二部構成の予定が三部構成になりそうなデート話、始まります。
四季さんを乗せて車を走らせる。発進の直前、店の窓に見えた数人の人影は見なかった事にしておく。あれは気にしたら負けだ。自分にそう言い聞かせながら、アクセルを少しずつ踏み込んでいく。
「…」
横目で助手席に座る四季さんを見る。大人っぽい服装をした四季さんは黙って前を見ている。その表情が緊張で固くなっているのはすぐに分かった。
思えば以前、皆で行った焼き肉の帰りでもこんな顔をしていた気がする。だがあの時よりも今の四季さんの方が固くなっている気がする。
「何緊張してんだよ、四季さん」
意識して明るく、からかっている風に聞こえるよう努めて四季さんに声を掛ける。
すると四季さんは小さく体を震わせた後、僅かに赤く染まった顔を向けてこちらを見上げた。
「緊張なんてしてないっ」
「それにしては口数少ないじゃん」
「…」
言い返す言葉が見つからなかったか、不貞腐れた風に四季さんがそっぽを向く。その姿を見て自然と笑みが溢れる。
いつもはクールな四季さんだが、時おり見せる子供っぽさがとても微笑ましい。普段の大人っぽい姿とのギャップは、ステラで働いている四季さんと近しいメンバーでしか見れないものだ。
そのギャップを今、俺は独占している。我ながら気持ち悪いと自覚しているから当然口に出すつもりはないが、正直可愛いすぎる。
─────本当に気持ち悪いな、俺。それに、四季さんの口数が少ないのはきっと、緊張しているからだけじゃない。
「高嶺の事を気にしてるんだろ」
「っ─────」
小さく息を呑んだ声が聞こえた。そっぽを向いた四季さんが再びこちらを向く。
「正直さ、俺も昨日四季さんに今日どうするか聞かれた時、中止にすべきかって頭過った」
「…」
四季さんは黙って俺を見上げたまま耳を傾けている。俺は赤になった信号機の前で車を止めてから続ける。
「でも、四季さんにも届いただろ?高嶺からのライム」
「…うん」
少し間を置いてから、四季さんは俺の問い掛けに頷いた。その頷きを見て、更に続ける。
「高嶺はまだ諦めてない。なのにあいつに対して気を病むのはあいつに失礼だ。そう思わないか?」
「…」
フラれたとはいえ、高嶺自身が諦めていないのならそこで終わりじゃない。まだ結末は決まっていない。
だというのに、フラれた事にだけ目を向けて気に病むのは、高嶺に対する侮辱ではなかろうか。
「そう、かもね」
「だろ?だから今日は高嶺がフラれた事なんか忘れてパーっと楽しむべきだ」
「そこは柳君次第かな。あんまりつまらなかったら途中で帰るから」
「やめろやめろ、プレッシャーを掛けてくるな」
いつもの調子を取り戻した四季さんにプレッシャーを掛けられ思わず苦笑する。
「大体俺次第って、今日何するかは四季さんも知ってるだろ」
「これから見に行く映画のチョイス、その後行くイルミネーションがどうなのか。それ以外にもふとした時の仕草とか、女の子は見るものよ?」
「終わりじゃん。自信失くした」
「諦めるなよ」
軽いノリで話す四季さんに、もうさっきまでの暗い空気はなかった。これならもう大丈夫だろう。
車通りの多い国道沿い、最初の目的地であるショッピングモールの駐車場に車を入れる。
クリスマスイブという事でかなり混雑しており、俺達以外にも空きスペースを探して車を走らせる人達は多くいた。
しかし幸運にも駐車場に入ってから数分と経たず、丁度通りかかった所で一台の車が発進してくれたお陰で、入れ替わりで車を駐車する事が出来た。
エンジンを止めて車を出て、四季さんと並んで駐車場を歩き、建物の中へと入る。
映画館がある五階にエスカレーターを使って上がり、店が立ち並ぶエリアとは雰囲気が違う場所へ足を踏み入れる。
「だいぶ混んでるわね」
「…事前に何見るか決めて予約すべきだったか」
映画館には大勢の人達が集まっていた。家族で、或いはカップルで、はたまた友人同士で。とりあえず、一人で来ている人はいなかった事だけは言える。多分。
これだけ人数がいると、二人分の席がとれるか不安になってくる。
「さて、と。じゃあ、何を見ようか─────」
しかし今さら後悔したって遅い。幸いこの建物内には映画以外の娯楽もある。そっちも混んでいるだろうが…、とにかく席がとれなかったら、違う場所を覗きに行けば良い。まさか全部の施設が一杯で遊べない、なんて事はないだろう。多分。
そう思い、本日上映される映画とそのスケジュールが載った掲示板に書かれたとある一点を目にして、動きを止めた。
─────リベンジャーズ…だと…?再上映してたのか!?知らなかった…!
リベンジャーズとは、アメリカで連載されていた漫画を原作とした大人気ヒーロー映画である。現在まで三編上映されていて、掲示板にはその中の最初の話、第一部目のタイトルが書かれてあった。
ハッキリ言おう。見たい、超見たい。一度映画で見た事はあるし、何なら部屋に現在まで上映された三部分のブルーレイディスクはある。
だが、見たい。何故なら─────
─────でかいスクリーンと迫力満点の音響を味わいたい!
からだ。家で見るのと映画館で、大きいスクリーンで見るのとはその後の余韻がまるで違う。だからこそ、この再上映は絶対に見逃したくない。だが─────
─────それは、今日じゃない方が良いんじゃないか。
俺一人で来ていたなら迷わず選んでいたが、そうじゃない。今、俺の隣には好きな女の子がいる。
「四季さんは何が見たい?」
だから、欲望に従って流されようとする心を律し、隣の四季さんに質問する。
四季さんは一度俺の方を見てから掲示板へと目を向け、んー、と声を漏らしながら今日上映される映画達の一覧を見通す。
「…これかな?」
「っ─────」
やがて、四季さんはあるタイトルを指差す。
その映画のタイトルは、“リベンジャーズ”。
どくん、と心が高鳴る。これで憂いなく見たい映画が見れる、と。そんな浅ましい欲が表に出そうになる。
「…四季さん」
「ん?」
「俺に気を遣ってるんなら、やめてくれ」
だが、こちらをどこか微笑ましげというか、優しげに見る四季さんの顔を見て我に返る。
どうやら俺の内心の気持ちは見抜かれていたらしい。何故分かったという疑問が湧くが、まあそこはいい。問題はこれから見る映画が、本当にそれで良いのか。四季さんは本気でこれを見たいのかだ。
先程言った通り、俺に気を遣ってそう言っているのなら、それは無用な気遣いだ。四季さんの気持ちを無視してまで見たいなんて思っていない。
そう考えてその台詞を口にしたが、四季さんは笑顔をそのままに口を開いた。
「柳君も私に気を遣ってくれたじゃない」
「は?…いつ?」
「車の中で。高嶺君の事を考えてた私に」
「─────」
四季さんの返答は全くもって予想外のものだった。思わず言葉を失くし、しかしすぐに気を取り直して返事をするべく口を開く。
「あれは別に気を遣った訳じゃない」
「ふーん?じゃあ、私も柳君に気を遣った訳じゃないから」
「いや、じゃあって」
返し方がおかしい。その返し方だと、本当に俺に気を遣ってるみたいじゃないか。
いや、みたいじゃなくて事実気を遣ってたのか。それもそうか。デートで、それもクリスマスイブに派手なアクション映画見るとか、いるかもしれないが少数派だろう。
「でも、柳君はこれを見たいんでしょ?」
「…まあ、見たい」
「なら見よう?正直私も、恋愛ものよりもこういうものの方が好きだし」
そう言って、四季さんは俺のコートの袖を掴み、券売機の方へ足を向ける。
四季さんに引かれるまま、俺も券売機の方へと歩き出す。結局その後、俺と四季さんは二人で“リベンジャーズ”を見る事となった。
最初、券と飲み物を買って席に座った時は、本当に申し訳なさで一杯だった。四季さんを楽しませたいと思っていたのに、どうしてこうなったのか。申し訳なさの後に、情けなさが湧いてきた。
だがそれも、物語が始まり、進む毎に薄れていった。物語に、役者の演技に、ド派手なアクションに一気に引き込まれていく。
─────映画が終わったら四季さんにお礼言おう。
物語はクライマックスシーン。遂に主人公とライバルの因縁のバトルが始まる直前、ジュースを飲もうと、手をカップの方へと伸ばした。
直後、俺の手に当たる、温かくも柔らかな感触。
「っ─────」
それが四季さんの手だと即座に分かった。驚きすぐに手を引き、画面に向けていた目を隣の四季さんの方へ向けた。
「…」
結論から言うと、四季さんは俺の手が当たった事に全く気付いていなかった。スクリーンにとられた目は輝き、興奮しているのか僅かに頬が赤らんでいる。
会場内で響き渡る金属音。スクリーンでは主人公とライバルが剣をぶつけ合い、戦いを繰り広げるシーンが映し出されていた。
─────なんだそりゃ。
四季さんの横顔を見ながらつい笑みを噴き出す。映画を見る前は、俺に気を遣ったとか、恋愛映画よりは、とか言ってたくせに、メチャクチャ楽しんでるじゃねぇか。
スクリーンにはこの物語の目玉である最後のバトルシーンが、俺も最初に見た時は目を奪われ他の何事も考える余地がなかった程の絵が映されている。
しかし、今の俺にはそれよりも意識が奪われるものがあった。
「っ!」
「…」
主人公が高所から落ちそうになったシーンで、四季さんの体がびくりと震える。その表情は緊張に満ちていて、これからどういう結末を迎えるのかという不安に濡れていた。
「ぁっ…!」
隣にいた俺の耳には届いた、僅かに漏れた四季さんの声。今、何とか片手で繋ぎ止めていた主人公の体が空中に投げ出された。
「あぁっ…!」
それだけじゃない。主人公は眼前のライバルを道連れにしようと腕を伸ばし、そのまま引きずり込む。そのまま二人はきりもみしながら落ちていき、そして─────
映画が終わり、劇場を出る。その間、会話はなかった。しかしそれは気まずいとか空気が悪いとか、そういう理由からではない。
「四季さん」
「ん?」
「面白かった?」
「すっごく面白かった」
興奮冷めやらぬといった様子で四季さんがこちらを見る。劇中の時から分かってはいたが、かなりお気に召したらしい。
四季さんって、こういう映画好きだったのか。いやでも、見る前の様子からしてアクション映画は趣味じゃなさそうだったな。
つまり“リベンジャーズ”が偉大だという事か。
最後に思考停止すんなとかいう声が聞こえる気がするが、知らん。“リベンジャーズ”は神、以上。
「アクション映画ってあまり見た事なかったけど、これは凄く面白かった。シリーズ物って知ってるのに、最後主人公が死んじゃうんじゃないかってドキドキしたし」
まあシリーズ物でも主人公が死んで、次回作で新しい主人公が出てくるっていう作品はあるから四季さんのそのドキドキは断じておかしいものではない。
大体俺なんか何度も見てるのにラストシーンは普通に興奮するし。今日はちょっと違う事に気を取られてたけど。
「柳君も満足した?」
「え?」
映画のラストシーン辺りの自分の行動を思い出し、内心苦笑いしていると、四季さんに声を掛けられる。
全く違う事を考えていたせいでつい驚いてしまい、疑問系で聞き返してしまった。
「え、じゃなくて。これ、柳君が見たいって言ったから見たんだけど?」
「…俺は見たいなんて言ってないし」
「顔が言ってたの」
どんな顔してたんだよその時の俺。多分、相当分かりやすい顔をしていたんだろうな。
「もしかしてつまらなかった?」
「そうじゃないさ。家で見るのとは全然迫力が違ったし、面白かった。ただ…」
「ただ?」
「…いや、何でもない。忘れてくれ」
危ない。ついとんでもない事を口走る所だった。
危うい所で言葉を呑み込み歩くペースを少し上げる。
「あ、ちょっと。ただ、何?」
しかしすぐに四季さんが追い付いてきて、俺が言い掛けた事について食い下がってくる。
「忘れてくれ」
「あんな言い方されたら気になるでしょう」
「それでも忘れてくれ」
「柳君」
「なんだ」
「言って」
「やだ」
どれだけ食い下がってきても言うつもりはない。言える筈がない。
映画が面白かったのは本当だ。だけど最後の方、楽しそうにする四季さんばかり見ていて、クライマックスを見逃した。
なんて、言える筈がないじゃないか。恥ずかしすぎる。
「柳君」
「言わないぞ」
「…」
「言わないぞ」
「…はぁ、分かったわよ」
不満げにしながらも引き下がる四季さんに、内心で安堵の息を漏らす。
確かに俺もあんな言い方をされれば気になっていただろうし、四季さんの気持ちも分かるのだが、それでも無理だ。四季さんにだけは絶対に言えない。
「すまん。何か奢るから許してくれ」
「…私、そんなチョロいつもりはないんだけど」
「ならいらないのか?」
「…四階にある喫茶店のパフェ。それで許してあげる」
「仰せのままに」
チョロくないと言いながら、結局食べ物で許してくれる四季さんの優しさに感謝しながら、映画館を出た。