怯えながら指揮を執る   作:haku sen

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遅くなって本当に申し訳ないです。スランプと今の時期は色々と慌ただしく書けなかったというのが、言い訳になります。




指揮官は草臥れ、気が抜ける

 

 

「待て、摩耶(まや)。セイレーン艦隊の様子を──……聞いていないな」

 

 マイクから返ってくる音は言葉ではなく、ノイズのような雑音ばかり。

 こうなってしまえば、いくらこちらから呼びかけても反応は無いだろう。

 寧ろ、もう相対しているのならば気を散らすことはなるべくしない方がいい。

 下手に呼びかけて、彼女たちの注意を引くことは危険だ。

 

「指揮官。摩耶さんたちならば問題はないさ。百戦錬磨の方々だ、心配する方が野暮というものだろう」

 

「明石もバッチリ整備してるにゃ! ……まあ、ウチの奴らは艤装がオマケみたいになってるヤツが多いけど」

 

「フッ……全く困った人たちだ」

 

「……江風(おまえ)もその一人に入ってるにゃ」

 

 本当に心配をしていないのだろう。

 江風と明石は冗談を言い合いながら談笑していた。

 

 確かに、摩耶たちであればそう滅多に負けることはないだろう。

 だが、戦場とは何が起きるかわからないものだ。戦場に絶対などいう言葉は無い。

 

 大丈夫だ、と言うことは分かっていても、やはり不安が指揮官の中に積もり、気がつけば窓から見える海上を睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「また、ワラワラと……面倒くさい」

 

 前方に見えるは隊列を成して、押し寄せてくる漆黒の艦──セイレーン艦隊。

 まず目に入るは巨大な戦艦と空母。そして、その周りを守るようにして軽巡、重巡を中心に組まれた護衛艦隊。

 その全ての艦砲が、こちらへと向いていた。

 

 銃口を向けられている、などとは比べものにならない。

 時間と弾薬をかければ、大陸を焦土に変えることが出来るモノを向けられている。

 ましてや、相手はセイレーン。それ(・・)をして見せた存在だ。

 

 故に、本来ならば恐怖するはずだ。

 恐怖し、震え、絶望を感じるのが普通だろう。

 

 だが、彼女たちは違う。

 彼女たち──『KAN―SEN』たちは唯一、奴らセイレーンと対抗出来る存在だ。

 

「──全員、抜刀。目標、前方のセイレーン艦隊」

 

 向けられた艦砲に臆すことなく、水上を駆けながら彼女──高雄(たかお)型重巡洋艦三番艦、摩耶は鞘から刀剣を抜くと、その切っ先を前方にいるセイレーン艦隊へと向ける。

 

 それに追従して、彼女たち──摩耶率いる近海警備隊のメンバーは同じく抜剣した。

 

「全部、斬れ。斬って斬って、斬りまくれ。指揮官はそう言っている」

 

「……本当にそう言ったのか?」

 

 隣で同じく抜剣した鬼怒(きぬ)は思わず、構えた刀を少しだけ崩して摩耶を見た。

 

 鬼怒は自分が指揮官の全てを知っているとは思っていない。

 だが、それでも決して短くない年数は一緒に戦ってきた。

 何時しかそれは、心に秘めた思いが芽生させた年数でもあったが、盲目になったつもりはない。

 

 だからこそ、分かる。

 

 あの指揮官がそんなことを言うだろうか? 

 

 鬼怒は指揮官の真意を自分の耳で聞こうと、摩耶から無線機を借り受けようと手を伸ばし、そして──その手を(はた)かれた。

 

「……おい」

 

「……渡せない。今回は僕が旗艦だ。だから、渡せないし、渡さない」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 

 腰に着けた無線機の金具を今一度調整し、イヤホンをもう一層深く耳にねじ込む摩耶。

 

 まるで、駄々をこねる子供だ。

 だからだろうか、何故か鬼怒もムキになって無線機を奪い取ろうと手を伸ばす。

 

 伸ばされた手を摩耶は叩く。

 それに、鬼怒は負けじと無線機へ素早く手を伸ばす。

 

 伸ばす。叩く。

 伸ばす。叩く。

 伸ば────

 

「「──ッ!」」

 

 瞬時に反応した二人は弾かれるように飛び離れた。

 そして、その瞬間に二人の間を裂くように通り過ぎる鉄の塊。

 その鉄の塊はセイレーン艦隊(・・・・・・・)へと飛来していき、その近場で水柱を上がる。

 

「……お二方、じゃれ合っている場合ではないですよ」

 

 二人の後ろには、眼を細め、艤装の砲塔から白煙を漂わせる──阿賀野(あがの)型軽巡洋艦二番艦、能代(のしろ)がいた。

 

「……いや、気持ちは分かるが何も撃つほどじゃないだろう」

 

 冷えた視線を二人に送る能代の横で、若干引き気味な態度を見せながら言う──飛鷹(ひよう)型航空空母一番艦、飛鷹は刀の切っ先を水面へと着ける。

 

「僕は悪くない」

 

「摩耶、お前……っ! ……いや、あても少しムキなっていた。だが、それで全部の非がこちらにあるということにはならないだろう」

 

「先に仕掛けてきたのはそっち」

 

「そうだとしてもだな、そもそも──」

 

「──まあまあ、ちょっと落ち着け二人とも」

 

 今度は言葉の応酬でヒートアップしていく摩耶と鬼怒の間に割って入る飛鷹。

 

「今は言い争ってる場合じゃないだろう。また撃たれるぞ」

 

 飛鷹の視線の先には、相も変わらず冷ややかな視線を二人に向ける能代の姿。

 流石にもう撃ったりしないとは思うが、今度はその手に持った刀で斬りかかってきそうな勢いだ。

 

「……すまない、少し悪ふざけが過ぎ──ッ、たぁ!?」

 

 自らの非を認め、迷惑をかけたことを謝ろうとした鬼怒の言葉を遮るように、目の前を通り過ぎる砲弾。

 正に、紙一重で避けた鬼怒は咄嗟に能代へ視線を向ける。

 

「……今のは、私じゃないですよ?」

 

 能代は、少しばかり困った表情を浮かべて言った。

 

 無論、全員が分かっている。

 この状況で、撃ってくるものなど奴らしかいない。

 

「──本当に悪ふざけが過ぎたみたいだッ! 全員、来るぞ!」

 

 飛鷹の叱責に近い声色を合図に全員が気を引き締め、刀を構えた。

 

 そして、黒い群衆から星の瞬きのような強烈な眩い光が視界を覆う。

 それと、ほぼ同時に聞こえてくるのは腹の底まで響く重低音だった。

 

 無数の砲弾が摩耶たちに迫る。一つでも当たれば吹き飛ぶような鉄の塊が前方全面に広がっているのだ。

 全て避けることは不可能。

 今更、何か策を講じようとも、もう遅い。

 

 ──だが、しかし。彼女たちはあろうことか、その砲弾の弾幕に全速前進した。

 

 迫り来る砲弾に刀を合わせ──斬る。

 鉄の塊を、豆腐を切るのとそう大して変わらないかのように、容易く切り裂いて前へと進む。

 

 迫り来る砲弾を紙一重で避け、避けきれないものは刀で斬り、

その先にいるセイレーン艦隊へと全速力で駆けていく。

 

 近づけば近づくほど激しくなる弾幕の嵐。

 だが、彼女たちにとってはそれすらもどこ吹く風。虫を払うかのように手にした刀で砲弾の嵐を払いのけていく。

 その先にいるセイレーンを斬らんが為に、常に前へ。

 

「摩耶! 突っ切れ! 露払いは任せろ!」

 

「合わせます!」

 

 摩耶の前へと躍り出た鬼怒と背を追うようにして続く能代。

 だが、狭い範囲で三人も集まれば攻撃が集中するは必然だ。

 セイレーン艦隊の殆どの砲塔が旋回し、螺旋状(ライフリング)の溝が視認出来るほど、真っ直ぐこちらを狙う。

 

 そして、放たれる鉄の塊。

 

 先ほどよりも密度が高く、初速も落ちていない。

 

 ──加えて、水上(・・)には水しぶきを上げて滑走してくる爆弾(魚雷)

 

 更に、もう一押しと言わんばかりに放たれた鉄の群衆(爆撃機)唸り声(エンジン音)を響かせて、三人に集中するのだった。

 

 絶対絶命だ。

 最早、助かる見込みはない。

 

 ──だが、それは。

 

 摩耶たちでは無く、セイレーン側である。

 

「天翔る翼の名のもとに──発艦せよ!」

 

 最初に墜ちたのはセイレーン側の爆撃機だった。

 飛鷹が広げた特殊な飛行甲板から躍り出た式神──戦闘機が瞬く間に爆撃機を強襲。

 セイレーンの爆撃機は爆弾ではなく、機体自体が無惨にも墜ちていくはめとなった。

 

「──今です!」

 

 爆撃機が海の藻屑となっていく中で、能代は一番前へと踊り出れば刀を大きく横薙ぎに振るった。

 その刀の軌跡は迫り来ていた魚雷を綺麗に捉えており、激しい水柱を上げながら、魚雷は何のために発射されたかすら分からず、その役目を終える。

 

「ははは! ──真なる鬼をお前たちに見せてやる!」

 

 そして、水柱をぶった切りながら飛び出してきたのは正しく“鬼”と化した鬼怒。

 セイレーンの駆逐艦を意図も容易く斬り裂き、斬り刻み、斬り散らかす。

 

 駆逐艦や重巡洋艦などの残骸が水面に漂う中、一直線に切り開かれた──道。

 

 その道を、堂々と駆けるは──

 

「──我が刃で……朽ち果てろ……っ!」

 

 白いマフラーを風に靡かせながら、刀を振るう摩耶。

 その先にいるのはセイレーン艦隊の旗艦を務めているであろう巨大な空母だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ……また派手にやってるにゃ……あれ、片付けるのは誰だか分かってるのかにゃ?」

 

 明石は──指揮官から掠め取った──双眼鏡越しに見える水平線の向こうから、立ちこめる黒煙を見ながらそう呟いた。

 

「……まあ、そうふて腐れるな明石。人手はこちらで招集しておく」

 

 戦果としては大勝利、と言えるだろう。

 だが、中身を精査してみれば大勝利して当たり前とも言える。

 

 所詮は、量産型を中心にして組まれた艦隊。

 そこに人型のセイレーンがいれば、少しは違っていたかも知れないが、摩耶たちが相手とったのは平均的(・・・)な存在だ。

 

 もっと簡潔に言えば、作戦海域等にいる雑魚敵(・・・)と言えるだろう。

 

 ──故に、解せない。

 

 こちらが危険海域に出向いて小競り合いすることがあっても、あちらがわざわざこの海域まで出向いて来る理由が分からなかった。

 仮に、何かしら狙いがあったとしても、あの量産型艦隊で何が出来るというのだ。

 

 こうして、重桜領海の藻屑になるのは分かりきっていたはず。

 

 あれも、これも、と思考を練っていれば江風が「指揮官」と呼ぶ声。

 どうやら無線機が部隊からの通信を受信したようで、江風は指揮官の注意がこちらに向いたのを見計らって、無線機の前にある操作パネルのスイッチを押した。

 

『──事態。緊急事態発生だ、指揮官。南西からセイレーン艦隊多数。しかも、人型セイレーン──【スマッシャー】や【チェイサー】の姿も確認されている』

 

 無線機から聞こえてきたのは信じがたい情報だった。

 

 恐らく、摩耶たちの方は陽動。

 本命は、多くの小島が影となって身を隠しやすい南西方面から侵攻か。

 

『どうする指揮官? あたしたちは何時でも暴れられるよ。なっ、日向(ひゅうが)!』

 

『ちょ、いたッ! イタいって、姉さん! そんなに強く叩かなくたっていいじゃないか!』

 

 セイレーンが出現するに当たって、念のため、伊勢(いせ)神通(じんつう)を旗艦とした哨戒部隊を展開していた。

 その内、伊勢率いる哨戒部隊の網に掛かったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

「伊勢、神通と合流してくれ。多少領海内に侵入されても構わない。とにかく、堅実に──」

 

『──割り込み失礼するわよ。そのセイレーン……こっちでどうにかするから』

 

「……何? いや、それより誰だ?」

 

 突如として無線に割り込んできた第三者。

 秘匿されているはずの無線を傍受し、(あまつさ)えセイレーンをこちらで対処する、などと言われれば警戒するなという方が無理な話しだ。

 

 だが、しかし。

 その第三者は躊躇いも無く名乗る。

 

『ふふん! 誰かと聞かれたら! 答えてあげましょう! 私はP級装甲艦──プリンツ・ハインリヒ! あっ! 後、アイゼン(・・・・)くん!』

 

『このバカ! 何でアンタが名乗ってるのよ!?』

 

『はぁ、ハインリヒ……やってくれたわね』

 

『え? もしかして変だった? あれぇ、おっかしーなぁー?』

 

「……何というか、随分と、こう……賑やかだな」

 

 無線の内容を聞いていた江風は毒気が抜けてしまったのか、険しい表情を一転させて、何とも言えない表情を浮かべた。

 

「ああ……そうだな。だが、おかげ彼女たちの正体が分かった。セイレーンは任せていいんだな──グラーフ」

 

『──ふん……オイゲン、ペーター、ハインリヒ──始めるとしよう。我らの戦争(はかい)を』

 

『時間が惜しい、早く終わらせましょう』

 

『よぉーし、やっちゃうぞぉー!』

 

『ハインリヒ、恐らくだけど私たち(前衛)の仕事は多分無いわよ』

 

 その言葉を最後に無線機から聞こえてくるのはノイズ音のみ。

 そして、少ししてから聞こえてきたのは、先ほどまでチャンネルを合わせていた伊勢率いる哨戒部隊の声だった。

 

『おい、おーい! 聞こえてるかー!?』

 

「伊勢か? 状況を教えてくれ。詳しくは後で話す」

 

『やっと通じたと思ったら……後で晩酌に付き合えよ、指揮官。 取り敢えず、神通たちとは合流したが……』

 

『こちら、神通です。伊勢さんたちと合流しましたが、指揮官と連絡が取れず立ち往生していました。すみませんが、状況の説明を求めます』

 

「今し方、グラーフ……鉄血(てっけつ)艦隊から連絡があった。そちらに現れたセイレーンは任せろ、と」

 

『鉄血……? 何故、南西から……いえ、了解しました。念のため、索敵陣形を組んで警戒にあたっておきます』

 

「頼む」

 

 神通との無線を終えたその直後。

 ここまで聞こえてくる巨大な爆雷の音。

 この部屋からは見えないが、恐らく鉄血の攻撃がセイレーン艦隊に直撃したのだろう。

 

 普通はあり得ない。

 こんなところまで音や振動が届くことなど、合っては成らない。

 

 だが、あの鉄血が扱う艤装ならば、それも可能にするだろう。

 

 重桜が『化学』であるならば、鉄血は『科学』だ。

 身体的にセイレーンの技術を取り込んだ重桜と、艤装にセイレーン技術を取り入れた鉄血。

 

 重桜が刀という棒きれ一本でセイレーン艦隊を殲滅出来るように、鉄血もたった一発の弾丸でセイレーン艦隊を殲滅することが出来る。

 

 近接戦において右に出るものなどいない重桜と、砲雷撃戦で全てを消し飛ばせる鉄血。

 

 その二つの国家が手を組んでいながらも、軍事連合(アズールレーン)との小競り合いが続いているのは、重桜と鉄血が互いに牽制しあっているからに過ぎない。

 

 だが、仮にこれを纏めることが出来れば、或いは…………。

 

「──指揮官」

 

「──指揮官様」

 

「赤城、三笠さん……そうか、終わったか」

 

 重桜の誇る二人の重鎮が神妙な顔つきでここに現れた理由を瞬時に察した指揮官は、江風に人数を集めて明石と手伝いをするように伝えると、二人を連なって埠頭へ向かった。

 

 朝日が上がりきり、色も淡い赤から白へと変わった午前中の中頃。

 三人は埠頭でその先の水平線を見ていれば、その太陽をバックに現れる四つの影。

 汚れ一つすらない身なりで重桜の大地へと上がり込んだ彼女たちに、赤城は一歩前へ出た。

 

「──ようこそ、鉄血の皆様。我ら重桜は貴方たちを歓迎致しますわ」

 

「ご丁寧にどうも。って、言っても私たちは先遣隊だけどね。アドミラル・ヒッパーよ。……あんた(・・・)も久しぶりじゃない」

 

 ピクリ、と赤城の尻尾が動いた。

 

「あ、ああ。久しいな、ヒッパー」

 

「──キミが指揮官くん? へぇ……あっ、ごめん! 私はプリンツ・ハインリヒ! アイゼンくん共々、よろしくね!」

 

「ハインリヒ、少しは空気を読みなさい」

 

「うげっ、ちょっ、ペーター! 髪を引っ張らないで!?」

 

 また、赤城の尻尾がピクリと揺れ動いた。

 

「はぁ、ハインリヒのことは気にしないで良いわよ。それより、部屋に案内してちょうだい。こっちは長期航行とさっきの戦闘で疲れてんの」

 

「……指揮官、私が案内しよう。だから……後は、頼むぞ」

 

 三笠がそう言ってヒッパーたちを誘導し始める。

 それに少しだけ騒ぎながらも、ヒッパーたちは大人しく着いていった。

 

 その途中、最後尾に歩いていたグラーフ・ツェッペリンがぼそりと呟く。

 

「……ではな、赤城。それと、卿よ……精々、機嫌を損ねないことだ」

 

 彼女がどういった意味でそう言ったのかは分からない。

 単純に挨拶であったのか、それとも何か含んでいたのか……もしくは両方か。

 

「……取り敢えず戻るか、赤城。……赤城?」

 

「フフッ、ふふふっ──ええ、ええ、戻りましょう、指揮官様。赤城は何処までもお供致しますわ」

 

 何であれ、鉄血の来訪は波乱の幕開けであることは変わりないだろう。

 




※追記、一話の『指揮官は恐れ、怯える』に高雄の挿絵を入れました。ご期待に添えるようなものではありませんが、一度やってみたかったんです……。
因みに、絵は友人が描いてくれました。


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