喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第三十七話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 最後のお客さんを全員で見送り、姿が見えなくなってからフロア内が緩んだ空気に包まれる。

 

「ふぃ~。お疲れ様です~」

 

 各々体を伸ばしたり、大きく息を吐いたりとリラックスした様子を見せる。まだ店内の掃除は残っているが、これ以上の来客はないのだから、気を引き締める必要もない。あまり緩めすぎるのもどうかとは思うが。

 フロア担当はフロアを、キッチン担当はキッチンを、いつものメンバー割り振りで掃除を始める。時折雑談なんかをしながら、掃除を進め、普段と特に変わらない時刻に掃除を終えれば先に俺と高嶺が着替えを済ませる。そして入れ替わりで休憩室に入る女性陣をフロアで待つ。

 

「…なぁ柳」

 

「ん?」

 

 高嶺が話しかけてきたのはそんな時だった。視線を高嶺に向けて、反応を返すと、高嶺は続けて口を開く。

 

「もうすぐクリスマスだな」

 

「もうすぐって程じゃないけど、まあそうだな」

 

 高嶺に言われてそういえば、と思い出す。あと二週間もすればクリスマスだ。この店のクリスマス限定メニューはどうするんだろう。

 涼音さんからは候補を考えて、絞る時は協力してと言われているのだが、果たしてどうなるか。メニューが決まれば当然ホームページの方を更新しなくちゃならないし、候補が決まれば迅速に決めなくてはならないのだが。

 

 というより、あと二週間しかないぞ。大丈夫なのか、これ。

 

「柳って、クリスマスに女の子と出掛ける、みたいな予定あるのか?」

 

「は?」

 

 クリスマスについて思考を回していた所、俺が考えていたクリスマスとはまた別の意味でクリスマスについて考えていたらしい高嶺にそう問われる。

 女の子と出掛けるって、どうしたいきなり。そんな予定はまるでないし、いきなりそんな事を聞いてきた高嶺の思考について心配になる。

 

「ないけど」

 

「え?」

 

「いや、何でそこで驚く。ある訳ないだろ。彼女とかいる訳じゃないし」

 

 普通に予定はない、と答えると高嶺が目を丸くし、驚いた様子でこちらに振り向いてきた。

 意味が分からない。こいつは俺に彼女がいるとでも思っていたのだろうか。あはは、年齢イコール彼女いない歴だぞ俺は。これまでの付き合いで想像つきそうなものだが。

 

「まあ彼女がいるとまでは思ってなかったけど…。え、クリスマスどこにも行かないのか?」

 

「家でゴロゴロする。強いていうなら予定はこれだな」

 

「…四季さんとどこかに行ったりしないのか?」

 

「…何でそこで四季さんが出てくる?」

 

 さっきからやけに食い下がってくるな。しかもクリスマスに四季さんと出掛けるとか、普通にあり得ないぞ。

 

 ─────まあ、四季さんから誘ってきたり、向こうが嫌でなければそういう風に過ごすのも良いかもしれない。

 

「─────」

 

「?どうした?」

 

「いや、何でもない」

 

 不意に湧いてきた思考を、勢いよく頭を振って振り払う。

 四季さんから誘ってくるとかあり得ないだろ。大体クリスマスなんて普通に仕事があるし。この店を任された者として四季さんが仕事を投げ出す筈がない。

 それに、たとえ四季さんにクリスマスを一緒に過ごしたいと思う男がいたとしても、それは俺じゃない。そんな筈がないじゃないか。

 

「…」

 

 何か、それはそれで腹立つが。いや、何で腹を立てる必要があるんだ。四季さんがどんな男と一緒にいようとそれは四季さんの自由で、俺には関係ない事じゃないか。

 …いや、その男が明らかにやべぇ奴だったら、それは友人としてそいつはやめとけと口は出させてもらうが。全く関係ない話でもないか、うん。

 

 それくらいなら友人として不自然じゃないよな?な?

 

「そうなのか。てっきり柳は四季さんとどっか行くのかと思ってた」

 

「あのさ、さっきも聞いたけど何でそう思うんだ。確かにただのバイトの同僚とはいえないくらいには親しいかもしれないけど、普通の友達の域は超えてないだろ」

 

「ふつ…う…?」

 

 おい、何故そこで首を傾げる。言いたい事があるならハッキリ言って貰おうか。普通の友達だろう、俺と四季さんは。

 

「大学によく二人で一緒に行ってバイト帰りは必ず二人で帰って四季さんを家まで送って二人でドライブした経験もあって大学でメチャクチャ噂になってる柳と四季さんが普通の友達…?」

 

「…」

 

 何も言えない。確かにそうやって俺と四季さんがしてきた事を並べられたら、異性の友人関係としてはかなり親しい分類に入ってるのかもしれないと思わされる。

 しかし、しかしだ。それでも俺と四季さんは普通の友達だし、クリスマスという特別な日に二人で遊びに行くような仲ではない。

 

「逆に高嶺はどうなんだよ」

 

「俺?」

 

「クリスマスに誘いたい相手はいないのか?ほら、明月さんとか。この前はデートしたんだろ?」

 

「で、デートって。スマホ買いに行っただけだぞ」

 

 散々俺に言いたい事を言ってくれたんだ。今度は俺のターンだ。こいつを弄り倒してやる。

 

「女の子と二人で買い物するのはデートだろ」

 

「…まあ、正直に言えば、明月さんと二人でクリスマス過ごせたら、と思わなくもない」

 

 おぉ。これはもしかすると、もしかするのか?まだ明確に恋、とはいえないが、高嶺自身は満更でもない様子。明月さんも高嶺には心を開いている様だし、これはこの職場でカップルが誕生するのも時間の問題かもしれない。

 

「…」

 

 しかし、だ。気掛かりな事が一つある。決して高嶺や明月さんに何か欠陥があったりとかそういう事ではない。

 ただ、職場のメンバーで焼肉に行った時くらいからだ。どうしても明月さんについて気になる事があった。

 それが、その時だけの一時的なものであれば良かったのだがそうではなく、その日から今日まで変わらないならばともかく、進行しているとなると見方を変えなければならない。

 

 明月さんの体に何かが起きている。だが、そうだとして気になるのは、明月さんの様子が普段とまるで変わらないどころか、以前よりも更に明るくなっている事だ。明月さん本人は気付いていないという可能性もあるが、明月さんは普通の人間ではなく死神である。気付かない筈がない、と思う。

 つまり、明月さんは今自身に起きている変化を受け入れているという事か。

 

「…話してみるか。そうしないと始まらない」

 

「話す?何を?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

 自分に言い聞かせる。事態が事態で、尻込みしようとする後ろ向きな気持ちを振り払い、今日の内に明月さんと話す事を決める。

 高嶺が俺の呟きを耳にして聞き返してくるが、俺が何をしようとしているか、明月さんと何を話そうとしているのか、まだこいつに教える訳にはいかない。いずれ、何がどうなろうとも知る事にはなるだろうが、多分それを高嶺に教えるのは俺ではない。

 

 がちゃり、と扉が開く音がする。続いて聞こえてくるのは女の子達の話し声。着替えが終わり、フロアへと戻ってきた四季さん達の方を見て、俺は口を開く。

 

「明月さん」

 

「はい?」

 

 正確には、その中にいる明月さんを見てだ。声を掛けられた明月さんは目を丸くしてこちらを見る。

 

「少し話がある。ちょっと、ここに残ってくれないか?」

 

「…はい、いいですけど」

 

 俺の誘いを受ける明月さんの表情は、何かを諦めたような、そんな表情をしていた。

 

 一方、俺と明月さん以外の人達は戸惑いの表情を浮かべ、やり取りをする俺達を眺めている。

 

「え…柳、お前…え?」

 

 戸惑うどころか、高嶺はかなり狼狽していた。何かを言おうとしているんだろうが、今の自身の気持ちをどう言葉に表せば良いのか分からないといったところか。

 そして先ほどの話の流れから、俺が明月さんに話したい内容を()()()()()のは仕方のない事かもしれない。

 

「安心しろ高嶺。別にそういうんじゃないから」

 

「い、いや、安心って、別に俺は…」

 

「ただ、ちょっとあまり他の人に聞かれたくない話になるから、皆外に出てってくれないか」

 

「やっぱすっげぇ気になる!」

 

 一時は落ち着きを取り戻した高嶺だったが、次の俺の台詞に再び落ち着きを失ってしまった。

 しかし、俺は明月さんと二人で話がしたい。それに、明月さんだってこの話を誰かに聞かれたくはないだろう。

 

 いや違う。誰にも聞かせてはいけない。蝶関連の事情を知っている四季さんにも、高嶺にも、まだ。

 

「…分かった。でも、この後女子会する予定あるから、早めにお願いね」

 

「了解です」

 

 その話は着替えてる途中で出たものか、或いはそれ以前から予定を立てていたのか。ならば、なるべく早く話が済むよう心掛けるとしよう。そういった気持ちが伝わるよう、涼音さんをまっすぐ見て頷きながら返答する。

 

「それと、女子会にはナツメさんも参加するから。女子会終わったら連絡するから迎えに来なさいよ」

 

「りょうか…いや了解できないです意味が分からないです。何で俺が」

 

「なにアンタ、夜道を女の子一人に歩かせる気?」

 

「皆で一緒に帰ればいいでしょう」

 

 流れでもう一つの涼音さんの指示を了解しそうになるが寸でのところで耐える。いや本当に意味が分からない。何で俺が四季さんの迎えに行かねばならんのだ。

 

「いや、来なくて大丈夫だから。気にしないで」

 

「あ、うん」

 

「涼音さんも、悪ふざけはよしてください」

 

「はーい」

 

 すると、四季さんがため息を吐きながらそう声を掛けてきた。さっきのは冗談だったのだろうか?割とマジなトーンだった気がするのだが…。

 

 …一応、夜中に車を出すかもしれないと頭に入れておくべきなのかもしれない。多分大丈夫とは思うけれども。

 

 その後、四季さん達が先に店を出ていく。渋る高嶺は墨染さんが襟を掴んでそのまま引っ張っていった。その時、高嶺はだいぶ苦しそうな表情をしていたが、大丈夫だろうか。窒息なんてしてないだろうか。

 

「それで、話って何ですか?」

 

 俺達以外に誰もいなくなったフロアで、明月さんの声が響き渡る。聞こえてくるのは時を刻む時計の針の音だけ。目の前には首を傾げてこちらを見上げる少女。

 

「…前に焼肉行った時くらいからだ。俺が明月さんの変化に気付いたのは」

 

 単刀直入にではなく、当時の状況から語る。それは、もしかしたら真実を知るのが怖かったかもしれない。少しでも、残酷な現実を知る事を先延ばしにしようとしていたのかもしれない。

 

「最初は気のせいだって思おうとしてた。でも次の日、そのまた次の日、明月さんの変化は治らないどころか、酷くなっていった」

 

「…」

 

 明月さんは笑っていた。穏やかに微笑んでいた。その笑顔が、俺には見覚えがあった。

 自分はもうすぐ死ぬのだと、全てを諦めていた頃の四季さんの笑顔と、そっくりだったのだ。

 

「なぁ、明月さん。聞かせてくれ」

 

 明月さんは少しも視線を逸らさないまま、俺の顔を見つめている。

 

 俺は、怖い。気を抜いたらどこかに向いてしまいそうな視線を、やっぱり話はいいと言ってしまいそうな口を留めて、言葉を紡ぐ。

 

「どうして、明月さんの体が薄くなってるんだ」

 

「…」

 

「明月さんの魂は強く輝いてる。初めて会った時よりも強く。でも、魂の輝きが強くなっていく度に、明月さんの体が薄くなっていく」

 

 今、俺の目に明月さんはどう映っているのか。それはさっき言った通りだ。明月さんの体が薄く見える。目を凝らして見れば、体の向こうの景色が透けて見えてしまう程に。

 

「…もう、柳さんなら気付いているんじゃありませんか?その瞳で、何度も見てきてるんですから」

 

「─────」

 

 儚い笑顔を浮かべながら明月さんが言う。その笑顔を見て、言葉を聞いて、俺はずっと目を背けてきた事が現実なのだと、思い知る。

 

「…ずっと、思っていた。明月さんの魂とあの蝶の輝きは似てるって」

 

「…」

 

「でもそれはただの偶然だって思ってた。だって、明月さんはそこに存在しているし、第一最初に死神って名乗ったんだから。蝶とは別の存在なんだって思ってた」

 

「…」

 

「…死神に回収された蝶は、次に死神になるのか」

 

「全てがそうなる、という訳ではありません。そうならずに転生した例もあります。数は少ないですが」

 

 明月さんが俺の問いかけに答える。だが、俺の仮説を否定してはくれなかった。

 明月さんは儚い笑顔のまま続ける。

 

「蝶は零れてしまった魂の残滓。生きる執着を失った魂。…天に送られた蝶は、転生する前に、失われた執着を取り戻さなくてはならない。そのために、蝶は別の形で、とある役割を与えられて現世に降りるんです」

 

 説明されたのは死神について。それは、俺が感じていた明月さんの魂と蝶の輝きの類似を裏付けるものになってしまった。

 

「…その役割が、別の蝶の回収。死神」

 

「その通りです」

 

「…つまり、明月さんの肉体が薄れているのは、転生への準備が整いつつあるって事なのか?…生きる執着が戻ってきたって事なのか?」

 

 この話の流れで簡単に予想が出来る。現世に降りた蝶、死神が生への執着を取り戻したらどうなるのか。それが、今の明月さんの状態という事なのだろう。

 

「近い内に、私は神の下に送られます。生まれ変わるために」

 

「…何だよ、それ。そんなの…」

 

 本当は、こんなつもりではなかった。諦めた様に見えた明月さんを、どうにかして説得しようと思っていた。

 しかし、実際は違った。明月さんは何かを諦めたのではなかった。勿論、明月さんが神の元に送られれば、もう二度と再会は叶うまい。そういう意味では、明月さんは俺達と一緒の生活を諦めたという言い方はできるかもしれない。

 

 だが、それを咎める事など出来やしない。何故なら─────

 

「止められる訳、ないな。…だって、喜ばしい事、だもんな。正直複雑だけど」

 

 明月さんは、新しい人としての生を謳歌できるのだから。死神としてではなく、人として。それをどうして止められよう。

 友として、それを喜ぶのが正解ではないか。おめでとうと祝ってやるのが正解ではないか。

 

 それなのに、俺は喜ぶ事も祝ってやる事も出来なかった。

 

「あれれ、柳さん?もしかして…、私がいなくなるのが寂しいんですか?」

 

「当たり前だろ。寂しいに決まってる」

 

「─────」

 

 からかい混じりの明月さんの問いかけに即答する。すると、明月さんは目を丸くして言葉を失った。

 

「明月さんはもう、俺にとっては掛け替えのない人の一人なんだよ。それは皆にとっても同じだ。四季さんも、高嶺も、涼音さんも、墨染さんも、火打谷さんも」

 

「…」

 

「でも…まあ、うん。何とか気持ちに整理つけるさ。だから…その日が来たら教えてくれ。見送りくらいはしてやろうじゃないか」

 

「…そうですね。なら、その時は閣下と一緒によろしくお願いします」

 

 おめでとう、とはやっぱり言えなかった。そんな事を言える精神状態ではなかった。それに、あの明月さんの儚い笑顔を見て、おめでとうなんて言える筈がなかった。

 それでも、最後は友人として、少しは普段通りの感じを出してやり取りが出来たと思う。

 

「…時間掛かっちまったな。行こう。涼音さんに文句言われそうだ」

 

「ふふ、その時は私が擁護してあげます」

 

 話は終わりだ。知りたい事も全部聞けた。とても残酷で、寂しい現実を知る事になってしまったが、それでも俺は知って良かったと思う。

 このままだと、誰にも知られず明月さんが消える、なんて事もあり得たかもしれない。そんなのは余りに悲しすぎる。だが、それだけは防げる。誰にも知られず消えていく、それだけは。

 

 明月さんと一緒に寒い外に出る。予想通り、涼音さんが俺が姿を見せた途端遅い遅いと文句を垂れてきた。それを俺の前に立ちはだかるように立って宥める明月さんは普段と変わらない様子に見えた。

 

 俺は…どうだっただろう。正直、それからどうしたのか余り覚えていない。皆と別れて、一人で帰って、それから。

 気付いたら朝になっていて、俺の格好は大学とバイトに行った服装のままで。一睡もせず、夜の間ずっと、明月さんと死神についての事が頭の中をぐるぐる巡って。

 

 結局、俺はどうするべきなんだろう。俺がとった行動は正解なんだろうか。明月さんが生まれ変わるのを祝い、見送る。それは、間違っているんだろうか。

 

「…バイト、行かなくちゃ」

 

 そろそろ準備をしなくては、朝の仕込みの時間に間に合わない。重い体を起こして立ち上がる。

 あぁ、そういえば昨日は風呂も入っていない。まずはシャワーを浴びなくちゃダメだな。それに、シャワーを浴びたら少しはスッキリするかもしれない。

 脱衣所に行ってから着ていた服を脱ぎ、裸になってから風呂場に入る。

 

「…あっつ」

 

 この部屋に住み始めてもうすぐ三年になるというのに、シャワーのお湯が出始めは熱くなる事をすっかり忘れて。でもその場から避ける元気もなくて。

 

 力なく立ち尽くして、しばらくの間、シャワーを浴び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は今回の話との空気の違いが凄まじいですが、女子会のお話です。
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