喫茶ステラと死神の蝶と見える人   作:もう何も辛くない

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うおおおおおおおおおおおおまほよ映画化きちゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
マイ天使とシャバ僧に声がつくとかマジっすか?いや嬉しすぎてやばい

ただ一つだけ引っ掛かる事が
年越しスペシャルの発表、なに?これ以上の爆弾ってなんなのよ

あ、いきなり作品に関係ない事ぶっ込んですいません
最終話前最後のお話です、どうぞ


第八十六話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てを犠牲にって…どういう…」

 

 墨染さんが閣下がさっき口にした言葉を反芻する。

 

 閣下は千尋に何かを注ぎ続ける朔夜さんを見つめながら答えた。

 

「一度死んだ生命を蘇らせる。それは理に反した禁忌であり、星と神々が最も忌み嫌うものだ」

 

 閣下はふと空を見上げ、更に続ける。

 

「人に限らず全ての生命、魂は肉体に死が訪れた時、天へと昇って転生を司る神の元へと送られる。そして魂はまた別の存在、肉体に宿って新たな生を迎える。それがこの星が定めた理だ」

 

 それは私が閣下と明月さんに出会った時に聞いた話と全く同じもの。

 

 閣下が語った星が定めた理というのを高嶺君が歪めてしまい、その影響は私にも及んで、だからこそ今ここに私はこうして生きている。

 けれどその代償は、高嶺君を排斥候補、要監視対象として星が定めた事によって支払われる事になる。

 

 後になって、再び高嶺君が奇蹟を起こした年末の事件の後に閣下から聞いた。

 本来なら一度目の奇蹟を起こした時点で高嶺君は排斥されていたって。それを覆せたのは、閣下と明月さんが朔夜さんに必死に懇願して、その願いを受けた朔夜さんが星を説得したからだって。

 

 たった一度の過ちをも許さない。或いは過ちを起こす前に対処する事も過去に例があったと閣下は言っていた。

 それ程までに星は、矛盾を嫌っているのだと、閣下は語った。

 

 だからこそ閣下は信じられないのだ。

 星が、星から生まれ落ちた神々が忌む矛盾を朔夜さんが起こそうとしている事が。

 

 そして、星が定めた理に反すればどうなるか。それはすでに、私達全員が知っている。

 

「あぁ、ミカド。君の言う通り、星と神々は矛盾を嫌う。私も星から生まれ落ちた存在として、矛盾を許してはいけない立場にある」

 

 朔夜さんはそう言ってから、けれど、と続けた。

 

「私は神ではないからね。あいつら程理に外れたものにアレルギー反応は起こさないよ」

 

「─────は?」

 

 閣下が間抜けな表情を浮かべながら呆けた声を漏らす。

 

 閣下だけじゃない。閣下のように声こそ漏らさないものの、私達全員が閣下と似た表情になっている。

 

「朔夜様…。貴女は今、何を…?」

 

「だから、私は神々みたく理に外れたものに対してアレルギー反応は─────」

 

「そうではなくて!神ではないとは…、どういう意味ですか!?」

 

 そう。今、この人は、私達に神と名乗り、そしてそれを信じてきたこの人は自分が神ではないと口にした。

 

 その衝撃は私達に、特に閣下には私達とは比べ物にならないくらいに大きい筈。

 閣下と出会ってから今まで、見た事がない程に今の閣下は狼狽していた。

 

 そんな閣下を一瞬、目を丸くしながら一瞥してから朔夜さんは─────

 

「そっか。君達にはそこから話さなくてはならないのか」

 

 なんて呑気に一言口にしてから─────

 

「面倒臭いな」

 

 なんて宣ってくれやがりました。

 

 この人、前々から思っていたけれど、素直に言葉を出しすぎる。だからこそ、普通の人とは違う存在なのだとそういう所から感じられたのだけれど。

 

 でも、神ではないのならこの人は一体…。

 

「そうだな…。それなら、まだ少し時間に猶予もあるし、昔話でもしようか」

 

 そう小さく呟く朔夜さんの表情は遠い過去に思いを馳せる、人が郷愁の念に駆られた時に浮かべるそれと似た顔をして、ゆっくりと語り出した。

 

「さっきも言った通り、私は神じゃない。ただ、星からある使命を賜ってこの世に生まれ落とされた。その使命とは─────ある人間の魂を守る事。それが私に神と同じ力と悠久の命を与えられた理由」

 

 朔夜さんが言うある人間とは誰の事なのか。それが分からない程鈍い人はここにはいなかった。

 今、朔夜さんが行っている行為がその疑問の答えを物語っている。

 

 朔夜さんは小さく微笑みながら明月さんの方を見てから続けた。

 

「死神…じゃ、ないのか、もう。明月栞那。君と私は少し似ていてね。君がずっと高嶺昂晴の魂を見守り続けた様に、私も()()()()魂を見守ってきた」

 

 朔夜さんの視線を向けられ、そう言葉をかけられた明月さんの目が僅かに見開く。

 

「だからね。君の願いを踏み躙った高嶺昂晴にはどうしても怒りが止まらなくてね。すまない、あれには少し私の八つ当たりが混じってたりするんだ」

 

 あれ、とは年末に起きたあの事件の事だろう。その事件について、そこに居合わせていなかった私は勿論、墨染さんも今回の件に関わるに当たって千尋達から説明を受けている。

 

 高嶺君が明月さんとの再会を求めて再び奇蹟を起こし、そして契約を破った報いとして高嶺君を排斥するべく朔夜さんが送り込まれた。

 

 千尋も高嶺君も同じ事を言っていた。あの時の朔夜さんはこれ以上なく怒っていたと。

 それは神として、矛盾を引き起こす行為に対して怒りを覚えていたのだと誰もが考えていた。

 

 だけど、それは違った。いや、朔夜さんも星から生まれた一つの存在としてそれに対しての怒りは少なくともあったとは思う。

 でも実際の大きな理由は─────

 

「君と交わした約束を高嶺昂晴が破った。その事が許せなかった」

 

 そんなあまりにも人間臭いものだった。

 

「私が同じ立場だったら。もしこの子が同じ事をして死ぬ羽目になんてなったら─────とても悲しいだろうから」

 

 その言葉は明月さんではなく、目を閉じたままの千尋の顔を見ながら発せられた。

 

 慈しみ、愛しそうに、僅かに目を潤ませる彼女の姿は、千尋を愛する今の私と重なって見えた。

 

「朔夜さん。貴女は…」

 

「…あぁ。私はこの子を愛している。正確にはこの子達を─────って言うべきかな。最初に私が見つけた子から、千年をかけてこの子の魂は受け継がれて、今は柳千尋として生きている」

 

 千年。そのたった一言、口に出せば一秒と経たず言い切れるその一言に込められた朔夜さんの想いは、きっと私達人間には計り知れないものだ。

 何しろ私達人間はどれだけ長く生きられようとも精々百年が寿命の限界だ。その人間の寿命の限界の、十倍という長い時をこの女性は、同じ人を愛し続けてきたのだ。

 

 どうしても比べてしまう。私はたかだか、もうすぐ千尋と付き合い始めて一月になろうかという所。千尋への気持ちを自覚してからだと一月を過ぎたという所だろうか。

 

 その程度の私が、この人から愛する人を託されようとしている。

 

 私よりもずっと、私の知らない千尋を知っているこの人が、私に千尋を託そうとしている。

 

「四季ナツメ。こっちにおいで」

 

「え…?」

 

 不意に朔夜さんに呼ばれる。いつの間にか俯いていた顔を上げて朔夜さんの方を見ると、朔夜さんは先程まで千尋に向けていた微笑みと同じ表情を私にも向けていた。

 

 私は朔夜さんと千尋の元へ歩み寄り、そして千尋の体と挟んで朔夜さんの前に両膝をつく。

 

「君は、千尋が好きかい?」

 

 朔夜さんは微笑みをそのままに私の顔を真っ直ぐ見つめながらそう聞いてきた。

 

 あまりに突然に、思いも寄らない事を聞かれて思わず一瞬固まってしまった。

 でもすぐにその問い掛けに頷いて答える。

 

 答えてから、私は口を開けた。

 

「貴女も…」

 

「ん?」

 

「貴女も千尋が好きなんですよね?」

 

「…そうだね。でも、この子に対する好きは君が千尋に向ける好きとは少し違うかな」

 

 朔夜さんはさっきも千尋を愛していると言った。だけど、私は彼女にどうしても聞きたかった。

 千尋が好きなのか、と。私と同じ気持ちなのか、と。

 

 しかし返ってきた言葉は私が思っていたのとは違うものだった。

 

「私は千尋を、千尋達を愛している。でもね?本当に恋した相手は…もういない」

 

「朔夜さん…?」

 

「私に愛をくれた。私に感情をくれた。私に名前をくれた。私が好きだった人は、もういない」

 

 慈しみと愛しさに満ちていた朔夜さんの表情にほんの一瞬だけ、哀しみが過った気がした。

 それは本当に一瞬で、次の瞬間にはまた朔夜さんの微笑みは戻っていて、気のせいだったのではないかと思えてしまう。

 

「だから、君が私に心を痛める必要はない」

 

「…でも、朔夜さんは、これで─────」

 

 消えてしまう、と言葉が続こうとして、ふと思う。

 

 閣下はこう言った。一度死んだ生命を蘇らせる事は理に反した禁忌であり、星と神々が忌み嫌うものだって。

 そして朔夜さんはこう言った。自分は神ではなく、千尋を守る役目を持って産まれたと。

 

 星は千尋を守るように朔夜さんに課したのなら、どうして朔夜さんは消えなくてはならないのだろう、と。

 朔夜さんは今、自身に課せられた使命を全うしようとしている。それがたとえ星が意味嫌うものだとしても、その行為は星が朔夜さんに課したもの。

 

「さっき、閣下は朔夜さんが自分を犠牲にして千尋を助けようとしてるって言いました」

 

「そうだね。ミカドの言う通りだ」

 

「でも貴女は自分の使命を全うしてるだけなのに。どうして…」

 

「─────あぁ、君はどうやら勘違いをしているらしい」

 

 私の言っている言葉の意味を分かりかねてきょとんとしていた朔夜さんはすぐに取り直し、笑みを浮かべながら続けた。

 

「星が矛盾を犯した私を排斥するんじゃない。ただ、私が自滅をするだけさ」

 

「それは、どういう意味なんですか…?」

 

「理をねじ曲げるには、膨大な力を要する。さっきの戦いで消耗した私では、千尋の魂を呼び戻す所でギリギリ、といったところかな?」

 

 違う。何も難しく考える必要なんてなかったんだ。

 

「私に宿った神力が底をつけば、私という存在は崩壊する」

 

 ただ奇蹟を起こすというその代償はあまりに大きかっただけ。

 奇蹟を起こすには、朔夜さんの全てを賭けなければならなかった。

 

 ただ、それだけだった。

 

「…そんな、そんなの」

 

 そんなの、悲しすぎる。

 朔夜さんの長い旅路の終わりが、そんな終わり方で良いのだろうか。

 

「ナツメ」

 

「っ…」

 

 そんな今の私の気持ちを悟ったかのように、朔夜さんが私に話しかける。

 

「私はこの終わり方に納得している。今まで散々色んなものを殺し続けてきた私が、最期は愛する人のために死ねるんだ」

 

 悟ったような、じゃない。この人は私の気持ちを読み取って、私に優しい言葉を掛けてくれている。

 

「それにね、千尋が初めてなんだよ。この子が初めて、私以外の女に愛を覚えたんだ」

 

「え…?」

 

 不意に、朔夜さんの話す声のトーンが上がる。そして言葉の内容に戸惑い、小さく声が漏れた。

 

「今までの子達は皆、私に恋心を抱いて告白してきた。でも─────私が恋を出来たのはあの子だけだった」

 

「…素敵な人だったんですね。その人は」

 

 心からそう思う。

 朔夜さんにとって、その人は本当に掛け替えのない人だったのだ。

 

 同じ魂が受け継がれていても、朔夜さんが千尋を男として愛せなかった様に。

 どうしてもその人達を別人として捉えてしまう程、朔夜さんにとってのその人は唯一一人の女として愛する事が出来た男の人だったのだ。

 

「うん。産まれたばかりの私に色んな事を教えてくれた。私に朔夜という名前と…、今までを生きた意味を与えてくれた」

 

 朔夜さんは夜空を見上げる。

 その顔に浮かぶ表情は、さっきも見た郷愁の念に近い、昔を懐かしんでいる。そんな顔に見えた。

 

「あいつも─────あの邪神も、ある意味私と同じなんだ。輪廻の環から外れた存在でありながら、人間に恋をした。ただ、私は恋をした男との約束を守って生き続け、あいつは恋をした女がいない世界に絶望して邪に堕ちた。もし何かが掛け違っていたら…、私もあいつと同じ様になっていたかもしれない」

 

 言われてみれば確かにその通りだ。

 朔夜さんとあの男神は同じ様に人間の異性に惹かれて恋をして、仲を深めていった。

 

 ただ、朔夜さんは愛する人を亡くした後も前を向いて、あの男神はそれが出来なかった。

 

 確かに、()()()()とは思う。でも─────

 

「同じじゃありませんよ」

 

「…そうかな?」

 

「そうです」

 

 そうだ。だってこの人は絶望に囚われはしなかった。

 悠久の時を生きられるこの人にとって、愛する人がいない未来がどれだけ重かったか、私には想像を絶する。

 

 それでもこの人は前を向いた。憎しみに堕ちる事なく、未来を歩く事を選んだ。

 

 そんな彼女が、あの男神と一緒な筈がない。

 

「…約束」

 

「ん?」

 

「朔夜さんは約束をしたと言ってましたよね。それは、どんな約束だったんですか?」

 

 朔夜さんが絶望に堕ちる事なく生き続けられたその訳に、さっき彼女が口にした約束が大きく関わっている。

 そう思って、朔夜さんに問い掛けてみる。

 

 もし答えづらければ質問をすぐに引っ込めるつもりだったけど、朔夜さんは思いの外すぐに、あっさりと口を開いた。

 

「『()()()()()()()()()()。』そう言われたんだ」

 

「…」

 

「この言葉のお陰で私は絶望しないで済んだ。彼との約束を違える訳にはいかないと、何度も絶望に堕ちそうになる私を救ってくれた」

 

 そう語る彼女は誇らしげに、されどどこか悲しげに。二つの矛盾した気持ちを表情に浮かべて語り続けた。

 

「─────っ」

 

「っ、千尋!?」

 

 その時、ぴくりと千尋の目蓋が震えた。

 動く筈のない千尋が僅かにだが動いたのだ。

 

 すぐに千尋の顔を覗き込む。

 未だに両目は閉じたまま。だけど、青白かった千尋の顔に微かに色が戻ったように見える。

 

「朔夜さん、千尋が─────」

 

 千尋の顔に生気が戻った事に喜びを覚え、私は忘れていた。

 顔を上げて朔夜さんを見上げた時にすぐ、私はそれを思い出す事になるのだけれど。

 

「うん。もう少しだから、待っていて」

 

「さくや、さん…」

 

 朔夜さんの全身が透けていた。

 その本来あり得てはいけない光景に目を見開く。

 

 初めから分かっていた事だった。閣下も、朔夜さん自身もそう言っていた。

 千尋を生き返らせれば朔夜さんは消える。それは変えようのない現実。

 

 二者択一。千尋か、朔夜さんか。

 

 そして、その二択を私は心の中ですぐに千尋だと選んでしまう。犠牲になるのが朔夜さんが望ましいと思ってしまう自分が醜くて仕方ない。

 

「ナツメ」

 

 また。また、朔夜さんは私の心情を悟って優しく声をかけてくる。

 

「人間の命は短い。でもね、たかが百年でも何が起こるか分からない。それが人生というものだ。…きっと、今日みたいに選択を迫られる時もいずれ来るだろう」

 

「…」

 

「その時、君は迷わず千尋を選べるかい?」

 

 朔夜さんが言うその場面がどんなものになるか、今は分からない。

 けれどもし、千尋か他の何か、どちらかしか選べない状況に出会したとして、私はどういう選択をとるのだろう。

 

「…その時になってみないと分からないです。私がどういう選択をするのか─────でも、一つだけ自信を持って言える事があります」

 

「…それは?」

 

「その時の私はきっと、千尋と一緒に悩んでいると思います。千尋と一緒に…、答を出そうともがいていると思います」

 

 私の返答を聞いた朔夜さんは少しの間、驚いたように目を丸くしてからすぐに小さく笑みを浮かべた。

 

「そこは素直にはい、と答えてくれた方が私としては安心できたんだけどね」

 

「…すみません」

 

「いや。私が欲しかった答えではないけれど─────君達のこれからをもっと見守ってみたくなる答えだったよ」

 

 朔夜さんがそう言った瞬間、朔夜さんの両手を包む光が収まっていく。

 

 それは、終わりの合図。

 朔夜さんの役目が今ここで、終わりを迎えた事の知らせ。

 

 朔夜さんの体はさっきよりも更に薄く、見えづらくなっている。朔夜という存在が薄く、消えかかっている。

 私でも分かる。もう彼女に残された時間は僅かなのだと。

 

「朔夜様」

 

 背後から閣下が朔夜さんを呼ぶ声がした。

 

 ふと振り返ると、少し離れた所に立っていた閣下達も今は私と朔夜さんの傍にいて、さっきまでの私達のやり取りを聞いていたらしい。

 

「ミカド。今まで嘘を吐いてきてすまなかったね」

 

「いえ…、そんな事…」

 

「ここまで千尋を守ってくれた事に感謝している。…これからも頼めるかな」

 

「…我輩はそのつもりでいます」

 

 閣下の返答を聞き、嬉しそうに微笑んだ朔夜さんは次に墨染さんの方を向いた。

 

「…君の前世の母を殺したのは私だ」

 

「…はい」

 

「だが、私はそれを君に謝罪するつもりはない。あれは罪を犯し、罪を犯した者には罰を与えなければならない」

 

「…」

 

「幸か不幸か、君の傍にはまた彼女のような人間がいる。…今度は失わないよう、注意する事だね」

 

「─────」

 

 朔夜さんの言い方には明らかに皮肉が混じっていたけれど、それは確かに墨染さんへの忠告だった。

 今の墨染さんの心中はとても複雑だろうけど、頷いた彼女の顔は決意に満ちていた。

 

「でもきっと、私の出番はないと思います」

 

「…そうかもね」

 

 と思っていると、墨染さんの決意に満ちた表情がへにゃりと和らぐ。

 そして、墨染さんがそう言うと朔夜さんも笑みを浮かべて墨染さんの言葉に同意した。

 

「…高嶺昂晴」

 

「は、はいっ」

 

 次に視線を向けられた高嶺君がぴしりと姿勢を正す。

 僅かに体が震えているのは間違いなく、恐怖からだろう。何を言われるか、されるか分からず震える高嶺君に、朔夜さんは続けた。

 

「もう、次はないよ?」

 

「…はい。もう栞那を裏切る事はしません」

 

「…」

 

 朔夜さんに問われ、力強く答える高嶺君を少しの間見つめてから、朔夜さんの視線は明月さんに移る。

 

「何かもう、信用できないんだよね。本当にこんな男で良いのかい?」

 

「え、ちょっと…」

 

「本当です。二度ある事は三度あると言うので、本当に心配です」

 

「酷くない!?」

 

「でも…私はこの人と一緒に生きていきたいから。死ぬまで…死んでからもこの人を見張るつもりです」

 

「…高嶺昂晴。栞那に捨てられない事を願っているよ」

 

「捨てられてもしがみついてくっついていくので大丈夫です」

 

「それは大丈夫とは言わない。気持ち悪い」

 

 最後にそう高嶺君に吐き捨ててから、朔夜さんはゆっくり私の方を見る。

 

「…頼むよ」

 

「…はい」

 

 私との会話は、たった一言で終わった。

 

 さっきも同じ事を言われて、その時には答えられなかった問い掛け。

 今度は決意を持って答える事が出来た。その事に安心したのか、朔夜さんが大きく息を吐きながら微笑む。

 

 朔夜さんは微笑みを浮かべたまま夜空を見上げる。そうしている間にも、朔夜さんの体は光の粒子となって、足元から消え始めていた。

 そんな状態でも、朔夜さんは満足そうな笑みをやめない。

 

「何勝手に消えようとしてんですか」

 

 その時だった。

 私達のすぐ傍らで、今まで朔夜さんと言葉を交わした誰でもない声が彼女を呼び止める。

 

「…目を覚ますまでまだ掛かると思っていたんだけどね」

 

「叩き起こされたんですよ、()()に。どうしてもお礼を言いたいって。伝えたい事があるって」

 

 ()()がゆっくりと体を起こす。

 しかし、目を覚ましたばかりだからだろうか、言葉は流暢に話していても体の動きはぎこちなく、頼りない。

 

 私は体を起こそうとする千尋の背中に手を添えて支える。

 千尋は首を回して私の方へ振り返って、小さく笑顔を浮かべる。

 その笑顔に私も笑顔で頷いて返すと、千尋は再び朔夜さんの方を向いて彼女と向き合った。

 

「…『ありがとう』。『()はずっと、お前を愛している』」

 

「─────」

 

「朔夜さん。…貴女に出会えて本当に良かった。貴女がいたから俺は生きてこられた。貴女のお陰で俺は明日からもナツメと一緒にいられる。…()()はこれから先、何年後であろうと貴女の事を忘れません」

 

 見開いたまま固まる朔夜さんの目尻から、一筋の雫が零れる。白い頬を伝って、地面へと落ちる涙。

 

「…本当に、そう思うかい?」

 

「はい」

 

「私は今まで何度も()()を戦いに巻き込んできた。それでも─────」

 

「それでも()()は、傍らに居たのが貴女で良かったと思っています」

 

「っ…」

 

 彼女の目から流れる涙が一滴、また一滴と増えていく。

 そして朔夜さんは涙を流しながら笑い、千尋の背に両手を回して抱き締めた。

 

「ありがとう。…千尋。これからも君の事は見ているからね」

 

「はい」

 

「ナツメを泣かせたら化けて出るからね」

 

「はい」

 

「…大好きだよ。もし最初に出会っていたのが君だったら、恋に落ちてたかもしれない」

 

「それは勘弁してください。()()ナツメ一筋なんで」

 

「あはは!酷いなぁ」

 

 足元から始まった崩壊は、今ではもう朔夜さんの上半身にまで至っている。

 腰からお腹へ、やがて千尋を抱き締めていた両腕も光となって消えていく。

 

「…さよなら、皆。ありがとう」

 

 それが彼女の最期の言葉だった。最期まで笑顔のまま、朔夜さんは消えていった。

 

 一つの魂を見守り、時に共に戦い、守り続けた一人の女性はこうして消えていった。

 

 光の粒子となった朔夜さんは夜空へと上っていき、やがて見えなくなる。

 見えなくなってからも私達は、しばらくの間朔夜さんが消えていった夜空を見上げたまま動かなかった。

 

「…帰るか」

 

 ずっと黙ったままだった私達の中で、最初に口を開いたのは千尋だった。

 

「もういいの?」

 

「いい。別れは済ませた。だから、前を向く」

 

 千尋にとって、朔夜さんがどれだけ大きい存在だったか。

 そんな彼女を失っても、千尋は前を向こうとしていた。

 

 なら私がするのは、そんな千尋の手助けをする事。千尋の傍に居続ける事。

 それが私が選んだ事で、やりたい事なのだから。

 

「立てる?」

 

「…うん、もう大丈夫だ」

 

 千尋は私の手を借りず、ゆっくりとだけど立ち上がった。

 それを見届けてから私も立ち上がって、千尋の隣に立つ。

 

「それではな。千尋、ナツメ。我輩らは希を送ってから帰る。貴様らは先に帰って、特に千尋はしっかり休め」

 

「ナツメさん、柳さん。また明日」

 

 閣下が、明月さんが、高嶺君と墨染さんも私達に手を振って私達とは別の方向へと歩き出す。

 私達も皆に少しの間手を振り返してから、皆とは逆の方向へと歩き出す。

 

 どちらからともなく手を繋いで、触れ合う手の温もりを確かめながら、私達が帰る場所へと歩く。

 

「あぁ、そうだ。ナツメ」

 

「ん?どうしたの?」

 

 すると、不意に千尋がこっちを向いて話し掛けてきた。

 私も千尋の方を向いてどうしたのか問い掛けると、千尋は笑顔を浮かべてこう続けた。

 

「ただいま」

 

「…うん。お帰り」

 

 星空の下を歩く。彼女が昇っていった空の下を。

 今、彼女はそんな私達の姿を見てくれているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これにて、長い夜のお話はおしまい。

 また明日から、私達の新しい日常は始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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