喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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デート回、三話目です


第四十七話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ…」

 

 そこに足を踏み入れた直後、四季さんが感嘆の声を漏らす。俺も表に出す事はなかったが、内心では心を動かされていた。

 

 目の前に広がるのは光の芸術。足を踏み入れた者を歓迎するかのように瞬くイルミネーションは、視界に収まりきらない程に、どこまでも広がっているとすら思えてしまう。

 

「四季さん」

 

 俺も四季さんも目の前の光景に圧倒され、立ち止まってしまった。ここでこうして見続けるのもまた一興とは思うが、それでは流石に勿体ない。

 四季さんに呼び掛けて促し、ようやく道を歩き始める。

 

 道は基本一本道で、順路に従って歩いていく形式だ。途中で分かれ道もあったが、そこには必ず矢印が描かれた看板が置かれており、その指示に従って見物客は道を進む。

 

 人の流れはゆっくりで、どの人も絶えず辺りを見回す。俺も例に漏れず、周囲の景色を堪能しながらゆっくり歩く。

 涼音さんからは盛大にやってると聞いていたし、ここについて調べる際、ホームページに載っていた写真も見た。しかし実際に目にするのとはまるで受ける印象が違う。正直ここまでとは思わなかった。

 

 ここまで魅了されるとは、思っていなかった。

 

 四季さんもどうやら俺と同じ気持ちの様で、この景色に魅せられているらしい。入場してからここまで、会話が一つもない。それ程までに、ここのイルミネーションが綺麗だった。

 

「ねぇ柳君、あれ」

 

「ん?」

 

 いい加減何か喋らなければ、と思ったそのタイミングで、隣からくいくい、とコートの袖を掴まれ引っ張られる。掴まれた袖の方、つまり四季さんの方に振り向くと、四季さんは俺がいる方の向こう側を指差していた。釣られて俺もそっちの方に視線を向ける。

 

 そこにあったのは、たくさんのライトで形作られた猫だった。四本足で立っているその猫は、何故か頭の上にこれまたライトで形作られた王冠を乗せている。

 その光景に、どうも既視感を覚えてしまう。だって、あれは──────

 

「閣下にそっくりじゃない?」

 

 王冠を乗せた猫。そこから連想されるのは一人…というより一匹だけ。そう、ミカドだ。

 

「確かに似てるけど…、ミカドはもう少しポッチャリしてないか?」

 

「あー…」

 

 しかし、あの光の猫はスタイルが良すぎる。一方のミカドはもう少しポッチャリしているというか、何というか。

 

「足もあそこまで長くないし」

 

「…」

 

「胴体もあんなにスラッとしてないし」

 

「…」

 

 何故かは知らないが、俺が言葉を重ねる毎に四季さんの体が震え出す。

 

「あいつ、貴族の誇り~とかよく言ってるけど、胴体短い足短いって貴族の誇り全く感じない体型だよな」

 

「っ…ふふ、あはははははは!もうダメ!」

 

 そして、今の言葉が止めになったらしく、四季さんが大きく笑い出した。どうやらあの震えは笑うのを我慢していたものだったらしい。

 

「でも太ってる訳じゃないんだよな、筋肉あるし。…ゴリマッチョなだけで」

 

「閣下が…、ゴリマッチョ…、あはははは!」

 

 ツボにはまったらしく、四季さんは遂に立ち止まってその場でお腹を抱えて笑い出す。

 俺も四季さんから僅かに遅れて立ち止まり、四季さんの笑いが収まるのを待つ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 次第に笑いは収まってきたものの、笑いすぎたようで、四季さんの息が荒くなっている。笑いすぎた事で目が潤み、寒さと相まって頬も赤く染まっている。

 

 ─────エロい。

 

 四季さんには申し訳ないと思うのだが、息を整える四季さんの姿が色っぽい。時折俺達を追い越していくカップルの内の男が四季さんに目を向けて、彼女に肘打ちされる姿が見られた。

 多分、イルミネーションを回った後喧嘩になるんだろうな。修羅場る光景が簡単に思い浮かぶ。

 

「大丈夫か?」

 

「うん…。ふぅ~…、大丈夫」

 

 一頻り笑い終えた四季さんは呼吸を整え、落ち着いた事を確認してからどちらからともなく再び歩き始める。

 

 ライトに照らされた道を歩き、途中で光のトンネルを潜り、ライトの光で象られたクリスマスツリーを眺め。やがて、このイルミネーションの最後の目玉が姿を現す。

 

 先程もいったが、このテーマパークは海沿いにあり、今まで歩いてきた道程の中でも水路が何本かあった。

 その水路を流れる水の行き先。そこが、このイルミネーションの最後の目玉がある場所である。

 

 円形の広場、その中心に広がる巨大な池。そしてその水上に浮かぶのが光の宮殿。

 

「─────」

 

 言葉が出ない。その光景を言い表す言葉が見つからない。光の宮殿に、そして宮殿を形作る光にライトアップされる水面に、どうしようもなく魅せられる。

 

 四季さんも俺と同じ状態に陥っているらしい。光の宮殿の前で立ち止まってからずっと、何も喋らない。多分、俺と同じく目の前の光景に目を引かれているのだろう。

 

「っ」

 

 ふと、隣の四季さんの横顔を見る。そして、息を呑んだ。

 

 光の宮殿に魅せられる四季さんの横顔。映画に釘付けになっていた時とは違う表情を浮かべた四季さんの横顔。

 

 ─────綺麗だ。

 

 直感的にそう思った。映画を見ていた時は、コロコロと表情が変わる姿を面白がっていた節もあったのだが、今は違う。

 ただ、好きな人の横顔に見惚れた。

 

『君の方が綺麗だよ』

 

 ドラマなんかで、今みたいな状態の時に男側が言うくっさい台詞。まさかそれと同じ事を考えるなんて、思いも寄らなかった。

 

「…ん?どうかした?」

 

 流石に無遠慮に見すぎてしまったらしい。俺の視線に気付いた四季さんがこちらに振り向く。

 映画を見終わった後と状況は似ている。ただ、今は絶対に本当の事を言いたくない。あの時に言う四季さんの顔を見ていたという台詞と、今言う四季さんの横顔を見ていたという台詞が持つ意味はかなり違ってくる。

 

「いや、何でもない」

 

「そう?」

 

 映画館にいた時とは違い、四季さんはあっさり引き下がる。それを見て、内心で物凄くホッとした。

 それと同時に、もう一度横目で四季さんの横顔を見る。

 

 ─────あぁ、マジで好きだ。

 

 結果、自分の気持ちを再認識する。俺はこの女の子が好きだ。四季ナツメという女の子が好きだ。四季さんが好きだ。四季さんと手を繋ぎたいし、キスしたいし、その先だってしたい。

 自分で気持ち悪いと思う余裕もない程に、好きだという気持ちが溢れてくる。ダメだ、抑えろ、と叫ぶ理性を欲望が押し退ける。

 

 もう、いいだろう。充分我慢した。限界だ。

 俺は想いのままに、口を開こうとして─────

 

「ずっと君が好きでした!俺と付き合ってください!」

 

 突如聞こえてきた大声の告白に、四季さんと一緒に声がした方へ振り向いた。

 

 そこにいたのは二人の男女。光の宮殿をバックに告白する男と、告白された女の姿。

 男は腰を折ってお辞儀の体勢で、告白の相手に向かって手を伸ばしていた。一方の告白された相手は、両手で口許を押さえて頭を下げる男を見つめている。

 

「─────私も貴方が好きでした。よろしくお願いします」

 

 突然の公開告白に周囲が静まる中、聞こえてくる女性の声。そして女性は差し出された男の手をとった。

 

 直後、湧き上がる歓声。巻き起こる拍手。この場にいた見物客達が、たった今成立したカップルを祝福する。

 その中には当然、俺と四季さんもいた。歓声はあげなかったが、周囲の人と一緒に拍手を鳴らす。

 

「二人とも嬉しそう」

 

 拍手の音が疎らになった所で拍手を止め、不意に四季さんが言う。俺達の視線の先では、恥ずかしげに手を繋いで光の宮殿を見上げるカップルの姿。

 

「いいな…」

 

「…四季さんは公開告白とかされたいのか?」

 

「んー…。ロマンチックとは思う。でも…、うん。自分がされるのは恥ずかしいかな」

 

 俺の問い掛けに、四季さんはあのカップルを眺めながら答える。

 

 そんな四季さんの横顔を見つめながら、言葉を発する。

 

「じゃあ、なるべく周りの人に聞こえないよう小さな声で言う」

 

「…え?」

 

 数瞬の間を置いて、目を丸くした四季さんがこちらを向く。

 

 俺は体を向けて、四季さんの目を真っ直ぐに見る。

 心臓の鼓動が強く、速くなる。今まで生きてきた中で一番といっていい。俺は今、物凄く緊張している。寒い筈なのに手汗が滲む。逃げ出しそうになる足を必死にその場に留めて、一度大きく息を吐く。

 

「好きだ」

 

 たった一言。その一言を発した瞬間、堰が外れたかの如く、

 

「好きだ」

 

 俺の意思とは関係なく、勝手に想いが溢れていく。

 

「四季さんが好きだ」

 

 四季さんの頬が急に赤くなっていく。それが、寒さによるものではない事は考えるまでもなく分かる。

 

「今すぐに返事が欲しい訳じゃない」

 

 そう言うと、四季さんが小さく体を震わせた。その事に気付いてはいたが、まずは俺の告白を先に済ませる事を優先する。

 

「俺の気持ちを伝えたかった。これは俺の我が儘だ。でも…、いい返事が貰えれば嬉しい」

 

 最後の一言は卑怯だったかもしれない。だが、事実それが俺の本音だ。告白して返事を貰わずはい終わり、なんて納得できない。

 さっき言った通り、すぐにと強制するつもりはないが、時間が掛かってもいずれ、返事は貰いたい。その返事が、俺の気持ちを受け入れてくれるものだったなら、と願わずにはいられない。

 

「…」

 

 視線を横に向け、光の宮殿を見上げる。何度見ても圧倒される光景を目に焼き付けてから、それに背を向けた。

 

「そろそろ出るか。腹も減ってきたし」

 

 不意に、まだ夕食を食べていない事を思い出す。時刻はそろそろ八時になる頃だろうか。帰る途中でどこかに寄るか、それともこのまま帰るか。

 

「っ─────」

 

 そんな事を考えながら歩こうとしたその時、背中に何かがぶつかってきた。思いの外強い衝撃につんのめりそうになりながらも踏ん張って耐え、振り返ろうとする。が、コートを掴まれ振り返れず、顔だけを背後に向けた。

 

「四季さん?」

 

 視線を向けた先で四季さんが立っている。俺の背後で、コートを掴み、その表情は俯いているせいで窺えない。

 俺が呼び掛けると、四季さんは俯いたまま背中から離れる。それを見て俺は体を反転させて四季さんと向き直る。

 

「バカ」

 

 直後、何故か罵倒された。意味が分からず、理由を聞こうと口を開く。

 

「─────」

 

 その前に、唇を塞がれて口が開けなくなる。状況が読み取れず見開かれる目に映るのは、アップになった四季さんの顔。

 

 閉じられた瞼、長い睫毛、細い前髪。間近で感じる四季さんの息づかい。たった数秒の触れ合いが、とても長く感じられた。

 

「ぷはっ…。この期に及んでヘタるな」

 

「…」

 

 唇を離した四季さんが、顔を真っ赤にして俺を睨みながら言う。

 

 待って、俺今何をした?もしかしなくても…、四季さんとキスをしたのか?

 

「私も好き」

 

「っ」

 

「柳君が好き。これが、私の貴方への返事」

 

 四季さんから告げられる返事。それは、俺が願っていたものその物だった。

 

 胸の奥から湧いてくる衝動。だがそれを抑えて、俺は衝動に流されそうになる気持ちを引き締めて、四季さんの目を見つめる。

 

「…四季さん」

 

「うん」

 

「俺と付き合ってください」

 

「…うん。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 言い合う言葉は先程のカップルと同じもの。しかし彼らよりも静かに、密やかに、俺と四季さんの気持ちは通じ合い、一つになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、イルミネーション会場から出た俺達は、施設内にあるレストランで夕食を済ませて帰路についた。

 告白してすぐ後だったが特に気まずくなったり、恥ずかしくなるという事もなく、普段通りの雰囲気で食事をした。

 

 そして今、俺と四季さんを乗せた車は美和市に入り、もう少しで四季さんのアパート周辺という所まで来ている。

 行きの時と比べてすっかり車通りが少なくなった国道を気持ちよく走り抜けていく。

 

 車に乗ってからの会話は殆どない。食事の時とは違い、どこかぎこちない空気が流れている。

 夕食をとっている時にはなかった実感が、俺は四季さんの彼氏になったのだという実感が、今になってようやく湧いてきた。

 たったそれだけで、どうも一歩踏み出す事が出来なくなってしまった。

 

 恋人になったからといって、これから特別な事をしなくちゃいけないなんて事はない。四季さんもきっと、そんな事は望んでいない。

 頭では分かっているのに、どうしても恋人になる前の、友達としての下らないノリとは違う何かを求めてしまう。友達でいた時と何かを変えなくては、と思ってしまう。

 

 その結果、何も話題が見つからない今の状況を産み出してしまった。

 

 ─────やばい。このままじゃ四季さんのアパートに着く。

 

 もうすでにすっかり見慣れた景色が広がる場所まで来ている。あと数分も経たない内に四季さんのアパートに着いてしまう。

 それまで何も会話がなく沈黙、なんて嫌すぎる。どうにかしなければ。

 

 だがどうにかしなければと思う程、人は何も思い付かなくなってしまう生き物だ。その事を忘れ、俺は更に深く混乱に陥っていき─────

 

「ふふ…」

 

 隣から聞こえてきた小さな笑い声に、意識を引き上げられた。

 

「四季さん?」

 

 前に意識を向けつつ、横目で四季さんを見遣る。一瞬見えた四季さんの表情は笑顔を浮かべ、口許に掌を当てていた。

 

「ふふ…。ごめん、何か、前にこの車に乗った時の事を思い出しちゃって。その時も、今みたいに全然会話が出来なかったなって」

 

「前─────あぁ」

 

 四季さんに言われて思い出す。確かに、以前にも似た様な事があった。

 ミカドを除いた店で働く皆で焼き肉に行ったその帰り、四季さんを助手席に乗せて送っていった。その時も、今みたいにほとんど会話がなく、沈黙の中で四季さんのアパートまで行ったのを覚えている。

 

「女の子と二人で車に乗るの初めてだったからな。あの時は正直緊張した」

 

「私も同じ。男の子が運転する車に、それも二人きりになるなんて思わなかったから」

 

 ぎこちなかった空気が、会話が始まると同時に和らいでいく。それと同時に、いつもと違う何かを求めていた心が鎮まっていく。

 

 ─────そうだよな、これでいいんだよな。

 

 俺が笑う。四季さんが笑う。いつもと何も変わらない。何も特別な事はしていない。それでも、これでいいんだ。

 俺の傍で四季さんが笑う、それ以上に何を求める事がある。彼女を楽しませる、幸せにする、それが彼氏の役目だろう。

 

 勿論、恋人として特別な事を求められる時はいずれ来る。

 ただそれは、今じゃない。今はいつもの様に、いつもの雰囲気で話すだけで充分なんだ。それだけで、四季さんは笑ってくれるのだから。

 

 固い空気は消え去り、代わりに和やかな空気に包まれた車内にて、四季さんのアパートの前に着くまで会話が途切れる事はなかった。

 

 そんな時間も終わり、車を四季さんのアパートの前に止める。ここで、今日のデートは終わりを告げる。この幸せな時間は一旦の区切りを付ける。

 だが、これで終わりじゃない。今日のデートは終わるが、俺と四季さんの時間は明日からも続く。

 

 だから、俺は笑顔を浮かべて、自分の部屋に帰る四季さんを見送る。

 

「…四季さん?」

 

 そのつもりだった。

 

 助手席から動かない四季さんを呼ぶ。

 どうかしたのだろうか?四季さんは俯いて、時折こちらに視線を向けながら座ったままでいる。

 

「どうした?アパートに着いたぞ?」

 

 もう一度呼び掛けてから、ふと考える。

 もしかして、車に酔ったりしたか。いやでも、さっきまで普通に喋っていたし、気分を悪くした様子はなかった筈だ。

 

 それなら、何か他の理由が─────

 

「ねぇ」

 

 そこまで考えた時、四季さんが口を開く。

 

 四季さんは俺の方に手を伸ばし、その手でコートの袖を掴み、そして俺を見上げた。

 

「…もう少し、一緒にいたい」

 

「─────」

 

 僅かに頬を赤らめ、潤んだ両目で俺を見て、四季さんはそう言った。

 

 それは、これで終わりだと思い込んでいたデートの、延長の合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という事で三話で収まりませんでした。延長戦とか聞いてないぞ。おとなしく帰れよ馬鹿主人公!(自業自得)
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