めっちゃ長くなってしまった。前後半に分けるのはいいとしても、分け方が下手すぎましたね。何も考えずに書いてるとこうなるっていう勉強になりました。
今回の話は↓
美嘉「ん?今なんでもするって言ったよね?」
城ヶ崎美嘉のウワサ①
年下のひ弱そうな男の人がタイプ
らしい
ーーー城ヶ崎美嘉という一人の女の子について語らせてもらおうと思う。
彼女は誰もが知る346の、押しも押されもせぬトップアイドルだ。自他共に認めるギャルアイドルとして名を馳せている彼女は、一方でモデルとしても活躍している。アイドルとモデルの二足のわらじを履きつつ日々活動している彼女の人気っぷりは絶大であり、男に飢えに飢えている女性達からの支持も厚く、他のアイドルよりも比較的ファンが多いと言われている。
それは彼女の圧倒的ビジュアルかもしれないし、はたまた彼女の人柄といった内面の要素がファンの人々に良い印象を与えているのかもしれない。いずれにしても、彼女が年齢を問わず幅広い層から人気と注目と期待を集めているのは間違いないことだった。
ところでそんな彼女だが、ファンの一部からとある理由によって”一人の女性”として尊敬されていることもまた有名な話だ。それは彼女の
公務員であってもニートであっても、そして当然トップアイドルであったとしても、女性は女性である。男性が圧倒的に少ないこの世界で女性は、水が高いところから低いところへ流れるように、木から落ちた果実が重力に逆らえず落下していくように、男性を本能的に強く求めてしまう。それは、件の城ヶ崎美嘉にも当てはまるはずでーーー
ーーーしかし、彼女はそうした言ってしまえば女性としての醜さを、少なくともこれまでは一度たりとて世間に晒すことはなかった。アイドルとしてステージに立つ時も、モデルとして被写体となりシャッターを切られる時も、プライベートの時でさえも、彼女は彼女自身の男性に対する執着というものをまるで見せることはなかった。それはその執着それ自体の存在の有無が疑われる事態に発展するほどでーーーつまり彼女が同性愛者、レズビアンなのではないかという噂が流布するまでの事態となった(後にこれは、他ならぬ彼女自身によって遠回しに否定されている)。
加えて彼女はコミュニケーション能力にも長けていた。女性との距離感を常に念頭に置きながら行動している男性達と、彼女は交友関係を築くことも容易にやってのけた。女性はぶっちゃけてしまえば男性をただの捕食対象として見てることも珍しいことではないため、男性に邪な考えを抱きながら近づく女性も多く存在するし、一方で男性はそうした女性達を汚らわしいもののように扱い、これを避ける。この構図はこの世界から男が減っていく過程で成立したある種必然の産物である。
そう、彼女の圧倒的能力は、警戒心の強い男性達をして女性としての下心を全くもって悟らせないのだ。それはやはり、
当然これは、掛け値なしに全世界の女性達にとっては喉から手が出るほど欲するものに違いなかった。彼女がそれらに関するノウハウをまとめた書籍を出版でもすれば、向こう数年間は増刷の嵐となる超超貴重品として、また世界に存在する主要な言語に対応するべく多くの翻訳版も出版されつつ、一家に一冊、果てには学校の図書館にまで蔵書されるほどの
男性に対してどうしてもガツガツしてしまいがちなイメージを持たれてしまう女性像とは裏腹に、男性経験が少なく男性と上手く接することが難しい女性というのも一定数いる。そうした人達からしてみても、多くの男性達と仲良くできる才能を持つ彼女は度々羨望の眼差しで見られているのだ。
なお一般的に、多くの男性と親交を深めているような女性など、掃いて捨てるほど多く存在する喪女達からしてみれば、いわゆる”リア充爆発しろ”なんて怨嗟の言葉では真に比にならないほどの妬みやら殺意やらを集めるものだが、こと城ヶ崎美嘉に関してそれはなかった。これはただ単に憎悪も一周回って尊敬になった、というだけの話ではない。表舞台に立つ彼女を研究することで、城ヶ崎美嘉の持つノウハウ等奪えそうなものは奪えるだけ奪って有効利用しようという強かな喪女達の不文律が生まれたという、女性の必死さが伝わる虚しいエピソードも存在するだとか。
閑話休題。
ここまでした話で、城ヶ崎美嘉がどんな女の子か少しでも理解していただけたのであれば幸いである。
老若男女、幅広い層から人気を博しているカリスマアイドル城ヶ崎美嘉。タレント業と学校生活の両立をそつなくこなす瑕疵のない完璧少女。数少ないアンチからマジで人生何周目なんだよコイツと妬まれるばかりの、彼女のその人物像は、しかし彼女自身が必死に取り繕うことによりなんとか成り立っているものでしかなかった。
ーーーーーここらで、ここまでの話の大前提が崩れてしまいかねないことを明かしてしまおう。彼女は完璧少女でも転生チート持ち主人公でもなんでもなかった。ただの
そう、彼女のカリスマ性を匂わせる余裕ある笑み、男性に警戒させない巧みな立ち振る舞い、多くのファンから憧憬の念を以て畏れられる彼女の人格、それら全ては彼女の生まれながらによる産物ではなく、彼女の
仮面を被ることは、確かに多少の労力を要する作業だった。特に、男性を前にすると激しく動悸する心臓を必死に落ち着け、なんでもないかのように振る舞うことは慣れるまで時間のかかったことだ。慣れる、と言ってもやはり男性それ自身に慣れてはいないのだが。
モデルとして売れ始めた城ヶ崎美嘉がアイドルを掛け持ちすることを決心した最大の理由は、自分が取り繕うことを必要とせず、ありのままの
なんにせよ、彼女の精神的幼稚さを完全に包み隠すことに成功している猫被りは、完璧と言って差し支えないものだろう。実際に、これまで誰にだってーーー仲の良いユニットのあの娘達や可愛い妹にだってーーー本当の自分のことを話したことなどなかったし、周りにバレているということもないと断言していい。なにせ、数年間にわたって彼女の本性をひた隠しにしてきた仮面は伊達ではない一級品なのだから。
「あ、あの!後で土下座でも靴舐めでもなんでもするので、今だけ!今ちょっとだけ我慢してください、城ヶ崎さん!!.......城ヶ崎さん?」
ーーーそう、本当の彼女を知る者は今までは誰もいなかったのだ。
人二人がやっと入れる狭い空間で、情欲を誘う男性特有の淫靡な香りが漂う中、半ば
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「それで、どうだったかしら?面白かった?」
「...はい。とても貴重な体験ができました」
突如現れた五人組の変人集団...ではなく、私の施設見学のためにわざわざ武内さんが派遣してくれたという目の前にいる五人組は、どうやらLiPPSという大人気のアイドルユニット様らしい。
私のためだけに時間を割いて案内してくれた彼女達には感謝しかないが...これ、お金とか発生しないよな...?この後人気のいないとこに連れて行かれて、その先に黒服の厳ついオッサンがいたりしないよな...?
案内役を主に引き受けてくれたのは、以前にもお会いしたことのあるエチエチアイドル速水さんだ。やっぱり知ってる人が一人でもいるだけでだいぶ緊張の度合いが変わってくるし、いてくれて本当に良かったと思っている。
それにしても相変わらずエッチですねぇ!速水さん!!
「フンフンフフーン♪そう言ってくれるとフレちゃんも頑張った甲斐があったよね〜!」
「いやー、フレちゃん特に何にもしてなかったと思うけどなー。まっ、私もだけどさ」
「クンクンハスハス...やっぱり君いい匂いするよね〜。ねえねえ、後でちょっとラボで
残りの四名は私の初めて会う人となる。
自らをフレちゃんと称し、独特な鼻歌を歌っている金髪美少女が宮本フレデリカさん。フランス人とのハーフで、彼女の綺麗な金髪もなんと自毛だとか。ちなみにフランス語は全然話せないらしく、曰く「テキトーなパリジェンヌ」で通っているようだ。
あ、ちなみに私は日本人ですけど日本語話せません。そもそもまともなコミュニケーションが取れないので!しるぷぷれ〜?(適当)
宮本さんの金の髪とは対をなすかのような、これまた綺麗な銀髪ショートヘアを靡かせているのが塩見周子さんだ。実家が京都の和菓子屋さんで名のある名家出身だとかなんとかって話で、自由奔放でノリの軽い彼女が家出してきたところをスカウトされ、アイドルになったみたいだ。
献血が趣味とのことで今度ご一緒しない?とのお誘いを受けたのだが...献血って一緒に行くものなのか?対人経験が少なすぎて分からないゾ...
そして...なんかずっと私の周りでハスハスしている正しく変人が、一ノ瀬a.k.a志希さん。匂いフェチ。ギフテッド。帰国子女。失踪が趣味でよくいなくなる。....属性盛り過ぎィィィ!自分、分けてもらっていいっすか?いや、まあ属性過多なのはこのユニット全員に当てはまるんだけどさ....
あ、私の属性?私の属性は陰キャラです。固有スキルは周りからハブられることですかね。やかましいわ。
「志希、あなたその辺にしておきなさいよ...」
「あはは...でも、本当に渋谷君は、そんなに嫌がってなさげだよね〜。もしかして大人しそうな顔して女の子慣れしてるのかなーー??」
速水さんの注意に続けて話す最後の一人ーーーこれでもかというくらいのギャルファッションを決めんこんだ派手髪のギャルアイドル、城ヶ崎美嘉さん。
彼女は...そう、とにかくギャルだ。過去のトラウマから苦手なギャルではあるんだけれど...城ヶ崎さんはオタクを馬鹿にするようなタイプの頭も股もゆるゆるな系統のギャルじゃなく、なんていうか...クラスの隅っこにいる私のようなカス陰キャラも放っておけないような、聖人みたいなタイプのギャルだと思ってる。こんな人ラノベくらいにしか存在しないと思ってたので、それはもうものすごく感動してしまった。
ちなみに、これと双璧を成すレベルの絶滅危惧種はのじゃロリだと思ってる。いや、ほんまどこにおんねんそんな古風な喋り方するガキはよ...
まあそんな感じで、以上の五名に施設をあらかた案内してもらって、今は少し休憩してるところなのだ。なのだが...
「へー、渋谷くんも裏ではやることやってんだね〜。しゅーこちゃん意外かも」
「ワオ!男子三日会わざればってやつだね!」
「フレちゃん、それ使い方間違ってるよ...」
「ねねっ、あとで私のラボ来てみない〜??一緒にトリップしよ〜よ〜」
「....」
「いやいや、渋谷くんはそういう子じゃないでしょ」
「ていうか、奏ちゃん渋谷くんと面識あるっぽいけどアタシらまだその辺聞いてないよね〜?」
「え、あー、それは...この前街中でたまたま会ってね...」
「えー、なんか怪しいなー。ナンパでもしたんじゃないの〜?」
「おお〜!奏ちゃん大胆☆」
「ええっ!?色々と大丈夫だったのそれ..?」
「聞いてるの〜渋谷クン??この志希ちゃんを無視するなんてギルティだね♪」
「.........」
「わ、私は知らないわ!あれはそもそも文香がナンパするとか馬鹿なこと言い出したからであって...」
「およ?文香さんが...?」
「いやないわー。だってあの文香さんだし」
「あはは...確かに文香さんがナンパなんてねー」
「ちょっ!否定できないけど本当なのよ本当!これじゃ私が文香のせいにしようとしてる嫌な女になってるじゃない!!」
「そうじゃないの?」
「違うわよ!!周子アナタ私のこと嫌いなの!??」
「それっ!志希ちゃんフェロモン放出〜、エクスタシ〜♪」
「..................」
........ヤバイ。全く会話に入ることができない。いつものことながら3点リーダー製造マシーンになってる。
多分私は、愚かにも思い上がってたんだろう。なーちゃんやはーちゃんと出会ってから多少なりとも私の交友関係の広がったから、なんとなく人とのコミュニケーションにも慣れてきたと勘違いしていた...こんな顔面偏差値がバグってる集団に囲まれてろくな会話なんてできる訳なかった...
今の私の惨状を例えるなら、最初にもらったLv.5の御三家ポ○モン一匹連れてシロガネ山乗り込んで某喋らない元主人公さんにカチコミかけに行くようなもんだ。あ、自分ダ○パキッズじゃないんで...
ていうかさっきからずっと私の周囲でうろちょろしてる一ノ瀬さんに耐えられそうにない!近い近い柔らかい!後めっちゃいい匂いするんだけど!!これじゃ私のチ○ポがトリップしてしまうわ!!
これ以上ここにいてもただの陰気くさい置物になるだけだし...ここは戦術的撤退一択だ。逃げるんだよォォォーーーーーーッ!!!
.....それと鷺沢さんで思い出したけど、一体いつになったらL◯NEの返信くれるんですかね..
「...あ、あの。僕もう帰りますね」
「あら、もう少しいてくれてもいいのよ?」
「そうそう、もう少しお話ししてこーよー」
「まあまあ二人とも。渋谷くんもまた来たらいいじゃんっ☆ね?」
おお、城ヶ崎さんの気遣いが身に沁みる...
この人は普通の女の人と比べて男である私に対しても全然ガツガツ来ないし、なんか私と同じ常識を持ってるみたいな、そんな感じがする。
ていうかこんな聖人みたいな人が、心の中では男をどう調理してやろうかとか速水さんが考えてそうなことを思い浮かべてるのだとしたら、私はもういよいよはーちゃんしか信じられないんだが...なーちゃん?はて、知らない娘ですねぇ...
「むーーーっ!!!」
「おっと、これは志希チャン検定4級持ちのフレちゃんには全部わかります。志希ちゃんは今...不満げです!!」
はい、ドヤ顔パリジェンヌいただきました。いや、それくらいは志希ちゃん検定5級すら持ってない私でもわかるけど。ていうか4級ってそんなに誇らしげになれる級でもないのでは...
「渋谷くんが構ってくれないのでこの天才志希ちゃん、たった今名案を思いつきました!!」
「お〜〜!!」
「嫌な予感しかしないわね...」
「...あー、ごめん皆。アタシちょっとマネージャーのとこ行かなきゃ」
「んーどしたん?えらく急やなぁ」
「今度の雑誌の打ち合わせでちょっとね〜。じゃあ、そういうことだから!渋谷くん、また会おうね!!」
「は、はい!ありがとうございました!」
あ、城ヶ崎さん置いていかないで!私ももう帰りたいのに!助けてー!集団ス○ーカーに襲われてまーす!(迫真岩間)
「お、なになに、渋谷くんは美嘉ちゃんみたいな娘がタイプかな〜?しゅーこちゃんはどう??」
「え...??えーっと、その、美人だと思います...」
「ちょっと周子、アンタ何聞いてんのよ」
「この前街中で渋谷くんをナンパした時の奏ちゃんのモノマネでーす、似てた?」
「そんなこと言ってない!私はただちょっとカフェでお話ししてただけよ!!」
「ほーら、やっぱナンパしてたんじゃん。墓穴掘ったね〜」
「うっ...」
はいはい喧嘩ップル喧嘩ップル。しゅーかなてぇてぇ...てぇてぇなぁ...多分Sっ気のある塩見さんが責めてそれを速水さんがーーーーって違う。私にそう言う趣味はないんだ。はーちゃんとなーちゃんでそういう妄想してたりなんかもしていないぞ。
「はいはーい!ではではみんな私についてきなさ〜い♪」
「んー?志希ちゃんどこ行くん?」
「ついてからのお楽しみ〜。渋谷くんもいっくよ〜!」
「えっ??いや、僕もうーー」
「出発進行〜♪」
あっヤバイ。このお方人の話一切聞かないタイプの人だ。このままドナドナされるのも確定だろう。となると、私にできることはただの一つ、だろうな...
ーーーこんなじゃじゃ馬アイドル集団を統率しているプロデューサーの皆々様に敬礼!
「渋谷くんは何してるん?」
「知らないけれど...なんだか馬鹿にされているような気がするわ」
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よくわからないまま連行されること数分。ビルの中の、とある一室の前で一ノ瀬さんはようやく止まってくれた。どうやらここが目的地らしいけど...いやどこだよ。この辺は
「とうちゃ〜く!」
「ここは一体どこなんですか、一ノ瀬博士!!」
「はぁ...悪ノリやめなさいよ、フレデリカ」
「ていうかここお風呂場じゃん」
風呂場...?風呂場に連れてきて一体一ノ瀬さんは何をしようっていうんだ。
「さてさて...ねぇねぇ渋谷くん。今日一日色々まわって疲れてるよねー?汗とかもかいちゃったよねー??」
「えっ...?いや、そんなーーー」
「そうだヨネーー????」
「...ハ、ハイ」
おいなんだこれ。私は尋問か何か受けているのか?笑顔が怖いんですがそれでも可愛いのは、ぼくずるいとおもいます(小並)。
「というわけで、帰る前にひと風呂浴びていきなよー!」
「いや志希、ここはそもそも女性だけーーー」
「ーーフレちゃん!」 「あいあいさー!」
「もごっ!」
「....なるほどね〜、アタシなんとなくわかっちゃた。悪い人だね一ノ瀬博士♪」
何か喋ろうとした速水さんが宮本さんに口止めされ、さらにはそれを見た塩見さんが何やら察したらしくニヤニヤ楽しそうにし始めた。いやいやいや怖いんですけど。ホント何企んでるんだ一ノ瀬博士...
本当にこの人、やりたいことは好き放題なんだってやるというか、自由奔放という概念を擬人化したかのような、個性派のLiPPSの中でも頭ひとつ抜けて変わり者なんだよな。一ノ瀬さんの今日の行動を振り返ってみても、私の周りでずっとスンスンしてただけーー
い、いやちょっと待て。今日一ノ瀬さんはずっと私の匂いを嗅いでいて...それで今度は急に風呂場に連れてきて、入ることを私に強制してきて...
ーーーて、点と線が全て繋がったZE..!つ、つまり...つまり、それって...
そうとしか考えられない!確かに自分の体臭は自分じゃ分からないとはいうけれど...
そ、そういえば一ノ瀬さんは今日何度もラボとやらに私を連れて行こうとしていたが、あれは私が臭いから消臭してやろうということなんじゃないか!?
そう、彼女は何度も何度も執拗に連れて行こうとしていた...だけれど私がコミュ障のカス野郎でろくに話すことができなかったから、強硬手段として無理矢理風呂場に連れてくるしかなかったんだな...?もしかしたら彼女は私がラボに行くのを嫌がってるとか、そういう誤解をしているのかもしれない。すみません。本当にすみません。ただ会話が苦手なだけなんです..
そう考えるとさっきの速水さんの口封じにも説明がつくのだ。速水さんも私が臭いということには既に気付いていて、さっきついうっかりそれを直接的にせよ間接的にせよ言おうとしてしまったのだろう。それで宮本さんに口止めさせて...いや、自分で説明しててホントに泣きそうになってきた。どれだけ臭いんだよ私は。
ていうか全て察した上で黙ってニヤニヤしてるっぽい塩見さん、なかなかいい性格してますね...
「あ、あの もしかして...」
「えっ...!な、なにかにゃー??」
「!! い、いえ...」
やっぱりそうだ!今ので悲しくも確定してしまった!
質問をしようとしていた私に対し、今の一ノ瀬さんはまるで図星をつかれたかのように明らかに動揺していた。私に気を遣ってくれているのに、直接「僕って臭いですか?」なんて質問したら、今までの気遣い全部パーだもんな。マジで死にてえよホント。いっそ殺してくれ。
いや、死にたいのは匂いフェチの一ノ瀬さんの方か...でも、それにしてはずっと私の周りでハスハスしてたのは気になるな。いくら臭うとしても、距離を取れば幾分かマシになるはずなんだが。
...ハっ!もしや一ノ瀬さんは
まあ何はともあれ、ここまでしてくれた一ノ瀬さんの苦労を無駄にするのは人としてダメだろう。それにそこまで臭うと言うのなら、帰りの電車内で私は意識的にせよ無意識にせよ悪臭テロ装置と化してしまうからな。ここはお言葉に甘えて入るとしよう。
「あの、お気遣いありがとうございます...あと不快にさせてしまって本当に申し訳ないです...」
「にゃ、にゃはは〜、いいよいいよ。どうぞごゆっくり〜♪....ん?不快??」
というわけで惨めで泣きそうな自分を我慢して風呂場に向かった。でも泣かないよ。泣いていいのはトイレとはーちゃんの胸の中だけだって、私知ってるもんね。
セクハラ?知らんな(チャー研)。
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渋谷優が一ノ瀬志希の口車に乗せられ(?)、浴場へ行った後、残された四人の中には緊迫した空気が流れていた。
「志希、あなた...」
「にゃははー...バ、バレてないよね?」
「なーんか泣きそうな顔してたけどね〜」
志希が優を無理矢理風呂場に連れてきたのは、
「ーー渋谷くんの衣服を手に入れ、思う存分
「そんなことだろうと思ってたわ...」
「そんな!知らぬ間にいけないことの片棒を担いでいたなんて...!」
「いやいやフレちゃん察し悪すぎでしょ」
特技が被害妄想である優は自分を臭くてたまらないなどど勘違いしていたようだが、むしろその逆だった。男性の体臭は良くも悪くも女性を色々と狂わせてしまう。それは、匂いフェチの志希にとってはなおさらだった。
優を風呂場に連れて行くことは、彼と最初に出会った時からの企てであったのだ。ラボ云々は所詮どうでもよかった。本名はここ、ビル内に存在する浴場。ここなら風呂に入るために確実に衣服を脱がざるを得ない。その隙を見てそれを奪取し、トリップする。そういう計画だったのだ。
「よし!今のうちにいっくよ〜!」
「いやいやいや、行かせると思ってるの?」
「ま、流石にダメだよね〜」
「...ふ〜ん。そんなこと言っていいの〜?」
ここまでは予測通り。周子は適当人間だからどうとでもなるだろう。問題は奏である。男に興味関心があるとはいえ奏は基本的には真面目だ。反対することはあらかじめわかっていた。
しかし、揺れているのも事実だろう。今はまだ良心が欲求に勝っているというだけ。あとはそれをひっくり返せば良いだけだ。だからこそ、
「大体一人の男の子の衣服に女性数人で群がってどうするのよ、みっともないしはしたないわ。もし誰か入ってきたらどうするの?LiPPSは人気アイドルユニットから犯罪ユニットもいいとこだわ。それに、凛にばれたとしたら本当に私たち◯されるわよ?そこまでのリスクを背負ってまでーー」
「下着だって見れるんだよ〜??」
「行きましょうか」
「ちょろ」 「チョロいね〜」
「うるさいわね!アナタたちだって興味あるくせに!!」
「ま、まあ?みんな行くならフレちゃんも行こっかな〜」
「そ、そうそう。一応、一応ね!」
「....」
いや全員チョロいだろというのは本音ではあるが、口に出して揉めても時間の無駄ゆえに黙っておいた志希だった。
何はともあれここにいる四人がその気ということは、残りは時間の問題である。男は入浴にそこまでの時間をかけないというし、彼の衣服をより長い時間堪能するべく、早々に動く必要があるのだ。
美嘉がたまたま抜けてくれて良かったと、心底思う志希であった。彼女は良くも悪くも真面目すぎる。特に、こういう男関連での羽目を外す行為に関しては絶対に賛同してはこないだろう。最大の懸念だった彼女が離脱してくれたことは、
誰かが入ってきたときどうするのか...これについては問題ない。風呂場への扉を開けると、下駄箱と脱衣室まで続く数メートル程度の短い廊下が存在する。もし誰かが入ってきても、靴を脱ぎ廊下を通って脱衣室に来るまでには多少の時間があるから、それまでに場を整えてなんでもない風を装えば良い。そしておそらく間違って男性が入っているということを伝え、共に撤収。犯罪行為は闇に葬られる。完璧である。一ノ瀬博士の作戦に穴はなかった。
周囲の確認、誰もいないためヨシ!それじゃあ夢の空間へトリップをーーー
「見つけたぞ一ノ瀬ェェェェェ!!!!!!」
「「「「!?!?!?」」」」
浴場へいざ行かんというところで四人に、いや志希に待ったをかけたのは、なんと346のボスであるところの常務だった。
まさか!常務に今回の悪巧みがバレてしまったのか!?と顔を青ざめた四人に対し、しかしどうやら何か別件絡みで激昂しているようでーー
「貴様ァァァ!!!また施設内で訳のわからん実験をしたな!?!??おかげで多方面から私に対して一斉に苦情が来ているんだぞ!!!アイドル部門責任者である私にな!!一体どう収集をつけるのだ!!?」
「「「あっ...」」」
これまでも、一ノ瀬志希の常軌を逸した実験という名の暇つぶしは度々問題視されてきた。それは346プロに存在する各部署からの苦情という形で上司とはいえ無関係な美城常務に嵐のように降りかかってきており、これがもっぱら悩みの種となっていた。本人からすればとばっちりもいいところではあったが、なまじ本人がアイドルとして優秀な故にあまり強く言えなかった。つまりはまあ、一ノ瀬志希という一人の優秀なアイドルを迎え入れる犠牲に胃薬とお友達となってしまっている不憫な犠牲者が、美城常務なのである。
しかし、ただでさえ個性のバーゲンセールであるアイドル部門を統括する最高責任者としてのストレスはいよいよ臨界点に達しており、もういつ爆発してしまってもおかしくはないという状態で、それが今日爆発してしまったというわけだ。
「い、いやー。あの、悪気はなかったというか〜、ちょっと落ち着いてーー」
「ええいやかましい!!なぜ私がお前たちの苦情処理係じみたことをせねばならんのだ、ええ!!??私は貴様の上司だぞ!!?もっと敬えよ!!!」
「うわー、完全にキレてるよこれ。どうするの?」
「私に聞かないでよ....フレデリカは?」
「はいはいしるぷぷれしるぷぷれ〜」
「「フレちゃんさん!?!?」」
「おい!一ノ瀬を制御できていない貴様らにも責任はあるぞ!!覚悟はできてるんだろうな?!?」
「「「はっ!?!?」」」
「今日という今日はもう許さん!貴様ら全員来い!!貴様らがッ!泣くまでッ!説教するのをやめないッ!!」
「にゃはは〜....ご、ごめんね?」
「「「ふざけんなぁぁぁ!!!!!」」」
因果応報ともいうべきか。悪事を働こうとした彼女らは別室に連行、説教されるという制裁が加えられた。この場に残されたのは、風呂場にて全身真っ赤になるくらい体を必死こいて洗ってる惨めな渋谷優のみとなったのだった。
これがのちの事件につながるとは、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「それじゃあ。またお願いね、城ヶ崎さん」
「はい、お疲れ様でした!」
一方その頃、マネージャーとの打ち合わせを終えた美嘉は今日のことを振り返っていた。
(あの子...渋谷優君、だったっけ)
あの、オドオドとしていて、けれど私たち5人にイヤな顔ひとつ見せなかった少年。
いくら人気を博しているアイドルグループであるLiPPSとはいえ、それでも私たち5人に囲まれた男性のうち全員が全員喜ぶわけではないだろう。そんな物好きは少数派なはずで、なればこそ彼のようにきちんと私たち全員の相手をしてくれてたというのは、そうそうないことだと思う。
....いや、少なくとも志希は面倒くさがられていただろうか?ただ戸惑っていだけかもしれないが。
まあ、それにしても。それにしても....
(あの子は...
なるほど確かに、今日彼に会ってようやく理解できた。彼の実の姉である凛が、普段すました顔してるくせして弟のことになると周りが見えなくなるキ○ガイと化してしまうことを、美嘉は一から十まで理解できた。
彼は私たち女性にとって、言ってしまえば悪魔のような存在と言っても差し支えなかった。彼はいっそ恐ろしいと言っていいほどに、私たちの庇護欲を誘うのだ。おっかなびっくりといった具合で私たちと会話をし、けれども嫌がる素振りは見せず、時には控えめな笑顔を私たちに向けてくれる。もちろん、計算された動きではないのは間違い無い(もしそうなら女性を弄ぶことに特化した恐ろしいまでの対女性用兵器である)。
つまりあれは誇張抜きの生来の産物であって、奇跡と言って過言でない天然記念物のような存在なのだ。姉が少々...いや、大分みてられない様に豹変するのも無理はないだろう。それは、妹を猫可愛がりしてしまう美嘉だからこそよくわかる。
私たち女性ときちんと向き合ってくれる優しさも、時折見せる年齢相応の幼さも、控えめで感じの良い人柄も、長めに伸ばした前髪から透けて見える姉譲りの綺麗な、思わず吸い込まれてしまいそうになる蒼の眼差しも、一切合切全てが私たち女性を少しずつ、毒を盛られたかのようにじわじわ狂わせてしまう。
そういう意味で、彼は女性にとっての悪魔なのだ。本能が理性を打ち負かし、手を出した者に立ち塞がるは社会的な死。それは誘惑だ。まるで断食をしている最中に目の前で贅の限りを尽くした最後の晩餐が振る舞われているかのような、悪魔的誘惑。
そう、それはこの淑女の中の淑女、淑女 of 淑女、淑女クイーン等世間では認められている美嘉にとっても同じことだ。ただでさえ彼女は年下の男が好みでーーー思いっきり俗っぽく言ってしまえば
しかし美嘉はやはり、こういうことに関しては優秀だった。彼女が一足先にあの場を去った理由は、確かにマネージャーとの打ち合わせだったが、それは半分正解で半分間違いだった。なんのことはない、美嘉は打ち合わせの時間よりもやや早めに打ち合わせの場に向かったというだけの話ではあるのだが、それがなぜかと言われれば、これ以上彼と共にいると自分が取り返しのつかないことをしでかしてしまいかねないという、彼女の本能から来る一種の警告を感じ取ったからだ。
つまりそれは、彼女がこれまで苦労して築き上げてきた人物像を崩壊させる決定打になるということである。それだけは決して、決してあってはならないのだ。それはひとえにーーー
(何あれ可愛すぎ....まじ尊すぎなんだけど!あ〜もう無理無理ホント今すぐ引き返して抱きついてヨシヨシしてあげたい!戸惑ってるあの子をよそに思いっきり甘えたい!!いやなんなら思いっきり甘えてほしい!!普段はビクビクしつつも私の前でだけはたくさん甘えさせたい!は〜〜マジで可愛すぎて可愛すぎるんだよほんとに!倫理的に完全アウトだし多分ぶちのめされるだろうけど凛に頼み込んで私の弟にしたい!それが無理ならなんかの手違いで急に私の弟になってたりしないかな〜!!城ヶ崎優として莉嘉と一緒に可愛がってあげたいよ〜〜!三人で川の字になって寝たり一緒にお風呂に入って洗っこしたり!あと仕事で疲れて帰ってきた私を出迎えてきて定番のアレやってほしいし!「ご飯にする?お風呂にする?それとも...ぼ、ぼくにする?」なんて...あ〜〜この野郎!んなもんぼく一択なんだよ聞くまでもなく!この無自覚女タラシめ!私が一度分からせてーーあ、やば鼻血出そう)
ーーーーこんな彼女の腹の底から出た本音を!世間様に晒すわけにはいかないからである!!
「お、落ち着け、落ち着け私...」
やはり早めにあの場を後にしたのは、たまらなく惜しくもあり、それでいて英断だった。今でさえこんな状態なのだから、あのまま一緒にいたらどうなっていたか想像もつかない。
(予定もないし...シャワーでも浴びて頭冷やして、それから帰ろうかな)
そうして美嘉は浴場へと向かうのだった。これがのちの事件につながるとは、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はっ!」
「なになにどしたの、凛?」
「優に危険が迫ってる気がする」
「なんだそりゃ。なんのセンサーだよそれ」
「優マジ愛してるよセンサーだよ」
「真面目に答えんなよ。あとネーミングセンス無いな」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
身体が痛え...痛えよ...
一ノ瀬さん御一行から「お前臭えから風呂入ってから帰れ」と遠回しに風呂に連れていかれ、身体を死ぬほど洗ってたせいで私のお肌がめちゃくちゃ赤くなってしまっていた。真夏の沖縄で全裸でサンオイル塗って朝から晩まで浜辺で過ごすとこんな感じになるんじゃ無いだろうか。
まあ、これだけ洗えば流石にもう臭わないだろう。ここまでして臭うならもう社会的に死んだほうが良いレベルの体臭マシーンなわけだけど、まあ常日頃はーちゃんなーちゃんと一緒にいても何も言われないしそれは無いだろうと思う。
....無いよね?気を遣われてるとかないよね??
ひとまず目的は達成したので、バスタオルを全身に巻いて風呂を出る。火照った体に更衣室備え付けの扇風機の風を浴びるのが私のルーティンだ。これ誰が興味あるんだ?
しばしそうしていると、浴場への扉が開く音がした。誰か入って来たのだろう、もしや武内さんかもしれない。扉の前には一ノ瀬さん達がまだ待っていてくれているはずだし、私がいることを知ったのかわざわざ来てくれたのかもしれない。
それならそれで、こちらは裸でなんとも格好はつかない状態ではあるのだが、今日のお礼をさせてもらうとしよう。
そう思って出口の方に目を向けていると、脱衣室に人が入ってきた。それは、その人物は、武内さんでも、ましてや男性ですらなく、さっきまで一緒にいたLiPPSのメンバーで、今をときめくカリスマギャルアイドル城ヶ崎美嘉さんでーーー
思わず、思考が止まってしまった。
(ーーーーなんで
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
思わず、思考が止まってしまった。いや、止まっているようで、その実かつて無いほどに頭は回転していた。知恵熱が出そうなほど。それどころか頭だけではなく全身の体温がどんどん上昇してしまっていた。
靴を脱ぎ、脱衣室に続く廊下を通って暖簾をくぐったその先に待ち受けていた光景は、バスタオル一枚というあまりにも無防備がすぎる格好でこちら同様に固まっている件の少年、渋谷優君だった。
(な、なんで
その理由は、今頃説教を受けて涙目になっている同じユニットの仲間たちによる悪巧みの結果に他ならないのだが、そんなことは知っているはずもなかった。
この百年に一度くらいしかなさそうな、モテない女が妄想するような振って湧いてきた所謂ラッキースケベ的状況は、美嘉には刺激的すぎた。
しかしまず、今の状況は社会的にまずかった。男性が更衣する場所に足を踏み入れてしまったというのは、たとえ女性が知らなかったとしても世論としては女性の方に非難が集まってしまうだろう。そういう意味で、いくら公共の施設でないとはいえ自分がこの場にいることはとてもとても外聞的によろしくはなかった。これに関しては後で彼に土下座でもなんでもするつもりだ。
けれどもそれ以上にーーー今の彼の、風呂上がりの姿が美嘉には毒でしかなかった。
そもそもとして男性の半裸など生で見ることは初めてであることに加え、風呂上がりで火照っているせいか
これ以上ここにいると本当にまずいことになる、美嘉の頭の中の天使が必死に美嘉に警告していた。今すぐこの場を去らねば本当に目の前の少年に手を出してしまいかねないと。
けれどもそんなことは、美嘉はとっくのとうに理解していた。今度は美嘉の頭の中の悪魔が囁いてくる。こんな機会は今後一生ない、なればこそ今しっかりと堪能しておけ、このラッキースケベを!と。
頭の中がパンクしかけ、美嘉はもうまともな思考もできなかった。動けなかった。目が離せなかった。それだけの色気という名の暴力を、彼は発していたのだ。美嘉はいっそ手遅れなまでに、彼に釘付けになっていた。
実際は数秒ほどの時間であっても、体感にしてどれほどの時間が経っただっただろうか。ずっと長いこと彼と美嘉は固まって動いてない気さえした。
流石に羞恥心が勝ったのか、彼がふと我にかえった。
「ごっごめんなさい、こんな格好で!すぐ着替えて出て行くので!!」
あたふたと、慌てている様子の彼を見てーー美嘉はふと、形容し難い感情に襲われた。瞬間もやもやとして、しかしすぐにその正体に気づいた。
これはそう...
なぜか。それは彼が
この状況、普通であれば男性が悲鳴の一つでもあげつつ女性から逃げようとする。それはこの世界では当然の反応だった。捕食者である肉食動物に対して被食者である草食動物が力で劣るのは自然の摂理だ。
しかし、今目の前にいる彼はそうではなかった。なぜか見られてしまった向こうが申し訳なさそうに、見苦しいものでも見せてしまったかのような、そんな態度だった。それは目の前の
一方で冷静な自分は、彼がそんなことを考えてしまうような人間ではないとはわかっていた。今日出会ったばかりで短い付き合いではあるけれど、芸能界でさまざまな人間を見てきた美嘉は人を見る目には自信があった。今の発言も他意などなく、優しい彼が純粋に自分を気遣ってくれたのだろう。
けれども、それをわかった上でも、怒りを抑えられなかった。自分の危機的状況を一切理解できていない、無垢で無自覚なこの少年に女性の醜さを教えてやりたい、なんてトチ狂ったことを考えてしまう程度には。頭の中の天使が、美嘉を必死で宥めていた。それは美嘉の最後の防衛ラインでもあった。しかしーーー
「あ、あの...大丈夫ですか?城ヶ崎さん」
「〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
俯き何も言わない美嘉に対し。それはやはり、彼の優しさからくる心配で、しかし同時に美嘉の怒りを余計に膨らませるものでもあった。最後まで抵抗を続けていた頭の中の天使もたまらず堕天し、悪魔と手を組みほくそ笑む。もはや美嘉の理性的な部分は消え去ってしまった。
(この後に及んで人の心配、ね....)
ふらふらと、美嘉は彼の方へと近づいていった。その今までとは180度違った様子に、初めて優も困惑か、怯えの様を見せる。が、しかしーー
(今更遅いよ、そんなの)
「あ、あの....城ヶ崎さん?」
ジリジリと迫る美嘉に恐れたのか、少しずつ後ずさっていく。やがて壁に追い詰められーーー
ーーードンっと、壁に押し付けられた。所謂壁ドンの体制である。こうなるといよいよ優は訳も分からず困惑するのみだった。
ほとんど同じ身長故に、同じ高さに二人の顔が並ぶ。とはいえほんの少し優より背の高い美嘉が、戸惑う優を見下ろしていた。困惑しつつも、優は自分を見下ろしてくる美嘉の整った顔につい見入ってしまい、こんな状況でもたまらず顔を赤くする。
優は自分が何をされるのか、全く分からない。いや分からないふりをしているだけかもしれなかった。そうだとしても、今の固まってしまっている身体では抵抗もできなかった。
初めてみる美嘉の真剣な表情に圧倒されていると、美嘉はおもむろに優の顎をくいっと上げる、顎クイをする。えっ!?と面食らった優を置いてけぼりにして、美嘉は顔を近づける。二人の距離は少しづつ縮まってゆき、そしてゼロになるかと思われたその瞬間ーーー
ーーーその瞬間、ガララと再び響く浴場へのドアの開閉音。
はっ!と、美嘉は我に返っては距離を取り、二人して同時に廊下の方へ目を向ける。
((ーーーー誰か入ってきた!!?))
「でねー、その時の優君がものすごいかっこよかったんだよ!「この人は、僕の大事な人です(キリッ)」って!」
「しばき倒されたいんですか?その話はもう7万回くらい聞きましたよ、はーちゃん。」
「はーちゃんになーちゃん!?や、やばい!」
ここぞというタイミングで入ってきたのはーーー後輩の双子アイドルの久川姉妹だった。いや、そんな悠長に誰が入ってきたかとか考えている場合ではなかった。半裸の男性と女性がセットのこの状況。先程までの猛烈な憤りは急速に冷めていき、今度は一転して焦燥に駆られる。
(ど、どうしよどうしよ!?あの子たち渋谷くんと仲良いから余計にまずいことに...ていうかアタシ今とんでもないことをーーー)
「城ヶ崎さん、こっちに!」
先程までの自分がいかに不味いことをしようとしていたのか。そのことに対する罪悪感が冷静になった彼女にゲリラ豪雨のように降り注ぐ。
そんな自己嫌悪の中、彼がこちらに向かって走ってきて美嘉の手をつかんできた。男性に手を握られるなんて初めてだなんて考える暇もなく向かう先は、人二人がギリギリ入れそうな掃除用具入れ。急いで走ったはずみで携帯を落としてしまったけれど、彼はどうやら気づいていないようだった。
「こ、ここに入ってください!」
「え!?でもーー」
「お願いします!後でなんでもしますから!!」
「ちょっと!まっーーー」
美嘉が抵抗する間もなく彼は美嘉を掃除用具入れに押し込んで、何を考えているのか彼も一緒に入ってきた。さっきとは逆に美嘉が優に壁ドンをされている状況で、彼は器用に後ろ手でドアを閉めーーーちょうどドアが閉まり、二人が収まるそのタイミングで久川姉妹が更衣室へと入ってきた。
「あれー?なんか音しなかった?」
「知りませんよ、はーちゃんの自慢話がやかましくて聞こえませんでした」
「ちょ、そんな拗ねないでよ。ごめんってばー!後でタピオカ奢ってあげるからさー」
「タピオカはもう古いですよ。今の時代はは◯みーですから」
「それ優くんが見てたアニメのやつじゃん...なんだっけ、ロバ娘?」
「○マ娘ですよ、にわかさん」
寸分の差である。あとコンマ何秒と遅れていれば見つかっていただろうというギリギリの状況だった。ギリギリの状況を回避したと、そう優は考えていた。
しかし、美嘉にとってはそうではなかった。むしろさっきよりも違った意味ではあるがますますギリギリの状況へと陥っていた。さっきとは逆に彼に壁ドンをされているだけではなく、狭い空間ゆえに互いの体はほとんど密着しており、もはや抱きあっていると言っても過言ではなかった。おまけに彼はバスタオル一枚、ほとんど半裸に近い状況で。ダメ押しとばかりに、密着していることで拒んでも漂ってくる彼の匂いに、美嘉はもう陥落寸前だった。
先程までの美嘉の気迫は、情けないほどに消失してしまっていた。美嘉の脳内では、堕天してしまった天使は天に再び返り咲き、悪魔もまた魂を抜かれてしまったかのように撃沈していた。
すっかりしおらしくなってしまった美嘉に対してーーーしかし優もまた色んな意味で
先程の状況を回避するためとはいえ、現役のアイドル様をこんなところに押し込んで、それに飽き足らず半ば抱きつくようにして壁に押し倒してしまっているのだ。それを自覚するや否や、状況改善に取り組もうと使命感に駆られた脳内での自分は消え去り、いつも通りのどうしようもない女性に不慣れな自分が姿を表してしまっていた。
(え、これ許されるんだろうか?めっちゃいい匂いするし全身柔らかくてーーって違う!何を堪能しているんだ、私は。こんなことファンに知られたらマジで殺されるだけじゃすまんぞオイ!!)
後で土下座でもなんでもしようと、硬く決意する優であった。それは奇しくも先程の美嘉と同じことを考えていたのだが...
結果として出来上がったのは、まるで交際したてのカップルのように羞恥に顔を染め、一言も言葉を発することの出来ないウブな少年少女だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「むむっ。これは」
「?どうしたの、なー?」
「...なぜか優くんの匂いがしますねぇ」
「「!?!?」」
「えー?優くんがこんなとこいる訳ないじゃん。女子風呂だよ?」
「は、え!??女子風呂だったのここ????」
「んっ...し、渋谷くん。あんまり耳元で話されると...その...」
「ごめんなさあああああい!!!!」
本当に、本当に色々と理解が追いつかないんだけれど、なぜ私は女子風呂に入ってしまって、そしてなぜこんな狭い場所で城ヶ崎さんと密着してしまっているんだろうか。本当に、どこで間違えてーーーいや、これ全部一ノ瀬さんに押し付けたらなんとかならねえかな....うん、なりませんねチクショー(涙)。
後悔やら謝罪やらは全部後回しで、ひとまずこの状況をなんとかしないとな....いや、正直詰みもいいところではあるけれど。
嗅覚がバグってるなーちゃんは、私の匂いをうっすらとではあるが感じ取ったらしい。いや犬かよ。見えるのか、隙の糸が。
「いいえ、はーちゃん。私の嗅覚は誤魔化せませんよ。確かについさっきまでここに優くんがいたはずです」
まずい。マジで、まずい。マジで犬じゃないか、あの子。見つかるのも時間の問題かもしれない。それすなわち、私の死亡!圧倒的社会的死亡!
不幸中の幸いは、私の着替えが見つかっていないことだろうか。ここの脱衣室はよくある鍵付きのロッカータイプだ。よって一つだけ鍵のないそれは、注意深く見ないと気づかないと思っていいだろう。
とはいえ、マジでどうしようもないんだよな。城ヶ崎さんも私に負けずさっきからだんまりを決め込んでいるし。さっきまでの彼女の、何かでかいことをやってやると言わんばかりのオーラが全くもってなくなってるんですが....
というか..さっき城ヶ崎さんは、俺にーー
「クンクン、スンスン。こっちの方に匂いが強く残ってますねぇ...」
ってなんでぇぇぇぇ!!??声の感じからしてこっちに近づいてきているだろこれ!?マジでどんな嗅覚してんだよ!!一ノ瀬さんよりよっぽど匂いフェチ名乗れるのではありませんかそれは!?
「まだそんなこと言ってるの?早く入ろうよ〜、汗かいてて気持ち悪いんだよね〜」
「ふむ、ここですか」
「いやここですかって...ただの掃除用具入じゃない、これ?こんなとこにいる訳ないじゃん!」
「ふふふ、では開けてみましょうか。ついでに一つ掛けでもしましょう、はーちゃん。もし本当に優くんがいたら、さっきの自慢話の鬱憤晴らしとして...そうですね、では先程話に出た○マ娘のコスプレをして優くんの家で1日過ごしてください」
「えええぇ〜〜!?恥ずかしいよそんなの!でもまあ...いる訳ないし、いいよ!わかってると思うけど、いなかったらなーがコスプレだからね!」
「いいですよ。はーちゃんのコスプレ姿、楽しみにしてますね?」
ーーーくっ!もうここまでか.....!!
ーーーでもまあ、社会的に死ぬにしても、最後にはーちゃんのコスプレが見れるなら死んでもいいかなぁ、ハハハ....あ、要望が通るのならキ○ちゃんでお願いします。
と、覚悟を決めたその時。ピリリリリリ、と。けたたましく鳴る一つの電子音。これは...着信音か?
「あれ、電話鳴ってるじゃん。なーでしょ?」
「いえ、わたしのでもないですよ。」
「んー...?って、あれ、携帯落ちてるね。誰のだろ?」
「一ノ瀬パイセンからの電話、のようですね。出ますか?」
「うーんどうしよっか....?」
よくわからんがチャンス!まだ神は私を見捨ててはいなかったんだ!!二人がそっちに注意が向いてる今なら少し城ヶ崎さんとも話せるかもしれないし、今のうちにーー
「城ヶ崎さん、あの、なんとかなりませんかね..?」
って違うだろ!このハゲーッ!!相談するならともかくこれじゃ完全な人任せになってるじゃないか!クソッ、これだからコミュ障はッ...!!
「えっと、城ヶ崎さん。なんとかしてここを出ないとーーー」
「ーーーあっ」
ーーーその時美嘉は確かに、はっきりと見た。確実に、その網膜に焼き付けた。向こう数年間は忘れることができないであろう刺激的な
なんとかすべく足りない頭で必死に解決策を練っていて、それゆえに自分の格好に不注意になってしまっていた彼の纏っているバスタオルの胸元部分が少しはだけてしまったその一瞬。限界まで引き伸ばされたその一瞬の、わずかな時間。彼の胸元で露わになった
「む、無理ぃぃ..」
「え?」
「もうムリぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
「えッ??おわっ!!!」
「「!!??」」
城ヶ崎さんはそう叫ぶと、私を前の方に突き飛ばしてダイナミックに掃除用具入れを脱出した。はーちゃんとなーちゃんがギョッとしてこちらの方へ目を向ける。あっ、死にました(確信)。
(何やってるんだ城ヶ崎さん〜〜〜!!??)
「あ、アタシ
城ヶ崎さんは、まるで誰かに必死に言い訳でもするかのように言い残し、脱兎の勢いで脱衣室を出て行ってしまった。ええぇ...マジで何やってるんだあの人...あのクールでかっこいいカリスマギャルアイドル様は一体何処へーーー
「はっ!!!!」
「ふーん...ほんとにいたんだ、優君」
「.....」
まずうぅウゥウゥうぅい!!訳もわからぬままに城ヶ崎さんはこの場から去っていき、この場に残されたのは私たち3人のみとなってしまった!!だから私置いて逃げないでよ!オイオイオイオイ、死ぬわ私。
ーーーーこ、ここらでイカれたメンバーを紹介するぜ!
死んだ目つきで私をただただ黙って見下ろしているパッションモンスター!凪・久川!
いつもの天使のような笑顔はいずこへいったのか!仁王立ちしてブチギレオーラを纏っている颯・久川!
そしてそんな二人を前に縮こまってビクビク震えている腐れ陰キャ!渋谷優!
だが!このまま黙って死ぬような私ではないぞ!!最後まで足掻いてやるさ!なぜなら私には見えているのだからな、勝利の方程式が!傾聴せよ、私の話術を!
「....あ、あのさ。僕ちょっと間違えて入っちゃってさ!いやホントにホントに、女子風呂なんて知らなくて!わざととかじゃあなくてね?な、なんなら笑ってくれてもいいよ??いや間違えるとかどんだけアホなんだよーーってさ!hahahahahaha!」
「...」 「...」
「...あー、その元はと言えば一ノ瀬さんが僕をここに連れてきちゃって!あの人もここが女子風呂なんて知らなかったのかもね、うん!いやー、二人も知ってると思うんだけど、あの人ものすごく賢いらしいのにさ!もしかしたらそんなことも忘れちゃってたのかもね??いやー、なんというか意外だよね?そう思わない?ね??」
「...」 「...」
「そ、そういえば!二人は城ヶ崎さんのあんな姿見たことある??普段キリッとしててかっこいいのにあんなに取り乱してて、すっごいレアっていうか、珍しいもの見ちゃった気分だよね!?ね!?」
「...」 「...」
「え、えっと...二人とも!そんな怖い顔してたら可愛い顔が台無しだよ??もっと笑おうよ、僕と一緒にさ!hahahaha!」
「...」 「...」
「...スミマセンデシタ」
クーン....ダメみたいですねクォレハ...もう煮るなり焼くなり好きにーー
「ーーーー美嘉先輩と」
「ヒエッ..」
「なに、してたの」
「若い男女。密室。閉所で二人。何も起きないはずはなく...」
「なー、ちょっと黙ってて」
「え、えーっと、それは..」
ど、どう答えるのが正解なんだ..?考えろ、考えるんだ私...!
でも私自身も何してたのかよくわからないんだよなぁ..ただ単にはーちゃん達から見つからないよう隠れてただけだし、でもそれを正直に言ってももっと不機嫌になりそうだし...ここは適当に誤魔化してーー
ってそうじゃない!そうじゃないだろ!こんな時こそ逆だ、逆の発想をするんだよ!逆転の発想だ!ここはいっそ全部正直に言うんだ!あの掃除用具入のことを!!
そうだ!追い詰められた根性ではない!覚悟だッ!覚悟が必要なんだッ!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く覚悟がッ!!
「ーーー城ヶ崎さんを壁に押し付けて抱き合いつつ彼女の身体を堪能してました」
あっいやこれやっぱダメだ今すぐここで殺されーーー
「〜〜〜〜〜っ!!!」
「ギルティですね、優君。初めてですよ、私をここまでコケにしたお馬鹿さんは」
「絶〜〜〜〜っ対に許さないんだから!!!凛先輩も呼んで説教だから!!ハイ、返事!!!」
「ちょっ!ちょっと待って!お姉を呼ぶのだけは!それだけはどうか勘弁ーーー」
「「ーーーあ?」」
「イエス、マム!」
ーーーー渋谷優の長い1日は、こうして幕を閉じたのだった。
みんな大好き美嘉姉とLiPPS登場です。
渋谷くんは、少しずつ、mm単位くらいでおしゃべりを上手にしていきたいと思ってます(どもってる感じを文にするのがめんどくさいし読んでる側も鬱陶しく思いかねないので)。
次の更新は.....いつになるんでしょうね?今回も本当は5話あげた一週間以内には更新するつもりだったんですけどね。。。もう許せるぞオイ!
好評、酷評、いずれもお待ちしております。
......そういえば久しぶりに以前までの話を改めて見直してみたら変な気分になりました。頭抱えてゴロゴロしたくなるような、そんな気分です。