喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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最近仕事場で誰もいない方から足音が聞こえる事があります。しかも私だけじゃなく他の同僚も聞いたと言っています。というか、今日同僚と一緒に足音を聞きました。
普通に怖いです。


第七話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミカドから労働規約の説明を受けてから、シフトの相談、その後は契約書にサイン。

 契約は特に取り上げるものもなく、順調に終わった。

 

「これで、貴様はこの店と契約した。問題など起こすなよ」

 

「気を付けはする。…何か、フロアが騒がしいな」

 

 ミカドと軽口を叩き合っていると、フロアの方が騒がしくなっている事に気付いた。

 しかし何か揉め事が起きている感じではない。聞こえてくる声は柔らかく、楽しさに満ちている気がする。

 

 バックルームに来てからの時間を考えれば、恐らく面接は終わっている。ならこの話し声は、あの三人が打ち解けた結果という事か。

 

「フロアに戻って良いぞ」

 

「ミカドは?」

 

「我輩はまだやる事がある」

 

「なら、お言葉に甘えて」

 

 契約も終わり、もう今すぐにしなければならない事はない。それならここに居ても暇なだけだし、ミカドの言う通りフロアに戻らせてもらおう。

 

 バックルームから出ると、すぐにフロアにいた人達の視線がこちらに集まった。四季さんと明月さん、さっき面接に来た女の子にいつの間にやら来ていた高嶺ともう一人女の子。

 あの明るい髪色をした女の子が高嶺の幼馴染みなんだろうか。本当に実在していたとは。

 

「柳君。契約は終わったの?」

 

「ん。そっちは?面接は?」

 

「火打谷さん…、こっちの子の面接は終わった。これから墨染さんの面接を始めるところ」

 

「火打谷…、墨染…」

 

 そういえば、と思い出す。俺がフロアにいた時はまだ来ていなかった高嶺の幼馴染みはともかく、先にバイトの面接に来た女の子の方の名前も俺はまだ知らない。

 そしてまだ俺に自己紹介をしていなかった事を思い出した女の子二人が、俺の方に体を向けた。

 

「私、火打谷愛衣です。よろしくお願いします」

 

「墨染希です。よろしくお願いします」

 

「柳千尋だ。うん、よろしく」

 

 ペコリと頭を下げる二人に俺も自己紹介を返す。

 すると、頭を上げた二人がきょとんとこちらを見てきた。

 

「ちひろ、さん?」

 

「何だか可愛い名前ですね」

 

「…」

 

 ぴきっ、とこめかみの辺りが震えた。

 

「お、おい柳。どうした?」

 

「ん?何がだ、高嶺」

 

「いや、何がって…。お前、怒ってないか?」

 

「んー…」

 

 正直にいうと、千尋という名前にコンプレックスを持っている。親がこの名前に込めた願いについては素直に嬉しいと思っているのだが、さっきの様に可愛い名前やら女の子っぽいやらと言われると、どうも怒りが沸々と湧いてしまうのだ。

 

「えっと。墨染さん、火打谷さん」

 

「「ひゃ、ひゃいっ!」」

 

「次に同じ事を言ったら…、俺の男女平等パンチが火を吹くから、よろしく」

 

「「ご、ごめんなさいっ!」」

 

 ふむ。二人の態度を見れば、俺が本気で嫌がってる事を理解していると見える。もう、二度と俺の名前が可愛いなんて言わないだろう。

 

「因みに、他にもそういう風に言った方はいらっしゃったんですか?」

 

「居たけど?」

 

「…柳さんのパンチが火を吹いたんですか?」

 

「例外なくな」

 

 昔からの決まりでね。俺の名前を可愛いとか言った奴は殴り飛ばしている。(キリッ)

 

 まあ、さっきの墨染さんと火打谷さんの様に、俺が嫌がってる事を知らなかった場合は勿論見逃している。ただ、その場合でも言葉に悪意があった場合は、たとえ初めてであろうと殴り飛ばしてるが。

 

「で?また面接するんなら、俺はまたバックにいた方が良いか?」

 

「え?…うーん」

 

 火打谷さんの面接は終わったが、墨染さんの面接はまだだという。それならまた俺はバックに戻るべきだろうか、と気になり四季さんに聞いてみる。

 

 四季さんは少しの間考える素振りを見せてから、頭を振った。

 

「ううん。何か柳君を仲間外れにしてるみたいだし、今回は一緒に居て」

 

「別にそんなの気にしなくて良いんだけど。邪魔だったら言ってくれて良いぞ?」

 

「そんなんじゃないから」

 

 俺の問い掛けに今度は即答で否定する四季さん。

 まあ、それなら一緒に面接官をしようか。面接官ってどんな事すれば良いか詳しく知らないが。

 

 という事で、改まった形で面接が始まる。当事者である墨染さんや、面接官である俺に四季さん以外にも人がたくさん居るが。まあ、そんなに拘らなくて良いだろう。

 大体、もう墨染さんを採用するのは殆ど決まってる様なものだ。人格に相当な難ありならば話は別だが、短いながらも話をする限りそんな事はなさそうだ。

 

「初めまして、墨染希です!白瀧学園の二年生です。こういう接客サービスのアルバイトは初めてですが、一生懸命頑張ります!よろしくお願いします!」

 

「採用」

 

「是非我らが職場で頑張ってくれたまえ」

 

「早っ!?」

 

 面接を始めるにあたってまずは自己紹介からしてもらう。そしてその自己紹介を聞いた俺達面接官側は満場一致で採用を決めた。

 

「火打谷さんも同じ様な感じだったでしょ」

 

「あー…。まあ、即日即決でしたね…」

 

 まあ猫の手も借りたいこの状況で、二人のような人材が応募してくれば是非とも力が欲しい所だ。不採用にする理由がない。

 

 しかし、まあ採用は変わらないとしても聞くべき事はある。この店から家まで距離はどれ程なのか。部活等に入っているのか。仮に働くとして、週に何日シフトに入れるのか。今すぐ担当を決める訳ではないが、料理が出来るのかも確認しておかねば

 そういえば、その場に居なかったから俺には分からないが、火打谷さんとはその辺の事を話し合ったのだろうか?

 

「まあ採用は前提として」

 

「前提なんですか!?」

 

「墨染さん…、火打谷さんも。もう聞かれてたら悪いんだけど、シフトに入れる日数を教えてもらえるか?部活とか入ってたら、そっち優先にして大丈夫だから」

 

「えっと、私は特に部活はやってないです。ですから、テスト前以外ならいつでも大丈夫です」

 

「私も部活やってないので、希ちゃんと同じくいつでもオーケーです」

 

 そこら辺の話はまだ詰めてなかったらしい。墨染さんも火打谷さんも普通に俺の質問に答えてくれた。

 ここから先は事務的な質問を続けた。家はこの店からどれくらいの距離なのか、学校からの距離はどうなのか、料理は出来るのか等。

 

 店からの距離については両者問題なし。料理に関しては墨染さんが自信ありで、火打谷さんは自信なしだった。

 

「えっと…。やっぱり料理が出来た方が良いんですか…?」

 

「いや?そんな事はない。それに、仮に火打谷さんが料理に自信があったとしても、フロアスタッフを担当してもらいたかった」

 

 俺の質問に引っ掛かりを覚えたらしい火打谷さんが不安げに問い掛けてくるが、そんな事はない。今俺が言ったように、火打谷さんにはフロアスタッフを担当して欲しいと思っている。

 いやまあ、そこは四季さんが決める事なのだが。

 

「といっても、紅茶やコーヒーの淹れ方は覚えてもらう事になるけどね。…そういえば、二人は紅茶やコーヒーは飲む?」

 

 俺の言葉を聞いて安心している火打谷さんに四季さんが言う。

 四季さんの言う通り、紅茶やコーヒーを淹れるのはキッチンスタッフではなくフロアスタッフである。まあ、その作業に料理の得意不得意は殆ど関係ないが、だからといって油断は禁物である。

 

「紅茶は飲みますよ。御前の紅茶とかよく飲みます」

 

「─────」

 

「あ、私も御前の紅茶好きー。ロイヤルミルクティーとか良く飲むよー」

 

「──────────」

 

 御前の紅茶…だと…?ロイヤルミルクティー…だとぉ…?

 

「あー…えーっと…」

 

「あれ、御前の紅茶じゃ駄目でしたか?紅茶香神の方が良かったですか?」

 

「私、そっちも好きだよ?」

 

 …。

 

「柳。おい柳」

 

「何だ、高嶺」

 

「いや…、顔が怖いぞ?二人が怖がってるぞ?」

 

「…」

 

 高嶺の言う通り、墨染さんと火打谷さんが手を取り合って震えていた。

 何をそんなに怯えているのか。俺はこんなにも優しい微笑みを浮かべているというのに。

 

「柳さん、目が笑ってないです…」

 

「…」

 

 明月さんの指摘は完全スルーの方向で。それよりも、俺にはやらねばならない事がある。何としても、二人に教えてやらねばなるまい。

 

「ふふふ…、覚悟してもらおうか二人とも」

 

「な、何をする気ですか…!」

 

 縮こまる二人を見下ろしながら、俺は続ける。

 

「二人の体を…」

 

「わ、私達の体を…?」

 

「ペットボトルの紅茶を飲めない体にしてやる」

 

「「…はい?」」

 

 墨染さんと火打谷さんは、目を丸くして呆けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほぇ~…。おいしぃ~…」

 

「紅茶って…こんなに心安らぐものだったんですね…」

 

「当たり前だ。紅茶を飲む時はな、誰にも邪魔されず、自由で、救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで…」

 

 任務完了(ミッションコンプリート)。俺の紅茶を飲んだ墨染さんと火打谷さんは、余韻に浸ってテーブルに身を倒している。

 これで二人はペットボトルの紅茶なんて飲めなくなっただろう。仮に飲んでしまえばこの紅茶の味を思い出し、物足りなさを感じ、決して満たされる事はない。

 

 くくく…、これにて調教完了だ。

 

「顔がゲスい。柳君の顔がゲスい」

 

「すまんな高嶺。お前の幼馴染みは俺の虜だ」

 

「お前の淹れた紅茶に、な」

 

 そろそろ冗談はここら辺にしておこう。ペットボトルの紅茶云々は本気だが。

 しかし俺の勝手な拘りを無視したとしても、結局二人にはこれから淹れる紅茶の味を覚えてもらわなきゃならない。どちらにしても、紅茶を飲ませる必要はあったという事だ。

 

「でも、柳君の紅茶を飲んだら本当に市販の紅茶が物足りなく感じちゃうのよね」

 

「実は、俺もそうなんだ。今日さ、御前の紅茶を飲んだんだけど、こんなに美味しくなかったっけって思っちゃってさ」

 

「お二人もそうなんですか?私も同じなんです」

 

 ほぉ。気付かぬ間に俺は三人もの体を調教していたか…。

 やっぱりそろそろこのノリやめよう。何かきついし、高嶺に至ってはとにかく気持ち悪い。

 

 というか、死神も御前の紅茶飲むんですね。

 

「あ、そうだ昂晴君。ユニフォームの事を話さなくて良いの?」

 

「あぁ、そうだった」

 

「ユニフォームって…制服の事?」

 

 不意に、紅茶の余韻から覚めた墨染さんが身を起こして話し出す。

 それに続いて、高嶺が口を開いた。

 

「親父の知り合いにデザイナーをやってる人がいてな。その伝手で店のユニフォームのデザインを頼める事になった」

 

 何という僥倖。

 四季さんが着ていたメイド服も悪くはないが、やはりやや冷たい印象を与えかねないデザインではある。

 

 勿論四季さんの意思に委ねはするが、デザインの一新は俺は支持する。

 

「…」

 

 四季さんが黙り込む。頭の中で巡っているのは、間違いなくさっきの高嶺の話について。

 元のあの制服のままでいくのか、それとも新しいユニフォームに変えるのか。

 

「…うん。高嶺君、お願いできるかな」

 

「了解。親父にはそう伝えておくよ」

 

 四季さんが下した決断は、ユニフォームの変更だった。

 俺はそっと四季さんに歩み寄り、小声で話し掛ける。

 

「いいのか?」

 

「何が?」

 

「あの服に思い入れがあるんだろう?」

 

 四季さんが目を見開いてこちらを見上げる。

 そこまで驚く事はないだろう。

 

「あの話を聞いたら大体予想がつく。…あの制服で働く予定だったんだろ?」

 

「…うん」

 

 四季さんが俺の問い掛けに頷く。

 

 この店を以前に預かっていた四季さんの両親。制服は、四季さんが着ていたあの服でいく予定だったのだ。

 四季さんの本心は、あの制服を着て店をやっていきたかった筈だ。しかし、四季さんはユニフォームを変える選択をした。

 

「昨日言ったでしょ?覚悟したって」

 

「…」

 

「このお店にとっての最善を尽くす。柳君が言ったのよ?最善を尽くせない人の下で働きたくないって」

 

「やめて。恥ずかしい」

 

 四季さんが俺の黒歴史を掘り起こす。本当にやめて。あれは血迷っただけなんだ。思い出したくない過去なんだ。

 

「高嶺君、お願いね」

 

「うん。それじゃあ、早速なんだけど」

 

 四季さんにユニフォームに関しての件を任された高嶺は、早速と前置きしてから衝撃の一言を口にした。

 

「身長と体重、スリーサイズなんか、教えてくれない?」

 

「…は?」

 

 四季さんの声が、表情が、目が、氷点下に達した。

 

「なるほど…。確かに、希さんのサイズはなかなかお目にかかれません。同じ女である私でも気になります」

 

「ほぇ?」

 

「確かに希ちゃん、昔から成長が早かったけど…ちょっと見ない間に拍車がかかったよね」

 

「そ、そう…?いや、凝視されるとさすがに困るんだけど…」

 

「すげぇなお前。あの流れの中でセクハラぶっ込むとか。男として全く尊敬できねえわ」

 

「できないのかよ!」

 

 いや、セクハラする男なんて尊敬できる訳ないじゃん。

 

「高嶺さんって、思ってたより大胆な人だったんですね。にひひ」

 

「この店をオープンさせたくば、貴様らのスリーサイズを教えるのだー!的な脅しですか。鬼畜先輩だ」

 

「サイテー」

 

「おまわりさん、呼んどく?」

 

 女性組四人に容赦ない口撃を浴びる高嶺に全く同情できない。

 だってあの流れでセクハラとか、同じ男である俺でも引く。

 

「待って、勘違いしてる、ていうか希は分かって言ってるだろ。ユニフォームを作るための採寸をして欲しいだけだ」

 

「…あー」

 

 言われて気付く。そりゃそうだ。ユニフォームを作るのならそれを着る人の体のサイズは当然知っておかなければならない。なるほど、そのための採寸だったのか。

 

「高嶺はそんなセクハラしない人だって信じてたぞ」

 

「嘘つけ。本気で引いてる目をしてただろ」

 

「…言い訳染みてて胡散臭いとも思ってる」

 

「掌返しすらしてないのかよ!」

 

 しかし、採寸が必要なのは絶対である。

 

「それじゃあ善は急げ。ぱぱっと測っちゃいましょう!」

 

「このお店、メジャーとか置いてますか?」

 

「お店には置いてなかった気が…」

 

「メジャーならここにあるぞ」

 

「準備万端過ぎ。きもい」

 

 一悶着ありながらも採寸に必要な道具を一通り揃え、女性陣がバックルームへと移動する。当然、男性である俺と高嶺はその場に残り、そしてバックルームで作業していたミカドはフロアにて採寸が終わるのを待つ。

 

「そうだ、柳。話があるんだが」

 

「覗きなら一人で行ってこい」

 

「違う!この店のメニューの事だ」

 

 覗きの誘いではなかったらしい。それどころか真面目な話だった。

 

「というより、この話は柳が来る前から進んでた話なんだが…」

 

 高嶺の話は、この店の看板メニューをどうするかというものだった。その第一候補がパンケーキだという。

 

 うん、良いと思う。お菓子作りが出来る者がいない以上、本格的なスイーツを看板メニューには出来ない。

 かといってカフェの看板メニューがご飯ものというのも微妙だ。

 

 それならパンケーキというチョイスはかなり理に叶っている。反対する要素は一つもない。

 

「ちなみに、柳はパンケーキ作れるか?ていうか、料理はできるのか?」

 

「パンケーキは作った事ないが、料理は時間があれば夕飯作ったりしてる」

 

「…」

 

「何だ、その意外そうな顔は」

 

「いや、別に。…でも、パンケーキは作れないか」

 

 ただ作るだけなら俺だって出来るだろう。ただ、客に出せるクオリティーで作れるかと聞かれたら、答えは否だ。

 そして、それは高嶺にとっても同じらしい。

 

「パンケーキだけじゃない。デザートに関してもそうだが、やはり店を探しておくべきか?」

 

「ん?何だ。他の店から仕入れるのか?」

 

「いや…。それについては、ちょっと考えてる事がある。でも保証はないから、候補は探しておいてくれるか?」

 

「了解した」

 

 こうして聞いていると、まだまだ不安材料はたんまりだが、一歩ずつオープンに向けて進んでいると感じられる。

 

 期限は今月いっぱい。四季さんを本気にさせたのは俺だ。なら、全力でこの店のために力を尽くさなくては。

 密かにそんな決意を固めながら、高嶺、ミカドとの話に集中するのだった。

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