喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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年内には完結させるぞぉぉぉおおおおおおおおおお


第八十二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強制的に意識が引き上げられる。急速に湧き上がったその感覚に驚きながら我に返り、同時に今まで見てきたモノを思い出す。

 

 目の前には拳を合わせたまま動かない小泉の肉体。記憶を覗く直前までは感じられた拳を押し返す強烈な力はもうない。

 

 ふらり、と目の前の肉体が揺れる。力を失くした体は前方へ、俺の足下へと横たわる。

 もう起き上がる事はない、死を迎えた肉体はいつの間にかまるで老人の様に痩せ細っていた。

 

 人智を越えた力を宿した代償。その代償を受けた肉体が腐り落ちていく。

 肉体は腐って肉の残骸へ、そしてまるで焼け落ちた後の灰となって重なっていく。

 

「っ!」

 

 直後、灰が積み重なったその場所から突如黒い煙が巻き上がる。

 すぐにその場から飛び退いて様子を伺う。

 

 巻き上がる黒い煙はその量をどんどん増していき、次第に人形を型どっていく。やがて人形をとった煙の塊は色づき質量を感じさせていく。

 そうしてその場に現れたのは、以前に合い見えた時よりも禍々しさを醸す男神。

 

「…拍子抜ケダ。モウ少シ楽シメルト思ッタノダガ」

 

 つまらなそうにそう言う男神は、足下の灰に向けて指を向ける。かと思うとその指を何気なく振るう。

 それと同時に強い風が吹き荒れ、風によって男神の足下に重なった灰が飛び散っていく。

 

「中々ノ憎シミダッタガ、所詮ハ人間カ」

 

 それは自身が見出だした憎しみが容易く浄化された事に対してか、それとも自身の力に耐えきれず肉体を崩壊させた不甲斐なさに対してか。

 どちらにしても、関わり方はどうあれ同じ人を好きになった男を馬鹿にされるのは気分が良くない。

 

「千尋!」

 

 苛立ちが男神に向ける視線に籠った直後、背後から俺を呼ぶ声がすると同時に駆け寄ってくる足音。

 その足音の主、朔夜さんは俺の隣で立ち止まり、男神に視線を向けながら口を開いた。

 

「…怪我はないみたいだね」

 

「まあ、そうですね。…少し疲れましたけど」

 

 朔夜さんの言う通り怪我がある訳ではない。どこかを痛めた訳でもない。

 ただ、僅かな疲労感が倦怠を誘う。一人の記憶を覗き見たからだろうか、それ以前の戦闘も含めての疲労に襲われている。

 

「我が主神」

 

 しかしだからといって泣き言も言っていられない。一つ小さな区切りがついたとはいえ、問題はこれからである。

 

「…ヨク朔夜ヲ相手ニ堪エ忍ンダ」

 

「勿体なきお言葉にございます」

 

 朔夜さんの攻撃を受け続けたのだろう、男神の隣に降り立った狐の胴体には所々生々しい傷跡が刻まれていた。

 狐の足下には刻まれた傷口から溢れる血が溜まっている。だが、そんな状態でありながらも狐は表情を無にしたまま苦痛を感じさせない。

 

「主神よ。もう戯れはここまでにした方がよろしいかと」

 

「分カッテイル」

 

 狐が俺達を見据えて姿勢を低くする。

 

「っ─────」

 

 今にもこちらに飛び出してきそうな、そんな体勢を見せられこちらも身構える。

 

 空気が凍りついたかの様に冷たくなる。今まで全く気にならなかった空気の冷たさがやけに身に沁みる。

 寒い。だというのに、背筋にはじんわりと汗が滲む。緊張に満ち、今にも爆発しそうな空気の中で嫌な沈黙が続く。

 

 そんな沈黙は、肉を突き破る音によって破られた。

 

 吹き上がる血流、周囲に舞い散る血飛沫。

 その光景を目の前に、()()()()()()は思わず固まり、思考が停止した。

 

「は─────?」

 

 狐は、嗤っていた。その身を貫かれたまま嗤っていた。

 同士の筈の狐を貫いた男神もまた、嗤っていた。

 

「あぁ…わが…しゅしん、よ…。わたしを…あなたのさい、ごの…かて、に…」

 

「…アァ、感謝シヨウ。我ガ唯一ノ眷属ニシテ、我ヲ満タス最後ノ()ヨ」

 

 狐の胴体から男神の腕が引き抜かれる。

 腕を濡らす血が赤くテラテラと光る。

 

「あれは…?」

 

 音を立てながら狐の体が地面に落ちる。だが俺達の視線はその光景にではなく血に濡れた男神の手に握られた白く輝く球体に向けられていた。

 

「─────」

 

 男神は徐に大きく口を開けると、輝きを放ち続ける球体を口の中に入れ、喉を鳴らして飲み込む。

 

 何をしているのかさっぱり分からない。男神は狐を唯一の眷属と言い表し、狐は男神を我が主神と崇めていた。男神は狐を信頼し、狐は男神を信奉していたのは明らかだ。

 

 それなのに何故。

 狐は殺されたにも関わらず笑っていたのか。崇め奉る主神に餌と表され、笑っていられたのか。

 

 それに先程男神が飲み込んだものは何だ。白く輝くあの球体は狐の胴体を貫いた男神の手に握られていた。まず間違いなく狐の体内に存在していたものの筈だ。

 しかしあんな綺麗な球の形をした臓器なんてあるのか。いや、形の問題ではない。自ら発光する臓器なんてある筈がない。

 なら一体、あれは何だったのだ。

 

「…永カッタ。朔夜、貴様ニハツヲ殺サレテカラ三百年。我ハ人間ノ魂ヲ喰ライ続ケテキタ」

 

 不意に始まる男神の独白。

 

「ドレホドノ時間ヲ掛ケレバ─────ドレホドノ魂ヲ喰ラエバ貴様ヲ凌駕出来ルノカ。…貴様ト直接相対シタアノ時ニハッキリシテカラヒタスラニ力ヲ蓄エタ」

 

 以前に男神達が俺を襲った理由。俺の目を狙っていたとばかり思っていたが、そうじゃなかった。

 勿論、目を奪えるのならそれがベストだったのだろうが、もう一つ目的があったのだ。

 

 星詠みの瞳を奪うのに最大の障害となる、神朔夜と男神との力の差。それを確かめるための襲撃。

 眷属に俺を襲わせたのも、あの大がかりな結界も実際はブラフ。本当の目的は他にあったのだ。

 

 そして男神は計画通りに朔夜さんとの力の差を悟り、その差を埋めるべく人間の魂を集めて今。

 最後の糧をその身に宿し、俺達と相対する。

 

「…随分と嬉しそうだね」

 

 傍らに立つ朔夜さんは、今の状況に立って何を思うのか。

 その口から発せられた声からは読み取る事が出来ない。

 

「確かに今の君の力は私に宿る力を凌駕している。でも─────そのために君が三百年間してきた事を彼女はどう思うかな?」

 

 機嫌良く浮かんでいた男神の笑顔が朔夜さんの問いかけの直後、固まる。

 

「君は彼女を生き返らせると言った。だが、彼女は娘との再会を果たした今もうこの現世に未練はない。君の行動は誰のためでもない、ただの自己満足に成り果てた」

 

「…」

 

 男神は笑みを収め、真っ直ぐ朔夜さんと睨み合う。

 すると不意に朔夜さんが上空に視線を向けると、再び対峙する男神に視線を戻し、先程彼女が見上げた先を見るように首を振って促した。

 

 男神だけでなく俺も空を見上げる。そこにいたのは、一匹の赤い蝶。

 そこに浮いたまま、俺達を見下ろす赤い蝶だった。

 

「…ハツ」

 

 男神がこれまでのやり取りを見つめ続けていたはつさんを見上げ、小さく彼女の名前を呟いた。

 彼女を見上げる瞳に確かな愛おしさが奔ったのは一瞬、すぐに憎悪に染まった瞳が俺達に向けられる。

 

「自己満足デ構ワナイ。()()ノタメニハツヲ生キ返ラセタイ。貴様ニ奪ワレタ彼女トノ日々ヲ、()()取リ戻シタイ」

 

「…」

 

 男神の決意の台詞を聞き、朔夜さんは何も返さない。上空にいるはつさんも黙ったまま。

 

「ハツノタメニデハナイ。ハツヲ生キ返ラセル事モ、貴様ヘノ復讐モ、全テハ俺ノ憎シミ!欲望ニヨルモノダ!」

 

「開き直ったか…。聞いての通りだ、千尋。もうこいつはどうしようもない。高嶺昂晴や彼女の様に情けは掛けられない」

 

 朔夜さんが俺に言葉を掛けながら臨戦態勢に入る。

 

 ()()()()()()()()()。朔夜さんはそう言った。

 確かに殺さなくて済むのならその方が良いというのは確かな俺の本音だ。けれど─────分かる。もう、こいつが駄目だという事が。憎しみに染まりきったこいつに残された()()が、一つだけなのだと理解できてしまう。

 

 だから、俺の力がどこまで役に立つか分からないけれど、朔夜さんに協力をする。

 こいつを野放しにすればナツメ達を追っていくだろう。

 

「お前の好きにはさせない」

 

 一度途切れた集中を繋ぎ直す。

 自分の中で二つの意識が混ざり合い、接続したのが感じ取れる。

 

 広がる視野、鋭敏になる感覚。瞳に映るのは、光の差さない黒い憎しみの塊。憎しみの塊となってしまったモノ。

 

「─────」

 

 合図も音もなく、始まりは一瞬にして目の前に現れた男神によって告げられた。

 至近距離で交わる視線。真っ直ぐに俺の両目─────瞳に向けられる視線。

 突き出されるのは二本の指。俺の両目を抉り取ろうと、人差し指と中指が向かってくる。

 

 それを首を傾ける事で避ける。そして左手で男神の手を払い除けてから、男神の腹部を蹴りその勢いで後退して距離を取る。

 

 後退する俺を男神の視線が追う、かと思えば不意に視線が横にずれる。

 何かを察した男神は突如その場から跳ぶ。直後、先程まで男神が立っていた地面が爆発した。

 

 舞い散る泥を突っ切って、刀を握った朔夜さんが男神に向かって疾駆する。

 

 直後、朔夜さんが握る刀の刃と男神の右腕が衝突した。そう、衝突したのだ。

 鳴り響く音はこの場で鳴るべき肉を切り裂く音ではなく、硬い何かがぶつかり合った音。言い表すのなら金属音に近い音だった。

 

 そこから始まるのは舞踏にも似た二人の連続の交錯。金属音に似た音を何度も鳴り響かせながら、刃と拳をぶつけ合う。

 とはいえ攻勢に出ているのは男神の方だ。朔夜さんは基本回避に徹しながら攻撃の隙を伺い、時折刀を振るって男神の勢いに水を差す。

 

 男神の拳を振るう音が、それによって起こる風圧が少し離れた所にいる俺にまで届く。それだけで男神の拳の威力がどれ程のものか、俺は勿論、朔夜さんでも喰らえば一溜まりもない事が伝わる。

 

「…」

 

 入り込む隙がない。この場から動けない。今あの領域に飛び込んでも邪魔にしかならないから。

 

 刃と拳が、不意に肉眼では不可視の風の刃が入り交じる様になったあの二人の領域に不用意に入り込めば何も分からないまま死ぬだけだ。

 とはいえこのまま何もしない訳にもいかない。何故なら─────

 

「くっ…!」

 

 激しい交錯の中、朔夜さんの左肩の服が裂けその中に一筋の傷痕が微量の鮮血と共に走る。

 

 先程の男神の言葉。朔夜さんとの力の差を確かめ、力を蓄えたと言った。

 ならば今、こうして戦いを仕掛けているという事は自分の力は朔夜さんの力を越えたという確信があるのだろう。

 そしてその通り次第に、徐々にではあるが朔夜さんが攻勢に仕掛ける回数が減っている。先程のように小さくはあるが傷を負う回数が増えてきた。

 

「っ─────」

 

 焦るな、落ち着け。自分が出来る事を見極めろ。ここで飛び込んだって意味はない。だが、俺がここにいる意味はある筈だ。

 俺がただ足手まといになるだけならば、朔夜さんが俺をここに残しておく意味はない。ナツメ達と一緒に逃がしている筈なのだ。

 考えろ、見ろ、そして読み取れ。朔夜さんは俺に、何を求めている?

 

「─────あれは」

 

 朔夜さんが大きく男神から距離をとり、地面に着地した、その直後だった。

 開けた視界、起動を続ける瞳に確かに映った光の軌跡。それは均等に、何らずれる事なく正六角形を描いていた。そしてその六つの角の内の一つが今、朔夜さんが立っている場所。

 

「っ!」

 

 同時に悟る。朔夜さんが俺をここに残したその理由、俺が出来る事。

 まだ()()()の、()()()()()()()()その図形の中心、何もないその空間にどうにかして男神を誘導する。

 

 どういうものか詳しく分からないが、恐らくあの図形は朔夜さんが発動しようとしている魔法の陣。

 問題はどうやってあの陣の中に男神を誘い込むかだが─────いや、誘い込むも何もない。要はあの陣の中に男神を入れれば良いのだ。どんな手を使ってでも、どれだけ無理矢理に、強引にでも。

 

 朔夜さんが巧みに足を、腕を動かしながら魔法を駆使して男神の猛攻を捌く。朔夜さんの魔法は男神も喰らいたくはないらしく、使われると必ず攻撃行動を中止して回避に徹する。

 つまり、突くとすれば()()なのだ。朔夜さんの魔法を回避するべく攻撃行動を中止する瞬間。俺が割り込める唯一の隙はそこだ。

 

 常人では捉える事すら出来ない速度で展開される戦闘。だが、それでも俺ならば目で捉える事は出来る。

 そして星との接続によって強化されている今の身体能力なら─────

 

「なに─────」

 

 男神が目を見張るのが見えた。

 

 朔夜さんと魔法を放つ直前に一瞬のアイコンタクト。朔夜さんが魔法を放つのと同じタイミングに男神の死角から飛び出していく。

 男神が朔夜さんの魔法を回避しようと攻撃行動を中止する。そしてそれは、俺が男神のすぐ背後、手の届く範囲にまで届いた瞬間でもあった。

 

 俺の接近に気付き、横目で俺を見遣るが遅い。俺に気付いた際の一瞬の硬直、それがすでに命取り。

 拳を握り、無防備になった顎目掛けて振り上げる。咄嗟に防御の体勢をとろうとする男神だが間に合わない。

 振り上げた右の拳が男神の顔面を跳ね上げ、続け様にフック気味に振り抜かれた左拳が男神の右頬を捉える。

 

 攻撃が当たった余韻に浸る暇はない。即座にその場から後退して離れた、その直後。先程放った朔夜さんの魔法、風の刃が男神に命中する。

 俺の拳には踏ん張ってその場で耐えた男神だったが、朔夜さんの魔法の威力には耐えられる足を浮かせて吹っ飛ばされてしまう。

 

「…すげぇな、この人」

 

 いや、人ではないのだが。朔夜さんの魔法で吹き飛ばされる男神、その方向に何があるのかを察した俺は驚きのあまりついそう呟いてしまった。

 

 あのアイコンタクトの瞬間から計算されていたのか、それともその前からか。男神が吹き飛ばされるその先は、俺が男神を誘導しようとしていた目的の場所。星詠みの瞳が捉えた魔法陣の中心だ。

 

 朔夜さんが動く。勿論、男神が吹き飛んでいく方ではない。足りない残り一本の線を刻みに。六角形を描くために筆を着けた最初の点へ。

 

「これで─────」

 

 立ち止まり、吹き飛ぶ勢いを止めた男神の方へと向いた朔夜さんが両手をパンッと合わせる。

 直後、男神を囲む地面に刻まれた正六角形が光と共に浮かび出す。

 

「朔夜ッ、貴様─────」

 

 ここでようやく自身が嵌められていた事に気が付いた男神が忌々しげに表情を歪める。

 歪めながらその場から離れようと駆け出す─────

 

「ッ!?」

 

 事は出来なかった。地面に吸い付かれた様に男神の両足が動かない。いや、脚部自体は動いているのだが、足の裏を浮かす事が出来ないと言った方がより正確か。

 とにかく、男神はまたもや咄嗟の硬直を余儀なくされる。

 

「逃がさないよ」

 

「チッ」

 

 自身に向けられる掌を睨み付ける男神は憎らしげに舌を打つがそれ以上の抵抗はしなかった。

 

 その直後、俺の背後から強烈な風が吹く。思わず男神がいる方へ吸い寄せられそうになるのを何とか両足を踏ん張って耐える事に成功する。

 

「これは…!」

 

 いきなり吹き荒れた風を不思議に思いながらふと気付く。

 背後から吹き寄せる風が止まない。それどころか、その勢いを増していく。

 それに、この風はただ吹いているのではない。風が()()()()()()()。その中心が男神がいる場所だと悟るまでにそう時間は掛からなかった。

 

 耳朶を打つ風の音がどんどん大きさを増していく。風の勢いは止まる事なく強くなっていく。地面から巻き上げられる土埃が六角形の中心にいる男神の姿を覆い隠していく。

 これが朔夜さんの魔法、全力なのだろうか。改めて、以前に俺と戦った時は手加減していたのだと思い知らされる。

 

 やがて男神は風が巻き上げる土埃でその姿を肉眼で捉えられなくなる。

 そして朔夜さんが起こす風は更に勢いを増しながら、次第に収縮していく。

 それはまるで天高く聳える風の塔。この現象を人は竜巻と呼ぶが、風が渦巻く範囲が限りなく狭い。

 人一人をやっと覆えるだけの範囲。ただ男神を傷つけるためだけの、殺すためだけの神によって産み出された竜巻が猛威を振るう。

 

 周囲には何の被害もない。建物は勿論、境内に植えられた木等にも傷はついていない。ただ一人、男神だけがこの竜巻によって傷つけられていく。

 

「…」

 

 傷つけられていくのだと、思っていた。

 

「千尋っ!」

 

「え?」

 

 雲を突き抜ける程に高く渦巻く竜巻を見上げていた俺に緊張に満ちた声が投げ掛けられる。

 何事かと声がした方を振り向いて─────その途中でとある光景を捉えた。

 

 あり得ない、そう思う暇もなく、竜巻を抜け出した男神が俺の眼前に迫っていた。

 振りかぶられた拳には得たいの知れない黒いオーラを纏い、真っ直ぐに俺を見下ろすその視線は殺意に満ちて、その殺意に射抜かれた俺はその場から動く事が出来ない。

 

「─────」

 

 男神が拳を振り下ろす直前、俺と男神の間に一人の影が割り込んでくる。

 

「さく─────」

 

 両手を広げ、男神の前に立ちはだかるその姿が見えたのは一瞬。

 次の瞬間、強烈な衝撃に襲われて吹き飛ばされる。

 

 視界がぐるぐる回る。身体中にひたすら連続で硬い何かがぶつかる。頭が、顔が、腕が、腹が、腰が、両足が、衝撃に痛みを上げる。

 吹き飛ばされた勢いのまま地面をバウンドしていたのだと気付いたのは、木の幹に背中を打ち付けようやく止まった時だった。

 

「ゴフッ、ゴホッ」

 

 思わず咳き込む。視界がチカチカする。全身が痛い。動けない。動きたくない。

 

「…驚イタナ。貴様ガ人間ヲ身ヲ挺シテ守ルトハ」

 

 どこからか声がする。分からない。誰の声なのか、誰の事を言っているのか。

 

「マアイイ。ヨウヤク─────ヨウヤク、手ニ入ル」

 

 この声を聞いていると、心臓がやけに早く鼓動する。何故か知らないが、早くこの場から逃げ出さなければ、そんな気持ちに駆られる。

 

 だが、両足力が入らない。動けない、立ち上がれない。

 

「星詠ミノ瞳ガ!ハツヲ生キ返ラセル力ガ!ヤットッッ!!」

 

 俺はどうなる。死ぬのだろうか。

 

「…モノノツイデダ。貴様モ柳千尋ト共ニ()()()()()()()。貴様ガコノ男ニ執着スル理由ハ知ランガ…喜ベ。最期ノ一瞬マデ共ニ居サセテヤル」

 

「─────ぁ」

 

 ようやくハッキリし出した視界にぼんやりと映ったのは、眼前から俺を見下ろす男神。

 そしてその頭上に浮かぶ漆黒の空間。

 

 考えるよりも先に分かった。もう駄目なのだと。ここで終わりだ、と。

 

「なつめ─────」

 

 死ぬのだと分かった瞬間、脳裏に浮かんだのは愛する人の笑顔だった。

 

「にげろ─────」

 

 自分が死ぬ事よりも、ナツメの事が気掛かりだった。きっとこいつはこの後ナツメ達を追う筈だ。追い付かれれば間違いなくナツメ達の命は─────

 俺が死ぬよりも、そっちの方が怖かった。だが俺には何も出来ない。何も出来ないまま、こいつのされるがままになる。

 

 体が浮遊する感覚が全身を包んだ直後、どこかへと吸い寄せられる。

 ぼんやりとしたままの視界が暗闇に包まれた直後、ぷつりと俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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