喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第四十四話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月23日、つまりクリスマスイブイブと呼ぶ人もいるその日の夜。今日は店が定休日でバイトは休み。その日、講義が終わってすぐにキャンパスを出た俺は辺りが真っ暗になった今までずっと外を歩き回っていた。

 目的は探し物、或いは買い物というべきか。どちらにしても、明日のために必要なものを探し回っていた。何を探し、買いに行っていたのかは、まあ明日が何の日かを考えればすぐに分かるだろう。

 

 そう、クリスマスイブ。そして四季さんと遊びに出る約束をした日。イブではあるのだが、やっぱり準備した方が良いと…というか、準備したいと思い、プレゼントを買いに行っていた。

 同年代の女の子にプレゼントなんて初めてだから何を買えばいいのかさっぱり分からず、まだ辺りが明るい時刻に講義が終わったにも関わらず帰りが大分遅くなってしまった。

 

 綺麗に包装された四季さんへのプレゼントをテーブルに置いて、着ていたコートを脱ごうとして、ふと目に入った時計を見て動きを止める。

 内心で自分に呆れてしまう。そりゃ疲れる筈だ。講義が終わってから今、八時までずっと歩き回っていたのだから。といっても、帰りに夕飯を食べてきたから、その影響も少なからずあるのだが。

 

「…」

 

 スマホをとって、電源を入れる。親指で画面をタップし、ブラウザを開いて明日の天気を調べる。

 明日の美和市周辺は一日中晴れの予報だった。降水確率0%、絶好のデート日和といえるだろう。

 

「デート、ね」

 

 つい口の端が笑みの形を描く。たった二ヶ月。そんな短い間で、随分と周りを取り巻く人間関係が変わったものだ。

 ほぼ毎日のようにバイトに行くようになり、親しい友人が増え、挙げ句愛しい人が出来た。

 

 最初に高嶺に出会ってからこうも変わっていくとは、以前の俺に話しても絶対に信じようとしないだろう。そんな筈ないだろう、と笑い飛ばすに違いない。未来の俺を見て、夢でも見たんだろ、と馬鹿にしながら言うに決まっている。

 

 しかし夢じゃない。これは全部現実だ。俺は今、本当に恋をしている。この恋を叶えたいと願っている。

 

「…そういや、あいつはどうなったんだろ」

 

 明日のデートに思いを馳せていると、ふと今日デートの予定だった筈の二人を思い出す。もう解散しているだろうか。いや、もし高嶺の告白が成功していたら、まだ二人で過ごしている可能性は大いにある。

 二人のデートがどうなったかは大いに気になる。気になるが、もしそうだった場合、連絡をすれば間違いなく邪魔になる。

 

 しかし気になる。近しい友人二人がデートをして、しかもその友人の一人が告白をすると宣言していて。そんな二人がどうなったのか気にならない筈がない。

 

「?」

 

 やっぱり高嶺にライムを入れて聞いてみよう、そう決意をした時だった。スマホから通知音が鳴る。すぐにライムを立ち上げて受信したメッセージを確認する。

 

「四季さん?」

 

 そのメッセージの送信者は四季さんだった。会話画面を開かなくとも全文が読める短いメッセージ。

 

 画面には、“高嶺君から聞いた?”と書かれていた。

 

 聞いた、とは一体何の事をいっているのか、大方の予想はついている。四季さんも俺と同じく、昨日高嶺から相談を受けた一人だ。恐らく、高嶺と明月さんのデートがどうなったのか、高嶺の告白は成功したのか、そもそも高嶺は告白できたのか。等の意味が込められていると思われる。

 

 “聞いてない”

 単純に一言で返信する。直後、流石に淡白すぎると思い、続けて“四季さんは?”ともう一言続けてメッセージを送信する。

 

 返信はすぐに来た。そのメッセージを見て、他人の事だというのに、俺自身もショックを受けたのをすぐに自覚した。

 

 “ダメだったって”

 四季さんからの返信はまたも短いメッセージで、そう送られてきた。

 何がダメだったかなんて、考えるまでもない。要するに高嶺はフラれたのだ。

 

 “明日、どうしようか”

 四季さんから続けてメッセージが送られてくる。このメッセージもまた主語がなく要領の得ないものだったが、当事者である俺には分かる。

 

「…マジでどうすんだ」

 

 明日、クリスマスイブ、つまり四季さんとのデートの日だ。正直な話、明日が待ち遠しいという気持ちに完全に水を刺された。

 こういう言い方をすると高嶺が悪いみたいな風に聞こえるかもしれないが、勿論そんな事は微塵も思っていない。

 

 ただ、親しい友人が失恋をした他所でデートをするというのはどうしても気が乗らない。

 きっと四季さんも同じ気持ちなんだと思う。いや、四季さんは俺と違って優しいから、俺以上に心を痛めているかもしれない。

 

 そんな気持ちでデートをして、果たして楽しめるのだろうか。

 

「…無理だろ」

 

 俺は多分、割り切れる。俺は俺、高嶺は高嶺と割り切れる。だが四季さんは多分無理だ。そんな風に割り切れない。

 四季さんは優しいから、割り切る事が出来ない。そんな状態でデートをしたって、楽しめない。

 

 それならば、今からでも中止にした方が良いのではなかろうか。

 

「─────」

 

 ライムの通知音が鳴る。四季さんからか、と思って画面を見るが、開いている四季さんの会話画面にメッセージは追加されていない。

 ならば誰がメッセージを送ってきたのか。一つ前のページ、ホーム画面に戻して誰からのメッセージかを確認する。

 

「…高嶺」

 

 一番上に名前があったのは高嶺だった。そこをタップして高嶺との会話画面を開く。

 

「バカだろ。他人の心配してる場合かお前は」

 

 画面を見て、つい笑みを溢す。そこには、高嶺からのメッセージが書かれていた。

 

 “俺を気にして明日のデートを中止にしたら許さないぞ”

 

 本当にバカかあいつは。ショックだろう?悲しいだろう?悔しいだろう?なのに、他人の心配なんてしてんじゃねぇ。

 高嶺のお人好しぶりに色んな感情を通り越して笑っていると、俺が返信を返す前にもう一通、高嶺からメッセージが届いた。

 

 “俺はまだ諦めるつもりはない”

 

 そのメッセージを見てつり上がった頬が戻る。

 それは、愚かな一人の男の無意味な決意。そして、その決意をさせたのは、きっと諦めるなと言葉を掛けてしまった俺なのだろう。

 

 “どれだけ短い時間だろうと、その時が来るまで明月さんと一番濃い関係でいたい”

 

 あぁ、何と愚かしい。残された時間は限りなく少ない、それを分かった上でとった高嶺の選択を、以前までの俺ならば笑い飛ばしていただろう。

 止めておけと、馬鹿らしいと。諦めずたとえ想いが遂げる事が出来たとしても、どのみち結末は変わらない。むしろ想いを遂げてしまった方が、その結末によって刻まれる傷は深くなる。

 

 “それでも俺は、明月さんと一緒にいたい”

 

 高嶺の決意は固かった。自身がどれだけ愚かか、それを自覚しながらも、今愛する女性に想いを届ける事を選んだ。

 

「…そうか」

 

 友人の大きな決意を目の当たりにして、まさか俺が尻込みする訳にはいかない。高嶺との会話画面を閉じて、再び四季さんとの会話画面を開く。そして一言、短いメッセージを入力して送信する。

 

 

 “いや、行こう”

 

 “俺は四季さんとデートしたい”

 

 何の誤魔化しもない俺の本心を載せて送信したメッセージにすぐ既読がつく。

 

 四季さんにも高嶺から、一部省いた箇所はあれど同じ内容のメッセージは届いていたと思われる。

 それでも─────

 

 “わかった”

 

 “私も柳君とデートしたい”

 

 四季さんから返ってきたメッセージは、俺の心を舞い上がらせるのに十分な威力を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三限目の講義が終わる時間を知らせるチャイムが鳴り響く。その音を聴いた講師が話を止め、今日はここまでと口にして講義の終わりを告げた。

 

 直後、一斉に同じ室内にいる学生達がそれぞれ行動を始める。周りの友人と会話を始める者、机の上の資料を鞄に仕舞う者、主に分けるとすればこの二種類。俺は当然の如く後者だ。

 今日は12月24日、クリスマスイブ。今は店で仕事をしているか、或いはそろそろシフトを抜けて準備を始めているかしているだろう四季さんとの約束がある。

 

「おいおいどうした、いつにも増して急いで」

 

 明久から声が掛けられるが、すぐには返事を返せなかった。この後、四季さんとデートをするという事で頭が一杯で、明久からの言葉を理解するのが僅かに遅れてしまった。

 

「今日もバイトだろ?何か急ぎの仕事でもあんのか?」

 

「いや、今日は休み貰ってる」

 

「は?」

 

 鞄に資料を全部仕舞い終わってから、椅子の背もたれに掛けていたコートに腕を通す。

 

「休みって…、珍しいな。ワーカーホリック疑うほど働きまくってたのに」

 

 ワーカーホリックは言い過ぎだ、と口に出してツッコめないのが地味に痛いところだ。実際、バイトとはいえ週六出勤してる人がいれば俺だってワーカーホリックを疑う。そんでメンタルカウンセリングを勧める。

 

「約束がある」

 

「約束?」

 

「あぁ、それじゃ俺急ぐから」

 

「あ、おいっ」

 

 体の前のファスナーを閉め、鞄を持って友人達から離れる。背後から聞こえてくる声を無視して、講堂を急ぎ足で出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

「何だよあいつ、あんな急いで」

 

「約束って、今日にか?」

 

 言ってから、男二人で顔を見合わせる。少しの間そうして視線を交わし続けてから、二人は同時に笑い出す。

 

「ははははははは、ないない!柳に限ってそれはない!」

 

「だよな!あんな女っ気の欠片もない奴がイブにデートとか─────」

 

「そうそう!イブにデートなんて─────」

 

 笑い合っていた二人が同時に言葉を止める。目を見開き、わなわなと唇を震わせ、もう一度二人で顔を見合わせる。

 

「女っ気の…欠片も…」

 

「…あ、ある。あるぞ、おい…」

 

 顔を真っ青にしてガタガタ震えながら、二人はゆっくりと同じ方向に視線を向ける。

 視線を向けた方にいるのは、二人よりも奴と親しく、奴の事情を深く知っているであろう、草野昭久だ。

 

「いや、悪いが俺も知らん」

 

「草野、嘘を吐けばたとえお前でも刺し違える覚悟はあるぞ」

 

「怖ぇよ、てか知らん。マジで知らん」

 

 昭久ならば知っているのでは、と期待するもその期待は外れる。昭久は本当に何も知らないらしい。

 

 だが昭久は今日の事について知らずとも、二人よりも更に深い事情を知っている事には間違いないのだ。

 

「でもあいつ、最近四季さんと更に親しくなってるっぽいぞ」

 

「…は?」

 

「だから、今日四季さんとデートしてても不思議じゃないと俺は思う」

 

「「─────」」

 

 昭久のその言葉に、二人はギギギ、と機械染みた動きで昭久から視線を外し、三度互いに顔を見合わせる。

 そして、同時に一度、頷き合った。

 

「ぎるてぃ」

 

「しけい」

 

「しっこうゆうよなし」

 

「じょうこくはききゃくします」

 

「…どうでもいいけど、俺も彼女と約束あるから先帰るわ」

 

「がああああああああああきさまあああああああああああ!!!」

 

「喧嘩してたんじゃなかったのか!?あぁ!?」

 

「んなのとっくに仲直りしたわ。て事で、んじゃ」

 

「ち…ち、ちくしょぉぉぉぉがぁぁぁぁああああああああああ!!!」

 

「おい、今日は飲むぞ!飲まなきゃやってらんねぇ!!!」

 

 人が少なくなってきた講堂内で、モテない男の悲しい雄叫びが響き渡る。

 

 そんな悲しい二人を背後に置き去りにして、昭久もまた足取り軽く講堂を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…?」

 

 建物から出たところで何か聞こえた気がして足を止めて振り返る。視線を向けた先には特に何もなく、ただこちらを気にせず歩く学生の往来があるだけ。

 彼らの話し声が耳に入っただけだと結論付けて、視線を前に戻して足を動かし走り出す。

 

 アパートから大学へ行く際のルートを逆に辿り、最短時間でアパートに着く様に努める。駆ける足は止めず、信号待ちの時間を休憩代わりに、アパートへと急ぐ。

 この道をこんな風に走るのはいつ以来だろうか。大学に遅刻ギリギリに行くなんて記憶になく、もしかしたら以来どころか、ない可能性だってある。まあそんな事はどうでもいいのだが。

 

 バイトを始めてからほとんど見なくなった景色もアパートに近づく毎に馴染み深い景色に変わっていく。

 交通安全の旗が立てられた交差点を左に曲がってすぐの所にある建物の前で足を止め、扉を開けて中に入る。階段を駆け上がり、二階の扉の鍵を開けて部屋の中へ入る。

 

 靴を脱ぎ、玄関から俺の部屋に入って最初にしたのは車のエンジンを掛ける事だった。そのまま車の鍵をポケットに入れて、大学に持っていった鞄から財布とスマホを取り出す。そして忘れず、PCデスクの上に置いていた四季さんへのプレゼントを忘れず持ち、一度鏡で自分の姿を確認し、走って乱れた髪型を直してからすぐに部屋を出る。

 

 部屋の鍵も忘れず掛けて、階段を降りて外へ、駐車場に停めてある車の鍵を開ける。四季さんへのプレゼントをグローブボックスに入れて、運転席に腰を下ろす。

 車内はあらかじめエンジンを掛けておいたお陰か、僅かな時間だったとはいえ心なしか温かくなっている気がする。

 

 車のエンジンを掛けてセレクトレバーをドライブに、そしてサイドブレーキを下ろしてから車を発進させる。

 

 普段は歩道を歩き、ゆっくり流れる景色があっという間に流れていく。アパートから店まで十分ほど、車では五分と経たずに店へと着いてしまった。

 

 前方に小さく見えてくる白い建物。そして、その前に立つ誰か。

 その人が誰なのか、ハッキリと見えてくる前に分かってしまう。

 

 その人がこちらに目を向ける。それと同時にブレーキレバーに足を掛けて力をゆっくり込める。

 車は次第に減速していき、やがてこちらを見ていたその人の前で止まる。

 

 助手席の窓越しにその人と目が合う。その人は瞳に僅かに緊張を込めながら俺を見ていた。

 

 見つめ合った時間は数秒、すぐにガチャりと扉が開かれ、その人が車内に乗り込んでくる。

 

「お邪魔します」

 

「邪魔じゃないから」

 

 妙に畏まった挨拶と共に助手席に座ったその人、四季さんに苦笑いしながら、短く返事を返す。

 

 クリスマスイブの日。四季さんとのデートの始まりは、やや締まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から本格的にデートの話に入っていきます
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