喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第三話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。少し話すだけのつもりが、結構時間が経っていたらしい。今日の夕飯、どうしよう。

 

 あの後、ミカドと明月さんから詳しい事情を聞いた。四季さんの要望でこの店をオープンさせる手伝いをしている。四季さんの要望だけが理由ではなく、人が集まればその分蝶が集まりやすくなり、その対処がしやすくなる。つまり、死神の仕事がしやすくなる。

 俺に頼みたいのは、蝶の対処の手伝いをしてもらいたいとの事。勿論、お店の仕事を熟した上でだが。

 

 そして、お店をオープンさせるには、あの建物の大家さんを十月中に納得させなければならないという。

 何というか、かなり厳しい状態であると言わざるを得ないだろう。すでにその大家さんには何度もお店に足を運んでもらってるらしいが、許可を貰える気配すらないらしい。

 

「迷ってる?」

 

 思考が傍らから聞こえてきた涼やかな声によって途切れる。

 俺の隣で歩いているのは四季さんだ。家の方向が同じで、何というか流れでこうして一緒に帰っている。

 

「まあ、いきなり一緒に働いてくれなんて言われてもな。迷ってるって程じゃないけど、考えはする」

 

「…柳君が働いてくれたら、色々と使えそう」

 

「ちゃんと人扱いしてくれよ。いや、働くかどうかまだ決めてないけど」

 

 手を口許に当てて何か考え込む仕草をとる四季さん。その実態は、俺を扱き使う計画を立てているに違いない。勝手な俺の想像だが。

 

 しかし、喫茶店か。仕事としてはウェイターかキッチンスタッフのどちらか。まさか事務仕事はないだろう、多分。

 やるとしたら…、キッチンスタッフだろうか。いやでも、喫茶店ならまず間違いなくメニューにお菓子が並ぶに違いない。そして、俺はお菓子なんて作れない。というか─────

 

「四季さんってウェイトレスなんだよな?」

 

「え?うん、そうだけど?」

 

「明月さんがキッチンスタッフの予定」

 

「うん」

 

「明月さんって、お菓子作れるの?」

 

「…」

 

 あぁ、この沈黙こそ答えなんだろう。なるほど、お菓子を作れる人は一人もいない、と。高嶺は如何にも料理しない系男子っぽいし、ミカドは期待するだけ無駄だろう。

 

 本当に考えれば考えるほど課題が山積みだ。この状態で十月中に許可を貰うとか、相当難しいぞ。

 

「…まあ、そこは今の俺達にはどうしようも…いやどうにかしなきゃいけないんだけど、他の簡単に出来る事から考えよう」

 

「え?」

 

「あの店さ、多分だけど、内装全く弄ってないだろ」

 

 四季さんが目を丸くする。図星、か。

 

「やっぱり、分かっちゃうか…」

 

「…もしかして、他の誰かに指摘された?」

 

「うん。高嶺君のお父さん」

 

 四季さんの言い方が引っ掛かり、聞いてみると案の定他にも俺と同じ指摘をした人がいるらしい。しかし、その相手が高嶺の親父とは。高嶺の親父はそういったコンサルタントを仕事としているんだろうか?疑問符を浮かべたのは一瞬、すぐに四季さんが説明をしてくれた。

 

 高嶺の親父さんの本職は画家だという。海外を中心に、今は日本で仕事をしているとのこと。そして画家と同時に、色んな店のコンサルティングみたいな事をしているらしい。

 その経験を見込んで、一度あの店に足を運んで貰ったという。その時に、店の内装について指摘されたという。

 

「後はあれだな。メニューももっと増やさないとな。お菓子類は…ともかくとして、他の喫茶店らしい…んー…、パスタとか?そういうのを取り込んでもいいだろ。後、従業員も増やさないと…、あーあ、やる事たくさんだ」

 

 考えれば考えるほど浮き上がってくる課題。これもすでに高嶺の親父さんに指摘されてるかもしれないが。

 何度もいうが、本当に十月中に間に合うのだろうか?というか、まだ働くと決めてもいないのに、何で俺はこんなにあの店について考え込んでるんだ?

 

「…でも、まだオープンできるかも決まってないのに。メニューを増やすためには料理の練習しなくちゃいけない。そのための材料費の工面と、従業員だって、こんな先行き不透明な所に来てくれるか…」

 

「…」

 

 四季さんの表情は浮かない。

 

 さて、どうしたもんか。実のところ、あの店にて今の状況を聞いている内にふと湧いた疑問がある。あの時は他に高嶺達もいたために口を噤んだが、今この場で言っていいものか。

 

 今の四季さんの状態はかなり危うい。あの店について色々と悩みがあるだろうし、それに─────あの事だってある。

 もし疑問をぶつけるならば、俺は四季さんにとってかなり厳しい事を言う羽目になる。今の彼女に、そんな言葉をぶつけていいものか。

 

「…四季さん」

 

「ん、なに?」

 

「俺、今から滅茶苦茶厳しい事言う。こんな会ったばかりの奴が何言ってんだきっもとか思うかもしれないけど、聞いてくれるか」

 

「…えっと、それはあの店について?」

 

 戸惑う四季さんの問い掛けに俺は頷く。四季さんは少し考える素振りを見せてから、俺を見上げて頷いた。

 

「うん。言って」

 

 四季さんの許可は出た。それなら、言わせて貰おう。

 

 俺はその場で立ち止まる。つられて四季さんも立ち止まり、俺達は向かい合う。

 

「四季さんはさ、あの店を本気でオープンさせたいって思ってる?」

 

 四季さんの表情がぽかん、と呆気にとられたようなものになる。その表情はすぐに引き締まり、俺を真っ直ぐ見据えながら四季さんは口を開いた。

 

「勿論。どうしてそんな事を聞くの?」

 

「俺にはそういう風に見えなかったから」

 

 四季さんの問い掛けに率直に答える。

 

 そう、俺にはどうしても四季さんがあの店を本気でオープンさせようとしている様に見えなかった。

 暗い店内、暗い空気、少ないメニュー。話を聞く限り、ハッキリとした時期までは分からないが、少なくとも春頃にはこの店をオープンさせようという話は出ていたらしい。

 

「それが、何だよあの体たらく」

 

「…」

 

 恐らくだが、高嶺の親父さんも俺と同じものを感じたに違いない。きっと、その人はとても優しい人だったのだろう。だから、俺のように厳しく突きつける事はしなかった。

 

「メニューを増やすための材料費?オープンさせるために必要な費用だろ?そして、四季さん達だけじゃ…俺がそこに加わったとしても、オープンは相当厳しい。なら、もっと人の手を増やさなくちゃいけない」

 

「…」

 

「何で遠慮する?オープンできるかどうか分からないから?もしオープンできなかった場合、申し訳ないからか?」

 

 四季さんは答えない。沈黙を保ったまま、ついに俯いてしまう。

 

 あぁ、やばい。罪悪感がやばい。でも、これも四季さんのため…というか、あの店のためなんだよ。

 なんて弱気な台詞を吐く事は今更許されず、内心でひたすら謝り倒しながら表では厳しい台詞を続ける。

 

「オープンできなかったら、なんて考えてんじゃねぇよ。そんな事を考えてる暇あったら、まず努力しろよ。店のための最善を尽くせよ」

 

「…」

 

 今、四季さんは内心で何を思っているだろう。俺の言葉は届いてるだろうか。

 届いているなら…、俺の事をどう思おうが構わない。だから、罪悪感に蓋をする。

 

「店のための最善を尽くさない責任者の下で、俺は働きたくない」

 

「っ…」

 

「…それじゃ」

 

 動かない四季さんを置いて歩き出す。いや、こんな空気でまだ隣同士で歩き続けるとか無理でしょ。というか四季さんも俺なんかと歩きたくなんてないでしょ。俺なら嫌だね。俺みたいな奴と歩くとか。

 

 夜道を進み、交差点を曲がり、歩くこと五分。俺のアパートが見えてくる。エントランスのロックを開けて中に入り二階へ。階段を上りきった所の右側の扉の鍵穴に鍵を差し込む。

 

 挨拶はしない。いつもなら誰もいなくともただいまの一言は呟いていたのだが、今日はしない。何の変哲もない1Rの部屋に置かれたベッドに倒れ込む。

 

「…バカじゃねぇの」

 

 枕に顔を埋めながら呟く。そして──────

 

「バカじゃねぇの?バカじゃねぇの!?バカじゃねぇの!!?」

 

 罪悪感と恥ずかしさが一気に溢れ出た。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいバカじゃねぇのバカじゃねぇのバカじゃねぇの」

 

 四季さんへの謝罪と自分への罵声がごちゃごちゃに混ざり、俺の台詞はかなりカオスな事になっていた。

 

「てか何だよ。『店のための最善を尽くさない責任者の下で、俺は働きたくない』って」

 

 それはつい先程、四季さんとの別れ際に吐いた台詞。

 

「別に俺、四季さんに一緒に働いてほしいなんて頼まれてないじゃん。あああああああああああ──────」

 

 自分自身に対する恥ずかしさと四季さんへの罪悪感が止まらない。いや、ホントもう少し言い方があっただろ。結局厳しい言い方になるのはやむを得なかったとはいえ…、ていうか、俺がでしゃばる必要自体あったのか?あ、ダメだこれ以上考えたら立ち直れなくなる。

 

「…四季さん、大丈夫だろうか」

 

 届いてほしい、と願ってはいる。ただ、必要以上に自分を追い込んではいないだろうか、と心配でもある。

 

「…やめやめ。会ったばかりの人にそこまで気遣う必要ないだろ」

 

 言ってから思い出す。会ったばかりの人にあんな台詞を吐いたのは誰なのかを。

 

「………」

 

 両手で顔を覆う。そして、ごろごろとベッドの上で左右に体を揺らす。

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁ…ぁぁぁ…ぁぁ…ぁ…」

 

 息が続かず、声は次第に途切れていく。限界を迎え、息を大きく吸い込んだところで動きを止めた。

 

「…コンビニ行ってこよ」

 

 何かもう、何か作る気にはなれない。かといって外に出るのも億劫なのだが、どちらかといえばコンビニで何か買ってきた方がまだマシだ。気が向く。

 

 着たままだった上着を整え、鞄から財布をとってポケットに入れて再び外へと出た。

 

「はぁ…。明日、どうしよ」

 

 外の寒さを感じながら、先程の四季さんとの会話を思い出す。あ、まずい。また罪悪感が。そして明日が憂鬱すぎる。あの店に返事をしなきゃならないのに。

 

 てか、そうだよ。返事についても考えなきゃいけないじゃん。

 今、他に働いているバイトはない。だから、時間は普通にある。しかしあの四季さんとの会話を考えれば、まず間違いなく気まずくなる。その空気は高嶺達にも伝わるだろう。

 

「…断るべき、かな」

 

 やはり断るべきだろう。正直、惜しいが。カフェでバイトとか、普通に興味あったが。未練たらたらだが。

 

 でも、俺がいたら迷惑になる。オープンの邪魔になる。それなら、俺はいない方がいい。

 

「よし」

 

 明日、講義が終わったら断りの返事をしに行こう。折角誘ってくれたのに、申し訳ないと謝罪もしなければ。

 

 それで、もしあの店がオープンしたら、絶対に常連になろう。そう、心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another view~

 

『店のための最善を尽くさない責任者の下で、俺は働きたくない』

 

 正直、柳君の言葉の一つ一つは、かなり胸に刺さった。だって、その通りだったから。

 私は今まで、何をしていたんだろう。柳君と高嶺君のお父さんに言われた事はみんな、簡単に出来た事なのに。それをしなかった…、いや、しようともしなかった私は、本気でお店をオープンさせたいと思っているのだろうか。

 

「…」

 

 目を瞑れば脳裏に浮かぶ、あの店で笑い合い、オープンした後の事を語り合った私と両親の姿。

 私のせいで夢を諦めてしまったお母さんとお父さん。その夢は二人だけじゃなく、私にとっても同じで。

 

「…うん。やっぱり、諦めたくない」

 

 柳君の言葉によって揺らぎかけた夢は、やっぱりどうしても手放せそうになかった。私はあの店を開きたい。あの店で、たくさんのお客さんの笑顔が見たい。

 そのために、私がしなくちゃいけない事。

 

「…そっ、か。私、全然ダメだったんだ」

 

 私の能力とか、そういう事じゃない。それ以前の問題だった。

 

 私は…、()()、あの店をオープンさせるという覚悟が、まるで足りていなかった。

 

「…伝えなきゃ」

 

 その事を教えてくれたあの人に、今の自分の気持ちを伝えなければ。今更遅いと笑われるかもしれない。それでも─────

 

「私に出来る事は、全部やる」

 

 その決意をさせてくれた柳君に、私はお礼を言いたいのだ。

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