喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第七十三話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーダー入ります。パンケーキ二つお願いしまーす」

 

「了解。千尋、頼める?」

 

「もうすぐオムライスが作り終わるので、終わったらすぐに取りかかります。火打谷さん、悪いけどもう少しだけ待っててくれ」

 

 フロアからオーダーを報せに来た火打谷さんから涼音さんへ、涼音さんから俺へと報告が渡る。

 手元に集中しながらも次に取り掛かるべき仕事を頭に入れて、半熟のオムレツをケチャップライスに載せる。

 最後にデミグラスソースをかけて少量のパセリをオムライスの横に盛り付けてから、火打谷さんに皿を渡す。

 

 オムライスが盛り付けられた皿を受け取った火打谷さんがフロアへと戻る所を一瞥してから次の仕事へ。

 オムライスを作るのに使った道具を流し場へと運び、高嶺に洗うのを任せてからパンケーキを作る準備を始める。

 

「オーダー入ります。カルボナーラ一つお願いします」

 

「了解、オーダー表そこに置いといて」

 

 火打谷さんが来てから数分も経たずに今度は明月さんが次のオーダーを持ってくる。

 今日は平日なのだが、いつもに比べて忙しい。休日と比べても正直遜色ないとすら感じる程に。

 

「だー!忙しいなぁもう!」

 

 涼音さんも同じ事を思っていたらしく、手を動かしながらもごちる口は止められなかった様だ。

 

「涼音さん、余裕そうですね。カルボナーラ今からいっちゃいます?」

 

「勘弁して!」

 

 しかしやけに今日は料理の注文が多い気がする。昼食の時間とは言えない時刻の筈なのだが。

 勿論、その人の都合で丁度よい時間に昼食が食べられずにこの時間までずれる、なんて事はあるのだろうがそれにしたって多すぎる。

 

 何か近くでイベントがある訳でもないし、ただの偶然なのだろうが。

 まあとにかく今はこの平日の修羅場を乗りきらなくては。簡単に作れるパンケーキとはいえ、少しの失敗も許されない。集中しなければ。

 

 確かに忙しい、とはいえステラでバイトを始めてもうすぐ三ヶ月になる。これくらいの忙しさも何度も経験してきた。

 平日なのに何故、という気持ちはあるが以前のクリスマスの時の忙しさに比べればマシどころか優しさすら感じられる。

 

 遅めの昼食ラッシュを越えれば後は楽なもの。基本的に注文は涼音さんに任せて、俺と高嶺は食器と用具を洗う。

 手が必要な時はどちらかが抜けてどちらかは残って洗い物を続ける。それの繰り返し。

 

 そうして今日の営業も何事もなく終わりを告げ、残る仕事は後片付けのみとなった。

 

「いやぁ~…。平日にしてはお客さん多かったねー。実は祭日だったりする?」

 

「しませんよ」

 

 涼音さんの力の抜けたボケを高嶺が一刀両断する。

 

「昂ぉ晴ぇ~。少しは構え、モテないぞ~」

 

「涼音さん、酔ってません?あと、モテなくていいです。もう栞那がいるんで」

 

「…千尋」

 

「ナツメがいるので。帰ったら弟にでも電話したらどうですか」

 

「このリア充どもめがっ!あいつもあいつでなんか良い感じの女の子がいるっぽいし、皆して私を置いてきやがる!」

 

 ダル絡みしてくる涼音さんを適当に流していたが、最後の台詞には俺も高嶺も驚かされた。

 

「あいつって…宏人ですか?」

 

「そうだよ。一昨日だったかな?おすすめのデートコースある?とか聞いてきて。んなもん自分で考えろ愚弟がって切ってやったわ」

 

 あっはっは、と豪快に笑う涼音さんはどこか自棄になっている様に見えた。

 

「…染井さんだな」

 

「あぁ。間違いないな」

 

 高嶺と顔を寄せ合い、頭の中に浮かんだ女の子を共有する。

 

 恐らく汐山と仲を深めている女の子というのは染井さんの事だろう。この前の同窓会の準備中、あの二人は一緒に行動していたし、何か意識し合う切っ掛けでもあったのだろう。

 そういえば染井さんは汐山との事でからかわれた時も否定こそしていたものの、どこか満更でもない様子に見えたし。

 あの時誰かが言っていた交際秒読みというのも強ち間違いではないかもしれない。いや、もしかしたら案外もう─────

 

「くそ、宏人のくせに生意気な…。はぁ~あ、私は帰ったら寂しく一人晩酌かぁ~」

 

「涼音さん、喋ってないで手を動かしてください」

 

「ちょっと、愚痴くらい許してよ」

 

「いや、これ以上この話題を続けると面倒そうなので」

 

 千尋の薄情者ぉー!と敗者の叫びをスルーして掃除を続ける。

 食器と器具を洗い終えて所定の場所に戻し、床の掃除も終えた。フロアの方もあと少しで終わるところまで来ており、先に掃除が終わった俺達も手伝う。

 

 フロア担当のナツメ達五人に俺達三人の手も加わって、フロアの掃除はあっという間に終わる。

 そしていつもの様に女性陣が先に、その後に俺と高嶺がバックルームで着替えを済ませてから、俺達が着替え終わるのを待ってくれていた女性陣と一緒に外に出る。

 

 外に出た途端に身を包む冷気。昼間は雲一つなく晴れ渡り、刺すような寒さの中でも日差しの温かさを感じる事が出来たが、太陽が沈んだ夜ではただ寒いだけ。

 心なしか吐く息の白さが昼間よりも濃くなっている気がする。

 

「うぅ、寒い…」

 

 身を縮ませながら呟いたのは墨染さん。その隣ではこくこくと墨染さんの呟きに頷いて同意する、同じく縮こまって寒さに震える火打谷さん。

 

「早く帰って温まろ…。それじゃあ皆さん、お疲れ様です。またあしt「ちょい待ち」へ?」

 

 俺達に挨拶をして帰ろうとする火打谷さんだったが、何故かそれを呼び止める涼音さん。

 火打谷さんだけでなく、俺達もどうしたのかと目を丸くする。

 

「どうしたんです?」

 

「どうしたって…。流石に女の子一人で帰らせる訳にはいかないでしょ?最近物騒なんだから」

 

「物騒…?」

 

 火打谷さんの問い掛けに対する返答を聞いて、涼音さんが何故火打谷さんを呼び止めたのかその理由を察したのは俺とナツメだけの様だった。

 俺は勿論、ナツメも合点がいった様な顔をしていた。一方の高嶺と墨染さんはきょとんとしながら首を傾げていた。

 

「ニュースくらいは見た方がいいよ?…最近、美和市周辺で行方不明者が続出してるんだって」

 

 そのニュースは俺も知っていた。といっても、知ったのは今日の朝なのだが。

 俺もあまりニュースとかは見ないのだが、今日の朝に偶然、テレビをつけた際に映ったニュースで美和市の事を言っていたからナツメと一緒に見たのだ。

 

「といっても、聞く限りは女も男も関係なくいなくなってるみたいだけどね。それでも、女の一人歩きは怖いでしょ」

 

 ニュースでは行方不明者の名前と性別も伝えられていた。どちらか一方の性別を狙っている訳ではないというのが一応の警察の見解らしい。

 

「という事で昂晴。二人を送っていくわよ」

 

「良いですけど…、涼音さんも来るんですか?思い切り遠回りになりますよ?」

 

「いやぁ~。あの二人についてくのは邪魔になるしねぇ~?」

 

 真面目な顔から一変、完全にこちらをロックオンした顔で俺とナツメに視線を向ける涼音さん。

 それはこの状況をこの上なく楽しんでいると言わんばかりの笑顔。殴りたい、その笑顔。

 

「はいはい、邪魔になるので高嶺と遠回りして帰ってください。ナツメ、行こう」

 

「え?…うん」

 

「二人ともー。明日も仕事なんだから、遅くまで運動会とかするんじゃないぞー」

 

「「しません!」」

 

 涼音さんの笑顔を受け流す事は出来たが、流石にその次のド直球の下ネタは聞き流す事は出来なかった。

 堪らずナツメと同時に振り返り、同時に怒鳴る。なお、怒鳴られた涼音さんは爆笑していた。

 

 ちくしょう、あの人いつか泣かす。

 

 そんな事を決意しながら、ナツメと並んで帰路につく。

 いつもと変わらない帰り道。それなのに、さっきの涼音さんが言っていた事が自分が思っているよりも胸に引っ掛かっているのか、口数がいつもより少なくなる。

 周囲の、たとえば電柱や交差点の影。そこに僅かな警戒が向く。

 

 は?そっち?そっちってどっちだよ。涼音さんが言ってたニュースの事に決まってるだろ。

 

 ついでに言うと、今俺とナツメは()()()()()は禁止にしている。もうすぐ試験があるし、心配はないと思うが万が一単位を落としたら洒落にならないため、そういう行為は控えるとナツメと決めた。

 

「─────」

 

 自分でも誰に向けたものか分からない説明を内心で終えた直後、不意にナツメの視線がずれる。まるで何かを目で追い掛けているかの様に。

 

「またか」

 

「…うん」

 

 眼鏡を外してナツメが視線を向けている方へと目を向ける。

 そこには一匹の青い蝶が羽ばたいていた。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 ナツメに言い残してから、俺は羽ばたく蝶へと歩み寄る。

 蝶に向けて手を差し出すと、蝶は俺の手に止まる。

 

 手に止まった蝶を少しの間眺めてから、宙へと手を伸ばす。すると蝶は俺の手から飛び立ち、空高く舞い上がった。

 

「…最近多いな」

 

 還っていく蝶の姿が見えなくなってから呟く。

 ここ最近だ。蝶の姿をよく見るようになったのは。

 ナツメだけでなく高嶺とミカド、明月さんもよく飛び回る蝶を目撃している。俺は普段は眼鏡を掛けているから見えていない。今の様にナツメや他の二人か一匹の反応を見て、蝶がいるのだと察してから眼鏡を外して俺もそれを目撃する。

 

 いつもならミカドが蝶を捕まえて神の下へと送るのだが、ミカドが近くにいない時は俺がさっきの様に蝶を送っている。

 そしてさっき言った様に、ナツメ達が蝶を見かける回数がここ最近明らかに増えてきた。

 

「…さ、帰るか」

 

 偶然と思おうとすれば偶然と思える。現にミカドもそう言っていた。

 しかし何故だろう。どうしても引っ掛かる。何かを見落としている気がする。いや、俺は確かに()()を見ている筈なのだ。

 なのに、思い出せない。

 

 そんな要領を得ない感覚を今は忘れ、俺を待ってくれているナツメに声をかける。

 

「…」

 

「…どうした?」

 

 ナツメは沈んだ表情を浮かべて俺の声に答えなかった。

 何かに落ち込んでいる、という訳ではない。何かに強い不安を感じている、そんな表情に見える。

 

「偶然、なのかな…」

 

「…見かける蝶の数が増えるのは別に珍しい事じゃないって、ミカドも言ってただろ。あまり気にするなよ」

 

「うぅん、そうじゃなくて」

 

 ナツメも俺と同じものに引っ掛かりを覚えたのかと思った。

 見かける蝶の数が増える、俺達にとっては初めての経験だ。だからこそナツメは不安に感じている、そう思った。

 

 だがナツメは首を横に振る。

 

「最近蝶の数が増えてる事と、行方不明者が連続で出てる事。…それって偶然なのかな」

 

「─────」

 

 俺は今まで蝶関連の話と現実での出来事の話を完全に切り離して考えていた。

 だがそれはよく考えればおかしなものだ。蝶関連の出来事だって、実際に現実で起きているものなのだから。

 それならば、ナツメが言う通り蝶の数が増えている事と行方不明者が出ている事が繋がっていたって何らおかしな話ではない。

 

「…偶然だろ」

 

 内心で湧いた小さな戦慄を押し隠し、努めて笑顔を浮かべてナツメにそう答える。

 

「確かに蝶の数は増えてる。でも、蝶の数と行方不明になってる人の数は明らかに一致してない。ただの偶然、関係ないさ」

 

 今言った通り、見かける蝶の数と行方不明になっている人の数は一致していない。ナツメの言う通りこの二つに関連性があるのなら、蝶の数と行方不明中の人の数は一致する筈だ。

 しかしそうじゃない。数が似ているのならまだしも、蝶の数の方が明らかに多い。まず間違いなく、この二つに関連性はない。そうとしか思えない。

 

「…そう、よね。うん、ごめん。少しナーバスになってたかも」

 

「まあ色々あったしな。むしろそのくらいの方が丁度いいのかもな」

 

 ナツメの謝罪にちょっとした軽口を叩くと、ナツメが笑みを溢す。さっきまでの不安そうなナツメはもういない。

 

 ─────数が一致しないから関係ない、か。

 

 ナツメと笑い合いながら、思考の片隅で先程自分が口にした台詞を思い返す。

 蝶の数と行方不明者の数は一致していない。だからこの二つに関連性はない。

 この言葉に嘘はない。俺自身、本気でそう考えている。

 

 ─────本当に行方不明者の数が、()()()()()()()()()()()()()な…。

 

 この時…、いや、すでにこの以前から始まっていたのだろう。死ぬまで絶対に忘れる事はない事件。

 それに俺達が巻き込まれるのは、運命だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

「…いない。また逃げられたか」

 

 ペットボトル、空き缶、お菓子の袋、様々なゴミが散らかった人気のない路地裏。

 そんな場所には明らかに似つかわしくない一人の女性が、周囲を見回しながら呟く。

 

「また派手に散らかしてるな。明日の朝にでも見つかるぞ。隠す気はない…、いや。隠す必要はない、か」

 

 何にしても目的のものがいないのならもうここに用はない。

 女性は踵を返して元来た道を帰り始める。

 

「…()()も目を覚ましたまま眠りにつく様子はない」

 

 歩きながら女性はとある方向を見上げる。

 女性が見上げた先に見えるのは青い光の帯。

 光の帯はまるで空中に流れる川のごとく、ゆらゆらと揺れながらどこかへと流れていく。

 

 その光の帯を構成しているのは、大量の蝶。

 

「ミカドは何をしている…。俗世に染まって勘が鈍ったか、あいつ…」

 

 苛立たしげに、アスファルトを踏みしめる足に力がこもる。

 

「何にしても…」

 

 路地裏を抜けて大きな通りに出る。

 もうすぐ日を跨ごうかという時刻。しかし、未だ人の通りは多いまま。

 人々の雑踏に女性の姿は紛れ、やがて見えなくなっていく。

 

 ─────あまり時間は残されていない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、とあるものが発見されて警察に通報が渡る。

 

 それは夜、女性がいた路地裏。

 そこに飛び散っていたのは大量の、黒く変色した人間の血液だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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