は次々にとられていき、そして空いた所に肉を投入していく。

 あれ、今気付いたけど何で俺は肉を焼く係になってんだ?俺まだ一口も肉食べてないんだが。

 

「千尋さん。私が替わりますから、千尋さんはお肉を食べてください」

 

「良いのか?なら、お言葉に甘えて頼む」

 

「はいっ」

 

 トングを持ったまま未だ箸すら持てない俺に、墨染さんが救いの手を差し伸べてくれる。俺は墨染さんにトングを渡し、ようやく箸を持つ。

 

 最初に網からとったのはハラミ。タレをつけて、口へ運ぶ。

 うん、旨い。

 

「あー!私が大切に育てたいちぼがぁ!」

 

「あ、悪い」

 

 静かに肉を堪能する隣で、戦争が勃発していた。あるある。一枚の肉に感情移入して、その肉が目の前でかっ拐われてく事。その時の空しさは何とも形容しがたいものだ。

 

「昂晴君のばかぁ!」

 

「わ、悪かったって」

 

「はいはい、喧嘩しない」

 

 まるで兄妹喧嘩を止める母親のごとく。涼音さんが苦笑しながら二人を宥める。

 墨染さんも本気で怒っていた訳ではないようで、頬を膨らませながらも矛を納める。

 

 そんな騒ぎもありながらも肉を食べ進めると、いつしか網の上には肉ではなく付け合わせの野菜が占領し始めていた。

 野菜の時間に突入したらしい。とっととこいつらを片付けてまた肉の時間にしなければ。

 

「ほら四季さん、野菜も食いなよ」

 

「─────」

 

 トングは再び俺の手に。四季さんの皿にある野菜が少ない事を見逃さず、焼き上がったピーマンを四季さんの皿にのせてやる。

 

 すると、四季さんの表情がぴしり、と固まった。

 

「…どうした?」

 

 明らかに様子がおかしい。さっきまでご機嫌そうだったのに、完全に固まっている。

 まさか、野菜嫌い?いや、でも玉葱は普通に食べてたぞ。

 

 なら、考えられる可能性は一つ。

 

「四季さんって、ピーマン嫌いか」

 

「…」

 

 悔しそうに視線を投げ掛けてくる四季さん。その目は、言いたい事があるのなら言ってみろ、と語っているようだった。

 それなら、遠慮なく一言言わせてもらうとしようじゃないか。

 

「子供舌なんだな」

 

「っ~~~~~!」

 

 思えばコーヒーも砂糖を大量に入れなければ飲めていなかった。苦いものが苦手というより、単に子供の時から味覚が成長していないのだろう。

 そう言ってやると、四季さんは顔を真っ赤にして言葉にならない声を上げた。多分、ここにいるのが俺と四季さんだけだったら殴りかかってきていただろう。しかしここにいるのは俺と四季さんだけじゃない。

 

 勝った。

 いや、何に勝ったのか知らんけど。

 

「しょうがないから食べてやるよ。しょうがないててててて、足、足を蹴るなっ」

 

 テーブルの下で四季さんに足を蹴られる。痛い、やめて。俺は痛い事をされて喜ぶ趣味はないから普通にやめて。

 

「あーもう、二人も喧嘩しないっ」

 

 涼音さんに言われてようやく四季さんの足が止まる。四季さんは俺の足を蹴った事でスッキリしたのか、表情が戻っていた。機嫌を損ねたまま、という訳ではなさそうで、とりあえず安心。

 

「追加の注文するけど、何か食べたいのある人いるか?」

 

 四季さんの機嫌が直ったところで、追加の注文をするべくメニュー表を開く。

 

「明月さんは、今食べたので何か気に入ったのある?」

 

 俺が質問を投げ掛けた後、高嶺が明月さんにそう問い掛けた。明月さんは少し考える素振りを見せてから、口を開く。

 

「強いて言うなら、タンとハラミが好きでしたね」

 

「了解。なら、タンとハラミと…」

 

「あ、でも!食べきる自信が…」

 

「大丈夫よ。若い男の子が二人もいるんだから、いざという時は全部任せちゃえばいいの」

 

「は!?全部!?」

 

 明月さんの要望通りタンとハラミは確定として、それじゃあ後は…うし、決めた。

 

「タンとハラミとロースを二人前ずつ」

 

「ちょっ、おまっ」

 

 ボタンを押して、やって来た店員に注文する。高嶺が焦っているが構わない。注文を確認してから店員が去っていき、俺は食事を再開する。

 

「柳、流石に二人前ずつは…」

 

「は?もしかしてお前、限界?」

 

「…」

 

 限界ギリギリ、なのかまでは分からないが、割とそれに近いらしい。

 マジか、こいつって意外と少食なのか?そんな風に思っていると、俺以外の声が直後に響いた。

 

「高嶺君、食べてなくない?」

 

「食べてますが!?」

 

 からかい混じりの声の主は四季さんだった。悪戯な笑みを浮かべながら言う四季さんに鋭いツッコミをかます高嶺だが、効果は全くない。

 

「お待たせしましたー」

 

「え、はやっ!?」

 

 注文した三種の肉が二人前ずつもう届く。テーブルに並んだ肉の量に圧倒された様子の高嶺に、四季さんが更に追い討ちを掛けていく。

 

「高嶺君の、ちょっといいとこ見てみた~い」

 

「「「それお肉♪お肉♪お肉♪お肉♪お肉♪」」」

 

「何でそこで息ピッタリになるんだよ!てか、柳は何でそっち側!?」

 

「いや、面白そうだから」

 

「裏切り者!」

 

 四季さんの追い討ちに加勢する女性陣にそれとなく混じって、一緒に高嶺をからかう。裏切り者と貶されるが全く効かない。むしろ騒ぐ高嶺の姿が面白くて仕方ない。

 

 結局届いた肉は、まだ余裕があった女性陣の協力もありつつ、主に俺と高嶺が平らげた。しかし、どうもまだ物足りなく感じた俺は更にタンとロースのセットを注文。周囲の軽く引き気味の視線を受けながら全て平らげ、ようやく空腹が満たされた。

 その後はもう一度ドリンクを頼んで休憩しつつ、今日スマホを買ったという明月さんとID交換をしたり、店のメンバーでグループを作ったりと談笑してから店を出たのだった。

 

「─────」

 

 そして今、高嶺は声も出さないまま涙を流していた。空っぽになった財布を見下ろしながら。

 

「いやぁ~、ごちそうさん高嶺。うまかったぞ」

 

「…行かない。もうお前と焼肉は行かない。お前が奢らない限り絶対に行かない」

 

 流石に食い過ぎた。俺の腹の分量的にも、高嶺の所持金的にも。

 

 外に出れば冷たい風が吹き荒ぶ。軽く身を震わせながら足を駐車場に方に向けて、ふとある事を思い立った俺は高嶺達の方へ振り返った。

 

「四季さん、歩きか?」

 

「え?そうだけど」

 

「なら送るよ。皆も、全員は無理だけどあと三人は乗れるぞ」

 

 四季さんに声を掛けてから次に他の五人にも同じ様に声を掛ける。

 俺の車は五人乗りのため、全員は乗れないがまだ三人乗れる。

 

 俺としては、今日は二人で出掛けていたという高嶺と明月さんを二人で帰らせ、涼音さん達を乗せて送るつもりでいた。

 

「いやー。私は良いや」

 

「私も、愛衣ちゃんと一緒に帰るから大丈夫です」

 

 が、涼音さんと墨染さんに断られ、火打谷さんも墨染さんに同調してうんうんと頷いていた。

 それじゃあ、と今度は高嶺と明月さんの方に視線を向けたのだが、二人は無言で片手を上げ、頭を横に振った。

 

「…」

 

 全員に断られた。それはまあ別に良いのだが、何故だろう。皆、にやついている様に見えるのは気のせいだろうか。すっごく微笑ましそうに見られているのは気のせいだろうか。

 

「…まあいいや。じゃあ四季さん、行こう」

 

「え…。あ、うん…」

 

 戸惑った様子の四季さんがついてくる。車のキーを開けて運転席に乗り込むと、その後に四季さんが助手席に乗ってくる。あらかじめ店を出る前にエンジンを掛けておいたため、車内が冷えきっている、という事はなかった。

 シートベルトを締めて、車のエンジンを掛け直す。そして四季さんもシートベルトを締めている事を確認してから、セレクトレバーをドライブに、そしてサイドブレーキを下ろす。

 

「それじゃあ…行くぞ?」

 

「は、はい」

 

 何故か緊張してしまう。車に人を乗せて運転するのなんて初めてじゃないのに。何なら最近、高嶺と火打谷さんを乗せたばかりなのに。

 

 …いや、理由なら分かる。今、車の中で女の子と二人きりだからだ。今の俺にそんな思春期の精神が残っている事に驚きながらも、ハンドルを回し、ブレーキから足を離して車を発進させる。

 駐車場を出るまでは徐行。道路に出る直前で車を止め、こちらを見る皆と、四季さんと一緒に手を振り合ってから車を出す。

 

 徐々にスピードを上げて、制限ギリギリの速度で留める。時刻は夜の九時になろうとしていた。車通りが少なくなり、スムーズに道路を走る事が出来る。これなら数分で四季さんの家まで行けるだろう。

 

「柳君って…、免許持ってたんだね」

 

「ん?あぁ。親父から免許は早めにとっとけって言われ続けてな。一年の時に夏休み使ってとっといた」

 

 四季さんがおずおずといった様子で聞いてきた。普段と違ってその声は僅かに震えていた。もしかしたら、四季さんも緊張しているのだろうか。

 まあ、当然か。異性の運転する車に二人きりでいる。こんなシチュエーション、緊張しない人の方が少ないかもしれない。何しろ俺だって、車を発進させるまでは緊張したし。

 

 四季さんの質問にはつい最近同じ質問をされた時と同じ様に返答する。それに対し、四季さんはへぇ~、と声を漏らす。

 

 そして、会話が途切れる。

 

「…」

 

「…」

 

 いや、本当に待って。何を話せば良いんだ。いつも二人で大学行ってる時とか、こんな空気になった事ないぞ。その時との違いなんて車に乗ってるか否かだけなんだぞ。なのに何でこんなにも空気が違うんだ。

 

 ブレーキを踏んで徐々に速度を下げて車を止める。目の前を歩行者と、その向こうで車が横切っていく。

 

「…」

 

「…」

 

 未だ、会話はない。何か話そうと思うのだが、何を話せばいいのか分からない。話題が見つからない。さっきの焼肉について話せばいいのでは、と考えはするのだが、焼肉どうだった?という簡単な一言が喉から出てきてくれない。

 

 信号が青になり、車を発進させる。

 結局、そのまま四季さんが住んでいるアパートの前に着くまで会話は一つもなかった。

 

「送ってくれてありがとう」

 

「あぁ」

 

 アパートの前で車を止めて、四季さんがシートベルトを解く。そして扉を開けて車から出る。

 

 いや、マジで会話なかった。空気がもう最悪だった本当にどうしてこうなった。今までこんな事なかったのに。

 

 というか、四季さんに変に思われてたりしないだろうか。やけに口数少ないな、とか。何でこの人こんなに緊張してるの、とか。

 もし変に思われて距離をとられたり、なんて風になったが…うわ、やだ。考えたくない。普通に傷つく。待って、どうしよう。このまま四季さんを帰してはダメな気がする。いやだからってここで呼び止める方がもっと変に思われそうだ。

 

 待て待て待て待て、マジでどうしよう。

 

「柳君」

 

「…あ、なに?」

 

「また明日」

 

 悩んでいる内に車から降りた四季さんが、こちらを見て、手を振りながらそう言った。

 その笑顔と仕草はいつもと同じで、俺が混乱していたのがとてもバカらしく思える程で。

 

「…あぁ、また明日」

 

 俺も笑顔を浮かべてそう返す事が出来た。四季さんが扉を閉め、もう一度窓越しで手を振ってくる。俺ももう一度四季さんに手を振り返してから車を発進させる。

 

 一人になった車内。それがどうも寂しく感じられる。でも、明日になればまた会える。だって、四季さんが言ったのだから。また明日、と。

 

「~♪」

 

 無意識にお気に入りのフレーズを鼻で歌いながら、車を俺のアパートへと走らせていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

「…」

 

 交差点を曲がって、柳君の車が見えなくなる。それを見送ってから、私は必死に押し留めていた思考をこの場で爆発させた。

 

「だ、大丈夫、よね?変に思われてたりしてないよね?」

 

 柳君と二人で車に乗ってから、何故か緊張してしまい、口数が少なくなってしまった。いつもなら二人きりでも普通に会話できたのに、密室で二人きりだと意識してしまうとどうしてもダメだった。

 一度話し掛けてみたけど、会話は全く続かず。柳君は平然と、落ち着いた様子でいたのに、私だけ…。

 

「大丈夫、よね…?」

 

 胸を手で押さえながらもう一度自分に言い聞かせる。さっきも、柳君は普通に挨拶を返してくれたし、変に思われた風には見えなかった。だから大丈夫。…の筈。

 

「…帰ろう」

 

 とにかく、外は冷えるからまずは部屋に入ろう。何にしてもそれからだ。

 建物に入り、階段を上がって部屋の鍵を開けて扉を開ける。

 

 その後、柳君にどう思われたのだろうという疑問が何をしていてもついて回り、更に寝る時でさえもなかなか消えてくれず、次の朝を私は寝不足で迎える事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




焼肉…最近行ってないな…行きたいな…肉…
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