喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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遅くなってしまい申し訳ない。
出来に納得がいかず何度か書き直してました。
それでもあまり出来が良いとは言えない…。でも正直私の力量ではこれが限界でした。


第五十二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千尋が初めてハッキリと口にしたのは何時だっただろうか。元々、言葉を話せない赤ん坊の頃から不思議には思っていた。

 何もない所を見て突然笑い出したり、何もない所に手を伸ばしたり。

 ハイハイで移動できる様になってからは、今まで遊んでいたおもちゃを突如放り出したかと思えば、何かに誘われる様にどこかへ行ったり。

 

『おかあさん。あそこであたまいたいいたいしてるひといる』

 

 舌足らずな言葉遣いで千尋はそう言った。千尋が指差す方へ向いても、そこには誰もいない。何もない。

 頭を痛がっている人なんていない。

 

 千尋に何度もどこ?と聞く。千尋は指を差す方を変えないまま、次第に苛立ちを露にしながらも質問に何度も答える。

 

『おかあさん、みえないの?おめめわるいの?』

 

 違う。千尋の母が運転免許証を更新する際に行った視力検査での結果は、両目とも1.5。断じて視力が悪い訳ではない。

 ならば、何故千尋が言う人物が彼女には見えなかったのか。

 

 この時、千尋の母は我が子に恐怖を抱いた。

 この子には見えているのだ。自分には見えないナニかが。

 常人には見えないナニかが、千尋の目にはハッキリと映っているのだ。

 

 それからも、千尋は見えないナニかを見たと口にする事が何度もあった。

 その度に得体の知れないナニかに恐怖する日々が続く。

 

 千尋にそんなものを見るのは止めなさい、と注意した事もあった。しかし、後になって考えれば何とも理不尽な台詞だろう。

 千尋だって見たくて見ている訳ではない。ただ見えてしまっているだけなのに。千尋は何も悪くないのに。

 

 千尋が語る、得体の知れないナニか。母は、やがて恐怖のあまり、自分の子供をそのナニかと同一視する様になっていく。

 

 それでも時が過ぎれば千尋は成長していく。母が嫌がっている気持ちを察する事が出来る年齢まで至ると、千尋はその話を全くしなくなった。

 思えば、その話をしなくなったのは()()()()()()から貰ったという眼鏡を毎日掛けるようになってからだ。

 その話を聞かなくなれば、次第に恐怖も薄れていった。

 

 少年期の千尋は明るく活発で、お喋りが絶えない、そんな子供だった。

 学校でも人気者で、よく友達を連れて家に帰ってきていた。

 当時の担任の教師からもよく誉められて、一度千尋のお陰で苛めが止まったのだと電話で感謝された事もあった。

 

 そんな可愛くて仕方のない千尋が時折眼鏡を外し、何の色も浮かばない顔をしてどこかを見る姿が、かつての恐怖を思い出させる事もあった。

 

 そんなある日、学校から電話が掛かってきた。千尋が喧嘩をしたと、同級生を殴ったという話だった。

 慌てて学校に行き、話を聞くと、初めは些細な口論だったが激しさを増していき、先に千尋から手を出したという。

 

 どういう理由があれ、千尋が先に手を出したというのなら、千尋が謝らなければならない。

 すぐに千尋に謝る様に言うが、千尋は一向に口を開こうとしない。頑なにその場で動かず、正面で千尋と同じ様に母親と立つ相手の子供を睨み付けていた。

 

『俺は嘘つきじゃない』

 

 どうして謝らないのか、そう問い掛けて、千尋の口から出てきたのはそんな言葉だった。

 意味が分からず聞き返すと、千尋は更にこう続けたのだ。

 

『お前に女の子が憑いてる。早く何とかしないと、お前死ぬぞ』

 

 この後どうしたか、母は覚えていない。気付いたら千尋と一緒に帰路について、家に帰っていた。

 

 その後、千尋と喧嘩をした相手は交通事故に遭った。一命は取り留めたが、母と話を聞いていた父が衝撃を受けたのは至極当然の話だ。

 しかも、その相手が一命を取り留めたその裏で、千尋の話を聞いて不安に感じた両親が子供と一緒にお寺に行き、お払いを受け、魔除けのお守りを貰っていたというのだから更に大きな衝撃を受けた。

 

 相手の両親から、もし千尋の言葉を取り合わず放置していたらどうなっていたか、とお礼の電話を貰った時は、素直に喜ぶ事が出来なかった。

 

 明確に千尋に対しての戸惑いが、恐怖が決定付いた瞬間だった。

 それでも自分達の子供が可愛いと思う気持ち全てが失われた訳じゃない。

 精一杯千尋を愛そうと努力をしたつもりだった。

 

 その時点で、努力をしたという時点で、千尋との間に亀裂は刻まれたのかもしれない。

 千尋は幼いながら、両親が自身に抱く恐怖を察していた。明るく活発だった千尋は次第に大人しくなり、そして遂には自分から何かを話すという事すらしなくなっていった。

 

 学校で起きた事も話さない。千尋から話し掛けてきたと思えば、学校からの連絡事項という事務的な話。

 これではいけないと何度も考えた。千尋とまた、かつての様な関係に戻りたいと何度も願った。

 

 しかし、千尋と顔を合わせる度に過るのだ。この世界を彩る何物でもない、この世あらざる物を見つめる時の千尋の顔が。

 

 千尋との間に刻まれた亀裂が時間と共に大きく、取り返しのつかないものになっていく。

 そんな千尋に残された唯一心を開ける人物は、祖母だった。

 

 祖母は千尋の話を信じていた。信じた上で、千尋に対して何の恐怖も持たず、千尋を可愛がっていた。

 そんな祖母に千尋もよく懐いており、毎年夏休みと冬休みに祖母に会った時だけ、年相応の笑顔を見せていた。

 

 一度両親は祖母に聞いた事があった。何故千尋の話を信じられるのか。

 そして、千尋の事が怖くはないのか、と。

 

 問い掛けに笑いながら答えた祖母の顔を、二人は鮮明に覚えている。

 

『千尋に何が見えていようと、あの子は私の可愛い孫で、普通の子供よ』

 

 その通りだ。千尋は二人にとって愛すべき息子で、それは何があろうと変わらない。変わらないのに─────

 だがそう思おうとしても、脳裏を過る千尋のあの表情がそれを阻んでしまう。

 

 どうすれば良いのか分からないまま時は過ぎていき、千尋とのギクシャクが更に大きいものになっていく中、それは起きた。

 

 祖母が倒れ、病院に搬送されたと報せが来たのはとある平日の昼間だった。

 すぐに仕事に出ていた父と学校で授業中の千尋を家に呼び戻し、祖母が倒れた病院へと車を走らせた。

 

 その病院の医師の口から出たのは、原因が分からないという絶望的な話だった。

 とにかくこの病院の設備では精密に検査する事は難しいらしく、もっと大きな病院に入院させる事を薦められた。

 

 その薦められた病院が、美和総合病院である。すぐに二人は祖母と他の親族にも説明し、納得した上で祖母を美和総合病院に移し、そこで詳しい検査をして貰った。

 

 が、医師の口から出てきたのは前の病院で聞いた言葉と同じものだった。

 

 原因不明。未だ見つかる事の無かった病気の発見か。当時、病院内ではちょっとした騒ぎになったという。

 

 入院中の祖母の様子は普段と変わらない。倒れた時はどうなるかと思われたが、意識を取り戻すと、倒れる前の元気な祖母に戻っていた。

 千尋と一緒にお手玉をして呑気に遊んでいる姿を見て、胸に浮かぶのは安堵の気持ちとちょっとした呆れ。親族中が心配で一杯の中、当の本人は孫を可愛がっているのだ。元気なのは良いが、ほんの少し複雑でもある。

 

『どうしたの?』

 

 次の日が土曜日で仕事も学校も休みという事もあり、今日は近くのホテルをとって泊まろうという話になり、ナビの案内でホテルに向かっている途中だった。

 後部座席で座る千尋が二人にそう聞いてきたのは。

 

 両親の様子がおかしい事を察していたらしい。

 大丈夫、何でもない。そう誤魔化す事も出来たかもしれない。

 しかし、千尋の目を見ると、それは千尋に通じないと思えてならなかった。

 

『そっか』

 

 二人は千尋に説明した。祖母の病気が何なのか分からない。このままじゃ危ないという事を、千尋に話していた。

 

『もう一度検査すればいいんじゃない?』

 

 それは子供故の純粋さから出てきた言葉なのか。それとも─────

 

『頭とかさ。レントゲン?とかさ、撮れば分かるんじゃないの?』

 

 千尋が言うまでもなく、祖母の再検査はすぐに行われた。今度はもっと注意深く、同じ箇所でも様々な角度から。

 

 結果、祖母の()にて異常が見つかった。複雑に重なり合い、見えづらい箇所の管にて血栓が出来ていた。

 もう少し発見が遅くなっていたら、危うい所だったという。

 

 すぐに治療が行われ、事なきを得た祖母は一月で退院。

 祖母の家にて、都合で来られなかった者以外で退院祝いを行った。

 その中には、千尋達の姿もあった。

 

『そういえば─────』

 

 夜も更け、子供達どころか祖母も眠ってしまったその中で、ふと口を滑らせる。

 その話の内容は、千尋が祖母の再検査を薦めた事について。

 

 あれはただの偶然か、それとも必然か。しかし、千尋は超常的な何かが見えている事を知っている親族達は、もしやと考えた。

 千尋は祖母の病気について何か見えていたのではないか、と。だからこそ、祖母の病気があった箇所を当てられたのではないのか、と。

 

 この時、彼らの千尋に対する評価は変わった。

 気味の悪い不可思議な子供という評価から、自分達の大切な人を救った恩人という評価へと。

 

 祖母が助かったという安堵からの気の緩み、そしてその場のノリでの酔いもまた原因だったのだろう。

 

『あの子がいれば、病気で死ぬこたないな!』

 

 そう言ったのは誰だったか。言葉自体はただのノリだったかもしれない。

 しかし、それと一緒にもしかしたら、という思いも確かに存在した。

 

 それは千尋の両親も同じだった。現にあの子は祖母の病気の箇所を言い当てた。

 偶然かもしれないが、あの子は()()()()()()違う。()()なのだ。

 

 そう。この時、彼らは千尋を()()()()()と考えてしまった。

 

 だが、何事も起きる時は突然に、そして呆気ないものである。

 

 祖母はこの一年後に亡くなった。始まりは数週間前、あの時と同じ様に突然倒れ、病院に運ばれた。

 あの時と違うのは、その病院の検査にて、倒れた原因が判明した事だ。

 

 祖母を蝕んでいた病魔は癌。しかもすでに手遅れの状態での発見だった。

 それでも少しでも長く、という希望を持ち、あの時と同じ美和総合病院にベッドを移し、祖母の治療は行われた。

 

 しかしその治療の甲斐もなく、祖母は息を引きとった。

 

 その時、祖母の死に際に付き添ったのは六人。千尋達と、祖母のもう一人の娘、そしてその家族だ。

 母の妹、千尋から見て叔母、彼女は祖母の亡骸にすがって泣きじゃくっていた。その背中を、彼女の夫が優しく撫でる。

 

 母もまた、掛け替えのない大切な存在の死に涙を流していた。泣き叫ぶまではしなかったが、もしこの時、隣に千尋と夫がいなければ、妹と同じく泣きじゃくっていたかもしれない。

 

『ねぇねぇ』

 

 千尋の隣で立っていた、千尋よりも小さい男の子が千尋を見上げながら口を開いた。

 母の妹の子、つまり千尋の従弟である。幼稚園に通っている、元気な男の子だ。

 

『おばあちゃん、しんじゃったの?』

 

 悲しげに目を潤ませながら、そう聞く男の子に千尋が頷く。

 

 千尋は祖母の死に涙を見せず、話し掛けてくる従弟に笑顔を浮かべて気丈に振る舞っていた。

 本当は悲しいだろうに。泣きたいだろうに。しかし、千尋はそんな弱い姿を見せなかった。

 

『どうして?』

 

 それは、物を知らない純粋さ故の、残酷な言葉だった。

 

『おにいちゃん、どうしておばあちゃんをたすけてくれなかったの?』

 

 この瞬間、空気が凍ったのをよく覚えている。

 千尋の驚き、固まったその表情を、今でも鮮明に思い出せる。

 

『おとうさんがいってた。おにいちゃん、おばあちゃんのびょうきがみえるんだって。だからだいじょうぶだって』

 

 それは、一年前、祖母の退院祝いの席にて出てきた話だ。この時千尋はすでに眠っていたし、その話を二人は伝えていないため、千尋がそれを聞くのはこの時が初めてだ。

 

『…俺は』

 

 沈黙が流れる中、千尋は口を開く。

 

『俺が見れるのは─────』

 

 その時、千尋に向かって黒い影が素早く迫った。

 誰かが止める暇もなくその影の主は千尋の目の前に立つと、千尋の頬目掛けて掌を振り抜いた。

 

 病室に張り手の音が鳴り響く。この場にいる誰もが、目の前で起こっている事を呑み込む事が出来なかった。

 

 叩かれた頬を赤くした千尋が呆然と見上げる先には、先程まで泣き崩れていた叔母の姿。

 叔母は怒りに満ちた表情で千尋を見下ろし、ゆっくりと口を開いた。

 

『どうして─────お母さんを見殺しにしたのよ』

 

『見殺し…?』

 

『そうでしょう?アンタが病気の事を教えてたら、お母さんは助かった』

 

 千尋は叔母の台詞に対して一瞬口を開こうとして、しかしすぐに閉じ、俯く。

 

『この──────』

 

『っ、千尋!』

 

『おい、やめろ!』

 

 再び腕を振りかぶる叔母を見て、すぐに大人三人が動き出す。

 千尋の父は千尋と叔母の間に立ち塞がり、母は千尋の傍らでしゃがみ、千尋を抱き寄せる。

 叔父は千尋を更に叩こうとする叔母の腕を掴んで止めに入る。

 

『離してっ!こいつが…こいつがっ!』

 

『落ち着け!私達が勝手にそう思い込んでいただけだ!千尋君は何も悪くない!』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 まさにその言葉通りだ。千尋を特別だと勝手に決めつけ、勝手に期待したのは自分達だ。

 この時、いつかの祖母の言葉を両親は思い出していた。

 

『千尋に何が見えていようと、あの子は私の可愛い孫で、普通の子供よ』

 

 そうだ。千尋に何が見えていようと、この子は普通の子供だ。

 嬉しければ笑うし、楽しければはしゃぐし、腹が立てば怒るし、悲しければ泣く。そんな普通の子供なのに。

 

『…ごめんね』

 

 未だ喚く叔母の声はもう、母には聞こえていなかった。腕の中で一筋の涙を流す千尋を強く抱き締めながら、ただ謝罪する。

 

『ごめんね。ごめんね、ごめんね…!』

 

 ずっと傷つけてきた。そして、その事にずっと気付きもしなかった。

 

 母親失格だ。千尋はきっと自分達を許しはしないだろう。

 それでも構わない。千尋が自分達を許さなくとも、それでも千尋のためになる事をし続けよう。それが、千尋への贖罪になると信じて。

 

 遅すぎる決意だと自覚はしている。だが、そう決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから八年。千尋が大学に進学するまで、二人は千尋の傍に居続けた。

 傍に居る事で千尋を傷つける、とは分かっていながら、それでもまだ子供の千尋を放り出して離れる事は出来なかった。

 千尋が大学に進学すると同時に海外へ移ったのは、これ以上千尋の傍につきっきりでいる必要はなくなったと考えたからだ。

 

 最初の一年は様子を見て、もし千尋が辛そうだったら日本に戻るつもりでもいた。しかし、最初の年末に千尋の様子を見に行って、その心配は杞憂だと確信した。

 千尋は一人でもしっかりやっていた。少ないながらも友人を持ち、部屋も綺麗にして、毎日カップ麺やコンビニ弁当という体の悪い食生活も送っておらず、大学の単位もバッチリとって、日々を過ごしていた。

 

 自分の手から子供が離れていく、なんて烏滸がましくて思えやしないが、ほんの少しの寂寥を覚えながら、もう大丈夫だと今は断言できる。

 

 何しろ今の千尋には、こんなにも可愛い恋人が居るのだから。

 

 だから、もう─────本当の意味で、千尋の傍に居続ける必要はなくなった。

 これ以上、千尋を縛り付けなくても良くなった。

 

 だから、これで─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千尋→子供の時から両親が自分を不気味がっている事に気付いている。今は、こんな自分をここまで育ててくれた事に感謝しているし、子供の時も両親を憎んでいた訳ではない。

両親→少年時代の千尋を怖がり、普通の子供として見れなかった。祖母が亡くなった際の出来事を切っ掛けに心を入れ替える。自分達が抱いていた恐怖を千尋に悟られている事に気付いていて、それが理由で千尋に恨まれていると勘違いしている。千尋に感謝されている事を知らない。

改めてまとめて見ると、とんでもないすれ違いしてんなこいつら。
てか恨まれてる(と勘違いしている)相手の傍でおっ始めるとかどういう神経してんだこいつら。
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