喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第六十五話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肩に鞄を掛けて部屋を出る。しっかりと扉の鍵を閉めてから、先に部屋を出ていたナツメと並んでアパートの階段を降りる。

 

 二週間の冬休みが明け、今日から講義が再開される日になった。時刻は八時半、俺は二限からだがナツメが一限から講義があるという事で一緒の時間に部屋を出た。

 ナツメはゆっくりしてて良いよと言ってくれたが、まあ好きな人とは少しでも長く一緒にいたい訳で。それがたかだか一時間か二時間くらいだとしても。

 

 ちなみに今日はお店は休業日だ。更にいうと三日前には営業を再開している。

 一週間空いてからの営業だったが、休業前と変わらない…むしろ年末という事で客足が減っていた休業直前と比べると客数は増えていた。

 お店を休む際にナツメが気にしていたお客さんの足が遠退いてしまうのではないかという心配は杞憂に終わったという事になる。

 

 年始にナツメと喧嘩し、仲直りしてからも俺達は特に変わりなく過ごしていた。お店が休みの間は部屋でのんびり過ごしたり、ちょっと外に出て歩いてみたり。店の営業が再開してからはそれこそいつもの日常が戻ってきたと言わんばかりに働き、仕事が終われば二人で帰って一緒に過ごして、まあ、たまに、あれをしたりしなかったり─────待て、俺はさっきから誰に説明しているんだ。やめやめ、こんな事考えるんじゃない。

 最中のナツメの顔を思い出したらスイッチが入ってしまいそうだ。

 

 ナツメと他愛ない会話をしながら歩いている内に大学の前に。もっと一緒にいたい所だが、履修していない講義にまでついていく訳にもいかない。ここで一旦お別れだ。

 

「お昼は一緒に食べよう?講義が終わったら連絡するから」

 

「あぁ。待ってる」

 

 ナツメと微笑み合ってから、ほんの少し名残惜しさを覚えながらも部屋を出てからずっと繋いでいた手を離す。

 直後、温もりから放たれた手に容赦なく冬の冷え込みが突き刺さる。今日も冷え込んでるなと、ようやく思い知る。

 

 ナツメが手を振り、俺も手を振り返してナツメが建物の中に入って姿が見えなくなってから、ナツメとは違う方向へと歩き出す。

 俺が受ける講義は今ナツメが入っていった建物とは違う棟にある部屋で行われる。その棟の中にはちょっとした休憩スペースがあり、そこでは有線でネットが繋がるからそこで時間を潰す事にする。

 

 時折頭上の時計を見上げて時間を確認して、ナツメはどうしてるかな、なんて考えながら休憩スペースにてだらだら過ごす。

 どうしてるかなも何も、ナツメは今講義を受けてるに決まってるのに。末期な自分に内心苦笑いしながら、気付けば周囲を歩く学生の数が増えていた。

 

 ノートPCを鞄にしまい、次の講義が行われる講堂へ入る。鍵は開いていて、俺以外にも数人すでに講堂の椅子に座っていた。

 友人と固まって座る人、一人で座る人。まだ昭久達は来ていないし、俺は後者だ。教壇からだいぶ離れた椅子に腰を下ろして一息吐く。

 

 その直後だった。

 

「見つけたぞ!この裏切り者めがぁっ!」

 

 聞き覚えのある、それと同時に懐かしさを覚える喧しい声が響き渡ったのは。

 

 すでに講堂内に来ていた学生達が振り返る。俺も例に漏れず振り返る。

 そこに立っていたのは俺を睨む三人の学生…いや、一人は笑ってるな。めっちゃニヤニヤしてる。

 とにかく三人の学生が俺の方へと歩み寄ってきた。

 

「裏切り者って何だよ…」

 

「黙れ裏切り者。すでにネタは上がってるんだぞ」

 

 俺の隣の席に腰を下ろした眼鏡を掛けた生徒がスマホを操作してから画面を俺の方へ向けてくる。

 

 何だかこのノリにデジャブを感じながらも向けられた画面に写された一枚の画像を見る。

 そこに写っていたのは、手を繋いで歩く俺とナツメの姿だった。しかもこの大学に来る途中か、これ。

 

「…」

 

「あ、待って。そんな目で見ないで。この画像撮影したの俺じゃないから訴えないで」

 

 ただの盗撮だった。てかやっぱ前にもあったわこんな事。あの時も俺とナツメが一緒に登校してる所盗撮されたな。そんで今みたいに囲まれて尋問みたいな事されたわ。

 

「おい」

 

「っ、そうだった。おい柳、これはどういう事だ」

 

「…どういう事って何が」

 

「しらばっくれるなぁっ!」

 

 うわぁ、めんどくさぁ…。もう分かるよ、こいつが言おうとしてる事。でも…、そっか。そうだよなぁ…。こうなるよなぁ…。

 

「お前、やっぱ四季さんと付き合ってたんじゃねぇか!」

 

「俺達に嘘吐いてよぉ。俺達ゃショックだぞおい」

 

「別に嘘なんて吐いてねぇ」

 

「じゃあこれは何だこれは!思いっきり手ぇ繋いでんじゃねぇか!」

 

「てかうるさい、少し静かにしろ」

 

 しかしここまで騒ぐ事かね。たかだか一組カップル出来たくらいで。

 いや、とりあえず呆れる前に一つ誤解は解いとかないと。

 

「付き合ったのはイブからだからお前達に嘘吐いた訳じゃない」

 

 前にも何度かこいつらにナツメと付き合ってるのかと聞かれ、違うと答えた事があった。それは勿論嘘じゃない。何しろ質問されたのはナツメと付き合う前だったから。

 だがこいつらはその時からすでに俺がナツメと付き合っていたと勘違いしている。まずはそこを正さねば。

 

「…なるほど、イブからか。なら、お前が嘘を吐いた訳じゃないな」

 

「あぁ。俺は嘘なんて吐いてない」

 

「そうか。有罪」

 

 何故だ。

 

「ぐぁぁぁああああああああ!昭久に続いて柳まで!しかも相手は四季ナツメ!?」

 

「何をした。何やらかしたんだお前!脅迫は犯罪だぞ!」

 

「してねぇよ。普通に告白して受け入れて貰ったわ」

 

「「あああああああああああああああああああ!!!」」

 

 うるさい。うるさいけど、あれだな。こいつらの発狂具合を見てると何かこう…、面白いな。笑えてくる。

 

「へぇ~。千尋からコクったんだ。どんなシチュエーションで?」

 

「…それを話す筋合いはないぞ」

 

「お~い~おしえろよ~。千尋と恋ばなとかできると思わなかったからよ~」

 

 通路側に立つ昭久が俺の肩に腕を回して絡んでくる。

 ウザイ、が、発狂されるよりはマシか。かといって馴れ初めをこいつに喋る気はさらさらないが。

 

「彼女持ち共が…っ!」

 

「柳ぃ…、まだ審判は終わってないぞ…?」

 

 怨嗟の声が聞こえてくる。というか審判なんていつの間に始まってたんだ。

 

「何故だ…、何故柳なんだ…」

 

「お前らさっきから失礼だぞ。俺に」

 

「こんな血も涙もない冷酷男に…」

 

「お前らの態度が改まれば俺も態度を改めるぞ」

 

 ぐぎぎぎぎ、とどこから出してるのか分からない声を上げるアホ二人。そんな二人を眺めながら笑っている昭久。

 

 長期休み明け、こいつらと再会する度に感じる。何というか、戻ってきたという実感。何だかんだ俺自身、こいつらを友人だと本気で思っているらしい。

 今のこいつらはウザイけど。

 

「…もうこんな時間か。柳、昼休みに尋問を続けるからついてこい」

 

 話している内にもうすぐ講義が始まるという時間にまでなっていた。講堂の席はこの講義を受ける生徒で殆ど埋まり、周囲からは談笑の声が響き渡る。

 

「無理」

 

「…何だと?」

 

「昼はナツメと約束してる」

 

「何だとぅ!?」

 

 今の言い方ちょっと面白かった。何だとぅって。

 

「下の名前…、あの四季ナツメを名前呼び…」

 

「付き合ってんだから別に可笑しかないだろ」

 

「…死刑」

 

「首吊りか電気椅子か選ばせてやる」

 

「どっちもしない」

 

 講堂に教授が入ってくる。それを期に少し講堂が静かになり、こいつらも鞄からこの講義で使う教材を出して大人しくなる。

 始講のチャイムが鳴ったのはそのすぐ後。話し声は止み、講堂に響くのは教授が話す声だけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特に何事もなく講義が終わってから、すぐにナツメと連絡を取ろうとする。

 が、すでにナツメからライムが入ってきており、先に食堂の前へ向かっているとの事。

 

 という事でぎゃんぎゃん騒ぐ友人達を置いて俺も荷物をまとめて食堂へ。メッセージ通り先に来ていたナツメが俺に気付いて手を振る。

 二人で券売機前の列に並んで食券を買い、注文した料理を受け取ってから二人用のテーブルを見つけてその椅子に腰掛ける。

 

「ふぅ…」

 

 腰を下ろし、鞄を足元に置いてから一つ息を吐く。

 何というか、疲れた。一時間半の講義を一つ受けただけなのだが…、講義の前と後の騒ぎ、そして昼休みが終わってから、今日の講義が終わってからの事を考えると精神的な疲労感に襲われる。

 まあ要するに、面倒臭い。さっきも同じ事を考えた気がするが、何で一組カップルが出来たくらいでここまで大騒ぎされなきゃならないのか。

 

「何か疲れてない?」

 

「ん?いや、そんな事は…ある、かも」

 

 先程の溜め息をしっかり見られていたらしい。ナツメにそう聞かれ、初めはそんな事はないと答えようとしたのだが、嘘をついてもバレそうな気がして、結局苦笑いしながら肯定した。

 

「ちょっと質問責めにあった」

 

「あー…。千尋もだったんだ…」

 

「もって…、ナツメもか」

 

「うん。色々聞かれたし、言われた」

 

 聞き返してから、ちょっと考えれば俺よりもナツメの方がしつこく質問されたに違いないと想像がついた。何しろ孤高の撃墜王なんて二つ名がつけられる程に有名人なのだから。

 

 しかし、その次の一言に少し引っ掛かりを覚えた。

 

「言われた?」

 

 聞かれたは分かるが、()()()()とはどういう事なのだろう。

 意味が分からずナツメに問いかけてみる。するとナツメは僅かに顔に怒りを表しながら口を開いた。

 

「うん。付き合ってるのか聞かれて、そうって答えたら『あんな冴えない奴と』とか、『何であんな奴と』とか」

 

「あー」

 

 ナツメが言われたという冴えない奴やあんな奴がどの奴を指しているのかは考えるまでもなく察せる。

 まあそういう感想を抱かれるのは仕方ないと受け入れている。端から見れば釣り合ってないと思われるだろう。大体俺だって今のこの状況をたまに信じられなくなるくらいなのだから。

 

 どうも、冴えない奴です。すいませんね、こんな奴がナツメの彼氏になっちゃって。

 

「…」

 

「…どうした」

 

 特に返す言葉もなく、少しご機嫌斜めの様子のナツメをどうやって宥めようかと考えていると、ナツメがじとーっとこちらを睨んでいるのが見えた。

 

「何でそんな納得した様子なの?」

 

 どうやら俺が何も言い返さないのが御不満らしい。

 しかし先程も言ったが、端から見れば不釣り合いに思える組み合わせなのは否めない。だからといってナツメを手離すつもりはないが、そう思われる事自体に俺は何とも思わない。

 

「そう思う奴がいても仕方ないだろ。何も知らない第三者からすれば人気者と日陰者が付き合ってる様に見えるんだろ」

 

「何それっ」

 

「待て待て待て、俺がそう思ってる訳じゃないから。ナツメを囲んだ陽キャ共はそう思ってるんだろうなって考えただけだから」

 

 ナツメの視線が鋭くなるのを見て慌てて弁明する。

 だが、ナツメの怒りは収まらない。

 

「釣り合ってるとか釣り合ってないとか関係ない!私は千尋が好きだから千尋と付き合ってるだけ!」

 

「おう、ありがとう。でもナツメ、もう少し声のボリュームをだな─────」

 

「本気で好きじゃない人と付き合う訳ないでしょ?それなのに『あいつで遊ぶんなら俺で遊びなよ』とか言ってくるバカもいるし…」

 

「バカだなそいつ、遊ばれるのが良いのかよ」

 

「そういう問題じゃない!」

 

「はい、すみません」

 

 叱られた。

 

「千尋も千尋よ。どうしてそんな平然としてるの?自分がバカにされてるのに」

 

「いや…、別にどうでもいいしそんな事。直接俺に言ってこない奴の事なんて」

 

 質問を投げ掛けられ、素直に本音でそう返すとずっと荒れていたナツメがピタリと静かになる。

 目を丸くして驚いた様子で俺を見ている。

 

「それに、多分逆だぞ」

 

「逆?」

 

「あぁ。俺は今、嬉しいと思ってる」

 

 怪訝な表情になるナツメ。

 そうなるのも仕方ない。今の俺のこの言い方だと、バカにされた事が嬉しいと言っているように聞こえるだろうから。

 

 勿論そうじゃない。俺が言いたいのは─────

 

「バカにされて何も感じない俺の代わりに、ナツメが怒ってくれてるから」

 

「─────」

 

 好きな人がバカにされて怒る、極々自然な事だ。だからこそ、ナツメが怒る程に想われているのだと実感が出来る。

 

 だから、嬉しいのだ。ナツメが俺と同じ気持ちなのだと感じられる。それが嬉しい。

 

「…ばーか」

 

 先程までとは違う柔らかな声。怒りに満ちていた表情も穏やかな微笑みに、俺が一番好きな表情へと変わる。

 途端、一瞬心臓が強く高鳴る。俺達を包む空気が僅かに艶色に染まる。

 

 何も言葉は口にしない。ただ見つめ合っているだけ。それだけで、今この世界には俺とナツメの二人だけと思えて─────

 

「いてっ!?」

 

 直後、頭部に強い衝撃。先程とはまた違う種類の心臓の高鳴り。驚きと共に振り返る。

 

「ここは食堂だぞ。何をしようとしてるのかな、お二人さんは」

 

「昭久…」

 

 お盆を片手で持ち、もう一方の手は指を揃えて開いている。さっきの衝撃はこいつのチョップによるものらしい。

 

 昭久は俺達を苦笑いしながら眺めてから、隣の四人用のテーブルにお盆を置いて席に腰を下ろす。

 

「おい、草野…。いいのかよ」

 

「は?何が」

 

 昭久は食堂に一人で来た訳じゃない。当然友人と一緒だ。そしてその友人が誰なのかは言うまでもない。

 朝にも見た二人の顔が、朝とは違う気まずげな表情を浮かべてこちらを見ていた。

 

「てかお前、あんなの見せられて良くここに座れんな…」

 

「いやだって他に席ないし」

 

 いつものこいつだったら俺達の邪魔をしないよう離れた席へ行くのだろうが、他の席は埋まってしまったらしい。

 ていうかあれか。さっきのは昭久だけじゃなくこの二人も見てたのか。…それなら気まずそうにしてる理由も分かる。

 

「千尋もいいだろ?」

 

「ダメだろ」

 

「聞く相手を間違えた。四季さん、ここに座って大丈夫だよね?」

 

「え?別にいいけど…」

 

「俺を無視すんな」

 

 さっきのを見られた羞恥がまだ抜けきっていないのか、僅かに頬が染まったままのナツメが昭久の問いかけに答えてしまう。

 俺の講義は全く受け取って貰えず、二人も四季さんがいいならと隣の席に着いてしまう。

 

「まあまあ、邪魔はしないからさ」

 

「そこに居るだけで気になって邪魔になるんだが」

 

「まあまあ、そこは気にしない方向で」

 

 微妙に話が噛み合わない、というより噛み合わせる気もないのだろう。

 昭久に対して大きな溜め息を吐く。そうして思わぬ乱入者と共に、今まで忘れかけていた昼食を摂り始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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