喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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話の中で視点が動き回るので注意してください。


第六十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔のすぐ横、左側で通りすぎていった風に腕を引っ張られる。

 感覚として即座に理解できたのはそこまでだった。

 

 直後、左腕を今まで感じた事のない感覚が襲った。それが、腕が千切れた感覚だったのだと悟るのは後方から腕が落下した音が聞こえてから。

 

「─────がぁぁァあああアあああああああ!!!?」

 

 左腕から、というのは表現としては間違いだ。左腕は既にあるべき場所に存在していないのだから。

 ともかくこれまで生きてきた中で経験した事のない激痛に襲われる。右手で二の腕の一部を押さえながら、蹲りそうになる両足ですぐにその場から離れる。

 

 激痛で抑えきれない悲鳴を挙げながらも、瞳は無感情のまま止めを刺すべく再び腕を振るう朔夜の姿を捉えていた。

 

 先程まで自身がいた場所を再び通りすぎていく風が頬を撫でる。

 

「─────」

 

 

 朔夜がこちらに向かって駆け出す。先程までよりも速く、ここからは容赦しないと言わんばかりに容易くこちらの懐に潜り込んでくる。

 

「っ!」

 

「!?」

 

 避けられない。そう即座に直感した千尋は千切れた方の腕を朔夜に向かって振るった。

 当然、そこに腕は伸びていないため朔夜には当たらない。第一に届かない。しかし、そこから吹き出た鮮血が朔夜の視界を妨げる。

 

 目を見開いた朔夜の一瞬の硬直。そこを見逃さず千尋は右足を持ち上げ、朔夜の腹部に叩きつける。

 星との接続によって向上した身体能力が朔夜を押し戻す。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 朔夜に距離をとらせたのは良いが、状況は最悪だ。千尋は片腕を損失し、今にも倒れそうな程満身創痍。一方の朔夜はたった今、何とか一矢を報いたものの全く堪えた様子はない。

 初めて攻撃がもろに当たったのだから、少しは痛がる様子を見せて欲しかったのだが。どうやらそう上手く事は運ばないらしい。

 

 ─────本当に、どうする…?

 

 痛みと疲労で朦朧としていく意識の中で朔夜と睨み合う。

 先程と同じ手はもう二度と通用しない。考えれば考えるほど、自身の状況が手詰まりだという実感が増していくだけ。

 

 ─────今からでも降参してしまおうか。

 

 そんな考えが湧いてきてしまう程に千尋は追い詰められていた。

 死んでも高嶺を助けて見せる。当初抱いていた強い気持ちが薄れ、今では死にたくないという気持ちが逆に強くなってしまう。

 

 甘えていたのかもしれない。何だかんだ、朔夜ならば自分も高嶺も、結局は殺さずに済ませてくれるだろうと、心の片隅で思っていたのかもしれない。

 

 だが現実は違う。朔夜は本気で高嶺を殺すつもりで、そしてそれを邪魔しようとする自分を殺す覚悟でいる。

 

 ─────今更引き返せるか…!

 

 死にたくない。この衝動が未だ強いままなのは言うまでもない。しかし、ここまで追い詰められると不思議と、逆に腹を括る事が出来た。

 どうせもう逃がしてはくれない。生きるか死ぬか。それならば、指一本動かせなくなるまで足掻いてやるまで。

 

 逃げたいと思う弱い心を押し殺し、半身になって朔夜と向き合う。

 

「…っ!」

 

 目を見開いて右腕を振るう朔夜を見据える。

 肉眼では捉える事の出来ない風の刃が千尋を襲う。

 

 先程と同じ様に横へ跳んで回避。その際も朔夜の動きを逃さず目を凝らす。

 

 先とは違い朔夜は千尋を追う事なくその場に留まり、続けざまに両腕を振るって風を放ち続ける。

 その場から跳び、時には身を翻して放たれる刃を避け続ける。その度に、千切れた左腕の裂け目から飛び散った血がコンクリートの地面を濡らす。

 

 ─────もっとだっ。

 

 朔夜が放つ風の刃をかわしながら、千尋は意識を集中させる。

 深い水の中に潜るように、意識を沈ませ、確かに自分の中で感じるその繋がりを強くしていく。

 

「─────っ」

 

「!?」

 

 その時、千尋は自身の背後で僅かな空間の揺らぎを視た。

 その正体を悟る前に身を翻すと、一瞬前まで立っていた地面を背後から吹き荒れた風が大きく抉る。

 

「…ちぃっ!」

 

 今の攻撃を決め手にしようとしていたのか、回避された事への苛立ちか、初めてこの戦いの中で表情を歪ませた朔夜が大きく両手を広げる。

 

 直後、先程視た空間の揺らぎが大きく、自分の周りを囲むように展開される。

 

「やはり視えているのか!千尋っ!!」

 

 風が放たれる直前にその場から駆け出した千尋を睨みながら朔夜が吠える。

 

 鳴り響く炸裂音が背中を震わす。それに構わず千尋は朔夜へと疾走する。

 

「私の支援なしでそこまで深く接続するか!」

 

 千尋の拳と朔夜の掌がぶつかり、合わさる。互いに力を込める中で、朔夜のもう一方の腕がぶれる。

 それを視認したと同時に首を傾け、顔のすぐ横を通りすぎる朔夜の拳の風圧が髪を揺らす。

 

「うぉぉぉおおおおおおお!!」

 

「くっ!?」

 

 千尋は首を傾けた際の僅かな勢いをも利用し、体を捻る。そのまま左手で掴んだ朔夜の足を持ち上げ、コンクリートの地面に朔夜の背中を叩き付けた。

 

「が…っ!」

 

 反撃を受けた朔夜の狼狽はほんの一瞬。叩き付けられた体を力一杯捻って回転させて千尋の拘束から逃れると、そこで動きを止めずに両足で着地。低い体勢のまま千尋に足払いを掛ける。

 

 だがそれに対しても千尋の瞳は働いた。朔夜の僅かな動きからその後の反撃を予知し、最小限の動きでその場から離れて回避。

 

 ここまで来れば千尋も自覚を始める。

 今までで一番視える、と。前回の戦いよりも鮮明に、詳細に、この瞳は自分が視たい景色を映している、と。

 

「ぐっ…!?」

 

 だからこそ、なのだろうか。両目に奔る激痛は、身に余る力を求めたその代償。

 

 左腕を失い、いつ体力の限界を迎えてもおかしくない身体。

 それでもなお千尋は朔夜と向き合い、戦闘の意欲を落とさない。

 

 睨み合う両者が次に動き出したのは同時。直後、鈍い衝突音を響かせ二つの拳がぶつかり合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

 人を超えた─────いや、自身の枠すらをも超えた戦いを前にして、ミカドはただ息を呑んで見ている事しか出来ずにいた。

 

 時間が経つ毎に千尋の動きが速くなっていく。繰り出される拳の威力が重くなり、受ける朔夜の表情の動きがハッキリとしていく。

 

 少しずつ、千尋が枠から外れていく。

 

 それを目の当たりにしながら、ミカドはただその場で見守る事しか出来ない。

 

 ケット・シーは戦いを得意とはしない種族だが、それを考慮しなくとも、今の千尋を倒す事が出来る生き物がどれほどいるだろう。

 以前、千尋を襲ってきた妖狐でどうかといった所じゃないだろうか。少なくとも、ミカドは今の千尋を相手取る自信は持てない。

 

「なんだよ…、これ…」

 

 その時、傍らから呆然と呟かれる声がした。

 

 この場にいるのは四人。ミカドと今も交戦を続ける千尋と朔夜の二人。そして、当事者ではあるもののそれどころではなく、現時点で放置される形になっている高嶺昂晴。

 

「柳…。なんで…」

 

 その疑問は何に向けられたものか、昂晴の要領を得ない言い方では掴む事は出来なかった。

 しかし、昂晴は視線を千尋がいる方へと向けたまま続けた。

 

「腕が…なんで…。そこまでして…っ」

 

 昂晴自身、大きく混乱している筈だ。先日に最愛の人を失い、その痛みを乗り越えて前を向こうとした矢先にその機会を奪われそうになり、そして今。

 一人の友人が自身を守るために言葉通り、身を削っている。

 

「もし─────」

 

 昂晴の姿を見ている内に、ミカドは無意識に口を開いていた。そんな自身の行動に驚き言葉を詰まらせながら、ミカドは取り直して言葉を続ける。

 

「もし貴様が奴と同じ立場だったなら、どうしていた」

 

「え…?」

 

「千尋が誰かに命を狙われ、その光景を前にした時。貴様はどうする」

 

「そんなのっ…!」

 

 ミカドに問われ、昂晴は声を僅かに荒げながら答えを返す。

 

「助けるに決まってる!」

 

「…つまり、そういう事だろう」

 

 昂晴に向けていた視線を千尋と朔夜が交錯する方へと移しながら、ミカドは言う。

 

「千尋も貴様と同じなのだろう。()()()()()()()()()。きっと、それが答えだ」

 

「─────」

 

 これ以上、昂晴から続く声はなかった。

 

 ミカドは歯を食い縛りながら朔夜の魔法をかわしながら近づこうと走り続ける千尋を見つめる。

 

 本当ならば、朔夜に加勢するべきなのだろう。

 ミカドは神の僕。それならば、朔夜が千尋を殺そうというのならそれに協力すべきなのだろう。

 

 だが、ミカドはここから動く事が出来ない。たとえあの場に飛び込む事は出来なくとも、結界を使って朔夜を援護する等、出来る事はあるというのに。

 

 ─────我輩も、甘くなったものだ。

 

 昂晴の周りを飛び回る青い蝶に目を向ける。

 何人もの死神と行動を共にし、彼等が生きる執着を取り戻していく様を見続けてきた。しかし、あそこまで言う事を聞かない死神は初めてだった。

 

 何時からだっただろう。自身に物を申す彼女の姿に怒りを覚えなくなったのは。

 何時からだっただろう。多少時間をかけてでも、多少危険を犯してでも、多くの人が救われる方法を考えるようになったのは。

 

 何時からだっただろう。出来る事ならば、()()()()()()()()()()()()()と思うようになったのは。

 

 ─────千尋。

 

 してはならない。分かっているが、今のミカドは願わずにはいられなかった。

 

 ─────頼む。

 

 彼もまた、笑顔溢れるあの光景を好きになった一人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

 このままでは不味い。戦いながら、朔夜の思考の片隅でそんな思いが過った。

 

 この戦いに負けそうという訳ではない。そういう意味で不味いと思った訳ではない。このままでは全力を出さざるを得なくなる。そういう意味で不味いと思ったのだ。

 

 神の全力といってもその規模は幅広く、星そのものに影響を与える程の力を持った神もいれば、大して強い力の持たない神もいる。

 しかしその中で、朔夜はどちらかといえば前者の分類に入る。

 

 一度力を振るえば、瞬く間にこの街を滅ぼせる。朔夜はそれ程の力をその身に宿している。

 そんな朔夜が全力を出す事を考えてしまう程に、今の千尋は彼女にとって危険な存在になりつつあった。

 

 ─────千尋…、君はどこまで…っ!

 

 朔夜が切り離した千尋の左腕。その傷口から垂れる筈の血はすでに止まっている。

 千尋と星を繋いでいる経路(パス)を通して流れる星の生命力が、千尋の傷を塞いでいるのだ。

 今こうして戦っている間にも、千尋は星との繋がりを強くしている。恐らく、本人は無意識のままに。このままいけば、更に強く千尋に宿った星の生命力は失われた左腕を再生させるまでに至るだろう。

 

 そしてそうなれば、いよいよ朔夜も全力を以て臨まなければならなくなる。

 

 ─────その前にっ!

 

 その前にこの戦闘を終わらせなければ面倒な事になる。下手をすれば、自分以外の神々が出向かなくてはならない事態になる。

 そうなる前にと、朔夜は千尋の周囲、全方位に魔法を展開。一斉に千尋目掛けて風を放つ。

 

 だがそれをまるで予知していたかのように、千尋は朔夜が魔法を放つ直前にその場から離脱してしまう。先程からずっと、これの繰り返しだ。

 どれだけ死角から攻撃を放とうと、どれだけ回避不能のタイミングで攻撃を放とうと、その前に対応されてしまえばどうしようもない。

 

 千尋は今、星詠みの瞳の力を()()()()()()()()引き出せている。

 

 ─────こんな状況じゃなければ、喜ばしい事なのにな。

 

 瞳の力を引き出せている事、それ自体は朔夜にとっても喜ばしい事だ。その矛先が自分に向けられてさえいなければだが。

 

 何にしてもどうにかしないといけない。繰り返すが、死ななければ良い。生きてさえいれば、後々の事もどうにか出来る。

 このままだとそれさえも難しくなってしまいそうだが、その前に。

 

 先程よりも更に速く動き回る千尋を目で追いながら、朔夜は絶えず思考を回し続ける。

 

 ─────千尋を殺したくない。

 

 二人の交錯は更に苛烈に、加速していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、は…?」

 

 闇の中で響く少女の声。

 

 ここは本来、何者の侵入も許されない領域。

 

 しかしここにたった一人の少女が()()()()()()

 

『●●●●。いや、今は明月栞那という名だったか』

 

「っ、誰ですか!?」

 

 何者の侵入も許されない領域。だがたった一つだけ、この場に居座る事を許された物がある。

 

「どこに…」

 

『君と少し話がしたい。我の質問に答えるだけで良い。そう時間はとらせない』

 

 どこを見ても、視界に広がるのは深い深い闇。その闇の中で、どこから聞こえてくるのか定まらない声が響き渡る。

 

 世界から切り離された闇の領域で、一人の少女もまた、運命に抗う戦いに身を投じようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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