喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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前回の前書きでこのペースで投稿すれば年内に終わるとかほざいてましたが終わりそうにないのでペース上げます。


第八十四話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温かい。全身が心地好い温かさに包まれ、力が少しずつ抜けていく。

 何と形容すれば良いのだろう。頭まで布団にくるまっている感覚といえば良いのか、母に抱かれている感覚といえば良いのか、正直分からない。

 

 ただ、このままずっとこの感覚に包まれているのも悪くない。そう思えてしまう程には今、全身を包むこの感覚は心地好かった。

 

 ゆっくりと目を開けてみる。開けた筈だった。

 開けた視界には何も見えない。どこまでも広がる漆黒の暗闇。

 

 この景色には覚えがあった。小泉という男の記憶を覗いた後、小泉の精神の中で彼と対面した時。

 あの時も周りにはこんな風に暗闇が広がっていた。だがあの時と違うのは、今ここには俺一人しかいない。

 

 ─────そうだ、思い出した。あの男神に俺も朔夜さんもやられて、それから何かに引き寄せられて。その先が今この、俺がいる空間なのだろうか。

 

 朔夜さんはどうなった。男神はどうなった。ナツメは、高嶺達は?

 

 ─────眠い。

 

 ここに来る前の事を思い出す毎に焦燥感が増していく。しかしそれに反して、何故だろう。目蓋が重い。

 心地好いこの感覚に身体がつられてしまっているのだろうか。どうも眠くて仕方がない。

 

 駄目だ。そう自身に言い聞かせて目蓋を必死に上げる。思考を働かせ、ここから出る方法を考えようとする。

 

 そんな俺の試みも空しく、眠気はどんどん強くなり、やがて意識までもが朦朧としてくる。

 

「─────」

 

 そんな時だった。微かに誰かの声がした。

 その事に気付きながら俺の中で声がした方を見ようという、声の主を確かめようという気力が湧いてこない。

 

「─────」

 

「─────」

 

 再び、今度は先程よりも声が近くなった気がする。それだけではなく、さっきした声とは違う声も一緒に聞こえてきた。

 俺だけじゃない。俺以外にも二人、この空間に誰かがいるのだろうか。

 

「──ろ」

 

 繰り返し聞こえてくる声。どうやら誰かを呼んでいるらしい。

 

「─き───さい」

 

「ち─ろ」

 

 これは─────

 

「目を覚まして」

 

「千尋」

 

 呼び掛けられてるのは、俺?

 

「っ!」

 

 誰かに肩を触られた感触がして、瞬間的に意識が呼び戻される。

 襲われていた眠気も同時に引いてすぐさま目蓋を上げる。

 

「おはよう、千尋」

 

「朔夜さん…?」

 

 目を覚ました俺の目の前にいたのは、俺に笑いかける朔夜さんだった。

 

 俺を覗き込んでいた朔夜さんが少し離れてから体を起こそうとする。

 

「っ───おもっ…」

 

 結果だけ言えば何とか体を起こす事は出来た。

 だが、体が思うように動かない。まるで全身に重りが乗せられているような、全身に強い重力が掛けられているような、そんな感覚が全身を重く感じさせる。

 

「…どうやら、あまり時間は残されていない様だね」

 

 俺の様子を見た朔夜さんが一瞬で笑顔を収めてしまう。

 その姿が、今この状況がどれだけ深刻なのかを物語っていた。

 

「千尋。今、私達は奴の体内にいるに等しい。この空間はね、私と千尋の力を吸収するために奴が生み出した空間。例えるなら─────奴の胃の中だ」

 

 この空間には何もない。ただ暗闇が広がるだけで、本当の人間の胃のように消化液も何もない。

 ただ、俺と朔夜さんの力を栄養と例えたならば確かに、その栄養を吸収するために生み出したというこの空間は胃の中といえるだろう。

 

「ここに留まり続ければ私も君も力を吸われ続けて─────その先は言わなくとも分かるだろう?」

 

「…」

 

 朔夜さんの問い掛けに頷いて答える。

 

 なるほど、この全身の重さに納得する。

 全身が重く感じるのは、どうも力が入らないこの感覚は、この空間に、あの男神に力を吸収されているからか。

 

 色々と聞きたい事はある。この空間をどうやって生み出したのか、朔夜さんがどうしてここにいるのか。

 そして、あの声。片方は朔夜さんだったとして、もう一方の声は誰のものだったのか。

 しかし朔夜さん曰く時間はない。そして体の倦怠感の事を考えればそれは事実なのだろう。ここは朔夜さんの話を遮らずに黙って耳を傾ける。

 

「すぐにここから抜け出さなきゃならない。だけど、君は勿論、私一人の力ではこの空間は破れない」

 

「…それなら、一体どうやって」

 

「決まっている。君一人でも私一人でも不可能。…それなら、二人でやるんだ」

 

「…?」

 

 朔夜さんの言っている意味がまるで分からない訳ではないのだが、言葉が端的過ぎて上手く読み取り切れない。

 確かに一人で駄目ならば二人で、という流れになるのは分かるのだが──────

 

「具体的にはどうやって?」

 

 そう、二人でやると言っても具体的に何をどうすればいいのか。そこを教えてくれなければどうする事も出来ない。

 

「私が君に神力を流し込む」

 

 俺がそう聞いてくるのを分かっていたかのように、朔夜さんは即座にそう答えた。

 

「神力って…?」

 

「書いて字の通り、神の力だよ。─────この方法はあまり使いたくなかったんだけどね」

 

「?」

 

 つい()()()()を神力と勝手に頭の中で変換していたのだがその文字で当たっていたらしい。

 神の力、正に神力の名の通り単純なネーミングだ。

 

 その神力を俺に流し込むというのはどういう事なのか。恐らく朔夜さんの力を俺に流し込むのだろうが、一体どうやって?

 それに、あまり使いたくないというのはどういう意味なのか。

 

「その顔、もう忘れたのかい?神力を纏った人間の末路は、ついさっき見たばかりだろう?」

 

「あ─────」

 

「まあ、あれは神力を流し込まれたんじゃなく神そのものを宿したから、あそこまでにはならないけど」

 

 朔夜さんが口にした、()()()()()()()()()()()。それが何を言い表しているのか、ようやく思い当たる。

 邪神を宿し、その末に肉体が溶け落ち灰になってしまった男の姿をようやく思い出す。

 

 朔夜さんはあそこまでにはならないとは言ったが、その言い方から何らかの副作用は避けられない様子。

 いや、小泉のように()()()()()()()()─────という意味かもしれない。

 

 どちらにしても神の、朔夜さんの力を俺に宿さなければこの空間を抜け出す事は出来ない。それはもう変えようのない事実らしい。

 

「…実際に、俺は何をすれば良いんですか?」

 

 それなら、選ぶべきは決まっている。どれだけ危険かなんて知った事ではない。

 何もしないまま、諦めてここで死を待つよりずっとマシだ。少しでも可能性があるのなら、その方法にすがる。

 不安はある。だが、俺の心の中に迷いはなかった。

 

「何をすれば、か。簡潔に言えばそうだね…、()()使()()。ただそれだけだよ」

 

「は?」

 

 俺の問い掛けに対する朔夜さんの返答はあまりに要領を得ないもので、つい呆けた声を漏らしてしまう。

 

「それはどういうい意─────」

 

 それはどういう意味ですか、と聞き返そうとしたその時。

 朔夜さんが小さく微笑みを見せたと思うと、同時に朔夜さんの全身から穏やかな光が漏れだす。

 

「…千尋。私は君に一つだけ嘘をついていた。私はね、確かに星から神の力を与えられたけど─────厳密には()()()()()()()。星に産み出された神は必ず一つ、司るモノを与えられる。でも私は司るモノを与えられなかった」

 

 突然のカミングアウトに驚き、思考が止まりそうになる頭で必死に朔夜さんの言葉を理解しようとする。

 

「ただ、代わりに私にも与えられたものが()()ある。一つはとある役割。使命、といったほうが正しいかな。それでもう一つが─────今、私を象っているこの姿さ」

 

「さくや、さん…?」

 

「私を象っているこの人の姿はね、()()()()()()()私に星が付け足してくれたものなんだ。()()()姿()のままだと色々不便だろうって」

 

 光が強くなり、次第に眩しさを覚えるまでになる。腕で視界に映る朔夜さんを覆って覗き込む形でなければ、朔夜さんがいる方へと視線を向ける事すら出来なくなってきた。

 

「さっき、私は君に言ったね。()()使()()、と。それはその言葉通りの意味さ」

 

「っ─────」

 

 朔夜さんから発せられる光は更に強さを増し、このままこの暗闇の空間全てを照らしてしまうのではないかとすら思える程になる。

 もうこれ以上目を開けたままではいられず、遂に腕で両目を覆い、目を瞑る。

 

 目蓋を閉じても感じられる光の強さはやがて、少しずつだが収まり始める。

 それを感じてから恐る恐る目を開け、そして先程まであれだけ強かった光が完全に収まったのを見てから両目を覆っていた腕をどかす。

 

「─────」

 

 さっきまで目の前にいた筈の朔夜さんがどこかに消えていた。

 

 いや、違う。確かに先程までの朔夜さんの姿はどこにも見えない。だが、朔夜さんは変わらず()()()()()()()()()()

 

「刀…?」

 

 さっきまで朔夜さんがいた場所に、一本の刀が浮いていた。

 

 暗闇の中でも銀色に輝く刃は傷一つなく、赤く刺繍された柄は俺が手に取りやすい位置に。

 まるで、自分を使えとでも言っているかのように。

 

「…何が起きてるんだ」

 

 俺がすべき事は分かっている。この刀を手に取ること、それが今俺がすべき事なのだろう。

 だが、結局俺は今の出来事が、朔夜さんの言葉の殆どが理解できなかった。そんな俺が、この刀を─────()()()()()手に取って良いのだろうか。

 

『大丈夫。私を掴んだその時、君が知りたい事をその瞳が見せてくれるよ』

 

「─────」

 

 不意に、頭の中に声が響いた。自分のものではない、誰かの声。

 俺以外に人の姿は見えない。声の主と思える人物は誰もいない。

 

 だが、その声の主が誰なのか─────いや、何なのかは何故かハッキリと分かった。

 

「…信じますよ、朔夜さん」

 

 俺を後押しした彼女を信じ、一歩、刀がある方へと足を踏み出す。

 それだけで十分だった。後は手を伸ばせば刀まで届く。

 

 ゆっくりと手を伸ばし、残り数センチの所まで来て、俺は一つ大きく深呼吸を吐いた。

 迷いはない。不安も今の深呼吸で全て吐き出した。躊躇うな、信じろ。

 

 朔夜さんが一体何者であっても、俺にとって彼女は恩人だ。彼女のお陰で、俺は今この瞬間まで生きてこられたのだ。

 そんな彼女を、信じられない筈がない。

 

 柄をその手に掴む。

 思っていたよりも重量を感じるそれは、妙に手に馴染んで、何故だか掌に伝わるその感覚を懐かしく感じた。

 

「っ!」

 

 その直後だった。

 俺の意思と関係なく突然意識が切り替わる。

 それは、星詠みの瞳が発動し、星と意識が接続された合図。

 

 突然起動した瞳に驚きながらも、朔夜さんが先程言っていた事を思い出して落ち着きを取り戻す。

 

 ─────君が知りたい事をその瞳が見せてくれるよ

 

 つまり、これからこの瞳が見せてくれるのは─────

 

 そこまで考えた瞬間、景色が切り替わる。

 

『お前は何も司らなくて良い。ただ一つだけ、お前に役目を与える』

 

 俺の視界に広がるのは暗闇。先程までと同じ、どこまでも広がる闇。周りの景色だけ見れば先程と何も変わらない、全く同一の景色といっても良いくらいだ。

 

 それなら何故、景色が切り替わったと分かったのか。

 それは俺の目の前にいる女性がその理由だ。

 

 女性はその表情に何の感情も浮かべないまま、こちらに視線を向けている。

 

『私の力の一部をとある魂に刻んだ。その魂を持つ人間と共に─────』

 

 何者かが無表情のまま立ち尽くす女性に何かを言いかけた時だった。再び景色が切り替わる。

 

『貴方は何者ですか』

 

 今度は先程までとは違い、色づいた景色が周りに広がっていた。

 

 周囲に広がる草原、その真ん中に立つ二人の男女。一人は式服を身に着けた高貴な身分を持っていると思われる男。

 もう一人は景色が切り替わる前に見たあの女性。

 

 男はその目に僅かな警戒を宿らせながら眼前に立つ女性に向けて問い掛ける。

 

『…私は─────』

 

 女性が男の問い掛けに答えようとした所でまたもや景色が切り替わる。さっきから重要な所が抜け落ちている気がしてならない。

 

 しかし、何故だろう。この女性は─────まあ顔を見ればどこの誰かはすぐに分かった。

 今の彼女と比べて表情に乏しいから本当にそうなのか、ほんの少しだけ疑わしいが。

 

 だけど、どうして。

 

『さて…、これで貴女の役目は一先ず終わった訳ですが。これからどうするつもりです?』

 

 これは俺ではない、あの人の記憶の筈だ。俺には何の身に覚えのない、他者の記憶。

 

 その筈なのに、どうしてこんなにも胸が締め付けられるのだろう。

 

『もし次の●●が出現するまで待つだけなら─────私と一緒に来てください』

 

 どうしてこんなにも、懐かしい気持ちになるのだろう。

 

 景色は次々と切り替わる。

 そのどれもに、俺はどことなく覚えがあった。

 

 ()()()が目にした事がない筈の数々の景色が、俺に呼び掛けてくる。

 思い出せ、と。これは全て、お前の記憶だと。今、お前が思い出すべきものなのだと。

 

 明らかにこの時代にそぐわない光景の数々。それらが、あの人が生きてきた時代の長さを物語っていた。

 ()()と別れを繰り返し、その人は自身が愛した男とは別人だと理解しながらも、その魂を受け継ぐ人間達を愛し続けた。

 

 愛した人の魂を受け継いだ者達を守り、時には共に戦い、そうして彼女は世界を守り続けていたのだ。

 それが彼女が星から与えられた役目、使命。そしてやがて千年という時を経て、彼女は─────

 

『実はね、私は偉い神様なんだ』

 

 俺と何度目かの再会を果たした。

 

 目の前で朔夜さんが俺に眼鏡を手渡した所で景色が変わる。

 過去から現在まで、時の流れに沿って切り替わってきた景色は何故か、再び過去に戻っていた。

 

『名前がない?』

 

 場所は先程も見た草原で、その男は目を丸くして呆然としてから何か考え込む素振りを見せ、やがて微笑み口を開いた。

 

『それなら私が貴女に名前を付けてあげましょう』

 

『…いらない。別にそんなの無くても私は困らない』

 

『いえ、貴女が困らなくとも私が困るのです。これから私は貴女を何と呼べば良いのですか』

 

『…神様?』

 

『貴女、自分で神様ではないとおっしゃってましたよね?』

 

 ─────あぁ、そうだ。そうだった。どうして忘れていたのだろう。

 

『ふむ、そうですね…。うん、それでは─────』

 

 ─────あの名前は。彼女が俺に名乗った、その名前は。

 

()()、というのはどうでしょう?』

 

 ─────()が彼女につけたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 全てを見終え、戻ってきた俺はその手に握られた刀を見つめる。

 

 そうだ。()はこの刀で、あの人と共にこうして()()()戦い続けた。

 あいつの様な邪神が生まれたのは何も今回が初めてじゃない。過去にも何度か憎しみや欲望に駆られた邪神は生まれ、その度に()は彼女に導かれ、共に戦った。

 

 ()が転生する度に記憶は消される。しかし彼女との記憶はこの星に記録されている。

 例え魂から記憶が奪われても、星の記録を覗く事が出来るこの瞳が()を呼び覚まし続けてくれた。

 

「行こう」

 

 全てを思い出した俺は刀を握る手に力を込める。

 使い方は覚えている。この刀を持っているだけで、朔夜さんの力は俺の中に流し込まれ、その力をこの刀に触れている限り俺の意のままに操れる。

 

 瞳はすでに起動している。刀からと同時に星からも瞳を通じて神力を引き出す。引き出した神力を刃に纏わせ、一文字に振るう。

 

 虚空を横切った刃から纏わせた神力が斬撃となって放たれる。

 放たれた斬撃はどこまでも続く闇を切り裂き、やがて空間の境界をも切り裂いて現実への道を繋げる。

 

 穴を穿たれた空間は音を立てて崩壊していく。遠くの方から始まった崩壊はすぐに俺の周囲にまで至り、どこまでも続くとすら思わされた暗闇はあっという間に晴れ、気付けば元の場所、墨染神社の境内に立っていた。

 

「…そうか。貴女だったんですね」

 

 あの空間から抜け出し、周囲を見渡す。

 邪神の姿はない。恐らくナツメ達を追ったのだろう。

 

 だが一人、境内に残っていた者がいた。

 赤く輝くその姿を見て、あの空間で眠る俺を呼び掛けていたもう一人の人物が誰なのかをようやく理解した。

 

「ありがとうございます。…後は俺に任せてください」

 

 俺の頭上を飛ぶ赤い蝶、はつさんに向かってお礼を言う。

 あの時、はつさんは朔夜さんと一緒に俺を呼び掛けてくれた。二人の声が完全に眠りに着こうとする俺の意識を留まらせてくれた。

 

『…今の貴方に何と言葉をかければ良いか、正直分かりません。ですが…、あの方とあの子に伝言をお願いしたいのです』

 

 強い魂を持ち、三百年間現世に留まり続けたはつさんには俺の中で起きた変化を感じ取ったらしい。

 その変化に驚き戸惑いながらも、はつさんは俺に言った。

 

『あの方には、先にあの世で待っていますと。あの子には─────幸せに生きて、と』

 

「…必ず伝えます」

 

 はつさんのその言葉に、これから彼女が何をしようとしているかを悟る。

 出来れば見送りしたい所なのだが、生憎ゆっくりいていられる時間はない。こうしている間にも強すぎる神力は毒となって俺を蝕んでいる。

 肉体が限界を迎える前にあの邪神を斬らなければ────はつさんの元へ送らなければならない。

 

 はつさんに向かって一礼してから、踵を返して鳥居の方へと駆け出す。

 すでに瞳でナツメ達の場所も、邪神の場所も掴んでいる。

 

 ナツメ達は邪神に追いつかれていた。急がなければ誰かが殺される。

 最短距離を行けない地上の道路から、住宅の屋根へと飛び移る。これならナツメ達の所へ真っすぐに迎えるし、今の身体能力ならば屋根から屋根へ飛び移る事も容易い。

 

「ナツメ…!」

 

 墨染神社を出て数分も経たず、その姿が肉眼で見えてきた。

 すぐに足に力を込めて跳躍、苦しんでいる邪神に戸惑う彼女達の背後に静かに着地した。

 

「あ─────」

 

 その直後、ナツメが振り返って俺を見た。瞬間、ナツメの顔から堪えきれない微笑みが溢れ出た。

 

 間に合った。その事に安堵しながら俺も、愛する人に微笑みを返す。

 

「何故ココニイル…。ドウヤッテアソコカラ抜ケ出シタ…?イヤ、ソンナ事ハドウデモイイ!何故ダ!何故─────!何故、残リ数分ヲジットシテイラレナカッタ!」

 

 邪神が憎悪に震えながら叫ぶ中、ナツメに続いて高嶺達も俺に気付いて振り返る。

 ナツメもそうだが、高嶺達もどうやら怪我はなさそうだ。邪神から何かしら、呪いの類を受けた様子もない。

 

 これなら、存分に邪神を殺す事に集中して大丈夫だろう。

 

「待ったか、ナツメ」

 

「…大遅刻。落とし前はつけて貰うからね」

 

「そうか。…それは大変そうだ」

 

 落とし前か。…落とし前といったら、前にナツメにドッキリを仕掛けた後の事を思い出すんだが。

 いや待て、落ち着け。今はそれを考えている場合じゃない。確かにナツメが言った落とし前であの時の記憶が過るのは仕方のない事だが、それを楽しみにするのは全部終わってからでも遅くない。

 

 よし、気合入った。すぐに終わらせる。

 

「少し待っててくれ。ミカド、ナツメ達を頼む」

 

「…貴様に聞きたい事が山ほどある。だが…、聞くのは全て終わってからにしてやろう」

 

「助かる。正直、あまり時間がないんだ」

 

 質問コーナーはナツメに落とし前をつけ終わってからで良い?

 なんてこの空気内で言える筈もなく。高嶺から順番に明月さん、墨染さんと順番に視線を交わしながら邪神の方へと歩み寄り、そしてナツメとすれ違う。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

「…うん。行ってらっしゃい、千尋」

 

 すれ違いざま、ナツメと一言交わしてから彼女の前へと出て、憎々しげにこちらを睨む邪神と向かい合う。

 今すぐにでもこちらに飛び出してきそうな、そんな形相だ。

 

 しかし、恐怖はない。()()()()()()()()()()()()()()()だからというのもあるのだろうが─────()が愛した人と()が愛した人がすぐ傍らにいるからだろうか。

 恐怖がないどころか、安心すら浮かんでくる。

 

「柳、千尋ォ…!」

 

「…待ってろ。すぐにはつさんと同じ所に送ってやるから」

 

 憎悪の声を漏らす邪神へと宣言しながら、銀色に輝く刃の切っ先を上げ、邪神に向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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