喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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第七十四話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Another View~

 

 その日、あの光景を見るまでいつもと変わらない朝だった。

 いつもと変わらずギリギリまで寝て、起きて、急いで身支度を済ませて朝食を済ます。そして学校へと向かう。

 

 家を出て住宅街を抜けてから、大通りに出る。そこまでは昨日までと変わらない、いつもの朝だった。

 

 ふと、視界の端を青い何かが横切った。

 別に何も珍しくはない、たまに見かける事がある、自分にしか見えない青い蝶。これが見えるのもまた、この少女にとってある意味日常であった。

 少女にとって何も気にする事はない、日常の一部。

 

 しかし何故だろう、今日の少女はやけにその蝶が気になった。

 蝶はゆらゆらと羽ばたきながら、路地裏へと姿を消す。

 後で思い返しても不思議で堪らない。どうして自分はこの時、あの蝶の後を追い掛けてしまったのだろう。

 

「─────」

 

 蝶を追い掛けた先で広がる光景に言葉を失う。

 路地裏の奥は行き止まりになっており、蝶の姿はどこにもない。

 その代わり、黒く乾ききった液体がアスファルトに広がる衝撃的な光景。

 

 この黒いものが何なのか、少女はすぐに悟る。

 込み上げる嘔吐感を我慢しながら震える手でスマホを取り出す。

 

 少女はかなり混乱していた。この状況、まずしなければならないのは警察への通報だ。少しでも少女に冷静さが残っていれば、そうしていただろう。

 だが少女の思考に通報という選択は浮かばなかった。それ程までに少女は混乱していたのだ。

 

 電話帳を開き、とある名前を見つける。

 少女には、もうその人に助けを求める事しか選択肢は浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミカドから入った一本の連絡。すぐに俺は残りの講義を休む事にして大学を飛び出した。

 同じくミカドから連絡が来たと思われるナツメ、高嶺とも途中で合流。三人でステラへと急いで向かった。

 

 今日はお店の定休日ではない。いつもならお客さんが来始める頃だ。

 だが、お店の周りに人はいない。というより、ここまで来る途中で気付いたが、明らかに通りを歩く人の数が少ない。

 そして、お店の扉には休業と書かれた札が掛けられていた。

 

 裏口から入るべきなんだろうが、気持ちが逸っているせいか、周囲に人がいない事を確かめてから入り口の扉を開ける。

 三人で中に入ると、フロアではすでに俺達を待っていたのだろう。明月さんと猫の姿のミカドがこちらを見ていた。

 

「来たか」

 

 中に入ってきた俺達を見て、ミカドが口を開く。

 俺達はミカドが立っているテーブル、明月さんが腰掛けている四人がけの席の周りに集まる。

 

「明月さん…。火打谷さんは…」

 

「母親の方がいらっしゃったので、お任せして帰ってきました。今頃は警察の方に事情聴取を受けていると思います」

 

「…何があったの?」

 

 明月さんへのナツメの問い掛け。その中にあった火打谷さんの名前が、俺達がここに集められた理由でもある。

 だが俺達は火打谷さんが蝶を見た、という事しか聞いていない。だから、明月さんが口にした警察という単語に驚かされつつ、ナツメが続きを促す。

 

「…朝、愛衣さんからスマホに助けて、とメッセージが届いたんです」

 

「ただ事ではないと感じた我々は、愛衣がいる場所を確認してすぐに向かった」

 

 あぁ、そうだ。覚えている。

 その時、俺もナツメも高嶺も、お店にいたのだから。

 二人は少し火打谷さんに会ってくると言って急いだ様子でお店を出ていった。しかしなかなか帰ってこず、俺達が大学に行く時間になり、涼音さんが大丈夫だからと言ってくれた事もあって時間通りに店を出た。

 

 そして今、ミカドに呼ばれて俺達は予定よりも早く店に戻ってきた。しかも何故か、お店は臨時休業となっている。

 あの後一体、何があったのか。火打谷さんの身に何が起きたのか。

 

「まず最初に、愛衣さんが怪我をした、という事はありませんでした。そこは大丈夫です」

 

 笑顔と共に明月さんが俺達が一番に気にしていた不安点を解消してくれる。

 そうか、火打谷さんに怪我はないのか。とりあえずほっとする。

 

「だが…精神的にはどうだかな。それに、愛衣の目についても気になる」

 

「目?」

 

 ミカドの台詞の後半に真っ先に反応したのは俺だった。それは俺が、特別な瞳を持ってしまっているからかもしれない。

 ミカドは俺の方に視線を向けて、一度頷いた。

 

 まさか─────

 

「話を聞く限り、愛衣は蝶が見えている。そして恐らく、見えるだけでなく何か特別な力を持った目を持っている」

 

「─────」

 

「…この話は後にしよう。まず、愛衣が何を見たのか話さなくては」

 

 続いてミカドの口から語られたのは、朝に火打谷さんが何を見たのか。

 

 まず、火打谷さんはいつも通りの時間に家を出て学校へと向かっていたらしい。しかしその途中、一匹の蝶を見たという。

 ミカド曰く、火打谷さんはこれまでに何度かその蝶を目にした事があるという。なのでいつもならば気にせず無視して先を急ぐ所なのだが、どうしてかその時はその蝶がやけに気になった。

 火打谷さんは蝶を追い掛け路地裏へと入り、その奥で目にしたものが、警察沙汰にまで発展した要因。

 

 そこには黒く変色した、夥しい量の血の跡だったという。

 

「そんなものを見たのだ。混乱するのも無理はない。恐らく栞那に連絡が来たのは、電話帳にある名前の中で最初に目が入ったからだろう」

 

 そう、そんなものを目撃したならば最初にすべき事は警察への通報だ。しかし火打谷さんは真っ先に明月さんへと助けを求めたという。

 ミカドの言う通り、相当混乱したのだろう。誰か知り合いに、友人に助けを求めたかったのだろう。

 だから、五十音順で並んでいるであろう電話帳にある名前の羅列の中で、明月さんへと連絡が渡った。

 

「…火打谷さんに何があったのかは分かった。だが、何で俺達三人だけをここに呼んだ」

 

 俺は火打谷さんが目にした光景を直接見ていない。それでも話を聞くだけで、その光景がどれだけ衝撃的だったのか。火打谷さんがどれだけショックだったか、想像はつく。

 そして、その想像以上に火打谷さんの心に傷がついているのだろうとも思う。

 

 だが、何故その話を俺達三人が、それもわざわざ店に呼びつけてまでするのか。

 同じ職場で働く仲間だ。この話は全員に行き渡って然るべきである。

 それなのに何故、俺達()()()()がここに呼ばれているのだろう。

 

「涼音は勿論、希にもすでに話してある。お前達をここにわざわざ呼んだのは…、二人には聞かせられない話をするためだ」

 

「─────」

 

 誰かが小さく息を呑んだ音がした。

 店のフロア内で緊張が奔る。

 

 ミカドは俺達を一度見回してから、話の続きを口にする。

 

「まず…。これは飽くまで我輩の想像だが、愛衣が見た血の跡は恐らくこの街周辺で行方知れずになっている人間のものだ。そしてこちらは間違いなく事実。あの行方不明事件の黒幕は、こちら側の存在だ」

 

「なっ…」

 

「…根拠は」

 

 小さく驚きの声を漏らした高嶺を一瞥してから、ミカドに問いかける。

 

「栞那と愛衣の元へ行った時、澱んだ力の残滓を感知した。…あの狐だぞ、千尋」

 

「─────」

 

 ミカドはすぐに俺の問い掛けに答えた。そして今度は、俺が驚きで息を呑む番だった。

 

 狐。その単語で思い当たるのは一つしかない。

 

「あいつが…、あいつらが、失踪事件を起こしてるって事か」

 

「恐らく」

 

「何でだ。直接俺を狙うんじゃなく、何故他の…それも俺と関係ない人間を襲う?」

 

「…」

 

 あの三尾の怪物と、朔夜さんと対峙した男神。ミカドの言う通りならば、奴らがこの街一帯で起きている失踪事件の黒幕。

 しかし分からない。俺を狙う訳でもなく、俺と近しい人間を狙う訳でもない。行方不明になっている人達は皆、俺とは関わりのない人達だ。

 奴らの狙いは俺の瞳の筈だ。恐らくだが、失踪事件を起こしている理由は俺の瞳を奪う目的に関係がある。ならば、何故俺とは無関係の人間を襲う必要があるのか。

 

「…我輩が生まれるより以前、似たような事が起きたと聞いた」

 

「ミカド?」

 

「神は人を喰らい続けた。いや…正確には、人の魂を喰らい続けた」

 

「魂、を…?」

 

 ナツメの方を見て頷いてからミカドは続ける。

 

「喰らった魂を己の糧として、その神は自身の力を蓄え続けた。目的が何だったのかは知らんが、とにかくやがて、その神は他の神々にすら手がつけられない程にまでになった」

 

「…それで、どうなったんだ」

 

「詳しくは知らん。だが、とある一人の人間と一柱の神によって墜ちた神─────邪神は討たれた」

 

「人間と…神が?」

 

 驚き、目を見開く。

 さっきミカドはこう言った。その神は、他の神々でも手がつけられない程の力を得ていた、と。

 そんな神を人間が─────他の神と共にとはいえ、討伐したという。

 

「…話がずれたな。とにかく我輩が言いたいのは、今の話と今の状況が似ているという事だ」

 

「…あの神は、その話の神と同じ邪神になろうとしている?」

 

 話していて現実感というか、実感が湧いてこない。

 今まで散々現実と掛け離れた経験をしてきたが、それにしたって邪神になるとか言われても訳が分からないというのが正直な気持ちだ。

 

「随分懐かしい話をしているじゃないか」

 

 その時だった。フロアにいるのは俺達四人だけの筈。それなのに、俺達以外の声がしたのは。

 

 驚きと共に勢いよく、声がした方へと振り返る。

 そこに立っていたのは美しい女性。だが俺達は、特に高嶺と明月さんはその顔を見て緊張にぎしりと固まった。

 

「朔夜様…」

 

 ミカドが女性の名前を口にする。名前を呼ばれた女性、朔夜さんは小さく微笑んでから俺達の方へと歩み寄る。

 朔夜さんが近づいてくる毎に高嶺と明月さんが、特に高嶺は顔色が悪くなっていく。

 

「大丈夫だよ、高嶺昂晴。君に何かしたりはしない」

 

「…ほんとう、ですか」

 

「君はあれから特に何もしていないだろう?それとも、私が知らない心当たりでもあるのかな?」

 

 朔夜さんの問い掛けに高嶺は必死さすら感じる程にぶんぶん、と勢いよく頭を振る。

 

「という事だ。君に用が…ない訳ではないが、荒事を起こす気はない。むしろ、用事の一つは君達への忠告だ」

 

「忠告?」

 

「さっきミカドが話していただろう?邪神に成り下がろうとしている愚か者の事だよ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。朔夜さんは確かにそう言った。

 それではまるで、ミカドが立てた予測が正しいと言っている様ではないか。

 

 そんな馬鹿な、と吐き捨てたくなる気持ちを抑えて次の朔夜さんの言葉に耳を傾ける。

 

「本当に、運命なんてチープな言葉で片付けたくはないんだけどね。でも、人並外れた力を持った人間が一ヶ所にこれだけ集まるとは」

 

 演目染みた所作で頭を振ってから、朔夜さんはナツメから順番に高嶺、明月さんへと視線を回す。

 

「四季ナツメ。高嶺昂晴。明月栞那。それと、この場にはいないけど火打谷愛衣もそうだね。君達の魂はさっき言った愚か者に狙われている」

 

 流れる沈黙はここに来てから何度目かもう分からない、驚きから来るもの。

 

「…どういう事ですか」

 

「そのままの意味だよ。彼らの魂は狙われている」

 

 最初に立ち直った俺が朔夜さんに聞き返す。

 朔夜さんは俺に視線を向け、淡々と返事を返す。

 

「というより、君達は私に感謝した方がいい。あの畜生は何度か君達に襲い掛かろうとしていた。まあ、ナツメ君には千尋がほぼ四六時中傍にいたから手を出せなかったようだけど。二人は別。君らが無事なのは私が睨みを利かせていたからなんだからね?」

 

 突然聞かされる、知らぬ内の命の危機。そしてそれから守ってくれたらしいこの人。

 高嶺は複雑だろうな。以前に命を狙われた相手に今度は命を救われた。

 

 というかまず、この話を信じられているかも怪しい所だ。あまりに話が急すぎる。

 

 そしてあの畜生とは、あの狐の事だろうか。あいつ、俺が知らない内に好き放題やろうとしていたらしい。

 もし朔夜さんがいなければ今頃、高嶺も明月さんもここにいなかったのかもしれない。そう思うとゾッとする。

 

「ま、待ってください。我輩はそんな気配は─────」

 

「君は俗世に染まりすぎだ。随分と人の世界を楽しんでいるみたいじゃないか、ミカド。…インストを見たぞ。いつからお前はここの飼い猫になった?」

 

「か、飼い猫─────」

 

 そういえば最近は投稿していないが、開店してからも何度か猫の姿のミカドにポーズを取らせて写真を撮り、画像をインストにアップしている。

 朔夜さん、あれを見たのか。ていうかこの人、ネット使うんだ。神様なのに。

 

「飼い猫…、我輩は飼い猫…。貴族ではなく飼い猫…」

 

「まあ、自分の危機にすら感付かない阿呆は放っておいて」

 

「あ、あほう…」

 

「実感は湧かないだろうが、君達は狙われている。特に高嶺昂晴、君には私怨も加わって最優先殺害対象に認定されている」

 

「な、なんで!?」

 

 ショックを受けている貴族(笑)を無視して話を続ける朔夜さん。

 その話の中で唯一釘を刺される形になった高嶺が大声で聞き返す。

 

「その神って、前に柳を襲ったって奴なんですよね?俺がそいつに何かしたって事ですか?」

 

「いや、君は何もしていない。…あいつはね。君がここにいるだけで…、生きているだけで気に食わなくて仕方ないんだよ」

 

「…どうしてそこまで昂晴さんを」

 

「あぁ、因みにいうと栞那君。君も中々に嫌われているよ。彼程じゃないがね」

 

 目を見開く明月さん。頭を抱えながら、「俺達が何をしたってんだ…」と愚痴る高嶺。

 

 しかし、高嶺は随分と恨まれているな。生きているだけで気に食わないと来た。

 頭の中であの男神の姿を思い浮かべる。

 

 人間離れした巨体と巌の如き存在感。朔夜さんと違って、一目見ただけで人間とは違うと思い知らされたあの時。

 

「さっきも言ったけど、君は…君達は何もしていないよ。ただ、そうだね。強いて誰が悪いかと聞かれたら─────」

 

 右手を腰に当てて一呼吸置いてから、朔夜さんはそれは良い笑顔で言い放った。

 

「私かな?」

 

 ぴしり、と空気が凍った音が聞こえた気がした。高嶺と明月さんの方から。

 というより、俺の方も自分の時が止まった様な、そんな感覚を味わった。

 

「…明月さんと高嶺君が恨まれてる理由が朔夜さんって、どういう事なんですか?」

 

 ナツメの声で我に返る。いけない、思考停止を起こしていた。

 

 確かにナツメの言う通り、二人があの神に恨まれている理由が朔夜さんにある、というのは訳が分からない。

 

「んー…。うん、決めた」

 

 ナツメが朔夜さんに問い掛け、朔夜さんはその問い掛けにどう答えようかと思考する。

 そして何か決意をした、そんな表情を浮かべて一つ頷くと、俺達の方を見て口を開いた。

 

「皆。今日の夜中、私と散歩に出掛けよう」

 

 開いたその口から出てきた言葉はナツメの問い掛けに対する返答ではなく、そんな誘いの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さ、朔夜さんがイッタイナニヲシタッテイウンダー
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