怯えながら指揮を執る   作:haku sen

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独自設定やら独自解釈があるため、首を捻るかもしれません。
後、高雄が好きな方は申し訳ございません。キャラ崩壊しております。少し愛宕もしている気がします。

※ 追記、挿し絵を入れております。イメージなどが崩れる可能性があるので、嫌な方はご注意下さい。



指揮官は恐れ、怯える

 

 

『──敵艦、沈黙を確認。海域掃討、完了しました』

 

「了解した。第一艦隊、帰投せよ。…‥ご苦労だった。飛龍(ひりゅう)蒼龍(そうりゅう)

 

『……これぐらい、当然です』

 

『僕と姉様が居るんだ。別に大したことじゃない』

 

『まっ! 時雨(しぐれ)様にかかれば楽勝ね!』

 

綾波(あやなみ)も……頑張ったのです』

 

 無線から聞こえてくる彼女たちの声。

 言葉の節々に喜々が滲み出ており、その声色は弾んでいた。

 

 それは、(セイレーン)を打ち倒したことによる昂揚か、それとも、安全が確保された安堵か。

 はたまた、自分たちしか相手できない存在へのカウンターとしての……特別が故の陶酔からくる優越感からか。

 

 何にせよ、彼女たちが無事であり、怪我もせず終わって良かった。

 

 ──なんて、そう単純に思えればどれほど良かったか。

 

「ふぅ……」

 

 無線を切り、彼は大きく身体を椅子に預けて一息吐く。

 そして、背後にある大きな窓から雲一つ無い青空を仰ぎ見て、思う。

 

 『アズールレーン』。通称アズレン。

 

 まさか、画面越しに見ていた世界をこの身で体感することになるとは思いもしなかっただろう。

 今となっては、詳しくストーリーを認識していなかったことが悔やまれる。

 戦況、情勢、経済……この先に起こる世界情勢を知っていたのならば、どれほど有利に立ち回れたかは火を見るより明らかだ。

 

 しかし、嘆いていても仕方ない。

 知恵を蓄え、戦況を読み、如何に彼女たちが沈まないように考えるか。

 それを、四六時中考え続けなければいけない。

 

 青空を見ながら思考を練っていると、扉からコンコンと音がした。

 

「──失礼する。指揮官殿」

 

 ノックと共に入ってきたのは、後ろで一結びにした黒髪を揺らし、白を基調とした制服をお手本のように着こなしている軍人のような出で立ちの女性。

 その黒髪に紛れ生える人外の耳がピクリと動くと同時に、彼女の──高雄(たかお)の鋭い眼光が彼を射貫いた。

 

「休憩するにはまだ早い……と拙者は思うのだが?」

 

「……すまない。今し方、第一艦隊から作戦終了の報告を受けた。いつも通りの成果だ。それで少し気が緩んでしまっていた」

 

 姿勢を正し、真っ直ぐと高雄を見返しながらそう言えば、彼女は少しだけ目尻を下げると、視線を机へと向ける。

 

「ああ、言われていた書類には目を通しておいた。それと、今回の報告書だ。確認してくれ」

 

 高雄の視線に気がついた彼は、手元に用意していた報告書を座ったまま、目の前に差し出す。

 

「……なるほど、ちゃんと仕事をしていたようだ。先ほどの言葉は撤回させてもらおう」

 

 何処か驚いたような表情を浮かべながら報告書を受け取った高雄は、パラパラと軽く目を通して、そう口を零す。

 その際、少しだけ表情を引き攣らせたように見えた。

 

「……うむ、では失礼する」

 

 それだけ言うと、高雄は直ぐに背を向けて執務室を後にする。

 その後ろ姿を見ながら、少しだけ落胆を感じざるを得ない。

 

 正直に言ってしまえば拍子抜けも良いところである。

 会話らしい会話も無く、最低限のコミュニケーションで済ませられる、彼女たちとの関係。

 

 命令は通る、指揮にはちゃんと従う、報告もするし、互いに労いの言葉を告げることもある。

 

 だが、相互理解とはほど遠い関係でもあった。

 

 端的に言えば、上官と部下の関係性であり、それも職場上でしか交流の無い繋がり。

 

 そこに絆も無ければ、情も無い。

 

 画面越しに見ていた彼女たちの好意が、今では酷く偽りの物に思えてきた。

 

 だが、考えて見ればそれもそのはず。

 

 所詮はゲームで、今は現実なのだから。

 

 戦わせて好感度が上がる? そんなもの、ありえない。

 上がるのは精々、恨みか怒り。もしくは、鬱憤だろう。

 

 好意的な感情を抱くのはまず無い。あったとしても、それは生粋の戦闘狂かイカれた奴に違いない。

 

 彼女たちは決して、指揮官(じぶん)のために戦っているわけではないのだから。

 

 家族のため。

 故郷のため。

 大事な存在を守るため。

 そして、延いては自分のため。

 

 それが、普通だろう。

 それが、当たり前なのだ。

 

 誰が、椅子にふんぞり返って安全な所で指揮だけを執る存在を好意的に見れる?

 

 親、姉妹、友人、などと引き離され、硝煙漂う戦場を駆け巡る日々。

 

 明日、死ぬかもしれない。

 今日の出撃で死ぬかもしれない。

 仲間が、姉妹が、目の前で死ぬかもしれない。

 

 それを命令したのは?

 

 出撃させたのは?

 

 こんな指揮をしたのは?

 

 全て、指揮官(じぶん)だ。

 

 自分だって、戦場を経験した身だ。

 能力も才能も、何処も特筆するところが無かった自分は、一兵卒として砲弾降りしきる戦場を駆け巡った。

 

 先ほどまで話していた戦友が死んだ時。

 守るべき民間人が目の前で吹き飛んだ時。

 自分だけが生き残った戦場で佇んでいた時。

 

 恨むのはセイレーン(奴ら)であるのは間違いない。

 だが、その時に思ったのは奴らに対してではなかった。

 

 ──こんな無茶な作戦を実行した奴は誰だ。

 

 そう、恨み辛みを最初に抱いたのは攻撃してきたセイレーンでは無く、自分たちを無謀な戦いに行かせた上官だった。

 

 優秀なのだろう。

 誰よりも成績が良かったのだろう。

 尊敬もされていたかもしれない。

 

 それでも、死ぬ間際に恨むのは奴らも含めた、その時の指揮を執った上官。

 

 ──クソ食らえ。お前の杜撰(ずさん)な作戦で多くが死んだ。

 ──お前が一番に突貫すれば良かったんだ。

 ──お前も砲弾によって吹き飛んでしまえ。

 

 そんな言葉を野戦病院内で聞いていた。

 

 結論から言えば、その上官は悪くはない。

 事実、その作戦が一番の最善の手であり、成果も最良のものであった。

 仮に他の者が指揮を執っても、そう変わりはしなかっただろう。

 場合によってはその作戦が行われず、もっと酷いものになっていた可能性だってある。

 

 ただ、その作戦で犠牲になった者は数知れず。

 中には上記のように、思わずにはいられない者たちも多くいた。

 

 そして、その言葉を自分は内に秘めていたことを否定しない。

 

 友人は爆風で吹き飛び、家族は銃弾の雨に打たれ、共に地獄のような訓練をやり遂げた戦友は呆気なく敵の砲弾によって木っ端みじんとなった。

 

 夢だと思った。夢だと思いたかった。

 

 しかし、ここは現実で、自分は今ここで息を吸っている。

 呼吸をして、心臓を脈動させ、身体を動かして、思考を巡らせている。

 

 そして、気がつけば自分はこの席に座っていた。

 誰が自分を指揮官に抜擢したのかは未だ知らないが、ハッキリと言わせてもらう。

 

 ふざけるな、と。

 

 自分は人の命を預かるに足りるような人物じゃない。

 ましてや、人類の切り札でもある『KAN―SEN』を指揮するなど、無理難題も良い方だ。

 現にこうして交流を取れていない。

 

 中には、笑いかけてくる者もいる。

 身体を寄せてくる者もいる。

 白昼堂々、誘惑をしてくる者もいる。

 

 ゲームで聞いたことのある声と台詞。それに伴う表情や仕草。

 

 だが、その裏に隠された想いを考えると、とてもじゃないが対応出来なかった。

 

 ゲームが、自分の記憶にある彼女たちの姿が都合の良いものであっただけで、現実はこんなものだ。

 

 ──否、こんなものじゃない。

 

 下手をすれば、今この瞬間にここを砲撃されも可笑しくない。

 攻撃機が飛んできて、蜂の巣にされても文句は言えない。

 

 恨まれて当然だ。

 怒りをぶつけられて当然だ。

 

 今は戦時中だ。どう足掻こうと犠牲はある。

 それに、自分のせいで死なせて(・・・・)しまった事実がある。

 彼女たちが自分の考えた作戦と指揮によって、沈んで(死んで)しまう現実はすぐ側にある。

 

 そして、それを命じる自分に必ず順番が回ってくることも……。

 

 彼は微かに震える手を、強く……強く握りしめて恐怖を誤魔化し、大きく息を吐いた。

 

 今日もまた、彼は怯えながら指揮を執る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はぁ……」

 

「もう、それで何回目? 高雄ちゃん」

 

 溜息と少しだけ鬱陶しそうな声が長く続く廊下に響く。

 書類を片手に落ち込む高雄の横で、愛宕(あたご)はこっちまで溜息を吐きたるような思いに駆られていた。

 

「大体想像出来るけど……いい加減、慣れたら?」

 

「分かっている……分かっているんだが、どうしても指揮官を目の前にすると──」

 

 ぷるぷると震える手を見つめ、ゆっくりとその両手で顔を覆った。

 

「──緊張してしまうんだっ……!」

 

 思い出すのは先ほどの会話。

 どう考えても上官に対する態度ではない。

 ましてや、あの(・・)指揮官に無礼な言葉を言ってしまった。

 

「ああ、拙者は何て不遜で礼儀知らずなことを……っ!」

 

 今にも頭を抱えて叫び出しそうな高雄を無視して、愛宕は廊下に散らばった報告書を拾い集める。

 

「軍人として尊敬し、指揮官として敬愛し、異性として思慕しているがっ! いや、しているからこそ! 緊張で頭が真っ白になってしまう!」

 

 そう、高雄は執務室に入った時から思考がシャットダウンしていた。もっと簡単に言えばグルグル目状態だった。

 

 だが、そこは高雄クオリティ。

 日頃の鍛錬のお陰で、生粋の軍人としての行動が身体に染みついており、役目は確実に全うしている。

 それ故に、あんな態度を取ってしまっていたのだが。

 

「ただ、ただ……っ! 話しがしたいだけなのにっ! というか、優秀過ぎるだろっ!? 何のための書類だ! 何のための口実だ! もういっその事、突貫するべきか……?」

 

「それだけはやめて」

 

 血迷ったことを言い出した姉に対して、愛宕は冷ややかな視線を送りながらハッキリとそう言った。

 それで、もし自分も同じように見られたらどうしてくれる。

 そのときは、高雄を鏡面海域に放り出そうと心に誓う愛宕だった。

 

「大丈夫よ、高雄ちゃん。一旦深呼吸して、心を落ち着かせるの。ねっ?」

 

「そ、そうだな」

 

 すーはー、すーはー、と大袈裟に深呼吸をする高雄。

 そして、少しは落ち着いてきたのだろう。

 他人に厳しく、それ以上に自分に厳しく、己を律し、常に精進し続ける武人としての凜々しい高雄の姿がそこにはあった。

 

「……うむ、次は心頭滅却、明鏡止水──見敵必殺(サーチアンドデストロイ)の精神で行こう!」

 

「一度、海に突き落として頭を冷やすべきね」

 

 ダメだ、早くこの姉をどうにかしないと。

 思わず目尻を押さえる愛宕と情緒不安定な高雄の前に、見知った顔ぶれが現れる。

 

「──あら、蒼龍に飛龍じゃない」

 

「お疲れ様です、お二方」

 

 頭を下げる蒼龍と飛龍に高雄と愛宕は軽く手を挙げて応じた。

 

「二人とも、どうして──ああ、指揮官に報告か?」

 

 何故、こんなところに。と言う言葉が出る前に思い当たる節があった高雄は、二人の目的を直ぐに察した。

 その切り替えの早さが功を奏して、今のところ先ほどの高雄の姿は愛宕しか知らない。

 

 愛宕自身、知りたくも無かったが。

 

「はい、帰還報告を──って、どうしたんですか、そんな恐い顔して!?」

 

 飛龍が笑顔からぎょっとした表情に変えて、高雄を見た。

 そこには、正に鬼のような形相を浮かべている高雄の姿がある。

 今の会話といい、礼儀といい、出会ってから彼女の逆鱗に触れるようなことはしてないはずだが。

 

 どうやら、態度は見繕えても気持ちや表情は隠せないようである。

 

「飛龍、貴方なにかした?」

 

「いやいや、僕は何もやってないよ!?」

 

 蒼龍の指摘を必死に否定する飛龍。

 そんな中、原因を作った高雄は一つ「こほん」と咳払いして、注意を向けさせる。

 

「……いや、気にするな。二人とも報告は聞いている。流石だな」

 

 ヒラヒラ、と先ほど愛宕から受け取った報告書を見せながらそういえば蒼龍と飛龍は互いに顔を見合わせて、気恥ずかしいげに頭を下げた。

 

 そして、その様子を横で見ていた愛宕は何故、その余裕の態度が指揮官の前で出来てないのだろうか、と嘆く。

 

「指揮官とは先ほど話したが、まあ……よろしく言っておいてくれ」

 

「あ、はい! それじゃあ、これで」

 

「お疲れ様です」

 

「ええ、二人ともお疲れ様」

 

 そう言って何処か嬉しそうに歩いて行く蒼龍と飛龍の後ろ姿を見ながら、高雄は言った。

 

「愛宕──拙者はアイツらが恨めしい」

 

「ああうん、そうね……」

 

 めんどくせー、という言葉を飲み込んで、愛宕は血涙を流さんばかりに二人を見つめる高雄を引っ張って行くのだった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 一方、睨み付けられていた蒼龍と飛龍は、背中に刺さる熱い視線を気にすることなく……否、気がつかないほど浮き足立っていた。

 

「こうして、指揮官と顔を合わせるのは久しぶりだなぁ」

 

「久しぶりって……今朝の朝礼で顔を合わせているじゃない」

 

「あー、えっと、そうじゃなくて……こう、ちゃんと顔を合わせて話すって言うかさ」

 

 曖昧な物言いだが、蒼龍は飛龍の言わんとしていることが良く分かった。

 

「……赤城(あかぎ)さんが敷いた規約で、そう簡単に司令部(こちら)へと行けなくなったからね」

 

 かの重桜(じゅうおう)が誇る参謀にして、知将。

 無敵艨艟(むてきもうどう)と讃えられる一航戦──赤城が敷いた厳粛な規約によって、この司令部は武器庫や補給庫よりも、下手をすれば重桜の要たる将軍の城と同等の堅牢さを誇っている。

 まあ、最もそれを司令官である彼は知らないのだが。

 

「とはいえ、それが間違いだとは思わないわ。赤城さんが、ってのもあるけど、今ここで指揮官を失ってしまえば、重桜は大きく傾いてしまうでしょうね」

 

 今でこそセイレーンの力を取り込んではいるが、中にはそれを危惧している者も多数いる。

 

 セイレーンの力を積極的に取り込もうとしている赤城派とセイレーンの力を信用しきれていない三笠(みかさ)派に二分しており、重桜も一枚岩では無かった。

 だが、そこに指揮官が一石投じたことにより、陣営内による分裂は回避された。

 

 仮に、ここで指揮官を失えば両者の溝は決定的になるだろう。

 

「後は単純に指揮官として優秀と言ったところかしらね」

 

「それと、『英雄』っていうところも。三笠大先輩と並ぶ重桜の誇りだよ」

 

 興奮が抑えられないと言わんばかりに、目をキラキラとさせながら凄む飛龍に、蒼龍は微笑を浮かべる。

 

「本当に好きね、その話……ほら、着いたわよ。そのだらしない表情を引き締めなさい」

 

「だ、だらしないって……喝ッ! よし、これで大丈夫だ」

 

「飛龍、貴方って子は……」

 

 扉の前で大きな声を上げるだけならまだしも、両頬を強く打ち鳴らす者が何処にいる。

 ジト目で飛龍を見ながら、蒼龍は執務室の扉をノックする。

 そうすれば、指揮官の了承を示す声が扉越しに聞こえてきた。

 

「──蒼龍、他一名入ります」

 

 二人は逸る思いを抑えながら、ゆっくりと入室していった。

 

 今度こそ、上手く会話を出来るように。

 もっと、仲良く出来るように。

 

 そして、あわよくば……と思いながら、今日もまた彼女たちは喜々として指揮に従う。

 





更新は期待に添えないかと思うので悪しからず……。

※今更ながら、感想の方であったので訂正しておきますが、挿し絵については友人が描いてくれたものです。
私が描いたわけではないです。感想くれた方、勘違いさせてしまって申し訳ありません。

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