怯えながら指揮を執る   作:haku sen

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感想、評価ありがとうございます。そして、誤字報告も本当にありがとうございます。
今回はそこまで、キャラ崩壊はしてない……はず。



指揮官は考慮し、懸念する

 

 

 長い、長い……気が遠くなるほど長い階段を上りきると、広々とした空間へと出る。

 まるで、老舗の旅館の玄関を思わせるような構造となっているこの階層が、指揮官が目指していた目的地──天守閣だ。

 

「ふぅ……二十代から衰えてくると言うが……想像以上だな」

 

 首を左右に傾ければ心地の良い音が鳴り、軽く痙攣する太ももに手を置けば、自然と大きく息を吐く。

 

 少なくとも、体力には自信があった。これしきの階段を上った程度でバテるほど、柔に鍛えられてはいない。

 自慢でも何でもないが、これでも砲弾降りしきる中を走り抜けたのだ。

 文字通り、死線をくぐりに抜けてきた事実に偽りはなく、誇張もない。

 

 だが、それも今や過去のことだ。

 

 良く自慢げに過去の栄光をひけらかす者がいるが、所詮、過去は過去。

 今現在でそれに匹敵する、若しくは、その栄光を想起させるような証明をしてこそ、自慢できるだろう。

 

 戦場を忘れたこの身体では、きっと自慢することは出来ない。

 必要に迫られても、かつてのように動けるかどうか……。

 

 そして、何故、今の技術力でこの城には昇降機(エレベーター)が無いのだろうか、と思わずにはいられない。

 ……まあ、そう言った文明の利器を考えてしまうことが、精神的にも衰えた証拠でもあるだろう。

 

 指揮官は息を整え、姿勢を正すと乱れた衣服を素早く整える。

 ほぼ、平時と変わらない状態へと戻れば天守閣の中心にいるであろう、今回の目的の人物がいる場所へと足を進めた。

 だが、その足取りは少しだけ重い。それは、指揮官がまたも目移りしていたからだった。

 他の階層の内装も豪華であるが、この層は別次元だ。

 豪華さ、優雅さ……そして、奥ゆかしさが奇跡的なバランスで組み込まれており、壁のちょっとした意匠が名画のように見えてくる。

 

 もっと見てみたい、という後ろ髪を引かれる思いを残しながらも、先へと進んでいけば、前方の通路を塞ぐようにして壁に寄りかかる一人女性と、その側にいるもう一人が目に入る。

 

「──あっ、指揮官じゃーん! おっひさー!」

 

 指揮官の姿に気が付くや否や、大手を振ってこちらに駆け出して──

 

「──こら、はしたないぞ」

 

「うっ!? ゲホッ、ちょっ、ゲホっ! っ……スタートする瞬間に襟首を掴むのはオニじゃないっ!?」

 

 天を貫くように額から生えた二本の角と、それに不釣り合いに見える着色されたような金髪。

 かつての女子高校生を思わせるような制服を情欲的に着崩した少女──最上型重巡洋艦四番艦、熊野(くまの)は激しく咳き込みながら、批判の声をあげた。

 

「おっと、すまない。些か強く引きすぎたようだ。まあ、許せ」

 

 喚く熊野に対して、壁に寄りかかっていた彼女は言葉とは裏腹に、悪びれる様子も無く薄い笑みを浮かべる。

 

 熊野とは対照的な真っ黒な旧式の軍服に、その上から羽織るようにして掛かる白い着物。

 そして、何より右腕に着けた『Z旗』が否応なく目に付いた。

 

 重桜において、彼女ほど凛とした佇まいをする者はいない。

 

 かの大海戦で連合艦隊の総旗艦を勤めるとともに、大勝利へと導いた最古参の大英雄。

 

 敷島型一級戦艦・前弩級戦艦──三笠(みかさ)

 

 重桜の全艦船の偉大な先人とも言える彼女が、熊野と一緒に指揮官の前へ立っていた。

 

「熊野? それに、三笠さん(・・)も……どうしてここに?」

 

 何故、という疑問が浮かび思わず挨拶もせずに、要件を聞きに行ってしまう指揮官。

 それに、三笠はムッとした表情を見せる。

 だが、それは言葉や礼儀にではなく、違うものに反応を示していた。

 

「敬称は要らんと言っているだろう。貴方は指揮官であり、我々に指示をする立場なのだ。もっと堂々としないでどうする」

 

 不満げに、口を尖らせながらそういう三笠。

 だが、指揮官から言わせてもらえば、彼女に対して敬意を払わない者などいない。

 隣にいる熊野も同じ気持ちなのか、「うわぁ」と表情を崩していた。

 

 彼女、三笠にはそうせざる(・・・・・)を得ない何かがある。

 思わず頭を下げてしまいたくなるような……カリスマ性が三笠から溢れ出ているのだ。

 重桜も実力主義寄りではあるが、それよりも義を重んじる習慣がある。

 その習慣に則るとすれば、この場において誰よりも重んじられるのは三笠しかいないだろう。

 

「いや、その……すみません。どうも、慣れなくて」

 

「慣れる、慣れないの問題ではないのだが……正直、このやり取りにも飽きたぞ」

 

 焦ったように苦笑いを浮かべる指揮官に、三笠は軽く半目で見ながら、仕方ないと言わんばかりに首を横に振った。

 その様子を真横で見ていた熊野は思わず、と言った具合に口をスベらせる。

 

「いや、ムリっしょ? 大先輩に敬語も使わない奴なんていなし、そもそも、おばあちゃ(・・・・・)──あだだだっ!!? ごめんなさい、ごめんなさい! 素敵なお姉様でしたぁ!」

 

 頭を鷲づかみにされ、ミシミシと三笠の細指が頭皮に食い込んでいく。

 それに、熊野は悲鳴を上げながら必死に許しを懇願するのだった。

 

「はぁ……茶番はここまでにして、指揮官の質問に答えよう」

 

「その茶番で、私の頭蓋が潰れかけたんですけど……?」

 

 目尻に涙を溜めながら三笠を見る熊野。

 だが、その視線も言葉も三笠には届かず、当の本人は苦笑いを浮かべる指揮官へと意識を向けていた。

 

「何故、我らがここにいるか……と、いう話しだったな? 指揮官、質問を返すようで悪いが、予想は出来るだろ?」

 

 両腕を組みながら、値踏みするような視線をその言葉ともに投げかける三笠。

 試されているのか、それとも、単なる確認のようなものか。

 三笠の意図が分からないが、どちらにしろ、質問には答えられるだろう。

 

「──鉄血(てっけつ)と何かありましたか?」

 

「……フッ、些か分かりやすかったか?」

 

「まあ、任務受領の印鑑を直々に押しちゃってるし。寧ろ、分からなかったら反応に困るっていうか?」

 

 ……どうやら、ご期待に添った答えだったらしい。正直に言って当たっては欲しくなかった答えだが。

 

 二人は──正確に言えば、三笠が率いる派遣部隊──定期的に行われる鉄血との情報交換のため、少し前からこの重桜領内から出払っていた。

 

 最も情報交換などというのは建前でしかなく、あくまでも互いに協力関係にある、という確認作業のようなものに近い。

 どの陣営にでも言えることだろうが、一枚岩では決して無いのだ。

 

 『鉄血』と『重桜』。その軍事連合『レッドアクシズ』。

 表向きは協力関係にあるにしろ、その実態は何時しか形骸化したものへと成り果てた。

 根本的な原因は『セイレーン』によるものだろう(・・・)と両者勘づいてはいるが、もう遅い。

 

 今や、互いに粗を探し、隙を突き、どうにか自陣に取り込み、傀儡にしようと目を光らせ合う。

 この遠征任務の本質部分では、互いに冷戦染みた駆け引きが繰り広げられており、それに一枚噛んでいた指揮官は少し苦い表情を浮かべる。

 

 それが余りにも表情に出ていたのだろう。三笠は何処か気遣うようなに声をかける……が。

 

「そう気を落とすな、指揮官……と、言ってやりたいところだが、今回の采配は悪手だったぞ。鉄血(あちら)は私が来て、随分と警戒していた」

 

 それは、声色とは裏腹に叱咤に当たるもの。

 どうやら、過剰な心配が逆に相手を警戒させる判断材料になってしまったようだ。

 彼女たちを出来る限り安全に、という思惑が裏目に出て、鉄血と対立でもすれば目も当てられないだろう。

 

「……それで、何があったんです?」

 

「まあ、待て。これから長門(ながと)のところに行くのだろう? それを聞いて丁度良いと思ってな。詳細は長門も交えて話そう」

 

 なるほど。だから、二人はここにいたのか。

 と、指揮官は当初の疑問に答えが出され、腑に落ちたように納得する。

 

「──ほら、指揮官。早く行こう! てか、指揮官、終わったらお土産話でも聞いてよ! 鉄血(あっち)って、スゴイんだよ! ホント! めっちゃヤバイ!」

 

「お、おい、熊野」

 

 表情が強張る指揮官を熊野は手を引いて、どんどん奥へと進んでいく。

 こちらの気も知らないで、と思うところもあるが、今は無理矢理にでも引っ張ってくれるのは、情けない話し有難かったのも事実だった。

 

 見惚れるようで、見慣れていた内装が目まぐるしく流れていき、長門がいる部屋の前まであっという間に着く。

 

 そして、その前で待機していた二人の付き人が熊野と少し遅れてきた三笠を見て、ほぼ同時に首を傾げた。

 

「──指揮官様。お待ちしておりました。それで、お二方は……何故、こちらに? お連れになるとは聞いておりませんが……」

 

「はわ、はわわっ!? く、熊野ちゃんはともかく、み、三笠様が来るとか聞いてないよ……っ!?」

 

 超弩級戦艦扶桑型一番艦──扶桑(ふそう)が、礼儀正しく三笠と熊野に問いかけると同時に、扶桑型二番艦──山城(やましろ)は思考の範囲外であった三笠の突然の登場に、思考が追いつかず慌て始める。

 

 泰然な扶桑と狼狽する山城。

 その余りにも真逆な反応は、二人の性格を分かりやすいほど表していた。

 

熊野(わたし)はともかくって、どゆこと? ちょっと、山城~?」

 

「ち、違うの、熊野ちゃん! そういう意味じゃなくてぇ~!」

 

 じゃれ合い始めた二人を余所に、三笠と指揮官は扶桑へ近づき事の次第を伝える。

 

「急ですまない。だが、長門にも話しを通しておくべきことだ」

 

「扶桑、俺からもどうか頼む」

 

「あ、いえ、別にそう言った緊急性があることであれば、全く問題ないのですが、ただ……」

 

「「ただ?」」

 

 三笠と指揮官の声が被る。

 そして、扶桑は少しだけ言いづらそうに三笠へと視線を向けた。

 

「ただ、陸奥(むつ)様が……その、三笠様の突然の来訪にどう思われるか心配で……下手をすれば、見た瞬間何処かへ逃げかねないというか……」

 

「逃げる? また、どうして?」

 

 扶桑の発言に指揮官は首を傾げる。

 確か、長門は三笠に対して全幅の信頼を向けており、憧憬も抱いていると聞いている。

 それは、妹の陸奥も同じだろうと思っていたが、扶桑の話しを聞く限り、どうやら違うらしい。

 

 説明を求めようと三笠の方を見れば、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。

 

「我は……いや、私は随分と怖がられてたみたいでね。二人の為だと思って、厳しく教育したのが尾を引いているらしい」

 

「……ああ、そういえば、そうか」

 

 三笠は長門たちが今のような立場になる以前から、二人の教育係として傍にいた。

 今は、もう相談役のような立場になってはいるが、それでも二人にとっては──否、多くの重桜艦たちにとっては恩師とも言える存在だろう。

 

 故に、陸奥の気持ちも分からなくもない。

 

 指揮官(じぶん)は直接的に指導をされたことは終ぞ無かったが、それでも彼女の教育方針は厳しいものであっただろうと予想出来る。

 

 こう言ってしまうと悪いだろうが、きっと彼女の教育は旧海軍の教育を基に成されており、今の駿河や島風が受けた教育とは訳が違うだろう。

 

 どちらかと言えば、自分の時とそう変わらないはずだ。

 精神的にも、肉体的にも、追い詰められるギリギリのラインで上手いこと調整が成されている、あの過酷な訓練。思い出しただけでもゾッとする。

 

 無論、そのままとは言わないだろうが、キツさはそう大して変わらないだろう。

 最終的には慣れる(・・・)ものだが、長門はともかく見た目相応の精神性を持つ陸奥にとっては苦痛でしかなく、その元凶たる三笠に余り良い感情を抱かないのも分かる。

 

 だが、それで有耶無耶に出来るほど陳腐な話題ではない。寧ろ、急を有するものだ。

 

「まあ、致し方あるまい。逃げたら逃げたで別にいいさ。今更、怒鳴り散らしたりはしない」

 

「……怒鳴り散らしたことが?」

 

「……いや、言葉の綾というやつだ。流石に、怒鳴り散らしてはない……はずだ」

 

 そこは、きっぱりと言って欲しかったものである。

 

「あ、あはは……では、指揮官様と三笠様。後、熊野様の三人をお通しするということで、宜しいですか?」

 

「あ、私は別にいいよ。ここで待っとくし」

 

ふぁ()! ふぁすへて(助けて)! ふえへさま(姉さま)ぁ!?」

 

 山城の頬を弄くることに夢中になっている熊野は、こちらに視線を向ける事無く同行を辞退。

 そして、被害者である山城は涙目で姉の扶桑に助けを求めていた。

 

「はぁ……まあ、我一人で十分か」

 

 所詮は事の概要説明だ。

 ただ状況を説明するのに、二人も三人も要らないだろう。

 

 扶桑が襖越しにこちらのことを伝えると、中から返事が返ってくる。

 それを、合図に扶桑は一度こちらに頭を下げると、ゆっくりと襖を開けた。

 

「──うむ、良く来た。指揮官、三笠様」

 

 部屋の最も奥の上座に座るは、重桜の魂であり、誇りであり、栄光でもあり……重桜の象徴──長門型戦艦一番艦、長門。

 

 その長門の前に、二人は頭を下げる。

 

「そんな堅苦しくしなくて良い。今は、余と指揮官たちしかおらぬからな」

 

 そう、この場には三人しかいないのだ。本来ならば、長門の横に座っているであろう陸奥がいなかった。

 

「長門、陸奥はどうした?」

 

 キョロキョロと三笠は部屋全体を見渡すように頭を動かした。

 だが、見つからない。陸奥の姿が何処にも見当たらなかった。

 長門の背に隠れている訳でもなく、どこかに隠れようとも隠れられるような場所はこの部屋にはない。

 

 それに、長門は若干申し訳なさそうに言葉を零した。

 

「三笠様、流石にいくら襖と越しとはいえ、あそこまで騒がれると……」

 

「……どうやら、もう逃げた後のようです」

 

「流石にそれは、我でも傷つくぞ……」

 

 思っていた以上に怖がられていた事実に、流石の三笠もガックリと肩を落とした。

 あの天真爛漫という言葉が良く似合う陸奥が声を聞いただけで、逃げ出すのだ。落ち込むのも無理はない。

 

「あっ、そ、それで! 火急の用だと聞こえたが……一体何があった?」

 

 慌てた場を取り直そうと長門はいきなり本題へと入った。

 それに、指揮官は言葉を返す代わりに三笠へと視線を向ける。

 その視線を受けた三笠は顔を上げて一度深呼吸すると、懐に仕舞っていた封書を取り出した。

 

「──それは……」

 

 目を見開く指揮官を余所に、三笠は【黒十字】の封蝋がされた封書を開いて、折り畳まれた二枚に書類を広げる。

 

 そして、前置きもなく三笠は長ったらしい前口上を飛ばして本命を朗読した。

 

「是非とも検討して欲しい。重桜、鉄血、両陣営の『合同演習(・・・・)』を……随分と急な話しだと思わないか? しかも、ここ最近、鉄血はセイレーンと小競り合いをしたばかりだ。──指揮官、長門、これをどう見る?」

 

 

 




本当は、三笠をメンタル弱々の方向性にしていたのですが、何故かしっくりこず、急遽このように変更したため、殆どキャラ崩壊していない……と思っています。

次回、満を持して鉄血の登場です。そんなに多くは出せませんが。
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