喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第五十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月25日クリスマス、彼女と一緒に俺の部屋に来た。

 普通、この字面を見て想像するのは恋人同士の甘い一時だろう。二人でくっついて、あんな事やこんな事や、なんて想像をするだろう。

 現に、ナツメと部屋に来るまで俺もそんな事を思い浮かべてたりしていた。

 

 が、現実は違う。

 今、隣り合う二つの椅子に座る俺とナツメの正面には、俺の両親が座っている。テーブルを挟んで向かい合っている。

 

「…で、何で二人はここにいるんだよ」

 

 本当にどうしてこうなった。というより何故二人は日本にいる。

 

「何でって、毎年年末には帰ってきてるだろ?」

 

 その問いかけに父さんが答える。

 うん、確かにそうだ。去年も一昨年も、年末にこっちに来て一緒に過ごしていた。

 だが違う、そうじゃない。俺が聞きたいのはそこじゃない。

 

「そうだろ、いつも帰ってくるのは年末だろ。今年は何でこんな早いんだよ。てか事前に連絡寄越せよ」

 

 そう、去年までは数日前にはこっちに来る旨の連絡をくれていた。なのに今年は連絡もなしに無断で来た。

 

「いつもならこっち来るって連絡あるのに今年はないから来ないと思ってた」

 

「あはは。玲子がな、今年は千尋を驚かせてやろうって言い出してな」

 

「止めろよ。俺そういうの嫌がるの知ってるだろ。止めてくれよ父さん」

 

 呑気に笑っている父さんはとんでもなく母さんに甘い。多分父さんは止めといた方がいいとは思った筈だ。しかし止めない、止められない。

 

 いや、もう来てしまった以上考えていても仕方ない。というより怒る気力もない。言っても無駄だと俺が生きてきた二十年間が告げる。

 

 それに、それ以上にどうにかしなきゃいけない事がある。

 

「それで、母さんはいつまでナツメを睨んでんだよ」

 

 四人で椅子に座った時からずっと何も言わずにナツメを見続けてる母さんだ。

 さっきはテンション上がって騒いでた癖に、というかいつも騒いでる癖に、今は静かなのが不気味だ。

 

「…不思議なのよ」

 

「何が」

 

 俺ではなくナツメを見続けながら、椅子に座ってから初めて母さんが喋る。

 俺が続きを促すと、母さんはなおもまじまじとナツメを見ながら口を開いた。

 

「こんなに綺麗な子がちーちゃんの彼女だなんて…、大丈夫?騙されてない?貢がされてない?」

 

「ぶっとばすぞ」

 

 あんまりな物言いについ物騒な台詞が飛び出てしまう。

 

「だって信じられないわよ!ちーちゃんよ?ちーちゃんに彼女よ?さっきは嬉しくなっちゃったけど、冷静になって考えたらやっぱりあり得ないわ!」

 

「あり得ないのはアンタの息子に対するその言動だよ」

 

「年始に三人でおみくじ引いたら、ちーちゃんの恋愛運散々だったじゃない。やっぱりおかしいわ!」

 

「…そうだったの?」

 

「…言われてみれば、そうだった気がしないでもない」

 

 よくもまあそんな昔の事を覚えているものだ。引いた本人である俺でさえよく覚えてないというのに。

 

 というか、マジで息子に対してその物言いはどうなんだ。彼女が出来た息子を真っ先に喜んだのは良いとして、その次にするのが騙されてないかの心配とか。

 

「確かにちーちゃんは可愛くて良い子よ?いつもはツンツンしてるのにふとした時に見せる優しさとか、もう可愛くて仕方ないわ」

 

「おい、人をツンデレみたいに言うのは止めて貰おうか」

 

「あー…」

 

「そこで納得するなナツメ。父さんも無言で頷くな」

 

 何だこれ。さっきまでは二対二の構図だったのに、いつの間に一対三になっている?

 

「でも、ちーちゃんの優しさって他人にあまり理解されない類いだと思うの。ちーちゃんの口調って結構厳しいから」

 

「…」

 

 もう呆れて物も言えない。何なんだこれは。ちょっと語彙力が死んでこれしか言えないんだが。

 

「それでも」

 

 母さんに上げられ、扱き下ろされ、翻弄される俺の隣でナツメが口を開く。

 俺と両親の視線が向けられる中、ナツメは笑顔で続けた。

 

「私はその不器用な優しさに救われました。そのお陰で今の私がいて…、この人を好きになりました。親として心配になるのは当然かもしれません。だから、私はお二人に分かって貰えるまで何度も言います。…私は、柳千尋くんの事を愛しています」

 

「─────」

 

 二人の前で、そう宣言するナツメ。隣にいる俺は嬉しいような、恥ずかしいような、そんな複雑な気持ちでいた。

 

 それと同時に、今すぐナツメを抱き締めたい衝動に駆られる。両親に向かってハッキリと俺が好きだと告げてくれたナツメが愛しくて堪らない。

 

「…そう」

 

 見開いていた目を細めて、母さんは柔らかく微笑んだ。

 まるで今の言葉が聞きたかったと言わんばかりに、安心したように。

 

 すると、母さんと父さんが目を見合わせて、一度頷いてから父さんが俺の方を向いた

 

「千尋、少し頼まれてくれないか」

 

「は?」

 

「出来るだけゆっくり、コンビニに行って四人分の酒を買ってきてほしい」

 

「いや、何言ってんの?急にどうした」

 

「あぁ、俺と玲子の分はビールで頼む。お前とナツメさんの分は…、お前の裁量で頼む」

 

「人の話を聞け」

 

 いきなり俺をパシらせようとする父さんへのツッコミが追い付かない。俺の話を聞いてくれない。

 大体どうして急に、というその疑問の前にだ。

 

「ナツメを残してけってか」

 

「…まあ、そういう事だ」

 

「ざけんな。この流れで置いてける訳ないだろ。何か話したい事があるなら俺も─────」

 

 父さん…いや、父さんだけでなく、二人の思惑は何となく予想がつく。ナツメと何か話があるのだろう。それも、俺に聞かれたくない話。

 うん、断固として却下だ。多分ろくな話じゃない。ナツメに何を言い出すか分からない。

 

 そう思って、俺は断ろうとした。

 

「千尋、大丈夫」

 

 しかし、服の袖を掴むナツメの手とナツメの声に、言葉を言い切る前に止められた。

 振り向いた俺の視線とナツメの視線が交わり、見つめ合う。

 

「…」

 

 口許は微笑みながら、力強い視線でナツメは俺を見ていた。

 

「…はぁ」

 

 溜め息を吐きながらナツメから視線を外す。そして立ち上がり、正面にいる両親を見下ろす。

 

「ナツメに変な事吹き込むなよ」

 

「あぁ。分かってるさ」

 

 二人にそう釘を刺してから、ハンガーに掛けていたコートを羽織り、デスクの上のキーケースをとる。

 

「三十分な」

 

「おう」

 

 玄関に入る直前、最後にナツメと視線を交わしてから扉を閉めて靴を履く。

 部屋を出て、鍵を閉め、アパートの階段を降りながら今頃両親と向かい合っているナツメの事を考える。

 

 …あぁ、やっぱり心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

 千尋が部屋を出て行って、私と千尋の両親が残される。

 隣の椅子にもう千尋はいない。さっきは大丈夫だって千尋に言ったけれど、正直少し緊張している。

 

 二人を疑っている訳じゃないけど、恋人の両親との初対面がこんな思いもよらない形になるとは。

 

「…それで、お話とは?」

 

 千尋が行ってから、何も話さない二人に私から切り出す。

 よく見れば、二人もどこか固い表情を浮かべていた。この人達も緊張しているんだと思うと、少し余裕が生まれる。

 

「…アナタ」

 

「え、俺?」

 

「お願い」

 

「…」

 

 千尋のお母さんがお父さんの脇を肘で軽く小突き、二人で小さな声でやり取りしてから、千尋のお父さんが大きく咳払いをした。

 

「…ナツメさん、といったね」

 

「はい。…あぁ、申し遅れました。千尋君とお付き合いさせて頂いてます、四季ナツメです。自己紹介が遅くなり、申し訳ありません」

 

「「…」」

 

 千尋のお父さんの曖昧な言い方を耳にして、まだ自己紹介をしていない事に気付きすぐに自分の名前を二人に告げる。

 すると二人はきょとんとした顔になり、互いに顔を見合わせた。

 

「おい玲子。この子凄くいい子だぞ」

 

「この子がいい子なのはさっきの千尋への告白で分かりきってるでしょう?それよりも、早く本題に入って」

 

「…」

 

 どうやら悪い第一印象を持たれた訳ではなさそうだが、さっきの事を持ち出されるのは少し恥ずかしい。

 二人に信じて貰うためとはいえ、かなりとんでもない事を言った自覚はある。

 

 勿論、その言葉に一切の嘘はないし、もう一度言ってほしいと二人に言われれば、躊躇いなくもう一度言える。

 しかしだからといって恥ずかしくない訳ではない。あんなストレートな告白、しかも告白する相手の両親の前でだなんて、羞恥を覚えない方がどうかしている。

 

「ナツメさん」

 

「は、はい」

 

 さっきの事で悶々としていると、千尋のお父さんに呼ばれる。

 すぐに返事を返して、彼の言葉の続きを待つ。

 

「…千尋と付き合い始めたのはいつからだい?」

 

「えっと…、昨日からです」

 

「「昨日!?」」

 

 彼の問い掛けに答えると、驚きを露にした二人が声を合わせた。

 

「つまり、まだ付き合い始めて間もない…という事か…」

 

 昨日からという返答は予想外だったのか、目を丸くしていた二人だったが、次第にその驚愕は収まっていき、やがてその目に真剣な光が浮かんでいた。

 

「ナツメさん。…君は、千尋から何か、不思議な話を聞いていないか?」

 

「不思議な話?」

 

 突然、そんな突拍子もない事を聞かれ、思わず聞き返してしまう。

 

「何というか、こう…。幽霊とか、オカルト染みた話というか…」

 

「─────」

 

 それに対しての返答を聞いて、この人が私に何を聞きたいのか分かってしまった。

 確かに()()は、親として聞いておきたい事なのかもしれない。

 

「千尋の目の事ですか」

 

「っ…!」

 

 千尋のお父さんだけじゃなく、お母さんも私を見て息を呑む。

 

 口の中に溜まった空気を飲み下してから、千尋のお父さんがゆっくりと口を開く。

 

「そう、か。千尋は君に話していたか」

 

「千尋が自分から話したという訳ではありませんが…、知っています」

 

 千尋のお父さんは一度大きく息を吐くと、何かを懐かしんでいる様な、それでいて何かを悔いている様な、どちらともとれる複雑な表情を浮かべながら語り出す。

 

「昔から…、今思えばあいつが産まれたその時から、あいつの目には、私達には共有できない景色が見えていたんだと思う」

 

 いつか、千尋が言っていた事を思い出す。

 物心ついた時にはもう、常人には見えない何かは見えていたし、もっと小さい時から何もない所を見つめたり、手を伸ばしたりしていたと。

 

「千尋はずっと私達に見えてると主張し続けていた。…でも、私も玲子も、その言葉を信じ切れずにいた」

 

 まるで懺悔のように、千尋のお父さんは言った。

 

 それは仕方のない事だとは思う。私だって、高嶺君の事故に巻き込まれず普通に過ごしていたとしたら、こんな話を信じるなんて出来なかった。

 見えないものを信じるなんて、人間にとってどれだけ無理な話か。

 

 しかし、二人にとって、千尋の言葉を信じられなかった事が大きな悔いとして残っているらしい。

 

「親族の殆どがあいつの言葉を信じなかったし、信じようともしなかった。子供の出鱈目だと聞き流していた」

 

「…殆ど、ですか?」

 

 ここで千尋のお父さんの言葉で一つ、引っ掛かる箇所が出てきた。

 そこを切り取って聞き返すと、彼は驚いたように目を丸くする。

 

「そうか…。千尋はその話はしていなかったか」

 

 そう呟くと、千尋のお父さんは口許に手を当てて考え込む所作を見せる。

 

 そうして数秒、或いは十数秒、短い時間ではあるがじっと何かを考え込んでから、不意に私の顔を見る。

 

「この話を私の口からしていいものか、正直悩ましい。…だが、千尋はこの話を君にしようとはしないだろう。あいつはこの話を君にする必要性はないと考えるだろうし、聞いて良い気持ちになる話でもないから」

 

「…」

 

「これは傲慢なのかもしれない。あいつのためにならないかもしれない。…だが、君がこれからも千尋と一緒にいたいと本気で思っているのなら、聞いてほしい」

 

「千尋の傷を。私達の罪を」

 

 千尋の傷と、二人の罪。一体何の事かは分からない。

 でも、この話を聞かなければいけない、と私の中の何かが叫んでいた。

 

 私はその言葉に対してただ黙って一度、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短いですが、一話に纏めると長くなりそうなのでここで話を切ります。
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