テーブルを挟んで対面に座る二人の顔には緊張の色が浮かんでいる。
当然だ。かれこれ十年ぶりの再会なのだから。二人の緊張は傍にいる俺にまで伝わってくる。
しかし、しかしだ。
「そろそろ喋れよ。挨拶くらいしろよ二人とも」
「「っ─────」」
席に座って十分も黙っていられると流石に突っ込まざるを得なかった。
いや、十分だぞ十分。しかも最初に顔を合わせた時も二人は俺を通して会話はしたものの、直接向かい合って会話はしていない。
それを考慮すると十分以上二人の会話がない事になる。いや流石にないわ。
俺のツッコミを受けて二人、ナツメと染井さんの体がびくりと震える。
場所はステラのフロア、四人掛けの席を借りてナツメと染井さんと、染井さん発案の同窓会について話し合うつもりだった。
昨日、驚きながらも本当に同窓会を開くのなら出席したいとナツメが口にして、それを染井さんに伝えた。
染井さんからの返信はすぐに来た。明日にでもナツメと会って話がしたい。ついでに俺も加えて同窓会について話し合いたい、と。
ついで扱いに引っ掛かりを覚えながらもナツメの了解を得てから染井さんに了承の返信を送り、そして今、バイトの昼休憩の時間を利用してこうして集まっているのだが─────。
まあ、さっきの通りである。一時間の休憩の内、十分以上を潰してしまっている。
「な、ナツメちゃん。その…久しぶり」
「う、うん。久しぶり…」
「「…」」
挨拶をしろと言われた通りに挨拶を交わした二人。なお、続く会話はない。
空気がもうあれだ、お見合いをする二人が話題に困っている時のそれだ。そこに居座っている俺の身にもなれ。
「お、お洒落なお店だね。…」
「あ、ありがとう。…」
「「…」」
だから何で黙り込むんだよ。もっと何かあるだろ。こう、退院してから今まで何をしてたのかとか。高校はどこ行ったとか、部活は何してたとか。
それこそ、あの時絵に描いた事は実現できたのか、とか。
「おい、お見合いするなら俺は離れるぞ」
「あ、あはは…。ごめんなさい」
「だって…。何を話したら良いか分からないし…」
ナツメはともかく、染井さんは所謂陽キャに近い方だと思っていたからここまで話が進まないのは予想外だった。
繰り返しになるが、十年ぶりの再会で緊張する気持ちは分からなくもない。だが俺がこの場にいられる時間も限られている。
二人には悪いが、本題に入らせてもらう。
「染井さん。すぐに連絡を取れたのは何人だ」
「え?えっと…。とりあえず今、私のスマホに登録してある三人皆に送って、一人から返事が来たよ。参加したいって」
「残りの二人はまだか」
「他の二人とは直接連絡先を交換したんじゃなく、返事が来た人から教えてもらったの。私がIDを一方的に知ってるだけで、もしかしたら私の事を覚えてないのかもしれない…」
もう十年も前の事だ。記憶が曖昧になるのは仕方ないのかもしれない。
しかし一日で一人か。これから残りのメンバーの連絡先を調べていく事を考えると、かなり手強そうだ。
「…誰かに手伝ってもらうか」
「うん。正直、私と柳君だけじゃ難しいよ」
すぐに思い付いた打開案は他の誰かの手を借りる事。俺と染井さんだけでは少ししんどい。それなら、人手を増やせば良いという単純な思いつき。
単純でありながら、これ以上なく最適な打開案だ。
「それなら私が…」
「いや、店の経営に同窓会の手伝いも両立はちょっと大変だろ。幹事は俺と染井さんに任せてくれ」
話を聞いていたナツメが手を上げかけるが、それを止める。
俺はただのバイトの身分だがナツメは違う。全て一人で背負っている訳ではないが、店長として、ミカドに支えられながらも店の経営に携わっている身だ。
その上、最近は俺の身の回りの事まで一部やってもらっている。その上同窓会の手伝いまでやらせれば、ナツメの疲労が限界まで至るかもしれない。
ナツメの彼氏として、それは看過できない。
「とりあえず一人候補はいる。顔が広いし、初対面の人とも普通に話せる好物件だ。多分、俺の頼みに応じてくれると思う」
言いながらスマホを操作してメッセージアプリを起動、その手伝い候補である昭久にこの件についてメッセージを送信する。
返事はすぐに返ってきた。昭久とのトーク欄を開いてメッセージを確認する。
そこに書かれていたのは了承の内容。とりあえず一人は確保した事を染井さんに伝える。
「三人…。もう一人欲しいかな」
「四人なら二手に別れて調べられるからな」
「…やっぱり私が」
「「それはダメ」」
再びナツメが手を上げかけ、今度は俺だけでなく染井さんも同時に止めに入る。
贅沢を言えば四人が望ましい。しかし、昭久の手が加わればとりあえず二人よりは断然負担は減る。
それならばいっそ、このまま三人で調査を始めてしまおうかという考えが出てくる。それに調査もそんな一日二日では終わらないだろうし、途中でもしかすれば人手を増やせる可能性だってある。
そう考えて、俺が今の考えを染井さんに伝えようと口を開こうとした、その時だった。
「私も手伝いましょうか?」
そんな声が頭上から降りてくる。
俺達三人が同時に見上げたその先に、青いユニフォーム姿の明月さんが立っていた。
「明月さん?」
「ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったのですが、話が耳に入ってしまって」
「いや、そんな気にしないでくれ。…いいのか?」
申し訳なさそうにそう謝る明月さんをフォローしてから確認を取る。
何の確認なのかは言うまでもない。先程の明月さんの手伝うという台詞についてだ。
「はい、勿論です。昂晴さんにも声を掛けておきますか?」
「…助かる。でも、何か用事があったりしたら迷わずそっちを優先してくれ。本当に、無理して手伝う必要はないから」
思わぬ形で人手が増えた。それも恐らく二人も。
俺と染井さんと昭久と、明月さんと高嶺の五人。これならば何とかなるかもしれない。
正直、同窓会が開けるのは月単位で先になるだろうと思っていたのだが、今月中に開催に至れる可能性も出てきた。
「よし。それじゃあ、今日のところは同窓会についてはこれで良いか」
「うん。…本当にありがとう。柳君、明月さん」
「今さらお礼言われてもな…。手伝う事になった経緯を考えると微妙だ」
染井さんのお礼にそう返事を返すとたはは、と苦笑いを浮かべる。
その表情を見届けてから、俺は席を立った。
「千尋?」
立ち上がった俺を不思議そうに見上げるナツメと染井さん。
俺はテーブルから少し離れてから振り返り、二人に向かって口を開ける。
「俺はバックルームで休むよ。どうぞ二人は好きなだけ談笑しててくれ」
「「…」」
俺の言葉を受けて、ナツメと染井さんがきょとんとした顔を見合わせる。
そしてすぐに焦った表情を浮かべて俺の方へ視線を戻した。
「ちょ、ちょっと待って千尋。せめて、せめてここに居て」
「そ、そうだよ柳君。柳君からもナツメちゃんの話を聞きたいなぁ~」
「うるさい。いい加減気まずいお見合いの空気を脱しろ。明月さん、後で二人がどうだったか教えてくれ」
「了解です、任せてください」
明月さんにそう言い残し、背中にナツメと染井さんの呼び止める声を受けながら俺は宣言通り二人をフロアに残してバックルームへと入る。
途中、頼んでおいた賄いのオムライスを高嶺から受け取り、バックルームで食べながらスマホで昭久と連絡を取る。
明日から早速調査を始める。といっても明日は日曜日、流石に休日で忙しくなる日に抜ける訳にはいかないので俺は殆ど協力できないが。
だが同窓会が開催するまでの間、どこかの曜日に休みを入れるつもりだ。その日は大学が終わってからの時間を調査に費やす。
「さてと…。頑張りますか」
色々な人を巻き込む事にはなったが、ナツメのためにも頑張らなくては。
今のナツメにとってあの絵がどれだけ心を占めているのかは分からないが、ナツメは染井さんの名前を覚えていた。
ナツメの中で少なくとも彼女は、大切な思い出として刻まれていた証拠だ。それならばきっと、他の子供達も─────
「それと…、もう一つの方も何とかしないとな」
俺が今考えている事は、ナツメが嫌いだと明言した事そのままだ。
だが、だからといって俺はこれを放置したままで良いとは思わない。しかしこれを伝えれば恐らく、ナツメは尻込みしてしまう。
それならば伝えない。ナツメには悪いが、ドッキリという形を取らせてもらう。
「ホント…、頑張らないとな」
明日から大変だ。しかし、憂鬱には感じない。愛する彼女のために働く事に憂鬱さなど感じる筈がない。
俺が思う二つの目標が実現した時、ナツメがどんな顔になるのか。それを思い浮かべながら、俺は高嶺から受け取った賄いを食べる。
そうしてあっという間に一週間が過ぎた。その間、特に何も起こらな─────い筈もなく、順調に同窓会に向けて準備は進められた。
俺と昭久、高嶺と明月さん、そして染井さんは高嶺が声をかけて手伝いに来てくれた汐山と二人組に別れて調査を行った。
当たり前だが、決して簡単ではなかった。殆どは美和市周辺に住んでいたが、長い時を経て遠くに引っ越した人もいた。
そういった人達は今回は諦めて、まずは近くに住んでいる人に限定して声をかけて回った。
俺と染井さんの二人だけだったらこんなにも早く終わる事はなかっただろう。昭久、高嶺に明月さん、汐山には本当に感謝している。というより、俺とこの四人は同窓会の幹事として招待されている。
そう。今日、その同窓会は開かれる。染井さんの気紛れな一言から始まった一大イベント。本来、関わる義理がない人達も巻き込んで、彼らの努力のお陰でこんなにも早く、行われるのだ。
「本当にありがとな。四人とも」
ステラのフロア。今日の同窓会のために定休日のお店を臨時で開けて、すでに俺達幹事組は集まっていた。
俺は何の裏もない、素直に感謝の気持ちを伝えたつもりだった。
「…千尋がお礼とかキモいわ」
「…そうか。それなら昭久以外の三人とも、ありがとう。いつか俺の奢りで飯でも行こう」
「お~っとつれない事言うなよ千尋く~ん。ただの冗談じゃないか、俺も連れてってくれよ」
だが昭久には少々受け入れ難かったようで、それなら他の三人に改めてお礼の気持ちを伝えた。
なお、現金な馬鹿は焼き肉に釣られて簡単に掌返しを行った。やっぱこいつ屑だわ。
「それより、ナツメさん遅いですね。久しぶりで手間取っているんでしょうか?」
俺と昭久のやり取りを他の人達が小さく笑いながら眺める中で、不意に明月さんが口を開いた。
この場にいるのは幹事組。しかしこの店に集まっているのは幹事組の他にもう一人、ナツメがいた。
今、ナツメはバックルームで着替えをしているのだが─────明月さんの言う通り遅い。いい加減出てきても良い筈だが。
「確かに四季さん遅いな。おい千尋、お前様子見に行ってこいよ」
「さらっと覗きを指示すんな」
昭久の発言をさらりと流してからバックルームの方へと視線を向ける。
ナツメはどうしたのだろう。そういえば、俺と染井さんでナツメに
いや、流石にそれはないだろう。確かにナツメはどちらかといえばさばさばとした性格だし、恥ずかしかったり嫌だと感じた事はハッキリと嫌だと避ける傾向にはあるが、今日は流石に─────
そこまで考えた時だった。俺が視線を向けている方、つまりバックルームの方から扉が開く音がした。
フロア内で響いていた会話の声がピタリと止む。直後、奥の方からナツメが姿を現した。
恥ずかしそうに頬を染め、僅かに瞳に不安の色を覗かせた、メイド服姿のナツメが。
「うわぁ~!ナツメちゃん、すっごく似合ってるよその服!」
「そ、そう?でもやっぱり少し恥ずかしい…」
ナツメの着替えとはそう、今ステラで使用されているユニフォームが採用される以前に使うつもりだったメイド服の事だ。
ナツメは同窓会には普通に私服で参加するつもりだった様だが、それではあの絵の再現にならない。当時のナツメがやりたかった事を実現できない。
そんな事は気にしなくて良いとナツメは口にしたが、どうせならとことんあの絵の状況に近づけようと俺と染井さんが強く押した結果、ナツメは着替える事を承諾した。
そして今、ナツメは今では少し懐かしさを感じるあのメイド服姿になっている。
「おー…。あの可愛らしいユニフォーム姿も良いけど、この清楚な格好も似合うn「お前は見るな」うおっ!?」
親指で顎を擦りながら吟味するようにまじまじとナツメを眺める昭久の頬を掌で押し退ける。
本人にそんなつもりはないんだろうが、こいつがさっきみたいな事を言うと何というか、気持ち悪い。色んな意味が混じっている様に聞こえる。
まあ流石にそんな変な意味を込めて言っているのではないだろうが。本気で想う彼女とまだ続いているみたいだし。
「お前…。結構独占欲強いのな」
「うるさい。俺がさっきのお前の台詞と同じ事を言いながらお前の彼女を眺めてるとこ想像してみろ」
「…殴りたくなるな」
「お前の方が独占欲強えじゃねぇか」
軽い気持ちで返事をしたつもりだったのだが、昭久の地雷を危うく踏み抜く所だったらしい。
こいつの彼女についての話題はあまり出さない方が良いかもな。そういえば前も昭久の女関係の話題を出して大変な事になったし。
まああの時は今とは少し違う気もするが。大変な目に遭ったのも俺じゃなくこいつだけなのだが。
「そろそろ来るな」
高嶺が時計を見上げながら言う。同じ様に俺も時計を見上げて時刻を確認する。
いつの間にか集合時間まで残り十分となっていた。早い人はおかしくもない時間だ。
染井さんの顔に小さな微笑みが、ナツメの表情に微かな緊張が奔る。
対照的な二人の表情だが、心の奥ではきっと同じ気持ちを感じている筈だ。
準備中の染井さんの様子から。部屋で一緒の時のふとした時のナツメの仕草、表情。
それらが、二人が今日の同窓会をどれだけ楽しみにしているかを物語っていた。
今もそうだ。浮かべている表情は違えど、口許に浮かぶ微笑みは同じ。それが、二人が同じ気持ちを抱いている何よりの証拠。
─────同窓会は開いて成功だったな。後は…。
後は、俺独自で今日のために準備したナツメへのドッキリがどう響くか。
今頃こちらへ向かうために準備をしているだろう
このペースなら八十話、九十話いかないくらいで終わるか…?
少なくとも百話まではいかずに終わると思います。