喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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今更ですがお気に入り1000件突破しました。ありがとうございます。
連載当初はここまで伸びるとは思っていませんでした。思ってた以上にたくさんの読者に恵まれて嬉しいです。
もう少し長くなりそうなこの作品ですが、完結まであとどれくらいかかるか分からないこの作品ですが、付き合っていただけると幸いです。


第五十七話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉店し、お客さんがいなくなった店内の掃除も終わり、従業員の全員がフロアに集まる。

 

「これで今年の作業も終わりだな」

 

 ミカドの言う通り、今日が今年最後のステラの営業となる。次の営業は一週間の正月休みを終えた一月三日。それまでは、この場にいる一部の人とは会う事はないかもしれない。

 

 …いや、もしかしたら。

 

「千尋、どうかしたの?」

 

 俺の様子に違和感を覚えたのか、いつの間にか傍らにいたナツメが声をかけてきた。

 少し驚きながらナツメの方を向いてから、もう一度視線を明月さんの方へ向ける。

 

「…明月さんがどうしたの?」

 

「…いや」

 

 首を傾げるナツメ。

 

 俺はどうするべきなんだろう。ナツメに言うべきなのか、それとも黙っておくべきなのか。今まではそうぺらぺら他人に言い触らすべきではないと考えていたのだが、明月さんから話を聞いた時点と今とでは、俺とナツメの関係性はまるで違う。

 とりあえず、こうして隠し事をしてる事に強い罪悪感を覚える程にはあの時よりもナツメとの関係は深まっている。まあ当たり前だが。

 

「…?」

 

 ナツメに何と返事を返すべきか、迷っているとふと、さっきまで何やら高嶺と話していた明月さんが俺達の方を向いて歩み寄ってきた。

 真っ直ぐこっちを見ているから、俺かナツメか、或いは両方に何か用事があるのだろうか。明月さんは俺達の前に立ち止まると、笑顔で口を開いた。

 

「柳さん、ナツメさん。この後、少し良いですか?」

 

 そして明月さんは、俺とナツメにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に女性陣が休憩室で着替え、その後俺と高嶺が入れ替わりで休憩室に入って着替える。それから俺とナツメは明月さんの頼み通りに店に残り、他の高嶺達は先に帰っていく。

 そしてフロア内には俺とナツメ、明月さんの三人だけとなった。ミカドはいつの間にかフロアから姿を消していた。休憩室か屋根裏部屋にでもいるんだろう。

 

「それで、どうしたの?明月さん」

 

 この場に三人だけとなってから最初に口を開いたのはナツメだった。

 

 四人掛けのテーブルに俺とナツメが並んで座り、テーブルを挟んで明月さんと対面している。

 俺とナツメの視線を正面から受ける形となる明月さんは、微笑みを浮かべながらナツメの方を見て、ゆっくりと口を開いた。

 

「時間を取らせてしまってすみません。御二人はこの後、どちらかの部屋でイチャイチャするつもりだったのでしょう?」

 

「んなっ…」

 

「…」

 

 浮かべていた微笑みが悪戯っぽく歪む。僅かに開いた唇から白い歯が覗く。明月さんのからかいの言葉にナツメが頬を赤くして素直に反応してしまう。

 

 そんなナツメは可愛らしくて今すぐ抱き締めたいくらいに愛おしいのだが、からかうために俺達を呼び止めた訳でもあるまい。

 

 いや─────もう目を背けるのは止めよう。俺は、明月さんがわざわざ俺達を呼び止めた理由を分かっている。

 

「柳さんは…、もう、分かっていますよね?」

 

「…あぁ」

 

 そして、明月さんは俺が何故呼び止められたのか分かっている事を悟っていた。ただ一人、ナツメだけ首を傾げて何も分からないでいる。

 

「ごめんなさい、ナツメさん。何も知らない貴女にいきなりこんな事を言うのはどうかと思いますが…、結論だけ先に言ってしまいますね」

 

 さっきまでそれは楽しそうに悪戯気に浮かべていた明月さんの笑顔が突然寂しげに変わり、ナツメは少し戸惑っている。

 そんなナツメと目を合わせ、明月さんは言う。

 

「恐らく明日が、私が私として現世に留まっていられる最期の日になります」

 

「…え?」

 

 やはり、と思いつつも何も言わない。しかし、何も知らないナツメは違う。突然そんな事を言われて受け止められないのだろう。

 小さく声を漏らしながら、呆然と明月さんの顔を見つめていた。

 

「さいご…って、どういう…」

 

「言葉通りの意味です。死ぬ、とは少し違いますね。私は元々死んでいますし。…最初から説明しましょうか」

 

 そう言って、明月さんはナツメに話し始める。自身が何者なのか、死神とは何なのか。以前に俺が聞いた話のほぼそのままを、明月さんはナツメに聞かせる。

 

 そして、生きる執着を取り戻した自分は明日、神の下へと送られるだろうと。最後はナツメにだけでなく、俺の方にも視線を向けながら言った。

 

「…」

 

 話が終わるまでずっと、明月さんから視線を逸らさなかったナツメが俯く。

 明月さんは寂しげな笑顔を浮かべたままそんなナツメの次の言葉を待っていた。

 

 ナツメはしばらくの間、何も言わなかった。その間、俺も明月さんも黙ったままナツメを見守っていた。ナツメが次の言葉を発するまで沈黙が流れていく。

 

「…明月さんとは、もう会えないって事なの?」

 

 少しずつ自分の中で呑み込めてきたのか、それともまだ認められない気持ちがその質問を口にさせたのか。

 どちらにしても、もう明月栞那の末路は変えられない。明日、明月栞那という個人が消失し、全く違う人間として生まれ変わる。

 

「そうですね。…多分、難しいでしょうね」

 

 そうなれば当然、再会するなんて不可能に近いだろう。仮に奇跡が起こってそれが成ったとしても、俺達はその人間を明月栞那として認識できないだろうし、生まれ変わった明月さんも俺達の事が分からない。

 そんな哀しい再会をするくらいならば、いっそ再会しない方がと思えてしまうのは少し薄情だろうか。

 

「…いつか、明月さんや閣下と別れる時が来る。私はそう思ってた」

 

 それはナツメの独白。ナツメが明月さんとミカドの二人に出会い、親しくなっていく過程で感じていた予感。

 

「でもこんなに早く…、それもこんな形で別れる事になるなんて、思ってもみなかった…!」

 

 ナツメの声が震え出す。それと同時に、ナツメの瞳から溢れた涙が床へと落ちていくのが見えた。

 

 明月さんもミカドも、本来は深く俗世と関わってはいけない立場だ。死神とケット・シー。空想上の産物とされていた二つのあり得ざる存在が喫茶店で働くなんて、神から与えられた役目を遂行するためとはいえ、俺やナツメのように関わりを持った人以外にも知られる危険性がある。

 それがナツメと、高嶺と、俺と出会い、こんなにも長く、深く関わってこれまで過ごしてきた。俺もそうだがナツメも、勿論高嶺も、自分の日常の中に明月さんとミカドがいるのは当然の事だと受け入れている。

 

 そんな掛けがえのない一人の少女が明日、消える。

 

「ナツメ」

 

 ナツメと明月さんの話が終わるまで二人の間に割り込むつもりはなかったのだが、肩を震わせて嗚咽を漏らすナツメの姿にもう耐えられなかった。

 

 一歩ナツメの傍に寄り、華奢な肩に腕を回すと、ナツメはすぐに俺の肩に顔を埋めた。

 

 その体勢のままナツメの頭を撫でながら落ち着くのを待つ。少しの間嗚咽が止まらなかったナツメだが、やがて収まると俺の肩から離れて再び明月さんの方へと視線を向ける。

 

「高嶺君はもうこの事を知ってるの?」

 

「はい。昂晴さんはそれを承知の上で…、私が消えてからも笑って過ごすと約束してくれました」

 

 それは恐らく、明月さんと高嶺が恋人になる際に交わした約束。綺麗に聞こえながらも残酷な、高嶺にとって呪いにもなりかねない約束。

 

 明月さんも気掛かりだったのだろう。高嶺の事が好きだからこそ、長く一緒にいられない自分に囚われて欲しくない。だからこそ、呪いにも似た約束を高嶺と交わした。

 自分が消えてからも、それに哀しみ囚われる事なく、変わらず笑顔で過ごしてほしい、と。

 

 だがそれは無理な話だ。愛する人を喪って、哀しみを抱かない人なんている筈がない。たとえ愛する人との約束があったとしてもだ。

 俺だって、もしナツメを喪ったら─────考えるだけで恐ろしくて仕方ない。

 

 ─────あいつは今、こんな気持ちを抱えながら過ごしてるのか。

 

 高嶺は、俺の中で過った恐怖を抱えて日々を過ごしている。明月さんとの約束がある手前、考えないようにしながらも、愛する人を喪う恐怖から逃れられず。

 それでも高嶺は、明月さんといる時はいつも幸せそうで、きっとその時だけは恐怖を忘れていられるのだろう。

 

 だからこそ、気掛かりで仕方ない。明月さんが消えた後、高嶺がどうなるのか。塞ぎ込むだけならまだ良い。それだけならば、俺達があいつを支えてやれば何とかなるかもしれない。

 だがもし、あいつが明月さんとミカドに出会う切っ掛けとなった()()と同じ事をしてしまったら─────

 

「それなら、私から言う事はない」

 

 そこまで考えた時、ナツメが口を開いた。

 どれ程の時間、思考に没頭していたかは分からないが、会話の流れからして数秒といったところだろうか。

 

「一番明月さんと一緒にいたい筈の高嶺君がそんな約束してるんだから、私がぐちぐち言っちゃ駄目よね」

 

「ナツメさん…。ありがとうございます」

 

 ナツメ自身、納得しきれてない部分はある筈だ。それでも、自分の中でどうにか呑み込もうとしている。

 明月さんはその事を分かっているのだろう。お礼を言いながら頭を下げる明月さんを見ていると、そう思える。

 

「ううん、お礼を言いたいのはこっち。…明月さん、今まで本当にありがとう」

 

 ナツメと明月さんの出会いの詳細を俺は知らない。だが俺、ナツメ、高嶺の三人の中で一番明月さんと付き合いが長いのはナツメだ。

 一番関係が親密なのは高嶺だろうが、俺達が彼女と出会うまでの間にたくさんの思い出があるに違いない。明月さんに支えられてきたに違いない。

 

 明月さんと高嶺との間で繋がる愛情とはまた違う、二人の間で繋がる親愛は、俺以上に深い筈だ。

 

「…柳さん」

 

 明月さんが俺の方を向く。

 

 ナツメと違い、俺は以前からこうなる事を知っていた。それに、日に日に明月さんの肉体が薄れていく様を目の当たりにしながら過ごして今日。()()()()()()()()()()()()()()()所を見て半ば確信していた。

 

 今日明日辺りが限界なのだろう、と。

 

「私、柳さんに謝らなければいけない事があるんです」

 

 こちらを向いた明月さんが思いもよらない事を口にした。

 明月さんが俺に謝らないといけない事、と言われても全く心当たりがない。首を傾げる俺に明月さんが続けた。

 

「前に柳さんは私に言ってくれました。私が消える時が来たら見送ってやる…って」

 

「あぁ─────」

 

 そう言われて思い出す。確かに俺は明月さんにそう言った。明月さんが消える時が来たら、ミカドと一緒に見送りに行くと、そう約束した。

 しかしそれがどう謝罪に繋がるのかはさっぱり分からず、頭の中に浮かんだ疑問符は消えない。

 

 戸惑う俺を見ながら、明月さんは更に続ける。

 

「でも私─────柳さんとナツメさんと、閣下よりも…、私を見送って欲しい人が出来ちゃったんです」

 

「─────」

 

 言葉を呑む。真剣な様子でそう言った明月さんと視線を交わし続けて少しして、俺は耐えられなかった。

 

「─────ぷはっ」

 

「へ?」

 

 明月さんが目を丸くして呆けた声を漏らす。その様子がまた俺の琴線を刺激した。

 一度崩れた堰が崩壊の勢いを増していくかのように、込み上げる笑いが外へと流れ出た。

 

「ははっ、ははははっ!あはははははははははっ!」

 

「え…、え?どうして笑うんですか!?」

 

「いや、だって…、ぶふぉっ」

 

 先程の明月さんの真剣な表情と台詞を思い出す。

 

 何を言われるかと身構えていたら、俺にじゃなく好きな人に見送られたいと来た。

 何だそりゃ、まるで俺が明月さんにフラれたみたいじゃないか。そう考えるとただでさえそんな事で申し訳なさそうに体を縮こませる明月さんが面白いのに、我慢なんて出来る筈がない。

 

「そ、そりゃそうだよな…。俺やナツメなんかじゃなく、高嶺に見送られたいよな…。高嶺と…二人でいたいよな…ふはっ」

 

「柳さん?」

 

 おっと、流石に笑いすぎた。俺を呼ぶ明月さんの声に険が混じる。まあ明月さん自身は本気で申し訳なく思ってるのに、その対象に笑われたら戸惑うし怒るわ。

 

「いや…とりあえず、謝らなくて良いって。むしろ見送って欲しいとか言われたら逆に困るわ」

 

 俺だってそれなりに明月さんと親しくなったつもりだし、事情を知ってるミカドとナツメと一緒に明月さんを見送ったって自然だと思う。

 高嶺がいなければ─────だが。

 

「さっき高嶺と話してたのも明日デートに行く約束でもしてたんだろ?」

 

 本音を言えば、明月さんを見送りたかった。もう二度と会う事がなくなる友人を見送ってやりたかった。

 だが、俺に見送られる以上に望む事があるのなら話は別だ。

 

「さようなら、明月さん。今までありがとう。…楽しかったよ」

 

「─────」

 

 言いながら明月さんに手を差し出して掌を向ける。俺が差し出した手を目を丸くしながら少しの間見つめてから、明月さんはふっ、と微笑むと、俺の手を握り返して口を開く。

 

「私も柳さんと出会ってから楽しかったです。ナツメさんと幸せになってくださいね?もし泣かせたら…、許しませんから」

 

 明月さんと握手をしながら思い返す。明月さんと出会ってからこれまでの、彼女とのやり取りを。

 仕事で言葉を交わし、助け合った。時にからかわれ、反撃して、笑い合って、異性ながらここまで親しくなった友人はほぼいなかった。

 

 掛けがえない、と何の疑いもなく言い切れる友人とはこれでお別れ。寂しくない筈がない。それでも笑う。それが、彼女の望みだから。

 

 明月さんを見送る事は出来ないけれど、笑ってお別れをする事は出来る。だから、胸の中から湧き上がる寂寥感を我慢して笑う。

 

「さようなら」

 

 そう言って、俺達は明月さんと別れた。それから、俺もナツメも明月さんがどうなったのかを見ていない。

 

 ただ次の日の夜、高嶺からのメッセージで俺達は知る。

 

 明月さんは、幸せそうな笑顔を浮かべて消えていったという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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