前回のあとがきで書いた通り、女子会のお話です
~Another View~
事の始まりは、今日の仕事終わり。柳君達と入れ替わりで休憩室に入って、着替えている途中の事だった。ユニフォームを脱いで、ロッカーにしまっていた服を着ている時の事。
「ナツメさん、千尋と何かあった?」
突然、涼音さんにそう聞かれた。思わず叫びそうになるのを何とか抑え、一度間を置いて落ち着きを取り戻してから、涼音さんの方を見る。
「別に何もありませんでしたけど…、どうしてそんな事を聞くんですか?」
その返答は嘘ではないが、真実でもない。柳君との間に何も起きてないのは本当だ。ただ、何もない、というのは嘘になる。
ただしそれは、私から柳君に対して一方的に気まずさを覚えていただけであって、柳君から私に対しては特に何も思っていない。繰り返しになるが、私からの一方的な感情だ。それも、今はもうその気まずさも消えている。
今日一日、柳君の普段と変わらない様子を見て、私が昨日から抱いていた心配は杞憂だったと分かった以上、気まずさを覚える必要もない。
でも、私自身少しあからさまに柳君を避けてしまった自覚はあったから、今日帰る時に謝ろうとは思っていたんだけれど。まさか涼音さんにも気付かれていたとは。
…いや、今日の朝からその様子は見せていた。仕事中という事を考慮していただけで、仕事が終わったら聞こうと決めていたのかもしれない。
「…」
「…えっと」
涼音さんは私の質問には答えないまま、じっと私の顔を見つめていた。
ここで何か顔についてますか、と惚けた風に聞ければ良いのだが、私はそんな器用さを持ち合わせていない。だから、ただただ涼音さんの視線を黙って受け続ける事しか出来ない。
「…この際、根掘り葉掘り話を聞かせて貰うか」
「はい?」
すると、涼音さんは私から視線を外し、考え込むように口許に手を当てながらそう呟いた。
その呟きは私の耳にも届いており、直後猛烈に嫌な予感を感じたのは言うまでもない。
「よし皆。この後予定がある人とかいる?」
「へ?いえ、暇ですよ?」
「えーっと…、私も特にないですけど」
「私も暇です」
涼音さんが明月さん達三人の方に視線を向けてそう問いかける。三人は火打谷さん、墨染さん、明月さんの順番で涼音さんの質問に答える。
三人とも答えは、予定がないというもの。その返答を聞いた涼音さんは満足そうに笑みを浮かべながら一つ頷き、高らかに人差し指を掲げながら宣言する。
「じゃあこの後、私の部屋に集まって、女子会をしよう!」
「…あの、私の予定の有無は聞かないんですか?」
「ナツメさんは強制参加で」
「…」
私に選択権はないらしい。出来る事なら逃げたかったのだけど、どうやら出来ないらしい。私に出来るのは、観念してその女子会に参加する、これのみ。
その後、着替え終わった私達は休憩室を出て涼音さんの部屋へ─────行く前に、柳君が明月さんに話したい事があると言い、私達は二人を残して先に店を出た。
高嶺君がそれはとても心配そうにあたふたしている姿は、申し訳ないけど少し面白くて。でも、何故か涼音さんがそんな高嶺君と一緒に私の事も微笑ましそうに見ていたのは理由が分からなくて。
十五分程経ってからだろうか、柳君と明月さんが店から出てきて、私達は柳君と別れて歩き出す。これから私達が行くのは涼音さんの部屋で、高嶺君が住んでいる部屋は涼音さんと同じアパート。自動的に柳君を仲間外れにするような形になってしまったが、柳君はそれを気にする様子もなく帰っていった。
というよりも、どこか心ここにあらずといった様子でどうも気になってしまう。二人が店から出てきた後、柳君にも明月さんにも、何を話していたのか聞いてみたのだけど、どちらにもはぐらかされてしまった。
どこかスッキリしない気持ちを抱きながらも私達は高嶺くんと涼音さんが住んでいるアパートに着き、高嶺君は当然高嶺君の部屋に帰っていき、そして私達は涼音さんの部屋にお邪魔させて貰う。というより、お邪魔させられる。
「さ、入って入って」
涼音さんに促され部屋の奥に入っていく。ワンルームの部屋は明るい色合いに彩られ、暖かな印象を受ける。
「そこの座布団使って良いから」
そう言いながら、涼音さんは冷蔵庫を開けて中から一本の缶ビールを取り出す。流れるようなその動作から、毎日仕事から帰るとこうやってビールを飲んでいるんだろう。
大きめの丸テーブルを囲むように、それぞれ座布団を敷いて腰を下ろした私達に混ざり、涼音さんも座布団に腰を下ろす。
「さて、と。まず、女子会の前に伝えないといけない事があるの」
缶タブを開け、一口ビールを呷ってから涼音さんは私の方を見てそう言った。
その後、涼音さんの口から語られたのはクリスマスに向けたメニューの話。涼音さんは、ブッシュ・ド・ノエルをクリスマスの限定メニューとして推したいと言う。
「ブッシュ・ド・ノエル…。良いじゃないですか、美味しそう…」
涼音さんの台詞に最初に反応したのは火打谷さん。きっと、彼女の頭の中では涼音さんが作ったブッシュ・ド・ノエルが思い浮かんでいるのだろう。うっとりとして、今にも涎が口から垂れてきそうな──────
「おっと、涎が…」
「はい、ティッシュ」
訂正。垂れてきそうではなく、垂れていた。涎がカーペットに落ちる前に気付いた火打谷さんが墨染さんからティッシュを受け取って口許を拭く。
それを横目で一瞥してから、私は涼音さんの案について考える。
ブッシュ・ド・ノエル、良いと思う。ブッシュ・ド・ノエルは直訳すると“クリスマスの薪”となり、クリスマスに馴染み深いケーキの一種。クリスマス限定メニューにピッタリのケーキといえるだろう。
「良いと思います。ただ、材料費の事や当日作る数の事は…」
「それについては明日もう一度話そう。明日、千尋にブッシュ・ド・ノエルの事をホームページに載せてもらって、後はインストにも投稿して、お客さんの反応も見たいし」
「そうですね…。なら、その事についてはまた明日」
とりあえず、クリスマスについての話はこれにておしまい。私は一息吐いて、涼音さんの目を見て固まる。
「ふっふっふ…」
「…」
まるで、本番はこれからだと言わんばかりに。涼音さんはニマニマと笑いながら私を見ていた。
同時に思い出す。私は、私達は、ここに何をしに来たのかを。
「真面目な話はこれで終わりにして…猥談といきますか!」
「わ、猥談?」
「そ、猥談。…まあ、猥談っていう程でもないけど、色々と聞きたい事があるからねぇ」
戸惑う墨染さんにそう答えながら、涼音さんが流し目で見てくる。面白そうに浮かぶ笑顔はそのままに、涼音さんは口を開く。
「着替えてる途中でも聞いたけど、ナツメさん。千尋と何かあったでしょ」
「…」
やっぱり、と思うのは一瞬。次の瞬間、何故か涼音さん以外の三人が姿勢を正して一斉にこちらを向いた。
「えっと…。どうして皆、私の方を見るの…?」
「いやぁ~…。私としても、ナツメ先輩と千尋先輩の仲はちょっと気になってましたから…」
「毎日仕事が終わったら一緒に帰ってますし、昂晴君がよく大学にも一緒に行ってるって言ってたし…」
「私にとっても、前々から気になってた事ですから」
私以外の四人によって包囲網が敷かれる。
しかし、私と柳君の事はそんなに興味を惹かれる事なのだろうか。火打谷さんも墨染さんも、明月さんも皆興味深そうに私をじっと見ている。
「私としては、昨日の焼肉の帰り、千尋の車に乗ってた時に何かあったと見た」
「…」
正解。いや、実際は何もなかったんだけども。私の内心を知ってか知らずか、返事を待たずに涼音さんは続ける。
「んー…。運転する千尋に見惚れて何も話出来なかったとか?なーんて」
「…」
「…え?マジ?」
「違います。見惚れてなんていません。…でも、何も話が出来なかったのは本当です」
涼音さん自身は冗談のつもりで言ったのかもしれない。ただ、当たらずとも遠からずなその台詞に返事を返す事が出来ず、涼音さんの表情がまさかといったものになる。
すぐに我に返って見惚れたという部分は訂正したが、話が出来なかったという部分は事実なので認めるしかなかった。
「話が出来ないって、どうしてです?いつもお二人で帰ってますよね?」
「そうなんだけど…。何となく話しづらかったというか…、柳君の運転の邪魔にならないかとか、色々と気になっちゃって…」
誤魔化すように火打谷さんの質問に答えを返す。
何となく話しづらかったのも、柳君の運転の邪魔にならないかなと思ったのも本当。
でも、本当は。一番の理由は─────
「車という密室に男と二人…。ナツメさんはきっと初めての経験でしょうし、緊張するのも無理はありませんね」
「っ…、そ、そんなんじゃっ」
ない、と言い切れなかった。だって、明月さんの言う通りだったから。
いつも二人でいる時は外で、そんな意識なんてした事はなかったのに。車内にいると、どうしても二人きりだと意識してしまって、心臓がいつもよりも高鳴って、ドキドキして。
「…ナツメさん。ぶっちゃけて聞くけどさ?」
「…はい?」
すると、涼音さんが改まって私の方を見て口を開く。さっきまでとは違い真っ直ぐ見てくる涼音さんの次の言葉を待つ。
「ナツメさんって、千尋の事好きなの?」
「…はい?」
私の口から漏れたのはつい先程と同じ台詞。だけどさっきと違い、今の私は思考が完全に止まっていた。さっきの台詞は意識して涼音さんに聞き返したものだった。でも今のは無意識に口から漏れたもの。
同じ音でも、意味合いはまるで違う。
「だってさ、二人ってもう何も知らない第三者から見たら普通に付き合ってる風にしか見えないでしょ?」
「そ、そんなこと…何で三人は頷くの…?」
「ていうか私も実は知らない間に二人は付き合ってるんじゃないかって疑う時あるし」
「付き合ってないです。あと、三人はどうして頷くの?」
涼音さん…と、明月さん達もどうしてそんな疑いを持つのか分からないけど、私と柳君は付き合ってなんかいない。柳君には私なんかよりもっと良い人がいる。私なんかじゃ釣り合わない。
─────ちくりと胸の内側が小さく痛んだのは、気のせいだと思う事にする。
「まあ、二人が付き合ってない事は分かったけど…。どうなの?千尋の事、好きなの?」
涼音さんとの距離が詰まった気がした。物理的に。明月さん達も微妙にこっちに近寄ってきている気がする。
私が柳君を好き?そんな事はない。確かに柳君はいい人だし、人柄は好ましいと思う。少しぶっきらぼうな所もあるけど、変に器用で何を考えているか分からない人よりはずっと好感が持てる。
…まあ、柳君もたまに何を考えているか分からない時はあるけど。でも大抵は顔に出る。それも本人にその自覚がないのが少し可愛かったりもして─────
じゃない。そうじゃない。今は柳君の好感が持てる所を探す時間じゃない。
「好きじゃないです」
「じゃあ嫌い?」
「いや、そういう訳じゃ…。どうしてそんな極端な質問をするんですか」
柳君の事は好きじゃない。だからといって嫌いな訳でもない。私は恋愛的な意味で柳君が好きじゃないというだけで、一人の人間として柳千尋という人間に好感を持っている。それだけだ。
でも、皆はどうも納得がいかない様子。
「逆に聞くんですけど、どうして皆は私が柳君の事を好きだって思うの?」
逆に私がそう聞き返すと、涼音さん達はキョトンとした顔で皆で顔を見合わせた後、順番に口を開いた。
「普通に見てたらそう見えるというか」
「千尋先輩と一緒にいる時のナツメ先輩の顔が、私達といる時と微妙に違うというか」
「同じ男性の高嶺さんと一緒にいる時と比べても全然違いますしね」
「ていうか、千尋と一緒にいる時は女の顔をしてる」
「…」
皆に即答で、それぞれ似ているようで微妙に違う答えを返された。一人を除いて。
涼音さん、女の顔って何ですか…?
「ふとした時に千尋の方を見てたり、千尋に話し掛けると少し嬉しそうにしたり、一緒にいるだけで何か安心してるような顔したり。つまり恋する乙女の顔」
「心を読まないでください。あと、そんな顔してないです」
「「「「え?」」」」
「…あの、どうしてそこで息ピッタリになるの」
涼音さんだけでなく、皆一斉に驚いた表情になる。おまけに四人ほぼ同時に声まであげて。
「いやまあ、涼音さんが言う程大袈裟じゃないですけど…。でも、柳さんに対して一番心を許してるんだって思えるくらいには、乙女の顔をしてますよ?」
「…」
呆れる私にそう言ったのは明月さん。明月さんの傍らでは、それぞれ違った表情を浮かべながら、うんうんと頷く墨染さんと火打谷さん。
…自覚は全くないけど、本当にそんな顔を私はしていたんだろうか。だとしたら…、まずい。途徹もなく恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。顔が真っ赤になってるのが自分でも分かる。
「さっき、栞那さんと千尋が店に残って話をしてる時も、微妙に不機嫌そうだったしね~」
「え?そうなんですか?」
「はい。顔には出てなかったんですけど、ちょっとした受け答えとかで何となく察せました」
「それに、お店の窓をじっと見てたりもしてましたね~」
「…」
もう何度目か分からないけど、当人を置いてけぼりにして話すのをやめてほしい。いや、この会話に私が混ざって何を言えばいいのかなんてさっぱり分からないけど。
ていうか─────
「そんな事ないです。不機嫌になんてなってないです。二人が何を話していようと、私には関係ないんですから」
「…ふーん?じゃあ…」
そう、私は不機嫌になんてなってない。柳君と明月さんが二人で何を話していようと、私には関係ない。
それは半ば意地も同然で、同時に自分に言い聞かせるように強めの語気で口にした。同時に内心で同じ事を強く思う。私は不機嫌になってない、私には関係ない、と。
だけど、そんな思いは涼音さんが続けた次の言葉によってあっさりと霧散してしまう。
「あの時、千尋が栞那さんに告白してたら?それも、ナツメさんには関係ない話?」
「え…」
関係ない話だ。だって、私と柳君はさっきも皆に言った通り付き合ってる訳じゃない。私は柳君の事を男として好きな訳でもない。
それなら、柳君が誰に告白しようと、私には関係ない話だ。柳君が誰と付き合おうと、私には関係ない話だ。
それなのに─────どうして、私の胸はこんなにも痛むんだろう?
「…もう、分かったんじゃない?」
「…」
涼音さんが私の顔を見て、からかい混じりの笑みから優しい微笑みへと表情を変える。
「嫌なんでしょう?胸が痛むんでしょう?…なら、とっとと認めちゃいなよ」
「認める…」
さっきまであんなにも違うと言い張って熱くなっていた心が、すっかり冷えている。それは悪い意味ではなく、どこかスッキリとして、同時に心地好くて、これが私の本当の気持ちみたいで─────
違う、みたいじゃない。これが、私の気持ちなんだ。
「私…」
胸に手を当てて小さく呟く。
そうか。私はいつの間にか、落ちていたんだ。気付かない間に、気付かない程自然に、あの人に。
「好きなんだ…」
柳千尋という男の子に。私はどうしようもなく惹かれているのだと、この日、ようやく気付かされたのだ。
「─────さて、と。ナツメさんについてはこれでスッキリできたけど、結局栞那さんは千尋と何を話してたの?」
「それは…、すみません。秘密という事で許してくれませんか?あっ、勿論、男と女としての秘密という訳ではありませんよ?これは、私のワガママです」
「…よく分からないけど、さっき私が言った様な事じゃないのよね?」
「はいっ、勿論です。もし柳さんに好きな人がいるとしたら…それはきっと、私じゃありません」
「…」
どうしてそこで私を見るの。
面白がってる。この二人、絶対に面白がってる。
「明月さんはどうなの?」
「はい?私が、どうしたんですか?」
「最近、高嶺君と仲が良いじゃない。昨日は二人でデートしたんでしょう?私達との焼肉パーティーはついでだったみたいだし」
「で、デートじゃないですよ?それに焼肉もついでなんかじゃないですっ」
「あー、明月さんと昂晴の事も気になってたのよねー。希さん、そこら辺の事で何か聞いてたりしない?」
「いえ、申し訳ないですけど、そういう話は聞いてないです…。でも、栞那さんは昂晴君のストライクゾーンど真ん中なのは間違いありません」
「ほぉ…」
「えっと…どうして皆さん、私の方を見て居直すんですか…?ナツメさんまで…」
ターゲットが私から明月さんに移った瞬間である。それも、この話は私の時みたいに半ば答えが出ている訳ではなく、話は長期戦になるのは必至。
「ほれほれ、洗いざらい吐いてもらおうじゃないの」
「いやああああああああああああああああああああ!!!」
明月さんの悲鳴が響き渡る。
ちなみにこのすぐ後、高嶺君から明月さんのスマホにこちらの様子を心配するメッセージが届いた事によって、明月さんへの問い詰めが更に激しくなった事はまた別の話だ。