喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第三十九話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平日とは比べ物にならない程に混雑した土日を乗り越え、やって来た平日。まさか土日よりも月曜の方が朝起きて安心するようになるなんて、ステラでバイトを始めるまでは夢にも思わなかった。

 クリスマスに向けての限定メニューも決まり、土日の間に涼音さんが一度試作したブッシュ・ド・ノエルの画像をインストとホームページに載せて予約開始の報を発信。この二日の間に涼音さんと四季さん、ミカドの三人で材料費等を鑑みた話し合いの結果によって決められた予定数の内の半分以上の数がすでに予約で埋まっている。現在、作る数を増やすかどうか検討しているとの事。

 

 そんな忙しくもありながら、働く側として喜ぶべき事もあった土日は終わって月曜日。大学に行く前に店に寄り、仕込みの手伝いを熟す。

 

 熟していたのだが─────

 

「四季さん」

 

「っ…!」

 

「あ、ちょっ…」

 

 講義の時間が迫り、涼音さんと高嶺に一言掛けて厨房を出ようとしたその時、丁度俺と同じく講義の時間が迫ってフロアから抜けた四季さんと出会した。

 直後、四季さんは驚いたように目を見開き、そして走ってあっという間に休憩室へと入ってしまった。休憩室の中からは扉の開閉する音がこちらまで聞こえてくる。

 

 どうやら()()()らしい。

 

 四季さんがハッキリと俺を避け始めたのは土曜日からだ。その日、寝不足で軽くフラフラしながら店へと向かっていた時の事。道の交差点で四季さんと出会し、そして今みたいに四季さんは逃げてしまった。それから四季さんと話す機会は訪れず、仕事が終わってからも四季さんは用事があるからと走って帰ってしまった。

 

 次の日、俺は何か四季さんにやらかしてしまったかと思い、何とか話す時間を設けようと試みたが全てかわされ、仕事が終わってまたも四季さんは先に帰ってしまった。

 

 そして今日。いつもなら講義の開始が重なる日は一緒に大学に行っていたのだが、四季さんはそうしたくないようで。俺を置いてとっとと大学に行ってしまった。

 

「…まあ、これがある意味普通だしな」

 

 むしろ今までが可笑しかったまである。こんな言い方は少しあれだが、あの四季ナツメと一緒に登校、帰宅するなんて男として誉れ以外の何物でもない。勿論、俺はそんな他人行儀な事は本気で思っていないが、第三者からすればそう見えてしまうのは間違いない。

 

 大体、俺は何様のつもりなのか。すっかり今までの状況に慣れて、四季さんが自分の隣にいる事が当たり前のように考えて。

 俺はこれまでの四季さんの気まぐれに感謝しなくちゃいけない立場だというのに。

 

「…やべ、遅刻する」

 

 こんな所で考え込んでる暇はない。一応余裕をもって仕込みから上がらせて貰っているが、ゆっくりしている時間はない。

 すぐに休憩室に入って作業服を脱ぎ、上からコートを着て、荷物を持って店から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?あれから四季さんとはどうなったんだよ」

 

 一限、二限が終わって昼休み。今日は部活、サークルの話し合いがあるとかでいつも昼を一緒にしてる三人の内の二人がおらず、今は昭久と二人で昼食を摂っている。

 

 そんな時、何の前触れもなく昭久がそう聞いてきた。

 

「…いきなり何だよ」

 

「だってよ、気になるじゃんか。珍しく千尋が俺に相談してきたんだぞ?土日を通して何かあったんじゃねぇの?」

 

「…」

 

 物凄くワクワクしてるのが顔で分かる。こいつ、完全に面白がってやがる。

 

「何もねぇよ。っていうか、むしろ悪化した」

 

「…悪化?」

 

 四季さんとは未だに仲直りという言い方はおかしい気がするが、とにかく気まずさは解消できていない。それどころか、さっき言った通り悪化しているという現状だ。

 

「悪化って何だよ。喧嘩でもしたのか?」

 

「喧嘩ならまだいいよ。どっちかが謝ればそれで終わるんだから」

 

 そう、喧嘩ならばまだ、というよりそっちの方が楽とすら思える。だが、そうじゃない。俺は四季さんに何もしていない。四季さんも俺に何もしていない。喧嘩になんてなっていない。だからこそ、悩みはもっと深くなったといえる。

 

「何かあったのか?」

 

「…最近、四季さんに避けられてる」

 

 面白がっていた昭久が表情を引き締めて問い掛けてくる。どうやらただ事ではないと察してくれたらしい。いや、そこまで大袈裟なものではないのだが。

 

「避けられてるって…、なんで?」

 

「分からん。分からんから困ってる」

 

 昭久が理由を聞いてくるが、それが分かれば苦労しない。むしろそれを聞きたいのは俺の方だ。無論、昭久にその理由が分かるなんてこれっぽっちも思っちゃいないが、猫の手も借りたいというのは正にこの事。

 ほんの少しでも可能性があるのなら…、たとえ塵一欠片程度でも可能性があるのなら、その可能性にすがりたいとすら考えている。

 

「何か分かるか、昭久」

 

「いや、分かるかと言われても…。どういう経緯でそうなったんだよ」

 

「…分からん」

 

「はぁ?」

 

「金曜日は少し気まずいだけで喋れはしたんだ。でも土曜日からだな。明確に避けられ出したのは」

 

「…いきなりそうなったのか」

 

 昭久の問い掛けに頷いて答えてから、お椀を持ち上げて中の味噌汁を音を立てずに啜る。

 ちなみに、今日俺が昼食に選んだのは日替わり丼。今日の丼は鶏天丼だ。くっそどうでもいい話だが。

 

「心当たりは?」

 

「ない」

 

「本当か?細かい事でいい。四季さんと何か、いつもと違う事をしたりしなかったか?」

 

「いつもと違う事…」

 

 続けざまに昭久に質問される。最初の質問である心当たりについては全くないが、しかしその次の質問、いつもと違う事に関しては一つ、引っ掛かる事はあった。

 

「…いや、ないな」

 

「何かあるのか?」

 

「まあ、あるっちゃあるけど…。だから何だよって話になる」

 

「いいから言ってみろって」

 

 昭久に促される。まあ、折角真面目に相談に乗ってくれてるんだしな。それに、俺からは何とも思えなくとも昭久にとっては違うかもしれない。

 そう思い、口を開く。

 

「先週、木曜日だな。店の皆で焼肉行ったんだよ。その帰り、車で四季さんを送ってった」

 

「…ん?車で、ってなに、それは二人で帰ったって事か?」

 

「四季さん以外は断られたからな」

 

 いつもと違う事と聞かれると、思い付くのはこれしかない。四季さん達と焼肉に行ったその帰り、四季さんを車に乗せて帰った事。これくらいしか思い当たらない。

 

「お前…いつの間にそんなカッコいい事を…」

 

「お前は何を言ってるんだ」

 

「かぁぁあああああっ!いいなぁ免許持ってる奴はよぉ!?そんな男らしい事出来て!『助手席、君のために空けておいたよ』ってか?けっ!」

 

「んなくっせぇ台詞言ってねぇよ。つかお前は教習所通うのめんどくさいとか言って通ってないだけじゃねぇか」

 

 確かに四季さんを誘いはしたが、そんな聞くだけで鳥肌がたってくる台詞は口にしてない。その台詞を吐いてる自分の姿を想像するだけで気持ち悪い。言われる方も相当嫌がるのではなかろうか。

 

「で?思い当たるのはそれだけか」

 

「お前さ、テンションの差が激しすぎる。…まあ、いつもと違う事で思い当たるのはこれだけだ」

 

「…時期的にもそこで何かあったって考えるのが自然だわな。四季さんの態度が変わったのが金曜日からって話だし」

 

 そう、時期的には一致する。俺が何かしたのだとしたらまず間違いなくあの時なのだろうが、どれだけ記憶を呼び起こしても四季さんのあの態度に繋がる行動が分からない。

 大体、あの時は殆ど会話もなく、ただ運転しただけに等しかった。それで、どうしたら仲が拗れるのだろう。

 

「運転するお前の横顔に見惚れた、とか?」

 

「俺は真面目に話してるんだが?」

 

「すまん」

 

 ふざけた言葉を口にする昭久を軽く睨む。すぐに謝ってくる昭久だが、小さく浮かべる笑顔は変わっていない所を見るとあまり反省していない様子。

 まあこんな小さい事でとやかく言うつもりはないが。大体見惚れるとか、まるで四季さんが俺を好きみたいな事ある筈がないだろう。俺が四季さんに今まで何をしてきたか知っているのかこいつは。

 

 いやまあ、教えていないのだから知る筈がないのだが。散々冷たい言葉を浴びせられた男の事を好きになる筈がないだろう、常識的に考えて。

 

「あのさ、避けられてるってお前言うけどさ、どういう感じで避けられてんだよ」

 

「どういう感じ、とは?」

 

「避けられ方にも色々あるだろ。普通に相手が嫌いで避けてるのと、所謂好き避けは違うだろ?」

 

「…」

 

 昭久に言われて確かに、と思い直す。昭久が言う様な極端な避け方とは違うだろうが、どちらかといえばこっち、という判断材料にはなるかもしれない。

 俺はここ数日の四季さんの様子を思い返しながら口を開く。

 

「…まず、俺と会ったら驚いたみたいに目を丸くする」

 

「ほう」

 

「んで、視線を外す」

 

「…ふむ」

 

「で、逃げる」

 

「待て待て待て。話が飛んだ。視線を外して即逃げるのか?そこの間の行動は?」

 

「ない」

 

「えぇ…。何かないのか?逃げる直前に睨まれるとか、思い出せ」

 

「んな事言われてもな…」

 

 思い出せと言われても事実これが全てなのだから仕方ないだろう。

 とはいえ一応思い出そうと記憶を呼び起こす。

 一番呼び起こしやすい記憶は当然だが今日の記憶。朝、仕込みを時間まで手伝って厨房から出た時、丁度フロアから出てきた四季さんと顔を合わせた。

 

 確か、その時は─────

 

「…いや分からん。大体本当にすぐ逃げるんだから仕方ないだろう」

 

「…待て、逃げるって言ったな。避けられてるんじゃなく、逃げられてるのか?」

 

「あ?…あぁ、確かに避けられてるというより逃げられてるって言った方が合ってるかもしれん」

 

「…逃げられた時の四季さんの顔って見たか?」

 

「…いや。俺と顔合わせたらすぐ俯いて、そのまま逃げてく」

 

「…」

 

 昭久の顔が呆然としたものになる。何というか、お前正気か、みたいな感じの目で俺を見ている。

 

「おい、何だその目は。言いたい事があるならハッキリ言え」

 

「お前マジか。…いや、お前はこういった事に関しては小学生並だもんな、仕方ないよな」

 

「意味分からないけど、馬鹿にされてる事だけは分かるぞ」

 

「馬鹿にしてるからな」

 

「上等だ表出ろ」

 

 俺は激怒した。この似非イケメンを除かねばならぬと決意した。俺には四季さんの考えている事は分からない。俺はそういった男女の機微に疎い。けれども邪悪には敏感だ。こいつは俺を馬鹿にしている。修正してやらねばなるまい。

 

「落ち着け落ち着け。事実なんだから仕方ないだいっっってぇっ!!?」

 

「お前マジで殴る」

 

「蹴ってから言うなっていうかおかしくね!?」

 

 まあ、相手の脛を本気で蹴ってから殴る宣言する奴なんて少数派だろう。だが、そういう風に多数派少数派と区別するのは良くないと思う。皆違って皆良い、そうだろう?

 

「何も良くねぇ。少なくとも他人の足を蹴るのは良くねぇ」

 

「お前に常識を説かれるとはな。でも先に俺を馬鹿にしてきたのはお前だ」

 

「沸点低すぎだろ…。お前、そんなんだから四季さんに避けられてんじゃねぇの?」

 

「…四季さんは関係ないだろ」

 

「いや、あるね。俺に対する態度もお前の素の一つだ。四季さんと馴染んでる内にその一面が無意識に出てないと言えるか?」

 

「…」

 

 昭久に言われ、ハッとする。確かに、その通りかもしれない。昭久に対する態度程ではないと断言できるが、それでも昭久の問い掛けに俺は全くの否とは答えられない。

 

 …もしかしたら、四季さんに避けられてるのもこれが原因なのか?だとしたら、どうやって四季さんに謝るべきだろう。とりあえず頭を下げるのは確定として、あとは─────

 

「まあ、冗談なんだけど。今のは全部ウソ」

 

「てめぇマジでぶっ殺すぞ」

 

 昭久が腹を抱えて笑う。今までの台詞は全部口から出任せ、俺の反応を見て面白がっていやがった。

 前から薄々感じていたが、俺は友達の人選を間違えていたのかもしれない。いや、間違えた。絶対に間違えた。いい加減こいつと縁を切るべき時が来たのかもしれない。

 

「はぁ…はぁ…、あー笑った。でもさ、やっぱこれは俺の口からは言えねぇわ」

 

「…お前」

 

 一頻り笑い終えて、目に浮かんだ涙を拭ってから昭久が言う。

 その台詞を聞き、もしやと微笑を浮かべる昭久を見る。

 

「分かったのか?四季さんが俺を避ける理由」

 

「実際にその場面を見た訳じゃないから推測だけどな。でも、俺からは言えない」

 

「…また、俺が気付かなきゃ意味ないとか言い出すんじゃねぇだろうな」

 

 昭久の返答は、先週に相談に乗って貰おうとした時と同じものだった。あの時もこいつは自分からは言えないと答え、そしてその後に、俺自身が気付かなきゃいけないと言ってきた。

 

 まさか、また同じ事を言われるとは思わなかった。怒りを通り越して呆れが勝ってくる。

 しかし、昭久の次の言葉は俺が考えているものとは違っていた。

 

「いや、そうじゃない。…まあ、俺が言ったら意味がないというか、色々と台無しになるのはそうなんだけど」

 

「は?どういう意味だ」

 

 昭久は俺の問い掛けを否定した。その後に少し補足をされたが、どうやら前の相談の時とは根本的に違う事を言いたいらしい。

 俺は昭久の次の言葉を待つ。耳を傾ける俺に、昭久はこう言った。

 

「これは、四季さんから言わなきゃ駄目な事だ」

 

「…その心は?」

 

「だから、それを言ったら駄目なんだって。まあ?どうしても知りたいっていうお前の気持ちは分かるけど?」

 

「…」

 

 ニヤニヤしながら煽るように言葉を掛けてくる昭久。またこいつの脛を蹴ってやろうか。寸分違わず同じ所、左足の急所を。

 

「でも、四季さんもこのままで良いとは思ってないだろうさ」

 

「何でそんな事分かるんだよ」

 

「分かるから、としか言えないな。多分、今日辺り四季さんの方から話しかけてくるだろうから、待っててやれよ」

 

 それはまるで予言だった。いや、実際に予言なのだろう。こいつは本気でそう考えて俺にその台詞を言っている。

 

 根拠は分からない。多分、それを聞いてもこいつは答えてくれない。

 

「あ、一応忠告しとくけど、お前から無理矢理四季さんと話そうとしたりするなよ?絶対に逃げられるし、その分仲直りは遠くなると思え」

 

「…マジで何でそんな風に断言できるんだよ。まあ、とりあえず了解」

 

 どうせ俺ではどうするべきかなんて分からない。それなら、一応友人であるこいつのアドバイスを聞くべきなのだろう。それに、俺の知り合いの中で男女の機微についての知識量でこいつの右に出る奴はいない。

 

 なら、賭けてやろう。これでこいつの言う事が出鱈目だったら、今彼女がいる癖に昨日他の女の子とデートしてた事を広めるだけだ」

 

「おい馬鹿やめろ!てか、お前見てたのか!?いやそうじゃなくて、あれは違う!」

 

 あぁ、どうやら口に出てたらしい。どこから口に出ていたかは知らないが、こいつが必死な所を見ると、今彼女がいる~って辺りからだろうか。

 違うって、何が違うんだろうか。手を繋いだり腕を組んだりという明らかな行為はしていなかったが、普通に距離が近かったし、端から見れば完全な浮気だった。

 

「あの子に彼氏の誕生日プレゼントを選ぶ協力を頼まれたんだよ!だからお前が考えてるのとは違う!」

 

「あはははは、何だそれ、まるで物語みたいな展開だな。もしこれが物語だったら、お前とその人が二人で歩いてる所を彼女が目撃して修羅場直行だろうな」

 

「いやいやそんなベタベタな事ある訳が…。あれ、もしかして昨日の夜から連絡とれないのって…?」

 

 何やらあっちはあっちで雲行きが怪しくなってきている様だ。修羅場に巻き込まれるのは御免だ。良さげなアドバイスをくれて感謝はしているが、俺は力になれそうにない。そっちの事はそっちで何とかしてくれ。

 

 そして、こっちの事はこっちで何とかしよう。といっても、昭久のアドバイスを参考にするのなら、俺からは何もしないというのが唯一とれる行動なのだが。

 本当にこれで、四季さんとの関係性は元に戻るのだろうか。

 

「頼む…、頼むから返事をくれ…。マジで違うんだ…。だから…頼む…」

 

 スマホの画面を食い入るように見る昭久に一抹の不安を抱きながら、俺は鶏天丼を食べ進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




昭久君の修羅場は書きません(断言)
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