怯えながら指揮を執る   作:haku sen

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先ずは謝罪を。

今回、鉄血は出ません。次回予告詐欺をしました。本当に申し訳ないです。




指揮官は消沈し、策を練る

 

 

 鳥が鳴き、清涼な風が吹き始め、水平線から淡い赤色の太陽が昇る。

 陽光が軍港を優しく照らし、今日という一日の始まりを告げる。

 

 そして、そんな光を全身に浴びる彼女は、これまでに無いほど清々しい気分だった。

 濡羽色の黒髪が風に靡き、靡いた髪の一本一本が陽光に照らされて、宝石のように輝いた。

 

 彼女──大鳳(たいほう)は理想郷の朝を迎えたかのように、今日という日の始まりを味わっていた。

 

 味わい──嗤う。はしたないと言われても仕方ないほど、大鳳は口元を歪めて嗤うのだ。

 

「うふふふっ、あはっ──あははははははっ!!」

 

 これほど、清々しい気分はない。

 これほど、甘美な朝はない。

 これほど、歓喜に打ち震えることはない。

 

 大鳳はゆっくりと一歩前へと足を進めた。

 

 その先にあるのは無論、愛の巣(司令部)

 自分と指揮官が愛を育むためにある施設、もしくは、別荘と言っても過言ではない。

 

 悠然と歩き、司令部内部へと続く門の前へと立てば、大鳳は躊躇わず、それこそ、自分の部屋に入るかのように不遜尊大な足取りで司令部へと入っていった。

 

 ──そう。何時もなら邪魔をしてくる赤城(あかぎ)がいないのである。

 

 それもそのはず。

 

 ただの凡愚ならいざ知らず、赤城は重桜の『重鎮』。

 重桜の進路を決め、重桜の在り方を決め、重桜の行く末を決める立場にある一人。

 

 そんな重鎮が果たして『鉄血』とのいざこざで、忙しくなっている今日(こんにち)に、いつも通り門番紛いのことをしているだろうか?

 

 答えは否である。否、否、否だ。

 

 だからこそ、大鳳は──嗤うのだ。

 

 あの女狐はいない。この大鳳を邪魔する者はいない。

 この前いた江風(かはかぜ)も、指揮官を幼馴染みなどと嘯く隼鷹(じゅんよう)も……指揮官に恋慕を寄せる者たちは、この場に誰一人としていやしない。

 

 勝った、と大鳳は内心でほくそ笑み、表ではそれ以上にほくそ嗤う。

 既に把握し尽くした(・・・・・・・)司令部を悠々と歩き、指揮官がまだ寝ているであろう自室を目指して行く。

 その過程にある階段や廊下が、大鳳にはまるでバージンロードに思えて仕方なかった。

 

 そして、遂に大鳳は自室に辿り着く。

 

 この扉越しに指揮官は寝ている。

 寝息を立てて、安らかに眠り、お伽噺のお姫様のように王子様を待っているのだ。

 

 手足が震える。心臓が早く脈打つ。身体も火照り、呼吸も浅くなる。

 

 緊張? ──まさか。これは、興奮しているのだ。

 

 震えているのは歓喜によるもの。

 脈拍が早くなるのは狂喜によるもの。

 火照っているのは発情によるもの。

 呼吸が荒いのは昂揚によるもの。

 

 その全てが、自分を興奮させる。

 

 大鳳はゆっくりとドアノブに手を掛けて捻った。

 ドアノブが簡単に回り、カチャリと音を立てる。

 

 ああ、鍵もしていないなんて……不用心な人だ。

 

 しょうがない、と思いながら大鳳は扉を押し開いていく。

 

 夢にまで見たこの場所。

 思い描いた歓楽の個室。

 

 昂揚が抑えられないのを感じながら大鳳は一歩、室内に足を踏み入れ──

 

「……どう、いう……こと?」

 

 ──あるのは無。虚無とも言うべきか。

 

 ベッドに横たわるのは綺麗に畳まれたシーツ。

 皺一つ無く、完璧にベッドメイキングされており、そもそも部屋自体がビジネスホテル並に整っている。

 

 いや、整い過ぎていた。

 

 生活感はある。確かに、ここには指揮官が住んでおり、手入れも指揮官がしていることは明白だ。

 だが、今この状態はまるで何時の日から時間が止まったかのように、動き(・・)がない。

 

 訳が分からなかった。

 指揮官がここにいない意味が理解出来なかった。

 何かの間違いだ。

 いや、もしかしたら、もう執務室にいるかもしれない。

 

 そうだ。そうに違いない。

 

 ──いない。執務室も同様に時間が止まっているかのように、静寂があるだけだった。

 

 まるで、狐につままれた気分だ。

 

 大鳳はしばらく唖然として、その場に立ち尽くす。

 

 大鳳の失態は一つだけ。

 かの重鎮たる赤城がここにいないのだ。

 

 何時もなら、何が何でもいるはずの赤城がいなかった(・・・・・)

 

 そう、赤城がいない時点で察するべきだった。

 

 赤城が重鎮だとすれば、指揮官は一体どの立場にいるのだろうか?

 

 赤城ほどの立場の人間が忙殺され、身動きが取れないならば、その上に立つ指揮官は忙殺どころでは無い。

 

 直ぐ考えれば分かることだった。

 

 指揮官が、自室で眠ることすら出来ないほど多忙を極めていることに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──三笠を交えた長門との会合から約一週間後の明朝。

 

 水平線から昇ってくる太陽の光が軍港を優しく照らし、今日という一日の始まりを告げる。

 ゆっくりと動く陽光が窓から差し込み、机に広げた資料を淡く光らせたのを見て、彼──指揮官は朝を迎えたことに気がついた。

 

 部屋──城内に併設された『作戦室』──にある電子時計に目を向ければ、朝の五時少し前。

 

 それを、確認した指揮官は深く息を吐き出しながら背もたれに身体を預け、鉛のように重くなった身体を認識する。

 

 早い、朝が来るのが早すぎる。

 今、この時に限っては、あの朝日が忌々しく思えた。

 

 とはいえ、朝一番の陽光を浴びるのは幾分か気持ちが安らぐのも事実だ。

 自然の暖かさを感じながら、凝り固まった身体を動かしていく。

 

 ただ、ずっと脳を、思考を……考えることを止めなかっただけで、全力疾走した後のような疲労感。

 人間の身体とはこうも不便なのか、とあられもない不満が出る。

 

 そして、一通り身体の節々を動かしたら、冷め切った珈琲(コーヒー)を少しだけ口に含む。

 乾ききった舌が苦みと酸味を強く主張し、無理矢理でも微睡んだ思考を明瞭にさせた。

 

 何とかマシになった思考回路で今一度、資料へと目を通そうと背筋を伸ばしたところで、扉から──正確に言うならば扉の外にある廊下から忙しない音が聞こえてきた。

 

 何事か、と腰を少しだけ浮かせた──その瞬間。

 

「指揮官様ぁっ~! ようやっと赤城が──ふぐっ!?」

 

「朝早くからすまない、指揮官。姉様、まだ終わってないぞ。さあ、戻ろう」

 

 赤城が扉を開け放ったと思いきや、次の瞬間には背後から加賀(かが)が素早く口を塞ぎ、尻尾を使って羽交い締めにした後に、何処かへ連れ去っていった。

 

 その間、実に五秒と掛かっていないだろう。

 洗練された動きだった。無駄の無い動きだった。

 赤城が来てから流れるように事が進み、気がつけば先ほどの静寂に戻っている。

 

 先ほどの出来事が連日の徹夜による、疲労から来る幻覚だと言われれば、簡単に信じられるだろう。

 いや、幻覚だったかもしれない。あの加賀が額に『冷えピタ』なるものを貼っているはずが無いのだから。

 

 上げた腰を下ろし、大きく溜息を吐く。

 

 疲れているのだろう、自分は。

 だが、それもまだ準備を終えただけに過ぎない。

 

 『鉄血』との『合同演習』は滞り無く、行われることになっている。

 ただ、その条件として演習場所はこちら、重桜の領海で行われる手筈なった。

 

 そのため、こうして業務に忙殺されている。

 

 重要書類の隠蔽や日程の調整。

 周辺海域の安全確保や鉄血の宿泊施設。並びに、演習を行うための設備の準備などなど……やることを上げればキリが無い。

 

 だが、それは確信めいたものがあったから、こうして徹底的に準備している。

 

 確実に鉄血は何か策があって、この『合同演習』たるものを企画したのだ。

 

 故に先手を打つ。打たねばならぬ。

 

『──何? こちら側で演習をする、と? わざわざ、懐に入れるのか?』

 

『ええ、何かする気であるのであれば、寧ろ目の届く範囲でやってもらいましょう』

 

『……なるほど。敢えて、懐に入れさせ監視する、か。なかなか、どうして……悪くない案じゃないか、指揮官。勿論、監視だけが目的じゃないんだろ?』

 

 長門は難色を示していたが、結局は三笠や後に交えて話した赤城たちに説き伏せられ渋々了承した。

 

 今、思えば半ば無理矢理、首を縦に振らせたようなものだ。故に、その妹たる陸奥が自分たちに文句を言うのも致し方なかっただろう。

 その時、三笠が随分と落ち込んでいたのが印象深い。

 

 それと同時に、もう指揮官という立場になって、何年も経っているというに、彼女たちのことを知らな過ぎると痛感した時でもあった。

 

 もう少し、距離を縮めるべきなのだろう。

 もう少し、話し合ってみるべきなのだろう。

 

 だが、今でもやはり──恐い。

 

 余りにも分かりやすい好意に、疑問を抱くのは必然であろう。

 

 例を挙げるならば、赤城だ。

 赤城は自分の認識とそんな変わりは無いと思ってはいるが、果たしてその裏では何を考えているか。

 

 赤城は、あれでも──否、ああだからこそ、平然と敵を貶める謀略を考え、躊躇いも無く実行に移す。

 そこに、味方が重傷を負うことになっても関係ない。

 

 故に、敵であろうと、仏であろうと──セイレーンであろうと、利用し、利用し尽くす。

 その中に、自分が入っていない確証はない。

 

 改めて、ここはゲームの世界ではない。画面で見ていた世界では無く、今の自分にとって現実の世界だ。

 

 だからこそ、彼女がいざとなれば自分をも切り捨てるのでは無いかと思っている。

 

 それは、他の者たちにも言えることだが──ハッキリといって、底が見えないからだ。

 ゲームのように好感度やらが分かれば、幾分かマシであろうが、この現実ではそんなこと分かりやしない。

 

 言葉の強弱やその時の表情、仕草や感情の起伏を読み解き、随時反応を返して、やっとコミュニケーションは成立する。

 

 そこから、その裏にある考えを読み解くとなれば、至難の業だ。

 

 だからこそ、怯えている。

 死に怯え、それ以上に、彼女たちからの失望に怯えている。

 

 指揮官は、またも大きく溜息を吐いた。

 こうして、ネガティブな思考に陥っているのは何度目だろうか。

 これから、まだ忙しくなる。気持ちを切り替えなければ。

 

 そんな時、ノック音が聞こえてくる。

 その後に、この一週間で随分と聞き慣れた(・・・・・)声が扉越しに聞こえてきた。

 それに、反応を示せばゆっくりと開く扉。

 

「──指揮官。もう起きていたのか」

 

「……ああ、おはよう。江風(かはかぜ)

 

 相も変わらず表情の変化に乏しい江風が、少しだけ目を見開いてこちらを見ていた。

 そんな珍しい表情を見ながら返事を返せば、江風は小っ恥ずかしそうに視線をそらし、誤魔化すように机を見る。

 

「相変わらず職務に忠実だな。まだ、起床時間でも無いというのに」

 

「俺みたいな一兵卒上がりだと、これぐらいしないと間に合わなくてな。もう慣れたよ」

 

 手に持った資料に意識を集中させて話せば、無意識的な自虐を口にしていた。

 だが、それも間違いでは無いだろう。実際、そこまでしなければ指揮官などという大役を果たしきれない。

 その上、『鉄血』との面倒ごとも抱えているのだ。これでは、寝るに眠れない。

 

 そんな無愛想な態度が気に食わなかったのか、江風は無言で距離を詰めてくると指揮官から資料を取り上げた。

 

「──指揮官」

 

「っ、な、なんだ……?」

 

 おい、という言葉を言う前に胸元を掴まれ、江風の方へと引っ張られる。

 白く透き通った江風の端正な顔がすぐ傍まで迫り、心臓が高鳴った。

 

「……寝ていないな?」

 

 その端正な顔に少しだけ怒りを浮かべて、ハッキリと江風はそう口にした。

 

「よく……分かったな」

 

 口籠もりながら指揮官が認めれば、江風は胸ぐらから手を離し、身体も離す。

 

「急に悪かった。だが、その死んだような表情は表に出さない方が良い。全員、何事かと慌てふためいて、朝礼がパニックになるぞ」

 

「そんな、大袈裟な……」

 

 余りにも膨張した表現に指揮官は引き攣った笑みを浮かべる。

 それをどう思ったのか知らないが、江風は何時もよりも増して仏頂面を浮かべると、首を扉の方へと動かした。

 

「朝食だ、指揮官。寝てないなら尚更、食べるべきだ」

 

「……ああ、そうだな。お言葉に甘えるとしよう」

 

 今日も(・・・)朝食を用意してくれた江風には頭が上がらない。

 彼女は、別に気にしなくていいと言うが、それでも負担になっていないか気にしてしまう。

 

 申し訳なさと、暖かい朝食を頂けるありがたさが混じりあった感情の中で、腰を上げれば、またもや忙しない音が扉越しに聞こえてきた。

 

「──た、大変にゃ!! し、しし指揮官! あああ、アレが、ああにゃって、アレがこうにゃって! ──アレにゃ?!」

 

「……落ち着け、明石(あかし)。全く分からんぞ」

 

 重桜唯一無二の工作艦──明石が慌てて入ってきたと思ったら、呂律が回っていない状態で、尚且つ早口で、鳴き喚いた。

 

「んもぉー! その耳は飾りかにゃ!? 良いから耳をかっぽじって聞くにゃ!」

 

 目を吊り上げて垂れた袖を突きつけてくる明石。

 そんな明石に何と理不尽な、と思い江風に助けを求めれば、江風は両肩を竦めるだけだった。

 

「北東からセイレーンが突如として出現! 量産型が多数確認されているけど、正確な数は不明。後、目標も不明にゃ。でも、明石大体予想は着くにゃ……」

 

「──北東か」

 

 指揮官は素早く通信装置の前に行くと、周波数をある部隊に合わせ、マイクのスイッチを入れる。

 

「聞こえるか──摩耶(まや)

 

『──チッ、聞こえてる。セイレーンでしょ?』

 

 スピーカーから聞こえてくるのは不機嫌そうな声色。

 もう既に、重桜領海に入ってきたのかと勘ぐるい、明石を見るが彼女は激しく首を横に振るだけ。

 明石は一番最初にここへ報告しに来たのは間違いないらしい。なら──

 

「──何故、分かった? というか、今どこにいる?」

 

 その問いにスピーカーから聞こえてきたのは風を切る音と、水上を駆ける水の音。

 

『もう、目視した。これから、戦闘に入る』

 

 

 





重桜は魅力的なキャラが多いですね。あれも、これも出したいと思っていたらとてもじゃないけど時間が足りない。

というか、大幅にプロットを組み直しました。本来は、彼女たち主観であくまでも指揮官はただのダシにするつもりで、だから短編で出したのですが、今やこうなりました。

故に、当初予定した十話を超えた場合は短編から連載に切り替える腹積もりです。申し訳ございません。
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